「コガさん、硬いっすよ。」
「当たり前だろ!こんな状況で緊張するなって方が無理あるから!」
「....。」
小金井の緊張を和らげようと、肩を揉みながら英雄が付き纏っていた。残り3分強が誠凛にとってどれだけ重要かが分かっている為、水戸部にも緊張は見られる。
しかし、やって貰わないと困る。小金井と水戸部が出来るという前提でリコは作戦を立てているのだから。
「そんな時こそ!!」
英雄が小金井の後ろから伊月の横へ移動し、会話をするように口を動かしていく。
「いや~、今日はいつもより走ってばかりですね。」
「そうですねぇ。加えてベンチも含めてチーム一丸になってますから。」
「つまり?」
「これがホントのソウリョク(走力・総力)戦。」
「なんでやねん!」
「「どうもありがとうございました!!」」
小気味良いテンポでのやりとり、深いお辞儀でオチを示す。ちなみに打ち合わせはしていない。
「....その息の合い様が1番腹立つんですけど....。」
「恥さらしだ....。」
「やってる場合か!?この馬鹿共~!!」
小金井と日向が頭を抱え、リコがいつも通りにハリセンでつっこんでしまった。
そのせいで、客席からもクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「あぁぁ、もう!変に目立っちゃったじゃない。さっさと行ってくる!審判から睨まれてるわよ。」
「えぇぇ。この雰囲気で試合すんの?」
今一締まらないまま、コートに送り出された小金井は若干脱力感に包まれた。
「(くそっ!舐めやがって!そんなんで勝つつもりかよ!!)」
再開されたゲームは陽泉ボールから。
紫原のプライドは、誠凛のメンバーチェンジによって深く傷つけられていた。
未だに誰一人として、精神的にも潰れた者はおらず、士気は高い。
紫原としては第3クォーター中に捻り潰すつもりだった為、この交代には不愉快に思っていた。
「(いや、むしろこれは英断だな..。膝に爆弾を抱えた木吉と前半の功労者の日向。第4クォーターでの失速を恐れたか....。となれば、残り時間をいかに最小限の失点で抑えるかになるな。)」
監督の荒木は冷静に状況を分析した。誠凛は少なからず、前半の負債を減らす為に無理をしてきた。
日向の3P乱発、難度の高いトライアングルOFや機動力重視のスモールラインナップ、なにより紫原を相手に正面からやりあったのだ。体力的に不安になってもおかしくない。
そして、切り札・黒子を投入した時こそが真の勝負所。それをよりベストな状態で迎えたいと思うのは、監督なら誰でも同じだろう。
「(しかし、いきなり2人交代とは欲張りすぎだ。優秀でも結局学生だ。こういうところで経験不足が出る..か。)全員、分かってるな!福井、氷室!気を付けろ!!」
リコの采配ミスの可能性を感じ、陽泉メンバーに指示を出した。
どれだけリコが優秀な監督と言っても、研修や抗議を受けた事などない。均衡し、ギリギリの状況での判断が勝敗を決定付ける事もある。
今の誠凛の編成では、間違いなく平面重視のOF・DFを仕掛けてくる事も推測できる。
「..分かってるっつの!(あんま舐めてんじゃねーよ。)」
「(何をしてこよーが)」
「(関係ないアル)」
「それごとぶっ潰す!!」
陽泉の5人が意気揚々と攻撃に転じると思惑と違い、誠凛のDFは変わらずダブルチームのままだった。
日向の役割を小金井、木吉を水戸部がそのまま入っているだけ。
確かに、体力が満タンで最初から飛ばしてきている。
「(DFに関しちゃ、日向より上か...。うっとうしい)」
伊月と共に福井をチェックする小金井は予想以上に良いDFを仕掛けており、評価を改めさせた。
「(こっちのは、全然大した事ないし。パワーなんて木吉以下、こんなんで何すんの?)」
水戸部については予想通りの能力で、特筆する様な物は無いと判断せざるを得なかった。
平面を強化してきたように見えるが、誠凛のOFから強烈な3Pが消えている。意図がまるで読めないのだ。
本当にただの時間稼ぎであるならば容赦はしない。
「(だったらさっさと行動に移すだけアル。)」
劉が動きパスを貰いに行く。連動して、氷室も動きパスコースを作る。
紫原は新巻の指示を一旦守り、指示されたポジションでポストアップ。
「(あ~ヤダヤダ。どんだけ頑張ってもこんなしょうも無いところで力尽きんじゃん。だったら始めからやらなきゃいいのに..。)」
少なくともそのしつこさは認めていた紫原は、この展開により誠凛も他と同様であると評価を下方修正していた。
実際、誠凛は粘っており、有効なパスを入れささず、徹頭徹尾足を動かし続けている。
「コガさん!右後ろスクリーン狙われてますよ!」
「おう!伊月フォロー頼む!!」
英雄がコーチングを行い、それが無くとも見えている伊月は全体に同調するようにポジションを変えてDFを安定させる。
火神は氷室にしっかりついており、何時でもとめに行く準備を整えている。
そして福井は氷室へのパスを通した。
「このDFは俺を止める事で完成するのだろう?出来るのか?」
「それで勝てるのなら!」
もう何度目か、2人の1ON1.
