黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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少々長くなりました。


最も汗を流した試合

陽泉高校 94-98 誠凛高校

 

第4クォーター残り1分と数十秒。

紫原がゴールを壊してしまった為、ゲームを一旦中断した。

その衝撃的な光景に観客は騒然とざわついている。

 

 

「キセキの世代っつーのは、なんでこう...。」

 

「つーか、紫原のあれって...。」

 

小金井はコート内の作業を眺めながら、衝撃のワンシーンを思い浮かべる。

しかし、伊月は紫原のプレーからその異常さを感じ取った。

 

「恐らく、青峰同様...。」

 

「ZONEっすね。」

 

木吉と火神は率直に答えを言い、顔を強張らせている。

極限にまで集中した最高の状態。桐皇戦での青峰は同じZONEに入った火神ですら1人で対抗できなかった。

そして今回、火神はZONEに入っていない。それが何を意味するのか、言わずとも分かってしまう。

残り僅かな点差を数えて不安が拭えない。

 

「この間で解けないかな?」

 

「どうかな?こういった都合の良い期待ほど、裏切られるもんだからな。」

 

小金井のご都合主義をあっさり伊月に否定され、だよなぁっと頭を悩ませている。

当然、またケミストリーが起きるという期待も出来ない。

 

「でも、ゴールが壊れたのはラッキーだったわね。」

 

「そうだな。考える時間と気持ちを切り替える時間を得られたからな。」

 

リコは、チームを指揮する監督として冷静を保ち、その言葉に木吉も同意。

しかし、残り時間も点差も少ない状況で考えると、不利なのは誠凛である事は事実で、何とか打開策なんなりをひねり出さなければならない。

 

「DFはこのまま行くしかないわ。どっちみち、紫原君にボールを渡したら間違いなく決められる。それをなんとしても阻止!」

 

「何も無くても火神ですら厳しい相手だからな...。加えて、氷室もキレ出してる分、2人を抑えろというのは無茶だ。」

 

リコは1つ1つ整理しながら方針を纏めていき、それに日向が相槌を打っていく。

火神もそれを理解しており、苦い顔をしながらも反論はしなかった。

 

「んで、OFはどうする?こっからは、マジで落とせないぞ?」

 

日向の言う事はもっともで、トライアングル・ツーで攻めづらくなった陽泉DFが、更に凶悪になった事で生半可なOFは自らの首を絞める事になる。

だからこそ、フィニッシャーを予め決めておく事も必要である。

 

「そうね。やっぱりここは、火神君で行きましょ。でも、当然DFの意識も集中するから、チャンスだと思ったら思い切ってシュートを打って。」

 

そして、エースの決定力を信じ、火神に託す事になった。

それでも、拭いきれない不安はある。なにせ、正真正銘、本気の紫原のプレーはこれから。何が起きるかなんて想像できない。

 

「(うん...私の指示は間違いじゃない。でも、もう1つ。もう1つ何かが欲しい...。)」

 

緊張感で握り締めた片手を口元に当てて考え抜く。リコは『これならイケる』という根拠が欲しかった。

陽泉のメンタリティは凄まじく、誠凛メンバーに対して強烈なプレッシャーとなっていた。絶対勝つというものは無いが、士気回復にはなる。

 

「(ZONEか...。くっそ....こんな時に俺も入れれば、絶対勝てるのに...。)」

 

火神は、紫原が入った事により、自分も入れればと無い物強請りしてしまうほどに焦っていた。

その恐ろしさは青峰との試合で、充分過ぎるくらいに思い知っている。

『アレ』にこのまま挑むのか、と。しかも、残り約2分でどうにかしなければならない。

 

「ここまで来て負けてたまっかよ!...勝つんだ....勝つんだ。弱気になるな!」

 

ボールが火神に集まる事も含めて、気持ちで負けていては勝てるはずも無い。火神は自ら顔を叩いて、気合を入れている。

 

「...英雄、何か無い?」

 

別の視点からのアイデアを求めて、リコは英雄に問う。

 

「ん...。そう、だね。このまま博打上等で突っ込んで、勝利を勝ち取る方。もしくは、多分これより勝率高いけど、10倍辛い方。どっちがいい?」

 

「前者は、今カントクが言った事だよな。後者は?」

 

