黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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エースの価値

試合の4分の3が経過しており、残り10分で9点差。

桐皇学園を下し、今や全国ナンバー1のOF力があると言っても過言でない誠凛と、2m越えを3人抱えて2試合連続無失点という記録まで作った強力なDF力を誇る陽泉。

最強の矛と最強の盾の対決かと思われたが、第3クォーターでは誠凛の一陣の風のようなDFが陽泉を脅かし、陽泉のなぎ倒すようなOFが猛威を振るった。

 

開始ブザーが鳴る前に、木吉、日向、黒子、火神、英雄がコートに入っていく。

ただ、コートに入っただけで陽泉の警戒を煽っていった。

何故なら、このメンバー編成は間違いなく誠凛の最大火力。にも拘らず、その底力を確認できていないのだから。

黒子がいない状態でのトライアングルOFは見たが、黒子がいて英雄がPGになった場合は一体どうなる。

 

「....アホらし。俺までビビってるように見えるじゃん。」

 

誠凛が何を狙おうと、何を仕掛けてこようと、この30分で逆転はおろか5点差以上まで届いていない。

たった10分で簡単にひっくり返せるモノではない。

厄介な敵と判断しているが、勝利以外の結果を想像できない。

 

「(それよりも....)」

 

未だに仕留め切れずに要る木吉を睨みつけた。

誠凛のOFは木吉に1度パスを通す事が多い。当然、紫原や岡村が対応に向かわねばならない。そしてゴール下にスペースが出来、他が出入りする事でDFをかき乱している。

逆に言えば、木吉を完全に潰してしまえば誠凛の勝機はなくなる。

 

「紫原君。バスケはつまらないですか?」

 

コートまで歩いている途中、気がつくと目の前にいた黒子に以前に聞かれた事を再び問われた。

 

「....そういえば反論があるんだっけ?」

 

「いえ、紫原君の考えを否定するつもりはありません。本当のところを聞きたいんです。」

 

「だからぁ....何度も言わせないでくれる?そういう真面目過ぎるとこホント...うざいよ。」

 

最後の大一番を前に黒子にしつこく問われて、機嫌がますます悪化していく紫原。

 

「うぃっす。」

 

「....英雄か。」

 

決着前に一言告げたかったのは黒子だけではなく、英雄も岡村に歩み寄った。

 

「どうっすか?良いチームでしょ。」

 

「ああ。それに、あれ程滅茶苦茶だったお前がここまで成長しているのにも少々驚いたわい。」

 

「俺は何時だって日進月歩してるんす。もっと上手くなる為に。」

 

「そうか....。ま、お互い負けられんからの。恨みっこ無しじゃ。」

 

試合前にあった諍いは既になく、会話の内容は実に淡白で、結局何が言いたかったのかは分からなかった。

英雄の真剣な瞳に込められた想いは、届かない。

 

「恨みっこ無しか....。耳が痛い話だな、タイガ。」

 

「知るかよ。どっちが勝ってもって話だろ。俺は負けねぇ。」

 

「変わらないな、そういう子供みたいなところは。」

 

「っせえよ!!」

 

「決着を、付けよう。」

 

「懸かってるのはリングじゃねぇ。互いのチームの、未来だ!!」

 

火神は迷いを断ち切っている。因縁の始まりである兄弟の証をも振り払い、ただチームの為に勝利を目指す。

氷室にとって、兄弟云々関係なく純粋に争う今を求めていたのかもしれない。

 

 

第4クォーター開始直後、誠凛は果敢に攻めにいった。

今大会、最大PGの英雄がボールを運び、ハイポストに木吉がポストアップしている。更に、陽泉にとって厄介な存在である日向が体力を回復した状態でアウトサイドに張っている。

最初からトップギアでパスを回し、黒子から火神が受けた。少しチェックが甘くなった氷室の横を強引に突入。

 

「っく。(1度遅れると、手が付けられん!)」

 