火神には1つ考え付いた事があった。当然ながら、氷室を止める上で忘れる事が出来ない、ミラージュシュートである。
未だ、その正体にたどり着いていない。が、手がかりなら掴んだ。
「(あのシュートはミドルレンジでしか打ってねぇ!3Pで打てない理由があるのかどうかは分からないが、まずはそう仮定して..。)」
3Pライン際に立つ氷室のフェイクをあえて無視し、3Pを打たせてみた。
「(狙うのは)ここしかねえ!!」
後だしでブロックを狙うと、ボールに指が僅かに触れてコースを乱すことに成功。
「なっ!?」
しかし、リバウンドを取る事は出来ず、水戸部の上から捻じ込まれた。
「ドンマイす。さぁさぁ、OFOF。あ、火神やるじゃん。」
「まだだ!まだ止めてない。次は何とか...。」
軽く褒めた英雄の声は、火神にとってどうても良い事だった。火神の考えはほぼ裏づけが取れており、ミラージュシュートの正体に1歩近づいた事でも火神は満足していない。
木吉と日向を欠いた誠凛は、ハイポストに英雄が入りローに水戸部、外に小金井といった布陣。
3Pという警戒対象がなくなり、陽泉はインサイドに締めている。スペースも減っており、崩した2-3を立て直そうとしている。
ボールが火神に渡って、ドライブを仕掛けていく。マークの氷室に英雄がスクリーンを掛けて、背後の紫原に揺さぶりをかけた。
「はっ..来いよ。」
「上等だ!」
紫原の挑発に乗っかり、火神は真っ直ぐに跳び込んだ。
「ぉらぁっ!!」
「っがっぁ!」
ワンハンドダンクを狙ったが、紫原に弾かれた。
「拾ーった!」
ルーズを拾って紫原の横に跳び、レイアップを仕掛けるが、紫原はそれに反応して手を伸ばす。
「だから..何?」
「だから..こう!!」
手を1度戻して持ち替え、自分の股を通してパスを通した。
空中でのレッグスルーパスで水戸部にボールが回り、絶好のシュートチャンス。英雄が障害となり、紫原のブロックは間に合わない。
であれば、岡村がやってくる。
「止める!」
水戸部は半身の状態で右手のシュートを狙う。岡村のブロックをループ気味のシュートで紙一重にかわし得点。
「(フックか!)だが、次は止める。分かっていればなんて事ないわ。」
初見だったからこそ虚を突けたが、次回からはもっとシビアになるだろう。
岡村は紫原と比べなければ、優秀なCであるのだ。フックシュートだろうが、タイミングを合わせてくる。
「さっすが、水戸部君。いきなり決めてくれるなんて頼りになるわ。それじゃ、行くわよ....DF!!」
水戸部の得点後、リコが、誠凛が動いた。
陽泉は勘違いをしている。
確かに、木吉と日向を休ませたいという考えはある。しかし、誠凛の心情はあくまでも、積極的で攻撃的である。試合中に2人をベンチに下がらせる事を予定している以上、対策はある。
センターラインを中心に、陣形が構築されていく。
「ぞ、ゾーンプレスか!?しかも1-3-1!」
陽泉の持っているデータにも1-3-1DFはあるが、ゾーンプレスとなると始めてみる。
しかも、ポジションがやや変わっている。
後ろに英雄、真ん中に水戸部、右に小金井、左に伊月、そしてトップに火神。
「(木吉を引っ込めた時点で、何と無く予想はしてたぜ。)走れ!」
福井は、誠凛が平面で勝負したがっている事を感じ取り、この展開を読んでいた。
他のメンバーに指示を出し、突破を目指す。
しかし、火神の腕が一閃しボールを弾く。
「あ..!」
「っっしゃぁ!!」
福井から奪ったボールを勢い良くダンク。これでは紫原も追いつかない。
「(そうか..火神のワンマン速攻をより近い位置で行う為のDFか...。)」
新巻は、誠凛が態々火神をDFの先頭にした意味を推測した。陽泉から手っ取り早く点を取るなら、紫原が間に合わないようなカウンターしかない。
