黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

56 / 98
勝敗は

桐皇監督・原澤は今になっても思う。

決して今、桐皇メンバーの前では言わないが。

もし、補照英雄という男が桐皇にいたらと。

 

高レベルのチームの監督は、チームを作る上で目指すものがある。

すなわち、最高のチーム作り。

細かいところはそれぞれの思想や主義によって変化するが、結局のところそこになってしまう。

最高のチームとは、最強のプレーヤーがいるチームか?否

優れた統率者がいるチームか?否

環境がより整ったチームか?否、である。

プロでも最高と謡われるチームはケミストリーが起きる。

NBAでもケミストリーが起きるチームが優勝している。

 

そして、様々なチームが最高のチーム作りを目指して取り組んでいるが、到達したチームは少ない。

どれだけ強いチームを作ろうが、決してケミストリーが起きなかった。

何故か?強豪になればなるほど、チームの仕組みはマニュアル化しているからだ。

徹底管理は監督の思うようなチームは作れるが、そこに化学変化は起きようも無い。

メンバーの意志を無理やり纏めてしまう遣り方は、効率は良いが予定通りで止まってしまう。

数々の要因を達成して始めて到達する。チームとして最高峰の頂。

たかが創部2年の新鋭チームが出来ていいはずが無い。

それも、今年に1年の火神と黒子が入り、更に木吉が途中参加で急ごしらえもいいところ。

そんな不完全なはずのチームには有り得ない。

 

 

 

嘗て、原澤が桐皇監督に就任するよりも遥か昔。

旧友の景虎に誘われて、ある試合を見た記憶。

小学生同士の試合で、迫力も何も無い。何の為に呼んだのかとつい睨んでしまった。

しかし、たったワンプレーで目を奪われた。

小さなチームの一体感。

その後のプレーでは起きず、はっきりと断言するには弱々しい為、なんとも言えない状態ではあったが。

 

現役時代でもそうそうお目にかかれない現象を、小さなプレーヤー達が無意識だろうが引き起こしていた。

そうする内に、気付いた。発端が何かに。

中心には、ヘラヘラとプロなら監督に怒られそうな表情をしながら、華麗な歌を歌っているような少年がいた。

彼はエースではない、キャプテンではない、それなのに目が離せない。

本当に小学生の試合かと思わせる位に、体育館は沸いていた。

 

今吉で作った土台に青峰という最高のプレーヤーを持ち、他の部員も全国から集めた精鋭である。

アクが強く、個人能力主義という状態になってしまったが、その実力はもはや全国でも有数。OF力ではトップクラス。

だからこそ、夢を見てしまった。ここに英雄がいたらと。

 

「やはり、強引にでも呼び込んでいれば...。しかし、このチームも最強です。」

 

コートの端に立つ英雄を見て、原澤は言う。

今までの監督生活の中で、最高のチームを作り上げた自負があった。

 

 

 

「英雄、イケルのか?」

 

日向は不安気に聞く。

 

「うぃす。もう大丈夫ですよ。つか、除け者みたいで悲しかったですよ?」

 

体をポキポキと鳴らし笑顔で答えた。

 

「この馬鹿、こんな状況で本当に羨ましそうに見てたわよ。」

 

後ろでリコが一蹴する。

 

「だって、俺が1番やりたかった事を俺がいないところでやっちゃうんだもん。」

 

「お前も言うな!もんって何だ!今聞くとイライラする!」

 

日向が英雄の頭をはたく。

 

「英雄、後は頼んだ。」

 

「俊さんもお疲れ様っす。美味しいところ譲ってくれてどもっす。」

 

伊月は英雄と手を合わせて、ベンチに戻る。

 

「すまんなぁ、疲れてるところ。」

 

「むしろ、ばっちこいって感じですよ。このまま終わったら、背中叩かれ損ですからね。」

 

木吉とは朗らかに笑いあう。

 

「僕は見ましたよ?僕の目指す先の一端を。」

 

「それは良かった。でも、絶対俺も負けないよ?もっともっと先に行こう。」

 

黒子と拳を合わせた。

 

