黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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いつもの

第4クォーター6分が過ぎ、10点という大きなビハインドを抱えた秀徳。

一時は勢いに乗れたかと思いきや、大きく立ちはだかる赤司により、精神的ダメージを負った。

決して諦めた訳ではない。誰もが顔を上げて、前を向いている。

しかし、ただ諦めないだけでどうにかなるほど、洛山は、赤司征十郎は甘くない。

人事は尽くした。これまでに2度の敗北を与えられ、反省するべきは反省し、今日に活かして来たつもりではある。

 

「(なのに何故...これほどまでに遠い...。)」

 

捨て身の攻撃も簡単に止められ、これを止められてしまえば打つ手が無い。

赤司の前では、3Pどころかボールをキープするだけでも困難だ。それは緑間ですら同様。つい1年前までは同じところに立っていたはずなのに。

すまし顔で赤司がこちらを見ている。

 

「全員、とにかく息を整えろ。」

 

監督中谷はここで1度TOを取っており、流れを切れればと期待するが、正直それは難しいだろう。

最悪でも、秀徳メンバーの気持ちの切り替えと体力回復に努めさせている。

それでも敗北色濃厚な今、どれほど意味をなすのか。

 

「(試合を投げている訳ではない...。が、具体的な策が無ければ打開など出来はしない。)」

 

メンバーは全員深呼吸を行い、回復に専念している。残り時間で何がどうできるのかは考えていない。

ただ、それが出来る精一杯なだけ。

 

「おぉぉぉいぃぃ!秀徳ぅぅぅ!!」

 

粛々とTOを消化されている中、大きな声がコート内を響き渡った。

辺りが騒然と化し、その声の元を探し回っている。緑間も声の主に目を向けた。

ちょうど緑間が顔を上げた時の視線上の最奥にいる。いやな思い出しかないジャージを来ている男がそこから声を張り上げていた。

 

「あんま!だっせぇとこ見せんなよ!!東京全体が舐められるだろぉが!!」

 

そのとなりにいた日向も突然の大声で耳を塞いでいる。

恐らく、また突飛な行動なのだろう。チームメイトが唖然としている。

 

「大坪さん!ポジション取れて無くても高さが勝ってるんだから、もっと強引に行かなきゃ!」

 

緑間に対する事だと思っていたが、大坪を名指しで叫ぶ。

 

「木村さん!体張ってスペース作って!洛山嫌がってるよ!!自信持って!!」

 

続いて木村。まさかの声援に木村も戸惑っている。

 

「宮路さん!スピード負けてるからって問題ないじゃん!他で充分勝ってるんだから!華麗に抜くだけがドリブルじゃない!!」

 

「...アイツ。まさか俺達全員の特徴を...?」

 

一人ひとりに対して具体的な言葉を送っている外部の人間。どれほど秀徳の研究をしたのだろうか。

 

「高尾!眉間に皺寄せ過ぎ!視野が狭まってる!良く見てみろ!!全然イケてるじゃんか!!選択肢を勝手に失くすなよ!!」

 

英雄1人の声に秀徳の応援団が黙り込んでいる。秀徳メンバーも困惑するどころか聞き入ってしまっている。

 

「緑間!お前ちゃんとチーム背負えてるよ!もっと胸張ってみろ!フォームが弱々しくなってる!!」

 

最後に緑間へのエール。

その行動で何を得するのか。緑間には理解出来ない。だが、本気で言ってくれているの事だけは分かる。

 

「腹を括れ!本当に人事を尽くしたのか!?まだあるじゃないか!!今は諦める時じゃない!だって勝てる事を諦めるっておかしいじゃないか!!」

 

それを最後に英雄の言葉は終わった。

誠凛メンバーが流石に止め、英雄を奥に引っ込めてしまった。

 

 

 

「(確か...彼はトラの....なるほど。どうやら、トラのバスケット精神を色濃く受け継いでいるようだね。)」

 

中谷は、遠目で見えたその姿で、少し前に景虎が夢を託した男と紹介されていた。

景虎とバスケのスタイルは違っているが、遥か昔に現役だった頃の景虎と良く似ている。突然意味不明な行動で周りを困らせる事や、その行動に不思議と感謝したくなる事など。

 

「(そして、ありがとう....お陰で、ウチの選手達の顔が生き返ったよ)」

 

自身の選手達に目を戻せば、瞳の中に光が宿っている。

 