「へぇ、興味あるな。聞かせろよ。」

 

英雄の言葉に降旗は理解が追いつかず、伊月は興味を持って詳細を聞いた。

 

「えっと。まず...。」

 

 

 

 

陽泉高校のベンチでは、紫原を労う為に岡村が声を掛けた。

 

「ようやった!紫原!!」

 

「...今、話しかけないで。集中が途切れる。」

 

戻った途端にタオルを頭に掛けて、視界を遮り、呼吸だけを整えていた。

ここで、解けると意味が無い。勝利の為には、この状態を維持して試合に戻らなければならない。

正直、己が青峰と同じ状態になるとは思ってもみなかったが。

 

「アツシはともかく、キャプテンは大丈夫なんですか?」

 

「残り2分を切って、今更コートから追い出す気か?」

 

氷室の率直な質問に対して岡村が皮肉で答えた。

 

「馬鹿アルか?お前がいなけりゃ始まらないアル。だから、アゴ割れてるアルよ。」

 

そこに劉が毒9割・気遣い1割で返した。

 

「ええ。だからどこまでやれるのか。そこが問題なんです。」

 

「そうか...すまんかった。でも...もう少し優しくならんか?」

 

1番悲痛な願いだけは、どこまでいっても叶えられない。しかし、『いつも』をいつもの様にした事で少し気が楽になった。

 

 

 

「紫原が...か。意外、どころの話しじゃねぇな。正直、1番無いと思ってたぜ。」

 

「どういう事?」

 

試合も終盤になり湧き上がる観客に紛れていた青峰が真剣にバスケと向かい合う紫原を見て、言葉を漏らした。

それに反応した桃井に問われて、その理由を話す。

 

「ZONEってのは、才能があれば誰でも入れる訳じゃねぇ。用は気概の問題だ。」

 

極限までの集中をするには、その物事に対する強い想いが無ければならない。

これまで、一切の興味も無く、ただただバスケをしていた紫原には、その強い想いが無いと思っていた。

 

「でも、入っちゃったんだよね?」

 

「そうだな...。まぁ、『好きこそ物の上手なれ』って諺もあるしな。」

 

「え?」

 

桃井は、青峰の答えに怪訝な顔をして、青峰のおでこに手を当てて確かめた。

 

「なにしてんだよ。」

 

「熱は無い。青峰君が諺使うなんて...明日は竜巻でも起きるかも。」

 

「どーいう意味だコラ。」

 

「しかも、使い方間違ごーてないしの。」

 

「...もうしゃべんねぇ。」

 

桃井と今吉にイジられて、完全に機嫌を悪くした青峰であった。

 

 

好きこそ物の上手なれ。

本来の意味は、好きで打ち込んでいれば上達するものであるというものであるが、逆にやっていれば自然に好きになっていくものでもある。

そもそも、バスケット程のキツい競技を合っているからという理由で続けていけるはずもない。

 

 

「面白いもんっスね。」

 

「何がだ?」

 

同様の意見を思った黄瀬は、ふっと笑い始めた。

再開までもう少し掛かるので、時間つぶしがてら笠松がその言葉の意味を聞いた。

 

「緑間っちに青峰っち、そして紫原っち。誠凛との試合では、俺ですら見たことの無い、もの凄いプレーをしてるんスよ。それが、偶然とは思えなくて。」

 

「確かにな。それに、不思議と見てるこっちにさえ、熱が入ってくる。」

 

力強く握られた手を開いて、掌に残っている汗に笠松が目を向ける。

誠凛の綿密な作戦と陽泉の純粋なパワーが相殺し、両チームがぶつけ合っているのは精神力のみ。空っぽになりつつある体力の代わりにありったけかき集めている。

こんな試合を見せられて熱くならない訳がない。

 

「紫原が覚醒した今、陽泉が有利と見えるが、実際五分五分だ。残り時間と点差を考えれば誠凛が7点取れれば逃げ切れる。」

 

ゴールへの作業が終わりつつあるのを見て、森山が戦況を予測する。

いくら覚醒したからといって、ボール運びから何まで全て紫原が負担する様な事は無い。当然誠凛は、今までどおりにオールコートのDFを仕掛けて、紫原へのパスを封じに行くだろう。

