黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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4番とは

【いい?要点を纏めると、抑えるべきポイントは早川君と森山君の2名】

 

話はインターバル中に戻る。

リコは早川を交代させない前提で話を始めた。

 

【この機会に早川君を徹底的に叩く事。そして、これ以上森山君の調子を上げさせない事】

 

森山の隠れた活躍を見逃していなかったリコの考えは、試合終盤の展開を楽にする為のもの。調子付かせると黄瀬対策どころじゃなくなるのだ。

そして早川をコートから引っ込めさせられれば、結果的に海常のOF力を低下させられる。

 

【で、OFなんだけど。日向君の代わりに英雄を外に置くわ。逆のサイドに火神君、ガンガン切り込んで。インサイドは鉄平と水戸部君にお願いね】

 

チーム内の長身を4人使ったメンバー構成。木吉を中心にインサイドで勝負を挑む。それが第3クォーターにおけるリコからのオーダーであった。

故に、DFをボックスワンに切り替えた海常の判断は素晴らしいと言う他ない。

日向を下げインサイドに重点をおいた作戦の為、外からの展開が乏しくなる。一定以上の成功率を望めるのは英雄のみになり、伊月は勿論火神に対してもあまり警戒しなくても良いのだ。

仮にこの2名に決められたとしても、単発に過ぎない。

 

「よーし!いいぞ森山。その調子でパスを回させるなよ」

 

「分かってる!」

 

森山が英雄に対し、べったりと徹底的にマーク。英雄を抑え、残り4人をゾーンで迎え撃つ。木吉と水戸部がポストアップしているが、中への警戒が高くディナイを受けている。

 

「(けど、中に集中してる分、火神のチェックが甘い)」

 

伊月から火神へのパスが通る。特定のマークがいない為、パスを阻む者がいない。

パスを受けた火神がミドルレンジまで侵入し、ジャンプシュート。ゾーンの前列にいた笠松が反応し手を伸ばしてはいたのだが、打点の高さ故に届かない。

 

「(やっぱ、どうやってもコイツを抑えられない!)」

 

「ナイッシュー火神!」

 

通常のマンツーマン、ダブルチームを経て火神を止められないのは理解した。ボックスワンで火神がフリーを作りやすくなった今、ある程度やられるのは仕方が無い。

 

「(でも)悪くねぇ、機能はしてる。ブロック出来なくてもプレッシャーを与え続ければ可能性はある!」

 

失点したものの確かな手ごたえを感じた。先ず、重要なのは早川のフォローがしやすくなった。

火神を中に入れなければそれで良い。長い休みを取り調子も上がりきっていない火神なら、ほぼフリーで打たせても僅かでだが外す可能性があるのだ。そして2点ずつなら点差を有効に使って、黄瀬復帰まで耐え切れる。

 

「(徐々に攻めづらくなってきたな)」

 

海常は修正を繰り返し行い誠凛OFを捕らえつつある。伊月は海常の狙いに気付いており、やり難さは否めない。

今のOFも火神以外に選択肢が無かった。

 

「これは!?」

 

海常OFは、小堀・早川が両サイドのローポストにポストアップし、森山・中村が両コーナーに張っている。あからさまなアイソレーションが展開された。

 

「悪いな。形振り構ってられねぇんだ、行くぞ!」

 

誠凛も海常同様、3Pを徹底的に潰している。インサイドに安直にパスをしても自らの首を絞めるだけ。残った選択肢は笠松のドライブ。

伊月の新技『鷲の鉤爪』もつい先程見事にかわしており、確率で言えばこれ以上の選択肢は無い。

短く早いドリブルでジリジリと前進し、一瞬だけ間を取った。

 

「(また3P!)」

 

1秒にも満たない静止で、伊月の頭に3Pがチラついた。反応で片手を上げたと同時に笠松がクロスオーバーで抜き去る。

中村に向けてパスフェイクを挟み再びボールを胸元に戻した。シュートモーションに移って、小堀にワンバウンドパスを出す。

 

「(来た!前半、早川が頑張ってたんだ。ここからは俺がっ!)」

 

