黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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チャンピオンロード
だからこそ


『ワアアアアアァア!!』

 

画面から歓声が聞こえる。

決して広いと言えない間取りの部屋では、DVDが再生されていた。

 

「...遠いなぁ。でも、今に見てろ。」

 

食い入るように画面を見ながら手に力を入れる。

手に力が入り過ぎた為、手にしていたリモコンがミシミシと音を立てる。

 

「っとと!やべぇやべぇっと。」

 

レコーダーの電源を切り、リモコンを布団の上に雑に投げた。

英雄の頭には、今日言われた黒子の言葉が思い浮かぶ。

 

「うーん、どうしたもんかなぁ。」

 

ガシガシと頭を掻きながら解決策を練るが、どうにも浮かばない。

 

「...寝よ。」

 

時計は9時を差しており、今時の中学生より早い終身時間であった。

 

 

 

翌日。

バスケ部メンバーは視聴覚室に集合していた。

今まで通り、撮った試合の映像で各々のプレーを思い返し反省会を行う為である。

 

「......。霧崎第一との試合は参考にし辛いな、正直。」

 

「前半なんかは特に酷かったからな。俺なんかシュート全然入ってない。」

 

黙ったままでは意味が無いので、伊月と日向から感想を切り出す。

 

「あ、分かってると思うけど、日向君の戦国武将フィギュアぶっ壊すから♪」

 

「凄い笑顔で言いやがるぜ、この女!」

 

悲哀色に染まった表情に染まる。

 

「まあ、少なくともメンタル面で反省するべき点は浮き彫りになるからな。」

 

「っすよねぇ。俺なんて、掲示板にめっさ叩かれてたし。」

 

木吉は誠実な意見と言い、英雄は自虐に走る。

 

「つか、そんなのあったの?」

 

「夏ぐらいからなんかできてました。キセキの世代の影響でしょうね。ちなみに、ウチのこととかよく話しにでてきますよ。」

 

「俺はなんて?」

 

「いや、ちょっとここで言うのは...。とりあえずすいません。」

 

「うえぇええぇぇ!?なにそれ怖い!!でも気になる!!どうしよう...。」

 

小金井の素朴な疑問から悪ふざけを行う英雄。

 

「ちょっと!話を脱線させすぎ!」

 

リコの一声により、軌道修正。

 

「ともかく!この経験を次に生かしていかないと、ウチのNo.1馬鹿がまた暴走するかもしれないし...。」

 

リコの冷めた目が英雄に突き刺さる。

 

「最近、この感じが嫌じゃなくなってきたんですよね。自分でも驚きっすよ。まさか、ここまで開発されるとは...。」

 

「「「変態。」」」

 

最終的にはほぼ全員からの冷たい目が突き刺さった。

しかしたった一人、黒子だけは様子がおかしかった。

 

「黒子はどうだ?なんかあるんだろ?」

 

誰もが躊躇した黒子への質問を、木吉はブッ込んだ。

 

「(さすが木吉。ぱねぇ。)」

 

「(いつもはうっとしいド天然ぷりだけど、今回は頼りになる。)」

 

そんなことをメンバーは考えていた。

 

「...そうですね。...特にありません。」

 

「そうか...。」

 

試合終了後から始まった、2人の問題に対する解決の切欠にならないかと期待したがどうにもならなかった。

室内は沈黙に包まれる。

 

「今日はこんなところね。そうそう、話は変わるんだけど、次の休日に温泉に行くから予定空けといて。」

 

リコが話を切り替え、空気も入れ替わる。

 

「また急だな。なんだよ温泉って、そんな金ないぞ。」

 

「友達の親戚がやってるとこなんだけど、シーズンじゃないから格安でいいって。これまでの疲労が蓄積してると思うから、ここで1度リフレッシュしましょ。」

 

日向の心配はあっさり解決し、話はどんどん進んでいく。

 

「...問題なければ決定ね。あ、一応、念の為、必要ないと思うんだけど~着替えとバッシュも持参ね。」

 

だが、どこか違和感がある。温泉といい、このタイミングといい、どうにも都合が良すぎる。

そもそも今までで、ことイベント事で普通に終わったことなどない。

リコ以外のメンバーはなんとも言えない表情になっていた。

 

「「「(あ、怪しすぎる...。)」」」

 

「それじゃあ、今日は軽く流して解散ね。」

 

一同が席を立ち、部室へ向かおうかとしたとき、火神が手を上げる。

反対の手にはプリントを掴んでいた。

 

「あの、相談がある、っす。」

 

「ん?どーした?」

 

「俺、アメリカに行ってきます。」

 

空気が一瞬止まった。

 

「はぁあああ!?なんで!?」

 

「い、何時だよ!?」

 

