WC準決勝・1回戦、洛山対秀徳。
セミファイナルに相応しい好ゲームであった。
洛山が圧倒的な底力を見せ、秀徳がスローガンの名の下に不屈の姿勢を貫いた。
結果はともかく、観客が喜ぶ派手な展開で、すぐに始まる2回戦に期待が集まっていく。
海常高校対誠凛高校。
全国大会常連にして、キセキの世代・黄瀬涼太を擁する海常と、他のキセキの世代を打ち倒してきた誠凛。
噂では、今年の春頃に練習試合で誠凛が勝ち、IHでの再戦を誓ったが誠凛が予選敗退し、やっと叶った再戦の機会であるらしいと。
まわりがざわついている中、洛山対秀徳から観戦していた紫原と氷室が立ち見していた。
「さて、どんなゲームになるかな。」
「立ちっぱなしは疲れるよ~。どっかテキトーに座らない?」
紫原がここにいる理由は、氷室にやや強引に誘われたからであり、本音ではつい昨日任された相手の試合を態々生で見るつもりはなかった。
既に1時間近く立ち続け、紫原のダルそうな意見に氷室が苦笑いしてしまう。
「無茶を言うなよ。今更どこに空席があるって?」
「大丈夫だよ。俺が頼めば大体譲ってくれるし。」
「...それは相手がビビって逃げ出してるんじゃないのかい?」
いきなり2mを超える大男が見下ろしながら迫ってきたら、さぞかし怖いだろう。
実際にどんな風に声を掛けるのかを想像すると、恐喝に近いのでは。
「でさぁ。どっちが勝つと思う?」
紫原の頭脳は基本的にあまり活動しない。考える事を面倒臭がり、氷室に放り投げる。
「俺は海常をあまり知らないからな。黄瀬君がどういう選手かも。だから、主観的な意見になるけど。...6・4で」
「誠凛有利だ。」
試合開始直前に海常ベンチでスタンバイしていた笠松が、チーム全体に言い切った。
「おい笠松。試合前にいう事じゃないだろ。」
森山が士気を低下させかねない発言に待ったを掛け、その真意を問う。
「勘違いしねぇ様に、今言っておくべきなんだよ。」
万が一、誠凛の評価を間違えようものなら、陽泉同様勝利をさらわれる恐れがある。
武内も笠松の発言を黙って聞いており、同じ意見なのだろう。
「センパイ、いくらなんでも弱気過ぎっスよ。俺がいるんスから。」
「...じゃあ聞くがな。お前、火神と補照を2人を同時に相手取るつもりか?」
「っ...!」
確かに、黄瀬の実力ならば火神を止める事は可能だろう。では英雄は誰がマッチアップするのか。
英雄がPG時のマークは通常笠松。ミスマッチとなり、いくらでもパスを通してくるだろう。
他のキセキの世代ができなかった事を黄瀬に出来るのかと問われ、黄瀬は断言できなかった。
「桐皇の今吉、陽泉の岡村、要所でもキセキの世代と渡り合ったアイツに意識が向かえば、火神のマークが甘くなる。逆も然りだ。」
以前やった時と比べて、成長した事を確信できるが、当時の黄瀬を『マーク出来た男』なのだ。
トライアングルOFや1-3-1DFなど、チームとしての完成度もかなり高い。五分だと思っている時点で、過小評価だと笠松は言う。
「だから、どんな状況でも死に物狂いでいく覚悟が必要なんだよ。6:4なら充分覆せるしな。」
だからこそ、開始前から己を追い込んでおく必要がある。いわば背水の陣である。
「さぁ、いくぜ!」
やはり、笠松のキャプテンシーは全国でも類を見ない。
都合の悪い予測を受け入れ、そこから勝つ為に為すべきを為す。
ジャンプボールの為、一同がコート中央に介す。
そして、誠凛がいきなり仕掛けてきた事を直ぐに理解した。
理解はしたが、驚きを隠せない。
海常スターター
C 小堀浩志 192cm
PF 早川充洋 185cm
SF 黄瀬涼太 189cm
SG 森山由孝 181cm
PG 笠松幸男 178cm
誠凛スターター
C 補照英雄 192cm
PF 火神大我 190cm
SF 土田聡史 176cm
SG 日向順平 178cm
PG 伊月俊 174cm
「(なんだそのメンバーは!?)」
海常のゲームプランがいきなり崩壊した。
森山は明らかにパワーダウンしているメンバーに舐められているのかと憤る。
確かに、笠松が言ったように誠凛有利であってもこれはやり過ぎだと。あくまでベストメンバーでの話であると。
「(黒子っちも7番もいない!?)」
やっと叶った試合に黒子が出てこない。困惑と共に苛立ちも生まれてくる。
「バカヤロー!一々動揺してんじゃねーよ!!」
試合前から浮き足立ってしまった海常メンバーを笠松が一喝。
まさか、こうも簡単に揺さぶられてしまうとは。
「こっちの油断誘ってんだよ!集中しろ!!」
笠松とて誠凛に良い気持ちを抱かないが、誠凛が何かしらの思惑に乗っ取っている事だけは分かる。
