黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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未来に続くキセキ
決戦前夜の喜怒哀楽


「勝ったー!」

「よしよし!よーし!!」

 

周りが状況の理解に追いついていない中、誠凛メンバーだけは喜びに浸っていた。

今すぐにでも5人のところに駆け寄って、この気持ちを分かち合いたいところだが、マナーを守ってラインの前で声援を送る。

 

「いや、ホント流石だよ。あそこでテイクチャージングは読めなかった」

 

「僕はただ必死で」

 

「謙遜すんな!マジ黒子がいなかったら負けてた」

 

チームの救世主こと、黒子を4人がかりで褒めちぎっていた。

ふと後ろを見ると、黄瀬が静かに歩み寄っている。

 

「...黄瀬君」

 

「悔しいけど、今回も負けっスね」

 

1度は勝利を手にした為に、未だ未練はある。

しかし、ここで格好をつけるのが、黄瀬に残された最後の意地であった。

 

「黄瀬。やっぱお前は凄え。結局、1度もまともに止められなかった」

 

「何度もブロック決めといて、まだ足りないって。どんだけハングリーなんスか。流石にそこまで付き合いきれないっス」

 

火神の言うまともとは、『完全無欠の模倣』を指すのだろう。

逆にそれを除けば、散々シュートやドライブを止められているのだ。それすら打ち破られたら、立つ瀬がなさ過ぎる。

 

「...次は、お互い万全でやりましょう」

 

結果がどうであれ、試合は終わった。互いの健闘を称え合い、再戦を望む黒子が片手を差し出した。

 

「っちぇ。本当に良く見てるっスね。見られたくない事ばかり」

 

今回、万全ではなかった。黒子がはっきりと言ってしまった為に、眺めの靴下に履き替えてまで誤魔化そうとした苦労が、逆に格好悪くなる。

 

「すみません」

 

「冗談っス。こればっかりは自己責任っスから」

 

1度ふて腐れる素振りをし、笑い流しながら黒子と握手を交わした。

 

「次は関東大会辺りっスか?今度こそ海常が勝つっスから、覚悟しといて!」

 

「はいっ」

 

黒子の手を離し、今度は火神に向ける。

 

「だから、それまで負けちゃ駄目っスよ」

 

「ああ。なってやるよ、日本一に」

 

今の黄瀬に出来る最大のエールを送り、日本一と言う言葉で少しだけ力が入った。

 

 

 

「結局、東ナンバーワンとやらはよかったのか?」

 

「何か迷惑かけたみたいですんません」

 

日向と笠松が握手をしていた。

話題は、東日本で1番のPGになると言う宣言で少々賑わせた英雄。だが、終わってみれば、PGをした時間が20秒弱だった。

その本人はベンチに駆け寄って談笑をしている。

 

「ま、構わないさ。熱い試合をさせてくれて、ありがとうよ」

 

「こちらこそ。今までで1番辛い試合でした」

 

「...負けるなよ、決勝」

 

「はい、ありがとうございます」

 

男気があると言うか。負けたのが誠凛だったら、日向はこんな態度でいられたであろうか。

トーナメントを勝ち上がり、何度も握手を交わしてきた。その度に、この手に重みが生まれてきた気がする。

来年の自分もこうでありたい。笠松を見て、日向はそう思っていた。

 

「大ちゃんの言うとおりだったね」

 

「結果はな」

 

海常と誠凛の面々が称えあっている中、桃井と青峰はその様子を遠くから見ていた。

紫原と氷室の姿は既に無く、試合終了した時点でこの場を立ち去っていた。

 

「最後の1対1でアンクルブレイクが来るとは思わなかった」

 

「うん。けどそのせいで、力を完全に使い果たしちゃってたね」

 

勝負が決したシーンを思い浮かべ、紙一重だった事を改めて実感する。

ファウルゲームの最中に回復した力を使って火神を抜いた。力を使い果たした為に、その場でのジャンプシュートを狙う事も出来ず、レイアップを試みたが黒子に阻まれた。

そのランニングシュート自体もキレがなく、黒子の身体能力でも間に合った。

これが、最後のシナリオに至った要因である。

 