通常の1対1ならまだしも、状況が違いすぎる。

パスワークによって、火神の得意な位置で勝負しなければならない。木吉がハイポストにいることで、ゴール下のスペースが生み出される。そこに黒子のパスがタイミングよく入るので、ドリブルへの移行がスムーズになる。

火神の速い1歩目は氷室にまともなDFをさせないのだ。

 

「っち。そう簡単に...。」

 

「火神!!」

 

「へい!火神!」

 

火神の進行方向上に日向がポジションを移しており、火神の背後には英雄が待ち構えている。

紫原が一瞬目を離した隙に火神はもうそこまで迫っている。

 

「いかせん!!」

 

火神のワンハンドダンクに岡村がブロックを試みるが、ダブルクラッチでかわす。

リングの反対側でボールをリリース。

 

「くそっ!」

 

ボールがリングを越える前に紫原が弾き、失点を防いだ。

 

「よっと。」

 

強く叩いた為、ボールは紫原の背後に向かった。それを木吉がタップシュートで、リングネットがパサリと音を鳴らす。

この試合で何度か食らったパターンをそのまま抵抗も出来ずに受けた。

リバウンドどころか、ボックスアウトすらさせてもらえない。

 

「DF!!」

 

日向の一声でコートを広く使ったプレスDFが陽泉に立ちふさがる。

 

「また!1-3-1!!」

 

「気をつけろ!!何かおかしい!!」

 

荒木は誠凛のポジションの変化に気付き、警戒を呼びかけている。

それでも、第3クォーター同様に短く高いパスをするしかない。

 

「離れすぎるな!きっちり行くぞ!」

 

福井の判断の元、岡村と劉が動きを合わせて氷室と紫原をサポートする。

福井が全身を試みようとすると、現れた人物に虚を突かれた。

 

「じゃじゃ~ん!さっきと同じだと思ったら『迷い』ますよ!!」

 

前を塞いでいるのは英雄。その奥には火神を確認できた。

 

「ポジション入れ替わっただけじゃねぇか!」

 

つっこみを入れながら、パスコースを探して岡村にパスを送る。しかし、それを見越していた英雄がコースに手を伸ばして高度を下げさせた。

 

「っは!」

 

「木吉!?」

 

ゾーンのサイドにいた木吉がボールを奪っていた。

 

「もーらい。」

 

英雄に送り、ミスマッチのままミドルシュートを決める。スローインをした劉も福井が邪魔になり、ブロックが届かない。

再び劉が福井にスローイン。

 

「(平均身長が上がっていて、パスのチェックがもっとシビアになりやがった。)」

 

後半に集中砲火を受けている福井はもう笑えない。

火神のトップと違い、英雄の場合にパスコースを制限され他のメンバーがスティールしやすい様に誘導している。

火神の1対1の強さも脅威だが、英雄の嫌らしさも堪える。

 

「だったら!氷室!!」

 

木吉の反対側、日向が守っているエリアに氷室を走らせてパスを通した。

英雄のチェックもあって、低く短いパスになりながらも氷室の手に収まる。

氷室のスキルなら日向を抜くのに問題は無い。それが1対1であれば。

 

全速の切り返しで日向の横を抜こうと前に出ると、黒子の手が伸びてきてボールに迫る。

 

「黒子だと!?」

 

黒子の手をスレスレでかわすが、日向も追いつきまたしても中途半端な場所でスピードを緩めてしまい切っ掛けを見失う。

ドリブルは止めていないので、変更しパスを狙う為、強引に前進せず横に進む。

 

「いっただきむぁぁす!」

 

「っは!(しまった...これが狙いか!?)」

 

奪われないようにバックチェンジで持ち替えている最中に、英雄によって奪われた。

 

「順平さん!!」

 

その場で氷室を縫い付けるように固定し、速攻に向かう日向にパス。

劉は氷室のフォローでハーフライン際まで走っていた為ゴールに間に合わず、福井が日向の前に立ち味方の戻りを待つ。

 