「(昨日の延長戦の後、何かあったか?これをチャンスと捕らえるしかねぇが...黒子を温存する理由は何だ?)」
頭をフル回転させて、誠凛の狙いを見定めていくが、そう簡単に分かれば苦労しない。
第1クォーターで様子を見るべきか、開き直って攻めるべきか、この躊躇いが狙いかもしれないと分かっていても考えるのを止められない。
試合前から誠凛が駆け引きをぶっ込んできている。
「(いや、引いてどうする!)初っ端から行くぞ!!」
笠松は強気な決断を全体に言い渡す。
それに納得したのか、海常メンバーが首を頷いて、賛成の意を示していく。
センターサークルには小堀と英雄が並び立っている。
「昨日の試合、見たよ。」
「ん?」
珍しく小堀が開始直前に相手メンバーに話しかけていた。
「陽泉のインサイドで競り合う君を見て、正直負けたくないと思ったよ。そちらの思惑が何なのかは分からないが、こうやって対決出来る事を喜ぶべきかな。」
「ゴール下ってキツイ場所なだけに、ありますよね?浪漫。」
「...良く分からないが、やる気マンマンみたいだな。」
ジャンプボールの為、膝を低く構えて待つ。
溜めた力を、審判がボールを真上に投げた瞬間に解放。
ブザーと鳴り響くと共にたった1つのボール目がけて、手を伸ばす。
「(ジャンプボールの経験は無いようだな。)黄瀬!」
ジャンプボールを制した小堀が、黄瀬に向けてボールを弾いた。
早々に先制をと前を向くが、既に火神がマークについている。
「黒子っちいなくて大丈夫っスか!」
「本気でそう思ってんなら、お前こそ大丈夫かよ!」
鋭いドリブル突破。
しかし、火神はそれに付いていく。
ここまで来るのに、青峰や紫原と戦ってきた。
つまり、青峰のスピード・紫原のパワー以上か、同等のものでなければ、火神のDFは振りぬけない。
「(あの試合でまた成長してる!)でも!!」
黄瀬は更に前進し、己もまた成長しているのだと誇示する。
キレあるジャンプショット。
火神のブロックをかわして先制。
「先制はいただきっス!」
「ヤロー...。」
黄瀬も今まで歩んだ道が平坦だった訳ではない。青峰に敗北し、灰崎に追い込まれ、それでも何とかしようともがいてきた。
敏捷性では青峰に敵わないかもしれない。パワーでは紫原に敵わないかもしれない。それでも黄瀬が天才であることは疑いようの無い事。
もう経験値の少ないモノマネ少年ではないのだ。
海常に先制を許したが、すぐに取り返そうと切り替える。
ボールを運ぶのは伊月。英雄は、先行してゴール下へ向かう。
海常はハーフコートのマンツーマンDF。伊月に笠松、日向に森山、土田に早川、英雄に小堀、火神に黄瀬がマッチアップ。
「センパイ!くれっ!」
やられたらやり返す。火神は自分のところからの失点をそのままにせず、黄瀬に1ON1を仕掛ける。
黄瀬も最初から全開。
この試合最初のプレーを決めて上手く乗って行きたい火神。
それを後押しするように、英雄が1度ゴール下に到達後にフリースローライン付近へと移動。
空いたスペースに土田がポストアップし、海常DFを揺さぶる。
マークを外す事は出来なかったが、火神の進行方向に大きなスペースが生まれる。
「へい!火神!!」
パスを貰いに来た英雄。ポジション的にはCだが、余裕でアウトサイドシュートを打ってくる。対応できるのは小堀だけ、マークを外さずに追いかける。
しかし、それでも黄瀬は一瞬英雄に意識を向けてしまい、火神に絶好のドライブチャンスが訪れた。
「っしま!?」
黄瀬の右を貫きかけて、黄瀬が追いついた直後に全速のロールターン。
火神と黄瀬が初めて出会った時の思い出の技。そのキレ具合は以前を遥かに超えている。
「っから!余計な事すんなっつってんだろ!!」
「素直にお礼言えよ。」
火神は文句を言いながらワンハンドダンクを決めた。
プレーがかみ合っているのに、いがみあう2人。DFに戻りながら、火神が再度釘をさしている。
「...この。」
「すまん黄瀬。アイツは俺に任せてくれ。」
黄瀬が英雄に反応してしまったのは、少なからずマッチアップの小堀に心配があるからだろう。
任せても大丈夫という考えがあれば、もう少し気を取られる事も少なくなるはず。
小堀はゴール下からいなくなる英雄の動きを捉えるまで時間が掛かりそうだが、黄瀬に火神へ専念するよう改めて言う。
「っス!お願いしますよ。」
選択肢が限られた中ではあるが、海常が勝つには小堀が英雄を抑える事が必須。
小堀に任せて己の仕事に専念する黄瀬。
「何やってんだ!行くぞ!!」
攻める気マンマンの笠松が、OFに遅れていた2人に叱咤。
前にはマッチアップの伊月が待ち構えており、笠松もPGとして試合の主導権を握ろうと隙を窺っている。
「(全国区の笠松。俺が止めないと!)
