「ま、あんまり時間掛けて言うつもりもないから。」
3人が横に並びならが会場へと向かっている。2人が190クラスの身長なので、道が狭く感じる黒子。
英雄の以前のスタイルの件について、説明をしてくれる。
「スタイルを変えたっていうか、より良く改善したってのが正しいかな?時期的には中学に上がる前に。」
試合前にクドクド話す意味も無い。なるべく簡潔に英雄は口を動かしていく。
「改善、ですか。」
「そうそう。テツ君も、今のスタイルじゃない物からなんで変えたのって聞かれても困るよね?」
黒子からその過程を直接聞いてはいないので、英雄の想像でしかないが、始めからミスディレクションを使っていたとは思えない。
長くバスケットをしていれば、それなりに変化していくのは当たり前。
「そうですね。でも、青峰君の様子を見ると、普通ではないように思えました。」
そういえば陽泉の岡村も現在の英雄を見て、変わったと言っていたような気がする。
やはり、英雄に対する疑問が拭いきれない。
「普通か...。確かに、普通じゃないと言うか、ちょっと変わってたかも。」
当時は、そんな事を意識していなかったのだろう、改めて自己認識して黒子の疑問を認めた。
「例えばどんなところがですか?」
「うーん...具体的にって聞かれると。シュートは年相応、パスはど下手、姿勢が悪くて視野も狭くて、頭も悪い。」
小学生の時の事なので、そこまで高いレベルを期待した訳では無かったが、聞く限り、今とは大分違うようだ。
「意外ですね、パスが下手っていうのは。」
「大事なところでよくパスミスしたよ。負け試合の理由は大体俺だったし。」
しかし、青峰が今でも覚えていた理由としてはなんとも弱い。英雄が話渋っている事は良く分かった。
たった1度の1ON1でも印象に残るという事は、もっと特別な何かがある。
「あ、でも。ドリブルだけは自信あったなぁ。青峰が言ってたのは多分それじゃない?」
「...青峰君に聞いてみないとはっきりしませんが、そうなのかもしれませんね。」
結局、具体的にどんなプレーだったのかは分からなかった。曰く、いきあたりばったりのバスケだから説明しづらいとの事。
「何でそれを止めちまったんだ?小6までやってたんなら、無理に変える必要ねーんじゃねぇの?」
「違う違う。そこまでやって気が付いたんだよ。そのままでの限界に。」
1度染み付いたバスケをあえて手放す理由など、火神には分からなかった。始めから作り上げる時間と労力を考えると、既にあるものの精度をあげた方がよいのでは無いのかとも思う。
英雄は軽く否定し、同時に過去の自分のをも否定した。
「全国大会の予選で2年連続で初戦敗退するようじゃ駄目なんだよ。オカケンさん達から受け取ったバトン、応援してくれた人達みんなの期待に応えられなかった。」
英雄の所属していたミニバスクラブ・WTB。当時4年生だった英雄の上に、6年生だった岡村がいた時は非常に強かった。
その後、5年生時と6年生時の大会両方を1回戦負けしたと言う。
「ちなみに、4年ん時は全国ベスト16ね。実に分かりやすいでしょ?」
当時のチーム編成は、6年生3人、5年生1人、4年生1人。翌年には事情により5年生の選手を含めた4人がチームを抜けていた。
結果で言われると、確かに英雄に原因がある。
「その頃くらいには、頭ん中にイメージが沸くようになっててね。それを実践するのが楽しくて、楽しくて。でも、テクが無いからミスになる。」
今や英雄を評価するには欠かせない、その想像性。それは、小学生時代に既に持ち始めていた。
「でもね。オカケンさん達が卒業して5年生になってから、それが出来なくなっていったんだ。強く濃くなっていくイメージと反比例するように、チームは弱くなっていった。」
明確にやりたいプレーがあっても、体や技術が追いつかない。それが、徐々に苛立ちになっていく。最終的にはチームに求め、配慮など全く無い自己中プレーに繋がって、不協和音。
6年生時の大会でも、ジレンマを抱えて敗北。どうしたらよいかも分からず、ボロボロに泣いた記憶は今でも残っている。
【...よかったじゃねぇか。】
【っえ?】
【お前はこんなにも早くに、失敗っていうギフトをもらった。喜べ、その先には大きな成功が待ってるぜ。】
そんな時に景虎から言われた一言。バスケットをやり直そうと思った切っ掛けでもある。
その言葉は、傷ついていた心から新しい活力を生み、もう1度立ち上がらせた。英雄は、負けた直後以上に涙を流していた。それも、笑いながら。
