「では、これでHRを終了する。次は2組と合同で実戦訓練を行う。各自授業に備えて先週配られたISスーツに着替え、第2グラウンドに集合するように。忘れた者は……下着でいいだろう。では解散」
よくねぇよ、というツッコミが千冬嬢相手に出来るわけも無く、彼女の言葉によってHRが終了される。
その途端にクラスの女の子達は着替えの準備をするべく動き始める。随分と性急なように思えるかもしれないが、ここから第2グラウンドまでの距離を考えると、のんびりお喋りをしながら悠長に着替えようものなら遅刻しかねない計算となってしまうのだ。誰も進んで千冬嬢の出席簿を喰らうようなことはしない。
「下着で授業……何それ素敵なプレイ」
「千冬様に下着姿を見てもらえる、ハァハァ」
前言撤回。一部出席簿以上の一撃を喰らいたい子たちがいるみたいだ。あまり深くは気にしないでおこう。
さて、女の子達の着替えの場となる教室だが、男の子である一夏少年は着替えが始まる前に退室する準備を速やかに進める。流石に異性と同じ場所で着替えをするのは拙いからね、せかせかと逃げようとする少年の姿も数回程度とはいえ見慣れたものだ。
ただし今回からは、その光景にもう一人追加される模様。
「よし、それじゃあ行こうぜ」
「えっ、どこに?」
「いや、ここじゃ俺たち着替えられないだろ?だから男子はアリーナの更衣室で着替えるしかないんだよ、面倒だけど早めに慣れてくれ」
「う、うん。分かったよ」
あまり状況を理解しきれていないシャル・ボーイの手を取り、急いで教室から出て行った一夏少年。
ふーむ。
≪箒ちゃん。今日は一夏少年たちに着いて行くことにするよ≫
「む?そうか。しかし一夏と一緒に行くなんて最初の頃以来じゃないか、どうしてまた急に?」
≪なに、今日は新人君も加わってるからね。私も案内のお手伝いをしようかと思ってね≫
ちなみにISスーツへの着替えを必要としない私は、箒ちゃんの着替えを教室の外で待ってから一緒に行くようにしている。ぶっちゃけ人間の女の子の裸を見たところで私が欲情する筈も無いんだけれど、私が喋れるということでそういう意識をしてしまう子もいるようで、大人しく教室から去るようにしている。
ちなみに箒ちゃんは私の同席など慣れっこで、寮の部屋でもお構いなしに着替えている。
「ではまた後でな」
≪うん、また後で≫
箒ちゃんに別れを告げてから、私は教室から出る。
さて、一夏少年達は……おっと、まだ近くにいるみたいだね。
私は一夏少年たちの後姿を確認すると、少年の肩へと飛び乗った。
≪一夏少年、私もついていくよ≫
「テオ?別にいいけど、どうしたんだ?」
≪いやね、新しいクラスメイトのサポートに協力しようかと思って≫
「そっか、テオが手伝ってくれるんなら有難いよ……そ、そろそろ重いから降りてくれないか?」
≪む、若い頃は遠慮なく乗せてくれてたのに≫
渋々私は一夏少年の肩から降りる。ちなみに私の体重は5キロに届かない程度の重さだ。男の子といえど、ISに乗らないと少々キツイのかね。
≪と言うわけだけど、迷惑じゃなかったかい?≫
「ううん、すごく嬉しいよ。ありがとう……えっと」
≪テオだよ。呼び方は好きにして構わないよ≫
「それじゃあそのまま呼ばせてもらおうかな。これからよろしくね、テオ」
≪うん、よろしく≫
一夏少年に手を引かれながらも、床に降り立った私に微笑みを向けてくるシャル・ボーイ。なんといういい子――。
……ん?