ワンドリブルで木吉に体を寄せ、タフショットを捻じ込む。

笠松の揺さぶりで木吉のチェックは甘くなっていた。

スピードに乗った笠松を止めるには早めにチェックする必要がある。しかしパスフェイクでヘルプの出足を遅らせ、シュートモーションで意識を引き付ける。ここまでされればブロックされない。

 

「いいぞ笠松、この調子で行こうぜ!」

 

コート内外から笠松へのエールが叫ばれる。

元々はOFをディレイドから本来の形に戻したことで、チーム内の空気を入れ替える事が狙いだった。

 

「(それで良い。海常のエースは黄瀬だ。だがお前がいなければ、海常は始まらない)」

 

海常が勝利する為ならば、今まで通りのディレイドOFで黄瀬に繋ぐ方が効率の良い方法だ。笠松のドライブから始まるOFは、それ以上効果的なのも認めるが、笠松が負う負担の大きさと言う不安要素があったからこそあえて指示を出さなかった。

決断を委ね見届ける事を選んだ武内は、真っ直ぐに笠松を見つめていた。

 

「頑張れ!頑張れみんなっ!」

 

「(いくら黄瀬でも、この4番の背中だけは真似できないだろうな。これだけは自らの力で築き上げなければならないのだから)」

 

ベンチから必死で声を出している黄瀬を横目に、そんな事を思っていた。

 

 

 

海常のプレーは決して悪くない。

だが、トランジションが上がるという事は、必然的に誠凛も活気付くという事。攻守を早く切り替えアーリーOFで攻め込み、落ち着いてDFを構築する時間を与えない。

その為、水戸部のスクリーンを森山が避けられず、英雄をノーマークにしてしまう。

 

「凛さんマジナイス!」

 

伊月からのパスを受け、そのまま3Pを放つ。

 

「中村!今みたいな状況になったら迷わずチェックに行け!3P打たれるくらいなら2Pをくれちまえ!!」

 

海常も直ぐにDFを修正し次に備える。恐らく誠凛OFをとめられる確率は10回に1回あれば良い方。

英雄は外担当の為、チェックさえきっちり行っておけば、いつか外す。だが、火神にボールを集められれば直接的に止める方法が無くなる。

 

 

 

「(そろそろ働いてくれよ)」

 

そして、第3クォーター3分が経過した時、誠凛は満を持して火神にボールを集め始めた。

 

「よっし!」

 

最初の1本を決めて距離間などの調整は完了し、いつものOFが出来る様になった。

途中交代の2名を試合に馴染むまで待つという、伊月の丁寧なゲームメイクを経た火神のミドルシュート。

黄瀬不在の状況ではブロック不可。ゾーンで守っている為、ディナイも不可。

 

「あぁっ!(くそ、火神が決めてるのを外から見るのがマジで腹立つ)」

 

ベンチから前のめりに見ていた黄瀬は既に我慢の限界が来ていた。火神が海常から得点する事も、そこに自分がいない事も、そのせいで海常が苦しんでいる事も、我慢がならなかった。

 

 

 

「っらぁ!」

 

「っな!?」

 

またしてもドライブからのOFで、伊月を抜いた後にそのままシュートに移行した笠松だったが、死角から火神のブロックが襲った。

火神投入によって齎される変化の1つ。得点寸前でやってくる強烈なブロックは、海常側に大きな脅威となる。

 

「速攻ー!」

 

弾き飛ばされたボールを英雄が拾ってカウンター。最前線でパスを受けた伊月はノーマークでレイアップを決めた。

英雄の3P、そして火神のブロックにより、再び点差を一桁に。

 

「っく...(俺としたことが、意識から火神から抜いちまった。集中しろ俺!まだ頭真っ白にする時間じゃねぇだろうが!)」

 

笠松もまた、最も警戒しなければならない火神に気を抜き、真っ直ぐにシュートへと向かってしまった。

攻撃力が先行している誠凛だが、守備力が決して低い訳ではない。ここぞと言う場面では必ず火神がブロックを決めてきたからだ。

これからは火神との位置関係を頭に入れる事が必須となる。

 