それが出来なくても時間を使わせる。陽泉が出来るOFは、恐らく多くて5回。全て成功すれば、10点。点差の4から10を引けば、6。誠凛がその間に7点取れれば、陽泉は届かない。

最も、つまらないミスがない前提の話で、どちらかが根負けすれば、あっという間に引っ繰り返る。

 

「さぁ、再開するぜ。」

 

大会運営スタッフによる最終確認が終わり、合図と共に両チームがコートに戻っていく。

 

 

 

 

「(紫原の雰囲気。どうやら、予想した最悪の展開らしいな...。)っち。」

 

静かな物腰で、辺りを威圧するようなオーラを放つ紫原を見て、火神は顔を顰める。

 

「しけた顔してんじゃねぇ!しんどいのはあっちも同じだ!」

 

「そーそー。顔で負けんなって。」

 

煮え切らない火神を日向が叱咤し、英雄も首を鳴らして同意する。

 

「うるせー、分かってる!...っす。」

 

「円陣でも、やるか?」

 

この試合の決着を着けるために、木吉が1つ提案をした。

5人が集まって肩を組み、腹を括って大きく叫ぶ。

 

「勝つぞ!!」

「おおっしゃっぁぁぁ!!」

 

 

 

 

「ふん。気落ちなどしてないようだな。こっちもやるか?」

 

「臭いから嫌アル。」

 

岡村の言葉を無視しながら、DFへ向かっていく。その変わらない態度に岡村は心底心強く思う。

あの紫原のプレーを見ても、勝利を意識せず、試合に集中できている。それも全員が。

 

「(贔屓目でなくても、良いチームじゃ。しかも、伸びしろもまだある。...負けたくないな、こんなところで。)」

 

キャプテンとして、このチームを率いている自分を誇りに思う。もっとこのチームで上に行きたい。願わくば、勝利を。

 

 

 

中断された試合だというのに、熱は全く冷めていなかった。

試合の行方を見届けようと、観客は最後まで声援を惜しまなかった。

しかし、その期待を裏切るかのように、誠凛はペースを落とした。

 

『誠凛、いかねぇ!?』

 

速いパスワークもせず、淡々と英雄がドリブルを続けている。

攻撃的な誠凛がまさか消極的な作戦を選ぶとは思わず、観客は堪らずブーイングを起こしてしまった。

 

「ははぁん。誠凛、きっちり24秒使い切るつもりやな。」

 

周りが騒ぐ一方で今吉は、ただ冷静に誠凛の決断に気付き、賞賛する。

 

「確かに、見てる側からしたら興醒めや。そんでも、この状況で躊躇わずその選択が出来るっちゅーのは、大したもんや。」

 

 

 

 

「らしくはねぇ。それでも、陽泉のOF回数は確実に減らせられる。もし、これで誠凛のOFが成功すれば、勝つのは誠凛だ。俺でもそうする。」

 

今吉同様、笠松も誠凛の選択を認めて、不満げな黄瀬の表情を正す。

 

 

 

あっという間に、ムードは陽泉一色になっていく。そんな中でも、誠凛メンバーの顔に変化はない。

 

「(この状況も覚悟しとった訳かい...。上等じゃ。)この1本止めて一気に行くぞ!!」

 

先程の円陣もこの雰囲気に流されない為のものだと察し、それに負けないように岡村も声を張り上げる。

ショットクロックが10秒を切った直後、誠凛が急激に動き出す。

 

英雄から黒子にパス。ダイレクトで木吉に回り、いきなりシュートチャンス。

しかし、倍速の紫原からそれでは逃げ切れない。

完全にブロックされてしまい、氷室がルーズを拾った。

 

『ファウル!黒15番!』

 

速攻へとつなげたい場面で、英雄が体を張ってファウルで流れを切った。

 

『誠凛汚いぞ!!』

『勝負しろ!!』

 

ディレイドOFとファウルゲームの逃げ切り戦法に観客もキツイ言葉を投げかけていく。

 

「セコくてすんません。」

 

そう氷室に言い残した英雄の顔は、全く堪えておらず、飄々としていた。

 

「いや。これも含めてバスケだ。それでも、勝つのはウチだ。」

 

