黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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夜の公園で

勝者は天を仰ぎ、敗者は俯く。

この試合の行く末は遂に決し、誠凛の勝ちという結果で幕を閉じた。

桐皇メンバーはその事実に目を見開き、呆然としていた。

 

「....負け?...そうか、負けたのか...。」

 

チームの中心人物である青峰も目の前に敗北を突きつけられても、実感を感じられなかった。

なにせ公式戦で敗北したのは、今回が初なのだから。

もう1度得点掲示板を見て、実感は沸かずとも結末を確認していた。

 

「はぁ...はぁ...青峰...君」

 

試合終了の合図により、疲労が噴出した黒子はよろよろと青峰に歩み寄る。

 

「...何やってんだ、テツ。勝者なら勝者らしくしろってんだ...。」

 

あまりのよたよた具合に見ていられなくなった火神が肩を貸し、黒子を支えた。

 

「...お前の勝ちだ。」

 

「違います...。僕達の勝ちなんです。」

 

黒子は青峰の賞賛を改めた。あの感覚に身を委ねた者なら分かるのだ。黒子の力で勝った訳じゃない、火神の力だけじゃない。

 

「...そうだな。」

 

「よお。今回は俺等の勝ちみてーだが、俺個人としてはまだてめーに勝ってねぇ。だから、次だ。次こそ俺が勝つ!」

 

火神は勝者チームだが、この結果に満足していなかった。個人的な価値観をそのまま言葉にし、青峰に対して改めて宣戦布告をおこなったのだ。

 

「っふは!...調子にのんな。今回は負けてやったが、次はねぇ。」

 

次。その言葉は不思議と、気持ちを明るくしてくれた。

しかし、敗北感をしっかりと理解していない青峰が、次について考えるのはもう少し後。

 

「青峰君、少しいいですか?...あの時の手をまだ合わせてもらっていません。」

 

黒子は握り拳を作って青峰に向けた。

青峰は今更と照れながら嫌がっていたが、結局黒子に押し負けて、拳を合わせた。

 

 

「補照、ええ試合やった。ほんまに悔しいけど、まっ、しゃあないわ。」

 

少し離れた場所で、今吉と英雄が握手を交わしていた。

 

「ありがとうございます。今吉さんと戦えてよかった、俺はまた1つ上手くなりましたから。」

 

「ははっ。ハングリーなやっちゃ、最後に戦えたのがお前で良かったわ。今はそう思う...。」

 

今吉は手を離し、ベンチに戻ろうと振り向いた。

 

「最後?大学とかプロとかあるでしょ?もう辞めちゃうんすか?」

 

「アホ言え、わしは一般入試や。それにプロ行ったかて、それまでやろ。国内でもあんま注目されへんしな。」

 

その背中に英雄は声を掛けて呼び止めた。

 

「今吉さんくらいのPGなら、呼ぶ声も数多でしょうに勿体無い。それに注目させればいいじゃないですか。」

 

「はぁ?どないすんねん?」

 

「そうですねぇ...アメリカとか倒したら、嫌でも注目するしかないでしょ?」

 

「アメリカぁ!?」

 

にやけた英雄の発言に、細い目が強引に広げられる。

 

「それに、1度くらいは同じチームってのも悪くないと思いますよ?一応、一緒にプレーしたいリストの1人なんすから。それじゃ、『また』」

 

言いたい事を言った英雄は、誠凛ベンチの和に飛び込んでいった。

今吉はベンチにもどりながら、英雄の言葉の真意を推理した。

 

「アメリカ...なぁ。そうか、キセキの世代すら通過点なんか....。でか過ぎるやろ!...っくっくっくく..。」

 

今吉は独り突然笑い出し、周りをぎょっとさせた。

 

「はーははは!負けた負けた!先のことはまだわからんけど、それもおもろそうやんけ!」

 

「今吉さん...?」

 

「ああ、桃井気にせんでええ。ちょっと便所行ってくるから、先戻っといて。」

 

「あ、はい。」

 

今吉は笑顔でコートから先に離れトイレの個室に入った。

 