「結局、アイツ何なのよ。」

 

「馬鹿め高尾。俺に聞かれても分からんのだよ。馬鹿なのは確実だが。」

 

高尾が緑間に英雄の事を訪ねるが、そんな事を理解できない。

 

「だが、アイツの言うように俺達が始めから洛山を頭の中で強くさせ過ぎていた。」

 

「いつの間にか呑まれていたって事だろ?分かりやすいのか分かりにくいのか、どっちなんだよ。」

 

大坪も木村も、恐怖していた訳でもないが、キセキの世代・無冠の五将で警戒していた。

警戒も度が過ぎれば毒となる。出来る事も躊躇い、本来のプレーもしにくくなっていく。

 

「確かに。それならそれで、やり様もあるよな。」

 

洛山高校は事実強い。そこに間違いなどない。

しかし、何処を見れば劣っていると、勝てないという理由になるのだろうか。

キセキの世代?無冠の五将?IH優勝?負ける理由にはならない。

 

「インサイド。俺達はこれでやってきた。緑間が使えないのであれば、ここで勝つ!木村、宮地!」

 

「なんだろうな。ちょっと前までの俺が馬鹿みてぇ。」

 

「木村。パイナップルある?1発俺をぶん殴ってくれ。」

 

及び腰になっていた自分達を叱咤し、今に目を向ける。

 

「よし。残り時間もまだ5分もある。まずはこちらのペースを取り戻すぞ。」

 

『もう』から『まだ』。

少しの心境の変化でも、言葉の意味は大きく変わる。

 

「...高尾。俺のシュートは弱々しかったか?」

 

「いんや。気が付かなかったぜ?」

 

特別な作戦が見出されてもいないが、蘇っている大坪達の中で緑間が、高尾に問う。

高尾も目の前の事で一杯一杯になっていて、緑間の些細な変化に目を当てる余裕はなかった。

 

「全く...適当な事を。」

 

緑間は言葉とは裏腹に英雄の真意を探っていた。

人事は尽くしていた、つもり。

主観的では、意味が無い。もっと客観的に自分を見つめなければ。

 

「(考えろ...ピンチになった事は初めてではない。奴等と戦ったときは何をしていた?)」

 

今まで培った事を思い出し、何か無いかを必死で模索。

まだ答えが出ていないがTO終了のブザーが鳴り、コートに戻らねばならない。

 

「いくぞ!」

 

大坪が最後になるであろう激を飛ばし、洛山達に目を向ける。

 

「あの子知り合い?マナーくらい守ってほしいわね。」

 

実渕から軽くクレームを受けた緑間。

 

「そんな事を言われても困るのだよ。ただの敵だ。」

 

コート内外に変な空気が流れ始めたのを察知し、秀徳の状態を探ろうとでもしたのだろう。

軽い口ぶりの割りに、冷静にこちらに目を向けている。

 

「ふ~ん。まぁいいわ。」

 

試合再開の為、実渕は話をそこそこに離れていく。

 

 

 

「英雄!ほどほどっつったろーが!」

 

試合が再開した最中、英雄は日向とリコにどやされていた。

一旦、コートから通路へ移動し、2人で囲んでいる。

 

「...ほどほどでしたよね?」

 

おずおずと答える英雄は本気で言っているからタチが悪い。むかつくのでもう1発いっといた日向。

コートで待機しなければならないのに、昨日辺りから肩身が狭くなってきたように思う。

 

「急に叫ぶから耳がキーンてなったわよ!」

 

一応程度の断りを入れられた日向はともかく、他のメンバーは何も聞いていない。

腹からひねり出した大声に、全員驚愕。

 

「ていうか、今日のアンタ変よ。昔の話をするなんて、今まで無かったじゃない。それに、洛山にすれ違った時も大人しかったし。」

 

何かスイッチが入ったり切れたりを繰り返す、挙動不審な態度に疑問を持つのも当然。

試合に集中する為に後回しにしていたが、これを機に問い詰める。

 

「何があったの?昨日パパと何かがあったんでしょ?」

 

「そうなのか?英雄、正直に答えろ。」

 

少し離れた場所で水戸部が心配そうに見ているのが見えた。

英雄は水戸部に手を振って応える。

 

「こっち見ろ!」

 

首からグキッと鈍い音が鳴り、英雄の腰がやや下がってプルプルしている。試合を目前に控えた選手にやることじゃない。

 

