黒子のバスケ~ヒーロー~   作:k-son

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負け難い戦い

決勝戦の前の3位決定戦は、秀徳と海常で行われていた。

怪我で黄瀬を欠く海常に、緑間を対応する手段がなく、DFが簡単に崩されていた。

序盤から秀徳のワンサイドゲームが展開され、洛山に一蹴された秀徳が決して弱くなかった事の証明となっていた。

 

『駄目だ~!黄瀬は出ないのかよ~!』

『ばっか!昨日の試合見てないのかよっ!』

 

黄瀬不在だけでなく、誠凛との戦いで使い果たし、海常本来の力は半分も発揮できていない。

 

「相当盛り上がっとったようやな」

 

「あん?気になるなら来ればよかったろ」

 

桐皇学園のメンバーが1箇所に集まっており、中心には今吉や青峰もいた。

勝敗も大半が決まって、今吉が軽く話しかける。

 

「言われんでも、勉強の合間に中継見たし」

 

「なんだそりゃ。そんな調子で受験大丈夫なのかよ」

 

「ほっとけ」

 

WCの各試合はテレビ中継をされている。時間さえ把握しておけば、計画的に中継を見ることができる。

受験勉強の休憩がてらに試合を見ているだけで、さぼっている訳ではない。

 

「いよいよ、ですね」

 

3位決定戦の終了のブザーが鳴り、秀徳を祝福している。

敗北した海常は悔しがっているが、泣くほどの感情は表に出ていなかった。

その様子を見た桜井は、次の試合に意識を向ける。

 

「ついに決勝か。一体どうなるんだ」

 

若松も高まる緊張感に感化し、試合の展望を考えていた。

 

「......」

 

「(インターバル中のアップ。妙な感じがしたが、もしそうなら)3決と同じ展開もあり得るで」

 

青峰は表情を全く動かさず見つめるだけ。今吉は、どこかで感じたような違和感に開始早々のワンサイドゲームも視野に入れいていた。

 

「あー。出てきた」

 

桐皇とは別の場所で、陽泉メンバーは試合を見ていた。

紫原が入場した洛山と誠凛に反応し、その目を向ける。

紫原・岡村・劉の3人が並ぶと、後ろの人間はさぞかし見難いことだろう。

 

「顔が硬いな。決勝独特の雰囲気に呑まれたか?」

 

一緒に並んで座っていた荒木は、誠凛メンバーの表情を含めた全体の雰囲気に着目した。

前評判を覆し続けた勢いあるチームとは思えない。入場する間も、足取りは重く、一人ひとりの距離が少し開いている様な気がする。

 

「(やはり、何かあったようじゃの)」

 

旧知の英雄がいる為、誠凛側での観戦をするつもりだった岡村は、今吉と同じくこの試合に不安を感じていた。

 

「(この試合、序盤の出来が左右するな)頑張れよ。タイガ」

 

誠凛に起きているトラブルの事情を知る唯一の人物、氷室は厳しい状況下に立たされた火神を影ながら応援するのだった。

 

 

 

「スターターは、日向君、鉄平、火神君、黒子君、そして英雄」

 

リコから決勝戦のオーダーが告げられた。色々と思うことはあるけれど、伊月等の想いに応じ、本来のベストメンバーで臨む事になった。

 

「おう」

「はい!」

 

呼ばれた5人の内、木吉と火神だけが返事を返し、微妙な沈黙が会話に挟まれる。

 

「ああ」

「分かりました」

 

少し遅れて、日向と黒子が返事をする。

試合に対するモチベーションが全く無い訳ではない。どこかで勝ちたいと言う気持ちが残っている。にも関わらず、暖まった体と対照的に心は冷えていた。

 

「今回、洛山のスカウティングが出来てない。序盤は無理をせず、じっくりリズムを作っていきましょ」

 

1度たりとも目を合わさず、話を進めていく。

原因はともかく、洛山相手にノープランで突っ込むのは危険行為に他ならない。相手の出方を待つやり方は、誠凛の型ではないが、無闇に行って返り討ちと言うのは避けたい。

 

「いや、こっちから仕掛けよう。考えがある」

 

更衣室を出てからダンマリを続けていた英雄が、提案を切り出した。

 

 

 

『決勝戦に先立ちまして、両チームの紹介を行います』

 

試合開始前に、マイクを通してアナウンスが響く。

 

