「...火神君」
「分かってる。今、黄瀬が入った瞬間、空気が変わった」
黄瀬に声を掛け無視された火神に、注意を呼びかけた黒子。だが、そんな事は火神も分かっている。
流れを変えるために交代選手を入れる事は良くあるが、本当に入っただけで変わる事など普通ありえない。
黄瀬は、己の存在感だけで試合の流れに変化を呼び寄せた。
ボールにも触れていないのに、黄瀬を中心に空気がピリつきだした。
「黄瀬」
「ボールを下さい...俺が何とかするっス」
黄瀬投入により、海常メンバーは少しの安堵感を感じていたが、黄瀬の雰囲気が直ぐに締め直させた。
笠松の声に反応するが、黄瀬の目は一点を見つめたまま。そんな背中を見せられては、笠松も無理をするなとは決して言えなかった。
よって、彼らもまた決意した。
「美味しいトコ取りで、可愛い子総取りか?いいぜ、今日は許す」
「ィバウンドは、任せぉよ!」
「今更俺がいう事もないさ」
森山、早川、小堀は何時も通りに接し、黄瀬に託した。だが全てを委ねたのではない。
「お前にボールを集めるが、俺らもオープンで待ってるからよ。偶にはパス回せよ」
彼等がいなければ黄瀬に出番が無かった様に、黄瀬がいなければ彼等の心が耐えられなかった様に。
海水よりもしょっぱい汗を共に流し、常に共に戦ってきた。時間と共に培ってきた信頼が今更失われるはずもない。
「DFから勝負を掛ける。プレッシャー掛けまくれ!行くぞ!!」
空気が変わっただけでは、この大差は覆せない。チームに勢いを付ける為、笠松は更に賭けへと乗り出した。
とは言うものの、先ずはOF。
大逆転への第1歩になるか、20点差で決定的になるかの瀬戸際。期待と不安が膨れ上がり、大きな分岐点の1つになるだろう。
「1本じっくり!」
このOFが失敗した場合のダメージは大きい。黄瀬に対する期待が、もう駄目かもしれないと言う不安が押しつぶし、5人の内誰かの集中が切れるかもしれない。
「出てきたトコ悪いが、ここで終わらせるぜ」
当然の如く、火神は黄瀬のマークに付いた。
残り時間8分で、差は18。ひっくり返すには、3Pも必要になってくる。特に緑間のロング3Pを決められると、逆転が現実味を帯びてくる。その為、火神はほとんどオールコートで厳しくマーク。
だが、黄瀬は見向きもし無かった。
「(コイツ...!なんて集中力を)」
ボールを運ぶ笠松の姿を確認し、何度も深呼吸を繰り返す。体内の空気を入れ替え、一瞬の勝負の為に力を溜める様に。
その行動が黄瀬の精神を研ぎ澄まし、更に深く意識が鋭くなっていく。
「火神!スクリーン!」
「はっ!」
集中の高まる黄瀬に意識を集中し過ぎた為か、ハーフコートを過ぎ超ロング3Pへの選択肢をなくしたと油断した為か、小堀からのスクリーンをモロに受けた。
すかさず笠松からのパスが黄瀬に渡り、絶好のシュートチャンス。
「やらせん!」
ドライブコースを遮る為に木吉がスイッチ。そのまま3Pへとモーションに入る黄瀬にハンズアップでプレッシャーを掛けた。
チェックを受けた黄瀬はシュートモーションを中断し、そのまま木吉の右をドリブルで抜きさる。ブロック困難な緑間の超ロング3Pで木吉を引き付け、青峰のチェンジ・オブ・ペースでドライブを仕掛ける。
「しまった!これは」
紛れも無く『完全無欠の模倣』であった。キセキの世代の技を再現するだけでなく、技を複合させることで更なる威力の上乗せも可能。
予想外でなくとも、この緩急は初見で止められない。外から見ていたが、体感すると反応しきれない。
「まだだ!黄瀬っ!」
木吉が抜かれれば、インサイドはがら空き同然。追い縋った火神が最後の砦。
