黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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好調早川

「点差は気にするな!1つずついくぞ!」

 

日向は声を張ってチームを牽引しようとする。TOとメンバーチェンジの為にOFを1度放棄したのだから、点差が広がる事自体は仕方のない事。

海常の作戦や、今のメンバーを鑑みても一気に同点なんて、実質不可能である。

そうする為には、流れや勢いも必要であり、ゲームを作っていく事が最優先である。

 

「(森山の3Pは余計だったな。それじゃ、こっちも)」

 

伊月は、先ほど早川のリバウンドから3Pという得点の流れを思い出し、今のムードを変えうる景気づけが必要と判断した。

誠凛OFは、中に3人、外に2人となっている。英雄がハイポストに入り、水戸部と土田が更に中でポストアップ。トランジションゲームに持ち込みたいが、海常が乗ってくるとも思えず、セットOFに付き合うしかない。

対して、海常は通常のマンツーマンDF。水戸部に中村がマークし、他は変更なし。

 

「スクリーンだ!ヘルプ!!」

 

伊月の送ったアイコンタクトに反応し、水戸部が小堀にスクリーンを掛けた。マークにズレが発生し、隙を突いて1人がスルスルっと外へと抜け出す。

 

「(小堀にスクリーン?)まさかっ!」

 

日向の逆サイドに走りこんだ英雄が伊月のパスを受けて、シュートへ移行。

 

「3Pだと!?」

 

「俊さんナーイス」

 

中村がマークチェンジを行い詰め寄ったが、10cmのミスマッチにより届かない。シュートは決まり、森山の3Pを丸々返した。

 

「(くそ...忘れてた。あいつはセンターなんかじゃないんだ)」

 

高さにおいて英雄と同等なのは小堀だけである。プレッシャーを掛けて外させる手法であれば、早川でも対応可能だ。しかし、スクリーンを多用されると小堀以外のブロックでは脅威になり得ない。

正C木吉の役割を担っていて、ゴール下のポジションの経験もあるが、Cではない。

 

「よくやった!これで、この後のOFもやり易くなる」

 

「ああ。小堀はゴール下に戻られなくなるし、このパターンのケアで日向もマークを外しやすくなる」

 

「いやいや、テツ君と鉄平さんの穴埋めるのは大変だ」

 

DFに戻る英雄は日向と伊月から褒められていた。

それもそのはず、英雄のハイポストは前後左右のどこにでも行動可能なのだから。

パスを受けてターンでゴール下に入ったり、その流れでDFの裏にパスを出したり、その場でシュートを打ったり、スクリーンで抜け出しアウトサイドシュートに転じたり出来る。

英雄自身もスクリーンで伊月や日向を援護したりもするのだから、DF側からしてみれば最も面倒臭い存在と言えよう。

 

「っち。やっぱり、アイツが要注意か」

 

笠松は作戦通りにゆっくりとボールを運びながら、厄介さに舌打ちをしていた。

 

「15番が外に抜けても2人中に残るからな。意識しすぎるとインサイドを崩されるか」

 

小堀も今後の展開を予測し、DFのし辛さを痛感する。

今行われた様に、英雄のシュートをブロックできる人間は小堀と早川くらいのもの。だが、小堀にスクリーンを仕掛けてズレを起こされては更に難しくなっていく。

小堀がファイトオーバーで対応するしかないが、その後のゴール下が問題なのだ。

小堀が抜けた場合、残るのは早川・中村と土田・水戸部になる。早川のリバウンド能力が抜きん出ているとしても、中村と水戸部のミスマッチが不安要素として現れるのだ。

 

「任せてください!おぇがィバウンドとぃますかぁ!!」

 

「お..ぉお。つか近いぞ」

 

食い気味の早川が小堀に迫り、自身の決意を示す。

 

「まぁ、それしかねぇんだがな。リバウンドが取れなきゃ、3Pの回数も減らせるだろ。頼むぜ早川」

 

「おぉっす!」

 

小堀に英雄のマークを専念させる為にもDFの肝に早川をすえなければならない。

事実上、ゴール下を早川に任せて中村はそのサポート。負担は大きいが、早川は充分な気合を見せる。

 

「まずはOFだ。成功させ続ければ直ぐ追いつかれることはない」

 

逆に冷静な森山は、決して不安要素だけではないと勝機を認識していた。

 

