延長戦前のインターバル。
両チームとも疲弊を隠しきれず、いつ爆発するのか分からない状況になった。
目まぐるしい活躍を見せた陽泉は特に危険度が高い。
「『セコくて』...こういうことだったか。」
英雄の言葉の意味がようやくはっきりし、氷室はミスしたショックを切り替えようと目を瞑りながら呼吸を整える。
氷室の経験上に延長戦というものはない。公式戦での経験不足で、誠凛の思惑に気付けなかった。
「......。」
選手達が黙りこくっている中、監督・荒木は延長戦での作戦に頭を悩ませていた。荒木には幸い、現役時代に延長戦の経験はある。あるのだが。
「(本来なら、ここからは疲労を気合でカバーするべきなのだが、もうそれも限界か。交代させるか?)」
残り時間が10分増えて、そんな状況を視野に入れてプレーしてきていない陽泉の5人がどこまで走れるのか。駄目なら交代させるしかない。
5分間、せめて3分だけでも休ませれば、可能性は残る。だが、
「(その間はどうする?岡村の代わりなど誰が出来る?こんな場面でコートに出て、どこまでやれる?)」
問題は岡村と福井。
岡村のいなくなったゴール下に出来る、スペースは誠凛に確実に狙われる。劉にだって余裕がある訳じゃない。
福井も同様だ。個性の強い紫原や氷室とのコミュニケーションが取れているPGは他にはいない。
それに、3年が抜けた場合のフロアリーダーなんてものを決めていない。氷室に頼みたいところだが、日の浅さがネックになっている。
「(本当に。この試合で、己の無能さをつくづく思い知らされた。)」
荒木は、この試合で何も出来なかった。
常に先手を取られ後手に回ってしまい、碌な指示もできていない。誠凛を最も過小評価していたのは、紫原でなく、自身。
厳密に言うと、女子高生であるリコを下に見てしまっていた。
昔、指導者の研修で聞いた事がある。
『ゲームの勝因は選手にあって、敗因は監督にある。』
荒木が作ったチームは、ゲーム中に瓦解した。しかし、岡村を中心に選手達がより良く再構築してしまった。
紫原にCポジションを与えた時に、岡村に対してしっかり説得するべきだった。
目先の勝利に拘った結果、このチームの可能性・潜在能力に気が付かなかった。
「(それに比べて、あちらの監督は局地的にベンチを上手く使っていたな。まるで、フィル・ジャクソンだ。)」
シカゴ・ブルズの黄金期でチームを率いた名将、フィル・ジャクソン。
彼の特徴は、ベンチの選手を良く起用する事。
ベンチの選手を起用し、それが原因でチームが敗北する事もあったが、彼は『和』を重要とし、選手達に聖書を買い与えたりと、チームに対する哲学を貫いている。
「監督。大丈夫です。やらせて下さい。こちとら3年も鍛え上げてきた根性がまだ残ってます。」
「...ああ。すまん。」
「とりあえず、何とかなったな。」
「黒子君のおかげでね。」
誠凛ベンチの雰囲気は暗くもなければ明るくもない。試合の結末を先送りにしただけなのだから。
それでも、第4クォーターで勝負するよりも勝ち目がある。
ZONE状態の紫原も青峰同様に、制限時間があるからだ。その時までに、どれだけ粘れるかが重要である。
そんな訳で、メンバーは平常を保っていられた。
「延長戦か...木吉、膝は大丈夫か?」
「あぁ、何とかするさ。」
伊月は、5人それぞれにタオルやドリンクを渡しながら、木吉の体調を気遣う。
試合中、あまり目立っていなかったが、木吉も相当な負担と疲労を抱えていた。異変が起きるとすればまず木吉からだ。
無茶をして欲しくもないが、木吉には下がるつもりもない。
「ま、やばかったら俺にボール下さいよ。なんならOFを俺中心にしてくれても...。」
英雄は胸をドンと叩いて、己を誇示した。