ゴール下には入れさせないと、肩肘を張って黄瀬に横からプレッシャーを与える。
「(邪魔を...)するなぁっ!」
しかし黄瀬は構わず前進。フリースローラインから踏み切り、火神を完全に振り切った。
「(レーンアップ!?)ざけんな!」
アンクルブレイクを警戒した為に対応が追いつかない。横に力が向かっていてブロックも出来ない。出来るのは、黄瀬を見上げる事だけ。
それでも何とかしようと、右手を精一杯伸ばす。その負けん気は流石と言うところだが、些細な妨害で黄瀬は止まらない。
追い縋る火神の上から渾身のワンハンドダンクを叩き込む。
『ファウル!白10番!バスケットカウントワンスロー!!』
結果として、火神の対抗心が裏目に、そして流れを変える決定打となる。
チームを勢いづかせ、且つ誠凛に動揺を与えるレーンアップ。フリースローもゲットして、数字の上でも黄瀬投入の効果が表れている。
「負けねーっスよ。俺も、海常も!」
海常が勝つ為に、黄瀬が負けてはならない。以前より、火神や黒子との再戦を願っていたが、そんな悠長な事は言っていられない。1対1で必ず勝つ事が義務付けられた。
「(いきなり火神のコピーかよ。全く、自分が情けねーけど頼りになるぜ)」
つい先程まで感じていた重い雰囲気が吹き飛んだ。早川や森山が称えている中、笠松はエースの背中を見守っていた。
本人の態度が示す様に、大きな点差が残っている。まだまだ、大喜びする訳にはいかない。粛々とフリースローのポジションに着き、次の展開に備える。
一時的に時計が止まっても、黄瀬の雰囲気は緩むどころか鋭さを増す。審判からボールを受けて、笛がなり次第にショットを放った。
リング中央を射抜く完璧なショットが決まる。
海常高校 72-87 誠凛高校
「気にするな火神。取り返すぞ!」
序盤での黄瀬に散々やられた上に、十分な最策も用意できていない。このまま点差を維持できるはずがないのだから、気に病むだけ無駄である。
火神の精神的ダメージを心配して日向が一言。
「うっす大丈夫」
「いくぞ!当れ!!」
火神の返事を覆うような掛け声に他の海常メンバーも続く。海常決死のオールコートマンツーマンDF。
「なっ!」
スタミナの限界が訪れている海常が、残り時間6分以上もあるこのタイミングで勝負を掛けてくるとは思っていなかった。
気持ちの準備がまるで出来ていない。スローインの為にラインの外に出た木吉に小堀が詰めより、他のメンバーもマークに捕まる。
「(不味い!時間が...)」
「木吉!っぐ」
「(駄目だ)」
このままではヴァイオレーションになってしまう。日向がボールを貰いに行くが、森山が強引にその前に現れた。
虚を突かれて、冷静な判断が出来る状態ではない。
「こっちだ!」
「伊月!」
小堀の直ぐ後ろまで伊月が下がっていた。何とか5秒以内にスローインをしたい木吉には、伊月へのパス以外の選択肢が無かった。
「(甘いぜ伊月。幾らなんでも)隙だらけだぜ!」
伊月の脇の下から笠松の手が伸びる。『鷲の目』のお株を奪うようにボールを弾いた。ボールは勢い余ってコートの外へと向かう。
近くにいる小堀には反応できない。
「(ふざけんな!このチャンス逃がしてたまるか!)ぅぉおおおっ!」
空中でラインを割った瞬間、がむしゃらに笠松が飛びついた。ボールを得たが、伊月と木吉がいる為に、ゴール下にいる小堀にはパスできない。
「-----ぱい!」
自らの股越しに青い人影を目にした。
「(頼む)黄瀬ー!」
顔をはっきり確認した訳ではない。だが、パスを受けに来れるのは黄瀬しかいないと思った。
そしてその期待に応える後輩。床に衝突する直前にも、ほんの少し笑みが出た。
「(動き出しが早い!)待ちやがれ!」