「行けっ黒子!!」

 

パスを受けるまで存在を悟らせなかった黒子がペイントエリアで受け、レイアップ。

変形の1-3-1で奇襲し、またしても先手をとった誠凛。

 

福井は悔しがりながらも前を見てパスコースを探すが、やはり氷室くらいにしかパスが出来そうにない。

あまり時間を掛けると英雄に捕まってしまう。

岡村の付近には木吉が張っているし、ミスマッチ故に英雄の上からロングパスを通すのも厳しい。

 

「貸せアル!」

 

「あ、そうか!!」

 

ラインの内側に入った劉が取り、1番ゴールに近い紫原に向けてパスを狙う。

コート中央を高いパスが突っ切って紫原の元へ向かう。

高い位置でパスを受けさせれば、誠凛に邪魔は出来ない。

 

「(これなら....)」

 

誠凛も一気に自陣へ戻り出し、ボールを追っている。しかし、紫原に渡れば得点は濃厚。

紫原は落下点に向かって、ボールを捕捉し備える。そこに、誠凛DFの最後尾の男が現れ、肉薄してくる。

 

「火神!?」

 

「(通常のパスならともかく)これなら!」

 

劉の出したパスは確かに高くインターセプトの恐れは無い。しかし、遠距離へ高く投げるとどうしても山なりになってしまう。

精度は下がり、紫原の最高到達点より低くなる。英雄でも届くような高さであれば、火神の跳躍は届くどころか完全に。

 

「もらった!!」

 

奪える。

 

奪ったボールを木吉に預け、ゴールへ走る。

紫原も攻守を切り替えて、火神を追う。

しかし、ボールの行き交う方が早く、日向から黒子が中継し、英雄へと繋がった。

 

「これで3点差!」

 

英雄のレイアップがゴールに迫り、慌てて劉がブロック。

ボールはバックボードに弾かれ、リングを通らなかった。

 

「やっ..」

 

安心したのも束の間。

更に後ろからやって来た木吉がボールを奪ってリングに叩き込み、鈍い音が鳴る。

レイアップではなく、パスだった。紫原もすぐそこまで戻っていたが、今一歩手が届かない。

英雄の宣言どおり、点差は3点差にまで縮まり、陽泉の動揺を誘う。

 

「火神君なら、常人より対応エリアが広い。状況判断が厳しい役割だからムラがあって使いにくいけどね。」

 

リコがやったった感を表情に出し、陽泉を遂に追い詰めた事を確信した。

基本的には1-3-1ゾーンプレスの最後尾は英雄に任せた方が安定感は増す。しかし、紫原相手にインターセプトするのは難がある。

その隙を水戸部が埋めて、ディナイに専念していた事で陽泉にロングパスの警戒を煽り、選択肢から排除するように仕向けていた。

 

「そして、次に出てきた時。一気に決めるわよ!」

 

試合開始から積み上げてきた戦略が花を開く時が来た。全てはこの瞬間の為に。

 

 

 

「ボールが無いと点が取れないの分かってる?さっさと運べよ!」

 

紫原の心境は荒れに荒れていた。紫原のいないところで失点し、パスが来たと思えば時間ギリギリで余裕の無い状況でのプレー、点を取っても手ごたえが無く、そして。

気が付けば、後ろに迫っている誠凛達。

このまま逆転などさせない、と指示を無視してハーフラインまでボールを受けに行った。

 

「早く!!」

 

福井はクレーム染みた言葉を受けながら、劉を仲介させて紫原へボールを届けた。

流石に紫原の行動は目立ち、木吉がチェックに向かう。

 

「邪魔!」

 

木吉を振り払いながら前を向き、強引に前進。パワーにものを言わせれば火神をも押し返せる。

 

はずだった。

 

「....え?」

 

紫原の驚愕に満ちた声と共に主審の笛の値が鳴り響いていた。

 

「チャージング!OF白9番!!」

 

