黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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成長のキセキ

ウィンターカップ決勝リーグ・第2戦

誠凛対秀徳

お互いにリーグ成績が1勝しており、この試合で勝った方が全国に近づく。

逆に負けると、全国への道が危ぶまれる。決して負けられない。

34-24

誠凛リードで第2クォーター残り6分強。

誠凛は試合開始から飛ばしすぎた火神をベンチに下げた。ミスディレクションの効果が切れた黒子も同様に。

 

ビーーーー

 

『メンバーチェンジです。』

 

水戸部 IN 火神 OUT

伊月  IN 黒子 OUT

 

ゲーム開始前、緑間は誠凛側のベンチを見る。

火神をあっさり下げたことはまだ良い。問題は、秀徳ベンチまで聞こえた英雄の発言である。

 

「俺達から130点取るだと...!」

 

「おーおー言ってくれんじゃん。」

 

緑間の言葉に同調して高尾も誠凛ベンチを見つめながら言う。

 

「しかし、チャンスだな。どうやら火神は下がるようだ。」

 

いきり立つ秀徳のメンバーを大坪が諌める。

 

「んーそうだな。だが、恐らく緑間のマークは...。」

 

「ええ、15番の補照でしょう。」

 

秀徳の監督・中谷は英雄の存在を懸念する。事実、夏の合宿で緑間をとめて見せた。

 

「確かに、俺単体でシュートを狙えば止められかねません。でも、連携を織り交ぜれば、あいつであろうとも止めさせません。」

 

緑間の瞳に闘志が宿る。

 

「...よし、いいだろう。やってみろ。」

 

 

 

誠凛ボールでゲーム再開。

メンバーチェンジした為、英雄をSFに変更し、PGが伊月になっている。

 

「まずは1本!決めるぞ!」

 

伊月がボールをじっくりと運ぶ。

先程の宣言の後とは思えな静かな立ち上がりである。秀徳も警戒を強める。

 

「伊月!こっちだ!!」

 

ポストアップした木吉が要求する。伊月はその方向へボールを投げる。

が、ボールの軌道は明らかに木吉に対してのものではない。

 

「違う!15番だ!」

 

木吉のマークをしていた大坪が声を荒げる。

緑間がボールマンを確認する為に目を離した隙にエンドライン際まで走り込んでいた。

 

「しまった!」

 

遅れて緑間が追いかけるが、間に合わない。

サッカーのフォワードにとって、マークを外しスペースに走ることは基本である。

中学時代に散々してきたプレーだ。そして、優位な体勢を簡単には譲らない。

伊月の出したボールに合わせて跳ぶ。

 

「おりゃ!」

 

そして空中で掴み、そのまま叩きつける。

 

『アリウープだ!』

 

反撃の狼煙である。

静かな立ち上がりから空気を一変させるプレーは会場を更に盛り上げる。

 

「っく!こっちも攻めるぞ!」

 

秀徳は逆転する為、直ぐに再開する。

 

「マンツー!行くぞ!!」

 

日向の声でDFが展開される。

 

「な!!?」

 

『誠凛、ゾーンを解いたぞ!!』

 

ボックスワンからマンツーマンDFに変更され、英雄のみオールコートで緑間に対応する。

夏に戦った時を思い出させる。

 

「良い機会なのだよ。ここでカリは返す!」

 

「ま、火神が復活するまでの繋ぎなんでね。お手柔らかに。...なんて言うと思ったか!追加で貸しを押し付けちゃる!」

 

この試合のもう1つのキーポイント、緑間対英雄が開始された。ハーフコート内で対峙する。

夏同様、英雄がフェイスガードでパスコースを塞ぐ。

秀徳は当然、こうなることを予期していた。

 

「生半可なパスは通らねぇな。けど!!」

 

英雄が塞いでいるのは、あくまでも高尾→緑間ラインである。

つまり、他からのパスの供給を防ぐのは容易ではない。

高尾は直接ではなく、宮地を経由して緑間にパスを届けた。

十分な体勢でパスを受けた緑間は迷わず、3Pを決める。

今までの信頼関係では、考えられなかったプレーである。

 

「やるな~。でも、こっちもガンガン行くから!」

 

それでも英雄の表情は変わらない。

飄々とした風体のままOFポジションに付いていく。

 

「走れ!!」

 

日向の声から誠凛のパスワークが始まる。

今までと違うのは、

 

『速い!!もう攻め込んできた』

 