「はは、負けか...。やっぱ、悔しいもんはくや..し....。」

 

3年間の思いは、雫となって溢れ出していた。その重さは本人にしか分かりはしない。

 

 

 

誠凛ベンチはとにかく賑やかだった。

英雄がユニフォームをレゲエのライブみたくぶんぶんと振り回し、観客の声にアピールした。

 

「イエー!イエー!イっげぇ!!」

 

「アホ!さっさと戻るわよ!!」

 

リコにスコアボードで殴られ、無理やり引きづられていった。

コートから出る前に、景虎に向けてピースサインをした。

 

「...どうよ?おっさん、少しは楽しめたか?」

 

聞こえるはずのない声を言いながら。

 

「...ふん、及第点だ。調子に乗るな、馬鹿。」

 

それでも意志は景虎に伝わっていた。

 

「マー坊、先帰るわ。ま、頑張れ。」

 

「ああ...。ん?お前、手がビショビショじゃないか。」

 

「うるせえ、見んな。」

 

 

 

更衣室に着いた英雄は変わらず忙しかった。

 

「リコ姉、鉄平さんをお願い。俺は火神にするから。火神、ここに寝そべれ。」

 

「分かってるわ。鉄平、足出して。」

 

リコは木吉のマッサージを始めた。英雄は火神に。

 

「ああ、なんだよ?別に大した事ねーっつの。」

 

「うるさいな。いいから!!こういうのは後に残しちゃ駄目なんだよ。」

 

「大体お前に出来るのかよ?」

 

「簡易的な奴なら、俺でも出金だよ。お前はゾーンを使用したんだ。自覚しろ。」

 

英雄は、火神が以前負傷しかけた膝を念入りに解していく。その次は腰とういう順序で。

 

「ゾーンは疲労も倍なんだっつの!ケアをちゃんとしなきゃ怪我すんだよ。選手生命、短くしたくねえだろ?」

 

「....分かった。でも、お前もじゃねーのかよ?」

 

「ああ?鍛え方がちゃうし、後でやるから問題ないっよ!」

 

「イデデデ!おい!もっと丁寧にしろ!!」

 

火神は何か思うことがあるのか、そのまま素直に従った。

英雄のマッサージは案外普通で、リコ程ではないが、疲労が溜まった部位を重点的に解していった。

 

「ほい!終わり。次、テツ君。ほら、早くしなきゃ体が固まるでしょ?」

 

「いや、でも。英雄君が先ですよ。」

 

「はっははは!聞く耳もたんわ!!」

 

黒子を軽く持ち上げ、ベンチにうつ伏せにさせた。

その最中に、火神が寝ている事に気付いた。

 

「どんだけだよ...こいつ。」

 

「でも、火神君は頑張ってくれましたから。」

 

英雄と黒子は頼もしそうに微笑んでいた。

ウチのエースらしいと。

そして、試合に出た者全てにマッサージが終わり、さて帰るかと見渡すと、英雄以外のメンバーが眠りについていた。

 

「あ~あ、リコ姉どうする?」

 

「まあ、ちょっとくらいいいでしょ。英雄、足出しなさい。やったげる。」

 

「もう自分でやったよ?」

 

「いいから!さっさと出す!...労ってあげようってんだから素直に受け取りなさい...。」

 

リコは時間潰しがてら英雄のマッサージを行うという。そして、英雄を寝かせる。

 

「...電気は消して...」

 

英雄は親指を噛みながら上目遣いをした。

 

「殺すわよ...?」

 

「....すんません、調子に乗りました。」

 

「よろしい!」

 

強く拳を握ったリコの圧力に負けて、素直にうつ伏せの体勢をとった。

 

「アンタのは簡易的に過ぎないんだから、後で火神君達のもやっておかなきゃ。」

 

「ああ、きもぢぃぃぃぃ。」

 

「御爺ちゃんか!」

 

英雄の背中をパシッとリコが叩いた。

 

「英雄....お疲れ様。」

 

「あ、うん。....折角だから、リコにもやったげようか?腕もかなり疲れてんでしょ?気持ちようしまっせ!うへへへへへ」

 