 

 

「DF!」

 

意識をDFに切り替える為に日向の声が大きく響く。

誠凛は1-3-1ではなくマンツーマンを継続した。

 

「(1-3-1やトライアングル・ツーの可能性もあると思ってたけど、早々下手打ってはこねぇな。やるのは2回目、当然あっちも研究してきてるって事か)」

 

ボールを運んでも変わらずドリブルを続けて時間を多く使うディレイドOF。その合間に笠松は誠凛DFのウィークポイントを探しながら、的確な対応に思考を向けていた。

海常というチーム、その抑えるべきポイントを間違えず見定めている事に。

 

 

 

「ゾーンDFじゃなくてもいいんですか?」

 

「確かに。こういう時はいつも効果的だったじゃないですか」

 

誠凛ベンチ内でも、降旗と福田が疑問の声を上げており、リコに回答を求めた。

 

「とりあえず、その『いつも』ってところから違うからな。相手は海常だぞ」

 

木吉が変わりに答えた。

2人の言う様に、キセキの世代がいるチームはともかく、普通のチーム相手であれば主力メンバーでなくとも結果を出した。しかし、そう単純な話ではない。

 

「いや、でも。強いのは分かってるんですけど、何て言うか。そこまで驚異的じゃないって言うか」

 

降旗は続けて質問をする。攻守交替を数度繰り返し、感じた事をそのまま言葉にした。

例えば、とにかく1対1に強い桐皇、重厚なインサイドの陽泉、本戦で戦ったチームにはキセキの世代を抜きにしても相手チームを圧倒する武器をもっている。

では、海常はというと、はっきりとした武器が無いように思えるのだ。

 

「それは違うわ」

 

そこにリコが否定の一言。

 

「それが海常の武器なのよ。抜群な長所はないけど、短所も無い。これはこの上なく脅威よ。何故なら、オールマイティさってのは全てにおいて有効なんだから」

 

1対1やインサイドに重きを置かず、バスケットボールをそつなくこなしていく。相手に付け入る隙を与えずどんな状況にも対応してくる事こそ海常の武器。

桐皇や陽泉はそれが出来ないから、特化型になったとも言える。海常は正にバスケットの王道。

 

「マンツーを継続するしかない理由もそう。海常にアウトサイドゲームに持ち込まれれば、点差を詰めるどころか引き離される」

 

アウトサイドゲーム、つまり外を起点としたOFの展開。具体的に言えば、笠松と森山を主体にして点をとるパターン。

中村がスクリーンで援護し、小堀と早川がリバウンドを抑えるという役割でプレーすれば、今の誠凛から得点する事は難しくない。

 

「あっちも日向君にしてる様に、3Pだけはなんとしても阻止しなくちゃ。乗せたら本格的にマズくなる」

 

緑間を例外として、シューターという人種はツボにはまると手が付けられなくなる。笠松はともかく森山にも同じ事が言えるだろう。

 

「でもね。1-3-1が使えない1番の理由は、言うまでも無く早川君の存在よ」

 

黄瀬不在の海常の得点源は笠松となり、1対1ならともかくスクリーンなどを含まれれば、伊月の『鷲の鉤爪』でも止める事は難しい。本当はゾーンDFを組んで全体で対応したいのだが、早川の存在がそれをさせない。

1-3-1は満遍なくシュートチェックが出来る半面、リバウンドに欠ける側面を持っている。ゴール下で1人では、OFリバウンドに特別強い早川の独壇場になってしまう。

下手なゾーンDFよりもマンツーマンDFでヘルプやカバーリングを意識したほうが効果的というリコの判断の元である。

 

「英雄を1番後ろにすればある程度対応出来そうだけど、そうなったら小堀君のミスマッチを使われる。外と中、両方の動きを制限できるのはマンツーしかないの」

 

「な...なるほど」

 

「(だから頼むわよ。伊月君、土田君...)」

 

この先の展開を予測した上での的確な判断で降旗らを納得させ、再びコートに目を向ける。2回目の試合だけあって、他チームよりも予測が容易かったが、巻き返しが困難を極めている。

監督の役割で、これ以上の事は出来ない。後は信じて見守るだけ。

 

 

 

ショットクロックが一桁になり、海常が動き出した。

中村が日向にスクリーンを仕掛けて、誠凛DFを揺さぶる。マークを抜け出した森山が笠松からのパスを受けた。

 

