黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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もう少しもう少し

「もー!急いでよ」

 

「わーってるよ」

 

WC準決勝、誠凛対海常。注目の集まる一戦ながら、後半を過ぎた今頃になって観戦に来た2人がいた。東京都・桐皇学園の青峰大輝と桃井さつきである。

当初、青峰が観戦に行く事を拒否し、桃井も無理に行く事もないと思っていたが、やはり気になると青峰を半ば強引に連れてきたのだ。

青峰にとっても気にならないとは言えず、急ぐまではしないが、こうして足を運んできた。

 

「(けど、ま。むしろ丁度良い頃だろうな)」

 

どう考えてもすんなりと勝敗が決まる試合ではない。それぞれの武器が出揃い、互いがその対策を講じる。そんな長々と続く主導権争いよりも、見たいのは勝負の終盤。そして、勝ちあがるのはどちらか。

その為、桃井が背中から押せど青峰の移動速度は上がらなかった。

 

「もー!自分で歩いてよ!」

 

「ここまで来たら、少々急いだところで変わるかよ」

 

まったりゆったりを貫く青峰に苛立ちながら、桃井は一生懸命背中を押すのであった。

 

 

 

笠松の放ったシュートはリングに嫌われ弾かれた。すかさず早川が木吉と火神の間を掻い潜ってリバウンドを奪う。

 

「おっしゃあああ!」

 

「早川!」

 

奪ったボールを外で待っていた中村に預けてチャンスを作った。英雄のマークを僅かに外してミドルシュートを決める。

 

「いいぞ!この調子でDF止めんぞ!」

 

リバウンドへの対応でチェックが多少遅れたものの、きっちりハンズアップできていた英雄を前に普段控えの選手が気持ちで決めた形。海常全体がいかに良い集中状態であるかが良く分かる。

 

「うわぁ、盛り上がってるなぁ」

 

観客の声援にも熱が帯びており、これまでの展開を見ていなくても好ゲームだと言う事は理解できた。外の気温を忘れそうなくらいに盛り上がる室内に、桃井はマフラーを外した。

 

「...どういう事だ?」

 

「え?」

 

桃井とは別に青峰の目には、この試合における異変が移り込んでいた。

 

海常高校 63-73 誠凛高校

 

第3クォーター終盤にして10点差。たった今2点返した事を考えると、つい先程まで12点差ついている事になる。

確かに青峰自身も誠凛の有利と見ていたが、陽泉戦で延長戦までもつれ込んだ事実は大きく響く。少なくとも、ここまで誠凛ペースで試合が進むとは考えていなかった。

 

「黄瀬が出てねぇ」

 

「嘘っ!何で?」

 

恐らく原因は、黄瀬がベンチに座っている事だろう。何故そうなったかは、この際問題ではない。

黄瀬がいないという事は、火神の自由がある程度約束されてしまうという事。結果、調子に乗せてしまい手が付けられなくなる。

それだけでも厄介だと言うのに、日向・木吉・英雄らがきっちりと仕事をこなしてくる為、全てにおいて後手に回ってしまうのだ。

 

「あ、峰ちんだ」

 

聞き覚えのある声の先に目を向けると、そこには圧倒的な存在感を放つ紫原がいた。

 

「おい紫原。一体何があった?」

 

「さーね。俺には良く分からないけど、室ちんが言うには怪我でもしたんじゃないかって」

 

紫原の長身で隠れていたが、その隣には同チームの氷室が立っていた。

 

「やあ。初めまして」

 

「そんなんはいいから、説明しろ」

 

氷室の挨拶は耳を通らず、状況の説明を足早に求める青峰。

 

「...海常は第2クォーター以降、彼を引っ込めたまま動く気配すらなかった。10点差ついた今も、それは変わらない。どう考えても不自然でしかない」

 

氷室も、海常の取った作戦に疑問を持っていた。序盤で『完全無欠の模倣』を使用後に、ディレイドOFによる時間稼ぎ。そして、あまりにも鈍いベンチの動き。

ラスト5分で『完全無欠の模倣』を狙っているのだとすれば、あまりにも非効率で、あまりにも博打が過ぎる。

普段の海常からかけ離れた戦術を取る理由には、何か大きなトラブルがあるのではないか。そんな結論に至るのに、時間は掛からない。

 

「仮に怪我を抱えたとすれば、海常が動けない理由も理解できる」

 

「っち(何やってんだよ黄瀬ぇ。こんな終わりでいいのかよ)」

 

