◇ ◇
「よし……では始めるぞ、一夏」
「あぁ、いつでも来いよ」
とある日の放課後。
まだ空が夕色に染まらない頃、第3アリーナにおいて2つの機体が互いの得物をぶつけ合い、激しい金属音を打ち鳴らした。
機体の1つは、日本で一般的な量産機として普及されている第2世代型のIS【打鉄】。搭乗者の体躯と逸脱していないアーマーが影響しての高い適応性、全体的にバランスの整った機体能力値と癖の無い装備が学園訓練機の選考で高い評価を得て、フランスのデュノア社製IS『ラファール・リヴァイヴ』と並んで学園に訓練用として何機か配備された。防御力も高く、回避や防御に不慣れな初心者にとっても安心出来る機体となっている。
そんなISの標準装備の1つである近接ブレード【葵】をその手に携え戦うは、篠ノ之 箒。
もう1つの機体は打鉄とは違い、世間で専用機と呼ばれている特別なISの1つ『白式』。
第3世代を凌ぐスペックに加えて、本来であれば二次移行でないと発現出来ない【単一仕様能力】を一次移行である現在の機体で使用可能という前代未聞の仕様が施されている。
その単一仕様能力が、相手のバリアを無視してシールドエネルギーそのものを瞬時に削り取る一撃必殺の奥義、零落白夜。
ただし、機体の都合で武装の追加をする事が出来ず初期装備の【雪片弐型】しか扱うことが出来ない。ちょっとした工夫をすれば銃を使うことが出来るが、協力者がいないと不可能なので1人の際は剣1本で戦うしかない。
白いフォルムが特徴的なこのISに乗っているのは、織斑 一夏。
幼馴染みである2人は、決まった曜日の放課後にはこうしてISに乗って訓練を行う習慣をつけている。
ちなみに一夏の訓練に付き合う者は今の箒意外にも数人いるのだが、今は此処にはいない。本日いるのはISを身に包んだこの2人だけである。
「ぜああぁっ!」
裂帛した咆りを発したのは、一夏ではなく箒であった。
互いに刀をぶつけ合う拮抗を変えるべく、瞬発的に身体の力を込めて一夏の肉体ともども刀を押し込み、弾いた。
刀を弾かれ腹を無防備にした一夏のそこに目掛けて、箒は居合に似た構えを瞬時にとると、一歩踏み込んで横一線に斬り込んだ。
しかし、一夏もおめおめとやられるわけにはいかなかった。
反射的に半歩下がり、箒の斬撃を浅める程度の結果に留めてみせたのだ。絶対防御のシステムによって腹部にはチッと痛みが奔るだけで済んだが、シールドエネルギーは確実に減少している。
シールドエネルギーを0にされれば、その時点で試合は負けとなる。しかし逆に言えば、シールドエネルギーが残っている限り勝敗は分からないのだ。
肉を切らせて骨を断つ。
有名なことわざに倣って、一夏は行動を起こした。自分に向かって来た箒の脳天に目掛けて、雪片弐型を兜割りの型で振り下ろしたのだ。事前に弾かれた時に型が幾分か出来上がっていたため、そのまま持ち方などを調整し、振り上げる動作を無視して行われたその一連の動作は素速く行えていたのである。
チッと舌打ちを立てながらも、箒は右サイドに跳躍を行いながら、右手に持ったブレードを振り下ろされている雪片弐型目掛けて刹那に振るった。
跳躍による回避と得物同士をぶつける防御法を同時に行うという、傍から見たらがむしゃらっぽく見えるその動作には、箒の得意とする剣道の型は微塵も感じられなかった。今しがたの箒には、咄嗟に思いついた方法がそれだったのだ。
尤も、位置の変化と一夏の斬撃を反らすことが達されて際どい一撃を逃れることが出来たので、そこにケチをつける者は居ないだろう。
「ははっ、今すごい動きしたな、箒!」
「素直に食らってやるわけにはいかんのでは」
いかに防御力の高い機体に乗っているとはいえ、それに過信していては身を滅ぼす結果になる。
それを心得ている箒が、型の維持に囚われて手痛い一撃を受けることを良しとはしない。柔軟な対応というのは大事だ。
「よし、どんどん行くぜ!」
攻勢を掴んだ一夏は、右手の刀を握る力を強めながらISの機動力を以て箒に肉薄を仕掛ける。白式のスペックはやはり伊達ではなく、あっという間に箒の元へと近づいてみせた。
「うおおっ!」
「甘いぞっ!」
互いの機体が、宙へと飛翔していく。蒼く広がっている空の中を二人は進んでいく。
一夏が振るえば、箒はその軌道を読んで防ぐ。
箒が振るえば、同じく一夏も攻撃を喰らわない様に剣閃を捉えて確実に防御する。
