◇ ◇
アリーナ管制室。
「もしもし織斑君、凰さん聞いてますか!?通信切らないでくださーい!?」
一夏たちから一方的に通信を切られてしまった山田先生は、懸命にマイクに声を入れて応答を期待した。しかし一切返事は帰ってこず、彼女の困惑した声がその場に繰り返されるだけであった。
「まぁ落ち着け山田先生。あいつらも自分でやると言っているのだから、やらせてやればいい」
「いや、そんな悠長な事言ってる場合でもありませんよ!」
「焦っていても事態が進むわけではない。コーヒーでも飲んで落ち着け、糖分が足りないとイライラするばかりだぞ」
「……あの、織斑先生。それ砂糖じゃなくて片栗粉……」
「…………」
何故片栗粉がこんな所に?という疑問を浮かべている織斑先生を余所に。
セシリアと箒は、謎のISと戦い始めている一夏をモニター越しで不安な面持ちで見つめていた。
「セシリア、アリーナにいる一夏達に加勢することは出来そうか?」
「可能であるならすぐにでも行きたいところですが……見てください、遮断シールドがレベル4にまで引き上げられてる上に、全ての扉にロックが掛けられていますわ」
「……あのISの仕業、ということか?」
「恐らく」
原因がなんであれ、この状況は芳しくない。
アリーナにシールドが張り巡らされ、その中の扉がすべてロックされているとなると脱出も一夏達への救援も出来ないということにある。現にアリーナの観戦席にいた生徒たちは、ロックされた扉の前で立ち往生を余儀なくされており、侵入者の攻撃が飛んでこないことを祈りながら扉の開放を待つしかなくなっている。
この事態に対して教員や3年生達は、ロックを解除次第避難誘導とアリーナにいる一夏達の救援とを迅速に行えるように準備を行っているだろう。しかし、それらもセキュリティを解かないことには何も始まらない。
「……わたくしは一夏さんの助太刀に向かいますわ。ブルー・ティアーズは1対多数の相手との戦闘が良い相性ですけれど、戦い方を見極めさえすればきっとお役に立てることがあるはずですわ」
「分かった。私も専用機を持っていれば、一夏を助けに行けたのだがな……」
「無いものは仕方がありませんわ。わたくしが貴女の分まで戦って差し上げますから、心配には及びませんわ」
「いい顔で言ってくれる……一夏のこと、よろしく頼むぞ」
「頼まれなくても、ですわ」
同じ男性を想う2人ではあるが、危機を前にしてもいがみ合うような精神はこの2人は持ち合わせていなかった。ただ純粋に、己の好いた人物の無事を願うのである。
ちなみに、2人の教師はというと……。
「いやあの、織斑先生……からかったのは謝りますから、これを飲むのだけはさすがにちょっと」
「遠慮することは無い。熱いから一気に飲み干すといい」
「いえいえ、片栗粉の所為で凄いことになってますから!飲んじゃいけないやつですからコレ!」
「そうだな。熱いから一気に飲み干すといい」
「…………」
非常時であるにも関わらず行われている教員同士のコントは、生徒たちへの信頼を意味しているのだと信じたい。
そこで箒は、周りを見渡して気付いた。
「……テオはどこに行ったのだ?」
――――――――――
一方、アリーナのステージ。
「うおおおぉぉ!!」
雪片弐型を携えた一夏が、中央部に佇む敵ISに向かって突き進んでいく。
刀の届く間合いまで近づいたところで、敵の肩に目掛けて思いっきり得物を振るった。
しかし敵ISは、全身に備えたスタスターから高出力でエネルギーを放出し、尋常では無い機動力でいとも容易く一夏の斬撃を躱してみせた。
「このっ、めんどくさいヤツねっ!」
一夏の攻撃が避けられたのを見て、すかさず鈴は衝撃砲による攻撃を行った。
だがこれも、敵ISはまるで衝撃砲の砲弾を把握しているかのタイミングで腕を振るい、見えない砲弾を叩き落とした。
そこから更に機体が回転運動を行い始め、まるでコマのような動きをしながら太い腕を振り回してきたのだ。
ちなみにこの行動はこれで4回目となる。
「また来たわよ、一夏っ!」
「分かってる!」
流石に3回も同じ行動が行われると、自然に対応が身についてしまうというもの。
