「へぇ、シャルルのISって色んな武器が装備されてるんだな。白式って雪片弐型しか武器が無いから羨ましいよ」
「そうかな?剣一筋で戦うっていうのもなんだかカッコイイと思うけどね。サムライ魂みたいなものなのかな?」
「そういうのは箒の分野なんだけどな」
シャル・ボーイとラウラちゃんがIS学園に転校してから5日が経過した。
土曜日は授業が午前中のみで午後からは完全自由時間となっており、アリーナが全館使用可能ということもあって毎週自主訓練に励む生徒が多い。訓練機の貸し出しには限りがあるため実際にISを動かす人数は限られているが、仲良しのグループで交代して練習する等、やり様は幾らでもある。
私達いつものメンバーも、現にこうしてそれぞれのISを所持して練習に努めさせてもらっているところである。
あれからシャル・ボーイの行動を可能な限り観察させてもらっているが、依然として不審な動向は見られない。正体も今のところは衆目の下に晒されておらず、ボーイは貴公子らしい振る舞いを以て健全な男子生徒を演じ続けている。
ただしそれは学園のお嬢ちゃん達の前のみである。一夏少年と一緒の時は、結構バレそうになっているのだ。
授業が終わった後の更衣室で一夏少年と二人っきりになる機会があるのだが―――念のため私もついていってるから厳密には二人っきりではないけど―――、一方の一夏少年がシャル・ボーイが男の子であると思い込んでいるため、恥じらうこともなく素肌を晒したり肩を組む等のスキンシップを取ろうとしたりしてくる。
男性の裸に耐性が備わっていないシャル・ボーイは一夏少年の若い肉体を見た瞬間アタフタと慌てだし、少年のスキンシップについてもドギマギしている姿が見ていて分かりやすい。朴念仁の一夏少年は緊張しているだけだと思っているので、ある意味隙は無かった。
ちなみにここ最近の一夏少年は何度かシャル・ボーイの部屋に遊びに行っているということも追記しておこう。警戒されないようにする為に私も同行は一度きりで、それ以外は扉の外で耳頼りの監視をさせてもらっているが、いずれも他愛無い世間話やISの話が中心となっているため怪しい言動は今のところ無い。一夏少年も情報管理についてはちゃんと理解してくれているようで、白式に関する話になると自発的に詳細を控えるようにしている。
というか、本人が大して把握していないから答え様がないと言った方が的確だろうか。彼自身、白式についてあまり知識がないので、彼自分が知っている限りの情報しかその口からは発されていない。既に明るみになっていることを秘匿する必要もないので、私もそこは見逃してあげている。
いや、そもそも……。
「それじゃあ銃器の把握のために、射撃の練習でもしてみようか。僕が使ってる【ヴェント】を貸してあげる」
「おぉ、アサルトライフルか!……あれ、でも他の人の武器って普通は使えないんじゃなかったっけ?」
「普通はね、だけど所有者がアンロックをすれば……」
シャル・ボーイは本当に一夏少年のデータを取る気があるのだろうか?こうして転校から5日が経過しているんだけど、一切怪しい動きが無いというのはおかしい……と思うのは私の警戒しすぎだろうか。
生物というのは獲物を目前にすると、往々にして独特の雰囲気を醸すものだ。目の前の標的が欲しいという欲望、目的の達成を望む願望、そういったものが本人の意識しない内に気と化して現れてしまう傾向が強い。狩りにおける殺気なども、それと同類の種だ。
だが、シャル・ボーイが一夏少年と一緒にいる時は、澱みや棘のある気配が全く感じられない。むしろ彼と一緒にいることを楽しんでいるような印象さえ感じるのだ。男装の徹底が成されていなかったにも関わらず、これを隠し通せることは出来ないと思われるが。
……もしかして、シャル・ボーイは――。
「ねぇ、テオってば」
≪……む?≫
おっと、いけないいけない。思考に傾けすぎたせいで反応が遅くなってしまったね。
私に声を掛けてきたのは、どうやら鈴ちゃんのようだ。
≪どうかしたのかな?≫
「テオはあの2人、どう思う?」
≪あの2人……少年たちのことかな≫
「そう、一夏ってば最近あの転校生に構いっぱなしじゃない?ISの訓練だっていつもあたし達が指導してあげてるっていうのに、今日に至っては転校生に頼んじゃうのよあいつ」
そう言いながら頬を膨らませる鈴ちゃん。その表情は語られる内容の通り不満げである。
鈴ちゃんの隣にいるセシリア姫も、うんうんと可愛らしく何度も頷いて鈴ちゃんの意見に同意を示している。
箒ちゃんは……そうでもなさそうだ。
≪まぁ一夏少年にとっては、女の子だけの環境に唯一別の男の子が現れたんだ。友達になろうと思うのも無理は無いんじゃないかな。鈴ちゃんだってもしも男子校に放り込まれて同じ境遇になったらと考えれば、一夏少年の気持ちも分かるんじゃない?≫
「む、それはまぁそうだけど……それを差し引いてもあたしたちの指導役を断ったのは解せないわね」
一夏少年も相変わらず罪深いねぇ。こんなに熱心になってくれる女の子を放っておいて男同士の友情を育もうとしているのだから。実際は性別違うけど。