第3クォーターでは、誠凛の得点パターンの1つとなっており、陽泉OFを躊躇させている。
だからといって、このままボヤボヤしていれば誠凛の時間稼ぎに付き合うハメになってしまう。
それに、1-3-1ゾーンプレスとて完璧なDFではないのだ。
「きっちり!パス繋いでいけ!!」
改めて福井から、指示が出て、ロングパスを多用せずにボールを運ぶ。
「コガさん!挟んで!!」
福井がパスを出す前に、火神と小金井に捕まってしまう。
「劉、頼む!」
「だぁあ!!」
バイオレーションでは、8秒以内にフロントコートにボールを運ばなければならない。
福井から受けたパスを劉が受け、大きくロングパスを出す。
高いパスではあるが、焦った為かコースが乱れている。
「およー。ここが狙い目ーっと!」
紫原へのパスを英雄がインターセプトし、またもやターンオーバー。
完全なアウトナンバーとなり、劉の高いブロックでも止められない。火神に釣られて、小金井に決められた。
「ナイスっす!」
「うひゃー..。これはシビア過ぎね?」
決めたもののそれまでのDFからの切り替えや、複雑な展開のOFに早くも弱音を出しそうな小金井。
陽泉はDFが整う前にパスを狙うが、今度は水戸部に奪われた。
「っく!またか!!戻れ!」
岡村は目の前で奪った水戸部がボールを投げた先に向かって走るが、誠凛の切り替え速度に追いつけない。
今回は氷室もDFに戻っており、火神のチェックを行う。
「(タイガ....!!)」
氷室・劉・福井で誠凛の速攻から死守するが、間断の無くセカンドブレイクが襲う。
伊月が、ゴールから見て45度の位置に走りこんでいた英雄にパスを行い、ミドルシュートを狙った。
「この..!」
「残念っした~!」
それにギリギリ紫原が追いつき背後からブロックするが、それは英雄のフェイクで一気にゴール下まで侵入。
ゴールまでのコースには障害となるものは無く、勢いのままに跳びこんだ。
「だぁ!!」
劉がファウル覚悟のブロック。フリースローを与える事になってもフィールドゴールは防ぎたい。それほどまでにこの場の連続失点は不味いのだ。
しかし、ヘリコプターシュートには触れる事も出来なかった。
陽泉高校 64-57 誠凛高校
気が付けば点差は一桁にまで縮んでいる。得点板に映る数字が気になってしょうがない。
陽泉は初めて焦りを感じた。
「(7点差か....。)」
「(どうやら、まだわしらは..評価が甘かったようじゃの。)」
「(いや、むしろ....それを誘発させられた?)」
交代した2人を見て油断するように仕向けられた。
確かに、木吉と日向と比べても見劣りするだろう。木吉ほど水戸部はインサイドで存在感を出せない、日向ほどの3Pを小金井は打てない。
そして陽泉は『これなら』と思ってしまった。誠凛が平面で勝負しようとしているのを理解しておきながら。故に警戒を無意識に緩め、急激な状況変化に追いつけないでいた。
「ナ~イスな交代だったでしょ?」
英雄の一言に苦笑いをするしかなかった。
「凛さん!無理なロングパスを上手く奪った以上、こっからが本番っすよ!」
「....(こく)」
「頼りにしてますからね!コガさんも、ガンガン走っちゃってくださいよ!」
「ま、俺に出来るのはそんくらいだからな。」
英雄はDFポジションに戻りながら声を掛ける。
2回の速攻を成功させ、2人に緊張はもう無い。
「またまた~!誠凛で組んだのは、2人が初めてなんすよ!」
水戸部と小金井。
外部から見ると目立たない2人だが、決してただの交代要員ではない。
小金井は器用貧乏。何事もある程度で伸び悩んでしまうが、言い方を変えると物覚えが速いのだ。
現在、誠凛のシステムを1番理解しているのは伊月だが、最初は小金井だった。OFもDFも序盤の練習で馴染む。悪く言えば黄瀬の劣化版ともいえる。
---酷くない!?