「...!」

 

「(コイツ...!さっきも思ったけど、絶妙なタイミングで)笠松っ!」

 

マークのスイッチを滑らかに行った水戸部が前を塞ぎ、シュートチャンスを潰された森山は内心舌打ちをして笠松のカットインにパスを合わせる。

 

「ナイス!森山!!」

 

ゴール正面のスペース付近を上手く使い、絶好のチャンスが到来する。そのまま突っ込み、ヘルプが来ればパスでかわす。

そこに伊月が狙い打つ。

 

「(速っ!?ドライブと状況が違い過ぎる!けど!!)」

 

しかしドライブと違い、ボールを受けた時には既に加速が終わっており、タイミングが捕らえづらい。ただ失点するのではなく、闇雲でも咄嗟に手を伸ばす。

 

『ファウル!白5番!』

 

伊月の手は笠松の手を弾き、審判にファウルを宣告された。だが、失点シーンを潰せたのも事実。

 

「っくそ!運の良い奴だ」

 

どう考えても偶然による代物であり、実力とは関係の無い結果に中村が苦言を零していた。

 

「(運?いやどうかな。今叩いた手はボールを持っていた方の手だ。一応このパターンも頭に入ってたって可能性もある、か。後、結構いてーのな)」

 

どちらにしてもOFを継続できる為、海常としては問題ない。だが、焦った行動ではなく、冷静な判断の元の行動だとすれば、またどこかで『鷲の鉤爪』の餌食になる恐れがある。

赤くなった手を見ながら、笠松はそんな風に考えていた。

 

「スローインか...折角だ、ミスマッチでも狙うか」

 

海常のスローインで再開。

笠松が自ら行い、早川目がけてロングパスを出した。

 

「(しまった!)」

 

「よぁあ!」

 

笠松が狙った土田へのミスマッチ。ボールを持ったままポストアップした早川は、高さを活かしてショートレンジから確実にシュートを決める。

 

「OFも期待できそうだな」

 

ゲームが進むに連れて薄々感づいてはいた誠凛の決定的なウィークポイント。リバウンドでは圧勝出来ると読んでいた早川だが、これならば得点源としても期待できそうだ。

 

「本当にカントクの言う通りになってきたな。依然、流れがこっちに来ない」

 

「みんな、済まない」

 

伊月は冷静に現状を口にするが、土田を間接的に攻める形になってしまった。

 

「いや、そんなつもりじゃ」

 

「伊月、変に気を使うな。土田は全力でやってんだろ?だったらいいさ。プレッシャーかけ続けていればいつか落とすかもしれないしな。後半にきっちり繋がるようにしていけば、何とかなる」

 

DFは本来地味な作業で、分かりやすく結果に出難いものである。日向自身も森山の変則3Pに対してタイミングを読みきれておらず、ブロック出来る様になるまでもう少し時間が掛かるだろう。

そして実際に陽泉戦で、第3クォーター10分で点差を大きく詰め寄った実績もある。まだまだ焦る時間帯ではないのだ。

微弱でも、激戦の最中で手に入れつつある日向のキャプテンシーは、笠松に及ばなくとも確実に誠凛の力になっている。

 

「(全力か...それでも歯が立たない)」

 

日向らは直ぐに切り替え、OFに向かった。その背後では、土田が何をするべきかを考えていた。

今のままでは、ただの頭数になってしまう。自分の力量の低さを自覚してはいるが、それでもと考えてしまう。

 

「なぁ英雄」

 

同じくOFに向かっている英雄に声を掛ける。

 

「彼を止めるにはどうすればいいと思う?」

 

「へぇ?」

 

「え」

 

思考が完全にどこか違う方向に向かっていた英雄。変な声で返答し、今の質問を全く聞いていない事を全身でアピールしている。

 

「あぁ!あれっすよね!早川さんって悪戯したら、良いリアクションしそうって話ですよね!」

 

「うん。全然違う」

 

やはり聞いていなかったようだ。土田は諦め、OFへと向かった。

 

「(全くこっちは必死だって言うのに、とんだ後輩だな)」

 

ローにポストアップしながら、どこか迷走している英雄に対してしょうもない感想が止まらなかった。

 

「後、俺だったらリバウンドの前か後に仕掛けを打ちますかね。まともにやって駄目なら工夫が必要かと」

 

