黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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マリーシア

『誠凛、創設2年目にして全国出場だ!!』

『すぐに編集長に連絡だ!!』

 

マスコミ関係者が慌てて会場を後にする。

 

「ま、世間は初物に興味津々やし、騒ぐのもしゃあないか...。」

 

「っち。生意気に...。そーいや、青峰は?」

 

傍から見ていた桐皇の今吉の言葉に若松はつまらなそうな顔をする。

 

「試合が終わったらさっさと帰りましたよ。...なんか笑ってましたけど。桃井さんも一緒に。」

 

「またスタンドプレーかよ!」

 

桜井の返答に若松が更に機嫌悪気になっていく。

 

「まあ分からんでもないけどな。ワシもガラにもなくテンション上がっとるし。...なあ、話変わるんやけど。今日の試合見てどう思った?」

 

「はぁ?なんすか急に?...別にって感じです。アレくらい俺でもできますよ。」

 

「何と言うか、表現し辛いですね。今吉さんは?」

 

今吉はふと質問し、部員一人ひとりが思い思いの言葉を発する。

 

「そうやな...。今日の試合は花宮の土俵やった。それを補照は同じ土俵で勝ったんや。...どうしてか分からんが、補照に負けたくないと思っとる。もし、あいつがウチと当る時、PGやったらマッチアップはワシや。そう考えると、な...。」

 

抑えきれなくなり零れだすように、今吉は笑っていた。

 

 

 

誠凛高校バスケットボール部控え室。

先程、予選の1位通過が決まり歓喜していたのが嘘のように静まり返っていた。

問題の中心人物である補照英雄は部屋の隅で正座をしている。

 

「...あの~いつまでこうしていれば...。」

 

「(ギロリ!)」

 

「あはは、ですよね~。」

 

いつまで正座していればいいのか聞こうとしたが、リコのひと睨みで肩を落とす。

 

「とりあえずみんなお疲れ!ついに全国よ!!」

 

「...さっきあんなに喜んでみたけど、実感わかねーな。」

 

日向は上の空気味に呆けている。

 

「しかも全勝で東京制覇。なんかこう、実は夢でしたみたいな?」

 

伊月も同様である。

 

「まだ桐皇との決着が着いてねーよ。...です。」

 

東京制覇という言葉に反応し、握り拳を作る火神。

 

「...だな。」

 

火神の言葉に気を落ち着かせた日向は片方の口角を上げながら応える。

 

「...話を割ってすいません。英雄君に1つ聞きたいのですが?」

 

話が落ち着いたところで黒子が手を上げる。

 

「...いいよ。何?」

 

「何故、あんなことをしたのですか?あんな報復行為を...。結果としてチームが有利になったのかもしれません。それでもあんなことをする必要があったのですか?」

 

黒子は真っ直ぐに英雄を見つめる。

 

「やっぱりテツ君はそうだよね。...偉そうなこと言って、勝手なことをしたことは謝るよ。みんな、すみませんでした。」

 

「そうですか。」

 

英雄の土下座に黒子の表情が緩んだのも束の間。

 

「でも、プレー自体は悪いと思ってない。」

 

英雄は頭を上げて言葉を紡ぐ。そしてその言葉に空気が止まる。

 

「な、何ですかそれ!こんな時にふざけないでください!」

 

「ふざけてなんかいないよ。本気さ。」

 

「それじゃあ、そんなんじゃ霧崎第一と一緒じゃないですか!僕はキセキの世代のバスケが間違っていると思って戦うことを選びました。それでも!彼らはそんな卑怯な真似はしない!」

 

「「「....。」」」

 

黒子の声が部屋の中で木霊する。

 

「カントク。」

 

火神がリコに止めてくれと願いながら見つめる。

 

「やらせなさい。」

 

「なっ!!」

 

リコの意外な発言を受けて火神は立ち上がる。

 

「お互いバスケに対して自論を持ってる者同士、今までぶつからなかった方が不思議だわ。」

 

「だからって!!」

 

「それにこのまま不完全燃焼でずるずるいったら、チームの士気に関わるのよ。」

 

「カントク!...日向さん!」

 

