黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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大激突!ここが終着点

流れは海常にある。

 

海常のコンディションの悪さは、この際関係がない。

体力的な問題も度々ゲームが止まる為、息を整えるくらいの時間は確保できる。

形式上、オールコートマンツーマンの形を取ってはいるが、ファウルすれば良いので走らなくても良い。

 

「っく(どうする)」

 

スローインを任された木吉は、誰にボールを預けるべきかを決めかねていた。

マンツーマンDFからフリーになりやすい黒子から崩せそうにも思えるが、あくまで黒子は中継点であるのだ。バックコートからボール運びをさせてもメリットが無い。

そこからパスを捌こうが、黒子自身でシュートを狙おうが、フリースローの経験が極端なまでに乏しい黒子がボールを持とうものなら、嬉々として襲い掛かってくるだろう。

 

「(分かってるよ。この面子なら俺しかいないって事だろ)」

 

誠凛に出来る事は奇襲の類ではない。海常の猛攻を正面から受けて立つしかないのだ。

具体的には、フリースローを成功させ続け、同時に海常OFを止める。

海常を止めるのは、1度だけでも良い。と、言うよりも最初の1回が全てである。

勢いだけで保っていると言っても過言ではない海常から、勢いを奪うには1度止めるだけで充分。その後のフリースローをしっかり決めれば、点差に重い2を加える事が出来る。

 

そして問題は、誰が打つかという事。

黒子は除外。木吉もリバウンドに備えて欲しい。伊月も疲れが顔やプレーに出始めており、これ以上の負荷はよろしくない。

残るは、火神と日向。どちらも高いシュート精度を誇るが、火神には黄瀬に専念して欲しいのと、木吉同様にリバウンドを任せたい。

 

「寄越せ木吉!」

 

シューターとして、これ以上の役割はないだろう。1対1ではなく、ノーマークのシュートを決めるだけ。後は、精神的な強さを求められるが、キャプテンとして偉そうな言葉を吐いた手前、ビビった顔を見せる訳にはいかなかった。

 

『ファウル!青5番!フリースローツーショット!』

 

バイオレーション間近に、日向がボールを受けたと同時に、森山がファウルでゲームを止める。

ファウルゲームをする為には、審判に悪質なファウルと受け取られない様にしなければならない。ここまで続けば、意図的なファウルだと審判も分かっている。そこを超えると重い罰則を受け、戦略も全て徒労に終わる。

 

『誠凛、メンバーチェンジです』

 

ブザーが鳴り、ラインの直ぐ外でリコと英雄が立っていた。

 

「伊月君!」

 

リコに呼ばれ、ベンチに戻る伊月。

最後までコートにいられない事は悔しいが、やりきった感は充分にある。リコの守備固めの意図も汲み取り、ここでの交代に納得を示していた。

 

「今日の俊さん、凄く良かったですよ。これが継続できたらもっと良くなると思います」

 

すれ違いざまにハイタッチを合わせて、伊月の頑張りに一言添える。

 

「美味しいところは任せる」

 

「すんません、いただきます」

 

残り数十秒で、未だ両チームに勝ち目がある。それどころか、このまま海常が勝ってしまうのではないかと言う雰囲気。

この中に交代で放り込まれるのは、それなりの精神力が必要だ。ここまで英雄の投入を我慢してきたリコの判断は正しいと言える。

求められるのは、精神力とDF力。任せられるのは、現時点で英雄しかいない。

 

「リコ姉から。フリースローは順平さんをメインで、難しいなら火神か俺って」

 

5人全員で集まって、リコからの伝言を確かめ合う。

日向の判断とほぼ同じ考えで、プラス英雄の多様性を上手く作用させる。

このフリースローを日向が順調に決めたとすれば、日向へのパスの警戒が増す。ファウルからスティールに切り替えを注意する為に、火神と英雄の選択肢も頭にいれて置かなければならない。どちらかがファウルを受けても、残ったほうがリバウンドに向かえば良い。

 

「おし、分かった。後はDFだな」

 

