黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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底力を示せ
WTB


「...あのさ、誰?」

 

桐皇戦の翌日、誠凛メンバーは試合会場に来ていた。今後、当る可能性のあるチームを観戦する為に。

英雄の目線の先には、火神と並んで歩いていた金髪の外国人がいた。

 

「ん、ああ。俺の師匠、みたいな人だ。」

 

「みたい、じゃねえ。れっきとした師匠だろ。アレクサンドラ・ガルシアだ。よろしくな!!」

 

「ああ、どうも...。火神にこんなパツキン美女なんかと...ちょっと幻滅だな。」

 

歩きながら火神が説明し、アレックスが握手を求めているが、英雄は聞いちゃいない。

火神に対する印象を改めていた。悪い方へと。

 

「おい!今説明したろ!!」

 

「あれか?普段は、『お前のタイガー』が火を噴いてんのか?...火神大我だけに。」

 

「泣かす!」

 

火神と英雄のじゃれ合いが発生し、他のメンバーは放置する。

 

 

「タイガから聞いてるぜ。お前も結構やるそうだな。」

 

興味をもったのか、落ち着いた英雄に声を掛けたアレックス。

 

「アレックス!余計な事言うな!」

 

「はは!照れんな!」

 

アレックスは豪快に笑っていた。その時、英雄がアレックスについて思い出した。

 

「ああ、思い出した。クレイジーレックス...。」

 

「何それ?」

 

英雄の言葉に小金井が聞き返す、本人のアレックスもピクリと反応した。

 

「いやね。確か数年前の事なんですけど、この人ゴシップネタが以上に多くて、どっかのライターが名づけたのが一気に広まったらしんですよ。」

 

「あっ!おい、英雄!!それは!!」

 

「クソガキ!!それ以上、その名を出すな....ブッコロすぞ...?」

 

火神がどちらを止めようとしたのかは分からないが、英雄の胸倉をアレックスが握り上げ、もの凄い形相で迫っていた。

 

「...いや~...なんと言うか、素敵な日本語をお使いで....。」

 

「次はないぞ?」

 

「イエス アイ ドゥー。」

 

クレイジーレックス。現役だったアレックスが、私生活の行動がぶっ飛んでいた為についたニックネームだった。

マスコミの悪意もあって、世間に広まっていた。そのおかげで、マスコミの人間がアレックスにボコられる事が多くなった。それも含めて、未だに未婚である。

そして、悪意がなくてもその名で呼ぶ事は、アレックスの逆鱗に触れる。というか、そんなマニアックな事を知っている奴は少ないだろうが。

そんなこんなで、観客席に座り、観戦を始めた。

 

それぞれのコートでハイレベルな試合が行われているが、やはりキセキの世代の試合はその上を行く。

秀徳の試合が行われていた。県予選を勝ち抜いた強豪であっても緑間は歯牙にもかけない。

多少なりとも軽んじていたアレックスもこれには驚愕し、実の弟子である火神が勝とうとしている敵の強さを思い知らされた。

 

英雄はというと、別に今更と言わんばかりに考えていた。

秀徳とは既に2回戦っている。この際、戦術などを考えてもあまり意味がないだろう。

それほどに手の内は、互いに分かっている。

そんな時、コートの隅にいた人物の顔をみて、未だ挨拶をしていない事を思い出し席をたった。

 

「英雄?どこ行くの?」

 

「ちょっと挨拶にね。」

 

「挨拶?誰にすんのよ?」

 

「オカケンさんに。6年ぶりだけど覚えてっかな?」

 

英雄の口から出た名前をリコは何処かで聞いたことがあった。

しかし、思い出せない。あだ名で呼んでいる以上、それなりの時間を過ごしているのだろうが。

 

「会場入り口で集合、忘れないでよ?」

 

「あいあーい。」

 

英雄の口元が緩んでいた。それほど親しい人物なのだろうか。

 

 

「オカケンさーん!」

 

英雄が手を振り、その人物に呼びかける。

 

