黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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青のエースは黄瀬涼太

「えっ?それだけ、か?」

 

黒子から簡略化された説明を受けた誠凛メンバー達。詳細まで話す時間は無い為、方法のみを聞いたのだが、その表情は少し曇りを見せていた。

 

「詳しく話したいのはやまやまですが」

 

黒子としても、納得した上での了承を受けたいが、一言で説明するのは難しい。

 

「どうする、カントク」

 

「そうね」

 

事実上、黄瀬から点を取る方法。黒子の提案は、ある意味メンバーの予想を超えており、今1歩踏み切れないでいた。

 

「根拠を教えて」

 

「根拠は黄瀬君の『模倣』。そのものです」

 

黒子が考えている事のさわり部分しか理解出来ていない。リコは黒子に問い掛け、目を見つめた。

その目には、自身たっぷりとまでも行かないが、真っ直ぐ迷いはなかった。

 

「おっけ。点が取れるならそれに越した事ないしね」

 

黒子の提案を受け入れた。

本音で言えば、リコの言うディレイドOFによる逃げ切り作戦を実行したい。2度目もあって、問題なく効果は発揮されるだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「よっしゃ!」

 

「喜んでるトコ悪いけど、火神君のはやっぱり却下させてもらうわ」

 

どの方法であってもマッチアップするのは火神であり、なるべくならばモチベーション低下は防ぎたい。

元々追われる立場になれておらず、英雄が言った様に火神と黄瀬との勝負は試合の結果に対して、そこまで影響しない。逆境からの勝負強さを持つ火神もこの状況では、潜在能力が発揮できなかった。

リコは黒子の話を聞きながら、やはり勝負に拘りたいと判断を下した。

差が一桁になり、余裕が無い以上、黒子に許せるチャレンジは1回のみ。それで駄目なら、即英雄投入し、海常の焦りを煽って逃げ切る。

 

「火神君の気持ちも分かるけど、英雄も休めてるし、何が起きても対応してみせるから」

 

「...わかった、す」

 

火神の危機感が何を以ってしてのモノかが分からない以上、リコは却下せざるを得ない。

そして、火神もここでしつこく喚くほど馬鹿はない。証拠の無い疑念よりも仲間の腕を信じることにした。

 

「英雄。何時でもいける様に準備しといて」

 

「あーい」

 

後退してから少々時間が経っている。冷えた体では勝負所に対応できるはずもなく、今から再びアップを始めさせる。

今出すよりも、コート内の空気を換えたいタイミングに備えた。

 

「それじゃ、よろしく!」

 

 

 

 

「よし行ってこい!」

 

海常はTOの全てを回復に当てて、特別な指示を与えたりはしなかった。黄瀬の異変にも気付いてはいたが、本人の意思を尊重し、もう少し様子見をと判断した。

 

「(補照は、出てこないのか。出たところで黄瀬をなんとか出来るとも思えねぇが)」

 

誠凛と比べてゆっくりとコートに入る笠松は、英雄の存在がどうしても気になっていた。

流れは間違いなく海常にある。連続でカウンターを決めて、点差を一気に縮める事に成功した。対抗する為の英雄投入は予測しやすい展開であるが、誠凛はそうしなかった。

恐れていた逃げ切り戦術もしてくる気配はなく、誠凛が悪循環に陥っているのならば喜ばしい事。だが、ここまで勝ち上がってきた誠凛が自滅すると、どうしても思えない。

 

「(それよりも)黄瀬」

 

「後、9点。大丈夫。まだ」

 

振り向かず背を向けたままの黄瀬は、疲労の泥沼に片足を突っ込んでおり、会話も陰りを見せていた。

集中を維持出来ている事は良いが、TO中に拭いたハズの汗が再び滲み出している。

 

「さっきのパス」

 

「え」

 

黄瀬は頑張っている。そんな事は、事情の知らない観客ですら分かっている。今更、笠松が口にする訳にもいかず、それでも何か力になれないかと言葉を続ける。

 