黄瀬を追う火神だが、黄瀬の鋭すぎる反応に後手に回ってしまった。
「(俺がいかなきゃ!)」
ゴール前にいるのは木吉と伊月。笠松は転倒しており、小堀のチェックを木吉に任せるのが望ましい。
伊月はそう素早く判断し、止められなくとも足止めをすべく、黄瀬に向かう。
「(なんて気迫だ、笠松の比にならないぞ!)」
この試合で、笠松の凄さを存分過ぎる程に思い知らされた。勝利へと一貫した態度には尊敬に値する。
ボールを拾って猛スピードで突っ込んでくる黄瀬に対して、恐怖を感じた。
「シュッ!」
「はやっ過ぎる!」
このまま衝突寸前かと言う時にバックロールターン。伊月は微動だにできなかったが、切り返し1回分だけ火神が距離を詰めていた。
黄瀬の前に出ることは出来なかったが、ブロックを試みるには充分。恐らく黄瀬はそのままゴールへと突っ込むと読み、そのタイミングを見計らう。
すると、黄瀬は伊月を抜いて早々にシュートへの予備動作に入った。
「(またレーンアップ!?舐めやがって)」
黄瀬に合わせて火神もブロックに手を伸ばす。狙うタイミングはダンクを振り下ろす直後。
狙いを定め、黄瀬のボールを持つ手を確認すると、明らかに下手に持っていた。
「(ダンクじゃない!?これは、まさか!!)」
ゴールに真っ直ぐに向かう火神に対して、黄瀬の体はほぼ真上に浮き上がった。
火神は咄嗟に身を翻し、最悪の体勢ながらもう1度ブロックに飛ぶ。
「うーわー、すっげー」
外から見ていた英雄も自らの技を完璧に再現されて、大口を開けて驚いていた。
「(英雄のヘリコプターショット!)」
火神のレーンアップを布石にして、英雄のヘリコプターショットを放つと言う、最悪にして最高のコンボ。遥かに高度な空中戦を仕掛けてくる黄瀬に対して、これでは火神も的を絞れない。
回転しながら舞い上がるボールは、完璧にリング中央を抉る。
「(黄瀬君は頭脳派じゃない。その時その時の判断でプレーしてる筈なのに)なんてバスケセンス」
早い状況変化が伴うバスケットにおいて、常に数ある選択肢の中からより良い物を選ぶ判断力が必要とされる。
火神のレーンアップや、他のキセキの世代の技を使える状況で、難度が少し落ちるヘリコプターショットを組み合わせるというチョイス。あまりの事にリコも思わず脱帽した。
「(なんてこった。1分も立たない内に、流れが。流れが変わっちまった)」
ほんの少しの気の緩みにつけ込まれて、流れが完全に海常へと傾いた。厳しい時間帯はどこかで来ると思っていたが、あまりにも早すぎる。
たった2度のOFで5点差も詰めてきた黄瀬と海常に、未だ二桁差あるにも関わらず大きな危機感を与えられた。
「火神君っ!」
強烈な気迫に圧倒されかけた火神は、黒子の声で我に返った。自らのするべき事に立ち返り、ゴールを目指して走り出す。
誠凛メンバーが呑まれていた中、黒子だけは冷静さを保ち、リスタートを試みる。左足を軸に1回転し、遠心力を生かして遠く早くにロングパス。
黒子のサイクロンパスは海常の虚を突き、火神が走りこむ前線へと届けられた。
「火神に遅れるな!点取り返すぞ!」
切り替えが遅れたが、日向が走り出し伊月や木吉も続く。火神に追いつけるとかではなく、攻めるという姿勢の話。
事実、火神1人が抜け出しパスを受けた。
「くらえっ!」
燃える様な闘志をむき出しにし、黄瀬同様フリースローラインで踏み込んだ。真っ直ぐリングに向かって行くと、視界の左端に黄瀬の姿が映りこんだ。
「はぁぁぁぁっ!」
下から上へ、黄瀬の右手が火神の左手に合わせる様に振り上げられる。ボールは弾かれ、ラインを割った。
「(馬鹿な、ありえねぇ!いくら『完全無欠の模倣』っつっても)」