「技術とか戦術とかを教えてくれなかったけど、考え方とかメンタル部分を伝えてもらったんだ。少なくても俺はそう思ってる。以前に言った『勝とうと思わなければ上手くはならない』ってのもそう。」
指導を受けていた内容は、実用性が薄く、自身で考えろとを常々言われていた。
相談には乗るが決して頼らせず、トレーニングの意味を理解させる。英雄が悩んでいる事も知っていたが、口を出さず見守るのみ。
むしろこちらの方が手間のかかるやり方だったが、景虎は最後まで面倒をみていた。
「基本が出来ない奴に、応用なんて出来はしない。そして、俺は感じたんだよ、自分の可能性を。俺に出来る事はあるじゃないかって。」
パスやシュートだけじゃなく、オフ・ザ・ボールの動き、ボックスアウトやカッティング。
俯いた顔を上げた時に遥か彼方が見えた。無限に続いている道を見て、足踏みなんか出来ない。
「俺が1からやり直すって決めた時も、あの人笑っていうんだ。頑張れって。」
無意識に英雄の顔も優しく微笑んでいる。前々から親交が深いと思っていたが、そこにはそれなりの理由がある。
「だから、スタイルが変わったとしても変わらない。大事な事は俺が分かってる。...これが答えでいい?」
「...はい。」
結局、昔のプレーが何なのかを具体的に知る事が出来なかったが、英雄が語った事に偽りは無いと判断し、英雄の言葉を了承した。
相槌も無しに聞いているだけだった火神にも不満は無いようだ。
「ま、いいだろ。会場に着いちまったからな。」
試合会場に到着し、英雄の身の上話を一旦終了させた。激戦を予想させる試合を前にして、余所へ意識を持っていく余裕は無いのだから。
最後に黒子は、1つだけ質問をした。
「大事な事ってなんですか?」
「遅い!!」
誠凛の更衣室に到着早々、リコに怒られた。
ギリギリだが、時間に問題は無いはずなのに。
「心配なら1本連絡くれたらよかったのにぃ。」
「あ?口答えする気??」
「何でもございません!!」
英雄がブー垂れた直後にリコのひと睨みを受けて、敬礼で従順の姿勢に変更。
そのままロッカーに荷物を修めて着替えを済ませていく。
「...カントクは知ってるんすか?英雄の前のスタイル。」
「っえ?...なんでそれを?」
英雄から直接聞けず一旦は納得したものの、やはり興味が沸く火神はリコに聞いてみた。
リコは、その質問を想定しておらず、表情が固まった。
「ちょっと色々あって、英雄から聞いたんすけど。結局どんなものだったかまでは言わなかったから。」
「...ふーん。どんな流れでそうなったのかは知らないけど、アイツが昔の事を人に言うなんて...本当に何かあったのかしら。」
火神としてはそんなつもりでは無かったのだが、リコが割りと重そうに捉えていた。
火神の横で着替えていた黒子もリコの様子から、英雄の異変について考えている。
「まぁいいわ。それで、アイツの昔よね?...なんて言うか、口で説明し辛いのよね。」
顔を顰めながらリコは言いよどむ。
気が付けば、その会話をメンバー全員が聞いており、会話に参加しだす。
「ちょっと!リコ姉に聞くとかルール違反!!」
英雄は火神を問い詰めて、この話をやめさせようとする。しかし、1対多数になっており、小金井も既に会話に入っている。
「伊月は実際に見た事あるんだっけ?」
「まぁな。カントクの言うとおり、何とも言えないけどな。」
現在となっては数少ない目撃者の伊月も止める事なく、会話を続ける。
「日向は?」
「俺は見た事ねぇ。」
「順平さーん!」
木吉も日向も止める事なく、参加。英雄の叫びも空しく響く。
「強いて言えば、『当たり前の事以外が出来る選手』かな。」
リコが悩んで出した回答。余計にわけが分からなくなる。
伊月も同意しており、他はポカンとしていた。
「リコ姉、昨日の海常の試合の映像見せて。ちょっと復習するから。」
ようやく話題を終わらせて、ため息交じりのまま英雄が自分の世界に篭りだした。
直接見ていない分、今の内に海常のプレーを把握しておきたいのだ。
アップ開始までの時間は、すべて確認に使い、イメージ修正を図る。普段ヘラヘラしている英雄も、この試合開始までの時間は集中力を増しており、表情も真剣になる。
アップの時間となり、1度コートに向かう。
丁度先に行われていた、洛山対秀徳の試合の前半が終わり、インターバルの為に両チームが更衣室に戻っているところだった。
誠凛は、洛山ベンチ側から入場し、洛山メンバーとすれ違っていた。