『始めに、黒のユニフォーム、誠凛高校。監督、相田リコ』

 

大人ではなく、学生のリコが監督として呼ばれ、観客の物珍しそうな視線が集まる。

 

『続きまして、スターティングメンバー。15番、補照英雄』

 

この名が呼ばれ、沸く観客。

プレーもだが、先日のインタビューを見た者も多く、コートの中外問わず、とにかく目立つ英雄に対する期待感は火神と同等。

 

『11番黒子テツヤ』

 

『アイツだよな。黄瀬を止めてた奴』

『いやでも、そんなに凄かったっけ?そーでもないような』

『うーん。時偶いい感じのプレーすんだよな』

 

先ずは、黒子の名前が呼ばれた。物珍しさではなく、正体不明なプレーヤーとして観客の興味を引いていた。

 

『10番、火神大我』

 

そして、火神の登場により、黒子の印象が掻き消えた。

青峰、紫原、黄瀬とキセキの世代を相手取り、互角に渡り合ったスーパーエース。持ち前のジャンプ力を生かした派手なダンカーとして、人気を高めつつあった。

 

「黒子。気持ちの整理はついているのか」

 

「...どうなんでしょう」

 

注目の的となった火神は、そんな歓声に目もくれず、真っ先に黒子の下へと近寄った。

質問をされた黒子は、表情に憂いを滲ませながら質問で返した。

 

「先程の先輩たちの言葉で、ある程度踏ん切りをつけたつもりですが」

 

『7番、木吉鉄平』

 

伊月らの言葉を聞くまで、スターターを辞退しようとしていた黒子。今のところ最低限のモチベーションを保てているが、英雄とまともに目を合わせる事も出来ていない。

 

「困ったら俺に回せ」

 

「え?」

 

「俺が何とかする。俺が日本一にしてやる」

 

話の本題から外れているが、火神の言葉は頼もしかった。

 

「気合が入ってるのは良いが、1人で突っ走るなよ。俺にも背負わせてくれ」

 

コートの真ん中に木吉が混ざり、2人の肩に手を乗せた。

 

 

「俺はこの試合に全てを賭ける」

 

静かにたたずむ英雄を眺めながら、木吉は決意を口にした。

今の状態の誠凛が勝つには、木吉の出来が大きく関わると考え、その原因である英雄を複雑そうに見つめている。

 

『4番、日向順平』

 

最後に日向が呼ばれ、粛々とコートに足を踏み入れる。

 

「頼むぞ日向!」

 

日向の心情を察しながらも、懸命に声援を送る伊月達2年生。その姿は、未だ試合が開始されていないにも関わらず必死そのものであった。

 

「3P、期待してるからな」

 

「...ああ」

 

願い続けた舞台でも、日向の顔は淡白。冷めた表情のまま、木吉の声に返事をした。

 

『続きまして、白のユニフォーム洛山高校。監督、白金永治』

 

木吉や火神が、弱々しくとも勝ちたいと言う気持ちがある事を確認していると、洛山メンバーの名前が呼ばれ始めた。

 

『8番、根武谷永吉』

 

「よっしゃぁぁぁぁ!」

 

始めに色黒で筋肉質の大男、根武谷が怒声を上げながらコートに入る。

190cmと、Cとして大きな方ではないが、高校生離れした岩の様な肉体から放たれる威圧感は、陽泉のゴール下を髣髴させる。

 

『7番、葉山小太郎』

 

次に出てきたのは、八重歯が目立つ葉山。

徐々に上がる会場のボルテージは、誠凛の時を既に越えている。何故ならば、嘗ては無冠の五将と称されたビッグネームがこうして同じユニフォームを着て並んでいるのだから、超絶プレーを期待せずにはいられない。

 

『6番、実渕玲央』

 

そして現れた無冠の五将3人目、実渕。

このビッグ3だけでも優位な試合が作れ、名前だけでも相手にプレッシャーを与えることが出来る。

 

『5番、黛千尋』

 

唯一の3年生黛が入場しているが、前の3人の影になってしまい、誰も気を払っていない。

だが、準決勝のあのシーンを目撃した誠凛の目は、真っ直ぐに向けられていた。

 

「(あの時は、準決勝を控えていたからあえて触れなかったけど。彼は本当に)」

 