「んん?誰じゃ、懐かしい呼び名で呼ぶのは...?」

 

その人物は周りと比べても、首ひとつ出ており、遠くからでも良く目立っていた。

 

「覚えてますか?W・T・B!!の補照っす。」

 

英雄は手で文字を表して、昔行っていた合図を送った。

 

「おお!英雄か。久しぶりじゃの?」

 

「誰アルか?」

 

「昨日の誠凛のPGしてた奴だよ。」

 

そこには陽泉高校の面々がおり、英雄の声に岡村建一が反応し応えた。

陽泉高校レギュラーの劉偉は昨日見ていたはずなのに、英雄を覚えておらず、横にいた福井健介が補足した。

 

「6年ぶりです。ご活躍は耳に届いてましたよ。」

 

「おう、ワシも昨日みたぞい。なかなか派手に目立ってたな!」

 

長年にわたる再開に岡村はがはははと笑う。

 

「あれー?黒ちんのところの...誰だっけ?確かパイノミ...?」

 

「どこからそのワードが出てきたんだ?補照君だ。」

 

その後ろから、キセキの世代紫原と、火神との因縁がある氷室が現れ、陽泉レギュラーが一同を介した。

 

「つか、何?知り合いか?」

 

福井が当然の疑問を岡村に投げかける。

 

「おお、こいつとワシは小学校のバスケクラブで一緒だったんじゃ。んでもってそれ以来って訳じゃな。」

 

嘗てキセキの世代が世間に知れ渡る前、東京のバスケクラブの1つ、西東京ミニバスケットクラブの第31期のメンバーであった。

当時、6年生の岡村はCを行って、4年生だった英雄がSFでプレーしていたのだ。

キセキの世代の台頭により、世間の記憶から消えてしまったが、関東を席巻していた。

つまり、West・Tokyo・Basketball。略してWTB。

 

 

「ま、ガキだったころは転向が多くてな、在籍したのは1年半だけだったがの。」

 

「実に懐かしい。」

 

「お前の噂は一切聞んくなったから、何をしてるかと思ったぞい。」

 

「なんかサッカーで全国行ってましたよ!」

 

昔の話に花が咲き、あまり試合を見てなかった。

 

「おい、岡村。久しい再開なのは分かるが、ちゃんと試合を見ろ。」

 

そこに陽泉高校監督の荒木雅子が現れた。

 

「あ、荒巻さんだ。」

 

「む?監督のこと知っとんのかい?」

 

バスケオタクの英雄は荒木の現役時代の事も知っていた。

 

「あれでしょ?月バスのプバレンタインデー企画で、何故か男子プレーヤーを押さえて、人気投票1位になった。アンドレ様、ですよね?」

 

「それを言うなー!」

 

荒木の黒歴史ともいえる事件。そこには男女分けての人気投票だったのだが、蓋を開けてみると女性票を圧倒的に集めていたのだ。

女性部門では7位と微妙。編集者も面白がってそのまま掲載したので、当時の荒木は宝塚みたいな扱いになっていた。

ちなみにアンドレとは歌劇での役で、人気の女性が男装して行うところから来ている。

そして、未婚。

などと英雄がペラペラと話していると、目の前に竹刀が襲い掛かってきた。

咄嗟に白羽取りで受け止め、冷や汗が流れる。

それをナイスコンビネーションで岡村と劉が壁を作り、他の観客から隠した。

 

「ひ、英雄。悪いが謝ってくれんか?ちょっとこのままじゃと、こっちに飛び火するんじゃが..。」

 

「す、すいませんでした。僕、ファンだったんでつい..。」

 

岡村の願いに応えて、英雄が誤魔化しに掛かる。

新巻の現役時代を見たことがある英雄は、当時の名プレーが良かったなどといって落ち着かせた。

 

「フー!フー!...そ、そうか?」

 

「ええ、06年の時の韓国戦も見ましたよ。あの誤審が無かったら勝ってましたもんね。」

 

「....お前どんだけ詳しいんだ。あまり取り上げられなかったはずだぞ?」

 