「(伊月か....良いDFだ。)だが。」
青峰のお株を奪うチェンジ・オブ・ペースからのドライブ。
伊月の読みをスピードで上回り、ペイントエリアへ突入する。
「(読めてたのに...こんなに速いのか!?)」
マンツーマンDFをしている誠凛はインサイドに人数を割いていない。ここを抜かれると大きなチャンスになる。
「テツ君!今!!」
「何!?」
ゴール下で小堀と競り合っていた英雄が、オーバーリアクションと共に大きく指示している。
序盤で、慎重に試合を進めようとした笠松を逆手に取った。
「(って、馬鹿か俺は!黒子はベンチじゃねぇか!!)っは!?」
見えない選手の黒子を一瞬警戒してしまい、スピードを緩めた瞬間に土田の手がボールを弾いた。
ターンオーバーで誠凛にボールが回る。
「っしゃぁ!速攻!!」
伊月を抜いた場面では、DFの戻りが遅れる。最前線にいるのは伊月。
土田からロングパスを貰って、駆け抜ける。
「っくそ!戻れ!!」
急いで戻るが、伊月の速攻を止められずレイアップで失点を許した。
「ナイッシュ!俊さん!!つっちーさんもナイスっすよ!」
「いや、助かったよ。英雄も土田も。」
「いいさ。チーム一丸、だろ?」
得点を決めた伊月に駆け寄る。
伊月が抜かれてピンチの場面が一転してチャンスに変わったこの攻防は、観客を沸かせる。
試合開始から良い集中が出来ている土田のスティールからの得点。ここまであまり出場機会に恵まれなかった土田を乗せるには充分なプレーだった。
「ここからでは良く分からなかったが、一瞬海常の4番がスピードを緩めた?」
客席から見ていた氷室が、今の攻防で何が行われたかが良く分からず、凝視していた。
「さぁね~。でも、多分アイツが何かやったんじゃない?」
紫原は、英雄を睨みつけている笠松を見て、何と無く察する。
昨日の試合でも、何度もムカつかされた記憶が蘇り、小さく舌打ちまで出てしまう。
「あの...ペテン師野郎が!」
まるで黒子がコート内にいる様な振る舞いで、強制的に笠松を警戒させて、シュートへの意識を外させた。
火神と黄瀬の1対1の時もそうだったが、あのトークがうっとうしくて仕方が無い。
こちらにとって嫌な事を軽く出来てしまうその様は、桐皇の今吉を髣髴させる。
陽泉の岡村のガッツだけではなく、今吉からも学び取っていたとは、と評価を改める。
「黒子っちのミスディレクションにあんな使い方があったとは...相変わらずこっちの予想斜め上を行ってくれるっスねぇ。」
黒子は試合に出ていても、その性質上目視しにくい選手である。
海常としては、黒子がスターターだと想定しているはずであり、黒子がいないという認識に至りきっていなかった。
序盤だからこそ使える手を直ぐに使って、揺さぶってくるそのやり方には、正直感心してしまう黄瀬だった。
「素直に感心してんじゃねぇよ!!」
直ぐに笠松から横腹に1発貰って表情を歪める羽目になる。
「ひでーっス...。」
「所詮は奇策...つーよりもただの思い付きだ。次はねぇ!」
いきなりかまされて黙っているほど、笠松はクールな選手ではない。すぐにやり返して、正面から打ち倒そうと闘志を燃やす。
点差が僅かでも先行されてしまった海常は、同様に笠松のペネトレイトからのチャンスメイクを行う。
先程は、英雄の立ち回りで未然に防げたものの、本来ならば伊月がどうにかしなければならない。
「(うわぁ、怒ってるよ...)」
伊月が何かをした訳じゃないが、矛先は伊月に向かっている。
確かに、あんな事をされた側としては黙っていられないだろうが、釈然としない。
「(でも、抜きに来るってのは間違いなさそうだ。タイミングは確認したし、今度こそ!)」
試合開始前のミーティングで、このマッチアップなら笠松中心のOFになるという事はリコから聞いている。
だからこそ、準備してきた事をここでやる。
「っし!」
再び笠松のドライブ。伊月にはとめられないと言う自信が見て取れる。
先程上手く行かなかったプレーをもう1度行うという事は、抜いて当然の様に思われているのだろう。