パススピードが格段に上がっていること。

伊月→日向→木吉と繋ぎ、木吉のシュート。

大坪が追いかけ、宮路がブロックに跳ぶが、木吉は『後出しの権利』で水戸部にパス。

受けた水戸部のジャンプシュートが決まる。

チーム全体のテンポが上がり、DF側の対応を後手にしてしまうことで、優位な体勢、チェックの甘い状態でシュートを打てるようになる。

加えて、木吉の『後出しの権利』がそれに拍車をかける。

これこそが、去年創部1年目にして予選トーナメントを勝ち上がったチームスタイル。

ランアンドガンのスピードバスケットである。

 

 

 

「あぁもう!やっぱり始まっちゃってる!」

 

桐皇のマネージャー・桃井は独りで誠凛対秀徳を観戦しにきていた。

 

「あれっ?桃っちじゃん!」

 

「きーちゃん!」

 

「...きーちゃんは止めて欲しいっス。」

 

海常・黄瀬もまた、この試合を観戦していた。

 

「そうだ!試合は!?」

 

「なかなか面白いことになってるっスよ。」

 

黄瀬はコートに目を移す。

試合は第2クォーター残り2分

誠凛 35-28 秀徳

マークが緩まった緑間の3Pが調子よく決まり、点差を詰めていた。

しかし、徐々に決まらなくなり後1歩追いつけない。木吉が復帰したことにより、本来のOFパターンが使用できるようになったからだ。

外から伊月が、中から木吉がパスの起点になり、パスワークを加速させる。ノーマークを作り出し、得点を重ねる。英雄もうまく順応し、得点力を爆発的に伸ばしていた。

再び、秀徳ボールの緑間と英雄の1on1。

 

「ほらほら、あと5秒。」

 

「うるさい。」

 

緑間はシュートを諦めて高尾にパスをする。

が英雄も簡単には許さない。

ボールに近い腕を伸ばして指先に触れる。

お互いが体をぶつけ合い、前のめりに倒れる。

 

ダダン

 

ルーズになったボールは、なんとか高尾がキープした。

 

「(っぶねー。やっぱこいつは、かなりやりやがる。)」

 

緑間も転倒しており、シュートどころではない。

そして、バックコートにおけるシュートチャンスは8秒。

秀徳の選択肢はインサイドとなる。

 

「しゃーねーここは...。」

 

「いかせない!」

 

インサイドまでボールを運ぼうと前を向くと、伊月が待ったを掛ける。

しかし、相手は1年で王者秀徳のスタメンを勝ち取った高尾。

 

「おっと!じゃあこっちだ。」

 

振り向いた方向と逆回転でロールターン。見事に逆を突き歩を進める。

 

「ちぇりゃあ!」

 

パン

 

「うぉ!?」

 

転倒後、英雄が凄まじい速さで起き上がり、高尾がフロントチェンジで持ち替えていたボールを後ろからはたく。

ボールはそのままラインを割り、ゲームが切れる。

 

「(おいおいこいつ、復活すんの早過ぎだろ...。)」

 

高尾は英雄を観察しながら汗を拭う。

 

「ナイス!英雄!!」

 

「あざっす!そーいう俊さんも俺が来ることを分かった上でのDFでしたね。というか、後輩走らせて楽するなんてひどくないですか~?」

 

「結果オーライてことで勘弁してくれ。あ、キタコレ!コートで往来しても結果オーライ!」

 

「伊月ー、先に更衣室で休んでろ。できればそのまま帰れ。」

 

「(ふーん、なるほどな。)」

 

高尾はなんとなく察した。

5番伊月俊。

前回の対戦での印象派薄かった。自分と似た目を持っているが、言ってしまえばそれだけ。

1人の選手として怖くも無く、悪く言えば眼中になかった。

しかし、この試合での印象は違っていた。

今のプレー、伊月はパスコースを塞ぐことのみ行った。なぜなら、伊月の視線の先に英雄が立ち上がっていたからだ。

 

元々、論理的に組み立てるプレーヤーではあったが、夏の合宿によりそれだけでは駄目だと実感した。

英雄やリコ、日向などと共にDVDを使った、戦術研究を行った。自分ならどうするか、他にどのような選択肢があるのか。

バスケIQを高め、ほんの少しではあるがイレギュラーを論理に組み込めるようになった。

結果、視野が以前よりも更に広がり、見えるパスコースの数も増えた。

何より、英雄とポジション争いにより出場機会が危ぶまれた。成長したことを試合で試したい、コートでプレーしたいと思うことは当然で、試合を渇望するようになった。

伊月に不足していた要素、強引さ、傲慢さが生まれた。

成長したのは火神や黒子だけではない。PGとして伊月は1段上のステージに上った。

 

