昼休みが終了し、午後のIS実戦訓練が真耶ちゃんの号令によって開始される。午前の時は千冬嬢が務めていたけど、今回は最初から真耶ちゃんがいるので普段の授業と同様である。
余談だけど、号令の際の真耶ちゃんの物腰がいつもと比べて少しハキハキしていた。恐らく午前のセシリア姫たちと実演でカッコイイところを魅せることが出来ていたので、自信がついたのだろう。褒められて嬉しそうにしている子供みたいで可愛らしい、だがちゃん付けになる。
既に授業は開始され、各人が動き始めている。
専用機持ちである各グループリーダーは再び並べられている打鉄とリヴァイヴを取りに行き始めているし、それ以外の子達も雑談をしながら午前同様のグループで集まっていく。
さて、私もそろそろ動き始めるとしようかな。
……お生憎、授業を受けるためじゃないけど。
私は一夏少年たちが打鉄をとりに行っている最中、真耶ちゃんと共にいる千冬嬢の元へと近づいていった。
「どうしたテオ。お前も自分の班の所に訓練機を持って行け」
≪その前に、ちょっと確認しなければならないことがありましてね≫
「確認だと?」
≪ええ…………シャルル・デュノアの件について≫
その言葉を聞いた瞬間、千冬嬢の顔が強張った。元々鋭い目つきに更なる力が加わり、研いだような鋭利さで私のことを射抜くように見捉える。
「……なんのことだ」
≪織斑先生、余計な腹の探り合いをするつもりは私にはありません。誤魔化そうというのであれば、今度は直球で訊きましょうか?周りがあるこの場では出来るだけ差し支えたいんですけどね≫
「……お前が聞きたいことは分かっている、その必要は無い。念のため訊いておくが知らぬがままとしておくつもりは?」
≪無いですね。私も私で思う所があるものでして≫
私の言葉を耳に収めた千冬嬢は、そこで一先ず押し黙る。
隣にいた真耶ちゃんも私と千冬嬢のやり取りを横目で聞いていたが、千冬嬢の表情の変化を見て僅かに声を漏らしてからは、口を噤んで私たちの様子を窺っていた。
そして若干の時間を要した後、千冬嬢の口が重たく開かれた。
「……仕方がない。お前には説明をしておこう」
≪おや、意外でしたね。問答無用で私を関わらせない様にするかとも思いましたが≫
「……学園長からの希望があったのだ。お前がデュノアの事に気が付いて問い詰めて来たら、説明をして裏事情を知ってもらおうとな」
≪ほぅ。轡木ど……ではなく、学園長からのご要望と来ましたか≫
IS学園の学園長。
今や世界中で注目されているIS、その搭乗者を培うこの学園における最大責任者。話によればIS委員会から選ばれた代表がその役に就いているらしく、委員会は当然のこと各国及びそのIS機関とも繫がりを持っているとのこと。世界に対する影響力を強く担っている一角と言っても過言ではない程の立場は、並大抵の者では重圧に押し潰されてしまいかねない要である。
1年生のお嬢ちゃん達が学園長の姿を目にしたのは、入学から数か月経った今でも恐らく1回か2回程度だろう。各国とISに関する会議を行うために学園を離れる機会が多く、学園内にいても執務などで学園長室に籠りきり。入学式等の大きなイベントで簡単なスピーチを行うために姿を見せる以外、学園内では見かけない程なのだ。
ちなみに私は学園長と何度も会っている。歳が近いため気が合うし、会うたびに世間話もする程に心を許している程度の関係にはなっている。
うっかりあの人の名前を挙げてしまって、それを聞き逃さなかった千冬嬢の目をより鋭くさせてしまったみたいだ。
「……そこまで既に知っているとはな。相変わらず油断ならない奴だ」
≪良い褒め言葉ですよ≫
「ふん、ならばこれから学園長室に案内するからついてこい。……山田先生」
「あ、はいっ」
「私とテオは暫し授業から外れる。戻ってくるまで午前中にテオが担当した生徒たちへの指導と、他グループの補助をよろしく頼む。何かあれば私の方に連絡を入れてくれ、場合によっては別の教員を手伝いに来させる」
「わ、分かりました!」
指示をもらった真耶ちゃんは、慌ただしくしながら生徒たちがいる方へと向かっていった。途中で転びそうになっていたが、何とか踏み止まって転倒は免れていた。
「では行くぞ」
≪分かりました≫
真耶ちゃんが皆の元に着いたことを確認すると、私と千冬嬢は学園長室に向けて歩き始めた。
――――――――――
そして場面は、目的の学園長室へと移り変わる。