「さっきの早川へのパスは良かったぞ。俺もオープンで待ってる」

 

今の笠松に足を使ってマークを振りほどいたりはできない。膝も落ちて、アウトサイドシュートの精度も苦笑いが出る程度で、黄瀬の選択肢が少し増えるだけ。

 

「......ありがたいっス。ちょっと楽になりました」

 

今まで無表情のままだった黄瀬に少しだけ笑みが生まれた。

誰が取っても同じ得点。なんとかしなければと、必死で自らを追い込み続けた黄瀬の心が和らいだ。

 

 

 

 

誠凛は先程と同じ様にトライアングルOFを仕掛けた。

パスを回しながらもチャンスを窺う。やはり警戒するあまり、火神と黄瀬と距離を取っていた。

 

「焦るな!パスばかりになるなよ!足使ってチャンスを作るんだ!」

 

「(なんだ。何を狙ってやがる)」

 

誠凛のタイミングを見計らう姿勢は、笠松らにも伝わっていた。

見た目ではさっきと同じ。黄瀬のヘルプを警戒し過ぎて、OFも狭苦しくスペースもイマイチ作れていない。

何か明確な狙いがあっての事だろうが、海常には全く分からなかった。

 

「木吉!」

 

「これは!」

 

やはり同じ展開。

木吉がパスを受けに前へと出る。そして、パスを出した伊月を含めた誠凛メンバーは、木吉から距離を取って、周辺にスペースを作った。

この特定の選手の為に前方含めたスペースを作る事をアイソレーションと言う。

 

「(木吉と小堀の1ON1!この展開は...)何だ!?何を狙っている!?」

 

散らばる他の誠凛メンバーは、警戒していた黄瀬との距離が近くなることも構わず、OFを木吉に丸投げした。

これが狙いなのかと、笠松の理解が追いつかない。黄瀬のヘルプDFは木吉だろうと関係なく迫る。

 

------正直、こんな無責任な提案はしたくないのですが、もう木吉さんにしか頼めません。本当に難しい事なんですが、出来ますか?

 

「(あんな聞き方されて、出来ないとは言えないな)」

 

「来い木吉!」

 

TO中、後輩に言われた事を思い出す木吉。少しずるい聞き方だと思うが、仲間に頼られて悪い気はしない。

待ち構える小堀の向こう側を目指して、トリプルスレッドからのドライブ。

 

「(早い!)」

 

これまで、全国のゴール下と張り合って来た木吉だが、平面でのプレーもレベルが高い。

小堀もフットワークの悪い訳ではないが、疲労と急展開で足が思うように動かなかった。Fと見間違う程のドリブルスキルで、小堀を抜き去る。

 

「(平面でもここまで出来るのか!)くそっ、早川ヘルプ!」

 

ゴール下でも分が悪かったが、平面では対応しきれない。今まで見た事の無いOFオプションに、海常DFが後手に回る。

シュートに行く木吉を早川では防ぎきれないと分かっていても、必死に指示を飛ばす。

 

「(ここからが)勝負!」

 

ヘルプの早川はコースから離れており、向こう側から一気に距離を詰めてくる黄瀬が最後の砦。

ダンクでは不安。バックボードを使って、ブロックしてもゴールテンディングが適応されるコースにレイアップを狙う。もしくは、フックシュートというところか。

 

「(させない!)」

 

黄瀬の超速ヘルプ。ブロックの為の助走をしながら『天帝の目』で仕草を読む。『後出しの権利』でのダブルクラッチも今なら反応しきれる。

 

「(いや、これは、パスっ!)」

 

「ここだ!」

 

黄瀬がブロックに跳んだ瞬間、木吉は下にボールを落とした。

 

「火神君!」

 

落下していくボールは鋭く弾かれ、黄瀬の足元を通って火神の手に渡った。ヘルプの裏を突く形で綺麗なパスを受けた火神は、流れを大きく変えるミドルシュートを放つ。

 

