試合終了後の整列。
特に何も話さず、互いのベンチへ別れていく。
「緑間、ちょいタンマ!」
呼ばれた緑間が振り向くと英雄が手を上げながら近寄ってきた。
「...なんなのだよ?試合の敗者を笑いにでも来たのか?」
目で拒絶を表しながら、皮肉を言う緑間。
「........強かった。うん、強かったし凄かった。」
「だからなんだ。プライドも捨てて、形振り構わず勝ちに行った結果がこれなのだよ。」
「それでも、俺は緑間の決断を尊敬する。」
英雄は真っ直ぐに緑間の目を見て断言した。
「...うるさい、黙れ。これ以上用がないなら、もう行かせてもらうのだよ。」
緑間は一瞬英雄の瞳に引き込まれそうになりながらも、さっさと引き上げていった。
しかし、少しだけ、ほんの少しだけ緑間の口元は上がっていた。
「あ、また笑ってるし。一体なんなのだよ。」
「だから笑ってなどいないのだよ。あと、マネをするな。」
緑間が荷物を纏めていると、高尾が声を掛けてきた。
「あれ?案外元気じゃん。」
「用が無いなら声を掛けるな。....高尾?」
いつも通りのやり取りを行っていると、高尾からのリアクションが無い。
「ゴメン!!俺がもっとやれてりゃあ...。最後まで走れていりゃあ...。ゴメン!ゴメン!!」
高尾は俯きながら、その瞳から涙が流れていた。
「俯くな!顔を上げろ!...お前はよくやってたぜ。」
「確かにな。俺らと緑間だけじゃ、ここまでの連携はできなかったしな。」
宮地が高尾の背中を叩き顔を上げさせ、木村が同意する。
「それに、まだ終わった訳じゃない。最終戦を勝てば全国に行ける。反省はいいが、切り替えも重要だ。」
そして、大坪が締める。高尾は宮地に連れられて控え室へ戻っていく。
緑間は何も発さず、その背中を見送っていた
「(高尾が...いや、皆がいなければここまでできなかった。...もっと早くに気付いていれば。もっと...。)」
緑間はゆっくりと他のメンバーを追いかけていった。
「みんなーお疲れ!!」
控え室にもどったメンバーをリコが労っている。
「おおっし!全国も決まったも同然!!」
小金井が完全にはしゃいでいた。
「こいつ...。」
「また言いやがった...!」
夏の時に引き続き、意識しないように言わなかったことを言った小金井を日向と伊月は引きつる。
「..小金井君、ちょっとこっちに...。」
「えっ!なんで?」
バッシィイ!
「痛えぇ!ってかどこから出したの!?」
リコがどこからともなく出したハリセンで小金井を張り倒した。
「気持ちは分かるけど、そういった気持ちの緩みから怪我したりすんの!まず、目先の目標をしっかりこなさないと。」
「カントク、どういうことだ?」
日向がリコの言葉に含まれた意味に感づく。
「もう1つの試合の結果がでたのよ。霧崎第一の圧勝よ。」
「泉真館に!?」
「次の最終戦で秀徳は間違いなく勝つわ。そして、ウチが霧崎第一に負けたら、2勝1敗が並び、結果しだいでは全国にいけなくなるわ。」
「「「...!!」」」
一同が最悪のパターンを想像し、言葉を失う。
「それでも全国にいけるかもしれない、でもそんな運任せじゃ駄目。あくまでも自分の力で勝ち取るのよ!」
「っへ。要は勝てばいいんだ。きっちり全勝して東京制覇だ!」
「簡単に言ってくれるよな。」
「でも、シンプルで良い。」
火神が即答し、他のメンバーも乗っかっていく。
「いただきます!」
その横で食事を始めた英雄。
「また食ってるよ。あんだけ走ってよく胃が受け付けられるよな。」
英雄は練習・試合の終了後の30分以内に必ず食事をし、エネルギー補給を行っていた。
「英雄!無理して食べたりしないでよ?この状況で体を壊されちゃあ堪んないから。」
「大丈夫大丈夫。これいつから続けてると思ってんよ?今更ってんだい!」
運動を行ってから30分以内の期間に成長ホルモンが分泌されやすいと言われ、その間に補給を行えばより強い体作りができる。