「やあ、テツヤ。」
「どうもです。...赤司君。」
未だ対戦したことの無いキセキの世代最後の1人、赤司征十郎が黒子に軽く挨拶を行った。
火神も開会式で赤司にやられた事を忘れておらず、同様にアイサツを行おうと近寄っていた。
「さっさとアップしましょうよ。」
誠凛メンバーのほぼ全員が洛山に目を向けている中、英雄は何事も無かったかの様にコートを指差していた。
そこに八重歯が目立つ、洛山メンバーの1人が英雄に声を掛けた。
「なぁなぁ。火神もやべぇけど、お前も面白いな!」
「どもっす。」
洛山レギュラー葉山小太郎。
英雄は、ペコりと頭を下げて葉山の言葉に対応する。それなりに褒められているのだろう、しかしこちらは葉山のプレーを直接見た事無いので何とも言えない。
「俺はドリブルで誰にも負けたくないからね。やる機会があったら勝負しようぜ!」
「どもっす。」
「でも、当った時にPGだったら難しいよな。」
「どもっす。」
「ねぇ、聞いてる?」
適当に答えていると、流石の葉山も気が付いて、素直に悲しそうな顔になっていた。
1つ上のスポーツマンにいう事ではないが、何かこう小動物のようだなぁという感想に至った。
「小太郎。何してるの?さっさと行くわよ。」
「あぁごめんごめん。」
すると、葉山より1つ分背の高い長髪の男、実渕玲央が葉山を呼びに来た。
雰囲気といい、口調といい、そっちの人間なんだなぁと思う。何気に、洛山の個性も半端ない。
「ごめんなさいね。小太郎は実力者を見るといつもこうだから、流してくれればいいわ。」
「いーえ。ご丁寧にあざっす。」
「補照君だっけ?なれるといいわね。東日本ナンバーワンPGに」
放送された英雄の発言を見た実渕は、その一言を言いながら葉山を引っ張っていく。
「...なりますよ。国内ナンバーワンPGに。」
そして、英雄の言葉に振り向いた。何かを企んでいる顔ではなく、ただ普通に頭を掻きながら宣言した。
「そう。じゃあ、そのビッグマウスに免じて伝えといてあげるわ。」
実渕は赤司への伝言を受け取って、自チームの更衣室へと向かっていった。
黒子と火神は赤司とで何かあったらしく、少々動揺をしており、アップで体を温めるのに時間が掛かっていた。
「なるほどね。IH優勝校は伊達じゃないってか。」
先程の会話でも、今やっている秀徳との試合で負ける事など微塵も考えていないという、自信に満ち溢れていた。
東日本ナンバーワンも赤司がいないから可能なものであるから、薄ら笑いされた。
「そういや、何時に無く反応が薄かったな。」
英雄が独りで納得していると、横から日向に先程の英雄の対応について問われた。
「試合前ってのもありますし。何より、俺が興味あるのは洛山でも赤司でも無く、あいつ等が持ってる優勝旗だけっすから。」
昨日の試合の疲労を引き摺っており、連日続くトーナメントの辛さをひしひしと感じている今日、試合への入り方は慎重であるべきだ。
加えて英雄は、昨日のゲームプランをぶち壊した原因。あれがなければ、もう少し楽なはずだったのもあり、責任を感じている。
しかし、英雄から正論が出ると妙な感じになる不思議。
「(既に集中力がここまで高まってる...)」
プレー1つ1つの感触を確認していく英雄のシュートは、全てリングに収まっていく。
これまでの強豪たちとの試合により、より良い試合の入り方を身に付けていた。
「それに、海常との練習試合の時も、俺出た時間少なかったし因縁とか感じてないんすよねぇ。」
今年度の誠凛バスケ部の当初、英雄はバスケット選手になりきれていなかった為、ベンチにいる事が多かった。
海常との練習試合の時も途中出場で、しかもDFオンリー。特別なライバル関係を形成することも無い。
他の誠凛メンバーとの温度差もあって、今日の試合は熱くなり過ぎたりしないだろう。
「後は、インサイドプレーの復習出来ればいう事なしっすよ。」
陽泉での経験を血肉にすべく、海常とでもインサイドを希望した英雄。
技巧派C小堀とサイズは同等。ここで有効なプレーが出来れば、英雄がインサイドでも脅威な存在になれる。
「それは別に構わないけどな...。復習とか絶対に言うなよ!」
あちらに伝われば、100%角が立つ。別に英雄が舐めている訳でなく、認めているから出来る行為なのは分かっているが、聞けば悪い方に捕らえられる。
1発逆転の無いバスケにおいて、序盤からの試合運びを疎かには出来ない。岡村相手に競り合い続けた英雄を信用しているが、態々嫌悪されたいとも思わない。
