黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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凄い奴ら

残り時間は間もなく2分を切る。

本来ならば、『完全無欠の模倣』の制限時間を満たし、黄瀬は失速するはずだった。

度々TOで試合が切れて消耗を軽減できたのか、少なくともまだ黄瀬はコート上にいて、変わらず猛威を振るっている。

 

海常高校 86-91 誠凛高校

 

誠凛OFからになるが、現時点で5点差。やはり黄瀬の凄まじさを実感する。

だが、人知れず黄瀬の限界は訪れていた。

 

「はぁ...はっ...はっ」

 

始めから、ZONEとの併用は無茶だと承知の上でここまでやってきた。そして、その反動が体を蝕む。

笠松らの声で気持ち回復したものの、何時終わるかも分からない。

 

「(あと少し、もう少しだけ言う事を聞いていくれ)」

 

海常が信じた黄瀬涼太を信じると決めたばかりなのに、あっさりギブアップなんて出来やしない。

今まで培ってきたものを頼りに、最後の勝負をかけるのだ。

 

「(黄瀬君)」

 

相手チームにいる者ながら、黄瀬の姿に感動を覚えてしまう。

徐々に力が剥がれていき、残ったのは積み上げてきた味方の信頼と努力の結晶。

黒子の目には、苦しそうな表情と共に流れる汗が美しく見えた。

 

「黒子」

 

「はい。こっちもギリギリです。火神君の力が必要になります」

 

先にOFに向かう火神と黒子。

木吉を起点にする戦法は効果的だが、繰り返して止められた以上、別の方向から攻めなければならない。

つまり、今必要なのは火神のOF参加である。

4人での展開では、限定されたスペースを更に切り分ける為、色々と限界があるのだ。

 

「わかってる。端から簡単に終わると思ってねぇ」

 

リコには悪いが、やはり悪い予感は当たってしまった。

黒子が言う様に、『完全無欠の模倣』を今後使ってこないとしても、ZONE状態の黄瀬が弱体化したと言えるものか。

青峰や紫原と同じ様な展開になったが、火神もそうならなければ対等にやり合う事も出来ない。

 

「っふふ」

 

「火神君?」

 

黄瀬に競り勝つイメージは皆無だと言うのに、火神の口元は緩んでいた。

 

「すまねぇ。この感じが妙に懐かしく感じてよ」

 

幾つもの強敵と戦い、幾つもの窮地を潜り抜け、あっという間にも感じる月日の流れ。

それでも海常との練習試合は昨日の事の様に思い出せる。

キセキの世代という存在を直接肌で感じたあの瞬間に、火神は歓喜に胸を膨らませていた。

 

「やっぱ強ぇな、黄瀬は」

 

これは素直な感想であり、黄瀬に対する敬意でもある。

日々の練習に熱い試合。あの頃よりも格段に力をつけてきたと自負はあるが、変わらない力関係に改めて思う。

 

「...はい!」

 

今の勢いは黄瀬1人の力ではない。そこまで繋ぎ、プレーによって黄瀬を奮い立たせた笠松らを含めた全てが今にに至らせている。

開き直った表情は晴れやかで、そんなエースの背中に黒子も続く。

 

 

 

いつも通り、火神を含めた5人全員でのパス回し。

ほぼ突っ立っているだけだった火神は、積極的に足を動かしてチャンスを狙う。対する黄瀬の集中力は依然高く、火神の動きにピッタリと付いていきながらスティールも狙っている。

 

「(出来て、あと1回くらいか)」

 

黄瀬には分かっていた。パフォーマンスを維持できる限界がもう来ているという事に。

パスカットのチャンスは何度かあったが、体と感覚のギャップが邪魔をして踏み込めなかった。

自らの能力を100%使えるZONE。だが、今の状態は限りなく近くとも、徐々に低下の兆しが黄瀬を襲う。

 

「(俺に出来る事。それは、コイツに勝つ事!)」

 

他へのヘルプも正直なところ、満足に出来ないかもしれない。最悪、タイミングを間違えてバスケットカウントも充分にあり得る。

しかし、誠凛が勝つ為には、必ずどこかで火神にボールが回してくる。そこを止めて得点を奪う。交代のタイミングとしては悪くない。

最後にエースを叩いて、更なる追い風を吹かせられれば皆が何とかしてくれるはずなのだ。

 