「...おう。見たか?かましてやってるぜ。」

 

「見たよ...。俺には出来ないプレーだった。一瞬憧れそうだった。」

 

「ああ?何か引っかかるんだよ、その言い方!」

 

「絶対に憧れてはやらないよ?俺とお前はそういう関係だ。」

 

「....上等だ!」

 

「...おうよ!」

 

最後に火神とハイタッチを決め、コートに向かった。

ある程度回復したとはいえ、全快とも言えない。体になにかしこりの様なものがある。

それでも、頭に敗北は無かった。

それと反比例するように、ドーパミンが分泌されていくのだ。

 

 

日向のスローインで再開。

 

「....?」

 

英雄は受けたボールが何時になく手に馴染むような気がした。

 

「....来い。....?」

 

目の前には再びマークに来た諏佐が構えている。

その英雄はボールをまじまじと見ながら、呆けていた。

 

「(急になんだ?まるで隙だらけじゃないか...!)」

 

諏佐はボールに手を伸ばした。

 

「....はは、はははのは!!」

 

「っぐ!(やはり誘いだったか!)」

 

諏佐が前傾姿勢になった横をレッグスルーで抜き去る。最高の笑顔を持って。

 

「(...足も腕も気だるい。でも...イメージがどんどん沸いてくる!)」

 

「DF!警戒せえ!!来るぞ!!」

 

この土壇場で、満面の笑み。今吉は警戒を強め、黒子を追った。

 

「(もう効果は切れとるはずや!今度は何もやらせん!!)」

 

先程、黒子にスティール出来た事を思い出し、黒子の位置を追う。

 

「11番は15番の後ろに隠れてます!!」

 

ベンチから桃井の声が聞こえる。

英雄は構わず背後にボールを放って、直後ボールに向かって一直線に走り出す。

 

「(英雄君のイメージが伝わってくる....。)じゃあこうです!!」

 

黒子はリングに向けて、イグナイトパスを打つ。

そのパスに火神が反応し走る。

 

「そんなモンじゃ俺は抜けないぜ?」

 

「.....。」

 

そのパスコースを読み、青峰が火神の前に出る。このままでは青峰にパスカットされてしまう。

それでも、火神に不安の色はなかった。

 

ビシッ

 

割り込むように、英雄が指で弾いた。

球速は弱まりながら、火神の手の中に収まった。

 

「んだと!?(でも間に合う!!)」

 

火神のジャンプシュートに青峰はブロックで迫った。

しかし、ボールは放たれず、3Pラインの外へと向かった。

 

「日向...やと!桜井は!?」

 

マークのはずの桜井は木吉のスクリーンによって、外されていた。

日向のシュートは今日で1番綺麗なフォームをしていた。

 

桐皇学園 107-107 誠凛高校

 

同点である。

会場は歓声で溢れかえり、その興奮が窺える。

そして、今吉の前に英雄が立ちふさがる。

 

「っちぃ!(またこれか...。難儀やで)」

 

楽に抜けるはずもなく、肉薄し強引に前に出る。

勝利のへの道は前にしかないのだから。

 

「(3年間も走ってきたんや。もう少しだけ保ってくれ...。こんなに勝ちたいと思ったのは初めてなんや!)」

 

青峰が居る状況で、ここまでの窮地に陥ったのは初めてだが、それでも闘志は消えない。

いくら現実を見て妥協をしても、勝利を諦めた事はないのだ。

そんな今吉の3年間は濃い。だからこそ英雄に対抗心が生まれた。

その男は始まりは自分と同じだったはずなのに、あのバケモノ共に勝つつもりなのだ。

全く妥協をしていない訳ではない。事実、今は火神頼りの部分はあるし、チームを勝たせるやり方で勝負している。

しかし、今吉には分かるのだ。英雄は決して直接勝つことを諦めた訳ではないと。

 

「よこせ!」

 

今吉と青峰の距離は縮まっており、パスコースは若干開いた。

 

「(だから、ここまでがわしの仕事や。これだけは...)負けん!!」

 

ここで失敗すれば、逆転。

英雄を押しのけるように、パスを押し出す。青峰の下へ。

 

ビッ

 

「な!?テツ!!」

 

いくら青峰が速く動いても、パスコースとタイミングが分かれば充分に対応できる。

 

「はぁ...はぁ....。」

 

黒子の体力も限界に達しており、精神力でカバーしている。

ルーズボールは火神が処理し、ドリブルを行う。

しかし、青峰の戻りも速い。

 

「やらせねぇよ....!」

 

(お前なら....。分かってくれる!!)