黒子のおかげで確実に黄瀬と距離を空けられ、対応できる者はおらず、決定的なチャンスのはずだった。それが、ブロックできるまでに追いついた。それが意味するところは、誠凛を更なる窮地に追いやる事となる。
「ははは、おいおい」
「これって、もしかして」
客席から見ていた青峰らには、この状況が良く見えていた。状況は明白、黄瀬が単純にスピードで追いついた。ただそれだけ。
「誠凛は海常を、黄瀬を追い詰めすぎた。嘗てない程にな」
黄瀬は今、全てを賭け、プレイの1つ1つの細部にまで精神を注ぎ込み、誠凛に勝つ事だけに没頭している。
「にしても、トリガーが火神と全く同じとはな。魅せてくれるぜ」
夏に戦った時とは違い、本物の”魂”を持つエースとなったその姿に、ついつい笑みを浮かべてしまうのであった。
「嘘っ!?」
嘘であってくれと願いつつ、リコは目を見開いていた。
コピーはあくまでコピー。紫原の体格を真似できないように、青峰の速度差を再現出来ても実際の最高速は変わらない。
しかし、黄瀬は追いついてしまった。つまり、黄瀬に何か途轍もない変化が起きている。
「さっすがキセキの世代。追い込んだら直ぐこれだ」
横に座っている英雄もあまりの事に皮肉を言っている。
「ZONE...!」
正面から向き合っている火神は、その顔を見て迷わずそう思った。
思えば、交代直後の独特な雰囲気は、今まで青峰や紫原から感じたZONE特有のもの。もはや疑いの余地は無い。
「黄瀬君...(やはり君は)」
それでも、黒子だけはそこまで驚いておらず、事実をありのままに受け入れていた。
IHで青峰と戦った時、先日に灰崎と戦った時、それらを見ていた黒子には、やはりそうなってしまうのだ、と納得してしまうのだった。
「(いけない、タイムアウトを)」
黄瀬のZONEは勿論、オールコートマンツーマンDFの対策を伝えなければならない。何より、流れを1度切らなければならない。
直ぐに立ち上がりTOを申請した。
「(なんて集中だ。俺らまでピリついてきやがる)」
ベンチに戻った黄瀬を見て、改めてZONEと言う物の凄まじさを感じた。黄瀬の発する気迫が針の様に肌へと突き刺さって来るような感覚に、勝利までの軌跡を見た。
他のメンバーも黄瀬の様子をチラリと見ているが、誰一人として話しかけられない。
「(この期待感。どう考えてもここで負けるチームの物ではないな)全員聞け」
現時点での点差は13。ほんの僅かなミス1つで試合は終わる。どの道、この勢いでの1点突破しか選択肢がないのだが、武内は今一度の状況把握を行った。
「分かっていると思うが、ラストシュートは黄瀬に任せることになる。が、そこまでのプロセスに手を抜くな」
試合の4割を回復に当てて、黄瀬の『完全無欠の模倣』はフルに使えるようになった。しかし、本来の使用限界は5分。第4クォーター残り時間約7分から勝負に向かった為、単純計算で2分足りない。
黄瀬の個人技頼みにしてしまうと、半ばで力尽きる恐れがあるのだ。だからといって、今の黄瀬にペース配分が出来る訳じゃない。逆転勝利はあくまで周りのフォローがあってこそ。
「疲れがあるのもDFで手一杯になっているのも分かった上で言う、シュート意識は捨てるな、体力が無いなら頭を使え、お前たちになら出来るはずだ」
今の黄瀬ならどんな状況でも点を取ってくれるだろう。しかし、黄瀬しかシュートを打たないのであれば話は別。マークは厳しくなり、警戒も集中する。そして、無理なシュートも増え、体力はどんどん減っていく。
そんな時、マークから抜け出してパスを受けに行けばよい。黄瀬に意識が集中しているなら、逆サイドにパスを捌いてチャンスを作ればよい。