敵ISの近くにいたために敵の攻撃が今まさに近付いている一夏は、ブースターを噴出させてすぐさま相手との距離を離そうと試みる。
ISは回転しながら一夏に迫るとしているが、彼の後退に援護を行うために鈴が控えている。鈴は衝撃砲の出力を上げて発射することによって、高威力となった砲撃で敵ISの攻撃を中断させようと仕掛けるのだ。
敵ISは回転をすぐに止め、迫り来る衝撃砲を先程と同じ要領で弾き飛ばした。
だがその直後、身体のあちこちに取り付けられた砲門から数多のレーザーを2人に向けて撃ちこんできた。
2人は口を挟む暇も無く、再加速を行って敵との距離を一気に突き放す。敵方が放ってきたレーザーは遠くに行けばいくほど拡散して密度が薄くなっていったので、2人は薄まったレーザーの雨を強引に掻い潜り始めた。
流石に全てを躱しきるという真似は出来なかったが、直撃よりも遥かにマシなダメージで済んだのは2人の土壇場での意地が評価されても良いと思う。
敵との距離を慎重に取りながら、2人は空中で合流する。
「鈴、大丈夫か?」
「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってんのよ。あんたこそ平気なわけ」
「おう……と言いたいとこだけど、正直シールドエネルギーがヤバイ」
残15%。
その数値こそ、今の白式に残されたシールドエネルギー量だ。彼の切り札である【零落白夜】を使用出来るのも、この分ではたった一回限りである。
また、零落白夜を使用するにも一つ大きな問題点があるのだが……。
「なぁ鈴。あれってホントに人が乗ってんのかな?」
「はぁ?あんた何言ってんの。ISは人が乗らないと動かないもんでしょうが」
「でもさ、さっきからあいつの動き方って機械的っていうか事務的っていうか……とにかく、人間らしく感じないんだよな。全然喋ってくる様子も無いし」
鈴は一夏の言葉に耳を傾けながら、前方の敵ISを観察する。
言われてみれば、ここまでの敵の動作はどれも人間が行うには的確さがあっても人間らしさが無かった気がする。あまりにも淡々としすぎていて、気味が悪いと感じる程に。
現にこちらの様子を無言で見てきている敵の様子は、まるで待機中であるようだ。
一夏の言った通り、アレに人が乗っている可能性は低いのではないかと鈴は思うようになった。
自分の好意には全く気付かないくらい鈍いくせに、こういう時に限って妙に鋭いことも不服に思いつつ。
「で、アレに人が乗ってないっていうならどうなるっての?」
「人がいたら、ヤバい怪我をさせないように気を付けなきゃいけないだろ。けど無人だったら……【零落白夜】でぶった斬れる。全力でな」
雪片弐型を力強く握りながら、そう言い放つ一夏。
【零落白夜】は相手のISが纏うシールドバリアーを切り裂いて、相手のシールドエネルギーを直接攻撃する超攻撃型の技。本来ならばシールドバリアーを発動させることによってシールドエネルギーを消耗させるというのが常套な過程なのだが、零落白夜はバリアーを無効化して、シールドエネルギーを直接攻める。これによってISに備え付けられている【絶対防御】が発動し、装着者を守る為にISはシールドエネルギーを急激に消耗することとなる。それも蒸発するように、ガッツリと。
しかしこの攻撃は下手をすればオーバーキルじみた出力を以て攻撃しかねないのだ。なので使用する際は細心の注意を払う必要がある。
しかしアレが無人機だったならば、手加減をする心配も必要も無くなる。
鈴も、一夏もシールドエネルギー残量はもう少ない。ジリジリと戦い続けるよりも、ドデカい一撃で一発逆転を狙った方が生き残る望みが高い筈である。
「簡単に言ってくれるわね……斬るのは良いけど、一回でも攻撃を当ててから言いなさいよ」
「こ、これから当てるからいいんだよ」
「だといいけど。で、策はあるの?」
「あるにはある」
「ふぅん……信じていいのね?」
「あぁ」
説明の少ない、短い会話のやり取りが繰り返される。しかしこの2人には、無駄な言葉を入れるよりもこれくらいのボリュームで話をした方がちょうどよいのかもしれない。
セカンド幼馴染みは伊達ではないということだ。