もっとも、急に食事をとることで、口に入れたものを戻しそうになったりするのだが。
リコにより鍛えられた(?)胃袋をもつ英雄にとっては、大したことではない。
そして、190を超える長身になったのは運や偶然だけではなく、英雄が積み重ねた結果である。
その後、ユニフォームから着替えを始めた。
皆が話をしている間、着替えを済ませていた黒子は一人で外へ行っていた。そこに偶然居合わせた緑間と観戦に来ていた黄瀬と桃井と少し話し込んでいた。
その頃、またしても黒子を見失った為、捜索隊を出した誠凛。屋外にいるとも知らずに。
木吉と日向は、戻ってきたときの為に2人で控え室に残っていた。
その間、今日の試合の後半に木吉の動きが鈍っていたことを話していた。
「ったく。ヤセ我慢しやがって。」
「なんだよ...ばれてたのか。...っぐぅ!」
木吉は痛めていた膝を抱える。
「あやしいと思ってたけど...。次の霧崎第一戦は出るな。」
「ふざけんな...。今年が最後のチャンスなんだ...。膝がぶっ壊れても出る!!」
「......!!」
そこに偶然近くにいた火神が聞いていた。
火神は気付かれないように離れていった。
翌日、誠凛バスケ部は休養日とし、その代わりに部室の大掃除を行うことになった。
部室の中は汚いを通り越している状態で、生徒指導の教師にばれれば面倒なことになる。
あまりの汚さにリコが発狂し、ゴミをどんどん火の中に投げ込んでいった。
「うらぁあー!」
「それ俺の上履きー!」
というか、火を焚くこと事態どうなんだろうか?
全体が片付いたので各自のロッカーの整理に移った。
こういったところで、地味に個性が出てくる。
小金井はロッカーに着替えに使ったパンツを溜め込み、伊月は書き溜めたネタ帳を溜め込んでいた。お互い、それだけでロッカーの中を埋めてしまうほどに。
日向は戦国武将。黒子は特に無し。水戸部は決して見せようとしなかった。
火神のロッカーからは、赤点のテストの答案用紙が出てきてイジリの集中砲火を浴びていた。
英雄のロッカーから複数のノートが流れ落ちた。
「ん?あ、これ。なつかしいな。まだ続けてたのか...。」
ノートをみて日向が呟く。
「そりゃあもう。中学ん時のも家に残ってますよ。」
「なんですかそれ?」
黒子がノートに興味を示す。
「バスケット日誌だよ。俺も最近やってる。」
伊月が代わりに答える。
「日誌?ですか。」
「日々の気付きや反省点を書き残して、目標を明確にするんだ。結構役立つぜ。」
「うえぇ、よくそんなもん続けられるな。」
火神が苦い顔をする。
「って思うじゃん?やってると自分の成長を感じられて案外楽しいよ。」
「ふーん。」
「...1つ見せてもらってもいいですか?」
「かまわんよ。基本殴り書きだから勘弁してね。」
黒子は適当に手に取りめくる。
「...これ...。」
英雄の言うとおり、正直読みづらい。それでも、黒子の目が釘付けになる。
「なんか変なとこあった?って、しまった!それ日誌じゃなくて雑記帳!!恥ずかしいから、それ以上は勘弁して!!」
すばやく黒子から取り戻し、奪われないようにズボンの中にしまう。
「なんだぁ?変な妄想でも書いてたのか?」
小金井がニヤケ面で問い詰める。
「ま、まあ。そんな感じです。」
「黒子、何が書いてあったんだ?」
英雄のリアクションで気にならない訳も無く、伊月が黒子に質問する。
「テツ君!頼むよ。内密に~!!まだ、できたらいいな位で、人前でいうのは照れるんだよぉ。」
「ふふ。分かりました。その時が来るまで、黙っときます。...それにしても、凄いことを考えていますね。...本当に。」
内容を知る黒子から笑みが零れていた。
その後、練習時間を使いきり部室の清掃を終わらせた。
火神、黒子、日向は一緒に下校。