「でも、もし」

 

「やめろ。全部含めた結果なんだ。当事者以外が言って良い言葉じゃねぇ」

 

もし、怪我がなければ。もし、審判にジャッジされなければ。もし、1つでも早くに当っていれば。

どれだけ不本意であっても、気休めでしかなく、外野の人間が言っても不毛なだけ。

 

「(そして、それらを含めても、特に終盤の海常は強かった。その海常を跳ね除けるかよ、テツ)」

 

本人に聞いてもただ必死だったとしか返ってこないだろうが、確実に彼は進化をしている。

今日はあまり無かったが、シュート力もつけた。そして、あの勝負所で炸裂するテイクチャージング。

全て帝光時代には無かったもの。

 

「(にしても、火神はともかく。アイツ、妙にパッとしなかったな)」

 

チームあっての黒子という本質は何も変わっていない。

誠凛がチームとして黒子を活かせる様になったのだろう。それも帝光中学よりも。

黄瀬や笠松の様に、1試合通して光るほどではないが、小粒でピリリと光るといったところか。

そんな中で、大粒の奴等が今1つな印象だった事が気にかかる。

 

「...さつき、帰るぞ」

 

実際、活躍し難い展開であった。

黄瀬が瞬間瞬間で、パフォーマンスを高めてくるのでマッチアップの火神にとってやり辛かった事だろう。

しかし、気に障る天然パーマは分からない。

途中から来た青峰には、判断材料が無い。考えても無駄と、さつきに呼びかけこの場を後にした。

 

「(やべ。今にも、涙が)」

 

試合後の挨拶も程ほどに終えて、ベンチへと戻る黄瀬。時間が経過するほど、敗北の実感が沸き始めていた。

同時に、プレー中に感じなかった足への痛みが蘇ってくる。

目頭が熱くなって、涙腺の崩壊が止められない。

 

「(せめて、ここを出るまでは)」

 

時間の問題だと思いつつも、大観衆の前で涙を晒す事だけは防ぎたかった。

最後にしくじった名ばかりのエースが、先輩達より先んじて悲しみに浸って良いはずがない。ここから早く去ってから、人目につかない場所で処理しようと考えた。

 

「黄瀬。よくやった。お前のお陰でここまで戦えた」

 

だから、そんな顔でそんな言葉をかけないで欲しい。でないと、我慢が出来そうにないから。

 

「先輩...俺...」

 

「さあ、帰るぞ」

 

タオルを頭に被せ、黄瀬の最後の意地を守る。結果的にその気遣いが最後の一押しとなった。

他の先輩達の悔し涙よりも早くタオルを濡らし、それでも堪えようと肩が小刻みに震える。

 

「この経験、生かせよ」

 

「絶対、必ず、海常を...!」

 

海常は敗北した。

どれだけ悔しくとも、どれだけ辛くとも、過去を変える事は誰にも出来ない。

だからせめて、この先の海常に勝利を齎す為に、今日と言う日を忘れない。

何時か海常が頂点に立つその日を迎える為に、今日だけは泣いておこう。

 

 

 

「みんなお疲れー!」

 

「いぇーい!」

 

コートから戻ったメンバーをリコは笑顔で迎え入れた。

元気一杯の英雄が全身で喜びを表し、飛びぬけてテンションが高かった。

 

「ふー。いや、本当に疲れた」

 

「体力的には昨日よりマシなんだけどな。こういう試合は精神的にくる」

 

気を張り詰めていた試合から解き放たれ、一気に緩む。

あわや戦犯になりかけた日向が苦笑いで一息ついて、ほぼフル出場を果たした伊月がタオルを渡しながら同意した。

 

「なによー。今くらい素直に喜びなさいよ」

 

「何つーか。まだ実感が」

 

終盤は冷や冷やした時間が長く続き、敗北寸前で黒子の機転で窮地を脱した事が夢のようだった。

そんな訳で、日向含め勝利に実感が遅れていた。

 

「実感が沸かなくても、次は決勝よ。むしろ今しか喜んでいられないわ」

 