「おやおや、やはり今日の内に来てくれましたかテオくん」
≪本当なら昼休みにでも行こうと思っていたのだけれどね。万が一の事もあるから今のうちにお邪魔させてもらったよ。都合が悪かったかな?≫
「いえいえ、こちらもある程度予想はついていましたので大丈夫ですよ」
≪流石は轡木殿。その慧眼には敬意を表せざるを得ないよ≫
奥の中央部にドンと添えられた執務机に両肘を突き、ゆったりと指を組んでいる壮年の男性が私と他愛無い話を始める。
男性は齢70程度の容貌をしており、髪は白に染まって顔には多く皺が刻まれている。今まさに浮かべている柔和な笑みは穏やかで落ち着いた雰囲気を漂わせて、対面する者を安心させてくれる感じすらある。
さて、無駄にはぐらかす必要もないので単刀直入に言ってしまおう。
この男性――轡木殿こそが、この学園の真の運営者なのだ。
この学園の殆どの子たちは生徒教員含めて、IS学園の学園長は女性であると誤認している。入学式の際のスピーチの場、各イベントの際に物見として見学に現れる姿、各国から出てくるIS学園学園長の人物情報……それらが要因となって、学園長の女性説を上辺上は確固たるものとした。特に実際に姿を見せたというのが、頻度が少ないとはいえ信憑性を遥かに高めたのだろうね。
しかし公の場に姿を現してIS学園の学園長を名乗っている彼女は、目の前にいる轡木殿の妻だ。彼女は夫である轡木殿とは異なる姓を名乗って表向きに活動を行っており、実質的運営や裏方の時事などは轡木殿に任せ彼女自身は外交などに務めている。教員間との応対についても彼女が行っているため、学園教師でその真相を知っているのはほんの一握りに過ぎない。余談だが彼女の容姿は轡木殿よりも一回り年若く、端整である。
では、私が何故そのことを知っているかという件について。
そもそも私は一夏少年という世界初の男性IS操縦者に比肩しうるほどの前代未聞の事実を持っており、そのイレギュラー性に関して言えばある意味彼よりも上に位置している。そんな私が人間の通う学園に生徒として入学するという異常な事態を、彼程の重要な存在に話が通らないのは可笑しな話だと思わないだろうか。
そこで束ちゃんが、千冬嬢には秘密で轡木殿とコンタクトをとったのだ。私の入学が何事も無く進み、千冬嬢が円滑に手筈を整えられるために下準備を整えておくようにと。真の学園長は轡木殿であるという事は、その後に束ちゃんから教えられたのだ。
この時点で私は、学園長が轡木 十蔵という男性であることを知っていた。
そして私が彼と邂逅したのが、入学して間もない頃の放課後。
この学園の地理を知ろうとフラフラ散歩をしていた私が、用務員の格好をした轡木殿の姿を見つけたのだ。そこで私は轡木殿と互いに自己紹介をした後に、彼の名前からその正体を見破ったのだ。あぁ、言っていなかったけど、普段の轡木殿は用務員として仕事をしている。
ちなみに轡木殿は私に正体を言われた際『おやおや、折角なのでもう少し黙っておこうかと思っていたのですが名前を知られていましたか。残念』と言って笑ってみせた。この寛容さは紳士的だと思った。
≪というか轡木殿。織斑先生に私と面識があること伝えていなかったのだね?既に知らせていたかと思っていたのだけれど≫
「おや、そうでしたかな?歳を取るとどうにも済と未済の区別があやふやになってしまいましてね……まぁ余計な情報漏洩の危険性を控除出来たということで許して下さい、織斑斑先生」
「いえ、お気になさらず」
千冬嬢、声色がほんの僅かに機嫌悪そうだよ。轡木殿も轡木殿で、わざとやってたみたいだね。まったくお人が悪い。
「まぁ私の正体など、これからする話に比べれば些事に過ぎませんがね」
≪暗殺の防止を些事で済ますのは些かどうかと思うけれど……取りあえず、話を聞かせ願いたいところだね。なぜシャルル・デュノアの男装入学を許容したのかをね≫
「君の鼻は誤魔化せるわけがなかったでしょうね。それでは私も説明をさせていただきましょう」
ならば私も、拝聴させていただくとしようかな。
「シャルル君の男装はこちらでも既に把握済みの事実です。知っているのは私と妻と織斑先生、あとは生徒会長くらいでしょうね。一部の教員も勘付いている人がいるらしいですが、そこへの随時説明は生徒会長に頼んであります」
≪生徒会長というと……あの水色の髪の子かな≫