OFに関しては整理できた。

残るはDF。

海常の3人が3Pを狙ってくる。誠凛はこれをどうにか防がなければならない。伊月も充分な対応を見せてはいたが、笠松に捻じ込まれてしまった。

 

「笠松さんはこのまま俺が引き継ぎますよ」

 

「ですが、恐らくもう1度、黄瀬君が仕掛けてくるはずです」

 

英雄が笠松のマークを引き継ぐ事はすぐに分かった。普段ならともかく、今の笠松にスピード負けするとは思えない。高さを生かしてきっちり抑えてくれるだろう。

そこに黒子が問題提起した。

キセキの世代の恐ろしさを1番理解している黒子ならではの言葉。

 

「やっぱりそう思うか?」

 

「はい。立て続けにフリースローになって、息を整えるくらいは出来るはずです」

 

恐ろしさとは、期待値の高さである。

ZONEは途切れ息も絶え絶えな黄瀬だが、目だけは死んでおらず、ギラギラと前だけを見据えていた。

先程の3P以降、ゲームから消えていて、火神のマークを外す事も出来ていない。それでも、黄瀬ならそれくらいの事をやってのけるのではないかと、強烈な恐怖を感じた黒子。

同じ意見を持つ火神の問いに力強く頷いた。

 

「黄瀬に関して俺らは何も出来ない。黄瀬との最後の一騎打ち、楽しんでこいよ」

 

「うす!」

 

そしてこれは木吉ならではの言葉。

緊張感の最も高まる場面での1対1は、火神自身が望んでいた。春の練習試合から今日まで、待ち望んでいた瞬間。

そんな火神にとって笑顔で送り出す木吉の存在は有難かった。

 

「もっともここでミスれば、それどころじゃなくなるんだが」

 

「うるせーな。んな事分かってるっつーの」

 

続いて日向にも一声を掛ける。

計算高いのか天然なのかは分かり難いのだが、木吉の言葉は不思議と和む。

 

 

 

「(補照か。念入りに俺を潰すつもりだな)」

 

フリースローの各ポジションがセットされていき、1本目のボールを受けた日向の背中を見ながら笠松は思う。

日向にボールを回した辺り、誠凛にそれほど動揺は見られず、落ち着いていると言える。

着実に追い上げ勢いにも乗った。しかし実際のところは1点ずつでしかなく、誠凛のミスを期待せずにはいられない。

 

「(だからと言って、勝負を捨てられっかよ)」

 

誠凛がどの様な対応をしようが、海常として出来る事やるべき事は決まっている。負けてたまるかと、真横に突っ立っている英雄を睨みつけていた。

 

「(おー、すっげぇ睨まれてるよ。今更俺気にしても、あんま意味無いのに)」

 

頬に視線が突き刺さっている事を感じた英雄は、特別なリアクションは取らず、置かれた状況を静観していた。

 

 

 

「ナイス!」

 

決して楽をした訳ではないが、日向は着実に1本目のフリースローを決め、海常にプレッシャーを掛け返した。

海常がどれだけスーパーシュートを連発しても結果的に届かない。その事実は、海常の焦りを増幅させる。

英雄の投入と合わせて、3Pの精度に影響する要因である事は間違いない。

日向のショットが決まると、誠凛全員が声を出して盛り上げていた。

 

海常高校 92-96 誠凛高校

 

次も決めれば5点差。

残り時間が数十秒の今、その差は大きくのしかかる。

黄瀬の最大風速は耐えた。海常が仕掛けてきたファウルゲームにも崩れず、踏みとどまれている。

強豪相手にガムシャラに挑んでいた今までと違って、今回の戦い方は地道に見えても知性があった。

このまま勝ちきる事が出来れば、誠凛というチームはもう1段上のレベルに到達できるだろう。

 

「(決める。これを決めて、勝つ)」

 