「率直に聞くわ。あの封筒でしょ?聞くよりも早そうだから見せなさい。」

 

「っちょっと!何でさ!?俺いつも通りでしょ。俺なりに試合に集中する為に...。」

 

「見せなさい。」

 

根拠は無いが、何と無く確信して手を広げて提示を求める。英雄は、急にあせり出して拒否した。分かり易過ぎて、逆に冗談なのでは無いかと思うほど。

嫌がる時点で、認めたのと変わらない。リコは更に力強くはっきりと命じる。

 

「...待って欲しい。」

 

「何でよ。今でいいじゃない。」

 

「海常との試合が終わったら説明でも何でも言うよ。だから、お願い。」

 

バッグを力強く抱えて、必死に懇願している英雄。その表情から一気に余裕が無くなり、とにかく一時で良いから見逃せと言い続ける。

その様子でリコは逆に聞くのが怖くなった。そこまでするものがそこにあるのだろうかと。それを聞いてしまえば後には引けなくなるのではないのかと。

 

「...分かったわ。でも1つだけ、それは良い事?」

 

「俺にとっては。」

 

自分を納得させる為に質問を行ったが、やはりピンとこない。

あまり意味の無い問答だったが、そこで中断とする。

 

「試合はどうなった?」

 

日向は先にコートの方に戻り、状況を伊月に確認する。

 

「秀徳がインサイドから盛り返してきてる。」

 

伊月の説明を聞きながらコートに目を向けると、今まさに大坪が根武屋のブロックを高い打点でかわしてのシュートを決めていた。

そのシュートまでの過程も中々で、宮地のマークの葉山に対して木村がスクリーンをかけて宮路をフリーにし、実渕のDFを強引にドリブルで突っかけて大坪にパス。

大坪は根武屋にパワー負けして良いポジションを取れなかったが、高さを生かして覆いかぶさるようにバンクショットを放つ。

木村のスクリーンは赤司には通用しなかったが、五将相手になら充分有効なプレーになっている。

宮地のドリブルもDFがスイッチする少しの間を攻めて、押しのけるようにして前進している。

高尾も厳しいチェックを受けながらも正確なパスで味方を後押しし、緑間も赤司を引き付けて余計な事をされないように走る。

 

たった1つの地味なワンプレーに全員が連動して行った。

しかし、これはWC東京予選では出来ていた事。その内これくらいは出来るようになるだろうと予想もつく為、今更驚く事も無い。そんな顔をしている英雄は、何に期待しているのだろうか。

 

「...違うじゃん。緑間、味方からのパスの重さにビビるな。」

 

「英雄君?」

 

コート上の緑間はチーム全体のバランスを見て、最上と思えるところへ走り、パスを上手く受けようと躍起になっている。

かつてのプレーと比べても実に好感を得る。

ワンマンを脱却した姿に黒子も内心応援していた。だからこそ、英雄の独り言が気になってしまう。

 

 

 

 

「さぁ!1本止めるぞ!!」

 

リズム良く得点でき、ここで洛山を止めて追加点を取れれば。

そんな期待が秀徳ベンチから溢れている。

赤司にマークしている緑間もそれを理解しており、必死でDFに足を動かす。

 

「...なるほど。僕が真太郎に付いている限り、君達は中にパスを入れやすくなっているんだね。」

 

これくらいで顔色を変える様なやわな精神をしていない。赤司は直ぐに状況を把握して、先を読んでいく。

洛山と言えども、赤司ほどのプレッシャーを出せる選手はそういない。

緑間・高尾が疲労したスーパーシュートを警戒してしまい、それ以外には注意が甘くなる。

赤司が緑間にマークしなければ、すぐさま緑間の3Pが放たれるだろう。状況としては緑間に釘付けになっている。

現状、高尾にダブルチームを敷いているが、緑間以外に木村を完全にノーマークでという訳にもいかない。

結果、ヘルプのタイミングで宮地のドリブルが止められず、根武屋のブロックも僅かに遅れて大坪のシュートが防げない。

190の根武屋、198の大坪、洛山のDFのウィークポイントがあるとすればここ。ポジションが多少悪くても強引に打ってくる。ブロックが1秒遅れれば間に合わない。

 

「だが、それだけだ。絶対に防げない訳ではないし、こちらのOFは止められない。何故なら僕がボールを持っているからだ。」

 

