黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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崩れ始めた均衡

「強いな」

 

「ああ、俺が客席で見てたら海常側に回ってると思う」

 

「偶然だな。俺もだ」

 

海常ベンチが妙な盛り上がりを見せている中、誠凛ベンチは逆に静けさに包まれていた。

日向の独り言に伊月が反応し、そのまま返事を返す。

 

「今まで戦ってきたところとは何か雰囲気が違うんだよ。これがライバルって奴なんだろうな」

 

第3クォーターが半分も過ぎて焦りはある。そして同時に感じる充実感。この感覚は今まで感じた事がない。

試合中、冷静さを保とうとした伊月も不思議と熱が入る。

 

「何か今日のみんな、熱血ね。結構好きよ、そういうの」

 

「カントク...なんでちょくちょく茶化すんだよ」

 

本日のリコは、1度泳がしておいて水を差しに来る。その微笑ましい顔が少し腹立たしい。

 

「英雄。ドリンクちゃんとあるか?俺の飲んでもいいぞ。後で返してくれよな」

 

「お茶貸すな!って突っ込んでみたけど何すか?しかもどこかで見た事あるし」

 

「よーし!今日終わったら東京湾で水神祭だ」

 

「死んじゃう!真冬の海はシャレにならない!!」

 

会話の流れを無視した伊月のダジャレから英雄のリアクションまでがワンセット。どれだけ青春スポ根ぽくても、結局何時もの感じに。

ちなみに、水神祭とはモーターボートレース・競艇におけるタイトルを勝ち取った選手などを水面に投げ込む行事の事である。

 

「はーい、切り替え終了~」

 

しっかりオチもつき、話を元に戻す。両手を叩いて注目を集めた。

 

「分かってると思うけど、最低でも第3クォーター中に追いつかないといけないわ」

 

誠凛にとって最大の脅威である黄瀬が何時出てくるのか分からない為、無理をせずにやってきた。しかし残された時間も少なく、ここで先手を打つ必要がある。

 

「って事は、黒子の出番か?」

 

「...いつでも行けます」

 

海常は分の悪い展開を続けながらも地力で耐え忍んでいる。このまま均衡状態になるのは、誠凛にとって望ましくない。欲しいのは変化である。

つまりシックスマンの投入だと思った伊月と、同様に遂に出番が来たのだとリコを見つめる黒子。

 

「あ、ごめーん。黒子君はもうちょっとお留守番」

 

「...そうですか。わかりました」

 

黒子の投入かと、まことしやかにざわつくメンバーを尻目にリコはあっさりと否定。地味に黒子が残念そうに視線を下げる。シュンという効果音が脳内に響いた。

黒子には申し訳ないと思うが、誠凛にとって黒子が常にスタンバイしている事は大きな意味を持つ。リコとしてはそう簡単に切り札を切れない。

 

「交代は、水戸部君と日向君。外を2枚にして、ゴール下から1人引き摺り出すわ」

 

「トライアングルOFか」

 

「そうよ。鉄平の動きが重要になるからヨロシク!」

 

海常は諦めずに良く耐えている。

そして、誠凛も良く我慢した。海常相手にベストメンバーを温存すると言う賭けに出てまで、この機を待っていた。

前半の大量リードから始まり、海常に合わせてエース・火神を下げ、土田の奮闘を切っ掛けに点差を縮める。

 

「基本はラン・アンド・ガンのアーリーOF。それが難しかったら、トライアングルOF。積極的にシュート狙って、引いちゃ駄目」

 

誠凛の本来の形に戻すタイミングは今しかないと判断したリコ。海常のボックスワンは、日向を投入した時点で攻略したといえる。後は、何時黄瀬が投入されるのかと言う問題のみである。

リコが考えた作戦は、細かい部分の変化があったものの大筋成功した。

ただ、1つだけずっと引っかかっている事がある。それは、黄瀬の起用方法について。

何故、海常はこの作戦を選んだのか。中盤戦を見る限り、海常に余裕がない。それでも、海常側に動く気配もない。そろそろ疲労も抜けて、準備は出来ているはずなのに。

遠くからでは難しいが、リコは黄瀬の体調が気になり始めていた。近くで1度でも見られれば、分かるというのに。

 