 

別に声が聞こえた訳ではない。

ただ、反応したからそこにパスを出した。

 

「火神ならともかく、今更お前にやられるか!!」

 

直ぐに青峰も詰める。パスで抜けられぬように注意しながら。並みのパスなら手が届く。

英雄は、青峰からみて左へとフェイクを掛けて右に上体が傾いていく。

 

「(左と見せかけて右!!)」

 

青峰であれば充分にスティールが狙える。

手を伸ばしかけた瞬間、英雄の右手がボールの中心に下から回し、逆端に手の甲をつけた。そして弾く。

 

「(手の甲で!?こんなん見たことねぇ!!)」

 

青峰も抜かれた訳ではないが、体勢が不利過ぎる。

英雄に体を押し込まれ、スティールも狙えない。

そして、1番嫌なタイミングで下手投げのシュート、ヘリコプターシュートを決められた。

 

『ファウル!黒5番!バスケットカウント1スロー!!』

 

フリースローを取られた上で。

 

「くそっ!!」

 

「見たか!ガングロ!!追いついてやったぜ!」

 

この場面ではあの状態になった時点で、誠凛の得点はほぼ決まっていた。

そのチャンスを作ったのは黒子。英雄はすぐに駆け寄り嬉しそうな顔をした。

 

「テーツ君。見た?」

 

「はい。見てましたよ。」

 

「火神もナイスパス!」

 

「おう!つか、さっきのやつってどうやんの?」

 

「ああ、あれ?今度教えるよ。」

 

最高のプレーをした1年トリオ。逆転以外で盛り上がっていた。

 

「よし、よしよしよーし!!良くやったわ、みんな!」

 

リコは興奮し何度もガッツポーズをとり賞賛する。

 

 

 

「なんだ今のは...。クロスオーバー?いや、ボールがコートに着く前に切り替えした?」

 

黄瀬は僅かに見えた。

クロスオーバーのタイミングより速く切り返したドリブルテクニックを。

青峰が道を譲ったかのようにも見えた。

通常とは違ったタイミングやテンポ、そしてリズムで思いもよらないプレーで相手を翻弄する。

 

「やってる事はこんなに違うのに...まるで、青峰っちみたいっス。」

 

 

 

「...トラには分かるか?」

 

「エラシコ...そう呼ばれるらしいぜ?サッカーでは。」

 

サッカーの名選手ロナウジーニョが得意とするドリブル。

ドリブルの方向をボールの下を通し、逆側に切り返す高度な技である。

英雄は手で行う分、いくらか容易になるだろう。

 

「あの独特なテンポはそう簡単には読めない。ここにきてまた成長したな...。」

 

「あの、今更っすが、アダプタビリティって何ですか?」

 

高尾が手を挙げ、気になった単語を確認した。

 

「...適合性や順応性の事を言う。これを持つ者はどのような状況においても適切な対応が出来る。」

 

大坪が簡単に解説し、高尾はへぇーと唸っていた。

 

「確かに、補照はそれに当てはまってると思いけど、それだけじゃ説明が出来ないっつーか..。」

 

そこに景虎が話を挟んだ。

 

「アダプタビリティ、つまりアダプテーション。適応、順応、そして調整だ。チームに順応し、適応する。そしてチームメイトの選手としての色を濃くしてしまうんだ。」

 

キセキの世代達との決定的な違い。

相手を圧倒するのではなく、味方を押し上げる為のスキル。

勝利と言う結果は同じでも、過程がまるで違うのだ。

そして、一定以上チームに適応し隙間を埋めていった果てに、化学変化が起きた。

ゾーンに入れなくても、これならば対等に戦える。

唯一持っていた発想力という才能を体現できるように身体能力を伸ばし、色々な役割をこなせる様に技を磨いた。

それが数年に及んだ英雄の答えなのだ。

 