「(くそ。綺麗に時間使ってくれるぜ)」

 

5点差もある以上、誠凛は無理に攻めてこない。良いリズムでパスを繋ぎ、海常を精神的に揺さぶって着ているのだ。

頑張って足を動かす笠松も与えるプレッシャーが疲れで弱くなっている。

 

「(攻めるならここしかない)」

 

しばらくの間、伊月は笠松の様子を窺っていた。

へとへとながらもカウンター時に黄瀬を追う姿は尊敬するが、そのせいで体勢が悪い。猫背の様に頭の位置も低く、重心が前足に掛かっているのがよく分かる。

伊月はパス回しを止めてワンドリブル。ドライブを意識させて、笠松が姿勢を直す瞬間を狙った。パスを左に流して、黒子の中継でコーナーの日向にボールが渡る。

 

「(このっ!狙ってやがったな!)」

 

マークを外した日向のシュートチャンスが訪れる。木吉や黒子がインサイドで形を作り、木吉のマークが早川に変わった事により、森山のDFにズレが起きていた。

慌てて森山がチェックに行くと、日向はバウンドパスで中に入れた。

 

「(中にパス!木吉か!)」

 

「ナイスパス!」

 

崩しは完璧。早川が有効なポジションを取れておらず、木吉はほぼ自由にプレーが出来る。

 

「(不味い...!)ぅぉおおっ!」

 

パワードリブルで早川を押し込み、充分な距離でシュートに向かう木吉に、中村は正面から飛び込んだ。

高さもパワーも全く歯が立たないが、DFを立て直せと送り出されて黙っている訳にはいかない。

 

『ファウル!青9番!フリースローツーショット!』

 

ブロックではなく体当たり。巨体の木吉の軸をずらして無理やり失点を防いだ。

 

「大丈夫か木吉」

 

「ん、ああ。問題ない」

 

駆け寄る日向に手を引かれ、体を確かめながら起き上がる木吉。特別膝に影響しなかった様で、軽い屈伸運動しても違和感はない。

 

「(にしても、あの9番)」

 

恐らくどこかであった事があるだろう中村と一瞬目が合う。激しい接触プレーの割りに表情は冷静そのもの。

見ている限り、ヘルプDFに重点を置き、黒子のケアは最小限にしている。黒子の動きを把握できないと割り切った上で、危険なスペースを埋めて、失点シーンに顔を出してくる。

最初から木吉の対応を連携の取れている早川と2人でするつもりだったのだろう。

黄瀬ほどでなくとも、やり難さがある。

 

「気にすんな、なかむぁー!コンジョーだ、コンジョー!」

 

「お前もな」

 

熱血と冷静。考え無しに声を掛ける早川に、軽く頷く中村。

 

「ついさっきが嘘みたいなくらい、頼りになるな」

 

「あいつ等も海常背負ってんだ、当たり前だろ」

 

その様子を眺める笠松と森山の2人。

受け継がれていく伝統の青は、きっと数年経っても強くあるのだろう。使えない3年生を支える後輩達の背中にもしっかりとやどっている。

 

「けど、まだバトンは渡せないよな」

 

「このまま終わるかってんだ」

 

状況判断までも低下しつつあった笠松にとって、フリースローでの時間はありがたかった。

ヘルプに行かなかった黄瀬の体力は、底をつきかけているのだろう。

そして、誠凛OFによって減った時間と点差。1度、ベンチに目を向け、頷く武内を見る。

中村が作ってくれた機会を生かして、最後の賭けに出るタイミングは今しかないと決めた。

 

「黄瀬」

 

必死で火神のシュートチャンスだけは潰し続けた黄瀬を呼び、その内容を伝える。

 

「この試合、勝つぞ」

 

「りょーかいっス」

 

一矢報いるのではない。ただ全力で、空っぽになった底を掘り下げて力をかき集めて。

ただ勝つ為に。

 

 

 

「集中集中!落ち着いていけ!」

 

セットする木吉に誠凛は声をかける。黄瀬や早川もリバウンドに備えた。

点差を詰めたい海常にとって、外して欲しいところだが、第4クォーターで調子良くプレーしていた木吉には、あまり期待できない。

平均的にCのフリースロー成功率は低いものなのだが、『鉄心』と言われるだけあってメンタル面に不安はなく、淀みなくショットを放つ。

 