そうして二人は、互角と言える力のぶつかり合いを暫く続ける。
その間、二十合を優に超える激しい剣撃がアリーナに絶え間なく広がっていった。
そして、それがようやく果てようとしている。
長く続いた剣劇に終止符を打ったのは、箒の方であった。
「……っ!そこだっ!」
箒は、一夏の左肩に目掛けて刀を斬り払った。
ISは現代社会において確かに優れた兵器だが、搭乗者はあくまでも人間。いかに何十何百と切り結ぶことが出来たとしても、長く打ち続けていれば最中に動きに綻びが生じるのは確定的。
一夏は専用機を持っており、過日に発生した襲撃戦を通じて戦闘経験を積み重ねてはいる。箒は一夏ほどIS搭乗の経験は無いが、入学前の1年間にてISの勉強にも精を出し、入学後も訓練機の貸し出し日でない時は経験者から助言を貰ったりイメージトレーニングを重ねたりして実力をつけようとしてはいる。しかしそれでも、2人はまだまだこの学園の中ではひよっこと言われても言い返せないほどの実力しかない。
だからこそ、動きの鈍りが生まれても仕方がないのだ。世界最強のブリュンヒルデであれば何百回切り結んでも息切れしなさそうな気もするが、2人はそれほどの領域に至れていないため。
箒は一夏の動きに疲労が伴っていることを見抜くと、防御の薄い個所に狙いを付けて、斬りかかったのだ。
確実に捉えた一撃であると確信した箒。だがしかし……。
「あぶ……ねぇっ!」
鋭い一撃だったにも関わらず、一夏は上体を一気に逸らしてそれを躱してみせた。余裕が無いのがバレバレでイマイチ恰好がついていないのが何とも言い難いが、そこは彼らしいというかなんというか……それに攻撃を受けずに済んだという事実には変わりないだろう。
「っ……躱された、か」
イケると思っていた一撃を回避された箒は、冷や汗を浮かべて急いで距離をとっていく一夏を見ながら、寂しそうに独り言ちる。
「まったく……やっぱり剣道を離れてしまったのが惜しまれるな、その才能は……」
「ん?何か言ったか、箒」
「単なる独り言だ、気にするな。それより続きといくぞ……準備はいいか?」
「おう、いつでも来いよ!」
そして2人は、互いのシールドエネルギーが尽きかけるまで続けるのであった。
――――――――――
一夏と箒の2人は、アリーナの使用時間終了まであと30分になったところでISのエネルギーが尽きかけているのに気づき、試合を終了させた。
結果的に言うと、シールドエネルギーが多く残ったのは箒の方であった。白式はそのスペックと性質上燃費が悪く、長期戦に向いてない持久力となっているのが難点だ。それに引き替え量産型である打鉄は防御力に長けており派手な能力を所持していない分、シールドエネルギーを無暗に使うような仕様になっていない。長期戦に持ち込むのであれば、こちらの方がよっぽど有利なのだ。
というわけで、今回の勝者は箒ということになる。
「くっそ~……やっぱ負けると悔しいなぁ」
「悔しいも何も、まだお前は単体戦で勝ったことがないだろう。セシリアとの勝負では負けているし、あの襲撃についても鈴たちと協力して勝利したに過ぎない」
「うん知ってる、知ってるけど口にされるとやっぱ更に悔しいなぁコンチクショウめハハハ」
若干ヤケクソ気味になってしまった幼馴染みの姿を見て、箒は少し言い過ぎたかと自らの発言を省みる。彼女としては一夏を責めるつもりなどなかったのだが、自分の発言は彼の心に多からずもショックを与えてしまったのだと意識してしまう。
「あぁ、待て待て一夏。私は別にお前のことを馬鹿にしてはいないぞ?むしろ最初の頃よりも随分と動きが良くなってるから、そう悲観的になるほどでもない筈だ」
「いや、いいんだ箒。最初に箒と剣道した時も周りからアレコレ言われてたような気がしたしテオやセシリアや鈴たちにも勝ててないしなぁうんやっぱ弱いわ俺ハハハ」
私の幼馴染みって、こんなに面倒臭かったか?自身のフォローを流してくる一夏を見て、箒はそんな風に思った。
謎のネガティブ状態に陥りつつある彼を落ち着かせるべく、とりあえず箒は彼の頭に軽めの手刀を振り下ろす。
「落ち着け」
「おうっ?……あれ?俺は一体何を……」
ツッコまんぞ、と内心で箒は思った。
「気にするな。特訓が長くなってボーっとしていたんだろう」