水戸部は、マンツーよりもゾーンDFの適性が高く、カバーリングは一見の価値がある。
余談だが、英雄が1番敬っていたりする。
ことDFにおいて、この3人でのDFは柔軟性に優れているのだ。
「.......。」
「心配か?」
ベンチで見ていた木吉に、日向が問いかけた。
「いや、どうかな。それもあるが、正直分からん。ただ....。」
「あん?」
「ウチってこんなに凄いんだなって。考えても見ろ、OF特化だったウチがDFのチーム相手にDFであっと言わせてるんだからな。」
「まぁ、普段の練習でもあいつ等には苦労させられるからな。」
日向は木吉の言葉で、普段の練習風景を思い出し、ははっと笑った。
「そこだ。小金井や水戸部がここまで出来る奴だとは思わなかった。」
「夏で支えてくれたのはあいつ等だぞ?」
木吉の意図が分からず、顔を覗き込んだ。
「....そうだな。やっぱ、キャプテンをお前にしてよかったよ。」
「な、なな、何だよ!急に!!」
木吉に夏は無かった。
代わりにあったのは、真っ白な病室の思い出だけ。
もし。もし怪我をしてなくて、ブランクがなかったとしても、みんなの力を引き出せていたのかと思う。
木吉がいない1年間で、それぞれのメンバーが何とかしようとして成長した。自分の怪我を切っ掛けに。
それを嬉しく思う半面、やはり寂しかった。
陽泉はロングパスをいう選択肢を完全に無くして、短いパスを繋ぐしかなくなった。
始めからそういう作戦を取っているのだが、プレッシャーに負けてパスをするしかなくなったのだ。
最初に福井がボールを持てば、火神が寄ってくる。それに会わせてゾーンそのものも前進する。
「(マンツーじゃねぇんだ。場所によってはチェックが緩いはず...。)」
福井はギリギリまで引き付けて、氷室へパス。
ボールを持った氷室は、突っ込んでくる小金井をあっさりとかわしハーフラインを超えた。
「....!」
すぐさま水戸部がカーバーリングを行い、英雄もその後ろに控えている。
「(しまった!囲まれた!!)」
不意に速度を落としてしまい、選べる選択肢に限りがることに気が付いた。
氷室が立っている場所はハーフラインのすぐそこ。後ろへのパスは出来ないし、ドリブルで無理に抜こうとすると英雄がスティールに来るだろう。
逆サイドに走っている紫原にロングパスを通したいが、2度も奪われていて戸惑ってしまう。
「室ちん!」
紫原が要求しているが、そうも行かない。
氷室の背後から抜いたはずの小金井が追ってきており、ボールを弾いた。
「ファウル!!DF、黒6番。」
「やべっ!!」
審判に笛を吹かれてターンオーバーから逃れたが、このゾーンプレスのしつこさは堪らない。
「(助かった..か。)....!?何を考えている!!俺は相手のミスに安心しているのか!?」
一息ついた己に苛立ち、歯を食いしばりながら握り拳を作った。
情け無い自分が許せない、と。
「こうなったら何が何でも....!!」
もう、火神に拘っている余裕など無い。誠凛がこのDFを仕掛けてくる以上、氷室のドリブル突破の展開は必然となる。
その上で、決着を。
ハーフコートまで運んでも、OFの時間は大分減っている。
誠凛はダブルチームに変更し、福井と氷室のチェックを再度強化した。
「パァス!!」
迷わず紫原へパスを送りたいが、小金井が試合に馴染んでおり、更に前に出てくる。
福井はジリジリと後退せざるを得なく、氷室がボールを貰いにいった。
「氷室ぉ!!」
「っく!」
ゴールに対して正面を向けていない今、満足なフェイクも出来ない。出てきた火神の背後に空いたスペースにパスをするしかなかった。
岡村を経由して紫原が時間ギリギリに得点を果たす。
「あ?(ブロックがねぇ...!?)」
「(こいつら!!ブロックですら無視しやがった!?)」
インサイドにパスが渡れば、紫原にパスが渡れば、その高さ故に止められない。
止められないのであれば、最初からブロックを諦め、ディナイに全力を注ぐ。
誠凛にとって平面が全てであり、不利な場面をあえて捨てた。
「伊月!」
余った余力を走力に回し、一斉に駆け巡る。
「も、戻れ!!速攻だ!!」
荒木も声を荒げるが、ブロックにいかなかった分、誠凛のスタートダッシュも速い。
劉と岡村が取り残され、3対5の形が出来てしまった。
「英雄!!」
コートを広く巡るパスは、あっという間にペイントエリアまで迫り、英雄のヘリコプターシュート。
「(パスだ..。引き付けてからのだろ?分かってるよ。....なのに)」