「ふーっ」

 

1投目を無事に決めた木吉は、深呼吸して次に備える。ショットに迷いはなく、リングに当てることなく決めた。

そして、2投目。

 

「よし!いいぞ!」

 

「ナイスです」

 

見事に2本とも決めて、点差を7に広げた。緊張感の高まるこの状況で、木吉はメンバーの心を和らげる。

 

「おう!」

 

この調子なら誠凛が崩れたり自滅する可能性も少ない。後は、海常の仕掛けにどこまで耐えられるか。

 

 

 

「(ここだ!ここで使い切る!)」

 

小細工は無し。海常は、いきなりボールを黄瀬に預けた。

他の4人は距離を取って、勝負を促す。

これより先、プレーの質は劇的に低下するだろう。それでも黄瀬は、覚悟の上で決意した。

海常が勝つには、ここで得点しなければならない。まともなフォローも期待できず、自身もベストからほど遠い。

 

「ケリ、つけようぜ」

 

火神もその様子から薄々感づいていた。

ヘルプに行かなかったのも、圧力が薄くなり始めていた事も。そして、最後の衝突が近づいている事も。

止めてしまえば決定的。万策尽きれば黄瀬の交代も致し方なく、海常の追撃もここで終わる。

 

「(火神っちの事は認めてる。今後、何度もやり合う好敵手。だけど!)今回だけは負けられない!」

 

同じ関東地区である為、他校よりも対戦する事も多いだろう。その結果、敗北する事もあるのだろう。

火神大我は同格以上。

怪我をした身で言える立場ではないが、この試合を負けで終わる訳にはいかなかった。海常が信じたエースがお荷物で終わる訳にはいかなかった。

 

「(勝負!)」

「(勝負!)」

 

火神の左脇に向かってドライブ。野性の勘が反応し、火神も遅れること無く追従。

更にバックロールターンで切り返し。ZONEから抜けつつあるが、鋭さは充分。だが、火神をふりぬくまでには至らない。

 

「(これが今の全力かよ。確かに速い、けど!)」

 

激しい左右の揺さぶりなのは確かだが、これまでのプレーと比べれば対応は可能だ。

厳しくチェックを行う火神は肉薄している。黄瀬がこのまま切り込んでも、ジャンプシュートを狙っても間違いなくブロックできる。パスコースも全てディナイ出来ており、DFは万全。

 

「(後ろ!)」

 

再び野生の勘が警報を鳴らす。前方、左右とどちらに来ても備えていたが、黄瀬の選択肢はパス以外にまだあった。

肉薄した火神に肩から体を押し付け、反動を使ってワンドリブルしながら距離を取る。

 

「(『不可侵のシュート』!?)だけじゃない!」

 

軽く突き飛ばされる形になった為、火神のブロックは1歩遅れる。

 

「フェイダウェイだと!?」

 

基本性能が向上している黄瀬の『不可侵のシュート』に加えて、フェイダウェイの3Pシュート。

 

「(2Pじゃ駄目なんだ!)入れっ!」

 

黄瀬が今出来る最高のプレー。今まで目にしてきて物を組み合わせ、状況に応じた最適なシュート。

 

「おいこれって」

 

「失礼ね。私のフォームはあんなに崩れてないわ」

 

同じスキルを持つ洛山の実斑が根武屋に問われるが、軽く否定した。

 

「そもそも前の試合で使ってないわ。センスだけで打つなんて、流石ね」

 

洛山対秀徳では使用しなかったが、どこか別の機会で目にした可能性はある。

しかし、咄嗟にそのイメージを引っ張って、得点に繋げた黄瀬。もう賞賛するしかない。

 

『うおおおおおっ!』

 

叫ぶ海常と観客。

高校の試合で、こんなビッグショットはそうそうお目にかかれない。

 

「マジ、かよ」

 

トリプルスレッドからドライブで始まり、左右の切り返しからドリブルしながらの『不可侵のシュート』でチャンスを作った。最後は、火神のブロックをかわす為のフェイダウェイでフィニッシュ。

キセキの世代の技は1つも使っていない。ドリブルしながら『不可侵のシュート』を組み込んできたり、やった事の無いフェイダウェイをうったりと、全てコピーの枠を超えた黄瀬自身が生み出したものである。

 

海常高校 89-93 誠凛高校

 