赤司がウイニングショットを決めた時、黛は木村のパスをカットした。しかも、見ていた者を含めた全員の意識の外から現れて、赤司にパスを送った。

あの普通ではない光景。リコにも馴染みがある。

 

『4番、赤司征十郎』

 

最後はキャプテンマークとも言える4番を背負った赤司。背丈の数倍の存在感を示しながら現れた。

 

「テツヤ。あの時の答えを見せてもらおう」

 

「赤司君」

 

整列した状態から黒子に声を掛ける。

だが、伝えたい想いが山ほどあったはずなのに、黒子の口は動かない。

 

「...無駄口を叩くタイプではなかったね」

 

黒子のリアクションや、周りの態度を一頻り見た赤司は、会話を止めて合図を待つ。

 

「横いいか?」

 

「ええ、どうそ...トラ」

 

「ふぃー。間に合った」

 

開始のブザーが鳴る寸前に景虎が桐皇の監督・原澤の横に腰掛けた。

 

「トラが態々観に来るなんて、誠凛か?」

 

「ああ。気付いていると思うが、愛娘が監督なんだ」

 

「道理で。あのステップバックを4番が使える訳だ」

 

1回戦で行われた桐皇と誠凛の試合で、日向が披露した高速のステップバック。選手達は初見で虚を疲れていたが、原澤にとっては懐かしい記憶の1つ。

試合には負け、嫌な思い出に塗り替えられた後、何と無く気にかかっていた。

 

「誰ですかね?あの人」

 

「ファッションセンスが、若松みたいやな」

 

「でもチンピラとヤクザくらい差があるぜ」

 

「なんか飛び火してんすけど」

 

桜井の疑問から、何故か若松へのイジりに変わる。今吉と諏佐に言われて文句もあるが、上級生な為に強く言えない若松。

 

「うるせーな。始まるっつーんだよ」

 

他の観客とは別の意味で周りがざわつき、青峰が不満を漏らした。

 

洛山高校スターター

 

C   8番 根武谷 永吉 190cm 2年

PF  5番 黛 千尋   182cm 3年

SF  7番 葉山 小太郎 180cm 2年

SG  6番 実渕 玲央  188cm 2年

PG  4番 赤司 征十郎 173cm 1年

 

誠凛高校スターター

 

C   7番 木吉 鉄平  193cm 2年

PF 10番 火神 大我  190cm 1年

   11番 黒子 テツヤ 168cm 1年

SG  4番 日向 順平  178cm 2年

PG 15番 補照 英雄  192cm 1年

 

中央のサークルに集まり、開始のジャンプボールを待っていた。センターサークルに立つのは木吉と根武谷。

今年最後の公式戦。最後の栄誉を勝ち取るのはどちらか。その答えは、この40分で出る。

開始のブザーが鳴り、審判がボールを放り投げる。

 

---ティップオフ

 

「おらぁっあ!」

 

ジャンプボールを制したのは根武谷。ボールを赤司目がけて弾く。

 

「っくそ。DFだ!簡単に先制許すな!」

 

最初のOFは洛山から。

日向の声と共に誠凛の5人は自陣に戻る。

ここだけ見ればいつも通りなのだが、木吉がジャンプボールで負けたのは気持ちによるもの。あまり態度に出しすぎると洛山に勘付かれてしまう。

日向もそこまで愚かではない。しこりはあっても、ゲームに集中するように努めていく。

 

「4番!」

 

誠凛のDFはマンツーマン。日向が実渕、木吉が根武谷、火神が葉山、黒子が黛、英雄が赤司とマッチアップ。

特に試合展開を左右するであろうマッチアップは注目を集める。気合充分にマークの番号を口にする英雄は、マークの赤司に詰め寄った。

 

先制点は欲しいが、責め急ぐ事をしない赤司。英雄を前にしてもパスに逃げる事をせず、ボールをドリブルでキープしながら全体を観察していた。

 

「(このくらいじゃ動じないってか)」

 

赤司とのマッチアップで警戒するのは、『天帝の目』によるアンクルブレイクである。黄瀬を相手に何度か体感したが、まともに食らえば耐えられない。

こちらの予備動作から動きを見切る赤司から、スティールするのは非常に困難なのだ。現在の涼しい顔の理由も、奪われない絶対的な自信からきているのだろう。

つまり、赤司に対してブロックやスティールを決める事は現状困難であり、出来る事と言えばハンズアップやコースを塞ぐ事など、基本的で地道なプレーが求められる。

リズムや流れを掴めれば、どこかでチャンスが巡ってくるかもしれないが、直接的に赤司を止める事は英雄にできない。

 