聞いていたのか聞いていなかったのか一体どっちか。具体的な答えでは無かったが、正に土田がぶつかっている壁についての助言である。

 

「工夫...」

 

当たり前のことであるが、リバウンドを生業とするプレーヤーにとって高さとパワーは必要不可欠である。どちらかが相手に負けている場合、工夫が必要となる。

早川もまた、背丈で負けてしまう事も少ない無いが、余りある要素で補っている。

 

「(多分、火神の『野性』に似た天性の勘があるんだろうな。確かに、まともにやっても勝てないか)」

 

パワーはともかくとして、高さ・プレースピード・経験値と大体にして上回れている。

誠凛OFでボールを早く回している中、土田は考えていた。プレーに集中出来ていないと言われればそれまでだが、早川を止めようと必死になっている。

 

「(今後、さっきみたいに俺を攻めてくる事も増えてくるんだろう...どうすれば)」

 

伊月から日向を中継し、水戸部のフックシュートで追加点を奪った。

 

「土田!集中しろ!」

 

「ああ、済まない」

 

ぼんやりとしていた土田に日向が叱咤したのだが、土田の表情は決して明るくなく、眉間の皺が多くなっている。

第2クォーターも半ば、後半を楽にする為に点差を少しでも縮めておかなくてはならない。

 

「考えている事も分かるけど、まずはDFだ。シュート決められたらリバウンドも糞もねぇ」

 

日向自身もマッチアップの森山に対して完璧なDFが出来ているとは言い難い。DFをマンツーマンDFにしている以上、まずは1対1に集中するべき。

 

「けど、スクリーン多様されたら止めるのは困難だぞ?起点の笠松を正直止めきれない」

 

「分かってる。ともかく楽にシュート打たせるな。カントクも言ってたがディレイドOFする以上、海常は常にリスクを冒してるんだ。しっかり対応しておけばミスも出る」

 

リコは少し前のTOで指示した対応方は、焦らず地道なDFと言うものであった。

ディレイドOFは使いようによって抜群の効果を発揮できるが、デメリットも存在する。ショットクロックが10になるまで時間を掛け、たった10秒でOFを完結しなければならない。

先日の誠凛の場合はOFを成功させなくてもよかった。しかし、海常は成功率を高く保たなくてはならないのだ。体力以上に精神力が大きく影響する。

 

「この点差だ。いっそ開き直って出来る事をやって行くしかないか」

 

二桁の点差を一気に詰め寄る手立ては無い。試合展開がこうも遅いと尚更である。伊月は今のところ冷静さを保てており、笠松のマークへと向かう。

 

 

 

 

「(とは言っても、そこまでみんなが頑張ってもリバウンドを奪われ続ければ意味が無い)」

 

海常のOF展開が始まり、それぞれがポジションを取っている。誠凛DFもマークに付き備えていた。しかし、ショットクロックが13の時点で笠松から早川にパスが通る。

 

「なっ...!?(ディレイドのはずじゃぁ)」

 

これまで淡々と続けられたパターンに慣れが出てしまい、虚を突かれた。3秒のギャップにDFの対応が遅れる。

ポストアップした早川に土田がマークするが、ローポストからのターンは土田のDFをものともしない。

 

「おぃやぁー!」

 

「っぐ...!」

 

咄嗟に出した右手が早川の右手を弾く。

 

『ファウル!DF白9番!バスケットカウントツースロー!!』

 

シュート自体は防げたものの、海常の見事なゲームメイクにまたしても後手に回ってしまう。

 

「まだまだだぜ、伊月」

 

土田のファウルを誘ったのは笠松のパス。間もなく10秒を切る直前、意識的にDFが緩む瞬間を狙われた。ディレイドOFを誠凛よりも効果的に使用し、流れを決して渡さない。

笠松に横目で流し目をされた伊月は、PGとして1歩先を行かれてしまった現状に険しくなる。

 

「やるなぁ」

 

海常に対して突破口を見出せず厳しい時間帯が続く中、英雄だけは素直な感想を言いながら流れに身を任せていた。

 

 

 

早川のフリースロー。両チーム共リバウンドポジションを取る。

 

「(くそ...やっぱり俺か。俺が流れを途切れさせてるのか)」

 