1分と数十秒。遂に、ここまで追い上げた。

 

「(マジですげぇ..だけど)」

 

ビッグショットを決めた黄瀬は、フェイダウェイの反動で横転し、起き上がろうとするもその足取りはおぼつかない。

全てを賭けた1ON1は黄瀬に軍配があがったが、これ以上のプレーは望めないだろう。

 

「(本当に凄いお前に、俺は勝ちたかったんだ)」

 

リコの読みどおりの展開。

運動量の落ち込む海常に加えて黄瀬の失速。ここから想像出来る事は、そう多くない。

 

「悪い黒子。大丈夫だ、俺は勝つぜ」

 

「安心しました。と、言いたいところですが、そうもいかない様です」

 

勝ちへの意欲が失われていない事に胸を撫で下ろしたい黒子であったが、不穏な空気がそうさせない。

悪い予感はとことん当たり、懸念は簡単に姿を表す。

 

『ファウル!青9番!』

 

ハーフコートに戻ると見せかけて、中村がボールを持った伊月に詰め寄りファウルを宣告された。

始めは、海常の焦りが表面化したものだと考えていたリコ。落ち着いて対応すれば、耐え切れると特別な動きは見せなかった。

それも直ぐに否定される。

 

『ファウル!青9番!』

 

再開直後のパーソナルファウル。

その直後も中村のファウルが続く。

3回連続で同じ人物のファウルとなれば、意図的に行われた事だろう。

 

「(やっぱり、そう来るのね)」

 

まさかとは、決して言わない。寧ろ勝つ為の常等手段であり、強豪・海常がそれをしてこない訳がない。

 

「英雄、出番が近いわ」

 

再開、ファウルによる中断、そして再開が繰り返され、遂にチームファウルが4を超え、5つになった。

1つのクォーター中にチーム全体のファウルの累計が5以上になると、相手チームにフリースロー2本が与えられる。

 

『ファウル!青9番!フリースローツーショット!』

 

これを機に海常は大きく動き始める。

 

小堀 IN  中村 OUT

 

ファウルが嵩む中村を下げ、短い間だが休息を取った小堀を投入。

機能していた平面でのDFを止める事になっても、小堀を戻した理由は明白。外れたフリースローを確実に抑える為である。

 

「早川、ここが頑張りどころだ」

 

「はぁいっ!やぃますよー!今こそっ!」

 

武内が早くから小堀を下げたのは、この状況を見越した英断だったという事だ。

小堀と早川は、直ぐにリバウンドポジションに移り、必ず奪うと誓い合った。

 

「伊月」

 

対して誠凛は、伊月を中心に集まっていた。

ファウルを受け、フリースローを与えられたのは伊月であり、ファウルゲームの対象に選ばれてしまったのだ。

 

「分かってる」

 

日向が問う前に応えるが、表情は硬く、余裕の色は無い。

ファウルゲームと言うのは、終盤で負けているチームが仕掛けてくるベターな作戦の1つである。

利点は、相手チームのOF時間をフリースローで即刻終わらせられる事。基本的にフリースローは2本である為、3Pの心配もない。

そして、フリースローを打たせる選手は、外しそうな人物が選らばれる。今回の場合は、それが伊月となった。

海常としては黒子に打たせたいが、捕まえられないので伊月を選んだだけである。

 

「(決めてやる。このまま舐められてたまるか)」

 

どれだけシュートが上手い選手でも、フリースローを100%決め続ける事は困難を極める。

特に試合終盤の勝負所であれば、高まった緊張感がプレッシャーとなり、双肩を襲う。

事実、伊月は大きな重圧を受けていた。黄瀬のビッグショットが後を引き、外してしまった後の事が頭を過ぎる。

ここからの海常OFは、ほぼ3P狙いになるだろう。黄瀬、笠松、森山と莫大な疲労で失速しているが、高精度で打てる人間が3人もいるのだ。シュートチャンス自体は防ぎきれない。

 

「リバウンドー!」

「奪ってぶちかますぞ!」

 

土田にかき回されたカリを返さんばかりに、ここぞと場を盛り上げる海常一同。

小堀と早川は、無言のまま伊月を睨みつけている。

 

「落ち着け!まず1本に集中だ!」

 

一体どちらが追い詰められているのか。

必死に声を掛ける日向に頷くだけの伊月。

 