言ってしまえば、この激戦も通過点。ここで達成感を感じている様では、先が思いやられる。

リコの言うとおり、勝利の余韻を楽しめるのは今だけなのだ。

 

「ま、そーだな。それじゃ、お言葉に甘えて...」

 

「「「俺達は勝ったー!」」」

 

長かったWCも次が最後。

どんな結末が誠凛を待っているのかも分からない。期待以上の不安が直ぐにでもやってくるだろう。

けれど、今は。今だけは、胸いっぱいの喜びを以って、最高の瞬間を過ごしていたい。

 

「(次でラスト、か)」

 

拳を高らかに振り上げているメンバーの中に紛れて、英雄は1歩引いたところで変哲の無い天井を見上げていた。

 

 

 

「どう?あった?」

 

「まあ、リングはあったんすけど」

 

コートから1度出た誠凛は、火神の紛失したリングを探し回ることになっていた。

無事にリングは見つかり、火神が報告にきたのだが、晴れやかな表情とはいえなかった。

 

「ん?何かあった?」

 

「すみません。この後、少し時間を頂いてもよろしいですか」

 

勝利の余韻はどこえやら。現れた黒子の表情は更に重く暗い。

続くリコの質問に対しても1度躊躇い、再び口を開ける。

 

「大事な話があります。僕と帝光中の過去、そして赤司君の事で」

 

性格的に自ら過去を話すタイプではないが、それでも話す事にこれ程躊躇いがあるとは、一体どんな過去があるのだろうか。

そして、今話さなければならない理由とは。

 

 

 

 

場所を火神宅に移し、黒子の長い物語が綴られた。

バスケットを始めた切っ掛けから、帝光バスケ部に入部してからの挫折。キセキの世代達との出会いと見出した希望。短すぎる栄光に、早すぎる失望と決別。

そして、親しい友人を傷つけてしまった罪。

 

「僕の主観も混じっていますが、これが全てです」

 

外を見ると宵も深くなってしまった様だ。黙って座っていた分、体が硬くなっている。

あまりに長い話で、色々な感想が沸いた。

キセキの世代の実情に、黒子が誠凛を選んだ遠因。そして、赤司にもう1つの人格がある事。

何から言って良いのやら、整理がつかず押し黙ってしまった。

 

「もーいーわっ!」

 

「何でキレてんだよ」

 

「最後まで聞いてんじゃん」

 

そんな中、火神は少し怒り気味に声を張った。

他のメンバーと別の感情を抱いており、言動が矛盾した為に、伊月と小金井につっこまれる。

 

「黙って聞いてりゃ、ネガティブな事をグダグダと。少しは気の利くジョークでも言いやがれっ!」

 

「元々そういう話じゃないので」

 

火神は感情と勢いで話しているので、多少無茶苦茶になっている。黒子の冷静な返しも跳ね返す。

 

「友達を裏切ったって?別にお前何もしてねーじゃん。形見もらったからって、何でそう受け取るかね」

 

「死んでません」

 

話を聞いて、少なくとも火神はそう思った。

問題の全中決勝に黒子が出場していれば事態は変わったのか。そもそもチームの方針に背いてまで黒子が出場できたのか。罪の意識は一体どこから来ているのか。

火神には全く分からなかった。

 

「そんなんじゃ、プランターの裏で泣いてるぜ」

 

「だから死んでません。後、泣くのは『草場の影』です」

 

念の為に繰り返すが、火神はテンションで会話をしている。つっこみどころが多いのはご愛嬌。

 

「それで?話聞いた俺等はどーすりゃいいんだよ」

 

「え?」

 

とにかく知って欲しかった黒子としては、この後の事は予定に無かった。問われてみれば、メンバーの反応次第で特別こうしたいと言う事もない。

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

火神の改めた問いに黒子の本当の望みが現れる。

誠凛の仲間達に、”黒子は悪くない”と言われても、罪の意識は直ぐに消えてくれないだろう。

では、何故過去を打ち明けたのか。それは黒子自身だけが知っている。

 

「こんな僕ですが、こ」

「言うと思ったよバカヤロー!今更その程度の事で拒絶する訳ねーだろ!」

 