「あの子は中々面白い子ですからね、君とは気が合うと思いますし機会があったら世間話でもしてみてはいかがですかな。っと、脱線しそうなので話を戻しておきましょうか。今回のシャルル君の入学における目的についてはこちらもある程度は見当がついています。彼女を広告塔として仕立て上げることと……」
≪一夏少年の専用機、白式のデータに加えて本人のフィジカルデータの入手……かな≫
ご明察、と言って轡木殿は軽く微笑んだ。
フランスのIS開発事情については、私も把握している。
シャル・ボーイの実家であるデュノア社はフランス国における主力IS企業の1つで、御社が開発した第2世代型のラファール・リヴァイヴは量産型ISのシェアが世界第3位という実績を持つ。しかしその反面第3世代機の着手が遅れており、第3世代型のデータも他国に比べて大幅に不足していて開発状況は難色続きだと聞いている。
主力企業である御社が現に難航しているため、フランス全体の第3世代機開発速度も遅れてしまっているのが実態だ。フランスは、周辺国よりも一歩以上に出遅れている。
「【
≪だから男装した子を一夏少年に近づけて、データ収集を目論んだと……こう言っちゃなんだけど、あれは少々杜撰じゃないかな?匂いといい異性への耐性といい、徹底ぶりが足りなさすぎるよ≫
「匂いに関しては君が鋭すぎるとしか言いようがありませんが。実を言っておきますと、この件に関しては一部の国は既に承認済みの事実なんですよ」
≪ほう?≫
轡木殿の言葉を聞いて、私は少々驚いた。
今フランスがやっている事は性別詐称による簒奪という重大な犯罪行為だ。犯罪と言うだけでも白い目が突き刺さるというのに、フランスが行っているのは各国が喉から手が出るほど欲しがっている一夏少年のデータ及び白式のデータを抜け駆けで盗ろうとしていることだ。そんなフランスの行動が許せない国は大量に存在するに違いないだろう。
「ここ数年のデュノア社の内部を探らせてもらっていたのですが、どうにも怪しげな動きが見つかりましてね。それも企業の主軸である社長とその夫人の周辺からね」
≪怪しい、というと?≫
「どうにも情報がハッキリしていないので、具体的にはなんとも。ただ言えるとしたら、第3者の介入が社長と夫人の周辺で行われている……といったところですかね。社員には内密で何かを行おうとしている節が感じられます」
≪……亡国機業かな?≫
「その可能性は十分に高いですね」
そう言って、私の言葉を肯定する轡木殿。
「その可能性を考慮して、亡国企業に対する警戒を強めている一部の国に対して秘匿の情報共有を行っています。今回の男装入学の件についてはデュノア社とフランスに対して大小なりとも処罰が下される可能性がありますからね、その予防線を立てておこうという訳ですよ。処罰が軽めになればフランス国民がデュノア社と自国に抱く反感も軽減されて暴動などの発生も回避できますし、承認した国もフランスに恩を売っておく算段を立てているのでしょう」
詰まる話、『フランスは悪の組織の暗躍に巻き込まれた』という理由付けを準備しておいて、フランスが自らの意志でシャル・ボーイの件を画策したわけではなかった際に、明るみになった時の罰を軽くしておこうという話である。
今回の件が罰として現されたならば刑罰の種類は高確率でIS関係になるであろう。妥当な線としてはIS開発における限定付与、開発予算の全体削減、イグニッションプランの強制不参加などだろうか。しかしISが世の情勢を担っていると言っても過言ではないこの時代にそのような罰が下れば、国防能力は劣るわ他国からも軽んじられかねないわ等、堪ったものではない。
で、今回の件を秘匿で認識している一部の国は『許してくださいってか?許してやるよぉ!ただし俺も擁護してやるから、今回の件はデッカイ貸しにさせてもらうぜ!』という事で、容易にフランスから優位なポジションを確保しようと考えているというわけである。フランスも随分と可哀想なことになりそうだ。
それにしても……。
≪亡国機業も随分と面倒な事をしてくれるものだね≫
「まだ彼らの仕業と決まったわけでもありませんがね」
≪囁くんだよ、私の中のゴースト……じゃなくて勘がね。これも全て亡国企業ってやつの仕業なんだ≫
「ははは、彼らも手強い人を敵に回したみたいですね」
≪なんだって!それは本当かい!?……っていう返事が欲しかったかな、そこは≫
あと轡木殿、私は人じゃなくて猫だからそこをお忘れなく。