「っへ」

 

けれど、この展開は事前に予測できる。

たった1試合分の映像資料を見ただけでも、赤司の上手さや強さは確認できた。

今までの誰もが出来なかった事。それに挑戦する事は、英雄のモチベーションを更に高めた。

 

「っむ!」

 

いきなり距離を潰し赤司に迫る。

アンクルブレイクを使わずとも赤司のドリブルスキルはすべからく高い。安易に踏み込めば、簡単に抜かれてしまう。

それでも中途半端な受身に回っては、チャンスはやってこない。狭いようで深い赤司の懐目がけて1歩を踏み込んだ。

 

「んー無理じゃね?」

 

その様子を見ていた紫原は、思ったままに感想を言う。

 

「そうか?あの運動量は洛山にとっても脅威だろうし、1試合続けられたらいくら赤司でも」

 

福井は同じPGからの目線で考え、英雄の積極的な判断に好感をもっていた。

ファウルやドリブルでかわされるリスクも承知で、最初から勝負を掛けに行くなんて事は、よほどの度胸がなければできない。

 

「確かに悪い選択とは思わないけど~。やっぱり赤ちんが負ける姿なんて、イメージ出来ないなぁ」

 

膨大な運動量に引っ掻き回された1人として、英雄の選択自体に文句を付けようとは思わない。相手が赤司でなければ、必ず効果を発揮するだろう。

 

開始早々に密着マークを試みた英雄。腰を屈め、ステイローに努めながら赤司に詰め寄っていた。

PGとして長身を誇る英雄が前を塞ぐ事で、パス及びシュートコースを削る事が出来る。だが、小回りで言えば赤司の方が上。

 

「...」

 

細かいドリブルで体勢を整え、縦の緩急で後方を警戒させ左に切れ込む。

 

「ぅおっ!」

 

『ファウル!プッシング!』

 

距離間を読み違え咄嗟に追うが、赤司の体と強めに当ってしまった為にファウルを取られた。

体が小さければドリブルも低く、予備動作も小さくなる。

映像で事前に確認していたが、手の内を全て出していた訳ではないのだ。初めてのマッチアップもあって、非常に読み難い。

 

「へぇ」

 

赤司もまた、自身の中にあった英雄のイメージを修正していた。

思ったよりも判断が速く、その判断に体も付いてきていたからだ。

そして、この前掛りなDFこそ、英雄なりのアンクルブレイク対策であった。

 

「(あの大口も単なる出任せって訳でもなさそうね)」

 

洛山はチームの方針として、序盤はほぼ観察に当てる。

近くで見ていた実渕も英雄の計算を察し、昨日聞いた言葉を思い出す。

 

 

 

赤司とマッチアップする上で、英雄はこう考えた。

アンクルブレイクを受けて抜かれるよりも、普通にドリブルで抜かれる方がマシである。

アンクルブレイクを受けると転び、カバーリングやリカバリーも遅れて間に合わない。

逆に後者の場合は、火神や木吉がゴール下に陣取っていて、挽回のチャンスが巡ってくる。

 

そして中途半端に距離を空けてしまうと、アンクルブレイクからは逃れられない。

英雄がプレスを掛ける事により、普通に抜いた方が早いという状況が生まれやすくなる。

 

「面白いな。あれ程開き直ってきた選手は初めて見る」

 

監督の白金は、勝てない前提で向かってくる英雄の発想を評価しつつも、その半面で残念に思っていた。

さっきの場面。あのまま赤司をどうにかしなければ、先制点を確実に得ていた。

取られたファウルも際どいジャッジであって、別の審判ならば流していたかもしれない。

フィジカル、スキル、判断能力、間違いなく日本一のPGになっていただろう、赤司さえいなければ。

 

 

 

「たったワンプレーでも、君への評価を上方修正したよ」

 

「それはどーも」

 

実渕がコートの外に出て、審判からボールを受け取っていた。

再開に備えている最中に、赤司が横目で見ながら一声掛けた。

 

「赤司!」

 

実渕のスローインを受けた葉山は、赤司へと繋ぐ。同時に、問答無用で英雄が前に出た。

 