全力で煽てていると、なんとか我に返った荒木に若干引かれる英雄であった。

 

「....ほっ。」

 

周りにいた陽泉のメンバーも一安心していた。

 

「やあ、補照君。握手してもらえるかな?」

 

「ええと、確か火神の...。」

 

「氷室だ。よろしく。」

 

今の出来事をなかったかのように何食わぬ顔で氷室が英雄に近づいた。

 

「あ、ども。」

 

「君にはシンパシーを感じたよ。タイガにも勝つが君とも真剣勝負がしたいな。」

 

氷室はクールな表情の割りに力強く、英雄の手を握ってきた。

 

「おっ?そういう性格なんすね?つか、火神のついでみたいなのは嫌っすね。俺はあいつより下だなんて思ったことないっすよ。」

 

英雄も力を込める。

 

「ふっ。そうか、君の言うね?楽しみにしてるよ。」

 

氷室の挨拶が終わったのか、そのまま背を向けた。

 

「ま、そういうことじゃい。当る時は容赦はせんぞ?」

 

変わって岡村が話しにきりをつけようとした。

その負けるとも思っていない岡村に英雄は思うことがあった。

 

「...オカケンさん。言うかどうか迷いましたけど、その体たらくじゃ俺等には勝てませんよ?」

 

「あぁ?」

 

にこやかだった雰囲気が英雄の一言によって崩れ去る。

 

「いくら知り合いじゃというて、あまり調子に乗るなよ?」

 

「オカケンさんは好きですけど、今の陽泉は好きになれないんすよ。...ガッツがね..足りてないっすよ。」

 

英雄は陽泉の全員から睨まれながら、去っていった。

紫原に一切話しかけずに。

 

 

英雄は誠凛に合流し、観戦を終えて帰宅する事に。

そこで、アレックスが火神への特訓がしたいと申し出た。

 

「頼む...。」

 

「えー、火神アメリカで俺が送ったメール全然見てなくて、おさらいしときたいんだけど。」

 

リコが口にする前に英雄が反対意見を言った。

 

「それでも、この先お前等の為にもなるんだ。」

 

「うーん。」

 

リコも悩む。誠凛には、実は桐皇戦で出来なかった事があった。

原因は火神の理解度不足であり、今後使用出来るようにすることがこの先勝つ為の必須条件だった。

 

「よし!じゃあ、英雄を貸します。」

 

「えぇ...そうくんの?」

 

英雄は、リコの返答を予想しておらず、とても嫌そうな顔をした。

 

「そしたら練習効率も上がるし、その分こっちの合わせにも参加できるでしょ?」

 

「確かに、DF役があれば...それにこいつクラスなら...。」

 

リコは英雄を完全に無視して話を進めた。アレックスも賛成よりだった。

今朝にアレックスの地雷を踏んだのが不味かったのか?

という訳で可決。

英雄は簡易的だがマッサージの心得もあるので、火神の練習環境としては申し分も無かった。そして、英雄に笑顔も無かった。

 

という訳で、英雄はその日からアレックスと火神に同行。しっかりこき使われていた。

しかしながら、アレックスのバスケット論にも興味がある。なにせ元プロなのだから、得るものもあるだろう。

終わると火神のマッサージを行ってから帰宅。

翌日も早朝から火神宅に行き、再度練習。午後は一旦学校へ火神と合流し、軽い合同練習。

現在は次の対戦校の中宮南の研究中。

 

「まあ、こんな感じでオーソドックスなバスケね。後、この試合は火神君と黒子君は温存したいの。」

 

実は火神が特訓している影で、黒子が新シュートの練習をしていた。予定では英雄が付き合うところが変更となり、青峰に付き合ってもらっているらしい。

なかなかにハードワークだったので、リコは試合に2人を外すという提案をした。

 

「けど、勘違いしないでね。夏の時みたいに博打って程でもないわ。2人抜きでも充分勝てると思うから言ってるの。」

 

「ま、確かにな。映像見てる限りじゃ、何とかなりそうだからな。」

 