何時、足が止まりだすか分からない4人に対して、武内なりの激励を送る。
「紫原に続いて黄瀬もかよ」
対して誠凛ベンチ内の雰囲気は少々荒れていた。大きな点差が目に入らない程に焦りを感じている。
マッチアップの火神は特に動揺していた。
「こう立て続けに見ると、有り難味が薄れるね。どこぞの戦闘民族の様な」
既にジャージを着衣後の英雄は、火神の頭にタオルを被せながら緊張感のない台詞をはいていた。
「どちらにしろ悪い冗談ね」
英雄の言う事も分からなくもないが、笑えないとリコは言う。
「とにかく。問題点は、黄瀬君とオールコートの2つね」
ぼやいていても何1つ解決しない。直ぐに切り替え、問題点を洗い出した。
「先ずは、海常DF。捕まらない様に足動かす事、後は難しかったら黒子君を中継する事」
オールコートマンツーマンDFの威力が凄かろうが、海常が疲労を抱えた上に黒子もいる。落ち着いてプレイすれば、ボールは運べる。
だがしかし、もう1つの問題に対する策が無い。
「英雄」
「...!」
せめて流れを変える切っ掛けをと、英雄の名を呼んだ。その声を聞いて、伊月は静かに目を瞑る。パスや場を回す事が出来ても、状況を打破する力がない。黒子や英雄にバトンを渡さなければならない理由も分かる。それでも、コートに未練を残してしまっている。
「聞いてるの英雄!」
「どーすか?」
「ん、いー感じだ」
当の本人は、リコの声に気が付かず、木吉の肩を揉んでいた。
「おい英雄。ってバッシュ履いてねーじゃん!」
「てか裸足!?どーりで違和感があると思った!」
横にいた降旗が肩掴んで呼びかけるが、何故か裸足の英雄に気付く。
さっきからペタペタ聞こえていたのはこれだったのかと、小金井が盛大につっこんだ。
「ちょっと!状況分かってるの!?直ぐ履いて準備して!」
「待って待って、今ここのコリをだな」
このままでは、TOが終わってしまうという時に、英雄は肘を使って木吉の肩をほぐしていた。
「いーから早く!」
「うわっ!投げつける事ないじゃん」
紐の解けたバッシュと中に収められていた靴下ごと投げつけられた英雄は、仕方なくその場で座り込んで準備を始めた。
「ぅおっ、くっさ!汗でグッショリ、たまんねー」
「いーから、シャンシャンせいやー!」
モタモタと急ぐ素振りを全くしない態度に、痺れを切らしたリコのエルボードロップ。英雄の顔が横に弾けた。
「アンタこんな時になにやってんの!」
「ごめんごめん。でもさ、俺が出たところであんまり変わらないよ?」
「え?」
当然の怒りに笑って誤魔化しつつ、急に真面目なコメントを言う英雄。表情も落ち着きリコは戸惑う。
「ここまでいい感じで来てるのに、ここで折れたら勿体無いっすよ俊さん。俺にやらせろ、くらい言えないと」
再び笑いながら伊月に目を向け、遠まわしに交代するつもりが無いと言う。
「後、火神」
「...何だよ」
「黄瀬君にボロカスにされても誠凛が勝つから安心しろ」
「てめぇ!どーいう意味だ!」
「間違えた。仮に、ね。仮に」
「仮に、付けたら許されると思ってないだろうな」
火神に対しては相変わらずというか、今日に限ってまともなエールは1つも無い。
何と言うか、英雄からはゆとりを感じられる。
「つまり、あれだ。俺が出まいと勝つのはウチって事」
何故出たらがらないのか。その理由は全く分からないが、英雄の中で勝利は決まっているらしい。
そんな事をしていると、再開のブザーが鳴った。
「...ごめん伊月君。このままお願いするわ」
「ああ、勿論」
良く分からないままうやむやにされ、結局伊月に任せることになった。
「鉄平さん」
「ん?」
微妙な空気のまま試合へ戻る中、木吉を呼び止めた。
