鈴ちゃんがIS学園に転校して一週間が経過した。
あれから彼女はずっと機嫌が悪く、廊下で会う度に目つきが千冬嬢のように鋭くなっていた。彼女の『現在イライラしています』と言わんばかりの雰囲気には、誰にも声を掛けることが出来ず、知人である一夏少年が声を掛けようとしてもそっぽを向いて無視をする有様。折角の転校生としてのスタートだというのに、非常に心配になる滑り出しだ。
こうなった原因は不明だが、恐らくは……。
≪で、今回は何をやらかしたの?≫
「いや、俺がやらかしたの前提かよ」
「違うのか?」
「……多分、俺の所為」
私と箒ちゃんに詰め寄られ、観念した一夏少年は項垂れながら肯定した。
鈴ちゃんの不機嫌の理由は、どう考えても一週間前の放課後で一夏少年と何かあったとしか思えない。あの日少年が帰ってきた時、この子もなんだか気分が沈み気味だったし。
そしてこうして自分の所為だと自白しているのだから、後は何があったのかを聞き出すだけだ。
ばつが悪そうにしている一夏少年を箒ちゃんと共に催促し、その詳細を話させた。そして彼が語ったのは、次の通りであった。
「正直、俺にも良く分からないんだ。昔の約束を覚えてるか確認されてさ、俺はちゃんと覚えてたって言うのに向こうがなんか急に怒りだしてさ」
≪ほう、なんていう約束だい?≫
「えっと……『あたしの料理の腕が上がったら、アンタに毎日酢豚を食べさせてあげる』っていうのだけど」
「なっ……」
≪ありゃま≫
おやおやおやおや。
それってもしかして、人間がドラマとかで使っている『私が毎朝味噌汁を作ってあげる』っていうあれじゃないか。酢豚にアレンジされていてかなり胃がもたれそうだけど、あの子の少年に対する感情を照らし合わせると、多分そういう意味だったのだろう。
しかし鈴ちゃんも恋事にはヘタレ気味かと思っていたけど、中々思い切ったことをするじゃないか。だいぶ遠回し気味になってるのがアレだけど。
私たちの反応を余所に、一夏少年は言葉を続けた。
「で、俺はそれを『毎日酢豚を奢ってくれる』ってちゃんと覚えてたんだぜ?なのにあいつそれを聞いた途端ガチでキレてさ」
≪うわぁ……≫
「うわぁ……」
「え、何そのリアクション?何がどうしてそんな反応なんだ?」
いや、だって君、いや、ねぇ?
まさかプロポーズの言葉をそんな風に覚えちゃうなんて、どうなのよ?よりにもよって自分を好いてくれている子の告白を、そんな形で受け取っちゃうなんて……。
ほら、箒ちゃんも少年を見る目が完全に冷たくなってるよ。怖い。
「一夏、とりあえずお前は腹を切る覚悟をしておけ」
「切腹!?そんなに俺が悪いの!?」
≪7割くらいかな≫
「7割なら切腹までしなくてもいいんじゃないか!?」
「言いだしっぺが言うのも何だが、10割なら切腹してもいいのか……」
しかし、たった今言った通りだけど今回の件は全部一夏少年が悪いというわけではない。
確かに自分に好意を向けてくれている女の子の告白を変化球で打ち砕いた少年の読解は許されない所業だが、その告白をした鈴ちゃんにも非はある。
だってこれもさっき言ったけれど、元ネタの『毎朝味噌汁を(ry』から歪曲したあのセリフで、この朴念仁の一夏少年に通用するとは私は到底思えない。『異性としてあなたを愛しています』くらいのど真ん中ストレート級でいかないと伝わらないくらい、彼のジャッジは厳しいんだ。……これでもいけるのかな?アレ。
まぁそれはともかく、今回の件を解決するのはかなり簡単なことだ。
≪取り敢えず少年は、あの子に会ったらちゃんと謝っておきなさい。それまでなんであの子が怒ったのか理由をしっかり考えて、それでも分からなかったら素直に訊き出すように≫
「わかった……ところで、二人は鈴がどういう意味でああ言ったのか分かるのか?」
「当然だ」
≪だけどこれは君達の中で解決しないといけないからね。それも含めてちゃんと考えるべきだ≫
「……ハイ」
しれっと答えを聞こうとしたな、少年。けどダメ。
兎にも角にも、後はちゃんと一夏少年が謝って鈴ちゃんがそれを許してくれれば万事OKである。
――――――――――
それがどうしてこうなった。
「アンタ、ほんっといい加減にしなさいよ!!」
「はぁっ!?だからさっき謝ったんだろ!」
「えぇえぇ謝ったわね『約束を間違って覚えてたみたいでゴメン』って!『みたい』って何よ『みたい』って!謝るんならちゃんと意味を分かってから謝りなさいよ!」
それから鈴ちゃんと私たちが腰を落ち着けて話す機会ができたのは、一週間後にクラス対抗戦を控えた、放課後の特訓の前だった。