その足元に尻餅をついているのは、黒子だった。

 

「高さと力だけで勝てないですよ、バスケは。」

 

黒子の一言は紫原の心に痛恨の一撃を与える。

 

 

今誠凛が行っているDFの軸は縦に並んだ英雄と火神である。

プレースピードの速い桐皇・今吉のパスを半ば封じ込めた英雄が福井を制限し、青峰と正面からやり合った火神がそのバネを活かしてロングパスを狙う。

木吉をあえてサイドのポジションを守らせ、1-3-1の壁を厚くする。

隠し味として急に現れる黒子のDF。

今まで、これはヘルプかスティールを狙ったものと陽泉は勘違いをしていたが、本命は明らかに違った。

黒子のミスディレクションを最大限に活かしたチャージングを奪う為のDF。

ギリギリまで黒子の動向が見えず読めない状況で、チャージングを回避し続ける事は不可能である。

 

「....誠凛はなんて、なんて恐ろしいものを作り上げてしまったのだ....。」

 

これは紫原の不注意から生まれたものだが、対象となる選手は陽泉全員当てはまる。

屈強とは言えない黒子の体格に強引な形でぶつかってしまえば、黒子が押し倒されたと以外に見えない。

黒子の弱さが陽泉を戦慄させる。荒木も例外ではない。

 

 

「それだけやない。これは陽泉のガードの弱さをこれまで以上に徹底的に攻めとる。」

 

誠凛の作戦の核心に近づいていた今吉は、変則1-3-1について語る。

青峰と桃井は黙って聞き入っており、余計な言葉で割る事はしなかった。

 

「福井が補照を抜ければ話が早いんやが、それはできん。自分のゴールが近い場所での無理はしとうないからな。だったらパスや。」

 

PGならではの心理分析で的確に、行われたプレーを読んでいく。

 

「福井と補照の身長差で直接前にロングパスは同じ理由でしたくない。フォローの岡村へは木吉が日向とポジションを変えてまで、出来るだけチェックに行く形を作られて、逆の氷室を使いたくなる。それが罠。」

 

それが事前に分かっていれば、手段が打てる。

氷室が日向を抜く事は大して問題にならない。そこに黒子が急に現れ、囲む。

ゴールから遠い位置でシュートフェイクも何も無い。パスは二の次、日向と黒子でドリブル突破を防げばよい。

ショットクロックへ焦り、サイドラインの近くでのプレーを強いられフェイクも効果を半減、後ろから追ってくる英雄にも目を向けないといけない、これらで氷室に通常の様なプレーは望めない。誠凛が有利な状況に誘導しているのだから。

 

「残るは劉に戻してロングパス。補照のインターセプトを警戒して高く上げる事でゴール近くで奪われる事は無くなったが、山なりなパスでは火神から逃げられん。インサイドで良くやっとったディナイを無意味にさせるパスは出来ん。そこに紫原が暴走気味によって来る。それをズドン、や。やる事がえげつないで。ほんま。」

 

誠凛は事前に黒子からの情報で紫原の気性の荒さをも読み、そこを狙い打った。

 

「こんな、いつチャージング取られるか分からんもん仕掛けられて、不安にならん訳ないやろ。それがファウル3つ目なら尚更や。」

 

客席からでも見える。審判が3という数字を掲げているのを。

黒子のチャージングは試合終了まで、危機感を与え続ける。黒子を見失い、プレーに躊躇いが生まれ、強引なプレーなど出来るものか。

そして恐らく、疑心暗鬼を誘うこのDFには、霧崎第一の『蜘蛛の巣』が参考になっていると思われる。

 

「か...。」

 

「か?」

 

今吉の解説が終わると桃井がぼそりと漏らす。

 

「カッコいい!!身を挺してまでのチャージング!さすがテツ君!!」

 

桃井の感想は全て黒子に向けられた。

ため息をつく青峰の横で、今吉の口は開いたまま塞がらなかった。

 