フリースローと3Pの打ち合いとなれば、確率的に後者が不利。立て続けに海常が決めているが、そう長くは続かない。

元々誠凛がリードしており、仮にこの1本を落としても体勢は整えられる。

日向のコンディションに不安は無く、1本目を無事に決めて寧ろ安心感があった。

だが、その安心感が緩みとなり、リラックスと意識を強めすぎた為、ショットが乱れた。

 

「なっ」

 

「リバーンっ!」

 

2本目のショットが失敗に終わるが、プレーは続行される。

待ちに待ったチャンスが到来し、集中を切らさず待ち続けた早川の反応の速さが光る。

 

「(来た!このチャンス決めれば崩せるかもしれねぇ!)速攻!」

 

日向が外した原因があるとすれば、1つは気の緩み。そしてもう1つは、交代してからあまり日向がシュートを打てていなかった事も挙げられる。

アウトサイドにポジションを取って、DFを広げる役割だったのだから仕方が無い。とは言うものの、先にミスをしたのは誠凛。海常のカウンターが決まればどうなってしまうのか。

 

「(やべぇ!)戻れ!」

 

ここまできてつまらないミスで勝利をみすみす逃したら、一生後悔する。直ぐに振り返り、DFへと掛け戻る。

このままアーリーOFを仕掛けられるとDFにズレが生じ、3Pのチャンスは生まれやすい。

 

「おーらい!」

 

ただ、今回は英雄がいる。しっかりと休息をとった英雄は、あっという間に笠松の前に立ちふさがった。

体力的に幾らかマシだった状態でも、笠松はドリブルで振りぬけなかった。今の状態では、分が悪すぎる。

 

「(よし!)マーク確認!急げ!」

 

笠松が足を止めたのならば、その隙にDFを整えられる。日向や黒子が自陣に戻り、火神や木吉も後に続く。

 

「先輩!」

 

この勢いを無駄にしてはいけないと、黒子の読み通り、黄瀬がパスを求めた。

今のパフォーマンスでまともに誠凛から点は奪えない。笠松に習い、右のスペースにカットイン。

 

「黄瀬っ!頼む!」

 

ペイントエリアを斜めに切り裂くように走りこむ黄瀬に笠松はパスを合わせた。

ファウルゲーム中に回復した僅かな力を使って、真っ直ぐにレイアップを狙う。

 

「(させっか!)黄瀬ぇぇぇ!」

 

リバウンドの役割で早川と競り合っていたが、1度たりとも黄瀬から意識を離さなかった。

何時もの高さも早さも無い、無防備なレイアップに力強く右手を合わせる。

背後からのブロックはバチィと激しく音を立てながら、バックボードに打ち付けられる。ボールは勢いの余り、外へと飛び跳ねていく。

 

「でかした!」

 

見事に黄瀬を止め、日向のミスショットからの失点で2点差と言う、シナリオを阻止できた。

海常ボールは続くが、落ち着いてDFに入れる事は大きい。ゲームが切れた少しの間に頭の切り替えもできる。

 

「順平さん!ゲーム切れてない!!」

 

「っ!?」

 

しかし、ボールの行方を最後まで追わなかったのは頂けない。

英雄の声が届くも、海常が1歩早い。ラインを割る寸前、小堀が手を伸ばしボールを無理やりラインの内側に戻した。

 

「ナイス小堀!(黄瀬、笠松ときて、俺が決めない訳にいくかよ!)」

 

小堀が落としたボールを森山が拾って、そのままシュートを放つ。

英雄が笠松のマークになった時点で、森山の働きが求められる展開になっていた。日向が最後まで見ておかなければならなかったが、自らのミスから始まった展開に目を回し、森山のシュートにチェックが行き届かない。

黄瀬や笠松の時と違い、完全にフリーでのシュート。ゆっくりとタメを作って放ったシュートは、疲れがあろうと関係ない。

ゆらゆらと独特な放物線を描きながら、リングネットを揺らした。

 

海常高校 95-96 誠凛高校

 

海常怒涛の3連発。

残り時間が約20秒である事を考えても、充分に射程圏内である。

そして、精神的ダメージを受けた日向にフリースローを再び打たせれば、外す可能性は高い。

 