「そうなのか?まぁ確かに今日はいい勝負が出来たって感じがしたな。そういえば、箒と2人きりで特訓したのって、今日が初めてじゃないか?いつもならテオがいるし」
「ふむ……確かにそうだな」
箒は一夏の言葉に頷き、今の状況を確認する。
最近はセシリア、鈴が一夏の周りに加わって賑やかになってきている。普段一緒にいるテオも今日は珍しく席を外しており、こうして2人だけの空間というのは中々に貴重だ。もしこの状況をセシリア達が味わうことになれば、彼女達は想い人の一夏を独占している気持ちが強まって想いを高ぶらせるに違いない。
「けどやっぱり、セシリアたちとも一緒にやった方が賑やかで楽しいだろうな。今日はセシリアも鈴も用事が重なって来れなかったらしいし、テオも用事が出来たって言ってたから、今度は全員で集まってやろうぜ!」
こんな反応をされるのは目に見えているから、箒も高望みをする気は失せてしまっている。
誤解されるかもしれないので捕捉させてもらうが、だからといって箒が一夏に愛想を尽かしたというわけではない。あくまでこういったシチュエーションの際に目の前にいる鈍感が気を利かせてくれるのを期待するのは無駄だということを悟ったのである。上げて落とされるのは小学生時代に何度か味わっているので、今更おかわりは必要ないのだ。
……尤も、それだけが理由ではないのだが。
「そうだな、とはいえ、今日自体が珍しかったのだ。意識せずとも自然と人は集まるだろう。お前のことだから尚更な」
「……ん?どういう意味だ?」
「気にするな」
期待するだけ以下略。
「それにしても、箒って随分ISに乗り慣れてるって感じがするな。入学してから初めて乗ったんだろ?なんであんなに乗りこなせてるんだ?」
「ああ。お前と訓練の日が合わない時や、お前がセシリア達と訓練をしている間はテオと練習しているのだがな、いつも効率良く教えてくれるから短時間でも充実した訓練が出来るんだ」
「……テオといえば、あいつ俺とは勝負してくれないよな。なんでだ?」
「他の子に気を遣ってる、と言っていたぞ」
要は『一夏少年の練習相手は恋する女の子で十分。おじさんがあの子たちの時間を割いてまでやるわけにはいかないでしょ』ということだ。事実、テオが一夏とISで勝負したのはクラス代表決定戦の前哨戦のみで今日のような訓練の時間に戦うことは未だしていない。
セシリア達はそんなテオの気配りに感謝をしつつ、一夏との訓練の時間を嬉し楽しく行っている。
「えっ、他の子って誰だ?そもそも何で気を遣ってるんだよ、鍛えてもらう立場から言うのもなんだけど遠慮せずに付き合ってくれたらいいのに」
「……はぁ」
「ん?どうかしたのか」
「なんでもない」
箒は説明を諦めた。追加の説明をしたところで、この男には伝わらないだろうと事前に感じたがために。
「それより、喉が渇いたのではないか?飲み物でも持ってくるから、希望があれば言ってくれ」
「いや、俺が買ってくるよ。こういうことは男の役回りだろ」
「別にこういうところで男だからと主張する必要は無いと思うが……それに、私が他人に使い走りを強いるのを嫌っていることはお前も知っているだろう?」
「まぁそれは昔から変わらないだろうなぁとは思ってるけどさ。あっ、なら一緒に買いに行こうぜ。態々戻って来るのも面倒だし、どうせなら行く前に制服に着替えてしまってさ」
「それでは帰ることになるではないか……まぁいい、では帰る準備をするとしよう」
箒は気付いていないだろうが、一夏が最も信頼を置いている同年代の女子は彼女である。
ISの知識に関してはセシリアに軍配が上がり、友人としての付き合い易さなら鈴が一番適している。しかし彼女達は恋愛に敏感で感情の浮き沈みが激しく、時折一夏の理解の範疇を超える反応の仕方をすることがあって、戸惑いを覚えることがよくある。
箒も小学生の頃は似たような感じだったが、高校生になって再会してからは随分と大人になり、落ち着いた雰囲気を纏っている。周りが個性的な分、彼女の冷静さは一夏にとって清涼剤のような有難みが感じられた。
そんな2人の距離は、未だ幼馴染みのまま……。
――続く――
一夏⇒箒:幼馴染み。落ち着いているので一緒にいて一番安心出来る女子。
箒⇒一夏:異性として好き。しかし相手の朴念仁っぷりと過去の事件の影響で自分からアピールするのを控えている。好きだけど、彼の意志を尊重したいタイプ。