決して自身とは直接関係の無い試合。それでも考え得る最悪の結末に、青峰の舌打ちは止まらない。

既に敗戦してしまったが、納得のいく結果を得られた。だからこそ、嘗ての仲間にもきちんとした結果を手に入れて欲しかった。

恥しくて口には出来ないけれど、ままならない気持ちが表情を曇らせた。

 

 

 

「外!警戒緩めるな!」

 

少しでもチェックを怠ると遠慮なく打ってくる日向と英雄を最警戒。だが、火神への対応もしなければならない。

トライアングル・ツーも修正を強いられ、笠松が中に入り、森山を英雄に、中村を日向に任せていた。楽に3Pを打たせないだけ幾らかマシにはなった。

 

「火神!」

 

伊月が目配せしながら、名を叫ぶ。

 

「ちぃ!」

 

分かっていても反応せざるを得ない笠松。火神との距離を詰めパスに備えるが、伊月に侵入を許しフリーでのシュートを打たれた。

日向再投入からここまでの失点パターンのほとんどがこれである。他に気を取られ、致命的にまで伊月に手が回らない。

 

「絶好調じゃねーか」

 

「おかげさまでね!」

 

走りながらハイタッチを決める伊月の姿には自信が満ち溢れていた。

 

「(やけに強気に攻めてきやがる。1回くらい外せよ)くそ」

 

笠松が嫌味の1つも言いたくなる程の好調ぶり。正直なところこの展開は予想していなかった。

現在のDFの形は伊月をノーマークにしてしまうデメリットを抱えている。そして海常は承知の上で判断した。そこには、伊月自身のシュート精度や意識の低さを考えての事だったのだが、これではジリ貧。打つ手が無くなる。

 

「(何か心境の変化があったってのか?笑えねぇ)」

 

ボールを運ぶ笠松の前に伊月が道を塞ぐ。やはり強気で、抜かれる事を恐れていない様に見える。

 

「(迷うな!恐れるな!背後には皆がいる!必要なのは、徹底的に張り付いて楽なプレーをさせない事!)」

 

実際のところ、伊月の心の中に恐怖心はあった。マンツーマンDFを実施している以上、抜かれると直接失点に繋がる為である。しかし、伊月に迷いは無い。

背後に危険なスペースがあると同時に、頼もしい仲間達がそこにいるからだ。

 

『笠松君のマークは伊月君に任せるわ』

 

試合前のミーティングで、伊月のスターターが決まった時の事。

 

【おっけ】

【そこはいいとして、インサイドについてなんだけど】

 

顔が険しくなった伊月を除いた2年生達は、こうもあっさりとした相槌を打ち、話を前に進めていた。

流石に待ったを掛けたが、誰も耳を貸さない。

 

【1度やってるし、充分適任だと思うぜ俺は】

 

木吉にフォローされても、拭いきれない不安が増すばかり。すると木吉が続けて話す。

 

【悪いな伊月。俺の膝がポンコツなばっかりに】

 

軽く叩く膝に目をやり、少し冷静に誠凛の置かれた立場を考えた。

膝に爆弾を持つ木吉・先日延長戦で酸欠に陥り倒れた火神・現時点で最多出場の日向と英雄・海常戦であまり能力を多用できない黒子。

木吉は勿論、他のメンバーに負担を掛けすぎると何時か爆発する。誠凛にとってそれが1番の恐怖。

WCの4強に勝ち残った今、もう伊月しかいないのだ。

誠凛のローテーションを守る1人だが、相手にとって自身はオマケ程度にしか思われていないのも承知。与えられた役割をこなそうと必死にやってきた。

 

【...悪いな、見苦しいとこ見せて】

 

土田の言葉を受けて、完全に腹を括った。最早、出来る出来ないの話ではなく、伊月がやらなければならない。

 

 

 

「(ビビって腰を引いてしまうよりも、失点してしまった方がマシだ!)」

 

みんなが万全ならば、伊月の出番は無かったのかもしれない。それでも託してくれた事を嬉しく、そして誇りに思う。

だから、伊月は引かないのである。決勝への切符を勝ち取る為に、仲間と共に栄光の瞬間を迎える為に。

 

「(調子に乗りすぎだ。距離詰めてくるってんなら...!)」

 

伊月と笠松の周辺には充分なスペースがある。そこを突けばヘルプも間に合わない。選択肢は勝負1択以外にない。

 

「(来る...!)」

 

笠松の選択を読んで反応する伊月だったが、進路を防ぎきれなかった。

 