「決まった...入ったー!」

 

あまりにあっさりと得点できた為、喜びが遅れてやってきた。コートにいる者もベンチにいる者も同じ様に送れてガッツポーズ。

やっとの事で待ちに待った得点が、得点板に加算される。

 

「けど何で?」

 

嬉しい事には違いないが、少し釈然としない。今でも黒子の言う死角についてなにも理解していないのだ。

小金井を中心に、今までと何が違うのかを考えていた。

 

「.......」

 

「あー!あー!なるほど、そっかー!確かにそうだよ」

 

リコも一緒に理解に努めていると、横から謎に気づいてスッキリしたかの様な声が聞こえる。膝に肘を立てて首を置き、ニヤニヤと楽しそう。

 

「何よ。気付いたんなら教えなさいよ」

 

「えー。リコちゃんたらわからないのー?」

 

明らかな小バカにした態度に、頬がひくりと動いた。

 

 

 

「(一体、何がおきたってんだ)」

 

これ程簡単に決まった事を何かの間違いと思いたい。笠松を始め、海常側の面々、そして観客に至るまで、得心がいかなかった。

海常がOFへと切り替え、笠松がボールを運ぶ途中に、今のプレーを思い返していた。

誠凛OFは木吉のアイソレーションから始まり、小堀をかわしてゴール下まで迫る。ヘルプの黄瀬をギリギリまで引き付けて、黒子を中継して火神にパス。ほぼフリーになった火神は、余裕を持って火神がフィニッシュ。

 

「(まさか。そういう事、なのか?)」

 

得点までの流れを見ると、黄瀬を火神から引きずり出した上でパスを回すと言うもの。だが問題は、何故ここまで綺麗に嵌ったのかという事。

誠凛は明らかに何か目的を持って、このOFを選択したはずなのだ。失点の危機には必ず現れる黄瀬の対処法の根拠を持っていたはずなのだ。

 

「(多分、黒子っちだ。それ以外に考えられない)」

 

黄瀬自身、何が起きているのか把握できていない。それでも、この裏に黒子がいる事だけははっきりと分かった。

初心者だった中学時代からこれまで、高い洞察力を持って観察され続けた。自覚していない穴の1つも見つけられたのだろう。

 

「(結構自信あったんスけどね...けど、はいぞーですかって訳にもいかねーっス)」

 

このまま押し切れないと言う予想が当った事を、喜ぶべきか悲しむべきか。どの道、やる事も出来る事も変わらない。大きく深呼吸をして頭のスイッチを切り替えた。

 

 

 

「(何だか分からないが、点が取れた。これは、イケる!)よぉし!」

 

逆に誠凛は、今までの不安が吹き飛び、硬さも消えてDFも良好に向かう。

得点出来ると分かれば、本来のラン・アンド・ガンに戻せる為、リズムが安定する。

得点に直接関わらなかった日向も、黒子の真意を理解出来ていないが、それで勝てるなら問題ないと、プレーに集中。

 

「(けどなんでだ。俺はまだ、黄瀬に恐怖を感じている)」

 

これからのOF全てが成功しなくとも、一気に点差を詰められなくなった事は、海常にとって致命的。

火神の潜在的な不安は、それでも消えていなかった。

 

「火神君!」

 

「っ!やべぇ!」

 

漫然とDFに戻っていた火神は、黄瀬のチェックを怠った。その隙に超ロング3Pを容赦なく放つ黄瀬。

取られた点をその場で取り返し、まだやれるのだと、味方を含め見ている全ての者達に誇示をした。

 

「集中しろ!散漫だぞ!」

 

今のミスは、日向らの顰蹙を買う。勝てる試合だからと言って、エースがぼんやりしだしたら話が変わってくる。

つまり、日向の水平チョップを受けるのも仕方ない。

 

「いでっ」

 

「火神君」

 

流石の黒子も目つきが厳しい。真剣勝負の場で負抜けた態度を取る事は、幾らなんでも認められない。

 