海常は博打に勝ったのだ。

この大逆転劇に試合会場全体は、ボルテージを最大にまで高め、海常一色となっていた。

 

「(やっちまった...最悪だ...俺は、なんて事を)」

 

苦しみながら土田や伊月が繋げ、最後の最後でキャプテンである自らがヘマをかます。

こんな受け入れがたく、嘘みたいな展開を突きつけられて、日向は呆然としている。

 

「まっ、こんなんもウチらしくていいんじゃないすか?」

 

これまでどれだけ成長してきても、それは全てここ1年以内の話。成熟しきっていない為に、波があっても不思議じゃない。

表情が固まった日向の前にいつも通りの英雄が現れた。

 

「ウチらしいって、それフォローなんですか?」

 

「ほら、ウチって追い込まれてからが強いじゃん。強豪みたいな慣れないやり方じゃあ、こんなもんでしょ」

 

黒子に突っ込まれても変わらずのほほんと態度を崩さない。それどころか、リコの立てた作戦に余計な一言を告げる。

 

「確かにな。正直、分からなくもない」

 

試合前にはみんなで賛成しておいて、こんな時に本音を漏らす。木吉も乗っかって、追い込まれているチームの雰囲気ではなくなっていった。

 

「お前ら...そんな事言ってる場合じゃ」

 

「じゃあ、順平さん。今は何をするべき?」

 

動揺が目に見える日向に英雄は一言問いかけた。

その言葉は日向だけでなく、周りの黒子や火神の耳にも届き、誠凛の置かされている現状を受け入れさせた。

 

「点取って、守る!」

 

「正解。もっと具体的なのが欲しかったけど、時間ないしね」

 

いの一番で火神が答え、審判に促される前に問答を終えた。

未熟である事は否定しようのない。だが、今ここで何をしなければならないかを彼等は知っている。

幾度と無く苦境に立たされ、その度に体を張って頭を凝らして乗り越えてきた。

 

「日向、逆に考えろ。残り時間は名誉挽回のチャンスなんだ」

 

「うるせー。1から10まで言うな」

 

丁寧なフォローが逆に気に障り、チームメイトに気を使われる方が嫌だと言う、日向の複雑な立場。

 

「フリースロー、俺がやりましょか?」

 

「お前も黙れ!俺がやるに決まってんだろーが!」

 

英雄の気遣いも跳ね飛ばし、空元気だと言われようが意地になって押し通す。

肩に力が入ってしまい、不安も相次ぐ状況だが、そんな日向を見てケラケラと笑う英雄のせいで、良くも悪くも雰囲気が掴みづらい。

 

「笑ってんじゃ...っ!」

 

「(またファウルするって思ってただろ。隙だらけだ)」

 

ボールを受ける日向に対して、海常はファウルをせず、通常のマンツーマンDFを行った。

自らボールの行方を声高らかに宣言していれば世話は無い。海常にまたしても裏をかかれたのだ。

日向のドリブルスキルは全国で使えない。『不可侵のシュート』があっても1対1の強さに関係ない。

つまり、最初からファウルを受けるつもりだった日向に、疲労を抱えた森山を抜く事はできないのだ。

 

「キャプテン!」

 

火神もまたファウルゲームが継続されると思っていて日向の近くにいた。

海常がファウルをしないのであれば、8秒以内にフロントコートにボールを運ばなければならない。

急ぎパスを貰おうと、日向に駆け寄る。

 

「(やらせない!ここまできたんだ!)」

 

マークの黄瀬は重い足取りで火神の進路を塞ぎ、誠凛に与えられた数秒を削る。

海常にとって3P以外ならば何でも良いのだ。ボールを奪うか、8秒耐えるか、駄目ならファウルに切り替えられる。

ファウルゲームも良いが、ゲームが落ち着いてしまう事が何よりも防ぎたい事だった。

 

「(駄目だ。パスしたくても前を向けない)」

 