その自信どおり、笠松は伊月の裏のスペースに抜け出して、チャンスを狙った。
「(ここだ!)」
笠松がドライブ直後で無防備になっているのを狙った、背後からのバックチップ。
伊月は笠松に抜かれた後、1度も振り向かずにボールを捕らえていた。
振り向いて、という順序を省いて瞬間的に動けるので、肉体的に優れていない伊月でも、笠松からボールを奪う事が出来る。
とは言う物の、いくら『鷲の目』があって視野が広くても、早々出来る事ではないのだ。
実践で成功させた伊月にどれだけ膨大な練習量が裏打ちされていたのかは、チームメイトだけが知っている。
「今だ!速攻!!」
ルーズボールを英雄が拾って、日向にパスを出す。
序盤でも連続の失点は、士気に影響を及ぼす為、海常も必死で戻る。
「通すか!」
日向を森山が足止めし、味方の戻りを待つ。その間に黄瀬と笠松が戻り、速攻だけは阻止しようとマークに食らいつく。
「順平さん!」
そこに英雄が追いついて、セカンドブレイクに移行。
小堀を振り切っており、ミドルレンジで受けたジャンプシュートは、火神ほどでなくても高い。
「させねぇっス!!」
森山は日向のマークで動けなく、笠松では届かない。黄瀬が高いブロックでボールに手を伸ばしていく。
「よっと。」
英雄は、その裏にパスを出し、火神が絶好のチャンスとなった。
ゴール下に抜け出した火神のワンハンドダンクが決まり、ペースを奪える追加点を得た。
「(先行の火神と後詰めの補照か...)くそが!」
誠凛がこのスターターでの基本方針は、恐らくこれである。
陽泉との試合で見せた火神のワンマン速攻。これを止めるには難があり、対応できるのは黄瀬だけ。
そこにタイミングをずらした英雄がアウトナンバーでやってくるのだ。フリーなどいくらでも作り出せる。
「(そして、速攻の為のターンオーバーを作るのは、伊月って訳か。)」
これ程の隠し玉があったとは、思いもしなかった。
思いついても普通やらないだろう。普通でないプレーを実行する伊月の評価を上方修正させられ、舐めてた自分を正していく。
「悪い、認めるぜ。伊月。」
「ま、後輩にポジション奪われたままってのが悔しくてね。...っは!『ムキムキだぜ。後輩の後背筋』」
「背骨折るぞ、伊月。」
真剣勝負の途中に何を言っているのか、笠松には分からず、ポカンとしてしまう。
「俊さん成長しましたね。...前フリが付くようになってるし。」
「どこを褒めてんだ!どこを!」
伊月の代わりに、英雄のケツが蹴られている。
「何やってんだ...お前等。」
傍から見ていると、日向のツッコミがこれを助長させているようにしか見えない。
やや呆れ口調で、台無し感を訴える。
笠松は、改めて誠凛の強さを実感した。序盤から4点とリードを許し、誠凛が調子付き始めている。
1度大きく深呼吸を行って、熱くなった頭をクールダウン。
内心では、誠凛のスターターメンバーを笠松ですら舐めていた。分かっていながら、陽泉と同じ様にちょろまかされてしまった。
落ち着いて、まず1本取る事に全力を注ぐ。
「森山!」
「おう!」
「させっか!」
冷静に立ち戻った上で、強気に攻める。
外でチャンスを窺っていた森山にパス。狙いは3P。
日向も当然ブロックを試みるが、その独特なフォームから繰り出されるシュートは、タイミングも通常と違い、触れられない。
「(相変わらずきったねぇフォーム!でも、入るんだよ!)」
ボールは回転しておらず、ループも独特なのだが、それでも得点となる。
海常高校 5-6 誠凛高校
いきなり1点差まで縮め、あっという間に追いついてくる。
流石と言うべきか、海常とて練習試合から今までの間で何もしていない訳ではない。
寧ろ、IHで全国出場を果たし、誠凛よりも多くの強豪たちと戦い、激戦の果てに敗北も経験してきた。
この位のことをピンチなどと言わない。
「さぁ守っぞ!」
外せない場面で強気に攻め抜き、シューター森山もいきなり決めて流れを奪いに掛かる。