「多分、鉄平さんがキーポイントになるかもです。皆のフォローばかりにならないで下さい」
「(分かったような、分からないような)」
頷いてみるものの、具体的なイメージも、何を以ってのアドバイスなのかが、全くピンとこなかった。
時に着いて行けない程の独特なゲームビジョンを持つ英雄は、火神でも黒子でもなく自身に何かを見たのだろうか。
「ったく、ひっさびさに炸裂だな。アイツのトンデモ」
今日はやたら大人しいなと思って油断したところにやってきた。それを許してしまう自分達も問題なのだが、厄介な事に実績があるのだ。
キャプテンの日向は、スーパー問題児に頭を悩ませていた。
「(少なくとも悪い雰囲気が消えてるんだよな)悪い冗談だ」
「-----てん、あのすいません」
「おぅっわ!って、いたのか黒子」
「はい、さっきから呼んでました」
どこか強張っていたメンバーの表情の変化から、英雄の事を内心愚痴っていると、意識の外から黒子が現れた。
「黄瀬君に関してなんですが」
他のメンバーを集め、黒子から黄瀬の対策について説明を受けた。最中に時計と点差を確認し、現状をもう1度把握していく。
「いいかもな。点差はあるんだ。試してみる価値はあるんじゃないか」
1番に伊月が賛成し、後も続く。
元々、万全の体制で臨んだ訳じゃない。英雄にも出れない理由があるのだろう。その上で、ムードメーカーとして役立つの言うのなら、納得も出来なくもない。
例え小さくても今出来る事を全て集めてぶつければ、勝てない勝負ではないのだと。そう信じて。
「よし、やる事は決まった。だが、気持ちで負けてたら駄目だ。最後まで走っぞ!」
敗因を考えるにはまだ早い。肩を組んで円陣を作り、日向の掛け声で団結を促す。
海常共々、誠凛側のゴールに集まり、戦う準備は整った。
「DFDF!一気に追いつくぞ!!」
海常も笠松の一声でギアを入れ替える。言葉と裏腹に、オールコートではなく通常のマンツーマンに変更した。
「(5点差詰めて流れも変わったから、型を戻したのか)マジで勝ちにきてるな」
引き続きオールコートで来てくれれば、穴もあってやりようもあった。耐え切れれば海常が失速し、勝利が決定付けられた。
だが、そうしなかった。勢い任せにせず、ほとんど無い余力を残す選択をした海常の冷静さに、伊月は改めてこの試合の難しさを感じた。
「それならそれで構わねぇ!パス回していくぞ!」
性格柄、不安要素に目がいく伊月に強気な日向が声で引っ張る。
「(ホント、頼りになるな。俺もこういうとこは見習わないと)」
「ねぇ英雄」
「分かってる。念の為、準備はしておくよ」
試合が再開されたと言うのに、リコは英雄に疑問を抱いていた。
先程とは違い、テキパキとバッシュの紐を結びながら返事をした英雄。
「そうじゃなくて、やっぱり今日のアンタ変よ。いや、まぁ、変なのは何時もなんだけど」
「なんか普段がまともに聞こえるね」
「自分で言うな!」
ペースを合わせていると本題がズレていく。正念場に突入した今、雑談できる余裕は無く、話す気が無いのであれば仕方ないと話を切るしかない。
「見ておきたかった。外から誠凛がどういうチームなのか知っておきたかったんだ」
それ以外、英雄は何も語らなかった。リコでさえ、何を考えての言動かは分からないまま。
海常との戦いは、今まで以上に気を抜けない展開を向かえ、直ぐに頭から離れた。ただ、心の中に疑念の種が徐々に大きくなっていくのだった。
捕捉:原作における「コピー」の定義が、この辺りに限って曖昧になっていた為、はっきりしておきます。
あくまで再現であって、身体能力は向上しない。作中の黄瀬もきっとゾーンに入ってた。そんな考察の上で進めます。
他意があれば是非