木吉や火神を温存させてまで出場しているのにも関わらず、何も貢献出来ていない。今のファウル自体に土田の責任は無いが、どうしても誠凛が勢いに乗れない理由として考えてしまう。

思案に耽っていると早川のシュートが放たれた。

1本目は成否に関わらずリバウンドの必要が無いが、集中しようとボールを目で追いかけた。

リングに弾かれ、1本目は失敗。

 

「っぐっぬ~!」

 

「気にすんな!こういう事もある!切り替えろ!」

 

ゴール正面にいきり立つ早川に笠松が切り替えを諭している。

 

「(もしかして...フリースローが苦手なのか?)」

 

もし土田の考えが正しいのであれば、ここに突破口がある。ファウルゲームに持ち込んで海常の得点を阻害できる。

だが、その考えを否定するように2本目のフリースローが決まった。

 

「ようし!良い切り替えだ!」

 

「おおっし!どんどんいきますよ!」

 

1本目のミスを引き摺らず、2本目を成功させた事に森山が褒める。点差は充分にあって、元々ある程度は点差を返されると想定していたのだから焦る理由が無い。

 

「OF!ここ決めて、1点縮めるぞ!」

 

しかし、誠凛にとっても点差を縮めるチャンス。一気に点差をなくす術はない以上、小さく積み上げていくしかない。日向が取りこぼさないように、自らを含めて全体へと言い聞かす。

 

「(流石に、都合良過ぎたかな。シュート上手くても火神みたいに外す事もあるか)」

 

あまりの力量差に都合の良い解釈をしてしまい、突破口でもなんでもなかった事に少しショックを感じていた。

 

「(ちょっと待て...いや、どうなんだろう。いやいや、もし今考えた事が合ってれば...)」

 

バスケットを高校から始めた試合経験も薄い土田に、己の考えが正しいかどうかの判断に戸惑う。だがしかし、不確かでも都合の良い考えかもしれなくとも、可能性が浮上した。

 

「(彼を止められるかもしれない...!)英雄!」

 

 

 

 

「カントク。流石にそろそろ時間的に限界じゃあ?海常の10番をどうにかしないと」

 

誠凛ベンチでは未だに良好に向かわない現状に憂い、コートに戻せと火神が発言していた。

 

「駄目よ。まだ土田君は何の手ごたえも掴んで無いもの」

 

しかし、リコは火神の申し出を却下した。

 

「今の中途半端な状態で代えたら今後のモチベーションにも影響する。だから代えないわ」

 

「はぁっ!?何言ってんすか!負けたらそれまでじゃ」

 

始めはチーム一丸となって勝つ為と言っていたが、今回は違う。勝敗とは別の問題で采配を決めている。

勝利の為と納得していた火神は、当然の様に食って掛かる。

 

「確かに火神君の言う通り、まともにやったら土田君が早川君に勝る可能性は限りなく低いわ。けどね、だからこそ意味がある」

 

リバウンダーとして、早川以上のプレーヤーはほとんどいない。ましてや、技術的に不足が目立つ土田が直接的に勝る訳が無い。

それでも意味はある。初心者でさほど器用でもなく、リバウンドを中心に磨いてきた土田にとって成長に繋がる機会がこれ以上にあるだろうか。

 

「でも!」

 

「まぁまぁ、落ち着け火神。リコは勝負の事もちゃんと考えてるさ。今朝のミーティングでも言ってたろ?別に土田が早川に勝てなくてもいいんだ」

 

「そんな悠長な!」

 

誠凛の状況は芳しくない。それでも焦っているのは火神だけであった。余裕の表情ではないが、木吉や小金井は落ち着いて試合を見続けていた。

 

「火神君、みんなを信じましょう。後、ミーティングの内容も自分の役割以外の事もちゃんと聞いておいた方がいいと思います」

 

最終的に黒子にまで諭され、仕方なく黙る火神。洞察眼が良いのか、嫌な場面を良く見てるなぁと皮肉を思いながら押し黙る。

黒子の言う様に、今朝のミーティングでは黄瀬との戦いに思いを寄せ過ぎた為、他のメンバーの役割の説明など聞いていなかった。

 

「早い話、負けなければいいんです」

 

 

 

 

「ナイッシュー日向!」

 

点差を縮める大事なシュートを日向が決めて、2点差を縮める事に成功。

リバウンドに不安がある為、一辺倒に出来ないが、日向自体は調子を上げ始めている。

 