「一見、無駄だと思えるサッカーの経験をも活かし、ここまで持ってきた。それでもアイツは満足しない。アイツを止めるのは厄介だぞ?」

 

「ふふ、面白い。その挑戦うけてやろう。」

 

景虎の挑発を中谷は笑って受けた。

未だ、試合は続いているのに。

 

 

「追いついただと...?ざけやがって!!」

 

青峰は心底悔しがっていた。

今まで負けたことはない、何故なら青峰は最強だったからである。

何人だろうと止めさせず、幾多のチームを打ち砕いてきた。

確かに、強者とのゾクゾクずるような試合を望んできたが、負けるつもりはなかった。

しかし、今回の青峰は押さえ込まれている。

目の前の火神、同じ領域に至った尋常なる才能の持ち主。実際に何本ものシュートを止めてきた。

この位の状況ならむしろ望ましいが、パスが回ってこないのだ。

ボールを持てば最強のプレーヤーでもボールを持たなければ意味が無い。

 

「(窮屈で仕方ねぇ!!)」

 

現状、火神を抜いて得点というのは楽ではない。それに加えて、黒子が英雄が隙を見て襲い掛かってくる。

そして、ゾーンから抜けかけている。限界もすぐそこ。

 

「パスか...。」

 

そうなっている原因ははっきりしている。

青峰がパスしないという事実のみ。

そう考えていると、めぐり巡って青峰にボールが渡る。

ドライブに行くも火神は付いてくる。黒子や英雄もマークを外し、距離を潰してくる。

 

「(負けたくねぇ..負けたくねぇ)くっそ!!」

 

バチィ

 

青峰が歯軋りしながら若松に出したパスは、英雄により防がれていた。

 

「勝負に勝って、試合に負けたなんて展開はいらないよ!!」

 

木吉がルーズボールを拾って速攻。

木吉、黒子、日向、英雄、黒子、次々とパスを回し火神へと繋げる。

切れかけたはずの黒子のミスディレクションが効果を失っていない。

火神が光で黒子が影ならば、英雄は空気。

空気が澄んでいれば、光はより輝き、影は大きく濃くなる。

 

「うぉおおおおお!!!」

 

「あぁぁぁあああ!!!」

 

火神のダンクを青峰が正面から受け止め、力を込める。

 

「(俺は独りだったら多分負けてた...やっぱりお前はすげぇ。こっちは全員掛りだからな。でも、俺の方がチームに恵まれてた...それが勝因だ!)おおおぁぁぁっぁぁ!」

 

青峰ごと力ずくで、ダンクを叩き込んだ。

 

「......。」

 

そして、その空間は歓声に支配された。

 

----わあああぁぁぁっぁぁ

 

ここにエースの勝負は決した。

青峰の動きが見て取れるように低下した。

それでも、プレーヤーとしての質は高い。が、黒子や英雄のヘルプが来なくなった。

もう体力的に余裕がないのもあるが、火神を信頼した結果であった。

なにより、防いでおきながらも青峰のパスは脅威すぎた。

各自のマークに集中した方が効率的であり、付け焼刃のパスを通さない自信もあったからである。

 

 

今吉には走りきる体力はもうない。そこを精神力で補おうと、必死でパスを送り続けた。

桐皇には信頼関係というものはない、ただエース青峰への信用だけである。

残り時間1分間は桐皇も最後まで走り続けた。

今吉に報いるように、ベンチも声を張り続けた。

その懸命な姿はきっと観客の記憶に残るだろう。

例え、敗北したチームであっても...。

 

ラストシュートは黒子。

青峰は火神に押さえ込まれて、抜け出せない。

誠凛の4人は綺麗にスペースを空けていて、黒子を阻むものはない。

 

桐皇学園 111-119 誠凛高校

 

歓声でかき消されながらも、ブザーは鳴り続けた。




WC桐皇戦長くてすいません。
今後も頑張ります!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。