「(だが)頭が高いっ」

 

英雄の考えには、決定的な欠点があった。

勢い良く飛び出し、距離を詰める瞬間、英雄の重心は傾く。赤司へと踏み出すと同時に、横への揺さぶりを加えれば良いだけなのだ。

赤司の『天帝の目』は、その一瞬を見逃さない。

英雄のプレスに臆することなく向かい、今度は左に切り込む。

 

「(手の内は、先に見せてもらおうかっ)」

 

英雄が追い、左足に重心が乗った瞬間、赤司は右に切り替えした。

下半身から急に力が抜けて、重力が全身を襲う。

プレスの為の力がなだれ込んだ英雄の体は、尻餅どころかコートの上を滑り、赤司から大きく離れていった。

 

「...」

 

赤司がノーマークになり、アウトナンバーが成立。英雄に目もくれず、インサイドへと侵入した。

 

「赤司!」

 

赤司のペネトレイトに、火神がヘルプで対応する。英雄が駄目ならば、火神が最後の砦となる。

しかし、状況は人数で負けており、ヘルプに動けばDFに別の穴が生まれてしまう。

 

「ナイスパス!」

 

火神の右脇をバウンドパスが通り、完璧なタイミングで葉山のカットインに合わせた。

 

「(葉山っ)」

 

「ちょろいねっ!」

 

ショートコーナーでバックドアパスを受けた葉山は、ヘルプの木吉をかわしながらレイアップを決める。

英雄をいなされた時点で、不利な状況だった。1度スピードに乗った葉山に、スピード負けしてしまう木吉では分が悪い。

 

『先制は洛山だ!』

 

抜かれた英雄はすっ転び、抜いた赤司が決定的なパスで先制点を演出。

シンプルで分かりやすい展開に、観客も沸いた。

 

「流石は征ちゃんね。あれだけプレッシャーを掛けられて、顔色1つ変えないなんて」

 

キセキの世代でなければ、赤司でなければ、もっと効果を発揮したはず。

自身が赤司の立場なら、苦戦は必死だったが、あっさりと対応した赤司に、味方ながら末恐ろしさを感じた。

 

「作戦の変更をオススメするわ」

 

目先を日向に移し、挑発まがいの一言を告げる。

 

「余計なお世話だよ」

 

「あらあら」

 

そっぽを向いたまま辛らつな言葉を返す日向に、余裕の表情を見せてDFに戻る実渕。

 

「まぁ、頑張って」

 

「っち(何してんだよ)」

 

そして、英雄にもすれ違い様に一言。

実渕につられて英雄と目が合った日向は、再びそっぽを向いた。

伊月の言葉でモチベーションを取り戻したが、既にフラストレーションが溜まり、胸のモヤモヤ感は消えずに残っていた。

 

「やっぱり無茶じゃないか?本当にこのまま行くつもりなのか?」

 

代わりに木吉が英雄のフォローを行った。

試合前に聞いた説明を簡単に聞いたのだが、内容がハイリスク・ローリターン過ぎて、どうしても不安が募る。

 

「そうですね。このままじゃ無理っぽいんで、作戦Bで行きます」

 

「ん?聞いてないんだが」

 

初めて聞いたフレーズに戸惑う木吉。内容を確認するにも時間がない。

 

「...」

 

日向のスローインを英雄が受けた。

 

「とにかく1本決めましょう。ここ外すと結構不味いんで」

 

キリが悪くとも、話はここまで。

先にOFへと向かった火神と黒子の後を追う。

 

「分かった。とりあえず任せる」

 

これからやろうとしている事を出来れば頭に入れておきたいところ。

それでも英雄の言う事も正論であり、第1クォーターで躓くと取り返しの付かない事態に繋がりかねないのだ。

マンツーマンDFで、赤司のマークを任せている英雄に判断を委ねた。

 

洛山のDFもマンツーマンDF。

マッチアップはOF時と変わらなく、英雄の前に赤司が立ち塞がる。

 

「英雄!」

 

「頼むよっ」

 

赤司との1対1を避け、火神の要求に応えてシンプルにパスを捌いた。

優勝候補筆頭の洛山でも何とかなるかもと印象付ける為に、最初の1本は大きな意味を持つ。

葉山とのマッチアップである限り、計算が立つ火神に頼る他なかった。

 

「よしっ、こい!」

 