 

 

『誠凛、メンバーチェンジです』

 

IN 日向  OUT 水戸部

 

 

 

水戸部に代わって日向が入った。再開は伊月のフリースローからで、木吉と火神がリバウンドポジションに立つ。

 

「(ついに来たか。誠凛最強のフロント陣)」

 

この後の展開を予想し、武内の組んでいる腕に力が入る。

これまででも辛く厳しい我慢を強いられてきた。そしてここからは、その厳しさも比べ物にならない程に苛烈さを増す。

木吉・火神・英雄の3人共190cm超えのフロント陣に伊月・日向のバックコート陣。3Pも2枚になりミスマッチも作りにくい為、攻守のバランスが最も取れているのだ。

加えて、局地戦を仕掛ける事で主力の温存に成功し、充実した心身。正にここからの誠凛が真骨頂。

 

「伊月!集中していこう!」

 

1度ゲームが切れてからのフリースローは、外す事も少なくない。これから逆転しようと意気込んだ直後であることと早川の例もある為、きっちりと決めていきたい。

木吉に声を掛けられ、伊月は集中を高めるべく何度もドリブルを続ける。

 

「(センターとかならともかく、ガードがフリースローを外せないよな)」

 

パワーよりもテクニック、そして確実性が求められるのがPG。CやPFなどが外してもドンマイで済むが、他が外すと顰蹙を多少買うこともままある。

誠凛内でそんな事は起こらないとしても、時間をじっくり使って自分のタイミングで放った。

 

「いいぞ伊月もう1本!」

 

1本目を成功させ、他の4人が声を出して盛り上げる。審判から再びボールを受けた伊月だけは、深呼吸してドリブルをしながら自らの指先の感覚を研ぎ澄ます。

 

「(決めるべきところで決める。シュート回数の少ない俺でも、練習はしてきたんだ)」

 

既に試合に入り込んでいる伊月は幾度と行った練習を思い出し、そのイメージをトレースする。

1本目よりも綺麗な弾道を描き、リングの内側に収まった。

 

「(っし、このイメージ。このイメージをキープだ)」

 

2本共に成功し、DFに戻っていく。

 

「...」

 

「どうした笠松」

 

「いや、ちょっとな」

 

試合序盤から今まで、安定したパフォーマンスを持続させ、今のフリースローに対しても高い集中で臨んでいた。

要所要所で光るプレイでチームの底上げを行っており、自身のシュート意識も高い。

他の試合で見た時と比べて、笠松は少し他と違った雰囲気を感じていた。

 

「まぁいい。攻めんぞ!」

 

誠凛DFは変わらずマンツーマンDF。森山に日向が、中村に英雄が当っている。

 

「(森山の身長差が無くなったか、あっちの変更が功を奏したな)」

 

笠松の意見を完全に無視した作戦の変更。

中村が伊月にスクリーンを掛け、森山が自力でマークを外し3Pを狙うと言うもの。笠松自体は多少楽になるが、そこから始まる展開自体は変わらない。

しかし、日向と森山ならば1対1になっても勝機がある。

 

「(アイソレーションじゃない?これは)」

 

予定通り中村が伊月の背後に回ってセットする。その中村の動きを『鷲の目』で把握していた伊月が前に詰める。

中村をかわして遠回りを選ぶと距離を取られ3Pを決められる恐れがある。笠松に距離を詰めてスクリーンをかわし、同時に3Pを潰す狙いがあった。

だが分かっていても悔しい。前に詰めてもスピードの差で笠松の侵入までは防げない。

 

「スイッチ行きまーす」

 

伊月を抜いた笠松の前に英雄が現れ前を塞ぐ。

足を止めた英雄と既にスピードに乗った笠松。笠松はクロスオーバーで切り返し、ダックインで足元を狙う。

 

「ちぃ!(これに付いて来るかよ。なんて柔軟な下半身してやがんだ)」

 