「へー。大分吹っ切れた感がありますね。...それじゃ、もう1回、『セコくてすんません。』」

 

明らかに何か含んだ一言を残してDFポジションに入っていった英雄。残された氷室は、その真意を探るべく頭を巡らせる。

 

「(どういう意味だ...。やはり何か特別な...。)」

 

「氷室攻めるぞ!」

 

誠凛に20秒を使われて、時間的余裕のない陽泉は、ゾーンプレスに立ち向かう。

スローインする場所が近く、氷室のドリブルで一気にハーフラインに踏み込んでいく。

 

「ぐぅぅ!(食らいつけ!1秒でも多く!!)」

 

決して抜かさないという意思が見て取れる日向のDFが粘り、氷室をフリーにしなかった。

その隙に、他のDFを整える。福井へのダブルチームをここで解き、ハーフコートマンツーマンに変更していた。

 

「この状況でDFを変えてくるじゃと!?どんだけ捨て身なんじゃ!!」

 

絶対にパスをさせたくない誠凛は、日向に氷室、劉に木吉、福井に黒子、岡村に英雄、紫原に火神がマークしている。

覚醒した紫原に対して英雄と木吉の2人がかりでも、あまり意味が無い。可能性があるとすれば、まず火神。

ゾーンプレスに対するポジショニングの為、得意の形に持ち込めない。

 

「だが、これなら俺1人でどうにかなる!」

 

しかし、日向が懸命に守っている場所。それは、氷室の得意な位置。冴え渡るフェイクが使えるその場所では、日向は止めきれない。

一気に抜き去り、強気にショットを放つ。

ゴール下でインサイド争いを繰り広げていたが、リバウンドの必要も無く、リングの間を貫いた。

 

「はぁ...はぁ...相変わらず、しぶといっすね。」

 

「...ゴール下は...お前には...まだ早い...。」

 

リバウンド勝負はしなかったが、ボックスアウトで英雄は岡村に完敗しており、素直に褒め称えた。

パワーでは劣り、仮に勝っていても折れない大木。今、紫原を警戒しなければならない状況なのに、どうしてもこの男から目が離せない。

 

「さっきも言いましたけど、今日あなたに勝ちます。俺、個人が。」

 

「やってみろ。」

 

再度誠凛OF。

点差は2点となり、陽泉が勢いづく。

それでも、誠凛は遅攻。

 

ダンダンと静かにドリブルの音だけがコート内を響かせている。

残り時間が1分を切り、氷室も流石に焦れてしまう。

 

「(何故だ!何故来ない!!直ぐにでも逆転したいのに!!)」

 

個人よりもチームを、という今までに無い心境に至った氷室は、平常を保っている目の前の男を恨まずにはいられない。

またしても10秒を切ったところで動き出し、パスワークでチャンスを狙う。

それでも、紫原の放つ存在感だけで、シュートを躊躇ってしまっている。それほどにまで、今の紫原は異常である。

 

『ショットクロック、バイオレーション。』

 

主審のコールにより、ボールは陽泉に渡されたが、同時にターンオーバーのチャンスも消えうせた。

えげつない程にまで、徹底している誠凛。実際にはしないが、陽泉ベンチの荒木も唸り声をあげそうになった。

 

「落ち着け!この1本!この1本を決めれば負けは無い!!」

 

陽泉は勝利にもう手が届きかけている。ここを決めるか落とすかで、決定付ける。

紫原から点が取れないからこその誠凛の1手。苦肉の策では逃げ切る以外の道は無い。同点に持ち込めばこっちのものである。

 

スローインは福井が行い、直接氷室へとボールを渡す。マークは再び、日向。

つい先程に抜かれたショックは微塵も受けておらず、決死の覚悟を見せる。

誠凛のDFはオールコートマンツーマンへと完全に移行しており、フロントコートへのパスコースが無い。

 

「(だが、氷室なら抜ける...!)行け!」

 

荒木の確信に近い氷室への期待。それに応える様に、キレのあるインサイドアウトで日向を振り切った。

 

「!?室ちん!!」

 

その時。誰よりも早く紫原の脳裏に警報が鳴り響き、何とか伝えようと名前を叫ぶ。

今思えばの話だが、紫原が1番厄介だと思った事を誠凛が使ったのは、1度きり。

そういえば、スローインした福井のマークは誰だった?

