陽乃さんに半分拉致され、連れられるままお互いに無言で手頃な場所にある喫茶店に入ってそれぞれ適当に注文を済ませる。
ドリンクの受け取り口に近い場所に立っていたのは陽乃さんだったこともあり、陽乃さんは俺の分も同時に受け取ると、近くにあった窓際の二人席の方を向いて久しぶりに口を開いた。
「ん、じゃあそこに座ろうか」
特に問題点は無いので軽くうなずいてから座ると、陽乃さんが俺の注文したドリンクを俺の前に置いて言う。
「お姉さんに何か言うことはない?」
え、何言ってんのこの人。しかもなんか笑顔で超怖い。別におごってもらったわけでもないしな。拉致してくれとか頼んでもいない。
「いや、特にないですけど」
そう返事をするが満足していないらしく、一向に笑顔のままである。超怖い、平塚先生に年齢の話をした時ぐらい怖い。要は怖い。登校途中に、たまたますれちがったクラスの女子達が俺がすぐ目の前にいるのに俺の悪口を言い始めた時くらい怖い。このままでも仕方ないし、何か言うか。
「えー、で、用件は何ですか?」
適当過ぎたのがばれたのかわからないが諦めてくれたらしく、俺の質問に答える。
「それはこっちのセリフかなぁ、この優しいお姉さんが優しく君の問題を解消してあげるというか?」
そりゃいいや。
なわけあるかです。いや、ホントに。それにこの人の場合、問題の解消はしても解決はしない気がする。
「いや特に問題ないんで」
「雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんは? 君の妹さんは? 君自身は?」
「……」
「あれ、問題ないんじゃなかったの?」
「……」
的確に痛い所を突いてくる陽乃さんに何も言えずに話を続けられてしまう。
「まあ、いいよ。大丈夫ならね、気にしないでいいよ?」
明らかな嫌味を含みつつ、更に続ける。
「部活のこともあるだろうけどさ~妹さん受験な上に情緒不安定なんでしょ? 大変だねぇ」
それ以上触れられるとかなり厳しい話になってしまうので、ここで話を打ち切る。
「えぇ、大変なんすよ。でも、悪くなってはいないんで」
陽乃さんはくすっと笑うと、へぇー、と言ってから早口に小声で、漏らす様に言う。
「……私なら雪乃ちゃんの相手なんかしないけど」
それだけ言うと、陽乃さんはカップを持って立ち上がり、笑顔で手を振りながら挨拶をする。
「じゃあね、比企谷君。面白かったよ、今度近い内にまた会おうね。あと、あんまり君らしくしないことはしない方がいいんだよ?」
脳内で丁寧に断りつつも、頭だけ下げて返すと陽乃さんは、うん、と言って店を出た。俺だけが残された店内には、苦いコーヒーの匂いが漂っていた。
……俺らしさとは、何だっただろうか。
お読み頂きありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご評価等、頂けたら幸いです。
ありがとうございました。