「つーか、お前も大丈夫なのか?なれないゴール下で競り合ってきたんだ。疲れてない訳ないだろ?ほい、ドリンク。」
背後に立っていた小金井がドリンクを手渡した。
「へへっ。どうやって陽泉から点を取るかを考えるだけで、胸が高鳴っちゃいますよ。」
がぶ飲みはせず、口に軽く含んでゆっくりと喉を通した。
少量の水分が体に染み渡り、回復を促していく。
「火神君もですよ。無理なら無理で言ってくれないと...。」
「だーれが無理っつったよ!勝手に決めんじゃねぇ!」
黒子が静かに休んでいた火神に声を掛けると、速いレスポンスで返ってきた。
「やけに静かだったので、つい。」
「ちげーよ。どうやったら勝てるかを考えてただけだ。」
火神のその一言で、ベンチ内の空気が止まった。
「何でだよ!?」
「いや、まさか火神からそんな台詞を聞くとは思ってなかったし。」
日向のその一言で、火神が普段どんなイメージを持たれているかを察し、機嫌を損ねた。
今まで勢い任せでやって来た火神が、自分なりに考え始めた事は、それ程に大きな事なのだ。
「(直ぐに成長出来るなんて事はないだろうけど。いつかきっと...。)」
己の中で確かなビジョンを持つ事は、成長を遂げる上で重要なものである。
野生的な本能でその都度判断できる火神には、これまでその機会はなかった。しかし、今以上の上を目指すならば、行き当たりばったりでは駄目なのだ。
「で、何か思いついた?」
「...いや、何も。」
「使えねぇ。」
「んだと!コラ!!」
またもや英雄がちょっかいを掛け始めたのでリコが止めて、本題に戻る。
「じゃあ、メンバーチェンジは無しね。でも、不味いと思ったら直ぐに変えるから。」
その決定に誰も不満を漏らすことなく、頷いた。
「それで、作戦は無し。正面からぶち破れ!」
延長戦になった事は、正直言ってリコにとっても想定外の事。
予定では、紫原が失速した後に一気に終わらせる事になっていた。英雄がぶっ壊したが。
よって、もうネタ切れ。
加えて体力的問題は、誠凛に優位な展開になってきている。休む暇なく攻め続ける方がなによりも、相手にとって嫌だろう。
「後は紫原次第ってとこか。」
「そんなに警戒しなくても大丈夫っすよ。」
英雄は余裕しゃくしゃくと言ったふうに、鼻歌を歌いながらバッシュの紐を結び直していた。
それを見て、日向も延長戦開始前に紐を結び直す。
「なんでそんなに余裕があるんだよ。」
「えぇぇ?何でだと思います??」
いるだけでプレッシャーになる紫原に対する態度は、日向らも疑問に思っていた。
含むような言い方で、ニヤニヤしている英雄。
「今の紫原は、これが限界なんすよ。ZONEに入っても、いや入っちゃったから尚更ってとこすかね。リコ姉なら分かるっしょ?」
「私ならって...あ、そういう事。っていうか、大事な事はもっと速めに言いなさいよ。」
英雄の問いにリコは思い当たる事があるようで、意味不明な自信の根拠を察した。
「もう、分かってんだとばかり...。遂に俺、超えちゃいました?」
「調子に乗るな変態。」
途中からほぼ雑談に入り、気持ちのリフレッシュを行っていた。
今大会に出場しているチームの内でこんな体力回復の仕方をしているのは誠凛くらいだろう。
そして、正真正銘最後の10分が始まった。
開始早々、紫原のブロックが炸裂する。
「っしゃぁ!速攻!!」
誠凛も攻撃的になっており、ターンオーバーからの速攻を防ぎきれない。
初撃を止めても、強烈な紫原のセカンドブレイクで押し込まれる。
陽泉高校 100-98 誠凛高校
紫原の連続得点により、遂に逆転を果たす。陽泉DFはトライアングル・ツーに戻し、インサイドの支配を強めていく。
誠凛もペースを上げて、アーリーOFの勢いのまま、トライアングルの陣形を使ってシュートを狙っていった。