クロスステップを細かく刻み、笠松の速い揺さぶりに追従してくる。常人なら無茶苦茶で複雑なステップを行い、その長身もあって笠松を離さない。

ベースラインに挟まれてしまう前に、笠松はパスに切り替えた。直接森山へと行きたかったが、密集地帯をワンパスで抜けられるはずも無く、中村を中継してツーパスで森山の下へ。

 

「(マークを外しきれていないが、日向はまだアジャストしきれていないし高さもない)いける」

 

中村を中継した事で、森山がカットで1度マークを外しても充分な距離を作れなかった。それでも、英雄と比べて楽に感じた森山はそのままシュートを狙った。

 

「だぁあぁ!」

 

「(触られた!?)リバウンド!」

 

本の僅かだが日向の指先がボールに触れて、シュートの軌道が僅かに乱れた。瞬時に察した森山が大声で叫ぶ。

その声を切っ掛けにいたるところでスクリーンアウトが行われており、展開上英雄と笠松が競り合っている。ポジションも体格も英雄が勝っており、笠松が必死に競り合ってもこの優位性を覆せない。

 

「(分が悪いから、はいそうですかって諦めてたまるかよ)こんのっぉぉぉ!」

 

「(ははは、こりゃ凄いや。3年生ってみんなこうなのかね。直接やってみたいなぁ)」

 

横から回り込もうとしても英雄が腕を使って押さえ込んでいるため、身動きが取れない。抗う笠松の全力を背中に受けている英雄は、内心で笠松とのマッチアップを望んでいた。

 

「(やっぱこの人は凄い。けど、こんな事させて良い訳ないんだ)」

 

嘘偽り無く全力でリバウンドを狙っている笠松の姿は、早川の心に届いていた。自分の何倍もの汗をかき、どれだけ上手くいかない時間が続いても自らのプレイを貫いている。

そして本来の役割である自身はいつまでもマゴマゴと、これがあるべき状態ではないはずなのだ。

先輩たちは言った。自らの事をまず考えろと。

 

「(だけど!おぇは!チームの為に!戦いたいんだ!!)」

 

今も直、頬が赤くなっている気がする。ピリッと頭に響き、笠松に直接激を受けている様な気がする。

その刺激が後悔の念を遠くに押し飛ばし、早川の意識は平常に戻っていく。

 

「ぅんがぁぁ!」

 

もはや早川の目に映るものはただ1つ。宙に舞うボールのみ。

落下点を素早く正確に察知し、マッチアップの火神をスクリーンアウトで1度押し込んだ後にその落下点を踏む。火神はジャンプのタイミングを乱した為に出遅れた。

ゴール下という狭い範囲で行われた緻密な行動の数々は、全て誰よりも先んじてボールに辿り着く為のもの。そして、誰よりも早い1歩目を踏み込んで、空中のボールを掴み取る。

 

「っしゃあ!」

 

悪戦苦闘すること約10分、やっとの事で掴み取ったボール。そのボールから本来あるべき感覚を取り戻した。

そして早川復活の兆しはチームにとって大きなプラスになる。早川に対するフォローが必要なくなり、笠松や小堀の負担が減るからだ。だからこそ、たった1回でも大きな意味を持つ。

しかし、早川が両手で掴んだ直後、別の人間の手がその両手の間を下からスルリと通り、ボールだけを掠め取っていく。

 

「あっ!?」

 

「(久しぶりだったけど、上手くいった)よかったよかった」

 

奪ったはずのボールが手元から奪われた瞬間、前回戦った練習試合の時を思い出した。

パワーではなく、柔軟性で取るリバウンド。交錯するゴール下で接触しない様に曲線的な動きで落下点に迫り、相手が取った瞬間を狙ってくる。

今までは、ポジションの違いや木吉復活からリバウンドの機会自体が減った為、披露する機会も無かった。

半年以上ぶりに体感し、あの時の苦い味も蘇ってきた。

軟体リバウンドを決めた英雄が、内心ドキドキだった事は彼だけの秘密である。

 

「速攻!」

 

ロングパスが日向に渡り、伊月と共にゴールを目指す。しかし、笠松と森山の戻りも速い。他の6人がリバウンド争いをしていた為に、2対2の状況となった。

 