「1本!こことめて一気にいくぞ!」

 

このDFを成功させて勢いに乗れればと、先ほどの様に隙を突かれない為に意識を修正させていく。

一桁に出来れば後半は楽になる。切っ掛けはどんな些細な事でも良いと、日向は逸る心を落ち着かせてマッチアップに望んだ。

 

「(っち、日向め。良い仕事しやがるぜ。んでDFも結構攻めづらくなってやがる)」

 

有利に試合を進めている様に見える海常だが、決して楽なプレーをしている訳ではなかった。

特にインサイド。早川の存在があっても危ない場面もあった。

見事なカバーリングをする水戸部、そして意外にも目立たないが効果的なプレーを続ける英雄。

 

「(ここまで、小堀にほとんど何もさせていない...!)」

 

早川の活躍が目立つという事は、言い換えればそうせざるを得ないという事。プレー自体が派手でない事を鑑みても、明らかに抑えられている。

 

「本来センターでもない君とのマッチアップがこれ程やり辛いとはな」

 

「そちらの早川さんが今日に限ってキレキレだったんで、小堀さんにまで調子を上げられると困るんすよ」

 

事前の想定を超える出来を見せた早川によって、誠凛は厳しい立場に追いやられている。よって英雄は小堀とのマッチアップに専念する必要があった。木吉・黒子の代役もあってか、いつもの様な目立つプレーが出来なかったのだ。

小堀自身、1対1など個人能力を使ったプレーをあまりせず、英雄共々試合展開から埋没している。

 

「(岡村に粘り勝ちした事はやはり事実。この体格は飾りなんかじゃない)」

 

体格が同じ以上まともにやれば、経験と技術の差で小堀が負けるはずがない。だからこそ、英雄は小堀に自分のプレーをさせないように努めていた。

OFではハイポストで小堀をゴール下から遠ざけ、DFでは水戸部との連携でシュートチャンスを徹底して潰した。水戸部を土田にマークさせない理由は恐らくそこにある。

そして、体格だけで言えば世界標準のPGである英雄。PGである以上高い敏捷性を持ち、加えて体格を活かしたポストプレーも高いレベルで出来、試合展開ではフォワードも可能。ある意味黄瀬並のオールラウンダー。

技巧派センターの小堀とほぼ同じ土俵に立っている事になるのだ。

 

「豪快なパワー型のオラオラ系センターもいいけど、小堀さんみたいな汚れ役も厭わない献身的なセンターも好きなんすよね」

 

「それはどうも。けど、臨時コンバートの君に負ける訳にいかないな」

 

ガツガツとお互いの肩肘をぶつけていても、気の抜ける言葉を送る英雄に小堀は小笑いした。

 

「ああ、後。早川さんのフォローとか考えといた方がいいっすよ。ちょっとズルイ事するかもしれないんで」

 

英雄の言葉の真意を探ろうかと思ったが、間もなくショットクロックが10を切る。

中村が日向にスクリーンを掛けて森山のチェックが緩む。タイミングよく笠松からのパスが通りシュートを狙った。しかし、上手くスイッチを行った水戸部のブロックが森山の視界を閉ざし距離間を僅かに狂わせた。

 

「リバウンド!」

 

「おっしゃあ!ィバウンドー!!」

 

OFリバウンドは早川の十八番。誰よりも早く反応し、落下点に走りこむ。しかし、左肩から強い衝撃が襲い掛かってきた。

 

「(ポジションは悪い。けど、こうして上から押さえつけていれば...!)」

 

土田は早川を飛ばせまいと体を寄せ、全力を込めている。

 

「この~!おぇがィバウンドで負けぅか!」

 

正直、土田に早川の言葉が具体的に分からなかったが、何と無く伝わってはきた。

 

「ああ、俺は君に勝てない。それは始めから分かってた」

 

「何?」

 

「(俺に出来る事。リバウンドそのものじゃない、スクリーンアウト。それが全てだ...)頼む!英雄ー!」

 

土田から横に力で押されている為、上に跳ぼうとしても高さもキレも出ない。背後から迫ってくる影が早川を覆い、リングから零れたボールを補給した。

 

「ここまでお膳立てされて!ミスなんか出来ないっすよ!!」




土田というよりも早川の回

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