「わりぃな、安直なプレーして。もう同じミスはしねぇ、パス回していくから頼むぜ」

 

カウンターを受けた原因を洗い出し、直ぐに修正。

 

「笠松。やっぱりスクリーンくらいは...」

 

小堀が単独のドライブだけでなく、伊月にスクリーンを掛けることを提案した。

 

「駄目だ。掛けるなら森山の方にだ。それにリバウンドが微妙だからな」

 

「......!」

 

しかし、笠松が拒否。狙っていた森山の3Pも英雄の徹底マークによりパスすら出来ていなかった。

何よりも未だに早川復活の兆しすら見えていない状況で、リバウンド勝負など選べない。

首を捻りチラリと目を合わせ、軽く皮肉を言った。

 

「いい加減にしろよ馬鹿野郎。さっき言った事はあくまでもゆくゆくの話だ。少なくとも今の様なプレーしてるんじゃ到底任せられるかよ」

 

そして苦言。

笠松の言葉で早川はインターバルに起きた事を思い返した。頬に残った赤い紅葉を摩りながら。

 

 

 

指示通りに中村が英雄にスクリーンを仕掛けて森山の3Pを狙ったが、ファイトオーバーで対応されシュート精度を大きく下げた。

 

「リバンっ!」

 

小堀と木吉が同時に手を伸ばし、更に上へと弾き跳んだ。

 

「(ポジションは俺の方が有利だったのに)」

 

「(上手いな。ポジション取りでこうも負けるか)」

 

お互いに自分が取れると思って跳んでいたが、互角の競り合いでやり難さを感じていた。

2人から零れたボールがリングよりも上に舞い、再び地に向かう。C2人は着地し、その間から早川が飛び出し手を伸ばした。

 

「(落ちてくぅ場所!ここっ!!他の奴は!いないっ!!)でやぁぁっぁ!」

 

今まで以上に慎重に周囲の状況を確認し、丁寧にリバウンドを取りにいった。

 

「ぉっしゃあ!」

 

すると早川を追い越し、遥か上空でそのボールを奪い取る。

動き出し自体、早川の方が早かった。その上で確実にと意識した早川とほぼ同時に跳んだ火神が早川からリバウンドを奪い取ったのだ。

 

 

 

 

 

「やっぱり凄いな、みんなは」

 

後半3分経過し火神が笠松を止めた事に、より流れを掴んだ誠凛は海常を徐々に追い詰めていった。

スコアラーの役割を果たしながら、早川からリバウンドを正面から奪った事の凄さは、直接やり合った土田には良く分かる。

何が何でもと、ファウルまで冒して相手のミスでリバウンドを取った自分と比べて、どうしても切なくなる。味方の活躍を喜ぶべきところでという思いもあって、複雑な内心が表情に表れていた。

 

「やっぱりな...お前、何か勘違いしてるだろ」

 

すると、横から日向の声が耳に届いた。

 

「え?」

 

「普通、どんなに凄くても40分全力疾走できる奴なんていねぇ。英雄だって、ある程度ペース配分を考えてる」

 

高校生のレベルを遥かに凌駕する火神を含めたキセキの世代達。信じられない超絶プレーを繰り出し、恐怖に陥れてきた。だが同時に目にしてきたはずなのだ。ヘロヘロに疲弊した彼等の姿を。

スタミナに自信を持つ英雄もまた桐皇戦ではボロボロの姿を露呈した。

 

「俺が言うのも難があるが、お前の実力はまだまだだ。まずはそこを受け止めろ、ここは過大も過小もしちゃいけねぇ。それでもデカイ仕事をしたのも事実」

 

下手に言い繕わず、はっきりと土田への評価を口にする日向。

 

「後半を一桁差で迎えられるって事は、途中交代する奴からすれば試合に入りやすかっただろうよ。加えて火神も木吉も充分に休めた。つまり体力的にも精神的にもその負担を大きく変えたんだ。それが、お前の成果だ。それにな...」

 

評価を言い終えた日向は続けてこの先に付いて真剣な面持ちで話し始めた。

 

「アイツが、木吉がいるのは今だけだ。来年になれば嫌でも頑張ってもらわなきゃならなくなる」

 