赤司のペネトレイトは、必ず決定機を作り出す。

アンクルブレイクに対する策は緑間には無い。他のマークが甘くなってしまえば、即時パスが渡り決められる。

10と8を点差が繰り返すだけ。

そして、緑間は赤司のドライブにより、尻餅をついた。

 

「っぐ....赤司ぃぃぃ!!」

 

緑間はすぐに起き上がり、背後から赤司のブロックを試みる。

 

「その消えぬ闘志は認めるが。」

 

赤司はパスを見せかけて、ダブルクラッチで緑間をかわしてシュートを放る。

 

「やはり、届かない。」

 

ドライブからのパスをこの試合で多用してきたが、ここに来て赤司が決めた。誰もがパスだと思い、ディナイに努めたところにこれだ。

キセキの世代と言う称号は、統べる者として付けられたものではない。単純にバスケットプレーヤーとしての実力から来ている。

 

「(俺がやらなくても点は取れてる。俺が止めなければ...やらなければならないのに!)」

 

歯を食いしばりながら、床を見つめる緑間。

緑間でなくても、シュートが入れば同じ点だ。そこに拘るつもりは無い。自分のやるべき事が一切出来ていない事を強く悔しく思う。

 

「(ここまで来て...何が何でも止めて見せる。それしかない。)」

 

緑間は今やらなければならない最優先事項を赤司に絞り、集中させる。

赤司の前では立っている事も儘ならないが、それでもやる、と。

 

「大丈夫か、真ちゃん。」

 

「ああ。やるべき事などとうに分かっているのだよ。」

 

「チャンスあったら、あのシュート狙うからな。そっちも頼むぜ。」

 

高尾が緑間に声をかけて、あのスーパーシュートを狙いたいと言う。

確かに、チャンスがあれば狙っていきたいところだが、それを赤司が許してくれるかどうか。

 

「馬鹿め。それで赤司を引き付けているからこそ。得点できているのだよ。」

 

「分かってるよ。でもDFを警戒させつづけなきゃ意味が無い。その内、木村さんにマークが付くのは時間の問題だろ。」

 

ダブルチームで高尾の動きを制限していなくても、赤司はパスをスティール出来る可能性が高い。

木村にまでマークが付けば、ヘルプのタイミングを狙う事も難しくなってしまう。

 

「それならそれで、高尾。お前がドリブルで仕掛けるのだよ。1人なら余裕も出てくるはずだ。」

 

「へぇへぇ、ホントこき使ってくれるぜ。」

 

五将が守るペイントエリアを突破しろという無茶な要望まで出てきた。

高尾は、ここにきていつも通りの物腰に戻っており、英雄の言っていた眉間の皺も見えない。高尾なりに切り替えが上手く行ったのだろうか。

 

「っふ...やはりそうでなくてはな。」

 

「あ?なんか言ったかよ。」

 

ボソリと呟き高尾に気づかれてしまったが、緑間は表情を変えず先にOFに向かう。

その途中でまたもや誠凛のジャージが視界に移る。試合に集中できていないと心の中で叱責する。

 

「(笑いたければ笑え。俺は人事を尽くす。...だが、その目は気にくわん。)」

 

黒子の心配そうな目、火神の残念そうな目、英雄の冷めた目。遠くからなのに何故か分かる。

頭を振り、試合に意識を戻し、OFに参加したいところであるが。

3Pラインでは赤司が待ち構えており、パスさえ受けられない。シューターという役割など果たせない。

 

「(得点は問題ない。先輩達ならば、やってくれるだろう。しかし、俺が赤司を止められなければ...。3Pでも打てれば...いや、無い物ねだりなどできるものか。)」

 

赤司のマークを振りほどこうと足を動かしても、赤司はピッタリと合わせてくる。パスが来た途端にスティールに襲われるだろう。

スクリーンもかわされ、空中でのボールミートも通用せず、他に何か無いかを考えるが、やはり赤司を止める事が1番だと再認識する。

 

「(だが、もし...。もし、赤司のチェックを受けずにボールを受けられれば....。赤司を止められなくても...)」

 

英雄の大声から導き出せる可能性。英雄はそれを思いついているのではないのか。

直接言わないのも、赤司に露見するのを防ぐ為なのかもしれない。

 

「(そんなものが....ある!)」

 

緑間がそれに気が付いた瞬間に、宮地がシュートを決めていて得点が加算している。

 

「よっし!いいぞ!宮地!!」

 