聞いといて最後まで言わせない。あまりに粗暴で、ありがたいほどに乱暴な言葉。

 

「先輩達も何とか言ってやって下さいよ!」

 

「テメーが大体言ったわ、だぁほ!」

 

強引な行動で火神が全てを持っていった。これ以上何を言えと、日向は学の足りない頭にチョップを落とした。

 

「テツ君的には否定したい過去かもしれない。だけど、それで今に繋がった。誠凛と言う出会いにね」

 

「何、良い感じにまとめてんだよ。これ以上台詞を取るな!」

 

火神と揉めている隙を突いて、悪ふざけの英雄がキメ顔で勝手にまとめに入った。

 

「閃いた。罪の意識に人生詰み」

 

「暗いわ!もっとポップな奴持って来い!」

 

更に隙を突いて、伊月が駄洒落を挟んでくる。正にこの場は混沌へと向かっていた。

 

「ところでリコ。この奇妙な色合いの物体は?」

 

「夜も遅くなったしね。お手製のおにぎり作っといたから」

 

「「「ひぃぇ~!!」」」

 

木吉は、気付いてはならない物を目にしてしまった。

おにぎりと言えば普通は白。何かを混ぜれば別の色になる事もあるが、真っ赤に見えてしまう不思議。

想像するに、寒さ故の激辛おにぎりか。だが、リコはこちらの想像を超えてくる。

絶対的な恐怖に、メンバーは騒ぎを止めて怯え始めた。

 

「...ははは」

 

どうやら誠凛のみんなにとって、そのくらいの事らしい。悩んでいた事が馬鹿馬鹿しくなる。

過去が現在に繋がって、日本一に繋がっているとしたら。

冗談交じりの言葉が、残念ながら胸に響いてしまった。

 

「これからもよろしくお願いします」

 

いつも賑やかで愛すべき仲間たちの前で、黒子は静かに頭を下げていた。

 

「縁も酣ではございますが!」

 

しばしの談笑も終えて、明日の為に帰宅をしようとした時、英雄が口火を開いた。

上げようとした腰を再び下ろし、英雄に注目を集める。

 

「何だか分からないけど、時間考えろよ。明日じゃ駄目か?」

 

「駄目でーす。今日、今ここで発表しまーす」

 

夜分につき、なるべく早めに切り上げたいが、英雄は有無を言わせず話を始める。

誰も内容について何もしらず、リコと日向だけがある事について頭を過ぎらせた。

 

「もしかして」

「私、補照英雄は、今大会を最後に、高校バスケを引退し、スペインの下部組織に挑戦します!」

 

恐らく、あの書類が関わっているのだろうと思ったリコだが、英雄の言葉は止められなかった。

 

「は?」

 

その言葉は耳に届いて頭に入り、思考を止めさせた。

理解が追いつかない。高校バスケを引退、スペインへの挑戦。訳の分からない単語だけが頭を巡る。

 

「実は、特別開催されるトライアウトに秋頃送った書類が通ってまして。ウィンター開催は珍しいけど、キャンプに」

「待ってくれ!何言ってんだ、意味分かんねーよ」

 

周りに構わず話を続ける英雄を日向が呼び止める。混乱のあまり感情的になり、声も荒れている。

 

「悪いが、最初から詳しく説明してくれないか。何でそうしたのか。何でこのタイミングなのか」

 

同様に理解出来ていない木吉が、何とか冷静に努め詳細を求めた。

 

「...切っ掛けは、火神の留学だったと思います。俺も外を知りたかった」

 

木吉に求められ、英雄は動機から簡潔に話し始めた。つい先程とは違い、表情もいつも以上に硬く、台詞も重い。

 

「人伝に、トライアウトの事を聞いて試しに送ってみたんです。駄目でも良かった。何かアドバイスの1つも貰えたら御の字くらいの考えでした」

 

火神のアメリカ留学を羨ましがっていたが、人知れず突飛な行動をしていたとは、話の規模の大きさに言葉を挟む余地が無い。

 

「そして、これ」

 