「まだだ!コースを切るんだ森山!」

 

「おう!」

 

カウンターという誠凛有利な状況ではあるが、個々の能力では海常の2人に分がある。マークを外す事なく体勢も悪くない。シュートチェックも問題なく出来る。

日向と伊月のインサイドでのシュート力を考えても味方の戻るまでの時間を作る事は可能だった。

 

「先輩!」

 

だが、後方から追いついてきた火神への対応だけはどうにもならなかった。

日向からパスを受け、ドライブからのミドルシュート。誰も火神に追いつけず、誰もあの高さに届かない。

 

海常高校 54-56 誠凛高校

 

第3クォーターも半ばを過ぎ、気が付けば逆転。にも関わらず海常側や誠凛側は勿論、観客達を含めて誰もが騒ぎ立てず息を呑んで静観していた。

何故ならば海常には最後の切り札、文字通り『エース』が残っている事を知っているからである。

加えて、この逆転に至ったタイミングがどちらにとって有利な事なのかを考えれば、勝負の行方は定まっていないのだ。

 

「(大分時間が掛かったけど、やっとここまで漕ぎ付けた。でも、問題はここから)」

 

第2クォーターでのディレイドOFの為に、減った攻撃回数の分だけ得点は伸びていない。

現状、海常の想定内の出来事なのだろう。リコとしても手放しで喜べない状況により眉間が狭まる。

チラリと横目で海常ベンチに目を移しても動く気配が無い。どうやら黄瀬投入のタイミングではないらしい。

 

「(今じゃないとしたら、第4クォーター?そんな悠長な判断をする人かしら、あちらの監督さんは)」

 

試合の終盤を不利な状況で迎える意味が分からなかった。黄瀬は既にインターバルを含めて20分以上の休息を取っている。名門・強豪と名の付くチームの監督が不合理な判断を下すとは思えない。

黄瀬の投入に備えて最適なベンチワークなど、出来る事はしてきた。しかし、黄瀬攻略の為に完璧な対策を用意出来ている訳ではない。実際、第1クォーターでは一方的な展開を見せ付けられ、何のヒントも得られなかった。

 

「(今私達がやらなきゃいけない事は、あちらのプランを狂わせる事。その為に日向君を早めに戻したんだから)頼むわよ」

 

 

 

 

「っち。やっと逆転かよ」

 

「まぁまぁ、そんなに逸るなよ」

 

DFに戻りながら眉を顰める火神を木吉が落ち着かせるように諭す。

誠凛の置かれた現状については、リコが詳しく言い聞かせていた。海常に切り札が残っている以上、この優位性が多少リードしたくらいで、海常から覆る事はない。

誠凛が勝利する為に、最も確率の高い手段は黄瀬が投入するまでに決定的な差を作る事。だが、そんな事はありえない。その状況になるまで、海常が何もしてこないはずが無いからである。

黄瀬を止める具体案も無いままに、時間がどんどんと減っていく。火神でなくとも焦りを感じてしまうのは仕方が無いだろう。

それでもマイペースな木吉は、朗らかに火神の頭をペシペシと叩いていた。

 

「長ぇよ!何時まで叩いてんだ!俺は馬か!?」

 

あまりにもしつこく頭を叩かれているので、興奮した馬の様な扱いに思え、その手を振り払った。

 

「ははは...何言ってるんだ。俺は馬に乗った事ないぞ」

 

「知らねぇし!つか、ソッチが何言ってんの!?」

 

良くも悪くもブレない木吉。会話のキャッチボールをライナー気味にピッチャー返し。

 

「ともかく、そう悲観的になる必要もないだろう?こっちにだって黒子っていう切り札が残ってるし、俺達だって体力的に余裕がある」

 

しかも急に真面目な事を言い始める辺り、本当にやり難い。

 

「まっ、今出来る事に集中しようぜ。伊月とか見てみろ。顔には出してないが、かなり気合入っている」

 

攻守交替の合間の会話を切りよく終えて、マッチアップに向かう。

言う事は正論なのだが、木吉に言われると何と無くモヤモヤする火神だった。

 