「大丈夫だ。落としても俺達がいる!」

 

「そーっすよ!リバウンドは任せてください」

 

木吉や火神が、少しでも安心して打てる様に合わせて声を掛ける。1本目は外してもリバウンドは関係ないのだが、細かいところはどうでもよい。

 

「(大丈夫。今日だって2本決めてるし、あの感じで打てば入るんだ)」

 

決めた時の事を思い出して、細かくドリブルをつつきながら感触を確かめる。

1本決めれば落ち着けるはずだと、後の事は頭から放り出して、良いイメージのままに放つ。

放たれたボールはリングに弾かれ、バックボードから上に跳ねた。海常の期待の目が集まりつつも、リング中央に入り込んだ。

 

『ああっ!おっしー!』

 

結果的に入ったが、一瞬打った本人ですら外したと思った。

決めた時のイメージでも、緊張感で指に力が入っていた。ループの高さが乱れ、リングに当たった事は、伊月の距離間に不安を与える。

同じ様に打ってよいのか、もう少し何かを変えた方が良いのではないのか。そんな考えが頭を巡る。

 

「いいぞ伊月!その調子だ!」

 

「もう1本です!」

 

気持ちは分かるが、悩んでいる時間はない。直ぐに審判からボールを渡され、ショットを促された。

少し問題があっても決めたのだと、ポジティブに捉えて欲しいと木吉と黒子が訴えている。

動揺した姿は海常にも見られている。弱みを見せれば付け込まれ、チーム全体に伝染するかもしれないと、伊月個人だけの問題ではないのだ。

 

「お前ら!一気にいくぞ!」

 

笠松の声で再び、最悪のイメージが頭を過ぎる。

早川が嵌ったドツボの淵を伊月も足を踏み入れてしまった。

 

「土田を思い出せ!」

 

訳も分からないままショットを打ちそうになった時、日向の言葉が耳に届く。

心身共にボロボロになるまで戦った仲間の姿。自分もそうありたいと思い、チームの為に戦ってきた。

このまま負けることになったら、あの頑張りは報われない。ここでヘマをしたら絶対後悔する。

 

「っふー...」

 

時間ギリギリまで目を閉じて、余計な情報を遮断した。

目を開けリングを確認すると、いつものフォームを作って放つ。

 

「(落ちろ!)」

 

海常側から切に願われ、プレッシャーを受けたフォームに硬さは消えず、先程同様にリングに当った。

リング上をクルクルと回りながら、円の内側に収まった。

 

「っしゃ!」

 

海常高校 89-95 誠凛高校

 

崩れかかった精神状態を何とか持ち直し、結果的にミス無くピンチを乗り越えた。

当事者の伊月はよほど辛かったのだろう。決まった途端に、拳を振り上げ喜びを示す。

 

「(踏みとどまったか。今日の伊月はいつもと違うみたいだな)」

 

マッチアップしていた笠松は、試合の最中から伊月の変化について感じていた。

冷静でいようとする半面、ネガティブな思考に囚われる時が、今までの試合ではあった。

前半での早川の様に、ドツボに嵌る事を少し期待していたが、その思惑は外れたようだ。

 

「(けどな。とっくに背中は見えてんだよ)いくぞお前ら!」

 

「DF!3Pは絶対打たせるな!徹底的に張り付くんだ!」

 

両チーム共に作戦がはっきりしており、読みあいもほとんど必要が無い。

キャプテンが最終局面と力を振り絞るように声を上げて、チームを引き締めていく。

 

「(動きは見る限り鈍くなってる。だけど、この男だけは絶対にフリーに出来ない!)」

 

ZONEの時に感じる独特な雰囲気は既になく、足取りの重さと合わせて考えると、黄瀬に力は残っていない。この状況へ繋げる為に全てを捧げていた。

そんなコンディションで、中ならともかく外からのシュートを決められる訳が無い。

理屈では分かっていても、火神は黄瀬から目を離せなかった。

 

「1分切ってる!最後まで集中!」

 

「1分切った!時間がないぞ!」

 

電子時計の数字が秒数を示し始め、ベンチからも指示が飛び交う。

 

「パスなんか回してんじゃねぇ!よこせ!」

 

この期に及んでボールを回すメンバーに叱咤しながら、笠松がパスを要求。

 

「(そんな見え見えなシュート打たせる訳!)」

 