「英雄君!」
「ぅっす!」
黒子からイグナイトパスが英雄に向かう。英雄はボールを受けるフリをして、そのまま素通りさせた。
「スルー!?」
受けたのは日向。日向のマークをしていた福井は、英雄がパスを受けると思い、日向から目を離してしまった。
「(ったく。たま無茶振りしてきやがって。ま、こいつの考えそうなこった。)」
際どいプレーを強いてくる英雄に苦言を吐きながらも、紫原のブロックを受けない状況をあっさり作った英雄を感心していた。
英雄が受けると思い、紫原も英雄に詰めていた。故にその直線状の奥にいる日向へブロックするのは、英雄が邪魔で間に合わない。
3Pを決めて、逆転。両チームも100点台に乗せてきた。
これより、これまでのような華麗なテクニックは、体力を消耗した状態ではほとんど使えない。
どちらが強くモチベーションを保てるか、勝つ為に泥臭くなれるか、それが試される。
しかし、紫原が全てのプレーに顔を出す為、陽泉が誠凛を押し込み始めた。
「っらぁ!!」
紫原のワンハンドダンク。
誠凛DFは変わらずダブルチームを続けている。と言っても、黒子が他へのヘルプを行える余裕が出てきたので、福井には日向が主にマークをしている。
黒子が何処で何をしているのかが分からなければ、陽泉にも躊躇いが生じる。氷室も迂闊にドライブをせず、着実にインサイドへのパスを回している。
それでも、誠凛の動きも鈍くなっていく。紫原へのパスを寸断できない。
中の2人、木吉と英雄は何度もやられながらも食らいつき、紫原の表情を曇らせていった。
陽泉高校 106-103 誠凛高校
紫原大爆発。OF・DF共に目まぐるしい活躍で、点差が頭一つ抜け出した。
「これが...峰ちんの見ている世界。」
あれ程までに苦しめてきた誠凛相手に何もさせていない。
全てが思い通りに行く。それは、これまでもどんな時でも出来ていた事。
「(なのに。感情の昂ぶりが収まらない...。)」
あの時、青峰が笑っていたのが少しだけ理解できた。
「(やべぇ。英雄はああ言ってたがよ。これじゃあ、こっちが先にまいっちまう。)」
日向は、やや表情が忌々しくなってきた英雄と本格的にしんどそうになった木吉を見て、不安が襲い掛かってきていた。
当の本人も域が上がっており、あとどれだけ3Pを打てるかも分からない。
「(それに黒子だって、ミスディレクションの効果が切れかけてる。)」
これが延長戦の辛さである。普段出来ている事が全く出来なくなり、気持ちを強く持つ事も難しくなってくる。
そんな中でも、ベストのプレーをしてくる紫原を止める事は出来ない。本当にバケモノぶりを見せ付けられる。
「(くっそ!なんとか、なんとかしねぇと。)」
火神もなんとかしようともがいているが、紫原のブロックの前に防がれ続け、苦しんでいた。
「(英雄だって出来る事は全力でやってる。本当はマジで疲れきってるはずなんだ。)」
変わらない運動量の影でどれだけ歯を食いしばっているのかは、あくまでも想像でしかない。
それでも、こんな時ですら負けたくないという気持ちが前に出てくる。
「(それでも、エースは俺なんだ!ここでやらなきゃ。)英雄!俺に打たせろ!!」
顔を上げて、ボールを求めた。
その一言でチェックが強まる事など、考えもしていない行動。
「はは、言ったからには、ちゃんとしろよ!」
氷室の体勢をパワードリブルで崩し、火神にパス。
リングを見た時には、もう紫原が迫ってきている。
「今の俺から点は取らせない。」
「いや!やってやる!!」
火神の大跳躍。真っ直ぐに突っ込みボールを片手で高く掲げる。
はずだったのだが、高さが全く足りていない。
「(そんな馬鹿な!?)」
「りゃぁあ!」
紫原も正面からブロックを慣行し、叩き落す。