「っとまあ、ウチも全国行ってもなかなか見れるようになったしょ?」

 

高尾がスローインを行い、英雄も緑間をマークする。

 

「ふん、可もなく不可もなくと言ったところなのだよ。」

 

「で、お前は?」

 

「うるさいぞ。いちいち話しかけるな。」

 

「本当に3Pしかないのか?」

 

「このっ、高尾よこせ!」

 

緑間がカットでパスを受け、3Pを狙う。

 

「うりゃあ!」

 

リリース寸前、英雄の指先がボールに触れる。夏合宿で行った下手からのブロック。

ボールは1度リングに弾かれるも、リングをくるりと回りながらポスンとくぐった。

 

「はぁっはぁ...。」

 

何とか決まったものの、緑間としては気が気ではない。

全力中の全力で決めにいかなければ、止められる。

天才であるが故に、それを理解している。

このやり取りを後何回行えばいいのか。

火神とは違うプレッシャーは、精神的にダメージを少しずつだが確実に与えてくる。

 

「それでも俺は、負けん!!」

 

「そーかい。ま、俺はお役御免なんでね。」

 

ビーーーー

 

『誠凛。メンバーチェンジです。』

 

火神 IN 水戸部 OUT

 

「折り返しまで、あとちょっとだから頑張れビビリ君。」

 

「なんだと!」

 

英雄の挑発染みた発言に表情を強張らせる。

 

「『義を見てせざるは勇なきなり』ってね。人事を尽くすって意味を考えたほうがいいよ?んじゃ。」

 

悔しさを噛み締めながら、去っていく英雄を睨みつけていた。

 

 

「お膳立てはここまで。おいしいところは譲るよ。だから...。」

 

「ああ、後は任せとけ!」

 

パァン

 

笑顔で迎えた英雄と目に気合を込めた火神がハイタッチをした。

 

「ま、止められなくても気にすんな。その分、点取ればチャラだかんな。つか、俺も結構決められたし。」

 

「わあってるよ!けど、負けるつもりはねえ!」

 

「言うねぇ。そうでなくちゃ。」

 

速いパスまわしから始まる誠凛OF。

日向が外に張り、中にボールを入れる。

木吉と裏から走りこんできた英雄がボールの受け渡しを行い、英雄のオーバーハンドレイアップ。

緑間がヘルプに来るが、それを見越していた英雄から火神へと渡る。

宮地のマークチェンジが間に合わず、火神のワンハンドダンクが叩き込まれる。

 

火神の復帰により、誠凛に火神、木吉、フォワードとしての英雄と揃い、更に攻撃的に出た。

もはや、インサイドで互角に勝負が出来る誠凛。ゴール下で木吉が張り、火神がランニングプレーを仕掛け、英雄が絶妙なポジショニングでスペースを埋めてマークを散らす。

3人が中心となり、要所で日向の3Pを量産する。その起点は伊月である。

DFでも火神が緑間を、木吉が大坪、伊月が高尾、日向が木村、英雄が宮地をマーク。

緑間の3Pを全て止められる訳ではないが、失点を最小限に留め、他からのシュートもケアし続けた。

誠凛はマンツーを敷いている為、緑間がマークを引きつけてのロングパスが使えない。

それでもキセキの世代、No.1シューター緑間真太郎。

シュートを数度防がれながらも奮闘し、3Pを決め続けた。

そして、第2クォーター終了。

誠凛 51-46 秀徳

 

以前とは違う、格段に強烈さを増した誠凛のOF力に秀徳は抑えきれないまま後半へ。

緑間がこのまま最後まで行けるかどうかが、鍵となる。

 

王者相手に正面から戦い、主導権を奪った誠凛ベンチは明るい。

 

「はっはっは、どんなもんだい!あと80点!1クォーターで40点ずつ!」

 

「かなり、現実的な点じゃないな...。」

 

更衣室にて英雄が高笑いをし、日向が冷静につっこむ。

 

「順平さん。そんな浪漫の無いこと言わんでくださいよ。つか、やんないと明日が来ないんすよ~。」

 

「英雄、知ってるか?日付変更線と言う物があってだな...。」

 