声から火神の位置は何と無く分かっていても、森山が背後から肉薄している為、ボールをキープするのに必死だった。

これ以上ミスは出来ないと、判断も鈍っていく。

 

「黒子っ!?」

 

それは、日向にも予期しない事だった。

黒子が独自に動き、日向が持っていたボールを英雄目がけて弾く。

 

「頼みます!」

 

コート上で1番元気な男にボールを回し、さり気なくよい仕事をした。

 

「(補照!駄目だ、ファウルを!)」

 

マークの笠松には、元気な英雄を抑える力は残っていない。直ちにファウルで止めようと前に出る。

対して英雄は、ボールを受けるとすぐさまドリブルで反転。笠松が近寄った分だけ後退し距離を取った。

 

「(くそぉ、うめぇ!)」

 

ファウルすらさせる気がないのだろう。前を向いた英雄が、レッグスルーで揺さぶりを掛ける。

 

「(やべぇ抜かれる!抜かれたら...負けちまうだろ!)」

 

どれだけ小さくても、たった1つの失点が海常の勢いから何まで、全てを瓦解させる。

ファウルゲームにも欠点が存在する。大きなもので言えば、累積のファウルアウト。特に笠松は、これまでの展開でファウルが嵩み、次は4つ目になる。

今更4つになろうが気持ちの上で関係ないが、これ以上の無茶は笠松の退場に繋がり、海常の士気も低下する。

時間の事も考えると、海常には1つのミスも許されていない。

 

「(届けっ...頼む!体よっ、いう事を聞いてくれ!)」

 

誠凛に立て直されると、海常に再び追いやる力は残っていないのだ。

棒の様になった膝が動かず、向かってくる英雄に腕だけを動かし向ける。

 

「届けっ....ぐっ!」

 

笠松の腕が届く寸前にロールターン。鮮やかにかわされ視界の外に逃げられた。

それでも追いかけようと、悪い体勢のまま足を動かしたが、バランスを崩して転倒。

 

『ファウル!』

 

「あれっ?当った?」

 

このまま無人のゴールに向かおうとしたが、審判によって止められた。

綺麗に避けたつもりの英雄は、不思議な表情をむける。接触はしていなかったが、審判からはそう見えたのだろうか。

 

『チャージング!白15番!』

 

「は?」

 

この場が海常一色に染まっている事を忘れていた。

完全な予想外の展開に、英雄も表情が歪む。

実際は、笠松のスレスレをロールでかわしていたが、笠松が転んだタイミングと重なり、海常寄りの心象を持つ審判にファウルと判断された。

 

「ちょっ、待てよ!それはねぇだろ!」

 

誤審とまでは言わないが、不満の残るジャッジはこれで2回目。

火神が抗議の態度を示し、審判に詰め寄った。

 

「火神君!」

「うるさい。火神、うるさい」

 

黒子が後ろからユニフォームを引っ張り、英雄が眉間に水平チョップ。同時に受けた火神は後方にすっ転ぶ。

 

「いってーな!何すんだ!」

 

「黙れバカ」

 

「すんません。ちゃんといっときますんで」

 

火神と英雄が揉めている合間に、木吉が審判に謝罪をしておく。

日向や木吉も良い気持ちではないが、1度決まった事は引っ繰り返らない。事実、火神が行かなければ日向は抗議に向かっていた。

残り15秒、1点差で海常ボール。リコは迷わず最後のTOを使った。

 

「だからー、前にもみじしたからチャラだっての!」

 

「だったら全員にやれよ!俺だけなんてずりぃぞ!」

 

ベンチに戻っても子供の言い合いを止めない2人。

火神の怒りが審判から英雄に向けさせた事は良いが、一緒にムキになっている。

 

「えーい喧しい!」

 

リコの振るったハリセンは真横に一閃。火神の後頭部と英雄の顔面を見事に捕らえた。

 

「いっ、痛てぇ」

 

「が、顔面が」

 

いつも通りに強制終了。話を本題に戻し、しゃがみ込む2人は無視とする。

 

「いい?海常は時間一杯使って2点を取りにくるわ」

 