「(ま、それだけやないねんやけどな....。)」

 

今吉はそこまでに至った過程とその結果を説明しようとしたが、騒ぐ桃井を見て諦めた。

問題は、この凶悪と言って良いDFを何故今まで使わなかったかという事。

試合開始から使っても充分な効果を期待でき、もっと早くに追いついていたはず。

そこには理由が無ければならない。

あるとすれば、今の紫原の状態であろう。

 

「は?俺が??こんな奴等に....ファウル3つ...。」

 

今一状況を把握できていない紫原は、不安定な精神状態へと陥っていく。

起きた今でも信じられない。崖っぷちとは言わないが、よりそれに近いところまで追いやられている。

1度目は英雄に、2度目は木吉、3度目はコート上で最弱の黒子。

 

「落ち着けアツシ!今の様に無理なプレーをしなければ、そう簡単にチャージングを取られないはずだ。」

 

ぶつぶつと何かを言っている紫原に氷室が駆けつけた。

まだ3つ目と考えさせ気持ちを切り替えさせる為に言葉を並べているが、紫原の耳には届いていない。

落ち着きを取り戻す前に、誠凛のOFが始まる。

 

「にひひひ。忙しないねぇ。」

 

直ぐに仕掛ける事をせず、紫原に笑いかけた。

 

「笑ってんじゃねぇ!!余裕のつもりかよっ!?」

 

それがより一層、紫原を刺激する。

 

「....ねぇ。中は俺だけでもういいからさ。」

 

「何を言っとる?」

 

「あいつ等全員、俺が捻り潰す。あんた等は邪魔しなきゃいい...。」

 

今までに見た事ない程の昂ぶりを見せる紫原に、誰も反論出来なかった。

陽泉のDFは、紫原1人が中に残り、残り4人は外に開いた。その陣形はもう2-3ではなく、マンツーマンであった。

日向に福井、英雄に岡村、黒子に劉、火神に氷室、木吉にはチェックの甘くなっているが紫原がついている。

しかし、効果は期待出来る。楽にアウトサイドシュートを打たせなければ、リバウンドは紫原なら必ず取る事が出来るだろうし、その守備範囲ならどんな攻撃も跳ね返せる。荒木もそれを理解して黙認。

 

「マンツーすか。悪くないっすね。」

 

「お前に3Pは打たせん。」

 

英雄と日向には3Pラインの外でも厳しくチェックされている。抜かれても構わないと言う事だろう。それ程に紫原の実力を信じている。

誠凛の真骨頂は早いパス回しによるスページングである。ボールと人が移動を繰り返し、マークの隙間が徐々に開いていく。

トライアングルOFに加えて黒子の中継パスで、予測困難なOFに変貌する。

火神が有利な状況で氷室から抜け出し、紫原のいるゴール下へ特攻。紫原の視界には木吉が移っており、判断が揺さぶられる。

 

「(シュートに移行してからでも、間に合うんだ)惑わされるか!」

 

見極めに集中し、タイミングを図る。

火神はパスを選択し、黒子が受けた。

 

「っくそ!(こうも入り乱れると見失うアル)」

 

マークの劉は黒子を捉えられない。気が付くと別に場所に移動しており、フリーでボールを受けた。

そして、特殊なシュートフォームから繰り出されるシュート、ファントムシュートが打ち上げられた。

 

「ナイッシュ黒子!」

 

紫原もブロックを試みたが、前半同様シュートを目測できずに空振りを打ってしまった。

警戒が薄れた頃にやってくる黒子。トライアングルOFというシステム内で、黒子の独壇場になりつつある。

中継パスでゴールチャンスを作り、黒子への意識が薄れた時にシュートを狙う。

火神のドライブ、木吉のミドル、日向の3P、英雄のヘリコプターシュート等が黒子へ意識を向かせない。

DF側も当然ながらヘルプの為、周りを見ているが、どうしても黒子を二の次にしてしまう。

 

「1点差....。」

 