「(くっそぉぉぉ!)」

 

「当然だ!(このままシュートを)」

 

笠松は右肩にへばり付く伊月を一気に突き放しに掛かる。『鷹の鉤爪』を使うタイミングを与えず両手で構えた。

 

「火神!狙えっ!」

 

そのままシュートへと移行する笠松の耳から、またしてもノイズが届いた。そのノイズは意識的なブレーキを促進させ、笠松のシュートリズムを狂わせた。

 

「(やられた...!)リバウンドー!!」

 

2度も英雄の邪魔を受けた事は腹立たしいが、そんな暇は無くゴール下の2人に指示を出す。

スタミナに余裕のある木吉と競り合う小堀と、”本当”はインサイドでマークしている火神に早川。計4人の奪い合いが始まった。

 

「(ポジションは悪くない。いける)」

 

リバウンドのスペシャリスト・早川と超ジャンプ力を持つ火神が潰しあう中、ボールは木吉の方へと零れた。ポストDFでのポジションがそのままリバウンドポジションとなり、小堀よりも内側にいる。

更に木吉は、片手を伸ばしてダイレクトキャッチを狙った。

 

「(させない...!)」

 

木吉が掴む瞬間、木吉の脇から手を伸ばし小堀の指がボールを軽く弾いた。

 

「何っ!(読んでたのか)」

 

タイミングをずらされた木吉の腕はボールを上に弾いてしまい、ボールはバックボードに打ち付けられた。

 

「(後は任せたぞ)」

 

完全木吉有利の状況を阻止し、ボールの行方は定まらぬまま。そんな時、力を発揮するプレイヤーがいる。

 

「どっやぁぁぁ!」

 

「早川!」

 

素早く反応した早川がリバウンドを奪い、森山にパスアウト。受けた森山が日向が距離を詰める前にシュートを放つ。

疲労は溜まっているが、変わらないフォームで3点を奪う。

海常は気の休まらないギリギリのところで踏みとどまる。

 

「すまねぇ早川」

 

「ナイスパスだ早川」

 

「▲○■×!●▽△◆×○!×●○□▲△○!<※訳 問題ないっすよ!リバウンドは俺の仕事っすよ!こっからバンバンいきますよ!」

 

エンジン全開となった早川。テンションを上げ過ぎて、本気で何を言っているかが分からなくなってきた。

 

「お、おお。てゆーか、顔に唾が」

 

 

 

個々の能力をふんだんに発揮する海常だが、流れは依然誠凛。

誠凛に速攻を出させなかったものの、問題はそこから。伊月を好きにプレーさせている現状が何も変わっていない。

3Pだけは防げている事でよしとするべきか、2Pを楽に与えている事に対策を打つべきか、どちらにしろ後手に回っているのは海常。

 

「(いいんだ。黄瀬投入までの辛抱なんだ。勝ち急ぐ時じゃない)このまま1本止めるぞ!」

 

自らに言い聞かせ、笠松は声を張りチームを引っ張る。笠松が決めた以上、他の4人が迷わない。首を少し縦に振り、各々の役割に専念する。

現状維持となれば、伊月も遠慮なくドリブルで突っかけてくる。

 

「(取られたら取り返す!)」

 

笠松は現状維持と言う指示を出した。それも明確に声を張って。伊月に対しては、笠松自身がスピードを活かしてギリギリで距離を詰めて対応するつもりなのだろう。

しかし、基本的にフリーの伊月を意識せずにはいられない。

中村が伊月の方へと目視したタイミングで、英雄が動いてパスコースを作った。

 

「(しまっ...!)」

 

首を英雄へ戻した時、既にボールを受けていた。慌てて両手を挙げてシュートをチェックしつつ、体を張ってドライブのコースを塞ぐ。

プレッシャーを受けたままペイントエリアへ回り込もうとする英雄にスライドしながら追従。中には3人のゾーンがある為、ミドルシュートさえ抑えればと、タイミングを窺う。

 

「俊さん!」

 

「えっ?」

 

進行方向とは真逆にボールが飛んだ。英雄のビハインド・ザ・バックパスは空いたスペースを突き、伊月がリターンを受ける形になった。

強気だが、あくまでも冷静に流れを読んだ伊月の見事なゲームメイク。

 

「(これではっきりした。今日のコイツは...抜群に冴えてやがる)」

 

伊月が知らない内に力を付けたのか、今日に限ってなのかは分からない。少なくとも、今流れているのは伊月の時間であると言う事。

 