「......!」

 

これは既に決定事項であり、部内でも周知の事。正に今戦っている状況でいう事ではないが、土田の為にあえて言う。

木吉の膝の怪我は選手生命を奪うほどの重傷であり、これまでの無茶が更に悪化させた。そして木吉に次は無い。

 

「空いたゴール下を誰が支えていくのか...火神や水戸部なんて言うんじゃねぇぞ。お前がやるんだ」

 

言うまでも無く木吉の穴は大きなものである。火神ならば何とかならなくもないが、スコアラーという役割がある以上、別の人間がやらなければならない。

夏の都大会では水戸部や英雄が行ってきた。しかし、多様性に富んだ英雄をインサイドに縛り付けるのは誠凛にとってデメリットになり、水戸部一人に押し付けるのも問題がある。

並みのチームならともかく、名だたる強豪のインサイドと戦うには土田のリバウンドが必要になる。

 

「俺が...」

 

「バスケは1人じゃ出来ないが、5人だけじゃ勝ち上がれない。俺達はチーム一丸でやってきた、そしてこれからも」

 

同じコートの上で必死で足掻く土田を通してこれまでの歩みを思い返した。スポットライトが当らなくても懸命にプレーを続ける仲間の姿。

だから1つ決めたことがある。WC4強にまで勝ち上がった今にして、日向は1つ宣言する。

 

「今後、高校から始めたからなんて言い訳はさせねぇ。駄目なものは駄目だとはっきり言わせて貰うからな、覚悟しとけよ」

 

誠凛のバスケットレベルが急激に向上した為か、無意識に土田が出来なくても仕方ないと思っていた節があった。

どうせ悩むのであればシンプルに分かりやすくした方がいい。それが日向の考えであった。

 

「ふふっ。さっきから聞いてたけど、しっかりキャプテンやってるわね」

 

話が切りよくなった頃、リコが会話に参加した。

 

「茶化さないでくれよ。流石に俺だって色々考えるさ」

 

始めは木吉に言われてなりゆきでなった役職だが、試合を重ね様々なキャプテンの姿を目にしてきた日向。

自分なりにチームをどう引っ張っていけば良いかを考えてきた。

 

「ま、そういう事よ土田君。誠凛が勝つ為には、誰かのじゃなくて全員の頑張りが必要なの。日向君の言葉通り、金輪際容赦しないからそのつもりで。あ小金井君、1日2・3回吐いても良いよね?」

 

「良くないけど!てか急に何!?」

 

一生懸命に応援していた小金井がオチに使われ、訳も分からず全力で突っ込みを入れる。

 

 

 

海常は徐々に崖っぷちへと追いやられていた。

火神のドライブからのミドルシュート、英雄の3P。それらを利用し、引き付けてからのインサイドへのパス。

前半で海常にやられた事をそのままやり返し、OFの好調を維持している。

その波がDFにも影響し、海常を追いかけて追いかけて最後に火神のブロックで捕まえるという作戦が見事に当たり、勢いが収まらない。

 

『またしても火神のブロック炸裂ー!』

『これで何回目だ?やっぱり黄瀬がいないと!』

 

今の海常に火神を止める手立てが無い。ただそれだけで、点差が縮まるのを止められないのだ。

 

再び海常OF。笠松のドライブとそこからのパスアウトを仕掛けるも、中々森山のシュートチャンスを作れない。闇雲にシュートを狙っても火神のブロックが待っている。

伊月を抜いて、一瞬フリーになっても木吉がヘルプに来る。森山のマークは外れていない。小堀に安易なパスをしても火神をかわせない。

 

「はぁ...はぁ...ぅおらぁっ!」

 

ならば、更に前へと突き進むしかない。

木吉の膝下目がけて沈み込む。足に疲労が蓄積し少し鈍く感じるが関係ない。片手で木吉との距離を維持して体を捻じ込み、とにかく前へ前へと。

自ら先陣を切ると言ったのだ。躊躇なんてしていられない。

 

「(ダックイン!)」

 

「(レイアップ...違う、これは)っぐ」

 