≪(これは……)≫
この感じ、出処はシャル・ボーイからか。
しかしこれは……。
「いたわ、噂の転校生よ!」
「織斑くんも一緒、しかも手ぇ繋いでるわ!」
……いや、先ずは現状の解説を済ませてしまおうか。
アリーナの更衣室に向かう道すがら、廊下の先では学園のお嬢ちゃん達が学年を問わず集結し始めていた。その口ぶりから察するに、早速噂となったシャル・ボーイを見る為にみんなで押しかけて来たといったところか。今は大分落ち着いた方だけど、一夏少年の時もこれぐらい賑わっていたと記憶している。
しかし今は次の授業に向けて着替えに向かう最中。彼女達にかまけてしまっていては確実に授業開始に遅れてしまい、千冬嬢の手厳しい出席簿が頭部に降り注ぐことになるに違いない。いかに叩かれ慣れている一夏少年といえども、悶絶する程の一撃は避けたい筈だ。
「くそっ、もう追手が……シャルル、テオ、こっちだ!」
「うわわっ!?」
≪ほいほい≫
一夏少年はシャル・ボーイの手を取りつつ、先導して廊下の角を曲がり始める。流石は逃走に手慣れた一夏少年、目的地へ行くためのルートも逃走時込みでバッチリ把握済みというわけだ。
「いたわ、こっちよ!」
「一×シャルのためにも捕まえさせてもらうわ!」
「シャル×一の需要も忘れずにね!」
「あたし、思うの。今こそテオ×一を流行らせるべきだって」
「ねーよ」
「ここは王道で乱こ――」
『言わせねーよっ!』
息ピッタリだね君達。
「なんだかよく分からんが……とうっ!」
「うぇっ!?ふわわわわぁ!?」
≪ほいさ≫
前と後ろから包囲を掛けられ、逃げる場所を失った我々。
やむなく近くにあった窓を飛び降り、逃走させていただきました……とさ。
一夏少年はシャル・ボーイをお姫様抱っこの要領で抱き抱えて飛び降り、着地の際に足の部分のみISを展開させて、何事も無く着地を成功させた。さすがに生身で降りるのは危ないから、緊急時である今なら仕方がないだろうね、ちゃんとすぐに仕舞ったし。
ちなみに私はISを展開させずに、まずは足場となるような場所を見出してそこへ目掛けて跳躍、跳び移ることに成功したら次の足場へ……といった具合に、ピョンピョンと足場への跳び移りを繰り返していった。地面に足を付けても問題ない高さにまで達したところで、私は地面へと着地。
「ふぅ。シャルル、怪我とかしてないか?」
「う、うん。大丈夫、ありがとう。……いつもこんな感じなの?」
≪いつもはあそこまで大勢で来たりはしないはずだよ。今日は君が新しく加わったからだろうけど≫
「僕が?」
キョトン、とした様子で首を傾げるシャル・ボーイ。ちなみにその身体は未だ一夏少年に抱き抱えられている。
事情がイマイチ呑み込めていない彼に対する呆れの念を込めた溜め息を吐きつつ、少年は言葉を発し始める。
「あのな、俺たちは女性にしか扱えないISを扱えることが出来る男子なんだぜ?そんな奴が転校してきて興味を持たない方がおかしいと思わないか?」
「……あっ。あぁうん。そ、そうだよね」
…………。
「シャルルって見た目がしっかり者のイメージなんだけど、こんな調子じゃこの先心配だぞ」
「あ、あはは……。そ、それよりも着替えの場所に行かないといけないんじゃなかったっけ?」
「……あ、そうだった!」
……人の心配をしてる余裕は今の君には無いんじゃないかな?一夏少年。
「ああっ!折角のチャンスが!」
「写真は!?……取り損なったの!?くぅぅ、レア物で取り扱ってぼろ儲けしようと思ったのに……!」
「一×シャルが、私の夢が……」
「けれど分かったことが一つだけ。やっぱり時代は乱こ――」
『言わせねーよっ!?』
――――――――――――――――――
窓からの脱出が成功した後は、追っ手が来ることもなく平和的に更衣室に到着出来た。さすがにあのルートを通ってまで追いかける子はいなかったようだし、素直に別のルートから行こうものならば確実に見失ってしまう距離だったと思うから、妥当な判断だと言えるね。というか皆、授業の準備をしよう。