 

 

抜いた日向の背後に、黒い影が待ち構えていた。

 

「(不味い...。不味い、不味い!!)」

 

全力のドリブルの勢いを殺そうと足に力を入れる氷室。しかし、試合の終盤でそんな余裕は残っていない。

踏みとどまる事ができなかった力がなだれ込み、黒子にぶつかってしまった。

 

『チャージング!白12番!!』

 

審判に宣告されて、試合の主導権を誠凛に奪い返された。

 

「ナイスだ、黒子!」

 

「さっすがテツ君!神様仏様黒子様って感じだよ。もうハグしちゃお!ぎゅーって。」

 

「英雄君。痛いです。」

 

超ファイプレーをした黒子は称えられながら揉みくちゃにされていく。

残り47秒でとめた事により、陽泉は精神的に大打撃を受ける。

陽泉がまともに出来るOF回数は1回。そこをとめれば誠凛の勝利となる。

更に、この展開により氷室は、強気にドリブルなど出来ない。

 

「俺は...何て事を...。」

 

己の犯したミスに呆然と立ち尽くす氷室。やられて初めて、気付く。

日向が氷室のマークに付けば、高確率でドリブル突破を選択する。ゾーンプレスでも何度も行い、それがベストだと思い込んでしまった。

人間観察の上手い黒子からすれば、その癖・傾向を見抜くには充分すぎた。今まで使わなかった理由は。

 

「(ここぞと言う場面を想定して....)っく!」

 

恐らく誠凛は、変わらず攻めてこないだろう。

24秒を使われて残るのは、たった23秒。

 

「室ちん。顔上げなよ。」

 

「アツシ...。」

 

「別に、まだ負けた訳じゃないし。」

 

「そうじゃ。こうなった以上、こっちもオールコートで当るしかないじゃろうの。」

 

「結局こうなるアルか。上等アル。だったらあっちの土俵で蹴散らすまでアル。」

 

「だな。悪い氷室。俺も早く気付いていれば。」

 

顔を上げた氷室に見えたものは、全く戦意のなえていない顔ぶれ。それだけに申し訳なさが募る。

 

「紫原。お前に託すぞ。」

 

「うるさいな。分かってるよ。」

 

陽泉としては、ターンオーバーからの速攻を狙うしか逆転がない。この場面で氷室の3Pに期待すると言うのは酷だろうと考えたからである。

紫原はそれを当然と受け取り、DFへと向かう。

 

「俺がニヤケ野郎で良いんだよね?」

 

 

 

 

陽泉はオールコートマンツーマンを展開。

火神に氷室、木吉に劉、黒子に福井、スローインを行う日向に岡村、そして英雄に紫原がマッチアップ。

ハーフラインを超えさせると、本当に24秒使われてしまう。8秒耐えてバイオレーションで捕まえたい。

平面では英雄に対応できるのは限られている。現状、氷室では難しい。ミスマッチになっており、上からパスを通されてしまう。いくら厳しくチェックしても、黒子のミスディレクションが効果を発揮している今、パスはいくらでも通される。

平面でも負けず、尚且つ高さでも負けない、紫原以外に出来る者はいない。

 

「こっちも余裕ないからね。ぶっ潰す!!」

 

「いいの?ここは俺の縄張りだよっ!!」

 

紫原対英雄。

平面では一日の長を持つ英雄だが、今の紫原からはそう簡単に逃げられない。日向も岡村という壁を前にしてパスコースを遮られている。

このままでは、3秒ルールに引っかかる。

 

「先輩!」

 

そこに、黒子がフォローに来て英雄の変わりにパスを受ける。

 

「黒ちん!ほんとうざいね!」

 

「なんと言われようが、これが僕のバスケです!」

 

「テツ君とにかくボールを前に!!」

 

とにかくフロントコートにボールを運びたい誠凛。しかし、劉が前から追ってきており、紫原も英雄を警戒しながら黒子に迫る。

 

「させないよ。ここで止める!」

 

「.....!」

 

パスならともかく、他は並以下。黒子相手なら絶対に奪える自信があった。

近くに光となる火神もおらず、パスを出す隙間もない。

追い込まれた黒個は、1つ視線誘導を行った。

 