兎にも角にも、これで私もシャル・ボーイの真実を知った者の仲間入りと言うわけだ。
ここで轡木殿は、シャル・ボーイの監視役を務めて欲しいと私に頼みごとを入れてきた。
デュノア社の件については生徒会長が情報収集をしてくれているお陰で人手が足りているらしいが、シャル・ボーイについては知らない相手が不用意に近づくと不信に思われてしまう可能性が高いため、事情を知らない一夏少年に代わって私が監視をした方が都合が良いらしい。
まぁ、頼まれるまでもなくその役を担おうと思っていたので、快く引き受けさせてもらった。何か新しい情報が手に入ったら都度連絡を入れるということで。
「引き受けてくれてありがとうございます、それでは今後ともよろしくお願いしますね」
≪まぁ期待にはそれなりに応えるつもりだよ……ではそろそろお暇させてもらうとしようかな。もう少し世間話をするのも悪くはないけど、授業の合間を抜けて来たからゆっくりするわけにもいかなくてね≫
「学生の本分をかまけるわけにはいきませんからね、非常に良い心がけです。今度は落ち着いた時にでもゆっくりお喋りするとしましょうか。織斑先生もわざわざありがとうございました」
「いえ、問題ありません。私もデュノアの件については引き続き調査を続けていきます」
そう言って千冬嬢は、轡木殿に向かって一礼を行う。
そして私に視線を向けてついて来るように指示を出して、退室するべくその場で踵を返し歩き始めた。
私も轡木殿に向けてペコリとお辞儀をした後に、千冬嬢についていった。
―――――――――――――――――――――――
「テオ」
≪なんでしょうか?≫
「敬語はいい、今だけはいつも通りで構わん。取り敢えずデュノアの今後の措置について説明しておこうと思ってな」
ほぅ、珍しい。まさか千冬嬢がこんななんでもない場所で形式を崩すことを許可するとはね。おっと、驚くことだけどまずは千冬嬢の言葉をしっかり聞いておくとしよう。
「取り敢えず、デュノアの寮室については一人部屋を用意しているところだ。いつまでも一夏と同室にすることを避けていたらデュノア社にこちらの意図が読まれかねないので、長くても恐らく一週間程度が限度だろう」
≪一人部屋に?それだと自由が利いてデュノア社と連絡が取りやすくなるんじゃない?≫
「連絡の機会ならいつだってくれてやる。やろうと思えば深夜にやればいいだろうし、目的である一夏と白式のデータを入手しない限りは別に放っておいてもいい」
成程、確かに。
いかに連絡を取りやすい環境と言っても、肝心の情報がシャル・ボーイの手に入ってなければ大きな痛手とはならないというわけである。誰か別の子と相部屋にして牽制をするとしても、場合によっては余計な情報漏洩を招く危険性がある。そもそも相部屋の子がデータ収集の対象である一夏少年一択になる可能性が高い時点で、本末転倒になってしまうし。
急な転校だっただろうし、寮の部屋の割り振りが手間取るという名目が付けられるのは幸いな話だ。フランスも強く言える立場じゃないし、千冬嬢の概算した日数程度なら問題なく時間を稼げそうだ。その間に、デュノア社と亡国企業の決定的な繫がりを確保出来たならば……。
そんな風に考えていると、突如千冬嬢が呆れた様子で溜め息をついた。
「はぁ、まったく……お前はここではただの生徒なんだから、こういった面倒事は教師に任せれば良いものを」
≪性分なものでね。それに一夏少年も、私にとっては大事な息子のような子だからね。これくらいはしておきたいのさ≫
「……そうか」
あぁ、そうだった。一夏少年と千冬嬢は……。
箒ちゃん達の親を気取る時はたまにあるけど、2人の親を気取るのは流石に気に障ってしまったよね……ううむ、なんて言おうか。
「――とう」
≪ん?何か言ったかい?≫
「いや、なんでもない。それより予定よりも時間が掛かってしまったから、急ぎ足で行くぞ」
≪了解≫
本気で聞き逃してしまった……なんて言ったのか気になる。聞き直そうにも何となく言ってくれそうにない雰囲気だし。
けど声色も表情も怒っているような感じではなかったから、私に対する怒りではないと信じても大丈夫かな?
とにかく、シャル・ボーイのことを注意していかないと行けなくなったから、気を引き締めていかないとね。
―――続く―――
原作とは違って、デュノア社の一件に亡国企業が絡んでいる設定にしてみました。