「次の休日っす。飛行機のチケットも取ったし。一応、さっき学校の許可も貰いました。」

 

驚くメンバーを他所に淡々と話す火神。

 

「...どういうこと?」

 

リコは冷静さを取り戻し、事実確認を行う。

 

「短期留学制度を利用して、アメリカで修行してくるつもりです。あっちに教わった師匠、みたいな人がいるんす。」

 

「それで、どうして今じゃないといけないの?」

 

「今のままじゃ、悔しいがあいつらに勝てない。でも、だから、もっと強くなる為に。そしたら、今日留学の話を聞いて、しかも行き先はロス。だから...今じゃねーと駄目なんだ!もう誰かに頼りっぱなしは嫌なんだ!!...です。」

 

火神の真剣な目を通して、決意を感じ取った。

 

「...行って来い。ただし!ちゃんと強くなってくるんだぞ。」

 

「ま、そーいうことなら止める理由はないよな。」

 

「いいなぁ...。まだ枠ってあるのかな!?なあ!?」

 

「あんたは駄目。とんでもないトラブルに巻き込まれて帰ってこなさそうだから。ま、しっかりやってきなさい。後、ちょっとこっち来て。」

 

日向と小金井が後押しをして英雄も便乗しようとした。それをリコが諌め、火神を指で呼ぶ。

 

「?なんすか?」

 

ガッッ

 

火神が近づいた瞬間、リコのアイアンクローが決まる。

 

「いたたたたたあ!!なにすんすか!」

 

「これは相談じゃなくて、事後承諾っていうのよ。次は無いように♪」

 

話のオチがつき、体育館へ向かう。このくだりに関して、他のメンバーは完全にスルーを決め込んだ。

ちなみに、練習開始前に日向の最上義守フィギュアが爆竹による公開処刑で木っ端微塵に消え去った。

 

「「「(なにも練習前にしなくても...。)」」」

 

 

 

「今日はここまでよ!」

 

「「「お疲れっしたー!!」」」

 

調整のみの軽い練習を終えて体育館内に大きな挨拶が木霊する。

 

「火神、1ON1の相手してくんね?」

 

「お前からなんて珍しいな。別にいいぜ。」

 

軽いメニューが終わりメンバーが引き上げていく中、英雄が火神を誘った。

今までは火神が催促する形が多く、英雄からということは少なかった。

 

「3本勝負で俺からな。」

 

英雄が1度ボールを預け、火神が直ぐに返し開始の合図。

細かなフェイクを混ぜながら火神に迫る。

 

「(右か?左か?はたまたフェイダウェイ?)」

 

練習でほぼ毎日のように行ってきたが、それでも英雄を止めることは簡単ではない。

キセキの世代とやり合っていると言っても過言ではない。

しかし、相手が強ければ強いほど火神は急激な伸びを見せる。

 

英雄は火神の思惑を他所に真っ直ぐに突っ込んだ。

 

「(真っ直ぐ!?やべぇ反応が遅れた!!かまわねえ、跳べ!!)」

 

火神は右足で踏み切り強烈なブロックを炸裂させる。

 

「マジか!!?」

 

火神の跳躍のタイミングは確実に遅れていた。それでもブロックを決めた。この事実を遠くで見ていたメンバーも悟る。

WC予選での激闘により、またしても凄まじい成長を遂げていたことを。

恐らく、秀徳戦が切欠なのだろう。霧崎第一では試合展開の為、気付くことができなかったが。

英雄は、火神にブロックされた緑間の気持ちをほんの少し理解した。

 

「(これは...ホントに参ったなぁ。)でも...これでいい。なあ火神、ひとつ賭けないか?」

 

「あ?なんだよ?なに賭けるんだ?」

 

「エースの座♪」

 

「はぁ?」

 

火神は展開についてこれていない。

 

「だってさぁ、鉄平さんとはやったじゃん。だったら俺とも勝負してよ?当然、本気でね。」

 

「どういうつもりだ?今更...ってまぁいいか。俺としても自分から名乗ったことないしな。それにお前ともいつかやり合いたいと思ってたところだ。良い機会だ、ハッキリさせとこうぜ。俺とお前」

 

「おう!どっちが上なのか、ってね。おっけ!テンション上がってきた。」

 

英雄の好戦的な表情に火神も高揚する。

2人の勝負を止めようとする者は誰もいなかった。

何故ならば、誰しもがこの勝敗の結末を見たがったからである。

皆は、単純な1ON1なら火神に分があると思っている。

しかし、引き出しの数なら英雄。なにより、英雄から仕掛けた勝負ならなにかあるのでは?とも思い、予想は困難となった。

 