その際に、火神が秀徳戦の帰り際に聞いた、木吉のことについて質問した。
日向は2人に、ウィンターカップに掛ける想いを語った。
その頃、リコ、伊月、英雄はマジバにいた。
伊月が話があると言い、誘ったのだった。
「実はお願いというか、相談があるんだが。」
「分かりました。それで行きましょう!!」
「早っ!!っていうかまだ何も言ってないんだけど!」
「アンタは黙ってなさい!話が前に進まん!」
伊月が切り出す前に了承する英雄を、リコがつっこむ。
「英雄、それだったらコレ貸すぞ。」
紅茶の入った紙コップを英雄に差し出す。
「ちゃかすな!(茶貸すな)伊月君も一緒になってどーすんのよ!」
「あぁ...すまん。何かつられた。で、だな。次の試合なんだけど。」
「次?あ、そっか。次は霧崎第一だもんね...。」
「ああ。それで...俺をスタメンにして欲しい。出来ればフルで。」
表情が真剣なものに変わり、頭を下げだす伊月。
「おっけぇ!頑張って下さい!!」
先程同様、即答する英雄。伊月は拍子抜けする。
「...軽いな。」
「ま、基本的にはリコ姉が決めることなんで。それに、高いモチベーションを無駄にするのは勿体無いっすからね。」
「確かにね...。少なからず因縁があるのは事実だし。よし!分かったわ!!」
「本当か!!恩に着る!」
「ただし!フルでっていうのは、試合の状況次第よ。調子が悪かったら直ぐに交代させるからね。...意気込むのはいいけど、力を入れすぎ内容にね。」
「さすがリコ姉!しっかり釘までさして!そんなところに痺れるぅ!俊さん、余計かもしれないですけどアドバイスを1つ。試合に飲まれないようにね。」
「試合にのまれる?どうゆうことだ?」
「試合になってみれば分かります。後は俊さん次第♪」
「そこまで言ってぼやかすのかよ。」
英雄はそれ以上、何も言わなかった。
それからその日までの間、火神と黒子が聞いた木吉についてのことが1年の中で大きな話題になっていった。
それにより、1年のモチベーションが上がったのは言うまでも無い。
そして試合当日。
ウィンターカップ東京都予選最終戦。
誠凛対霧崎第一。
最終戦ともあり、多数の来場者が観客席を求めた。
その中に桐皇の一団も混ざっており、青峰も強制連行という形だが観戦に来ていた。
「大丈夫かな日向。シュート全然入ってないし。」
「まあ、いれこむ気持ちもわかるけど...な。」
試合開始前の練習中に小金井と伊月が日向を心配する。
練習中のシューティングで日向のシュートの成功率はかなり低かったのだ。
「なんせ、今日の相手はあいつだからな。」
誠凛のボールが敗退側、霧崎第一が使っているコートまで転がり、霧崎第一のPG花宮が拾う。
「はい。どうぞ。」
「悪いな。」
花宮から木吉が受け取る。
「ちょっと待てよ。去年お前がやったこと、まさか忘れてんじゃないだろーな。」
「は?しらね。勝手に怪我しただけじゃねーか。」
「てめぇ!」
花宮の挑発により掴みかかりそうになった日向。
火神がそれを背後から肩を掴み止める。
「実物は一段とクソだな。」
「あなたがどんなことをしてこようが、負けません。」
一緒に黒子も敵意をむき出しにする。
「威勢がいいな、1年共。それじゃあ、試合中には気をつけろよ。」
そう言いながら花宮はベンチに向かう。
誠凛もベンチに戻り、コンセントレーションを高めていく。
「鉄平!あまり無茶なことはしないで。無理だと思ったら直ぐに交代させるから...。」
「ああ。」
「絶対勝つぞ!!誠凛ーファイ!!」
「「「オオ!!!」」」
コートに向かうのは、日向、木吉、伊月、黒子、火神の5人。
伊月の直訴を汲み、英雄はベンチスタート。
『それでは、誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます。』
それぞれの想いを胸に、ウィンターカップ予選の最後の試合が始まった。