ブロック出来るのは紫原しかいない。ブロックを試みた後に行われる展開が分かっていたとしても。
「俊さん!」
ボールをまたもやレッグスルーパスで横に放り、伊月がシュート。
ギリギリまで時間に追われた陽泉での得点に比べて、誠凛の失わぬ勢いそのままの速攻。
「あいつ....!わざとあんなプレーを..。」
試合中、度々行われた英雄のプレーが紫原を逆なでしていた。
シュートで引き付けてからのパス、これは他でも行われているようなプレーだが、態々レッグスルーパスなどする必要があるのだろうか。
所謂ストリートのフリースタイルから生まれた『魅せる』系の技であり、ルールに反する場合があったりなどそれを試合に使用する者は少ない。
突然パスの出所が変わる為、相手DFのスティール成功率も下がるが、味方の反応が遅れる恐れもあり、パスの出所をそのような手段で変更する必要はあまり無い。
だが、英雄はそれを使用している。あのニヤケた顔で。
「ぜってぇ潰す....ぶっ潰す!」
その時、紫原は理解した。
紫原が嫌悪しているのは、木吉でもなく、火神でもない。誠凛というチームそのものであると。
「火神、ドンドン前へ出ろよ。後ろは俺達に任せろ。」
小金井は、不慣れな1-3-1のトップの位置で踏ん張っている火神に激励の言葉をかける。
このDFは、失点しても直ぐに火神が走れるように考えられたもので、誠凛のいつもの失点覚悟のラン・アンド・ガンなのである。
しかし、機能すれば相手に与える脅威も中々で、特にガード2人に負担を強いる事が出来る。
福井と火神がマッチアップすれば、抜く事もロングパスもそうそう許さない。無理をしたところで小金井もしくは伊月が挟んで奪う。
そして氷室がドリブルでボールを運ぶ場合、1人抜かれても水戸部と英雄がカバーにいける。
それでも駄目なら、直ぐに反撃の態勢を作り、アウトナンバーの状況を誘えばよい。
「うす。後ろは任せるっす。」
基本的に1対1に専念出来る事は火神にとってもやりやすい。
必ず火神が先頭になる速攻を警戒して、陽泉はよりボールマンに近いポジションを取り、OFに時間が掛かっているのが今の状態だ。
「(でも、突破出来ない訳じゃねぇ。まずは点をきっちり取っていけば..。)」
福井は確実性の高い、氷室の突破からの紫原へのパスを選択しようとした。
「プレス!!」
リコからの指示で、誠凛の陣形が変化していく。
1-3-1からサイドの2人が上がり、3-1-1へと。
「コースが無い!?」
伊月・火神・小金井に囲まれて、パスどころかドリブルするのも難しい。
陽泉が焦りながら福井へ近寄るが、問題の紫原へのパスは英雄がディナイを続けている。
何とか、劉に手渡し、氷室へと送る。しかし、迫り来る水戸部と抜いてハーフラインを超える時間がもうない。
手段はロングパスしかなく、英雄のインターセプトに奪われる。
「っくそ!戻れ!!」
やや下がり目にいたことで、紫原と岡村のDFに戻るまでの時間は短縮されるだろう。
しかし、英雄から小金井にロングパスを通され、走ってきた水戸部がゴール下で受ける。
「(フックと分かっていれば!)」
劉が惑わされずに水戸部を追い、ブロックに跳んだ。
手を水戸部のシュートに合わせて
「ブロックが合わない..!?」
フックシュートはジャンプシュートと比べ、ボールをやや後方に構えるので、劉も前掛りに跳んだはず、それなのにボールに手が届かなかった。
「(左?そんな!?さっきは右で打ったはず!!)」
これが水戸部の身に付けた新たな武器。左右のフックシュートである。
どちらからでも打つことが出来れば、ブロックのタイミングを量りにくくなり、無理をするとファウルになる。
寡黙な職人気質、水戸部の実にらしい成長であった。
「ナイス水戸部!」
身に着けるまでの度重なる練習を知っていた小金井は真っ先に駆け寄る。
水戸部や小金井、彼等はチームの中心になる事は無い。2年生になった今は火神・黒子・英雄にポジションを奪われ、黒子以上のチームの影になっている。
チームの推進力にならずとも、影ながらみんなの背中を押し上げるような役割。
それでも、それでも決して誠凛バスケ部に入部した事に後悔ないのだ。
「....(こく)」
それをにこやかに答える水戸部に、英雄も遅れて駆け寄った。
「さっすが凛さん!惚れちまいそうっすよ。」
目標に向かって全力で進みながらも、時に馬鹿をやり、時に悔しさを分かち合う。
そして、気が付けば日本一というタイトルを奪い合う場にいて、みんなと一緒に手を伸ばしている。
『今を越える冬は今後無いかもしれない。』
そんな風に思いながら。