誠凛の猛追により、隠しようの無い焦りがあふれ出す。

これではっきりした。今、流れは誠凛にある。

 

「まだだ!まずはOFを!!」

 

福井は、歯を食いしばりながら気持ちを切り替えて、氷室にパスを送る。

誠凛は勢いのままゾーンプレス。下手にパスで対抗するよりも期待度は高い。

流れを断ち切る前に、点を取らなければならない。紫原が無理をしてファウルを取られる訳にもいかず、氷室のドリブル突破1択。

先程は驚いたが、落ち着いていけば氷室はそうそうボールを奪われない。

 

「俺を、舐めるな!!」

 

日向をかわし、更に前へ。

死角から黒子の手が伸びるが、ギリギリでそれをもかわす。

 

「ウチは紫原じゃねぇ!!氷室!パスしろ!!」

 

壁を振り切った先には広大なスペースと火神が待っている。ここは確実にパスをしたいところだが、氷室は火神との勝負を選んだ。

 

「室ちん!何やってんの!?」

 

ベストと思われるパスタイミングを流し、ドライブを仕掛ける氷室に紫原も声を上げる。

 

「(ここでタイガを抜けば、流れがくる!!)」

 

インサイドアウトで火神の逆を突き、シュート。

 

「させねぇ!!」

 

火神は全力跳躍によるブロック。氷室に影で覆い、シュートコースを削っていく。

 

ミラージュシュートは、その一連のプレーの中で2度リリースしている。

元々氷室のシュートは通常よりやや早いタイミングで放つ。DF側もそれに合わせてブロックをするのだが、1度目のリリースで宙に浮かしてタイミングを外す。タイミングをずらされたブロックの上を2度目のシュートで仕留める。

一見豪快に見えるブロックの本質は繊細なタイミングを掴む為の洞察力が必要になるのだ。

フェイクを本物に見せるまで昇華させた氷室は、それを容易に外していく。

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

しかし、その思惑と違って、火神の指先はボールに触れてしまう。

 

「何!?(しまった....気が逸ったか!)」

 

強引に勝負を挑んだ氷室の心中は、決して穏やかではなく、タイミングを読み違える。

エースの一人として、チームの危機を自分で解決しようとしたのだ。

それは、エースとして間違えではない。しかし、そのエゴがスナップの僅かな指先に影響し、シュートセレクションを乱してしまう。

 

「っち。だから....言ったでしょ!!」

 

リングに弾かれたボールを紫原が処理し、そのまま押し込める。

久しぶりの陽泉の得点ではあるが、その得点でもチームの勢いに後押しできない。

 

「はぁ...はぁ...(分かった、分かったぜ。ミラージュシュートの正体!!)」

 

この試合中で、少しずつヒント得ていった火神もついにその正体にたどり着いた。

それが表情に出て丸分かりだった事はご愛嬌。

 

「っぐ....。」

 

氷室にも火神に正体が掴まれた事を悟り、悔やむ気持ちが抑えきれない。

 

「室ちん....。熱くなりすぎて、ちょっとうざい。」

 

「ともかく、点を返したんだ。こっからじゃ。」

 

チームの不協和音が目立ち始めた事を気にして、岡村が間に入る。

 

「それが何?ミスは追及しなきゃ。さっきは直ぐにパスしてくれれば、確実に決めてた。それを室ちんの尻拭いっておかしくない?」

 

「....すまんな。今度は決めるさ。」

 

「そうじゃないし。俺が寄越せって言ったら、パスすればいいの。..そろそろ、味方だからって容赦しないよ?」

 

「なんだと....。」

 

ミラージュシュートに触れられて、氷室も冷静ではいられない。判断ミスと言われるのも分かっているつもりなのだが、こうも言われると癪になる。

 

「やめろ!お前等、試合中だぞ!!」

 

「...済まない。」

 

「......っは。」

 