リコに続いて木吉も勝算を持っていた。

 

「...鉄平も出来ればフル出場を避けて欲しいのよ。日向君もね。」

 

「でも、それじゃあスタメンほぼ入れ替えじゃん?」

 

小金井が問題点を提示した。

 

「全部って訳じゃないし、ただ出来るだけって事。このまま勝ち上がれば、陽泉高校と当るわ。」

 

「紫原か...。」

 

木吉は少し思いつめたように、手を顎に当てた。

 

「5人中3人が2m越え、桐皇戦並に激戦は必死だから、休めるときに休ませたいの。」

 

リコは一端の監督らしく、優勝する為の戦略を立てていた。

陽泉と戦うには、インサイド争いが歌劇になる。当然、木吉がメインになるのだが、披露した状態で満足にプレーは出来ない。

2回戦、3回戦はプレーの感触を掴むだけに留めさせ、陽泉戦に照準を合わせる。

それは、日向も同様。桐皇戦の時のような絶好調でなくても良いが、不調になってしまうと勝つプランが厳しくなる。

日向にも調整をして、ベストな体調で臨ませたい。

 

「それは、分かるけどな...。」

 

「つまり、次は俺、水戸部、小金井、土田、英雄か?」

 

期待されてると言え、日向も悩む。伊月はスタメンを予想。

誰も英雄の心配はしていなかった。

 

「凛さーん!久しぶりにかましてやりましょ!」

 

「(コクン)」

 

英雄の声に、水戸部は首を傾けた。この2人のDFの安定感は夏に証明済み。

 

「...英雄、頑張れよ。」

 

すると、福田、降旗、河原に声を掛けられた。

 

「俺等はさ...応援するしか出来ないけど...全力でやるからさ!」

 

「は?何言ってんの?」

 

「「「え?」」」

 

「え?」

 

4人してきょとんとしてしまった。どうやら、話がかみ合ってないようだ。

 

「いや、だから。」

 

「いやいや、試合出ないの?」

 

3人はこの返しが来るとは思っておらず、意味が分からなかった。

 

「こーちんは隠れて3Pの練習してるのみんな知ってるよ?」

 

こーちん、河原浩一に英雄がつけたあだ名。

河原は、フォワードだが身長は決して高くない。チームの為になればと、伊月や日向の練習につい合いながら、アウトサイドシュートの練習をつんでいた。それも恥ずかしかった為に隠れて。

 

「逆にひろしは、フォワードプレーを覚えようとしてるのも知ってる。」

 

ひろしこと、福田寛。Cとして、高さも力もまだ足りない。既に水戸部や火神、英雄など、ゴール下をカバーできる者は足りている。だから、フォワードの動きを取り入れてプレーに幅を持たせようとしていた。

 

「そんで、フリ。俺はフリのPGも好きだからね。それに2試合中、伊月さんの代わりができるのはフリだけなんだから。」

 

フリは降旗光樹のあだ名。慎重なボール運びを心がける。最近は伊月を見習い、バスケIQ向上を目指して勉強中である。

 

「ふふ!私を騙そうっていうならもう少し工夫しなさい。」

 

リコも優しく笑いかけ、メンバーの視線が3人に向く。

 

「あー。まあ、そう言う事だから頼むわ。」

 

「え、あ...。」

 

日向に声を掛けられた河原は既にキョドっている。

 

「そうそう、呼ばれた時に恥かかないようにな。」

 

「は、はいぃ。」

 

小金井に肩を叩かれた福田も同様。

 

「簡単に出場機会は渡さないけど、そのときが来たら頼むぞ。」

 

「....。」

 

伊月に話しかけられた降旗は声も出ない。

 

「みんな、ご迷惑を掛けますがお願いします。」

 

最後に黒子に頭を下げられた。

その後の3人は、それぞれ覚悟を決めようと一切しゃべらなかった。

 

 

