◇ ◇
「やっぱりハヅキ社製だわ、それしか受け入れられない」
「えー、でもあそこって性能そっちのけでデザインだけに拘ってる感じがしない?」
「外面さえ整ってれば文句ないのよ!」
「……あぁ、あんた絶対恋愛で失敗するタイプだわ」
「私はミューレイかなぁ」
「確かに良いよね~、モノはいいけど高いのがちょっとね」
「アーテンス・メーカーは?」
「あー、アレね。デザインの好みが分かれやすいよねあそこも」
月曜日の朝。
クラスのお嬢ちゃんたちは各々が持参してきたISスーツのカタログを広げて、楽しそうに談笑を繰り広げている。
何故ISスーツの話題が出ているのかというと、今日が一般生徒のISスーツ申込み開始日だからである。今日から本格的にISの実戦訓練を開始すると先週に通達があり、放課後の貸し出し以外でもISに搭乗する機会が与えられるようになるのだ。
ちなみに学校指定のスーツも用意されており、申請したスーツが届くまでの子もそうでない子も暫くはそれを着用することになる。外見はタンクトップとスパッツを合わせたシンプルなデザインとなっている。学園支給というだけあって平均的な性能となってはいるが、学校共通のデザインということでファッション性が無いことに抵抗を感じる女の子も少なからずいる。
なのでオシャレを追求したり、学園支給品の性能では物足りなさを感じたりする子たちは、自分の好みに合ったスーツを申し込むのだ。
女の子はオシャレが大好き。これ常識なり。
「そういえば、織斑君のISスーツってどこのブランドなの?」
「あー、特注品だって。あんまり詳しいことは知らないけどどっかのラボが作ったって聞いてる。確か、イングリット社のストレートアームモデルがもとになってるってさ」
おぉ、あの一夏少年がIS関連の知識を語れている。先々月まで授業を聞いていてもチンプンカンプンな様子だったというのに、これも勉強の甲斐があったというものだね。涙が出そうだ。
「へぇ~、それじゃあテオくんは?」
≪私も特注品だよ。人が着用する物では参考にし辛いから、完全オリジナルといういうことになるね≫
「あれ、でもテオくんって先月の試合で制服のままアリーナに出て来てたよね?しかも全身装甲型のISだったし、どうなってたの?」
この子の言う通り。
私はクラス代表決定試合において一夏少年と戦う以前、IS学園の制服を着たままアリーナに登場した。そして少年がステージに現れた後に、私は銀雲を展開させてその身に纏った。傍から見ていて子にとっては、私が制服のままISを装着したと思うのもいた筈だ。
しかし、ISスーツというのはただの飾りではない。
スーツにはバイタルデータを検出するセンサーと端末が組み込まれていて、身体を動かす際に生じる電気信号を微差含めて精密に分析。読み取った情報をISの各部位に瞬時に伝達することによって、あらゆる動作に正確性を付与させることが出来る仕組みとなっているのだ。IS操縦に絶対必要と謳われているわけではないが、本来の実力を発揮するためには必要不可欠といった代物なのだ。ISスーツとは。
なので私も全身装甲型を使っているとはいえ、その中身にはちゃんとISスーツを着ている。そしてそのトリックの種についても、これから説明を行う。
≪これは専用機だけの特権なのだけれどね、最適化処理されたISは装着者のスーツを量子変換させてデータ領域に格納することが出来るのだよ。そうするとISとスーツがセットになったような状態になるから、IS装着時にそれを取り出せば同時にスーツを着ることが出来るのさ≫
「あっ、授業でサラッと説明があったの覚えてる!けどそれってエネルギーを余計に減らすから、緊急時以外は普通にスーツを着るのがベターじゃないっけ?」
≪そこで裏技をチョチョイとね。こうして待機状態になってる時は通常通りデータ領域に仕舞われているんだけど、IS展開の最中にデータ領域と
と説明したはいいが、何人かが説明の途中で置いていかれてしまったらしく首を傾げている。
『ISスーツも武器と同様装備扱いにすれば、エネルギー消費は無いということ』と後付で説明すると、皆納得してくれた。
この方法はスーツを一々切る必要が無くなるというメリットがあるのだが、武装に必要となる拡張領域を一部埋めてまで行う処置ではないという点から、一般的には推奨されない方法となっている。利便よりも戦力、というやつだ。物々しい考えで悲しいけれどね。
「ちなみにテオちゃんは身体の都合でスーツの着脱が非常に難しいので、とある方からの依頼で制服にも特注の素材が施されているんですよ。ISスーツが小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止められる丈夫さになっているので、それに合わせてテオちゃんの制服の耐久性も向上されています」