 

 

「(途中までは良かったのに)くそぉ...もっかい!もっかい!!」

 

頭に良いイメージが蘇りつつある早川は、誰よりも真っ先にOFへと走り出していた。

復調したとしても、木吉・火神・英雄のいる状況で簡単にリバウンドが取れると思っていない。しかし、それが逆に早川の切り替えを促していた。

土田とのマッチアップは明確な実力差があった事が、乱調の原因になっていた。リバウンダーとして全ての面で勝っていた為に、絶対に負けてはいけない勝負をして負けた事実が早川を狂わせていた。

しかし、相手がこの3人になると勝手も変わる。高さや技術においても引けを取らず、あの陽泉のインサイドとやりあってきた相手なのだ。

余計な事を考える暇が無くなった分、早川の意識は勝負へと真っ直ぐに向けられた。

 

「先輩!おぇ!おぇやぃますかぁ!」

 

いつもの調子が戻った結果、発言の内容が聞き取れなくなった。喜んでいいのやら、悲しめばいいのやら、笠松は少し複雑な心境になっていた。

 

「まぁ、頑張れ。何言ってんのか、さっぱり分からねぇが」

 

早川の復調自体は喜ばしい事。しかし誠凛の主力メンバーが勢揃いした事は、海常にとって厳しいの一言。

この展開を予想してはいた。海常にとって最も苦しい時間帯がやってきたのだと、疲労の溜まった体で立ち向かわなければならないのだと、海常メンバー全員が厳しい表情で息を呑んだ。

 

「やる事自体は変わらねぇ。問題は折られない様に、心を強く保てるかだ」

 

初めからこの展開を予期していたものの、実際に実行できるかは断言できない。

再戦を望んでいた海常も、凶悪になった誠凛OFを体験するのは初めてなのだ。桐皇OFに攻め勝ち、陽泉DFを打ち崩し、全国トップクラスと評価される全開の誠凛OFを相手に黄瀬抜きでどこまで耐えられるのか。

ペース配分を一切せず、前半とは打って変わって誠凛にペースを奪われた。1度でも集中力が切れた時点で、誠凛に飲み込まれるだろう。

武内の言葉通り、本当に厳しい道のりを突き進まなければ、海常に勝利は無い。

 

「DF!」

 

もはや誠凛が海常に合わせる必要も無くなり、DFも強気に距離を詰めて着ている。ハーフコートマンツーマンDFのまま、笠松のマッチアップは伊月のまま。

森山に日向をつけて、中村に英雄がマーク。森山の独特なシュートフォームに慣れ始めている日向が地味に厄介である。

 

「(んな事より!調子付いてるコイツを何とかしねぇと!)」

 

そんな日向を相手に森山が上手くプレー出来るかと言う心配があったのだが、笠松自身にそんな余裕は無かった。

徐々に躍動感が増し、前へと出てくる伊月が笠松の思考と視線を奪う。

 

「(背後に何の心配も無い。目を使わなくたって分かる。俺は凄いメンバーに混ざってプレイしてるんだ)」

 

決してただ勢いに任せただけのものではない。マンツーマンDFは機能し、海常を間違いなく追い詰めている。後は伊月の出来次第。

不用意に前へと出ても、笠松のスピードでかわされる恐れがある。

それでも躊躇いは無い。腰を引かず膝を落とし、胸を張ってあごを引く、手を伸ばして足を出す。DFにおいて基本的なスタンスを忠実に行いながら、笠松の動きを読みにいく。

 

「(こんな大舞台で、こんな大役を任されるなんて滅多にないぞ。思考を止めるな、土田を見習え、誠凛が勝つ為の道筋を手繰り寄せろ!)」

 

事前のミーティングで、伊月も役割を与えられていた。

その内容は、笠松のマッチアップである。土田の様なリバウンド限定での話ではなく、全面的な意味でのマッチアップ。そして、同時にゲームメイクを行いパフォーマンスを高め続ける事。

簡単な話、伊月のスタミナが許す限り、コートに立たせるという事である。

 