早川からパスを受けた笠松は強引にシュートを打とうと構えた。しっかりとした距離間でチェックしていた伊月が、片手を伸ばしてコースを遮る。

 

「(フェイク!この状況で、なんて集中力だ!)」

 

持ち上げたボールを下げ、3P上を右にドリブルで移動し、今度は本命の3Pシュートを狙う。

だが本来のスピードは失われている。伊月に疲れがあっても、追いつくには充分。シュートへと移行する笠松の正面に立ち、ブロックに跳んだ。

 

「(小堀と早川がリバウンドに備えてて、誠凛はほとんど木吉だよりだ。丁寧にチャンス作んなくてもいいんだよ!)」

 

陽泉と同じ手法。笠松、森山、黄瀬のマークで中が手薄になっている。休息を挟んだ小堀とOFリバウンドに特別強い早川を信じて、多少強引でもシュートを打った方が良い。

確率の悪い作戦を取っている以上、躊躇いは不要。

 

「(口には出せねぇが、負けて元々。覚悟の上だ!)」

 

重心が片足に乗った状態でジャンプシュートに行った為、上体はぐらつき、勢いの負けて横に流れていた。

それでもしっかりとボールに指が掛かっており、力強いスナップでリングを狙いすましていた。

 

「(バラバラだ。入る訳無い)外れろ!」

 

フォームが崩れていた事で、伊月のブロックタイミングも合わなかった。こんなヤケクソなシュートが入る可能性は低い。

ただ、黄瀬のビッグショットの時とダブって見える。DFに手応えを感じつつも、失敗を願う自分がいた。

 

技術ではない。言うなれば気持ちで捻じ込んだシュート。

この試合だけでなく、4番を背負ってから今まで、ブレない姿勢で取り組んできた笠松の経験が凝縮された1発。

 

『き、決まったー!笠松の3P!まだ、わからねぇぞこれ!!』

 

黄瀬に続いて笠松の土壇場3P。

1点ずつの追い上げであるが、逆に誠凛への強烈なプレッシャーとなる。

 

海常高校 92-95 誠凛高校

 

「結果論で言えば、誠凛は交代のタイミングを見失ってしまったな」

 

観客が大盛り上がりを見せる中、氷室は冷静に流れとその分岐点を見つめていた。

 

「補照君であれば、間違いなく止められた失点だ」

 

まさかその本人が嫌がっていたなど、氷室が事情を知っているはずも無く、厳しい評価をリコに向けていた。

 

「俺らん時と一緒だねー。立場は逆だけど」

 

自らが味わった立場に、誠凛が立たされている。負けた時の事を思い出して気分が悪くなり、複雑な心境になる紫原。

 

 

 

「今のはしょうがない!切り替え切り替え!」

 

周りからどんな風に思われているか、リコには察しがついていた。

とは言うものの、伊月に悪いところがあった訳でもなく、単純に笠松を褒めるしかない。

あくまでもリードしているのは誠凛であって、無理をしているのは海常なのだ。

 

「(けど、伊月君の反応も鈍くなってる)英雄。次に切れたらいくわよ」

 

笠松に同じ事をさせて、次も入るとは限らない。

しかし、今のプレーで精神的に伊月が風下にたっている。次もあるかもと考えて、DFは後手に回る。

空気を換える目的もあって、伊月を下げる最後のチャンスだと判断した。

 

「はーいよ(出来れば最後まで見てたかった。なんて言えないよなぁ)」

 

リコから指名を受けた英雄は、アップも澄まして準備は万端。

役割は単純明快。笠松を徹底マークし、3Pを防ぐ事。周りはとやかく言うが、リコの判断はこの試合を通して見てもミスは無かった。

理解はしているが、頭では全く別の事を考えていた。




・桐皇や陽泉の時はファウルゲームしなかった理由について
ZONEに入ってたので下手な時間を使いたくなかった。
陽泉は加えて3Pがいなかった。

・ファウルゲームについて
基本的にはフリースローが下手な人が狙われます。
ゲーム終盤でなくとも戦術として使われたりもして、ハック・ア・シャックはその代名詞。
ターゲットが決まってても、ボール持ってない時にファウルしたら、罰則が重くなります。終了間際に、いかにその人にボールを回させるかという駆け引きも見てて面白い。
大体、エースが打ってるんですけどね

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