ビックマンがこれをやられると対処に困る。低く速くドリブルをされるとまずスティールは難しい。木吉は一瞬の戸惑いの内に抜かれ、伊月は広い視野から笠松の行く先を読むが密集地帯に足踏みし追いつけない。

ベースラインを平行に火神とは逆サイドのショートコーナーに駆け抜けた笠松のジャンプシュート。

小堀が木吉に体を入れて、リバウンドの備えと同時に木吉のヘルプを遮った。

 

「まだだ!まだ点差はあるんだ。自分達のバスケをやってりゃいい!」

 

OFの連続失敗をここで止め、誠凛の勢いに押し込まれるのを踏みとどまる。

笠松の果敢なアタックを繰り返し、誠凛DF全体から警戒が強まってきた。自身の体力と貴重なリードを多少使ってしまったが、準備は整った。

 

英雄と水戸部のピック・アンド・ロールから水戸部のフックがあっさりと決まり、再び海常OF。

笠松を左サイドに残し、後は右サイドに密集する。

 

「(またこのパターン。そりゃそうか、俺との1対1が一番確実だと思ってるんだからな)」

 

海常からウィークポイントだと認定され、何度もその通りに攻められた伊月。チームとしては好調でも、表情は厳しい。

新技を持ち込んできたものの実践投入は初めて。状況変化に追いつけず後手になり、使いこなせていなかった。

笠松の対応も上手く、序盤以外は失敗続き。だが、何度も繰り返されたドライブに目が慣れてきた。

 

「(右か左か、それだけじゃ駄目だ。そしてドライブ後、どちらの手にあるのか。そこまで先を読むしかない)」

 

今もこの後も来るであろうアイソレーション。笠松にとって『鷲の鉤爪』は充分に脅威であり、100%勝てる勝負だと思っていない。だからこそ、中々止められない。

同じ事の繰り返しが何時までも通じるなどと勘違いしていないからこそ、常に100%のプレーで臨んで来ていた。決して舐めてかかってくれない。

対面しているとその必死さが良く伝わるのだ。

 

「(...海常に勝つには、黄瀬以前にこの人を止めないと。この人がいる限り、海常は折れない)」

 

始めからここまで常に先陣を切り、チームの先導をしてきた。笠松が走り続ける限り、その4番を背負う背中がある限り、海常は何の疑いも無く前を向き走り続ける。

 

「(来る!)」

 

左から右へ。鋭くキレのある切り返し。追い縋る伊月をスピードで突き放す。

ゴールまでの直線状には木吉がヘルプで待ち構えている。一瞬だけフリーになるのを笠松は見逃さない。外に向けてパスを出す。

 

「(パスアウト!?小堀じゃないのか?それに森山は英雄が...)」

 

作戦上、森山に英雄をべったりマークさせてシュートチャンスを与えないと言う事になっていた。だが、笠松の果敢なアタックにより英雄の意識は笠松へと向いていた。そこに中村のスクリーンを受けて、森山のマークを外してしまっている。

水戸部もスイッチが間に合わず、待ちに待ったチャンスが訪れた。

 

「(絶対決める!アイツが体を張って作ったこのチャンス!)」

 

完全なフリーという訳でなく、英雄が直ぐそこまで迫っている。しかし森山は一切の躊躇い無く、ボールを放った。

森山のシュートチャンスは間違いなく、火神にブロックを受けても果敢に攻め続けた笠松が作ったもの。多少パスが乱れていたとしても、外せば森山の責任となる。

 

「はいっれー!」

 

良いシュート体勢とは言えず、いつもであれば成功率は低いシュート。リリース直前に英雄のブロックでプレッシャーを掛けられ、放物線は更にゆがんでリングを数度跳ねてその間を潜った。

その間、ゴール下でポジション争いが行われており、小堀と早川はもちろん笠松も懸命にスクリーンアウトを掛けていた。

 

 

攻守交替し、今度は伊月が水戸部のスクリーンで抜け出し、そのままレイアップを狙った。

 

「(させっかこの野郎!)」

 

最大スピードでブロックで迫り肉薄するが、勢い余ってファウルを宣告された。

ゲームが1度切れた事をチャンスと捉えた武内は、少しでも体力を持たせる為にTOを取った。

 

