続・羅生門   作:今井舞馬


原作:羅生門
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悪の道に落ちた下人。導かれるようにやってきた門の下で転機となるある人物との出会いが訪れる。そんな中、下人は何を思い何を考えるのか。

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芥川龍之介の羅生門を原作としたその続編です。大変短い小説なのですぐ読み終わると思います。ぜひ、ご一読下さい。よろしければ感想もお願いいたします。


羅生門~after story~

下人はそれからも引剥ぎをしながら生活していたが、この生活にほとほと嫌気がさしていた。と言うのも、引剥ぎをされた者の顔が悪人を見る顔だったからである。

 

 引剥ぎをしないと飢えて死ぬから、というのは自分の都合であって、される側はたまったものではないのだから当たり前と言えば当たり前である。しかしそれでも下人はその顔が気に食わなかった。それではまるで自分が生きることすら罪だと言わんばかりではないか。

 

 ふと空を見上げると暗雲は空を覆い、まもなく雨が降り出した。その雨はまるで自分の存在すら洗い流さんとばかりに下人は感じた。

下人は雨から逃れようと走り出した。雨足が激しさを増したころ、下人は広い門の下にたどり着いた。

 

 皮肉にもそれは、下人にとって人生の分岐点とも言える場所であった。

 

 下人はその時ぼんやりと死を決意した。やはり他人を犠牲にしながら生きる人生など間違っていたのだ。

 引剥ぎや窃盗をされた者たちは果てしなく下人を恨んだことだろう。その者たちの憎しみを背負ってまで、生きながらえる意味などなかったのだ。

 そんな理由が自分をここまで導いたのだと下人は思った。

 

 下人はふと、老婆のことを思い出した。初めて引剥ぎをしたあの老婆である。

 すでに死んでいるであろうその老婆が何年も前と同様に楼内にいる訳もなかったが、それでも何か気になって、下人は丹塗りの梯子に手をかけた。

 

 果たして、楼内には一人の老婆が居た。今にも死んでしまいそうな弱々しい手つきで、死体の髪を抜いていた。

 下人はいたたまれなくなって、老婆の元に歩み寄った。銭を与えようと思ったのである。

 しかし、老婆は引剥ぎをしたあの老婆ではなかった。

 老婆の首筋を見て、下人はある違和感にとらわれた。それはすぐに確信に変わった。

 

 老婆の首筋には大きなほくろがあった。

 そのほくろは、自分が幼い頃いつも眺めていたほくろだったからである。

 

 その老婆は下人の母親だったのだ。

 

 濃密な記憶が下人の頭の中に雪崩れ込んでくる。

 雪崩れてきた記憶の押し出されるように、下人の眼から涙がこぼれた。

 哀愁漂うその首筋が、いとおしくて、せつなくて、情けなくて泣いてしまったのだ。

 

 自分を捨てたことへの怒りなど昔の記憶とともに消えてしまっていた。今はただ、死人の髪を抜くみじめな母に愛情を感じずに入られなかったのである 。

 

「誰か居るのかえ」

 弱々しくも懐かしい声がする。

「こんなところに居られたのか」

 下人はつぶやくようにそう答えた。

 

 少し沈黙があった。

「・・・顔を見せておくれ」

 老婆の声は震えていた。

 下人は少し意外そうな顔をした。母とはいえ、息子の声などとうに忘れているものだと思ったからである。

「いや、それはできない」

 老婆の体がピクリと動く。

「・・・お前を捨てたことは仕方がなかったのじゃ」

 訴えるように声を荒げる。

「いや、さようなことなど恨んでは居らぬ、俺もその身なら捨てておったゆえ」

 

 下人は続ける。

 

「昔、主人に放たれ途方に暮れていた時、この羅城門で一人の老婆と出会うたことがあった。その老婆の服を剥ぎ、生きる糧としたのだ。すべてを奪われた老婆は程無くして息絶えただろう。されど、その老婆にも貴方と同じ子や孫がいた筈である。引剥ぎに遭わねば生きながらえて、子や孫の顔を拝むことができたやもしれぬ。だから俺は貴方に顔を見せることはできぬ。俺なりの礼儀だ。・・・高慢かもしれんがな」

 

 老婆が、ならせめて手を握ってほしいと言うので、下人は包み込むようにゆっくりと母の手を握ると、静かに楼を後にした。

 

 楼を降りると、十五、六歳の若者が雨止みを待っていた。

 お前は何をしているのだ、と若者に問う。

 若者は少し恥ずかしそうな顔をしてこう答えた。

 

「はい、元居た場所を追い出され、差し当たり明日の暮らしをどうしようか途方に暮れていたところでございます」

 

「・・・そうか、ならばお前は運が良い。この楼の上に一人の痩せた老婆がいるはずだ。引剥ぎをするといい。生きながらえて罪人となれ。その意味を知った時、初めてお前の人生は形となる」

 

 下人はそう伝えると、戸惑う若者を後押しするように、若者のことを睨んでやった。もちろん悪人を見るような眼差しで、である。

 そうして下人は僅かばかり微笑むと、豪雨の中に消えていった。

 

 下人の行方は誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 


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