「山ぴー!」
隠された私の制服の機能を説明しながら、真耶ちゃんがその姿を教室に見せた。
当人はクラスの子が付けてくれた可愛らしい愛称が気になったのか、口元が引くついている。
「や、山ぴー……?」
「あれ、山っちどうかしたの?」
「い、いえ山ぴーって渾名は……や、山っち?」
「渾名が気に入らなかったの?マヤぽん」
「いえ、そもそも私は先生ですから渾名はちょっと……」
威厳の問題なんだろうね。
けどこう言っちゃなんだけど、真耶ちゃんってもとから威厳が無いんだよね……。
「えー、でも可愛いじゃんマヤヤ」
「そうそう、みんなに好かれてる証拠だよマーやん」
「可愛いよプリンちゃん」
「まだまだ用意してるよ、佐藤さん!」
「お願いですからちゃんと山田先生って……最後は完全に別人ですよね!?」
この真耶ちゃんの渾名お披露目大会は、千冬嬢が教室に入って来るまで続くのであった。ちなみにそれまで合計で15個の渾名が出て来たのは、確かに彼女が生徒たちに愛されてる証拠といっても良いかもしれない。
「で、では改めてSHRを始めます……」
自身の渾名のお披露目ですっかり疲れてしまっている真耶ちゃんは、気を持ちなおそうとしながらSHRの開始を宣言する。
山田先生のそんな様子を見かねた千冬嬢は、呆れた視線をクラスの全員に向ける。
が、千冬嬢の視線を浴びたクラスの子たちは『千冬様のあの視線、ヤバい!』『お仕置きならいつでもおK』『濡れそう』などと小声でヤバめなことを口走っていた。
しかし、そんな興奮気味のお嬢ちゃん達を鎮めるのは真耶ちゃんの次の台詞であった。
いや、鎮めるというよりも、興味の行き先を変えたといった方が正しいだろう。
「えっと、今日は皆さんに転校生を紹介します!それも2人ですよ!」
新しい転校生。
その言葉を聞いたクラスの子たち全員が動揺を示し始める。
このクラスに限らず、IS学園のお嬢ちゃん達は噂話というものに敏感だ。先月転校してきた鈴ちゃんのことが広く知れ渡られていたのがその証拠であり、なかなかに耳聡い子達である。
そんな子達の耳を上手く掻い潜り今日のこの瞬間まで知られずに済ませたという点に関しても、話の内容を含めて実に興味深い。
だが、本当に驚くべき事実はすぐ傍まで近付いていたのだ。
「それでは、2人とも教室に入ってきてください」
真耶ちゃんの掛ける言葉が向かう先は、教室の扉の外。彼女の言葉の後に、自動式の扉が横にスライドして開かれる。
1人目の転校生が入って来た瞬間、多少のざわめきを起こしていたクラスが沈黙した。
何せその転校生の制服が、男子生徒用の制服だったからだ。
つまり、その生徒は女子ではなく男子なのだ。
「シャルル・デュノアです。フランスからこちらに転校してきました。日本文化は事前勉強してきましたが、まだまだ不慣れなことが多いと思うので、これから宜しくお願いします」
転校生男子は爽やかな笑みを浮かべながら、私達に自己紹介をしてきた。
濃い金色の髪は長く伸びているため後ろで尾のように留められている。中性的な顔立ちから発せられる笑顔は、同性の一夏少年のそれとはまた違った格好良さを放っていた。また、礼儀正しい振る舞いがそれに拍車を掛けて貴公子と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出している。
短時間静まり返っていた教室であったが、そんな中で誰かの呟きが聞こえてきた。
「お、男……?」
「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を――」
しかし、転校生の少年が最後まで語れることは無かった。
クラスの女の子たちが盛大に湧き上がったからだ、今までの沈黙した分を発散しようとしているのかと思う位の大声量で。
「キャアアアァァァ!!二人目の男子よォォォォ!!」
「男子来た!メイン草食系男子来た!」
「これで勝つる!」
「はよ!一×シャルのウス=異本はよ!」
「もう書いてる!」
「ヒャッハァー!我が世の春が来たァァァァァァ!!……うっ……ふぅ」
これは酷い。まさに混沌、カオスだ。しかしこれがこのクラスの平常運転にして日常である
「静かにしろ馬鹿者どもっ!さっさと次に進めるぞ!」
しかし先程の荒ぶりも千冬嬢の鋭い一喝によって一瞬で静まった。さすがにあのカオスを止められるほどの静粛の術を真耶ちゃんは持っていないだろうからね。