リコがメンバーの注目を集めてこの後の展開を整理する。

場合によって3Pも在り得るが、無理に狙う必要もないのだ。残された15秒を使い切って逆転をねらってくるだろう。

 

「相手が疲れてるなんて思っちゃ駄目。全力で対応して」

 

最悪なのが、精神的な自滅。

審判までもが海常に傾き、やり難さがあっても言い訳をしてはいけない。

 

「特にインサイド。小堀君は回復しているし、黒子君に1対1をさせないようにしなきゃ」

 

逆に海常の選択肢を消去法でなくしていく。

笠松と森山のドライブは無い。この2人はフリーにしなければ充分。

不安要素は回復した小堀の動きと、早川と黒子の1対1。そして最後にして最大の脅威がもう1つ。

 

「そして、黄瀬君。やはり彼を無視する事は出来ないわ」

 

火神がブロックしたものの、不意を突いて黄瀬が仕掛けてきたワンシーンを思い出す。

このTOで蓄えた力がどれ程かは分からない。分からないからこそ、恐怖なのだ。

 

「火神君、覚悟して。私の予測が正しければ、ラストシュートを打つのは」

 

リコでなくとも、最後のシュートを黄瀬で勝負してくると考えるだろう。

 

「大丈夫っす...っと」

 

「何ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いな」

 

「おまっ!」

 

発言の後に頬が緩んでいる事に気が付いた火神。こっそり直してみると、英雄がしっかり見ていた。

お前にだけは絶対言われたくない。怒りよりも驚きでその言葉が出なかった。

 

「もう!茶化さないの!」

 

会話の着地点が先程と同じ。リコはやれやれと2人を止めに入った。

 

「気負いが無い事は良い事だと思います」

 

黄瀬との最終決戦を前に笑った火神に、フォローではなく本心で言葉を送る黒子。

 

「俺らも見習って、楽しんでいこうぜ」

 

この場を締めくくるのにこれ以上の言葉はない。

海常一色の事態に多少のプレッシャーを感じているが、しっかりと前を見据えている。

数十秒後、勝利に酔いしれているのかもしれない。敗北に肩を落としているのかもしれない。チャンスは平等にあり、目の前にぶらさがっている。

後は、楽しんだ者勝ち。プレーを硬くしてしまうよりも、リラックスしいつも通りを心掛けよう、と。

 

 

 

「最後は黄瀬で勝負する」

 

武内の言葉に疑問の余地はなかった。

誰もがそう思い、武内でなくともそうするだろう。

 

「っス」

 

「頼むぜ。お前で負けるなら納得出来る」

 

余裕のなく頷くだけの黄瀬に森山が一言かけた。

どれだけ海常有利の状況が続こうとも、本人達は分かっている。

勝つ可能性の高いのは誠凛で、この事実を覆す事はできないのだ。

 

「森山先輩。俺は勝つつもりっスよ」

 

「...そうだな。俺が悪かった」

 

しかし、それでも。

そうやってここまで漕ぎ付けた。それもまた事実。

最後まで勝つ努力を尽くそうとする黄瀬に森山が頭を下げる。

 

「勝とう」

 

「ああ、勝とうぜ」

 

ポツポツと灯る勝利への意欲。これがある限り、まだ望みはあるのだ。

ブザーが鳴り、最後の大勝負を迎えて、円陣で萎えない気持ちに火をつける。

 

「これが最後の最後だ!気合入れろ!」

 

「全力出し切れ!何も残すな!」

 

両チームのキャプテンが気持ちを声に乗せて叫ぶ。

余裕が無くても出し惜しんではならない。限りを尽くした方に勝利は訪れる。

 

「DF!直接入れてくるぞ!気を抜くな!」

 

ハーフライン付近からのスローイン。

直接ゴール下に放り込む事も考えられ、一切気の抜けないワンプレーが始まる。

 

「火神!俺はテツ君のフォローに行くから、そっちは任せる!」

 

「黙って任せろよ!」

 