アップの時間も終わり、再び更衣室へ戻る誠凛。
「こーちん、頼みがあるんだけど。」
「え?何だよ。」
「後半からの洛山対秀徳戦、撮ってきてくんない?」
高校最強と謡われるチームのプレーを何も知らない英雄は、河原に調査を依頼した。
河原達が試合に出場する可能性は低いが、こうもはっきり言ってしまう英雄にどうなのかと思ってしまう。
「...いいぜ。任せろ!」
高まる緊張感に落ち着かなかった河原は、二言返事で受けた。
「あ、俺も行く!」
降旗も同行し、既に再開されているだろうコートに向かっていく。
「何かあったら教えてねぇ!」
「ああ!!」
結局1年の3人が偵察に向かった。プレー以外で何とかチームに貢献しようと懸命になってくれている。
カメラを手渡した為、海常の再チェックはもう出来ない。
後は、試合開始まで更に集中力を高めるだけ。今回は、何時も以上に体力的に厳しい展開が予想される。スタートから飛ばせるように準備だけは欠かせない。
「...(なんだろう?何時も以上に試合への意欲が高い。悪い事じゃないんだけど...)」
傍から見れば実に頼もしい姿だが、リコにとっては違和感でしかない。
原因があるのならば、昨日の先に帰宅してからの英雄の行動に何かあるはず。今朝、景虎から預かった書留が無性に気になる。
「試合の第4クォーター開始しました!」
10分強が過ぎ、ビデオで偵察していた降旗が、1人で報告に来た。
そのタイミングで、誠凛はコートに移動を始める。
「...行くぞ、英雄。」
日向が、タオルを頭に掛けてコンセントレーションに努めていた英雄の体からは汗が溢れており、戦闘体勢に完璧に入っている。
英雄は、イメージトレーニングで汗をかける。
頭からタオルを取り、リコらに続き、バッグに入っている書留を目にして、改めて決意を抱く。
「(この試合をこの1年の集大成にしよう)後、順平さん。トイレ行って来ていいすか?大きい方ですけど。」
洛山対秀徳。
全国と名の付く大会で、最多の優勝数を誇る現在最強と名高く、キセキの世代・赤司征十郎が率い、無冠の五将を擁する洛山。
対して、キセキの世代No.1シューター緑間を擁し、誠凛と2度も激闘を繰り広げた秀徳。
互角のスコアで前半を折り返し、後半も10分を過ぎ、第4クォーターに入っている。
展開は洛山有利。緑間が奮闘しているのだが、別の局面で他のメンバーが押されっぱなし、それでも諦めず試合に集中してきた。
WC予選で行った、緑間のインサイドプレーを完全に組み込んでおり、良いOFをしているが、それでも追い縋るのも厳しい。
赤司が緑間をマークする事で、緑間は3Pすら打てない状況に追い込まれている。
赤司の『天帝の眼』は、人間の筋肉の動きやそれによる予備動作を見て取り、動作に移した瞬間にスティールすることも出来る。
そこで緑間は覚悟を決め、高尾とのコンビプレーを披露した。
それは、シュートフォームのままジャンプし、キャッチしたボールをそのままショットするという超荒業。
土壇場で成功し、勢いに乗りかけたところだったが、洛山は冷静に体勢を持ち直し、もう1度秀徳を押し返した。
赤司はそのシュートを容易く封じ込め、何事も無かったかのように振舞っている。
「そんな...。」
類稀に見るスーパーシュートをあっさり止められて、秀徳は呆然としている。
緑間も顔には出さないが動揺している。
「順平さん!どこいたんすか!」
トイレの個室で1戦こなして来た英雄が、他のメンバーに合流していた。人の数も多い試合会場で1度はぐれれば、再び合流するのは難しい。
「うっせ!今試合見てんだよ。お前も見とけ。」
人並みを掻き分けて合流した英雄の頭を引っぱたき、試合へ顔を強引に向ける。
既に大勢が決まっていた試合のスコア、そしてどんな顔してるのかと秀徳の顔に目を向けた。
「ねぇねぇ順平さん?」
「んだよ!だから試合を..。」
「余計なお世話していーい?」
英雄の一言は、日向の背筋を凍らせた。
その一言は事態を滅茶苦茶にしてきた、駄目な意味で実績がある。
どんな事が起きるのかが全く分からない。英雄が限度を過ぎれば、厳しい罰則になるかもしれない。
「...ほどほどにしとけよ。」
しかし、止めたところで英雄はそれを行うだろう。英雄はそういう奴だ。
出来れば全力でとめたいのだが、経験上こういう時は下手に止めず、程ほどに押さえる方が良い。
今までアップ中でも淡白だった英雄が初めて反応した。
その見えないものを見る目で何をみたのだろうか。