「分かってるよ。海常が諦めない限り、結果は分からないっつーんだろ」

 

「なら、いいですが」

 

黒子がいかにも言いそうな事を先に言って、火神はOFに向かっていく。

別に舐めた訳でも、勝利を決め付けた訳でも、黄瀬の怪我に同情した訳ない。だからと言って、不安に押しつぶされる様な訳でもない。

火神は気を取り直して、海常ゴールを狙う。

 

海常は何も変わらず、ハーフコートのマンツーマンDF。

正確には変えないのではなく、変えられない。

 

「楽にパス回させるな!」

 

分かっている事は、木吉の1対1から始まっている事。分かっているなら、その形を使わせなければ良い。

2度目ともなれば、黄瀬以外でなんとかヘルプが出来ないかと画策する。

 

「(駄目だ、足が止まり始めてる)」

 

対抗策は幾つかあるが、実行できないのだ。

結局、じっくりとパスでリズムを作り、木吉のアイソレーションまで繋げられた。

 

「(くそっ!ほんの少しでも回復すれば)」

 

競り合いならば何とか出来なくもないが、ドリブルの切り返しに突いていけない。小堀は、悔しさのあまりタラレバが洩れてしまう。

シュートへと向かう木吉に、やはり黄瀬が飛び出した。

 

「(くぉこさえ、なんとかすぇば)」

 

全く同じ展開に持ち込まれてしまったが、早川はあえて黄瀬にチェックを任し、自身は黒子の影を追った。

同じ展開という事は、木吉の直近に必ずいなければならない。後は駄目もとで、体をつかって火神へのコースを遮る。上を黄瀬、下を早川で対応。

 

「(早川さん!これなら!)」

 

珍しく機転を利かせた早川の判断で、黄瀬はブロックに集中できる。黒子のケアを任せて、木吉の歩幅に合わせた助走を取った。

 

「おおぉおっ!」

 

途中まで本気でシュートを狙い、相手の出方次第で切り替えるのが『後出しの権利』。火神から離れてヘルプに向かうところもばっちり確認されていて、何よりパフォーマンスが徐々に落ちて来ている。

最後まではもたないだろう。しかし、意地がある。止められる内は止める。決められるうちは決める。動ける内に追い付いてみせると、黄瀬は真っ直ぐに跳んだ。

 

「(パス!)」

 

直接シュートであれば黄瀬がとめていた。やはり木吉は下方にパスを捌き、黄瀬をいなす。

 

「(逆サイドにはさせない)」

 

黒子の居場所は特定できなかったが、木吉の近くから火神までの間に早川が両手を広げて壁を作った。

そんな早川の読みとは裏腹に、ボールはリング目がけて跳ね上がった。

 

「(シュート!早すぎる)」

 

「(違う!これは)」

 

黒子がシュートを打つという選択は、想定していなかった。だがそれにしてもあまりにもクイックネスが過ぎる。黒子にそんなマネは出来ないはず。

つまり、これはパスなのだ。『完全無欠の模倣』の欠点を突く、アリウープパス。

 

「っしゃぉらぁあああ!」

 

ボールは黄瀬を追い越して、走りこんでいた火神の手に渡る。そして、リングに叩きつけたボールが、着地した黄瀬の頭にドンと当る。

 

「った、TO-!」

 

2度も続けばマグレで済まされない。武内は焦りを隠せず、審判席に駆け込んだ。

10点差まで辿り着いた海常に、大きく壁が立ちはだかっていた。

 

 

 

「なるほど。そういう事か」

 

「征ちゃん分かったの?」

 

客席に団体で観戦していた洛山のキャプテン・赤司は、誠凛の狙いを看破していた。

同じく観戦していた実斑は、その答えを問う。

 

「涼太の『完全無欠の模倣』は、あくまで再現というところがポイントだ」

 