「そういう訳だから黙って座っとけ。」

 

リコに詰め寄る前に日向によって肩を掴まれ強制的に座らせられた。

 

「...卑怯かぁ。あのさ、とりあえず俺の話を聞いて欲しい。」

 

「なんですか?」

 

「マリーシアって知ってる?ポルトガル語で狡賢いって意味なんだけど。」

 

「マリー..シア?」

 

皆は聞きなれない言葉に頭を傾ける。

 

●マリーシア

ポルトガル語で「ずる賢さ」を意味するブラジル発祥の言葉である。サッカーの試合時におけるさまざまな駆け引きを指す言葉。

地域によって「マリーシア」には「汚い」プレーが含まれ、「接触プレーの際に必要以上に痛がりピッチに倒れこむ」「プレーエリアに直接関係しない選手が意図的に倒れ、試合を中断させる」「相手の髪やユニフォームを引っ張る」といった行為が常態的に行われており、相手の長所を消すための戦術といえるだろう。

1998 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン代表対イングランド代表戦ではデビッド・ベッカムを退場へと追い込んだ。

 

 

「ウチのメンバーに正Cは鉄平さんしかいない。もし、ゲームから排除されたら?排除できなくてもパフォーマンスを低下させることができたら?」

 

「何を、言って...?」

 

「それができていたら、今日の試合はもっと大変なことになっていただろうね。いやそれどころじゃない。その後もロクなことにならなかっただろうね。戦力的にも、精神的にも。つまり、霧崎第一が行ったことは戦略的には正しい。」

 

「そんな...!?」

 

黒子がショックを受けているが、英雄の口は止まらない。

 

「だからこそ、鉄平さんには下がってもらったんだよ。この人はこんなところで消えていいプレーヤーじゃない。全国という表舞台に立ってほしい。だからといって、順平さんや俊さん、火神にテツ君、みんなが傷ついていい理由にはならない。そういう訳で...。」

 

誠凛に来てからの約半年、英雄とマンツーマンで練習することも多かった。

かつてのチームメイト、青峰大輝に負けないくらいバスケットが好きだということが伝わってきた。

英雄の影響もあり、シュートが入るようにもなった。時間を重ねるたびに自身もバスケが好きなんだなと再確認もした。

火神も悪口を叩いているが、本心では英雄を認めているのだろう。だから、

 

できれば、できればこの男からそんな言葉を聞きたくなどなかった。

 

「俺が花宮さんを潰した。」

 

「...楽しいですか?そんな、そんなことをして楽しいですか!?僕はそうは思いません!!」

 

黒子は悲しんでいた。今にも泣きそうになるくらいに。

 

「そうだね。好き嫌いを言えば嫌いだ。でも違うんだよ。」

 

「何がですか!」

 

「好きなものを全力で頑張ればもっと好きになれると思ってるんだ。」

 

「それって普通じゃねーの?」

 

小金井がつい質問してしまう。

 

「言うのは易しってやつですよ。バスケってパス・ドリブル・シュートだけの競技?違いますよね。もっと、もーっと!頑張れることはあるんすよ。マリーシアだってその内の1つです。だからといって、常日頃からあんなことする訳じゃないですが。」

 

両手を広げて英雄は言う。

 

「霧崎第一に対して俺は、見ててドン引きするほどのことをしました。これで少なくとも、また試合になった時に牽制になります。」

 

「でも、そんなことをする必要があったんですか!?そんな卑怯なことを!」

 

「...鉄平さんはどう思いますか?」

 

「そうだな...否定自体はしない。気に食わんがな。試合に勝ちたいと思わない人間はいない。その気持ちがそういったプレーとして形になることもある。」

 

「そんな...。」

 

英雄は木吉に話を振り、黒子は再びショックを受けた。

 

「卑怯と思うか、厳しさと思うかの違いでしょ。頂上への道は簡単じゃないのは分かってるよね?霧崎第一と同様のチームはあるかもしれない。卑怯だと罵倒するんじゃなくて、厳しさと受け取りしっかりとした対応をするべきなんだよ。」

 