「っし!」

 

「い~い感じっすね」

 

「ああ!何だか分からないけど、何でも上手く行く様な気がするんだ」

 

英雄の上げた右手に伊月は左手を合わせて、調子の良さを表す。

 

「遠慮するなと言いたいトコだがよ。あんまりボールが回って来ないんじゃ、こっちの調子が悪くなるわ」

 

再度投入された日向は、厳しいマークと伊月の好調ぶりの為にあまりパスが回ってこなかった。それを皮肉に伊月を称える。

 

「悪いけど、もう少し我慢してくれよ。行ける所まで行きたいんだ」

 

 

 

 

「(くそぉ...くそぉ...こんな時に、俺は一体何を)」

 

流れが誠凛に傾いており、海常の作戦が裏目に向かってしまう。そんな時に仕事をしなければならない人間がベンチに腰掛けている。

出来る事なら今すぐにでも飛び出してしまいそうな気持ちを必死になって押し殺していた。合わせた両手に力が入り、更に額を擦り付ける。

火神や黒子との勝負など、既に頭に無い。とにかく試合に、出たくて出たくて出たくて堪らない。

 

「黄瀬。力を入れすぎだ、少し落ち着け。これではまるで意味が無い」

 

「そんなの無理っスよ!本当は俺がいるべきなのに!」

 

逸る気持ちが抑えきれない。八つ当たり同然で、武内にフラストレーションをぶつけた。そんな自分の姿が情けなくて悔しくて、このままではどうにかなってしまいそうだ。

 

「...すいません」

 

「構わん。だが焦るな、勝負所はまだ先だ」

 

余裕の欠片もないはずなのに、腰を据えた武内の態度。実際は冷や汗で脇が湿っているが、その様子を表情に出す事はない。

やれることは全てやり、それでもなお、己の役割を全うする監督の姿。それを見た黄瀬は、目を瞑りながら大きく息を吐き、体内の熱をほんの少しだけ吐いた。

 

「俺、いつでも行けますから!」

 

引きつった笑顔を向けながら黄瀬はそういった。

 

 

 

海常DFはトライアングルOFへの対応に比重を置く分、伊月に好き放題やられている。効率的で的確にDFの隙を突き、得点を加えた。こうなれば分かっていても伊月に意識が集中し、次はアシスト。

 

「このっ...!」

 

海常OFは失敗し、誠凛OFが襲い掛かる。海常は急いで戻り、速攻だけはとチェックに急いだ。しかし、やはりボールを離さない伊月に手が回らない。

三角形のゾーンのトップに位置していた笠松が、伊月のシュートチェックに飛び出し距離を詰める。

 

「っふ!」

 

この時を待っていた。そう言わんばかりに狙いすましたパスが一閃。本来、笠松がいたところで木吉が受けた。

 

「おおっ!」

 

小堀と早川、両手を伸ばす2人の間に体を捻じ込んで、その先に腕だけ伸ばしてリリース。

上手さと力強さに『後出しの権利』が加わって、伊月の作ったチャンスを確実に決めた。

 

「(正直、伊月君がここまでやるとは、私自身驚いてるわ)」

 

ベンチにて、リコは伊月を見ながら先の事について考えていた。

 

「(こんなに頑張ってくれると、代え難いのよね。予定を変更するべきか)」

 

期待以上の働きをした伊月をどこまで引っ張るかについてだ。結果を出したプレーヤーは相応の対応をするべきなのだが、元々の予定は別の物だった。

これまで的確なベンチワークでチームを支えてきたリコに、初めて躊躇いが生まれた。

だが、考える時間は多くない。たった今、海常の最後のOFが失敗したことで第3クォーター終了のブザーが鳴り響いたからである。

 

「お願いします!監督!」

 

笠松らが海常ベンチに戻った時、黄瀬が武内に深々と頭を下げていた。その内容は聞かずとも分かってしまうのが複雑だ。

 

「分かった」

 

「監督!」

 

武内の応えに、明るい表情で顔を上げた黄瀬。

 

「だからアップをしてこい。冷えた体では不味いだろう。足に負担が行かない様に、ストレッチ中心にだ。誰か付き合ってやれ」

 

「ウッス!」

 

「言っておくが、きっちりアップを済ませていない限り、試合にはださんからな。手を抜くんじゃないぞ」

 

黄瀬はそのままベンチの人間を1人引き連れて離れていった。

 

「...これで少しは静かになるだろう」

 