勢いに負けて火神が転倒している間に、陽泉のターンオーバー。
ルーズボールを拾った福井から、劉、氷室とパスが通り、レイアップで得点。
氷室は着地後たたらを踏んで、前に突っ伏した。
互いに疲れが限界を超している。だが、陽泉の精神力の凄まじさたるや。
「(体が...重い。息も苦しい...。俺は、もう跳べないのか?合宿であんなに走ったのにもう終わりなのか...。)」
倒れた時に、少々頭をぶつけていた。それが切っ掛けか、溜まっていたものが一気に噴出した。
前かがみになった上半身が言う事を聞かない。頭の中が真っ白になっていくのが良く分かる。
「(嫌だ!最後まで戦いたい!だって、まだ勝負はついてないんだ!!)」
「(とうとう限界か...)水戸部君!」
「待ったリコ姉!...火神を、甘やかすな。」
この試合において、火神は良くやった。火神のスコアラーとしての力がなければ、ここまでこれなかった。
誰が監督でも、間違いなく火神を交代させる。
動いたリコを察知し、英雄が止めた。
「(...今のは英雄か...。だが、ありがてぇぜ。)うぉおおおおお!」
ありったけの虚勢を張り、重力を何倍にも感じている体を無理やり起こす。
それでも、疲労が抜けた訳ではない。また跳べるとは限らない。
「(出来る、出来ないじゃない。やるんだよ!!)」
幸いにも陽泉ゴールに近い位置にいる。英雄がボールを運ぶまでの数秒で、少しだけでも息を整えようと努めていく。
「おいおい。ホントに大丈夫なのかよ。」
「大丈夫だと思います。」
「黒子?」
日向の懸念は当然だが、黒子はあえて英雄の肩を持った。
「普段から練習中でも互いを意識してる2人ですから、英雄君には火神君を信じる根拠があるんだと思います。」
出会った頃から、火神と英雄はぶつかり合ってきた。
英雄はエースを任せると言いながら、火神をぶっちぎろうとする。
火神はキセキの世代と渡り合い、打ち勝ったとしても、英雄を下に見たことがない。
常に負けん気をぶつけ、本音で話し、練習でもガチンコだ。
唯一キセキの世代が、得る事の叶わなかったものこそ、身近なライバルの存在である。
「(これくらい!アイツはこんな時でも笑っていやがったんだ!!俺にだって出来ない訳がない!!)」
桐皇戦で見せ付けられた背中は今でも覚えている。
みんなに繋げる為に、走り、守り、考え、行動していた。今の自分に何が出来るのか、はなはな疑問だが、途中で諦めるような弱気なところなど見せられない。
薄くなってゆく意識の中で、それだけは決して消える事がなかった。
木吉から日向へとボールが回り、福井のマークを外しきれていないが、引けない。
ノーフェイクで3Pを放った。
「(踏み切れない...。落ちる!)リバウンドー!!」
ブロックを食らわなかったが、膝からの力がボールに伝わりきっていないのを自ら察した。
ゴール下では、木吉と英雄、紫原と岡村がボックスアウトでポジション争いを行っている。
「ぬぅぅぅ。」
「(やっぱり、あんた最高のCだよ。でもね。そろそろ俺も)負けっぱなしって訳には行かないんだよ!!」
岡村より内側に入り込み、ポジション争いを制した。
リングに弾かれたボールが英雄の方に零れ落ちていく。
英雄は、身長差を埋める為、片手を伸ばしてチップアウトを狙った。
「ぉぉぉおおっ!」
それを紙一重で紫原の手が先に届く。紫原のバイスクロー。
狙った訳ではなく、咄嗟に行った事であり、紫原にも余裕は無い。
しかし、ここで連続得点を決めれば、誠凛に精神的ダメージを大きく与える事が出来る。
紫原は、そのまま自身でドリブルを行い、リングまで一直線に猛進する。
「(これで決める!これで勝つ!!)」
火神は失速し、陽泉が大きなリードを持てれば、勝てる。
---ぼ、ボールは...どこだ...