「消えた!?(火神がいないのに...まさか、このニヤケ野郎を使って!!?)」

 

黒子の英雄の存在感を使ったバニシングドライブ。2人を抜いて一気に前へと足を進める。

 

「(でも、黒ちん。それじゃ遅いよ!)」

 

抜いたまでは良かった。ただ、紫原のリーチの長さ、反応速度、それらが少々距離を取られても届くのだ。

ゴールに向かう黒子の背後からボールを弾いて、全身を阻む。

 

「劉!ルーズ!!」

 

同タイミングで劉と英雄がルーズへと飛び込み、互いの頭が衝突する。

 

「ぐぅぅっ!!」

 

「いってぇ!!」

 

ぶつかってからのリカバリは紙一重で英雄が速かった。衝突時に一瞬動きが硬直したところでボールを引き寄せて、直ぐに黒子に返す。

 

「テツ君!ダイレクトで!!」

 

「!!?はい!!」

 

ボールを預けた後、直ぐに起き上がり中継されたボールを受ける。

8秒ギリギリでハーフラインを踏み入った。

 

「英雄まだだ!後ろから!!」

 

日向からの声に反応し、バックチェンジで突き刺すような手をかわした。

 

「っぶね!」

 

「くそ...。さっさと寄越せよ、そのボール!」

 

再び紫原が前に構えており、プレスを強めてくる。

 

「へへっ...。良い感じじゃん。でも、青峰じゃないけど、足りないよ!」

 

瞬間、英雄の姿が紫原の視界から消えた。

 

「(これは黒ちんの...そんな馬鹿な)」

 

完全に見失い、顔を振ってその姿を探す。それでもいない。

 

「アツシ!下だ!!」

 

氷室の声に従って目線を下げると、下から紫原を抜いていく英雄の姿が映った。

 

紫原以外の人間には英雄が何をしたかが見えていた。

驚愕する観衆の中、青峰がその技の名を言う。

 

「あの野郎。この場面で、スリッピンスライドかよ...。やっぱ」

 

スリッピンスライド。

大体の形式はバックロールターンに良く似ている。相違点は、その流れの中で1度座り込んでいるところである。

紫原が距離を詰めた状況で190台の英雄がそれをやると、そのダックイン以上の高低差で紫原の視界から消えうせる。紫原の長身が仇となった。

ドライブの途中でDFに背を向けて座り込み、反転しながらドリブルイン。それをこの勝負所で、ダブルドリブルを宣告されることなく、鮮やかに決めた。

その技量もだが、頭がおかしいと思われても不思議じゃない。

観客は掌を返すように、英雄のプレーで湧き上がる。

 

『な、なんだよ。今の...。』

『紫原の足元に1度座り込んで...訳分かんないけど、すげぇ!!』

 

今の紫原を抜く事は容易くない。

通常の何倍ものパフォーマンスが可能で、どんなプレーでもとめれる筈だった。

ただ、紫原はこんなバスケを知らない。

 

「(ざけんな!)おらぁ!!」

 

咄嗟に手を伸ばして、英雄の背後からバックチップでボールを弾いた。

 

「うわっ...っとと!」

 

弾かれたボールを片手を伸ばして何とかキープし、ダイレクトで木吉にパスを送る。

 

「さーせん!乱れました!!」

 

「いや!よく持ちこたえた。」

 

紫原にマークされて、ボールを回してきただけでも賞賛に値する。それを無駄にさせない為、劉を背負いながら必死にキープ。

 

「先輩!」

 

「む!よし行け!!」

 

そこに火神が走りより、木吉からボールを預かる。木吉は火神に渡しながら、氷室を押さえて火神から引き剥がす。

紫原のいないゴール下。こんなチャンスは滅多に無い。ここで決めて勝利を決定付ける。

 

「させないアル!!」

 

劉との1対1。その後ろにはリングがある。

勢いをそのままに、火神はフリースローラインから跳んだ。その体勢は、ワンハンドダンクのもの。

 

「(これで、決める!!)ぅおおおおおっっ!!」

 

「(高い!でも、ここは)引けないアル!!」

 

今、劉の背後には誰もいない。紫原は今のバックチップで体勢を崩しており、岡村は日向のマークで間に合わない。向かってくる火神を迎撃どころか、前に向かってブロックに跳び、跳ね除けにいった。