開始直後、少々もたついてしまったが、これが海常だと言わんばかりの力技。
「ここで3Pかよ。IHの桐皇の時もそうだったけど、ガンガンくるな。」
「でも、1点リードしてるのはウチっすよ。DFきっちりやってりゃ、問題ねぇんす。」
ベストメンバーではない誠凛にとって、この1点はかなり大きい。リコの作戦上、最低でも点差を抑えておきたいところだった。
それでも、いけるなら行って良いとも言われている。
「よし!頼むぞ火神!」
「任せろ!...です。」
今のところ、笠松のドライブからのOFは絶対ではなくなった。他にパスを散らせてくるだろう。
どちらにせよ、伊月と火神が前半のDFでメインとなるのは間違いない。
日向の激励に火神は強く答えた。
「つっちーさんもたのんますよ?彼女来てるんでしょ?」
「ああ!やってみるさ。」
そして、中でも土田の気合の入り様も中々であった。
土田の特技、それはもちろん
「リバウンドー!!」
火神のシュートに黄瀬が跳び付き精度を低下させて、ボールがリングに弾かれた。
中の小堀・早川、英雄・土田のリバウンド争いが開始され、一斉に手を伸ばす。
「ぬぅがー!」
奪ったのは、海常・早川。
土田の気合も空しく、ポジション取りの時点で負けていた。
「戻れ!」
日向・伊月・火神が戻って行き、笠松・森山・黄瀬が速攻に走る。
海常の速攻も速く、英雄らとの距離が開いてしまっている。
「森山!」
ここは黄瀬で来ると呼んでいた誠凛は裏をかかれて、森山のカットインへの反応が遅れる。
伊月が手を伸ばしながら、パスを塞ごうと必死で迫る。
「(これは...)パスじゃない!?」
「2度もやられて黙ってられるか!」
伊月が手を伸ばしたコースはフェイク。パスフェイクで伊月の体勢を崩し、笠松はここでも強気に3Pを放った。
守りたかったリードもあっさり無くなり、海常の逆転となる。
「俺がOFの起点になりますよ。鉄平さんとテツ君の役割だけど、何とかパス捌きますから」
海常DFは外への意識が高い。日向はもちろん、火神へのチェックも厳しいところ。
はっきり言って、インサイドでなんとか出来ないと前半海常に主導権を奪われっぱなしになる。
「(やっぱり...すごいな。海常の10番。)」
1度目の競り合いに負けた土田は、全国トップクラスのリバウンダー早川に対しての感想が止まらない。
「(スクリーンアウトもそうだけど、フィジカルや動き出しの速さもだ)」
同じ役割の選手として、尊敬すらしてしまう。
身長で既に負けており、ここでリバウンドを取るにはと頭を巡らせる。
「土田、堅いぞ。そんなんで大丈夫かよ。」
「やるさ。俺だって、誠凛だ。」
「...『だって』とか言うんじゃねぇ。」
土田の返答に不満な顔をしてしまう日向は後に言葉を続ける。
「お前だから、みんなが任せたんだ。分かったら、しっかりやって来い!」
一端のキャプテンから、全国のキャプテンに成長していく日向の叱咤は、不思議と悪い気がしなかった。
1年の問題児をまとめ、強豪相手にも食らいつき、勝ち上がってきた。実績は確かにあるのだ。
「(なるほど、最初の頃は良く分からなかったけど。みんなが日向をキャプテンにした理由も分かる気がするよ)」
誠凛高校にバスケット部が設立され、日向がキャプテンになった後から入部した土田。小金井からその辺りの事は聞いていた。
「順平さーん、かっこいい~。」
問題児に関してはまとめきれていないかもしれない。
英雄が「うるせぇダぁほ」と言われている。
そういえば、ひょっこり現れた英雄もいつの間にか馴染んでいたなぁと思い出す。
未だ誠凛に進学していない頃も、高校から始めた土田に対してリバウンドの教えを請うていた。
あれは不思議な気分だった。急に教える側に立たされて、根掘り葉掘り聞かれて、教えている内容が正しいか不安にもなった。
「(そうだ。あっちに凄い選手がいるなら、学べば良い。俺だって仮にもリバウンダーなんだ。カントクの言ってた事が本当かどうかはやっていみれば分かる!)」
土田は、その薄い瞼の中で早川を見定め始めた。