自前のバッグから、1通の書類を差し出した。それは今朝から視界の隅に入り込んでいた代物で、無い様については皆無だった。

発送先は日本バスケット協会と書かれた封筒を、逸る日向が中身を取り出す。

 

「何だこれ?日本代表とかじゃなかったのか」

 

封筒の中には2枚の紙が入っていた。1つは英語以外の外国語。もう1つは恐らく文面を見る限り、日本語約されたもの。

リコも日向も、英雄が熱望していた世代別の代表選考関係の内容だと思っていた。しかしよく考えると、大会の結果が関わるのなら、決勝が終わるまで選考は終わらない。

 

「プロの卵育ててる人が、俺を直接見てみたいって、そう言ってくれたんだ」

 

俯く英雄の顔はどこか満足そうで、にじみ出る感情が妙に生々しかった。

この顔を見れば、流石に理解してしまう。目の前にいる馬鹿は、本当に馬鹿みたいな事を本気でやろうとしていると。

 

「このチャンスを逃すわけにはいかない。だから、俺は行く」

 

再び笑みを消し、改めて宣言した。目線は遥か遠く、見た事も無い場所に届いている。

 

「...ふざけんじゃねぇ」

 

自分勝手な告白を聞いて、日向の表情は最高潮に強張っていた。

英雄の話を大まかに把握したが、納得出来るはずがない。

 

「来年はどーすんだよ」

 

言葉が無くともその態度で、否定的なのは察する事が出来る。それでも言わずにはいられない。

 

「だから、来年はスペインに」

 

「違うっ!分かってんのか!?来年、木吉が抜けて、今まで以上にお前が必要になるんだぞ!!」

 

強張る日向に対し、全く動じない英雄を尻目に、木吉は少し俯いていた。

 

「そっちこそ、今日の試合で何も感じなかったんですか?勝因は俺じゃない、俺じゃ鉄平さんの穴は埋められない」

 

英雄は、誠凛にとって己の存在が必ずしも必須ではないと言う。そして、その理由として今日の海常戦を持ち出してきた。

 

「決定的な場面に、俺はいなかった。序盤のつっちーさん、中盤の俊さん、終盤のテツ君。俺がいなくたって誠凛の強さは変わらない」

 

「...もしかして、それを証明する為に?」

 

英雄の言葉を聞いて、伊月は1つの疑念の答えを浮かべた。

今日の試合での英雄の態度は、チームメイトから見ても違和感があった。何故か消極的で、寧ろベンチウォーマーを望んでいるかの様にも思えた。

コートに立っても変わることなく、いつも以上にチームプレーを優先し、ほぼ空気として終わっていた。

 

「最後、俊さんと交代したけど、しなくたって誠凛は勝ってた。これははっきりと断言できる」

 

いつもの事だと、あまり考えなかったが、英雄の行動は全て意図的であり、誠凛の強さを測る為のもの。

 

「高さはネックになるだろうけど、凛さんやつっちーさんもいる。大会の結果を見て、来年力のある1年生が入ってくるかもしれない。ほら、俺いなくても関係ないじゃん」

 

「んなもん、結果論だろーが!お前はチームを、俺達を裏切るのか!」

 

話が前後したが、日向の気に入らないところは、英雄はチームを裏切るという事。

その結果どうなるかは、今はどうでもよい。

 

「この場でぶん殴られようが、徹底的に非難されようが、覚悟はしてる」

 

「上等だコノヤロー!歯ぁ食いしばれ!」

 

裏切りを認めた瞬間、日向は飛び出し英雄へと向かう。感情任せに振るった拳は顔面を捉え、英雄の体は後方に飛ぶ。

咄嗟に、小金井や伊月が止めに入った。

 

「離せっ!コイツはマジ殴んねーと分かりゃしねーんだ!」

 

「落ち着けよっ!それで何か変わるってのか!」

 

英雄の肩を持つつもりは無く、伊月は冷静に話をしたかった。

伊月も小金井も良い想いを持っていない無い。それでも、殴ってすむ事でもないと思うのだ。

 

「構わないっす。それで気が済むのなら。でも、もう決めた事だから」

 