「おい笠松。いくらなんでも飛ばしすぎだ」

 

「うるせぇ!気休めでも何もしねぇよりマシだ」

 

これ以上の無茶を止める様告げた小堀だが、笠松に聞く気配がない。

 

「...中村。俺はいいから、笠松を助けてやってくれ」

 

すると、森山が中村に指示を出した。スクリーンを使ってもギリギリのタイミングだったにも関わらず、伊月に掛けて笠松を手助けしろと。

 

「はぁっ!?何言ってんだ、そんな余裕ねぇだろ!馬鹿言うな!!」

 

「それはこっちの台詞だ。黄瀬が戻った時、お前がいなきゃ意味がない」

 

「...分かりました」

 

「中村!」

 

反論する笠松をそっちのけで、作戦変更を決めた。

 

「後、早川。責任感が強いのは良い事だが、一々動じるな。そんなんじゃ来年から4番は背負えないぜ」

 

「あ...」

 

森山の言葉で思い出した早川は未だ少し赤くなっている頬を触る。

 

 

 

 

インターバルの最中、海常の控え室内に乾いた音がバチンと響いた。

 

【気が済んだか?】

 

激情に駆られた早川の頬を笠松が平手打ちで叩き、無理やりにでも落ち着かせた。部屋の隅では武内が深くため息をつきながらどこか遠い場所を見ている。

 

【つーかよ。こんなこと去年にもあったじゃねぇか。学習しろよ全く】

 

【スンマセン!】

 

多少は落ち着き始めていたが、まだ後悔の念が強い。何度も頭を下げる。

 

【ったく。もっとシャキッとしろよシャキッとよ。エースは怪我するし、てめぇはトンチンカンな事いうし、来年の海常は大丈夫か?】

 

話の流れで黄瀬にまで駄目出しが訪れ、2人して頭が上がらなかった。

 

【でも、ま。何とかやっていけるだろ。実際、あんまり心配してないぜ。試合に出るって責任をお前はちゃんと分かってるし、黄瀬も馬鹿な行為を控えるだろ】

 

駄目出しの後、今度は持ち上げられ、何が言いたいのかが分からず顔が上を向いた。

 

【お。やっと顔が上がったな】

 

【あ...いや】

 

【責任もって1つ1つのプレーを全力でやるところは評価してる。だけど、チーム全体のどうこうを考えるのはまだ早い。今のキャプテンは俺だ。負けたら俺のせいにしろ。その代わり】

 

今の話題が何かが分からなくなってきた早川は、素直に次の言葉を待った。

 

【その代わり、次はお前の番だからな】

 

 

 

 

 

「あれは俺達3年と監督で話し合って決めた事だ」

 

「黄瀬の場合、エースでもキャプテンにはちょっと早いからな」

 

森山が改めてこの話題を持ち出し、小堀が一言添える。

 

「たっりめーだ。自己管理も出来ない奴がキャプテンなんか出来るか」

 

「もうちょっと気遣って欲しいんスけど」

 

恐らく反対派の筆頭だろう笠松が正当な理由を言う。正当すぎて反論の余地がない黄瀬は、ダメージを弱めようと懇願しか出来なかった。

 

「そういう事。お前も、チーム云々よりまず自分の事を考えろ。それがひいてはチームの為になる」

 

何時ものチャラけた雰囲気ではなく、海常の最上級生としての意見を早川に届けた。森山のその言葉で早川の目の色が少しだけ変わった。

 

「そろそろいいか?この後の作戦だが、森山の意見を採用する」

 

「監督!」

 

話のキリが良くなった時、武内が最終判断を下した。

 

「とりあえず、森山は地力でシュートまで持ち込むからリバウンドを俺達で抑えるぞ」

 

「...あいっ!」

 

作戦変更については、笠松の意見を無視し強引に決定させた。小堀の問答に早川は何時も通り全力で返事をした。

 

「ったく。俺を無視するたぁ良い度胸だぜ」

 

「仕方が無い。勝つためだからな」

 

「はっ...小堀、お前何気に結構ズケズケ言うよな」


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