そして、試合当日。

スタートは、予定通りのメンバー。

水戸部、土田、英雄でインサイドを守り、伊月と小金井でカウンターを仕掛けた。

試合展開は、スタメンを抜いても順調な滑り出しをしていたが、要所要所での英雄のプレーに違和感が現れていた。

 

「ん?」

 

リコも気づいた。微妙にかみ合わないのだ。

コンマ1秒のズレがある。英雄も困惑しており、修正に苦しんでいるようだ。

 

「あっれ~?おかしいな...?」

 

第1クォーターはあまりリズムに乗れず、23-19で勝ってはいるが微妙。

インターバル中に、英雄の状態を確認した。

 

「なんかさぁ、感覚が先走るっていうか。何なんだろうね?」

 

英雄は手を握ったり開いたりしながら、違和感の原因を考えていた。

 

「...今日はDFに専念、OFはみんなに任せて。」

 

「ううん...仕方が無いか...。すんません、お願いします。」

 

木吉がいないインサイドには英雄を外す事が出来ないので交代はしないが、DFやリバウンドをメインにするように指示した。

 

「ああ、それはいいけど...大丈夫か?何か怪我でもしてるんじゃ...。」

 

「いや、そう言うことじゃないんすけど...。」

 

心配そうに伊月が話しかけるが、そういった分かりやすい事でもなかった。

 

「英雄...それを飼いならしなさい。」

 

「ん。分かってるよ。」

 

誠凛は完全なチームOFで臨む事になった。

英雄のシュートは控えめになり、それでもマークが集まるので、パスを回して確実性を求めた。

走りながら、スクリーンを駆使してフリーを作り、水戸部や小金井で点と取っていく。

 

「なあ、カントク。英雄に何が起きてんだ?」

 

チームの出来はまあまあだが、日向はふと疑問に思った。

 

「...多分、英雄は自分の成長に戸惑っているのよ。」

 

「はぁ?そんなん今更だろ。今まで全く成長してなかった訳でもねーし。」

 

「身体能力とか、基本的なテクとかはね...。でも、あの独特な感性が成長を見せたのは、今回がやっとなの。」

 

リコは不調の原因に当たりを付けていた。

桐皇戦という激戦の中で英雄は、自分の能力を高めていった。

基本的な技術や、今吉と競り合う中での駆け引き、しかし英雄の本質は別の物。

創造性、コートにおける様々な可能性をありのままに捉えて、形として表す性質。

そして、それは幾らリコや景虎のトレーナーとしての高い実力を持ってしても、鍛える方法が見つからなかった。

 

「だから、出来るだけイメージどおりに動けるように鍛えてきたんだけど...英雄のファンタジスタとしての能力を強くするには実践の中にしかなかったの。でも、想像以上に成長してしまったから、英雄の動きが空回りしてるんだと思う。」

 

贅沢な悩みなのだろうが、リコは親指の爪を噛みながら説明する。

予定では第4クォーター、早くても第3クォーターの途中から、日向や木吉を投入するつもりだった。

しかし、このまま行っても大丈夫か、という疑念もある。

DFはともかく、OFの起点が無いのが問題だ。

現在は、DFからのターンオーバーでの得点でリードを守っているが、英雄の不調がばれれば、主導権を奪われる恐れもある。

 

「守るか...。」

 

リコはふとベンチで応援しているメンバーに目を向けた。

 

「(よし!)河原君、準備して!!」

 

「え?」

 

第2クォーター6分過ぎ。

交代を知らせるブザーが鳴り、ガチガチに固まっている河原が立っていた。

 

IN 河原  OUT 小金井

 

「おう、行ってこい!」

 

「あわわわわ....。」

 

「大丈夫か...?」

 

小金井とすれ違った河原は、ロボットダンスをしているかのように歩いてくる。

 

「カントク...流石にこれは...」

 

勝つ気があるのかと聞きたくなるような采配に日向はリコに目を向けた。

 

「確かにちょっと心配だけど、これで意図は伝わると思うわ。」

 

 

「外か...。確かにインサイドへの一辺倒になってたな。相手にもばれてきてるみたいだし。」

 