大本のコピー自体も、黄瀬のキャパシティ内に収まるものであれば1度見れば習得できるが、超えてしまうとできない。

『完全無欠の模倣』も、足りない要素を別のもので補っているが、それは似ていても別のものなのだ。

黄瀬は何でも出来る様に見えて、端的には適性が存在している。

 

「でもさー、なんだかんだ言って全部できてたじゃん」

 

実斑のとなりから葉山が首をつっこんで、更に質問を加えた。

 

「スキルは、だ。どれだけ涼太が才能に溢れていても」

 

 

 

 

「技は真似できても体重は増やせないし、身長も伸ばせない。ってこと?」

 

誠凛ベンチでも黒子から説明を受けており、リコが要約して確認する。

 

「はい、間違いないかと」

 

キセキの世代のコピーの中で、紫原のコピーだけは、黄瀬であっても不十分なところがあった。

紫原は、元々の長身で飛ばなくてもブロックできる上に、何度も高いブロックに飛べる。黄瀬も連続ジャンプが出来ない訳ではなく、ブロックも高い。

問題は、跳んでから着地するまでにある。跳躍力自体は紫原よりもあり、体重も軽い為、宙に浮いている時間も長い。よって連続ブロックしようにもタイムラグが発生し、間に合わないのだ。

木吉が1対1で抜いて黄瀬を引き付け、『後出しの権利』によってギリギリで黒子に預ける。後は、火神のミドルシュートにしろ、アリウープにしろ、黄瀬が動けない僅かな時間で得点できる。

 

「いやー流石だね」

 

「え、英雄君は既に分かってたと思ってましたが」

 

意味深な言動をしておいて、理解したのはついさっき。そうなると余計に英雄の考えが分からない。

 

「そんな事ないよ。鉄平さんが頑張ってくれれば、順平さんのトコとか空くと思うし。黄瀬君もヘルプに迷うかなってくらいのもんだよ」

 

英雄ととしては、火神と黄瀬から距離を置いて、逆サイドを木吉と日向で攻めれば良い形が作れると思っただけ。黒子の考えなど持っての外だった。

 

「けど、まだ試合は終わってないしね」

 

だが、この先の展開について、英雄はある予期をしていた。それは先程から火神の勘に引っかかった事と同じ。

 

 

 

「(どうして、どうして今まで気付かなかった!)」

 

黄瀬の脳内はパニックに陥っていた。分かっていたからと言って何か出来た訳ではないが、自責の念が止まらない。

『完全無欠』と謡っておきながら、技ではなく黄瀬自身に欠落が見つかった。黒子を褒めるしかないが、そんな余裕は一切無い。

体力がなくなる前にせめて同点と考えていたが、それすらも難しい。

 

「黄瀬」

 

「すいません」

 

笠松の声に応えるための言葉が見つからない。

 

「いいから」

 

「すいませんすいません!」

 

声は届けど、言葉は届いていない。笠松や他のメンバーの顔を見ることも出来ない。

 

「いいから聞けよバカヤロー!」

 

汗で濡れたタオルを全力で振り下ろされた。バチン、と黄瀬の頭を叩き、意識をこちらに向けさせた。

 

「最後の頼みがある」

 

聞きたくなかった言葉を耳に入れてしまった。海常の勝利は絶望的で、そんなことはないと否定する事も出来ない。

怪我さえしなければ、もっと強ければ、そんな想いが噴出して、涙が今にも溢れてしまいそうだ。

 

「『完全無欠の模倣』をやめろ」

 

笠松の言葉は、黄瀬の予想を大きく外れていた。

今後の為と理由をつけた交代を受けると思っていた。

理解が追いつかない。最大の技を捨てて、一体何をするというのか。ダラダラと思い出作りをしろと言うのか。

 

「確かに大した技だよありゃあ。けどな、お前がいなくなった時点で元の木阿弥なんだ」

 

最後のブザーが鳴るまで、試合を捨てるつもりは笠松にも無い。単に出来ない無茶はやめろというだけ。

 