日向や黒子がDFに向かうが、力で撥ね退けられ、止められない。
「行けぇ!紫原!!」
「うぁぁああああ!!」
フリー同然の状態で、両手でボールを構える。
---あ...あった
大きく振りかぶった紫原の背後から、高くジャンプした火神が無防備になっているボールを叩き落とす。
「がぁっああ!!」
「こいつ!?どこにそんな力が。」
「順平さん!ボール!!」
味方でさえ呆気にとられたが、英雄の声で我に戻り、ボールを拾った。
日向が、ボールを拾って顔を上げると、既に火神が最前線にまで、走っている。
「火神ぃ!!」
日向からのロングパス。
陽泉は完全に火神に追いつけていない。それでも、紫原は間に合い。火神の前に再三立ちふさがる。
「(何度も何度も)しつけぇんだよ!これで終わりだ!!」
再び跳べるようになったとしても、紫原にはとめきる自信があった。
タイミングを計ろうと、火神を見据えようと凝視すると、明らかに火神の様子が違っていた。
形相、雰囲気、何処を見ているのか分からないそのギラギラした目。
「(こいつ...意識を失いかけてる?)」
以前、桐皇と誠凛の試合で氷室が野性の獣の持つ本能に似ていると言っていた。
「(似ているどころか...それそのものじゃん。)」
今の火神は、闘争心だけで動いている。体力の限界を振り切って、ZONEに入ったのであろう。
故に速い。もうそこまで迫っている。
「んなもん関係あるか!ぶっ潰す!!」
「ぅぅぅぅ....がぁぁあああ!!」
火神は今までの最大を越す跳躍を見せた。目の前の壁を越そうと、上に上に向かっている。
そして、最高到達点に至った瞬間、ボールを振り下ろした。
流星のダンク。
紫原の上からリングに直接投げ込む超大技。
これまで、アレックスとの特訓でも完成しなかったものであり、試合中でも試みてはいたが、成功はしなかった。
火神は、己の尽きかけた底からひねり出し、紫原を、己自身を超えた。
「ぅ。」
湧き上がる歓声の中、精魂尽き果てた火神はよろよろと崩れ落ち、英雄に支えられた。
「お疲れ。良いもん見れた。ゆっくり休んでろ。」
火神の腕を肩に回し、交代申請するリコの下へと向かった。
その姿に観客は惜しみない拍手を送った。
IN 水戸部 OUT 火神
誠凛が交代した直後、陽泉側も騒がしくなっていた。
紫原が膝をつき、1歩も動けないでいる。
「(嘘だろ...何で?峰ちんだってもう少し...。)」
紫原は第4クォーターで何もしていなかった時間があり、いくらZONEの疲労が大きいとはいえ、早すぎる。
足からピクピクと痙攣しており、プレーどころか歩く事も儘らない。
「...紫原。交代じゃ。」
「......くそっ。」
両チームのエースが共にコートを去った。
紫原に対しても大きな拍手が巻き起こり、そのプレーの数々を称えていた。
「残り5分。いけるか?」
「大丈夫さ。元々ウチは高さを頼みにしてないしな。紫原が抜けた以上、狙いどころも増える。」
火神を見て、自分達がどこまでいけるか不安になった日向だが、木吉の言葉により、少し気が楽になった。
「凛さーん。パス、ガンガン回すんでお願いしやーす。」
「(こく)」
「水戸部は、そのまま氷室のマークを頼む。陽泉の交代してきた選手より、氷室を抑えておきたいからな。」
それでも試合は続いており、交代を契機として、展開内容が一変。
まず、リバウンドの奪取率が同等になり始めた。原因は、英雄が岡村に競り勝つようになったからである。
「ぅおっしゃあ!」
「リバン!」
英雄がチップアウトで弾き、そのまま速攻に繋いだ。
勝負所での投入でも水戸部は、しっかりと集中出来ており、ターンオーバーを確実に決めた。
次に、紫原の穴を埋めようとするが、控え選手では無理がある。