火神の1本目。

火神は目の前の男を凝視する。

これまでキセキの世代やそれに次ぐプレーヤー達と競い合ってきた。

厳しい壁をなんとか超え、勝ち上がってきたが今にして思う。

この男もその一人であるということを。

夏の予選で自分より活躍する姿を見て、頼もしいと思ったことも事実。

しかし、どこかで頼っていく自分を悔しいと思っていたことも事実。

練習で幾度と無くやり合ったが、あくまでも練習は練習。

アメリカへの修行を前にして思う。

『この男に勝ちたい』と。

そしてそのチャンスは今しかない、と。

そんな青春ぽい事を考えている自分に対して、少し笑ってしまう。

 

「そんじゃ...行くぜ!」

 

左右のドリブルからバックロールターン。

シンプル且つ速いドライブでゴールを狙う。

英雄もそう簡単には許さない。

体をぶつけて、シュートを行う為のスペースを削ってくる。

このままシュートをすると、窮屈になって精度が低下するだろう。

そこで火神はフェイダウェイでのジャンプシュートに切り替えた。

 

「(いける!!)」

 

見事に英雄のブロックを交わしてリングを通過する。

 

「よし!!」

 

火神の力強いガッツポーズを英雄に見せ付ける。己を鼓舞するように。

 

「決めたぜ。俺は、今日、このタイミングで、お前に勝つ。」

 

「ははは、言っちゃってくれるねぇ。」

 

手で髪をかき上げながら表情を変える。

キセキの世代が火神を認める前から英雄は思っていた。

この男は本物である、と。

己のプレースタイルの違いの為、火神をエースと読んでいたが。

バスケットに全てを賭けている英雄が火神を意識しない訳が無い。

そして、今までの厳しい試合の中でメキメキと成長していく火神を見て、チームメイトでありながら勝ちたいと思ってしまった。

そうなってしまえばどうしようもない。

 

英雄のOF。

ボールを掴んだと同時にシュートフェイントに移る。

多少強引であるが、火神が英雄との距離を少し開けていた為、ブロックのタイミングが遅れる。

追うようなブロックをフェイダウェイでかわす。先程やられた火神のプレーをやり返すように。

 

「っく!」

 

火神は届かなかった左手を強く握り締める。

1本目の強引な切り込みが頭にチラつき反応が遅れてしまった。

悔しがりながらも『さすが』と心のどこかで思ってしまう自分に腹が立つ。

 

「負けるか!!」

 

火神のフルスピードのドライブ。

空中戦の肝である左手に意識を集中する。

 

「(ダンクに行って、ブロック来たらダブルクラッチ!!)!!?しまった!?」

 

火神は進行方向左に向かっている。

ここからダンクを狙うことは難しい。なぜならば利き足は右、重心が左に寄っているこの状況で跳んでも窮屈になり高さが出ない。

残された手段は、ジャンプシュートか左足でのダンク。

空中戦を仕掛けるはずが、逆に選択肢を限定されている。

 

「(だったら!)」

 

1本目同様フェイダウェイ気味のジャンプシュートを選択。

高い打点でシュートを狙う。

 

バスッ

 

ボールを握る火神の手に比較的軽い衝撃が伝わる。

英雄のブロックはシュートを防げなかった。

英雄が先に地面へ降りていく中、火神は放つ。

 

ガッガン

 

シュートはリングを通過することなく、落下していく。

 

「ボールに触られた...。完全に読まれてたのか。」

 

自分のOFをあっさり止められて、ショックを受けた火神。

 

「言っとくけど、4月からずっと自分達の意識を確認し合ってきてんだよ?火神は割と分かりやすかったし、何考えてるかなんて大体予想がつくさ。」

 

何時に無く静かに向かってきていた英雄が言葉を綴る。

 

「その右足は確かに大きな武器だ。でも縋っているようじゃ駄目だよ。今後、大事な場面になると必ず右足で踏み切ってしまい、こんな風に止められる。」

 

「あ。」

 

「少し偉そうに言わせて貰うと、火神の最大の長所はそこじゃない。俺が認め、本気で負けたくないと思ったところは。」

 

ツカツカと火神に近寄り、火神の胸を拳で軽く突く。

 

「長所とか短所とかあるけど、あんまり囚われるとつまんなくなるからね。全部知った上でお前のバスケットをすればいんじゃね?」

 

「...俺の。」

 

「そ、俺は俺の火神は火神の。前にも言ったけど、考えるのは火神の柄じゃないでしょ。」

 

「うるせー。正直俺もそう思ってんだよ。」

 

「ははははは!...火神、俺はもっと上手くなるよ。」

 

「あ?だったらもっともっと上手くなってやるよ!アメリカ行くしな!」

 

「それはちょっと敗北感が...。」

 

腰に手を当てて俯く。

 

「へっ!ざまあ見ろ!」

 

火神はそれを見て笑い出す。

 

「そんじゃあ...まあ、決着つける?」

 

「当然!」


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