「木吉!なんかちげーから!」

 

木吉の天然ボケに小金井がつっこむ。

 

「それはともかく、いい感じね。このまま押し切れればいいんだけど...。」

 

「緑間が今のままなら、ウチが勝つよ。リコ姉。第4クォーター辺りで失速するよ。火神もいるしね?」

 

「おう!」

 

英雄の言うことは論理的に正しい。しかし、気になる言葉もある。

 

「『今のまま』ってどういうこと?」

 

リコは英雄を問い詰める。

 

 

 

秀徳の雰囲気は暗い。

前半、緑間の奮闘で一気に盛り返した。

しかし、逆転には至らなかった。この事実は、非常に厳しい。

 

「すまないな緑間。俺達が不甲斐無いばっかりに。」

 

「いえ...。」

 

大坪の言葉にフォローすることもできない。

そもそも、秀徳の戦略は緑間にマークを引きつけることにあった。

序盤、火神にブロックされる前提で3Pを打ち続け注目を集める。

徐々にフェイクを織り交ぜて得点を重ねつつ、火神の消耗を狙う。

抑えきれなくなった火神以外にマークを引きつけることで、味方にパスしてアウトナンバーを作る。

後はペースを渡さないように誠凛DFを後手後手にさせて、インサイド中心に得点しつつ隙を突いて3Pを決める。

緑間の体力次第と言う若干の博打要素があったが、途中まで成功しつうあった。

しかし、英雄のたった一言で瓦解した。

誠凛の長所はあくまでもOF力。下手に失点を気にせずに、長所で勝負してきた。

 

「15番はバスケットというものを良く理解している。ふーむ...どうしたもんかねぇ。」

 

監督・中谷も対抗策を模索する。しかし、この状況を打破することは難しい。

3度、攻守交替をした場合、こちらが2回3Pを決めてもあちらが3回2Pを決めてくる為、結果として点差が縮まらない。

逆転の可能性がない訳ではないが、それよりも緑間が失速してしまう。火神が回復したのが正直痛い。

いっそ、1度ベンチで回復を狙うというのも手であるが。

この状況で緑間がコートからいなくなくと、その間やられたい放題でゲームが終わってしまう。

 

「すいません...。俺がもっと決めていれば...。」

 

「真ちゃんがいなかったら、それこそもう終わってたって。」

 

「そうだ。緑間はよくやっている。」

 

「そーそー。」

 

緑間は悔しさを噛み締める。

 

「(『よくやっている』か...。俺は何をやっている。3Pも満足に決められず...俺に何が出来る...?)」

 

中谷が対策を説明しているが、緑間は己を省みることで精一杯である。

 

「おい、真ちゃん。ちゃんと聞いとけよ。」

 

「ああ、すまない。」

 

「やけに素直だな。逆にキモいわ。」

 

「うるさい、高尾。」

 

「そーそー、そうでなくっちゃ。ま、気持ちは分かるがな。この際開き直って行こうぜ。あちらさんは別にトリックプレーをしてる訳じゃないからな。」

 

「ああ。」

 

高尾の忠告を素直に聞き入れる緑間。その姿に高尾は心配する。

 

「やってくることが分かってたら、そこまで怖くねーし。」

 

「ああ....ん?おい!今、なんて言った!?」

 

「おぉ?この際開き直って...。」

 

「違う!その後だ!」

 

態度が一変した緑間に問い詰められ戸惑いながらも答える高尾。

大坪らも、緑間が急に声を上げたので、一斉に注目した。

 

「え、えーと。たしか、分かってたら怖くないだったかな。」

 

「....そうか。...っふ。」

 

今度はいきなり吹き出し、周りが戸惑い始める。

 

「『義を見てせざるは勇無きなり』...。そういうことか。」

 

「なんだそりゃ?」

 

木村が頭に?を浮かべる。

 

「いや、なんでもありません。...全く、あの男は本当に何なのだよ...。いや、ただの馬鹿か...。」

 

「良く分からんが、何か吹っ切れたって顔だな。」

 

大坪も緑間の表情が元に戻りほっとする。

 

「はい、問題ありません。...監督。」

 

「何だ?」

 

「この試合、勝ちましょう!」

 

「ふむ。何があったかは知らんが。当たり前だ。」

 

「そこで、提案があります。」

 

何かを決断した緑間の目には、今まで以上に決意が宿っていた。

まだ試合は終わらない。


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