結果的に武内の作戦勝ち。後は適当な理由をつけて時間を引っ張ればよいだけ。じっくりストレッチで体を温めるとなると、少なくとも2~3分は経過する。

 

「お前達も座れ。少しでも息を整えるんだ」

 

普段の練習では、激を飛ばしたり叱ってばかりの印象だが、事試合では本当に頼りになる。

一方、誠凛ベンチでは。

 

「疲れちゃった」

 

「はぁ?」

 

英雄が交代を志願し、微妙な雰囲気に包まれていた。

 

「テツ君、後はよろしくー」

 

了承を得ぬままで、バッシュの紐を外して足を抜いた。

 

「待て待て!どういうつもりだ。予定じゃ」

 

「それがさー。大分疲労が溜まってたみたいでー。俊さん以上のパフォーマンスは出来そうにないんすよー」

 

日向の問いの答えが、若干嘘っぽいのが少し腹立つ。

 

「...伊月君。どう?いける?」

 

英雄の要望を跳ね返さず一考し、リコは伊月の意見を求めた。

 

「率直に言って、余裕があるわけじゃない。どこまで行けるか俺にも分からない。だけど、出来ないとは言えないな」

 

伊月の活躍は、黄瀬不在があってこその展開。そこが解消されれば、そう思えば不安はある。それでも、伊月の中にある不安よりも、プレイしたいという気持ちが勝っていた。

そして、その答えでリコの選択は終えた。

 

「よし、伊月君に任せるわ」

 

結果的に英雄の要望を受け入れ、伊月の継続起用を決めた。横目でチラつく、どこか満足気な英雄の顔はやっぱり腹立たしかったのは、口には出さない。

無茶しがちなこの面々を監督する上で、自己申告してくれる事についてはやりやすいのも事実だからだ。

 

「さぁ黒子君!待たせて悪かったわね!存分に暴れてらっしゃい!」

 

「はい!」

 

『幻の6人目』の力を最大限に発揮するタイミングでぶつける。海常に勝つ為には、これが必須条件であった。

活躍した伊月がいる状態で、黒子を投入すれば効果は更に期待出来る。英雄を休ませる事も出来、順調に事を運べている。

それでも、やはり黄瀬の同行が気にかかる。序盤と違って後先考えたプレーではなくなり、ただ勝つ為に牙をむいてくる。勝利に手が届きかけている今も不安が頭から離れなかった。

 

黒子 IN 英雄 OUT

 

「結局、マッチアップは1度もしなかったな」

 

バッシュを脱ぎ、深くベンチに腰掛ける英雄の姿を見た笠松は、先日のインタビューでの発言は何だったのかと愚痴を零した。

どのポジションでも守れる英雄が、チーム事情に左右されるのは仕方が無いのかもしれないが、結果的に昨晩行ったスカウティングが無駄になっていた。

 

「やはり黒子が出てくるか」

 

笠松に次いでベンチから出てきた森山が、ここまで温存されていた黒子の投入に目を向けた。

 

「(補照を下げたのは予想して無かったが)ああ、良くも悪くも予想通りだ」

 

「DFをボックス・ワンに戻す。日向のマークは引き続き頼むぞ、森山」

 

この段階で、黒子を抑えようという選択肢はない。中村がゾーンに加わり、その守備範囲を広げる方が遥かに期待出来る。

武内の指示に頷いた森山は日向の姿をじっと見ていた。

 

「もう少しの我慢だ!耐えろ!そしてラストスパートで大逆転、これ以外に勝機は無い!笠松!」

 

「はい!行くぞオメー等!!勝手にヘバるんじゃねーぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

既に体力の限界は直ぐそこまで訪れていた。そんな中でも目に力が残っているのは、最初からこの状況を予想し覚悟を決めていた事。

そして、自らの勝利を本気で信じているからである。

 

 

最後の10分の時計が、遂に動き出した。

第3クォーターで波に乗っていた伊月がボールを運ぶ。観客の誰もがそちらに注目し、黒子には気にも留めていない。

この時点で、黒子の投入タイミングは最良と言えよう。

 

「DFだ!DFでリズムを作るんだ!」

 

笠松の一声でスイッチが入り、森山が日向に厳しく当たり、4角形のゾーンを形成する。

これで、伊月も早々迂闊に飛び込めない。外は1枚に減り、中に集中できる。飽くまでも火神に対してマークをつけないと言う、リスキーな作戦を継続しているところを見ると、海常はまだ死んでいないという事だ。

 

「(それじゃあ、これなら)どうかな!」

 