「(俺の後ろのスペースを使いたがってるのは分かってる。そしてドライブ自体を止められない事も)」

 

どれだけ目が慣れたと言っても、笠松との実力差は覆せない。スピードで劣っている分、少しの出遅れが命取りになり、駆け引きの面でも追い縋るのがやっとである。

しかし、全く歯が立たない訳ではない。ここまでのマッチアップで確かな手応えを感じていた。

 

「笠松!」

 

小堀がゴール下から離れ、伊月に対してスクリーンを仕掛けた。

リングまでの真っ直ぐに開いたスペースを作ると同時に、一時的に笠松がフリーになる。

 

「(くそ分かってたのに)木吉スイッチ!英雄ヘルプ!」

 

少なくとも伊月は小堀の動きに気付いていた。スクリーンをかわそうと少しでも間を空けてしまうとスピードで突き放される。

何よりフリーで3Pを打たせたくない。伊月の指示により木吉が笠松にチェックし、その背後のスペースのフォローに英雄が中村から距離を取ってヘルプポジションを取った。

 

「(スクリーン使ってんだ)引けるかよっ!」

 

レッグスルーで持ち替えて、そのままターンアラウンド。ダックインを警戒していた木吉の裏をかいた。

せめてチェックだけはと、咄嗟に手を伸ばしてプレッシャーを掛けに行く。だが、笠松からワンバウンドパスが小堀に向かっていた。

 

「パス!?」

 

「ナイス!」

 

スイッチした為に、小堀に高さの無い伊月がマークしていた。多少距離があるが、早々無い好機を逃すはずも無く、その場からショット。

 

「っほ」

 

伊月の代わりにヘルプポジションにいた英雄がブロックを試みた。

 

「させっか!」

 

そしてつられた火神の声が真横から聞こえた。

 

「(何でお前も来てんの?1人に対して3人掛りて)」

 

ブロックに入るタイミングが遅れていたものの、持ち前の脚力でボールに触れた火神。そこまでは良いのだが、その後の展開に英雄が内心で突っ込みを入れた。

 

「ぃっバーン!」

 

マークが外れ、展開に恵まれたとは言え、やっとの事で獲れたリバウンドの意味は大きい。奪ったボールを中村に送り、得点に繋げた。

 

「お前まで跳んだら、つっちーさんから引き継いだ意味無くね?」

 

「っせぇな。お前がトロい動きしてっからだろ」

 

「あんだと~」

 

今の失点は、どちらがヘルプに行くかの判断のミスが原因である。確かに、火神のブロックで小堀のシュートを落とさせられたのだが、英雄もしっかりコースをチェックしていた。伊月からヘルプの指示を受けていたのも英雄。結果論になるが、火神が跳ばなくてもよかった。

そんな訳で、2人が揉めるのも分かるのだが、今やるなと言いたい。

 

「だから揉めるな」

 

とりあえず近かった英雄のお尻を蹴り飛ばし、その場を収拾した日向だった。

 

「まぁ、何だ。元気一杯だな」

 

「状況的に厳しいのは変わってないのにな...状況的に間違った上京」

 

「何言ってるんだ?元々東京生まれだろ?」

 

先にOFへと向かった木吉と伊月。やや話が噛み合っていない。木吉のツッコミが明後日に向かっている。

 

「俺が言うのもなんだけど、そのツッコミは違うと思う」

 

 

 

得点後、素早くDFに戻った海常。しぶとく食らいついてアーリーOFを何とか阻止した。誠凛がセットOFに移行するまでにDFを建て直し、ボックスワンから日向と英雄をチェックする為のトライアングルツーに変更。

しかし、誠凛の強力なOF力は変わらない。ポストアップした木吉を軸に伊月と日向が外に開き、三角形を作る。

 

「(来た。これがトライアングルOF...!)」

 

木吉のマークである小堀は厳しく当った。このOFにおける木吉の存在感の大きさを考えると当然であろう。

チェックを受けていても構わず木吉へとボールが渡り、すぐに逆サイドへパスを送った。

 

「よっし!」

 

ギアが更に上がった火神がパスを受けて、高い打点のミドルシュートを決めた。


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