劉の出来る最高のブロックで立ち向かった。しかし、後から跳んだ劉の方が先に落ち始めている。

 

「(とど...かない...。)」

 

「まだ!」

 

ゴールテンディングギリギリのタイミングで、横から紫原の手が間に合い、ボールを叩き落す。

三度目の正直と言わんばかりのブロックは、岡村のところに落ち、攻守が入れ替わった。

 

「(紫原の粘り勝ちじゃ。このボール無駄に出来ん!)福井いけぃ!!」

 

全身で振りかぶり、全力で福井にボールを届ける。

 

「(分かってるよ!出来る出来ないなんて...)言ってられるかー!」

 

氷室にボール運びを頼り切っていたが、この土壇場で福井のドリブル突破。残った体力を使って、前進していく。

 

「そう簡単には行かせません!」

 

英雄のフォローの為に下がり気味でポジションを取っていた黒子が、福井の進行方向に構えて足を止めさせる。

 

「ナイス!黒子!!今の内に戻れ!!」

 

「ありがたや、ありがたや!」

 

「おぉらぁ!英雄!言ってる場合か!?」

 

黒子が時間を稼いでいる内に、ドンドンDFに戻っていく。

 

「パス!」

 

福井は、DFが戻ってしまった事に焦りながらも声のする方にパスを出した。

受けたのは紫原、点差は2点のワンゴール差。任されるのは紫原だけ。

しかし、紫原がボールを受けた場所は、ゴール下ではなくリングから離れた3Pラインよりも外。

 

「何だと!?ドライブするつもりか!!?」

 

紫原のドライブイン。火神はパワーで押しのけられないように腰を落として構えた。

その予想を裏切り、パワーをほとんど使わない、スピードとテクニックを駆使した。フロントチェンジからのロールターンは青峰や黄瀬を彷彿させるかのようなキレのあるドライブ。

 

「はえぇ!(こんな巨体で出来るもんなのか!?)」

 

抜かれそうながら肩を入れて競り合うが、ここからが紫原の本領。

パワーではコート内の誰だろうと相手にならない。分かっていても止められない。

 

「んっっがぁ!!」

 

木吉と英雄がヘルプに来てもそれは変わらず、遥か上からダンクを叩きつける。

陽泉は遂に点差を戻してタイに持ち込んだ。

 

「っし!(こうなれば、誠凛はランアンドガンしか残っていない。それを止めてターンオーバーを決めればわしらの勝ち。今の紫原ならいける!)」

 

岡村の確信に近いガッツポーズ。会心の同点弾を決めた事で陽泉のムードは最高潮となった。

同点になった以上、誠凛は攻めにこなければならない。少しでもリスクを負わせればスティールのチャンスも増える。

 

「あ...れ...?」

 

振り向いて映った光景に目を疑う。

誠凛はそれでもディレイドOFを選んでいたからである。

 

 

 

「陽泉は良くここまで盛り返してきたと思うで。ただ、この展開は誠凛の狙いそのものや。」

 

誠凛の行動に困惑する陽泉を今吉が眺めていた。

 

「だろうな。今の紫原から点を取る方法なんて、残り2分弱という状況では存在しねぇ。」

 

ここまで来れば青峰も感づき、1つ1つ整理していく。

 

「2分じゃ無理でも10分なら何とかなるかもしれん。そう考えた誠凛は、まずお互いの攻撃回数を減らし、DFに全力を注いだ。」

 

「良い感じでテツのチャージングへの警戒心が薄らいでた。あいつらにとって都合がよかっただろうな。ま、天パが紫原を振り切りかけた事には驚いたが。」

 

主に桃井に対して解説しているのだが、桃井は2人の息の合い様に注目しており、あまり聞いていなかった。

 

「聞けよ。」

 

 

 

そんな事をしていると、誠凛が時間を使い果たし、第4クォーター終了のブザーが響き渡った。

これよりインターバルを挟んで、延長戦にもつれ込む。

 

「そもそも、選手ってのは、40分走りきる用に練習してきとる。延長戦なんて滅多に体験するもんやない。」

 