「そもそも、俺達はお前に『キセキの世代』の誰かになって欲しいと思った事はない。海常のエースは黄瀬涼太だ」

 

勝つ為に習得した『完全無欠の模倣』。尋常でない威力を誇り、あっという間にゲームを支配できる。

しかし、こうも思うのだ。

 

------黄瀬涼太の力は、決して劣らない

 

他のキセキの世代の技が出来る事よりも、そこまでの過程で培われたものを信じたい。

依然は出来なかった業が出来る様になった。つまり、黄瀬は確実に力を増している。

 

「あ...ぁぁ」

 

言葉が出なかった。つい先程と意味合いが違う。

無理に出そうとすると、先に涙が出てきそうなくらい黄瀬の心は温かくなっていた。

 

「他の誰かがどう言おうと、俺達はお前を信じてる。だからお前も信じてみろ」

 

笠松の言葉に他のメンバーも相槌を打ち、最後まで共に戦う決意をした。

 

「よし。先ず、空気を入れ替えるぞ。中村」

 

とにかく、何か変化を求め、武内は中村の名を呼んだ。

 

中村 IN  小堀 OUT

 

TOが終わって、再開される前にメンバーチェンジを行った。

海常は、動けなくなった小堀を下げて、パススピードを既に体感している中村を投入。少々賭け要素が大きくなるが、高さを捨て機動力を上げた。

 

「(スクリーン!)」

 

海常のOFはやはり黄瀬を中心とする。それ自体は想定済みであり、何の驚きも無かった。

しかし、黄瀬の単独によるものではなく、早川のスクリーンから抜け出す。

 

「黄瀬!」

 

アウトレンジまで抜け出した黄瀬が、笠松からのパスを受ける。

火神もファイトオーバーで対応し少し遅れて、3Pをチェック。

 

「っ!(パス!)」

 

火神の脇をパスが一閃。木吉が早川を追った為に、ゴール下のスペースが空いていた。

そのスペースを中村が突いて、フリーでレイアップを決める。

 

「よーし!いいぞ!その調子だ、中村!」

 

まだまだ走れる中村が、他のメンバーの分まで走る。

攻守を切り替え、マッチアップも変更。木吉に早川、黒子に中村で、他の変更は無し。

 

「(今まで以上に、木吉は効果的にプレーできる)」

 

小堀が下がった事で、高さのミスマッチが使える。だが、中村が黒子を捉えられないまでも効果的なポジショニングで、パスワークを削ってくる。

このままでは埒が明かないと、直接ローポストの木吉にボールを入れた。

 

「(ヘルプは来ない?)だったら!」

 

横目では黄瀬に動く気配がない為、背後の早川との勝負を選んだ。スピンムーブで反転し、シュートを狙う。

 

「おおっ!」

 

早川を力で押し込む為に1度ボールを胸元まで引き付けた時、中村がボールを弾いた。

黄瀬を意識するあまり、早川以外を見ていなかった事が原因である。

 

「しまった!」

 

「速攻!」

 

前線に向けたロングパス。中村のパスの方向に黄瀬は走り出しており、ワンバウンドしたボールを掴んで更に前へと走り出す。

 

「速い!」

 

追いかける火神を突き放し、レーンアップではなく、通常のワンハンドダンクを叩き込む。

 

「まさか...」

 

「どうした黒子」

 

1回ずつの攻守で黒子は変化に気がついた。

 

「もしかしたら、黄瀬君は『完全無欠の模倣』を使わなくなったのかもしれません」

 

この一言では、その意味するところは理解しにくい。

単純に黄瀬のパフォーマンスが落ちたと捉える事が出来る為、誠凛にとって都合の良い事に聞こえる。

だが、他のキセキの世代の技を使わないとしても、黄瀬にとっては微々たる事なのだ。

何故なら、黄瀬はZONEに入っているからである。




(『完全無欠の模倣』+ZONE)-『完全無欠の模倣』=ZONE
結局止められない。

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