さすが千冬嬢。
それにしても……顔立ちといい袖元から見える手といい随分と綺麗な身体だね。まるで箱の中で育てられたお姫様みたいだよ。
そう言えば、まだ呼び名を決めていなかったかな。ふむ……ではシャル・ボーイとでも呼ばせてもらおうかな。
転校生の少年――シャル・ボーイの隣に立っているのは、2人目の転校生のようだね。男子の転校生という破壊力抜群なインパクトの後で自己紹介するのは何とも酷な話だと思ったけれど、彼女も彼女で中々特徴的なビジュアルをしている。
まず一番に注目するのは、長く蓄えた銀の髪。銀の髪をした人というのは非常に珍しく、私もクロエお嬢ちゃんくらいしか思い当たらないくらいのレア度だ。そういえば束ちゃんも滅多に見ない濃桃色の髪だったね。
そして片目には眼帯が施されており、露わとなっている赤い目は鋭く冷たいとさえ感じた。私も以前あのような目は見たことがある。……そう、まるで軍人のような目だ。
制服にもかなりのアレンジが施されており、標準がスカートなのに対し少女の穿いているものはズボンであった。鈴ちゃんは大胆な改造をしていたけれど、これも随分と手を付けられているようだ。
背丈は隣にいるシャル・ボーイよりも一回り小さく、非常に可愛らしい。尤も、先程から放っている威圧がそれを台無しにしてしまっているが。
少女は腕を組みながら、くだらないものを見るかのような目でクラスの女の子達を見渡している。先程の喧騒の中でも、彼女は眉一つ動かさずに沈黙を保ち続けていた。
「…………」
「ラウラ、自己紹介をしろ」
「はい、教官」
教官、というのは間違いなく千冬嬢に向けられた言葉であろう。
しかし当の本人は、面倒くさそうに顔を顰めながらラウラと呼ばれた少女に視線を向ける。
「織斑先生と呼べ。ここは軍部ではなく学校だ、その名で呼ばないように気を付けろ」
「分かりました」
教官?そう言えば、千冬嬢は一年間だけドイツの軍で教官を務めていたって話を束ちゃんから聞いたことがある。
そうなると、この子はドイツから来た子でしかも現役の軍人ということになるのだろうか。
などと考え事をしていると、少女の自己紹介が始まった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「…………」
「…………」
「……あ、あの、以上ですか」
「以上だ」
酷く簡潔な自己紹介を見た。聞いた話だと、一夏少年も最初の自己紹介ではこのような自己紹介をしてしまったらしい。一夏少年2号の誕生かな?
そして呼び方は……よし、ラウラちゃんにしよう。雰囲気はともかく、見た目から保護欲を感じてしまうから。
そんな時だった。
「っ!貴様が……」
ラウラちゃんの目が、より一層の鋭みを帯び始めた。
先ほどまでは冷たく鋭利なものと思わせるそれであったが、さっきとは異なる意思を感じる。今の彼女の目には、憎意のような静かに滾る熱が灯されているように見えたのだ。
まるで親の仇を見るかの如き、そんな目だ。
そんな目が向いている先は……一夏少年であった。
しかし少年はその憎悪に一切気付いている様子も無く、呆けた様子で彼女の接近を許していた。
あんな空気を纏いながら近づいていくとなると、恐らくは……。
仕方ない、ここは手助けをするとしようか。
私は個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)を開いて、一夏少年の白式に繋いだ。
『一夏少年、後ろから筋肉モリモリマッチョマンの変態がラリアットを!伏せろ!』
「えっ!?」
私の虚偽の警告に酷く驚いた一夏少年は、振り返る余裕はないと判断して私の指示通り勢いよく身を伏せた。
その瞬間、彼の頭上ではラウラちゃんの鋭いビンタが空振りとなっていた。
「くっ、外したか……どうやら只の愚図ではないようだな」
ごめんラウラちゃん。愚図とまでは言わないけど、そこの少年はそんなに鋭い感性じゃないから。
おっと、そろそろ一夏少年の誤解を解いてあげないとね。
『あ、済まない少年。私の見間違いだったよ』
『な、なんだよ……驚かさないでくれよ』
『元グリーンベレーの方だったよ』
『いやそもそも嘘だよな!?』
騙して悪いが、ってね。
「私は認めないぞ……貴様のような奴が教官の弟などと」
「ってあれ?なんで目の前に?」
「今回は見抜かれたようだが、次はこうはいかないぞ!」
ごめんラウラちゃん。その子見抜けてなかったから。
それにしても、また随分と賑やかな事になりそうだね。
楽しめるようなイベントなら万々歳だけど、ギクシャクしたような催し事なら御免被るよ?
――続く――