元々、今やっているパターンはこれまで練習してきていないものが大半で、いきなり順応しろと言っても厳しい。
岡村と劉のツインタワーをメインにOFを転換する。結果、ガード陣に負担が行き、英雄のインターセプトをかわし切れなくなった。
「(強い...。本当につようなったな。こっちはもう足がいう事を聞かんというのに。)」
陽泉のOFで、英雄のタイトなチェックを受けて、本心で感心していた岡村。
「(お前とわしの6年間、どこで差がついた?)」
確かに、紫原の加入後に立ち止まってしまったかもしれない。しかし、英雄も3年間バスケットから離れていたはず、条件的には同等。
途中交代したFと福井のパスが合わず、シュートセレクションが乱れてシュートを外した。
「おおおっ!」
木吉のバイスクローで誠凛が奪って、ターンオーバー。
「決まりだな。」
近くで見ていた海常の笠松が、試合を決定付ける水戸部のフックシュートが決まり、確信した。
「っスね。火神っちと紫原っちが抜けても、試合の熱さは変わんなかった。」
「ついでに言うと、補照の野郎。本当に50分やりきりやがった。」
ここが誠凛の厄介なところ。後半強いというよりも、運動量が落ちない。桐皇の今吉はそれをわざと走らせよとした結果、自らの負担に耐えられなくなった。
今回、岡村も最後まで粘っていたが、岡村のガッツを自分のものにして、押し切った形だ。終わり方が大体同じのようだが、言い方を変えれば、単純すぎて対策がないと言うこと。
「火神っちと黒子っち、そして補照っち。青峰っち、緑間っち、紫原っちですら勝てなかった。....くぅ~~ワクワクするっス!!」
「バカヤロー!まずは勝ち上がらねぇと話しになんねぇよ!!」
笠松が黄瀬をシメていると、試合終了のブザーが鳴った。
陽泉高校 112-116 誠凛高校
一進一退を繰り返した試合は、攻め抜いた誠凛の勝利で幕を引いた。
「う...ん。あ、れ?っ試合は!?」
丁度その時、火神の意識がよくなり、試合の結果を問い詰めた。
「大人しくしてなさい!...勝ったわよ。見なさい。」
リコの指し示す先には、全身で喜びを表現する5人の姿があった。他のベンチのメンバーも入り乱れており、もみくちゃに抱き合う姿も。
火神には実感薄く、とりあえず一息入れた。
「何他人事みたいにしてんのよ。火神君は良くやってくれたわ。胸張って!」
「あ、うす。」
「ほら、行ってきなさい。」
リコに尻を叩かれて、少し恥しげに仲間の元へ向かった。
「お、火神気がついたのか!?」
「あ、どもっす。」
「何、湿気た面してんだよ。お前の1発が流れを決定的に変えたんだからよ。もっと喜べっつんだよ。」
メンバー全員が駆け寄り、火神を称える。火神も釣られて徐々に笑顔になっていき、初めて勝利の実感を得ていった。
「...タイガ。」
喜んでいる最中、氷室が火神に歩み寄り、火神も察して改めて相対する。
「俺の負けだ。約束どおり...。」
試合前に決めた賭けの結果である。
どちらにせよ、嘗ての兄弟であった絆は取り戻せない。
「つーことは、これからは兄弟うんぬんじゃなくて、対等のライバルって事すか?」
「何だよてめぇ。関係ないだろ。」
話しを割って入ってきた英雄に火神が真顔で、あっちいけと言う。
「君は...。」
「氷室さんとライバルだなんて、いいなぁ。あれだったら、俺となんないすか?飽きさせませんよぉ?必要だったら、おにいたまって呼びましょうか?」
食い気味で話しかけてくる英雄に氷室もきょとん顔。次第に、笑いがこみ上げてくる。
「ふふふ...是非お願いしたいよ。だが、おにいたまは勘弁してくれ。」
火神を尻目に氷室と握手をして、その場を去っていった。
「んにゃろう...。」