しかし、喜べる結果だけとも言えない。廊下での追跡を巻くことには成功したものの、最も近い道とは外れたルートを進むことになってしまったため、あまり時間に余裕が無いのだ。急いで着替えねば出席簿コース、といったところだろうか。
「うわ、時間がマズイな。早く着替えちまおうぜ」
「うわわっ!?」
一夏少年が上半身裸になった瞬間、慌てた声が近くから聞こえてきた。
近くとは言っても、この場には一夏少年と私とシャル・ボーイしかいない。脱いだ本人が驚くようなことは何も無かったし、私も別に驚いてなどいない。
そうなると、声の主は必然的に導き出されるわけで……。
「シャルル?背中なんか向けてどうしたんだ?早く着替えないと千ふ……織斑先生に怒られちまうぞ?」
「あ、えっと、その、着替えるよっ?着替えるんだけど……その、向こうを向いててくれないかな?テ、テオも」
一夏少年とは真反対の方向を向きながらそう言ってくるシャル・ボーイ。
しかし私のいる場所からは、両手で隠そうとしても隙間から見えている赤らんだ顔がバレバレである。
「……?別に着替えをジロジロ見る趣味は無いけど、そんなに恥ずかしいか?」
「ま、まぁちょっと、その……ね?」
≪まぁ良いじゃないか少年。それよりも早く着替えてしまわないと、千冬嬢に怒られるよ?≫
「おっと、そうだったな。……っていうか、普通に千冬姉のこと名前で呼んでるのな」
≪君もね≫
「あ、やべっ」
そこでようやく、一夏少年とシャル・ボーイの背中合わせの着替えが始まった。
少年は上着を完全に脱ぎ終わっているので、残りのズボンと下着を脱ぎだす。それらも脱いで完全に全裸となった彼は、ISスーツの下半身部をその手に取り、足を通し穿こうとする。一部分が引っ掛かって苦戦しているようだが、何も言うまい。ジュニア。
そして一方のシャル・ボーイだが。
見ることが出来ない以上、この子がどこまで着替えを進めているかは見なければ判断が出来ない。彼が私と一夏少年に、着替えを見ないで欲しいと頼んで来たので、そこに関してはどうしようもない。
そう、着替えを『見る』ことはしない。シャル・ボーイが私たちにそう頼んで来たんだから、覗くような真似はしないと誓って約束しよう。私は約束を無碍に破るような猫ではないからね。
だけどね、シャル・ボーイ。
≪(……思った通りか)≫
「シャルル?」
「な。なにかな!?」
一夏少年に声を掛けられて慌てて返事を行うシャル・ボーイ。
丁度彼は着替えを終えたようで、既にISスーツを着た姿になっている。
「おぉ、着替えるの早いな。なんかコツとかあるのか?」
「えっと、ちょっとね。……一夏はまだ着替え終わってないの?」
「あぁ、下の方を着る時に引っ掛かるんだよなぁコレ」
「ひ、ひっかか……!?」
2人がそんな風に会話をしている中、私はシャル・ボーイに対する1つの確信を抱いていた。
廊下で彼に近づいた時に感じた『匂い』を嗅いだ時から、シャル・ボーイに対する疑念は感じていた。いや、別に変態チックな意味合いは一切無いので、今はシリアスな場面なので。
改めてシャル・ボーイ。
どうやら君はとある事情で、手や顔などの肌が露出する部分には男性向けの防臭芳香品を使用しているみたいだけど……猫の嗅覚は、そんなものでは誤魔化されないよ?
≪少年、私は先に行くよ。遅れる可能性も考慮して千冬嬢に一言伝えてはおくけど、それでも遅刻しないようにね≫
「ん、あぁ分かった。もしかすると滑り込みになるかもしれないしな……千冬姉はそれも許さないだろうけど」
≪穏便に、とは言っておくよ。それでもゆっくりしないようにね≫
シャル・ボーイ。
防臭処置をした制服を脱いだ今の君から漂う匂いは、男の子のそれじゃあなくて――。
――女の子の匂いだ。
――続く――