黄瀬に対して、火神とヘルプの英雄で対応するのがベストだが、笠松と早川のケアをする英雄では手が回らない。

黒子と水戸部を交代させる考えもあったが、ミスディレクションの効果が発揮している為に、その選択肢は選べなかった。

 

「笠松!時間が無い!先ずは入れろ!」

 

火神のディナイで直接的に黄瀬へのパスが防がれている。

笠松は一旦諦めて、森山にパスを送った。

 

「よーし!悪くない!このまま集中!」

 

直接ラストパスを送られる事を防ぎ、自らのDFに悪くない感触を覚えた日向。このペースを最後まで保たせようと再び声を張る。

海常は動かない足を無理やり動かし、ボールを回し、チャンスを窺う。

ターンオーバーからの失点と言う、最悪のケースを防ぐ為に時間をしっかりと使いきる。

 

「(やっぱり、今の俺達じゃ崩せない)」

 

分かっていはいた。

体力が底を尽き、搾り出した力も残っていない。

ミスの無いパス回しがやっとで、チャンスを作る動きが全くできないのだ。

インサイドの小堀や早川に良い形でパスを回せば、充分な期待感がある。

だが、見えない黒子の動向や、気持ち程度しか回復していない小堀の不安要素が躊躇いを作ってしまう。

 

「(すまねぇ、本当にすまねぇ。俺達に出来る事はこれだけだ。だから...)頼むっ、黄瀬ー!」

 

情けない先輩達で本当に申し訳ないと思う。最後まで頼りに頼って、威厳もないと思う。

出来る事は、スペースを作ってアイソレーションに持ち込むくらいで、後はただ見守っているだけ。

最後のお願いが許されるのならば、恥を忍んでただ1つ。

 

---俺達を勝たせてくれ

 

ボールに篭った無念と信頼は黄瀬の手に届き、最後の1対1の幕が開ける。

 

「(先輩、ありがとうございます。こんな俺を最後まで信じてくれて。だから...)勝つ!これが最後だ!」

 

火神との1対1の状況を作るのに、どれだけの苦労があったのか。黄瀬はちゃんと理解していた。

入部当初はエースという肩書きを当然と思っていた。他の部員のプレーを見なくても自分が1番と思っていた。

だけど、そんな薄っぺらい自分を認めてくれた。誇りを持って戦える場所を与えてくれた。大事な試合の前に怪我をした自分を信じてくれた。

そんな彼等に、恩義に返せるものは、残念ながら持ち合わせていない。

返せるとすれば結果だけ。

 

---ここで勝てれば、先輩達の努力は、少しは報われるのだろうか

 

向き合う火神に映る黄瀬は決してガス欠に見えなかった。

体力以上に充実した精神がそうさせるのか。黄瀬の目にはこれまで以上に力があった。

 

「(そうだ。コイツはあんなものじゃない。この姿こそが、俺が勝ちたかった黄瀬そのもの!)」

 

チームを勝たせるのがエースなら、こんな考えは問題なのだろう。

勝てないかも知れない相手との勝負を望む事は、結果としてチームに劣勢を強いてしまう。

メンバーに悪いと思っていても、この考えこそが火神の原点。

 

高まる緊張感に観客も押し黙る。誰しもが最後の一瞬を見届けようと目を張り、口が動かない。

火神や黄瀬の意思とは別に、観客はこのシーンを望んでいた。

 

「これが最後」

 

桃井以外の3人も目に集中し、黙って見守る。

 

「くるぞ」

 

沈黙を破った青峰の言葉で、まるで1分の間、硬直していたかの様な2人が動き出す。

 

「っ!」

 

文字通り死力を尽くしての攻撃か、黄瀬のキレが通常にまで戻っていた。

だが、通常でも互角な火神を相手に、そのドライブでは突破できない。

 

「(縦の切り返し!見えてる!)」

 

前に決めたステップバックからの3Pをフェイクに使ってくるが、火神は落ち着いて対応できた。

僅か数秒で、必ずシュートに持ち込んでくる。その瞬間を捉えられれば、誠凛の勝利。

 