ギュッゥゥゥ

 

「痛ダダダダダ!!」

 

何故か英雄が厭らしく手を擦りながらリコに窺っていると、リコに思いっきり抓られた。

 

「セクハラ。」

 

「えぇええ!?感謝の気持ちなのに!?」

 

こういうった空気になると、体が勝手に馬鹿をしてしまう英雄であった。

 

 

その後、メンバーは全員起きて体育館を出た。

床の上で寝てしまっていた面子は、若干後悔しており、マッサージを受けてなければと考え恐怖していた。

とりあえずこのまま解散しようかと考えたが、誠凛のお祭り男・小金井が打ち上げをしたいと言い出した。

リコも桐皇との試合の後でしっかりとした補給を取らせたいと思っていたので、これに賛成。

かといって外食というのはどうかと考えていた時に、火神から自宅ならいいのではないかと提案した。

こうして、火神で鍋を食べることになった。

 

買出しを行ったメンバーは火神の自宅におじゃました。

 

「うわっ!俺んちより広いでやんの...。俺んちワンルームなのに...。」

 

英雄は資本社会の厳しさを目の当たりにした。

それ程、火神の自宅は広かった。少なくとも、2DKはある。

 

「ああ、元々親父と住む予定だったけど。結局すぐアメリカに戻っちまったから、1人で住んでんだよ。」

 

メンバーは開いた口が塞がらない。

色々言いたい事もあるが、ともかく食事をしよう行動を始める。

 

「ん?カントクは??」

 

日向がリコがいないことに気付いた。

 

「えっと、キッチンに...あ、ほら。」

 

福田が料理をしているリコを指差す。

 

「へぇ、ホントだぁ....。おいぃぃぃ!!何普通に料理させてんだよ!?」

 

「えぇ!でも、みなさんが普通にしてるからいいのかなって...。」

 

日向が福田の胸倉を掴み、焦りながら問いただす。

 

「言い訳ないだろ!!山ん時と一緒じゃねえか!」

 

「でも、今回は特別な食材を使ってる訳じゃないし。」

 

「味自体は普通だったな。」

 

日向が福田の頭をグォングォン振り回すが、伊月と木吉は意外に問題ないのでは?という意見だった。

 

「はい!できたわよ!!特性ちゃんこ鍋!!」

 

リコはテーブルに笑顔で鍋を置いた。

メンバーは唾を飲み込みながら、ゆっくりと蓋を開いた。

 

「よし...普通だな...。」

 

今の彼等は危険物処理班と同じ気持ちなのだろう。

緊張で箸が震えていた。

 

「いっただきまーす!!」

 

そんな中、英雄が最初に箸を入れて、ガツガツと口に頬張りだす。

見たところ一切問題ないようで、他のメンバーもある程度の安全を確認した。

※これはただの食事シーンです。

 

鍋に入っていた具は普通ではなかったが、不思議と味は問題なく、寧ろ美味かった。

それを機にわいわいと食事を始めた。

ついでに、反省会にも繋がり、試合中のプレーを確認しあった。

 

それからしばらく経った後、実は鍋にリコがいつも通りにサプリメントを投入していた事によって、不味さのダメージが遅れてやってきていた。

ほぼ全員がそれによって倒れ、行動不能になっていた。

しかし、耐性を持つ英雄は暇を持て余し、部屋に書置きを残して、先に帰って行った。

 

 

 

暗い夜道を青峰が1人で歩いていた。

試合後に自宅に帰った後、じわじわと敗北感が体の隅々まで覆い、眠れなかった為である。

気晴らしになればと、散歩をしていただけだった。

ふと、ストリートコートの近くまで来ている事に気付いた青峰は、なんとなく歩を進めるのであった。

 

「あ?こんな夜更けに誰がいんだ?照明も付いてねえのに、ご苦労なこった。」

 

近づいて行くと、ドリブルらしき音が聞こえてきた。そのままフェンスのところまで近寄り、目を凝らした。

 

「...天パ。」

 