左に向かって、ノールックのワンバウンドパス。その先に黒子がいて、ボールの軌道が直角に折れた。

 

「(『加速するパス』!)」

 

加速したパスは海常DFの隙間を切り裂くように、木吉の胸元に入り込んだ。

 

「(シュート!)早川!」

 

「ぃっやぁ!」

 

ボールの勢いを殺さず振り向く木吉に、2人がかりで挟み込む。楽にシュートを打たれては、ゾーンDFをしている意味が無い。最低限プレッシャーを掛けて、シュート精度を乱せなければならない。

すると、勢い良く飛び込んでくる早川の足元をボールが跳ねていった。

 

「パス!」

 

「火神だ!」

 

早川が振り向いた先には、ボールを受けた火神がいた。

既に助走は終わっており、体勢の悪くブロックに行けない早川の両手の上へと跳んでいく。

 

「ぅぉらぁっ!」

 

為す術なく叩き込まれたワンハンドダンクは、点差以上に精神的なダメージがある。

OFに黒子が混ざればリズムが変わり、タイミングをずらされたDFに致命的なズレを起こす。分かっていても対応しきれない。

黒子を何とかしたくても、誠凛に危険人物が多すぎる。

 

「最初はこんなもんだ!気にするな、点を取りに行くぞ!」

 

黒子を直接どうにかする気は端から無く、インサイドを固めてコースを限定できれば御の字と言うところ。運が良ければ、腕にボールが当たる事もあるかもしれない。

シュートチェック最優先で、ハンズアップで食らいつく。それで駄目なら、点を取る。

とにかく、これ以上点差が広がる事は防がなければならない。

 

「(アイツが来るまで!もう少し!)もう少しなんだ!」

 

 

 

 

「(あそこまで念入りにアップしてるとこ見ると、怪我ってのはマジみたいだな)」

 

観客席にいる青峰は、試合よりも脇でストレッチを行っている黄瀬を見ていた。試合展開に目が行かないように、コートに背を向けてじっくりと体を温めている。

 

「あ、あれ赤司君?」

 

横にいた桃井が向けた人差し指の方向に、赤司征十郎率いる洛山高校の面々が続々と席に着いていた。

 

「(やっぱり、赤司が勝ったのか)」

 

本日行われたもう1つの準決勝。その結果は青峰の予想と一致していた。勝者として威風堂々とした態度が何よりの証拠。

 

「んー、これはもう決まりかな」

 

「それは分からない。だけど、王手をかけたのは確かだ」

 

紫原と氷室の会話で、今度はコートに目を移す。黄瀬のいない海常が劣勢を強いられるのも、分かりきっている。具体的な内容に興味は沸かないと、直接得点板を見た。

 

 

 

海常高校 69-87 誠凛高校

 

第4クォーター2分経過し、間もなく20点差になる。

それでも消えぬ闘志に賞賛を送るものは多いだろう。しかし、主導権を奪われたまま10分以上プレーし、恐れていた限界点が遂に来てしまった。

 

「(1度タイムアウトを)」

 

「遅れました。まだイケるっスよね?」

 

TOを取ろうと立ち上がった武内の後ろから声が掛けられた。うっすらと汗をかき、悪くない仕上がりの黄瀬が長袖を抜いで、立っていた。

その後、メンバーチェンジが行われた。

 

黄瀬 IN 中村 OUT

 

「頼む」

 

「っス」

 

ハイタッチでコートに足を踏み入れていく黄瀬。1歩1歩と進んでいく中で、徐々に顔つきが変わっていく。

試合を目で見ていなくても、周りの反応で何と無く伝わっていた。歯を食いしばりながら、ストレッチをしたことは生まれて初めてだ。

練習試合で誠凛に負けた時よりも屈辱だった。

 

「(俺はエースだ。俺はチームを勝たせなければならない。なのにこの様)」

 

怪我をして、試合に出られず、気を使われる始末。お荷物同然な自分自身を何よりも許せない。

けれど、大事なのは今である。今チームの為に何ができるかである。

昔、中学時代に言われた黒子の言葉を、これ程痛感した日は無い。

 

「(仮に許されるとすれば、方法はただ1つ)」

 

「待ってたぜ」

 

すれ違い様に火神が声を掛けていた事は、全く耳に届いていなかった。

全てはチームが勝つ為に。集中を高め、やるべき事、出来る事を整理していく。

 

「(もう、どうなろうと構わない。明日がどうとか関係あるか。勝つんだ、今日を勝つんだ!)」

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