顔を輝かせながら、葉山は火神を待ち構える。

火神が機を窺っている間に、日向や英雄は距離を取ってアイソレーションを計った。

 

「(俺に言葉で鼓舞するなんて出来ない。プレーでチームを引っ張るんだ)」

 

氷室からアドバイスを受けたが、特別な手ごたえはなかった。やはり口で上手く立ち回る事は下手らしい。

 

「(元五将だろうが、負けられねぇ!)」

 

火神のドライブ。右に切れ込み、ショートコーナーでミドルシュートを放つ。

幾ら葉山にスピードがあっても、火神を跳ばせたらフリー同然。シュートコースに手が届かず、リングネットを揺らされた。

 

「っげ」

 

ブロックしようと手を伸ばしても、視界を塞いでコースを切る事も出来ない。

完全に抜かれなくても、火神のジャンプ力は常識ごと超えていく。

 

「ちょっとー」

 

「あっさりやられ過ぎんだろ。もっと集中しろってんだ」

 

簡単に失点した葉山に、実渕と根武谷が不満の声を挙げた。

 

「ゴメンゴメン。なんとか挽回すっからさ!」

 

失点したが、完全に抜かれた訳ではない。あのミドルシュートは厄介だが、目を慣らしていけばその内対応できるだろうと、全くめげない葉山。

キセキの世代と同等の火神とやり合って、端からタダで済むとは思っていない。

取られても取り返せれば、決して負けることはないのだ。

 

「(よしっ、後は赤司を)」

 

「火神。後、頼む」

 

「え?」

 

DFに戻る火神に一言告げて、英雄は飛び出した。

事前の説明はなく、誠凛も洛山も観客も、全ての者が目を疑った。

 

『オールコートプレスっ!?こんな序盤で!!?』

 

スローインをする直前、根武谷とのパスコースの間に立つ。

何も聞いていない誠凛の4人は自陣で守り、英雄はたった独りでフェイスガードを仕掛けた。

 

「これは...!」

 

見ている全員がその行動の狙いを理解した訳ではない。

だが理解出来た者は、英雄の着眼点に唸らされ、赤司の顔色を変えた。

 

「そうかっ!その手があったか!」

 

普段は冷静な今吉も思わず声を挙げた。

 

「アイツは赤司に勝つつもりなんて、最初からなかったんや」

 

「どういう意味だ?」

 

珍しく、少々興奮気味な今吉に諏佐が詳しく問う。

 

「ウチん時と同じ、止められないならボールを持たせんかったらええ」

 

『天帝の目』によるアンクルブレイクを防ぐ方法がないのであれば、ボールを持たせない。それが無理でもボールを持つ時間、回数を減らし1対1の状況を作らせない。

これまでと考え方は同じであり、シンプルなもの。

 

「それだけじゃねぇ。ガードの赤司にボール運びをさせないって事は、洛山OF全体に大きな影響を与える事が出来る」

 

加えて青峰が、フェイスガードによる副次効果を説明する。

速攻を除く洛山のOFは、赤司のボール運び”ありき”な物が多い。

ボール運び自体は、葉山や実渕が代行出来るのだが、正確無比なパスまでは持ち合わせておらず、選択肢は狭まってしまう。

 

「そうなれば、洛山のリズムは狂う。いつもと違うんだからな」

 

同じ話をしていた陽泉メンバーの氷室も、感嘆の声が止まらない。

 

「誰にでも出来る事じゃない。技術は勿論、抜群の運動量があって初めて成立する作戦じゃ」

 

「赤ちんに勝てないけど、勝負しないから負けないって事?」

 

「実も蓋もないアルな」

 

絶賛していた岡村の横で紫原が厳しい一言を言い、劉が苦笑いを漏らした。

 

「...貴様、あまり調子に乗るなよ」

 

「いいや、調子に乗るのはこれからさ。今日を無事に終えられるなんて思わないで」

 

向かい合う赤司と英雄。

2人のマッチアップは、ボールを持たずとも注目を集めた。

 

PGはミスを許されないポジションである。

OFもDFも、機転はPG。そしてPGの差は、チームの差。

勝負するなら負けてはならない。勝てないなら勝負をしてはならない。

 

「(やっぱりね。そんな事だろうと思ったわよ)」

 

この会場の中で唯一驚かなかった少女は、表情のない顔を向けていた。

 

「......ばか」




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