コートにいたのは英雄であった。

英雄は目を瞑りながらドリブルしており、イメージした誰かを相手に1on1をしていた。

気付けば青峰はフェンスを握り締めていた。何かに急かされるように。

 

「そして、パァッス!!」

 

「っぶね!!何しやがる!!」

 

英雄が急に青峰にボールを投げつけ、青峰がつい声を出してしまった。

 

「んお?誰かいんの?」

 

英雄は別に青峰に向けたわけではなく、確かめに歩み寄ってきた。

 

「...よお。」

 

青峰としてはこのまま通り過ぎようと思っていたのが、予定外の展開になってしまった。

仕方なく、片手を上げ挨拶を行う。

 

「ああ、ガングロか。どったの?」

 

「別に。ただの散歩だ。お前こそ、こんな時間にまで、あんだけやってまだ足りねーのか?」

 

「当たり前じゃん。まだ足りない、俺はもっと上手くなりたいからね。」

 

「そうか...。」

 

英雄はボールを拾って、指先で回す。

 

「...バスケって何でこんなに面白いんだろう?」

 

「あ?なんだよ、急に。」

 

青峰は聞き返しながらも、どこかで聞いたような気がした。

 

「なあ、ガングロ。またどっかでやろうぜ。」

 

「さっきからガングロ、ガングロ、うるせえよ!もう名前知ってんだろ!前と、違って...?」

 

遠い記憶の中から蘇った思い出。

純粋にバスケを楽しんでいた、幼い記憶。

 

「今度は俺が上から目線な?」

 

「よく覚えてんな。そんな事。」

 

「そりゃそうさ。あの時から、あの時を切っ掛けにマジで上手くなりたいって思ったんだから。」

 

青峰は帝光中の頃、良く記憶に残っていた少年を探していた。

照りつける日差しの中で、何時までも笑いながらボールを追ったあの時間をもう1度体験したいと。

そして、それは英雄も同じだった。

サッカーへの転向とういう、予想だにしないことが起きても、完璧に敗北を教えられた色黒の少年はまだバスケを続けているのかなと思っていた。

もし、機会があればもう1度。イメージトレーニングの相手は定期的に青峰を思い出していたのだ。

 

「本当に思い知らされるんだ。バスケって1人じゃ出来ないんだって。味方がいて、相手がいて、それでやっと出来る最高のステージ。このボールでどこまでいけるんだろう?」

 

「ああ...そうかもな。」

 

「俺なんか、興奮し過ぎてちょっとだけ●ッキしちゃったんだよね。」

 

「言うなよ!そういう事!!マジ台無しだ...。」

 

青峰は英雄のペースに巻き込まれ、頭を抱えながらつい笑ってしまった。

 

「みんなには言うなよ?俺のイメージが崩れちゃうから。」

 

「言えるか!?大体誰に言えるんだよ!誰も得しねえよ!!」

 

結局、英雄との雑談に付き合っていった。

 

「そういえば、年明けはお前どうすんの?」

 

「あ?何の事だ?」

 

「あ、知らないんだ~。じゃあ黙ってようっと。」

 

英雄はにやにやしながら、情報をチラ見せしといて黙秘を決め込んだ。

 

「おい!気になんだろ!」

 

「もしかしたら、呼ばれないかも知れないからね。場合によったらドヤ顔しに行くわ。」

 

「じゃあいいぜ。言いたくなるようにしてやる!」

 

青峰と英雄の鬼ごっこが始まった。こんな夜更けに。

追い抜いたのか、追いつかせなかったのか、それはその人それぞれが決めることなのだろう。

 

「なあ!青峰。」

 

「んだよ!つか待ちやがれ!!」

 

「俺はドンドン凄くなるからね。このままだったら次は楽勝だよ?」

 

「上等だ!!これから先も、お前等とは長い付き合いになるからな!!」

 

近い将来、青峰は英雄のドヤ顔を見なければならなくなるのか。

それは、まだ分からない。




トップアスリートの試合中や試合後には、よくある事らしいですよ?
何がって聞かずに、察していただければ幸いです

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