客席からも宮地コール。3年生へのチェックもかなり厳しくなっているが、持ち前のボディコンタクトの強さで、五将に対抗している。

 

「真ちゃんよぉ、ボヤボヤしてないで頼むぜ。」

 

「問題ない。無駄な心配はやめるのだよ。」

 

そこにはいつもの様な、ムカつくほどに飄々とした緑間の姿があった。

スーパーシュートを打つ前の様な覚悟を決めた顔ではなく、巻ける事など微塵も考えていなさそうな顔。

 

「...はは、いいじゃん。何を思いついたかはしんねーけど。」

 

内容を一切聞かずとも、高尾は乗った。

今はその信頼がなによりもありがたい。決して口にしない緑間は、結果で返そうも改めて決意する。

 

 

「...そろそろ、打てよ...。」

 

 

洛山のOFはこれまた何のミスもなく、鮮やかに決めた。

しかし、赤司は不審に思う。

 

「(先程までにあった険しさが消えている...。それが逆に良いDFにも繋がっている。)」

 

絶対に止める。そんな強い気持ちは同じ様に感じるが、それが形として現れていたついさっきまでと違う様子に警戒を強くした。

それでも、次の緑間の行動を完全に察知できなかった。

 

「パス!」

 

緑間はコーナーでボールを要求している。しかし、その場所は洛山側のコートではない。

 

「!?(そうだよ...それがあったよな!!)」

 

秀徳側のエンドラインから緑間へ直接パスが渡る。高尾は得点を予感どころか確信していた。そして、如何に己の視野が狭かったかも反省する。

 

 

 

「お前は、チームをしっかり見つめた。1人で尽くせる人事がどれだけ少ないかも知った。同じプレーでも意味が全く違うんだ!」

 

試合会場の隅でまたしても英雄が叫びだす。それが緑間に伝わっているのかは考えていない。

 

「だったら打てよ!お前、シューターなんだろ!!それがお前の1番の武器なんだろ!!打てよ!!緑間ぁ!!」

 

 

 

「(うるさいのだよ...)黙って見ていろ!!」

 

英雄の意図を何と無く分かってしまった緑間は、何を言われているのか分からないがそう言わずにはいられない。

エンドライン際で放ったシュートは、上空を高く舞い上がりリング中央を貫く。

 

「...やるじゃないか、真太郎。」

 

緑間真太郎の真骨頂は、どれだけ離れていても高精度で放てる超ロングシュートである。

状況としては、洛山のOFから攻守交替の隙を狙ったというもの。

赤司はPGなので、誰よりも自陣へ戻らなければならない。故に攻守交替直後だけは、緑間のマークが甘くなる。

試合終盤でのギリギリのプレーなのだが、そんなものはとっくに経験してきている。

残り時間をやり切る自信もあるのだ。そして、これを止めるには、オールコートでのDFをしなければならない。マークできるのは赤司だけ。

オールコートでの走りあいならば、赤司の視野も多少狭まる。木村等のスクリーンにかかる可能性も上がる。

何より、ここからは3点ずつ得点できる秀徳に対して、まばらにならざるを得ない洛山。

このシュートにより、戦況が一変した。

 

 

 

「英雄君には、これが見えていたんですか?」

 

「見える見えない以前に、何でやらないのかなとは思ってたよ。」

 

脇で観戦していた黒子は、英雄にそう聞いてみた。

英雄は別に応援したつもりはなく、出来る事を始めからやらない秀徳に罵倒しただけと言う。

全国大会準決勝、相手は高校最強洛山。キセキの世代と無冠の五将が集う、文句なしの強豪校。

ある程度緊張してしまう事は仕方ないが、必要以上に固くなっていた。

緑間の真面目すぎる性格故の問題だが、今までは高尾がそれを解す役割を担っていた。

今回、赤司のマッチアップの為か、高尾も自分の事だけで一杯になり、ムードメーカーがいなくなっていたのが事の発端。

緑間の雰囲気に回りも引っ張られ、この選択肢に誰もが気が付かない。

 

「緑間は秀徳のエースになろうとした。それは良い。良いけど、駄目だ。エースって役割をこなそうって、そんなん上手く行かないに決まってる。」

 

英雄の言葉遊びは少々小難しい。

元々説明下手なところもあり、ニュアンスで伝えようとするからだ。

 