「本気で戦う自体、紫原にとって未知の領域だ。その上延長戦。体力が保つはずがねぇ。」

 

コート内では、両チームがベンチに戻っていく。その顔色の違いはかなり酷いものがある。

延長戦を始めから覚悟していた誠凛と、第4クォーターを最後と決めて全力を尽くしたところで悪魔のアンコールを受けた陽泉。

加えて、誠凛の主力メンバーは第3クォーターで休息をとっており、もう少しだけ無理が利く。対して陽泉の岡村と福井の疲労度は甚大である。

 

「けど、誠凛にも不安はある。スコアラーである火神も相当しんどそうや。元気そうなのは、アイツくらいやろ。」

 

「元サッカー選手は伊達じゃねぇってとこか...。」

 

チームメイトを気遣い声を掛けてまわる英雄の姿が良く目立っている。

実際しんどくても、顔に出しそうにもないが。

 

「確かに。ちょっと前のルーズん時もちょっと体の作りの違いが出とったな。」

 

今吉は、紫原を抜きかけた直前のワンシーンを思い出していた。

体格は明らかに劉が上回っていた。それでも、先に動いたのは英雄。

 

「首の筋肉が衝撃を緩和したんやろうけど。多分、あいつは慣れ取んのや。ああいった当りに。」

 

競技の違いもあるが、サッカーにおいて厳しい当りは日常茶飯事の様に行われる。

昨今の日本サッカーのレベルも上がっており、中学生でもよくみかける。時には退場覚悟でタックルを繰り出す選手もいる。

全中ベスト8の成績を残したチームの中心選手だった英雄も厳しいマークや当りを受けていた。

それがあるから、岡村との競り合いで何度負けても食らいつき続けていた。

 

「結果はさんざんやったけど、パワー不足を考えたらむしろよくやっとると思うで。」

 

「にしても、凄かったね。」

 

今吉の考察もひと段落し、桃井が感想を言い出した。

 

「あぁ?何が?」

 

「むっ君も凄かったけど。そのむっ君を抜きかけたあのドリブルとか。」

 

「ああ、あれか。」

 

「青峰君も出来るの?」

 

興味が次の10分にいっており、桃井の質問を適当に答えていた。

 

「やろうと思えば出来る。でも、試合じゃやろうと思わねぇな。」

 

「...ねぇ。ちょっと思ったんだけどさ。」

 

「なんだよ?」

 

急に桃井が口を止めて何かを考え始めた。人差し指をアゴに当てて頭上に目を向けて、むーっと考え込むが答えが出ず、青峰に打ち明けた。

 

「根拠とか、そういうのじゃないんだけど...。今まで見たどんなプレーよりも、あのドリブルが何故か1番しっくり来るの...。」

 

実は兼ねてから疑問を抱いていた。情報収集のスペシャリストとしてチームに貢献してきた桃井だが、不思議と英雄に対するイメージが掴みきれなかった。

データを集めて精査して、出来た選手像にはどこか違和感があり、まるで嘘の塊で出来たかのように思えた。

 

「どういう事だ?(ちょっと待てよ...スリッピンスライドの時、俺はなんて言った?...『やっぱり』?)」

 

その時に青峰は、無意識に何年も前の事を思い出していた。年月の経過でほとんど思い出せない。思い出せるのは、良く笑っていた事。

 

「(なんで俺は、何年も前の事を覚えていたんだ?実力的にはそこまでだったはず...。)」

 

小学生時代は大人と混ざってストリートバスケを楽しんでいた。強い相手なら他にもいた。

 

「(印象深かったのは、あの馬鹿みたいな笑顔と。そして....そうだ。確か、『まるで....』)」

 

桃井の言葉から、記憶の糸を手繰り寄せた結果。桃井が感じていた違和感の原因に辿り着いた。

 

 

陽泉対誠凛。

勝敗はサドンデスに持ち込まれた。

紫原覚醒後、誠凛は一切得点出来ていない。自ら持ち込んだのだから、精神的ダメージはない。

しかし、紫原をなんとかせねば、勝利を掴む事は出来ない。

途中で休んでいたとは言え、走力を駆使した疲労は小さくないのだ。このままという可能性もあるのだから。




これで終わると思っていた方、すいません。もう少しだけ続きます。
お付き合いください。

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