「話が逸れたな。もう兄と名乗らないよ。」
「大丈夫っすか?膝とか壊さないでくださいよ。」
「それをお前が言うか?」
立っているのもギリギリといった岡村に英雄が歩み寄っていた。
岡村の皮肉を笑顔で受け取り、握手を求めて手を出す。
「ものすっごい、良い試合でした。俺、オカケンさんを尊敬してましたから、すっげぇ嬉しいです。」
「負けた直後には、少々堪える台詞じゃの...。けど、まぁ...良い試合ってのには同感じゃ。」
差し出された手を握り、互いの健闘を称えた。
「...くそぉ。なんで...。」
ベンチに腰掛け、俯いたままの紫原には、この結果を受け止めきれていなかった。
不完全燃焼でコートを去り、少しだけ分かりかけたのに。
不意に目に入った岡村達が笑っている姿で、いきり立ちヨロヨロと歩きながら、問い詰めた。
「なんで笑ってんだよ!負けたんじゃん!!訳わかんないよ!」
「紫原...。」
疲労とはじめての敗北により、頭が回らず、子供の癇癪の様に叫ぶのみ。
「半目君、半目君。」
「んだよニヤケ野郎!」
片方の口角を吊り上げて近寄る英雄。
「大きなお世話かもしんないけど、1個だけ言わせて?」
紫原の返答を待たず、言葉を続けていく。
「本当に勝ちたかったら、試合前にお菓子食べるの止めた方がいいよ。バクバク食って、脂肪で鈍った体じゃあ、話しになんないからね。」
近代スポーツでは、至極当たり前の事である。
暴飲暴食は体に異常をきたし、常に気だるさが付き纏い、パフォーマンスは低下する。
紫原のZONEが予想より早く切れたのは、そういう理由がある。才能より以前に、食生活の乱れからくるものである為、リコが気が付いた。
普通なら周りが気付き注意するのだが、その状態でも勝ってしまう紫原に、やはり他とは違うのだろうと思われ、本気で止められなかった。
「以上。余計なお世話でした!」
あまりにも正論を叩きつけられて、陽泉の誰もが何も言えなかった。
結果が決まってからではあるが、『負けて当然』。そう思うしかなかった。
本気でやっている選手には尊敬と敬意を示す英雄だが、どれだけ才能を持っていようが半端こいてる奴に用はない。
劉や福井にも握手を求めたが、それ以上紫原に近寄る事は無かった。
「...っくっそ!」
紫原はヨロヨロとベンチに戻り、自分のバックを持ち上げて振り落とした。
「くそ、くそ、くそ!!」
更にバックを踏みつけ、中に入っていたスナック菓子が潰れて中身が散乱していく。
最後に強く踏みつけて、もう1度英雄を呼び止めた。
「おい!」
「ん?」
「つ、次は負けねぇ!覚えとけ!!」
これ以上無い屈辱を受けて、紫原は立ち向かう事を選んだ。
「....あそ。じゃあ、次は20点差つけて勝つから、覚悟しといてよ?」
「だったら!こっちはダブルスコアにしてやる!!」
子供の口げんかに発展し、せん無き事を言い合っている。あまりにも馬鹿馬鹿しい言い合いに、周りから笑いが零れていた。
「...紫原君。また、やりましょう。」
「黒ちん、敵なんだから馴れ馴れしくしないでよ...。」
コートを後にしようと移動を始める頃、黒子が改めて紫原に再戦の約束を持ちかけた。
紫原はあれだけ、否定していた事を思いっきりやってしまい、気恥ずかしさで黒子の顔が見れない。
それに察した黒子は、静かに「はい」とだけ言って背を向けていった。
「強かったぞ、誠凛!このまま勝ち続けろよ!!」
去っていく岡村が背を向けたまま、拳を突き上げ、力強くエールを送った。
その勇ましい背中に英雄は1人、大きく頭を下げていた。
陽泉戦終了です。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
次はどうしましょうか...。