むくりと立ち上がり、熱を持った頬を摩りながら、変わる事のない気持ちを表に晒した。

だが、その態度こそが日向の怒りをかきたてる。

 

「ってんめーっ!」

 

「やめろ日向!英雄もそれ以上煽るんじゃない!」

 

木吉が間に入って、両者の感情のぶつかり合いを止めた。

何でこうなってしまったのか。原因が英雄だという事は分かっている。それでも、解決策を見出せない事に苛立ちを覚える。

 

「...すいません。けど、俺もずっと考えて出した答えなんです」

 

木吉の言う様に、言い方に問題があった。そこは素直に改めるが、決意は変わらない。

そんな英雄の前にリコが現れた。

 

「っ!」

 

これまで動きを見せず傍観に近いリコだったが、我慢も限界を達し、気が付けば頬をひっぱ叩いていた。

 

「リコ姉」

 

その瞳は涙で滲み、悲痛な表情が向けられている。英雄の頬は、日向の1発と重なって、赤くはれ上がっていた。

 

「...なっんで、アンタはそうなのっ。まだ1年しか経ってないじゃない」

 

バスケットに復帰した事も、その場所に誠凛を選んでくれた事も、1番喜んでいたのはリコだった。

だからこそ余計に受けた落胆も大きい。

 

「幾らなんでも早すぎる。もう少しここで頑張ればいいじゃない。私が責任以って見てあげるから」

 

「違うんだ。今じゃなきゃ、駄目なんだ。多分、今が俺の成長ピークだから、終わってしまう前じゃなきゃ駄目なんだ。完成されてからじゃ遅すぎる!」

 

以前、リコの父・景虎より、英雄の焦りについて話を受けた。桐皇戦で明るみに出て1時は解決を見せていたが、根っこの部分はまるで変わっていなかった。

 

「みんなには、本当に申し訳ないと思ってる。だけど!バスケだけには妥協したくない!やるからにはとことん上を目指していたいんだ!!」

 

海常との試合の前に、英雄は書類を見せる事を1度拒否した。その時、リコは言いようの無い不安を覚えたが、まさかこんな事になろうとは。

聞かなければよかったと思いつつも、タイミングが誓うだけで、結果は同じ。

 

「何よ。何なのよ!私を日本一の監督にしてくれるって言ったじゃない!」

 

「嘘じゃない。明日実現して、日本一を手土産に俺は上に行く」

 

英雄のなりの筋を通してくる事が、やはり腹立たしい。

そういう答えが聞きたい訳じゃない。求めてる答えは、お互いに分かっている。しかし、英雄は決して口にしない。

 

「アンタの頑張るってそういう事なの!?自分が良ければそれでいいの!?」

 

「ここで諦めたら、それこそ妥協だ。きっと俺は落ち目になる。結局みんなの信頼を裏切っていると思う」

 

本当に心底考えた上での結論なのだろう。どんな反論にも言葉を用意していて、躊躇いが全く見えない。

そしてやはり、期待した言葉は聞こえない。

 

「馬鹿っ!」

 

逆に言葉に詰まったリコは、感情を乗せて右手を振りぬき、バチンと大きな音を立てた。

しかし、正面から受け止めた英雄の顔はリコに向いたまま。決して揺らがない。

 

「...っ。こんな事になるなら、アンタを呼び戻すんじゃなかった!」

 

耐え切れなくなったリコは、火神宅から飛び出した。

走り去る姿の後に、水滴が飛んでいたのが目に入り、英雄は少し天井を見上げていた。

 

「長々とすいませんでした。俺も、帰ります」

 

リコが置いていった鞄を手に取り、英雄も後に続いてメンバーに背を向ける。

 

「待てよ!俺は認めてねーぞ!」

 

リコとの対立に見ているだけだった日向が、再び反論を叫ぶが振り向く事はない。

雑に靴を履いた英雄は見向きもせず、最後の扉を開けて立ち去るのだった。

 

「ふざけんな!英雄ー!」




英雄暴走中
色んな意見があると思いますが、見守っていただければ幸いです

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