いつものように少年の訓練に来ていた私たちであったが、鈴ちゃんは私たちよりも前に第3アリーナのピットで待機していたのだ。ピットのドアが開かれた瞬間に腕を組み、不敵な笑みを浮かべた彼女の姿がそこにあったのだ。
どうして朝はあんなしかめっ面をしていたというのに、今は笑っているのか気になったが、その後の会話ですぐに知ることが出来た。
どうやら鈴ちゃんは一夏少年がそろそろちゃんと反省をしてくれているだろうと思っていて、自分に謝罪の言葉を掛けてくれると信じていたらしいのだ。それで今日、その謝罪を聞くために先にアリーナのピットで待っていたという。
その日の昼休みに一夏少年が『なんだか鈴に避けられてる』とグチっていたため、今日まで少年は鈴ちゃんに謝れていなかった。なので少年は、ちゃんとこの場で謝罪をした。
……と、ここまでは良いのだが。
言葉を交わすたびに、いつの間にか二人とも険悪な雰囲気を醸し出してしまっていて、結果的には今のような口論が繰り広げられている始末となっているのだ。確か鈴ちゃんが一夏少年の謝罪に言葉の一片に反応してからだったかな。覚えてないけど。
「俺なりに考えたけど分かんないって言っただろっ!だから先ずは謝っておこうって思ったしテオもそうしとけって言ってたんだ!そもそも、あの約束は本当はどういう意味で言ったのか教えろよ!」
「いや、その、教えるのはちょっと……」
「はぁ?」
「せ、説明したくないからそう言ってるんでしょうが!それくらい察しなさいよ!」
「そんなの分かるか!」
はぁ……鈴ちゃん、そこで勇気を出して言ってしまえばいいだろうに……やっぱりこの子、恋愛事にはヘタレちゃうタイプか。
というかこの口論、いつまで続くんだろ。箒ちゃんもセシリア姫もかなり居心地が悪そうだ。
「だったらこうしましょう!今度のクラス対抗戦で勝負して、負けた方は勝った方の言うことをなんでも一つ聞くこと!」
「あぁ良いぜ。俺が勝ったらあの約束の意味を教えてもらうからな」
「せ、説明は……その……」
「なんだ?嫌なら止めてやってもいいんだぜ?」
「や、やるわよ!アンタこそ土下座なり焼き土下座なり、謝る練習しときなさいよ!」
焼き土下座は、マズイ。
というか鈴ちゃん、勝って一夏少年に何を要求するつもりなんだろうね。謝罪なら少年も言ったけどもうやってるし、約束の意味を自分で解れって言うのなら無茶な要求だと思うけど。
「だから、もう謝っただろ馬鹿」
「馬鹿って何よ!それならアンタはアホよ!マヌケ!朴念仁!」
「うるさい、貧乳」
その瞬間、鈴ちゃんの動きがピタリと止まった。
一夏少年も、『やばい』と言いながら口を手で隠し失言のリアクションをとる。
だが、もう遅かったようだ。
鈴ちゃんは今まで見たどの表情よりも怒りに燃えた顔つきで、一夏少年をギロリと睨みつけた。一夏少年でなくても、この睨みを受けてしまっては同様せざるを得ないだろう。
「アンタ……言ってはならない事を言ったわねぇ……!」
「い、いやすまん。今のは俺が悪かった」
「今の『は』!?今の『も』よ!?いつだってそう、いつだってアンタが悪いんじゃないのっ!!」
鈴ちゃんはISを腕部のみ展開させると、一夏少年の横すれすれに狙いを定めて、拳を振るった。
鈴ちゃんと一夏少年の距離は腕一本分よりも離れており、ISを装備したところで、拳は少年の身体にも届かない距離で止まりきっていた。
しかし、一夏少年の後方の壁が鈴ちゃんの拳が振るわれた直後にベゴン、と大きな音を立てた。
鈴ちゃん以外の皆が音のした方に視線を向けると、壁には直径30センチ程度の丸い窪みが出来上がっていた。
≪(ほう、なるほど。あれが……)≫
私と鈴ちゃん以外の皆が突然出来上がった壁の窪みに驚いている中、鈴ちゃんがISを解除する。
「絶っっっ対に許さない!!今度の対抗戦で容赦なくぶっ潰してやるわっ!アンタなんか馬と鹿に食まれて死ねっ!!」
凄まじい啖呵と共に、鈴ちゃんはズンズンと音を立てそうな勢いでピットから出て行ってしまった。その剣幕に、自動ドアでさえも動きや音が萎縮してしまっているような気がするほどである。
「え、え~っと……それじゃあ一夏さん。訓練の準備をいたしましょう?」
「あ、あぁ……」
「そ、それじゃあ私たちは先に更衣室で着替えを済ませておくぞ」
気まずいことこの上ない雰囲気だったが、セシリア姫が思い切って声を掛けてくれたお陰で、一夏少年たちもようやく動き出すことが出来た。
そんなこんなで、奇しくもクラス代表を決める決闘のような約束事が降りかかる一夏少年であった。
私もちゃんとしたアドバイスが出来ていなかったみたいだから、少年にお詫びを考えておかないといけないね。まさかアレで失敗することになるとは……最近の若い子たちの思想は凄いと思いました。まる。
――続く――