「(クロスオーバー、この後に打つ気か!)なっ!?」

 

これ以上、技を挟む時間が無い。打つと分かっていれば、問題なくブロックできると踏んだ火神。

しかし、気が付けば体のバランスが崩れ、尻餅をついていた。

 

「この期に及んで、『完全無欠の模倣』!?」

 

「(これがあるんだよ!コイツにはな!)」

 

度肝を抜かれた日向に対し、したり顔の笠松。

正直なところ、笠松にもこのプレーは想像もしていなかった。だが、黄瀬はいつも期待に応えてくれた。根拠の無い信頼をプレーで応えてれた。

火神をアンクルブレイクで転倒させ、ゴール下へと真っ直ぐに突っ込む黄瀬。

 

「(不味い!)ヘルプ!頼むっ木吉!」

 

火神のブロックは間に合わない。ファウルでも何でも、止めなければ敗北が決定する。

急ぎ向かう木吉でも、予想だにしない展開に対応が追いつかない。

 

「(駄目だ!決められる!)間に合え!」

 

最早、駄目もと。

黄瀬のレイアップシュートにタイミングも何も無く、ガムシャラに突撃をかける。

 

「(これは、決まる!勝った)いけー!」

 

ベンチ含めて、海常は勝利を確信した。

アイソレーションをしている以上、木吉に黄瀬は止められない。確実にレイアップを選んだ黄瀬を今すぐにでも褒めに行きたいくらいだ。

 

木吉と黄瀬。

2人が交錯し、ボールはリングに向けて放り込まれた。勢い余って、黄瀬の体はその奥へと投げ出されていた。

海常ベンチに座る者、客席に座っていた者、全てが逆転劇に興奮し立ち上がる。

 

『ぅうぉぉぉおおおっ!!』

 

---ピーーーー!!

 

そんな空気を割って入る様に、審判の笛が鳴っていた。

 

『ファウル!』

 

「(ファウルか。だがそんなものは関係ない)」

 

木吉が当っていたのだろうか。フリースローを決めれば逃げ切りが確定するが、残された2秒なら耐え切れる。

 

『チャージング!青7番!』

 

「えっ?」

 

「なんだとっー!」

 

審判は、黄瀬が受けたファウルではなく、黄瀬が起こしたファウルと判断した。

試合会場の空気はピタリと止まり、武内の怒声が辺りを包んだ。

 

「はっ...はっ...黒子っち...」

 

「すみません。僕も、勝ちたいんです」

 

むくりと起き上がった黄瀬の下に黒子が現れた。

 

『OFチャージング!?何時の間に!!』

『誰だアイツ!』

『わかんねー!でもこれって』

 

これまで海常一色だったのが嘘の様に、黒子への賞賛の嵐。

 

「(黒子っちは、俺のプレーを読んでたのか...多分、違うな)」

 

あの場でのアンクルブレイクは、全ての予想を振り切ったはず。

黒子がゴール下に待ち構えていた理由は、それしか無かった。ただそれだけなのである。

 

「(僕には、黄瀬君に向き合う事も、インサイドで競り合う事も出来なかった)」

 

ビッグショットの後、黄瀬は1度だけレイアップを打った。

その1回で、ダンクやロングシュートを打つ力が無いと言う可能性を見ていた。同時に、火神を抜くかもしれないと言う可能性から目を離さなかった。

黒子は、独力で状況を打破する力を持ち合わせていない。自身に出来る最大限の事をひたむきに行っただけなのだ。

 

「黒子ー!」

 

「ホント、神様仏様黒子様ー!」

 

時間は2秒残っている。だが、勝負は決した。

勝利を掴む最大のチャンスを逃した海常に、立て直す力は残っていない。

 

「(ずるいっスよ、黒子っち。最後だけ持っていくなんて)」

 

気持ちの切れた海常が再びファウルする事もなく、最後のブザーが鳴り響く中、誰も見ていないところでボールが転々と転がっていた。




一体誰が主人公なのか

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