伊月はリコの意図を読むが、何故河原なのかは分からなかった。

今まで3Pの練習をしている事は知っていたが、当然成功率は日向の比にならない。同じ条件なら小金井の方が良いだろう。

とにかく、1度アウトサイドからのOFで組み立て直す。

 

「河原!」

 

伊月がパスをして、外に張った河原が放つ。

が、ショートしてしまい、リングまで届かない。

 

「くっそ!そう言うことかよ!!」

 

英雄が無理に跳んで、ボールを伊月に向けて弾く。

 

「ナイス!英雄!!」

 

エアボールになった状況で伊月はマークを外していて、そのままレイアップで得点。

 

「ご、ごめん!」

 

河原が先程の失態に頭を下げている。

 

「ダイジョブ!もっと胸張って!腰が引けてるから短くなるんだよ。」

 

英雄はポンと腰を叩き、激励する。

 

「リバウンドは任せろ!」

 

土田も寄ってきて、声を掛けていった。

 

「昨日も言ったけど、こーちんの頑張りは知ってるから。だから、俺達を助けてくれない?」

 

試合出場機会がほぼない1年の河原を全国大会の場に出す事は、戦術上ありえない。

だから、リコの言いたい事は察することが出来る。

リコは全員に活を入れているのだ。

河原のフォローをさせる事で、余裕を無くし強引にパフォーマンスを高めさせようと。

 

「カントク、滅茶苦茶すんな...。」

 

伊月はついため息を出してしまう。

 

 

そこから、一旦河原にボールを集めてからの展開を始めた。

河原はビビっていて、インサイドに入ろうとはしない。だから、あえて集めてハイポストに入っている英雄を経由する。

伊月に渡しながらスクリーンを掛けてシュートチャンスを作った。

伊月のチェックが強まれば、土田や水戸部にパスをして、DFをかき乱した。

 

「河原!打て!!」

 

「はい!!」

 

徐々に試合に溶け込んでいった河原は、遂に3Pを決めた。

 

「やっ..たー!!」

 

力強く握り締め、歓喜に震えていた。

 

「これはこれで...楽しいかもしんない...。」

 

河原に点を取らせる事は、決して楽ではなかったが、しかし、今の河原を見るとこちらも良い気分になる。

相手は全国に名を連ねる強豪校であるが、キセキの世代ほどではない。

気付かない内に、気を抜いていたのかもしれない。不調だとしても言い訳は出来ない。

それでも、この点は気分が良い。

 

「それに...慣れてきた...。俊さん!俺もういけます!!」

 

英雄は、唯時間を過ごしていただけではない。

1つ1つのプレーを確認しながらの、20分弱であった。完全とは言えないが、ギアを挙げる為には充分だ。

 

英雄復活。OFを加速させていく。

ハイポストからの展開は変更しないが、そこからのミドルシュートを打ち、相手Cを引きずり出し、水戸部や土田にパスを繋げていった。

DFがインサイドに寄れば、伊月のカットや河原のシュートを使い始め、主導権を完全な物にした。

 

第3クォーターになると、河原のスタミナが切れ始めたので、そこで日向を投入。

 

「へっ!見せ付けられるばっかじゃカッコつかねえよな!」

 

後輩に負けないといわんばかりに3Pを決める。

第4クォーターには木吉を投入し、予定通り調整に専念させた。

 

「お陰で、チェックが甘い!」

 

膝の事を心配しなくても良い状況で、木吉は後輩の頑張りに報いろうと奮起した。

主力メンバーを完全に温存できたまま、試合は終了した。

誠凛高校 109-71 中宮南高校

 

更に、河原に全国を経験させる事も出来、監督としてリコは万々歳だ。

しっかり機能したのは2分程度だったが、

 

「割といい感じだったわね...。まだ早いけど...来年も楽しみだわ。」




アレックスと新巻監督の事は、分かっていると思いますが、作者の解釈と捏造です。

小学生の時の他のチームメイトについては今後触れるかもしれません。

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