「DFがやられて1番嫌なのは、訳分かんないシュートを決められる事。緑間はそれを持っているのに、冷静になった振りしてベターなものに逃げる。チームを背負ってみたら思いのほか重たくて、ビビったんだろうけど。」

 

帝光中ではどうだったかは知らないが、チームをまともに背負うのは今回が初めてだろう。

今まで、大坪が背負ってきたものの重さを思い知った。チームの1人として貢献しようと奮起するが、ミスを恐れて単調なプレーになりがちになっていった。

原因は、同じ誠凛という相手に連続で敗北した事だと思われる。

 

「ビビりってのは何と無く思ってたけど、駄目なところが駄目な場面で出ちゃってたね。」

 

「でも、これからだと思います。」

 

「うん。それは俺もそう思う。俺だって秀徳とやって楽に勝ったと思った事は1度も無いから。」

 

連敗したことで大胆さが薄れていたのは、さっきまで。

今この時より、緑間は3Pを狙い続けるだろう。今まで、何本も打ってきたシュートを。

どれだけ体力がなくなったとしても、精神力で補ってくる。その執念を誠凛は既に見せ付けられた事がある。

 

 

秀徳の逆襲。

いきなり点差がなくなる訳ではないが、じわじわと1点ずつ迫ってくる。これには、洛山でもプレッシャーを感じずにはいられないだろう。

実渕の3Pでも全てのシュートを決めさせるのにも難がある。赤司も一辺倒で3Pを打てない。なぜならば、秀徳が外へのチェックを最優先で強めており、アンクルブレイク後のシュートを狙っているからである。

2Pならば簡単に取れるが、決めた後の緑間の超ロング3Pは止めきれない。

秀徳のOFにさほど時間を必要とせず、何度も何度も高弾道のシュートが放たれている。

 

 

しかし緑間はそれが恐ろしく思えた。

 

「(何故赤司は何もしてこない。逃げ切れる自信があるのか?)」

 

追い込まれているはずの赤司が微動だもせず、淡々と試合を運んでいる。

赤司という人間は確実に勝利を手繰り寄せる手段をとってくる。であれば、何かを狙っているとしか思えない。

このままいけば、単純計算しても逆転に手が届く。緑間がする事はそれでもかわらない。

勝つ手段が3Pしかないのであれば、大坪たちがリバウンドを諦めて、緑間へ近寄らせないように体を寄せてくれている。

 

洛山ゴールが決まればすぐに3Pで返す。

時間が許す限り、緑間はシュートを決め続けた。

 

そして、残り30秒となった頃。

結局、洛山のOFを止められなかったが、ここまで漕ぎ着けた。

緑間は、残り僅かな力を振り絞って天高くボールを放る。

 

洛山高校 91-91 秀徳高校

 

同点。

もう1回くらいの力は残っており、次の洛山OFを最低でも2点で抑えれば、ブザービーターで劇的な1点差で逆転。

 

「途中で尽きるかと思ったが、改めて敬意を送ろう。」

 

それでも、赤司の表情に変化は無い。

秀徳の『大健闘』を高く評価し、褒め称えている。

 

「赤司、貴様に3Pは打たせない。」

 

「3P?確かに3Pを決めれば僕らの勝ちは決定するだろう。だが、僕らの勝利は始めから決まっているさ。」

 

赤司は言葉どおり、ドリブル突破から根武屋にパスを送り、2Pを確実に決めた。

そして秀徳は、逆転勝利に向けて動き出す。

 

 

「しかし、ここまでやるとは思っていなかったよ。ここでこの札を切る予定ではなかったのだがね。」

 

 

赤司は、緑間へパスを送る木村の様子を、高みの見物の様に見下ろしていた。

 

「(木村さん!?)何してるんすか!?5番が迫ってる!!」

 

秀徳メンバーの中で高尾だけがその状況を把握できていた。それは、緑間にも見えておらず、突然現れたかのように見えていた。

急にそこに現れた洛山5番・黛。緑間に渡る寸前のボールを弾き、赤司に渡した。

 

「言っただろう。相手に悟られずに打ってこその、布石だと。」

 

まるで、いまフリースローをしているかのように、誰もいないコート中央、フリースローラインからセットシュートを放った。

 

「なんだ...急に現れやがったぞ。こんなのまるで...。」

 

「ミスディレクション..!」

 

2度の誠凛との試合の中で、何度もやられた黒子のミスディレクション。

それと明らかに同種の物を感じた。

 

「歴戦の王者よ、胸を張るが良い。」


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