荒木の叱咤で、とりあえずにらみ合いは止めたが、ここに来てダブルチームというシステムのデメリットが顔を出した。

そのリスクを理解した上での事だが、チームにおいて最悪のケースで勃発してしまう。

 

「エースってなんやと思う?」

 

「あ?なんだよ急に。」

 

陽泉の内部問題を見て気分が良くなるはずもない。

大きく鼻で息を吐く、今吉から現エースの青峰に質問した。

 

「さあな。意識した事ねぇし。」

 

「やろうの、っくっくっく。お前はそれでええ。」

 

チームを率いるキャプテンと、ゲームを作るPG、両方の役割をこなして来た今吉は、エースについて語る。

 

「スコアラー、シューター、チャンスメーカー、大体そういう奴がチームを背負ってエースって呼ばれたりするが、決まってその実力に比例するほど、我が強い。エゴと言ってもええ。」

 

強い気持ちが勝利を引き寄せる事もよくあるコート上では、エースの活躍が結果に結びつく。

負ける事を許されない責任と共に、ある程度の自由を認められる。しかし、勝負所以外で、そのエゴは必要ない。

 

「わしにとって、エースっちゅうのはチームの必要悪やと思う。お前も強いが、普段は見るに耐えんしの。」

 

「っち....うるせぇっつーの。」

 

誠凛に負けて多少考えが変わった青峰にとって、怠惰だった己の事を言われると肩身が狭くなる。

 

「まぁまぁ、皮肉の一つくらい言わせてくれてもええやないか。」

 

愁傷な青峰をこれを機に弄り始める今吉は、実に楽しそうだ。

 

「っけ。....で?つまりは何が言いたいんだ?」

 

「ノリの分からんやっちゃのぅ。つまりはそのエゴは、時にチームに不利益を齎す。そのエースが2人いる陽泉はどうやろな。その手腕がこのゲームを左右するからな。」

 

「わぁ~大変だ。どうするんだろ。むっ君って怒ったら中々静まらないからなぁ。」

 

桃井が割りと暢気な声を出しているが、事態はそう簡単ではない。

堅牢だったはずの陽泉は、内部の問題により、その脆さを露呈してしまった。

ダブルエース。かみ合っている時は良いが、そうでない場合の失速加減はチームの土台を揺るがしてしまう。それも、第4クォーターというミスの許されない場面で。

今吉の言うように、エースを必要悪と考えている監督は多いだろう。基本的にチームにエースは1人であり、その1人を最大限に活かせる様なスターター・システムを考えるのが主流。

元々、紫原がOF参加しなかった事から、始まった事だろう。4人でのOFを成立させるには氷室の活躍が不可欠だった。

 

「....やっぱりね。このチーム嫌いだわ。」

 

妥協はなく、チームの為と自分のプレースタイルを加味して、火神にエースを押し付けた英雄は、ゆっくりとしたドリブルでボールを運びながら、陽泉というチームのあり方を見つめた。

決してエゴが無い訳でも無く、むしろ好き勝手やらせてもらってる英雄でも、敵の不協和音に嫌気が差していた。

完全に割り切った桐皇の方が、遥かに良い。

 

「オカケンさん。あんた、もうとっくに顔が、負けてますよ。」

 

「な....に..」

 

チームの不和に頭がいっている岡村を試合に呼び戻し、本当の勝負を要求する。

岡村が聞いたのは、嘗て自分が言った事のある言葉。

 

【こんな事で負けるかい!お前等、顔が負けとるぞい?そんなんで勝てるか!!】

 

6年も前の事で、岡村自身も忘れていた言葉。

『顔で勝て』

それがあの時の全てだった。

 

「(未だにヘラヘラしているのは、そのせいか....。)」

 

堰を切った英雄の想いは止まらず、指を突き出して岡村の耳に届く。

 

「そっちの事情は知ったこっちゃない。....あんたは俺を見てれば良い!そっちのエースもまとめて、俺が超えるところを見てれば良い!!」




黒子のチャージングって、一部を除けば最強なのでは?

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