「まぁここまで戦ったんだもの。大人に任せて勝ちを譲るのも癪だし、あんたの策ってやつに乗ってやるわ」
「あぁ。やってやろうぜ、俺達2人で」
『いいえ3人ですわ!』
開放回線による、第3者からの声。
しかし一夏にとってその声はつい最近になって馴染みのある人物によるものであった。
「セシリア!?」
「えぇ、わたくしです!」
戦場に飛び交う4機のBT兵器。
それらは瞬く間に無人機を包囲し、レーザーによる一斉牽制を行い始めた。
一夏達が視線をピット方面に映すと、そこには今しがたのBT兵器の所有者であり、大型レーザーライフルを構えた状態のセシリアがいた。
アリーナ内の扉の解除が進み、アリーナに入る為の道が一筋開放されたことによってセシリアが先行して救援に駆け付けたのだ。専用機持ちの彼女ならば教員部隊のようにISを纏った状態で現場に向かう必要もないので、最速でこの場に辿り着いてみせたのである。
「話は聞いております、どうやら一夏さんにはこの場を打開する策がおありなのでしょう。時間稼ぎはわたくしが務めさせていただきますわ」
「ちょ、危険よ!2人掛かりでなんとか戦ってた相手にあんた1人で挑むっていうの!?」
「お2人の消耗が激しい以上、この場はわたくしが繋げるのが必定ではありませんこと?それにわたくしとて代表候補生の端くれ、こういった事態は覚悟しておりますわ!」
そう言うとセシリアは無人機の標的を自身に向けるべく、その場を駆けて無人機へと向かっていく。近付きすぎては駄目、遠すぎても囮は務まらないので間合いの把握は慎重に務めている。
セシリアの覚悟を受け止め、一夏はいち早く備えに入る。
「鈴は俺を間に挟みつつ、奴に最大出力の衝撃砲を撃ちこんでくれ!そこから瞬時加速を応用させて、一気にあいつに零落白夜を叩き込む!」
「とんでもない無茶するわね……やるからにはちゃんと決めなさいよ!」
彼の言葉に従い、鈴は一夏の後方へ。
「鈴、始めてくれ!」
「もうやってるわよ!ていうか一夏、ホントにこれで行くのっ?」
「あぁ、俺たちが動けるうちに決着を付けるにはこれしかない!」
「思いつかなかっただけのような気もするけどねっ……準備完了!」
「よしっ、やってくれ鈴!!」
その言葉の直後、一夏は押し潰されるような衝撃を背中で感じた。この重みこそが、鈴が自分に向けて衝撃砲を使った証拠なのだ。
急激な圧迫感をその身に受けながら、一夏は機体を操作して瞬時加速を行った。衝撃砲のエネルギーを取り込み、超常的な加速を今ここに発揮してみせたのだ。
今までにないスピードで駆け抜けて行く一夏を視界に入れ、セシリアは後退。一夏の攻撃を確実なものにする為に、ビットによる再度の一斉掃射でゴーレムの足を止める。
そして、最大の攻撃のチャンスが到来する。
「(俺は守ってみせる。千冬姉も、箒も、テオも、セシリアも、鈴も……関わる人達、全てをっ!!)」
力強い想いを込めて振るわれた必殺の一撃は、敵ISの右腕を真っ二つに斬り落としてみせた。断たれた右腕はゴトン、と重い音を立てて地面へ落ちる。
腕を一本切り落とされたにも関わらず、目前に立つ一夏を残された左腕で殴りかかろうと拳を振り上げる敵IS。
しかし、その腕が払われることは無かった。
側面から撃ち込まれた青いレーザーによって、唯一の腕も破壊されてしまったのだから。
「最高のタイミングだよ、セシリア」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
セシリアの声の後、敵ISの上空から雨のようにブルー・ティアーズによるレーザーが降り注ぐ。
一夏の零落白夜によってシールドを消滅させられた敵ISには、それを防ぐ為の手段も動力も残っていない。ただひたすら、レーザー(雨)に打たれるしかなかった。
そして雨が止んだ頃、敵ISは完全に動かなくなっていた。
「敵ISの沈黙を確認、戦闘継続は不可能と判断。……終わりましたわね」
「ふぅ……あたしのゲージもギリギリだったわ」
セシリア、鈴。2人の差し支えない声が一夏の回線に入ってくる。
なんとかなって良かったと、一夏は彼女たちの言葉を聞きながら胸を撫で下ろすのであった。
――続く――