「それでも、それでも僕は、認めたくありません!!そんなバスケじゃあ、英雄君のバスケじゃ楽しいなんて思えません!!」

 

黒子は俯いたまま、鞄を手に取り外へと飛び出す。

 

「黒子!!」

 

「火神君お願い!!」

 

「ちょっと待てよ!黒子ぉ!!」

 

リコの声に従い、火神は黒子を追いかける。

 

「...こんな展開でいいの?」

 

「...ま..ね。」

 

リコの問い掛けに弱弱しい返答だけを返した。

 

「あっそ。じゃ、帰りましょうか。」

 

「カントク、いいのかよ。」

 

「正直、これでいいとは思わないわ。でも、ずっとここにいる訳にもいかないでしょ。一応、火神君に任せてあるし。後で確認の電話もしておくわ。」

 

あっさりと帰宅を選択したリコに日向が問う。

 

「あのさ。」

 

「何よ。まだ何かあるの?」

 

「...足、痺れちった。」

 

「...あのね。」

 

特に問題も起きないと判断し、会場を後にした。

 

 

 

「はぁはぁはぁ...。」

 

「あっ!こんなとこにいやがった!!」

 

黒子が街灯の下で息を整えているところに火神が現れた。

 

「...すいません。」

 

「別に...いいけどよ。」

 

黒子の醸し出す雰囲気に火神がつられて、2人の沈黙が続く。

 

「...火神君はどう思っていますか?さっきの英雄君のこと。」

 

「あ?いや、何つーか...。正直、あんま良い気はしねー。でも、アメリカでもそんな奴はいた。今日程じゃねーけど。それでチームの為になってるんだとしたら...あーもう!!こんがらがってきやがった!!」

 

「そうですか。...僕もです。」

 

「でも少なくとも、アイツはチームの為にやったってことも嘘じゃねーと思う。あんなにキレてたのも初めて見たしな。

 

「...分かりません。英雄君が言ったことも理解できますし、英雄君に助けてもらった事も嬉しく思います。でも、心が納得しないんです!」

 

「黒子...。」

 

膝に手をついたまま黒子の顔は上がらない。

 

 

他のメンバーも帰宅していた。

英雄は1人離れていった。

 

「カントク、どうすんだよ?」

 

小金井がリコに事態の収拾を願う。

 

「うるさいわね!そう簡単に解決できたらとっくにしてるわよ!」

 

「おいおい、これは部全体の問題だぜ。コガも考えろよ。」

 

その結果、リコに怒鳴られ木吉に諭される。

 

「...なあ、木吉。実際のとこどう思ってるんだよ。」

 

日向が真剣な面持ちで木吉に問いかける。

 

「さっきも言ったが、決して好きな訳じゃない。でも、100%間違っているとも思わない。」

 

「監督として言わせて貰うと、勝つ為にやるべきことをやった英雄に非難するつもりはないわ。ただ、学生のバスケとしては...黒子君の意見を支持ね。」

 

全中経験者と現バスケット部の監督の意見を聞き、他のメンバーは唸る。

 

「そうなんだよな~~。はぁ、なんでこんなことになっちまったのかなぁ。」

 

「ちょっと!キャプテンなんだからしっかりしてよ!」

 

日向のため息交じりの台詞に活を入れられる。

 

「英雄も今後一切しないってことじゃなく、必要があればまたやるっていうことだろうし。」

 

「でも実際、今日の試合は楽になったんだよなぁ。」

 

「...(はらはら)」

 

伊月、小金井が続き、水戸部が心配そうに周りを見回している。

 

「これはあの2人だけの問題じゃない。俺達も考えないといけない。全国に行けば同じこともあるかもしれない。その時にどう立ち向かうべきなのかを。」

 

皆は一斉に黙り、考えながら帰宅を続けた。

 

「あーあ、勝った後の打ち上げ楽しみにしてたのになぁ。」

 

ここでまたしても小金井が余計な発言をしてしまう。

 

「あんた!いい加減にしなさい!!」

 

「あ!嘘!!冗談!!ごめんなさいーー!!」




少し時期が遅れますが
今期で引退したベッカム選手に敬礼!!

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