≪ちなみに、少年達が今やっている状況を指導するとしたらどうなるの?≫
現在一夏少年はシャル・ボーイに構え方を直接整えてもらいつつ、アサルトライフルをその両手に携行している所である。
「撃てればいいのよあんなモン」
「右肘の角度を5度微調整、腰の位置を今より3cmほど落としてライフルと頭部の距離を2,6cm離せば理想的なフォームになるかと」
「ビシッと構えてバキュンバキュン!だな」
うん、知ってた。もう何か月もこの子たちの指導は目にして来たんだから当然だね。
修正させようにもこればかりは個人の感性が付きまわって来るから、私も何も言わずにいる。第一直してあげるのがメンド――げふんげふん、一夏少年には色んな視点から学ぶことも必要だと思うんだ、うん。
と、そんな時であった。
≪おや?≫
私のISである銀雲のハイパーセンサーに、この場にいるのとは別に新たなIS反応が感知された。待機中の銀雲に位置詳細を特定させて場所を掴み、そこに視線を向ける。
シャル・ボーイと共に転校してきたドイツの少女、ラウラちゃんが自らの専用機を纏って立っていた。
ラウラちゃんは冷たい表情をその顔に浮かべながら、真っ直ぐ一夏少年を睨み下している。転校してから誰とも交流をしていない一匹狼のような彼女だが、その瞳は他の女の子達に向ける眼差しよりもずっと攻撃的だった。
まぁ、出会って早々に平手打ちという過激な挨拶をしようとしていたのだから今更な話か。
「うそ、あれって……」
「ドイツの第3世代機……!?まだトライアル段階だって話じゃ……」
「残念だったな、トリックだよ」
アリーナ内で訓練をしていた女の子たちもラウラちゃんの存在に気付き、ザワ…ザワ…とどよめき始める。カイジィ!
訓練に熱中していた一夏少年達も、アリーナの様子に気が付きラウラちゃんの方へと顔を向けていた。
「織斑 一夏。私と戦え」
オープン・チャネルによるラウラちゃんの声が、皆の耳に届く。しかしあくまでその対象は一夏少年のみだということは、台詞を聞いて明らかだ。
「いや、戦う理由が無いし」
「貴様に無くとも、私にはある。私の尊敬する織斑教官の栄光を奪った貴様を倒すという、明確な理由がな」
「…………」
成程、それで一夏少年に対してあれほどの敵意を向けているのか。
彼女が指し示しているのは、第2回IS世界大会『モンド・グロッソ』におけるとある事件。その日は千冬嬢が大会決勝戦を迎えていた。千冬嬢は前年度の優勝者とあって、今回の2連覇がかかった試合は世界中を注目させた。2度目の覇者の誕生を望む声も非常に多かったと聞いている。
だがその日になって、ドイツ国に同伴していた一夏少年が亡国機業に誘拐されてしまったのだ。連れ去られた本人には亡国機業のことを教えていないので謎の組織と認識しているが、当時の事件に機業が関わっていることは私も確認済みである。
一夏少年はその後、決勝戦を放棄してきた千冬嬢によって救出されたため事無きを得た。身体にも傷は負っていない状態だったため、私もそのことについては安堵している。
しかし決勝戦を放棄した千冬嬢はその結果不戦敗という扱いになり、2連覇を達成することなく現役から身を引いてしまった。そして彼女は一夏少年を発見したドイツ国への恩義を果たす為に、軍部でISの教官を1年間務めるということになったのだ。
……といった経緯である。
ラウラちゃんと千冬嬢が知り合うようになったのは、間違いなくドイツ軍の中だろう。ラウラちゃんが千冬嬢の事を教官呼ばわりしていたし、彼女自身が軍人のような雰囲気を纏っていたからね。
今の一夏少年は、苦々しい表情を浮かべている。その原因は間違いなく、ラウラちゃんの発言から来ているようだ。この学園に入ってから本人に直接聞いたんだけど、あの子もその件については少なからず責任を感じていたみたいだった。ラウラちゃんと千冬嬢の関係はどれ程のものかはまだ分からないけど、他人にそのことを言われるのはきついだろう。
「私は断じて許さない……教官の名誉を損失させ、のうのうとこの学園に居座っている貴様を。教官の栄誉を奪っておきながら、あの方のご指導を何食わぬ様子で受ける貴様を……!」
「……お前の言いたいことは分かった。だけど戦うのは別の機会にしないか?このまま戦えば他の生徒に迷惑が掛かる」
「他の奴など知ったことか。言ったはずだ織斑 一夏……私は貴様を倒す為に此処にいるのだと!」
その瞬間、ラウラちゃんがIS左肩部から大型のカノン砲を召喚し、一夏少年に向けて大型実弾を撃ちこんだ。轟ッ!と激しい音を立てながら射出された砲弾は鋭く、そして真っ直ぐ一夏少年に向かっていった。
やれやれ、これは流石に大人しく見ている訳にもいかないかな。
≪来い、【銀雲】≫
私は瞬間的に銀雲を体にフィッティングさせ、戦闘形態を発動する。
飛びゆく銃弾に照準を定めて、私は一気に肉薄すると【ウィップ=ネコジャラシ】を銃弾に叩き付けて軌道を大きく変動させた。
銃弾は急速な弾道変化を伴い、誰もいない地面に向かい鎮静させられた。
「なにっ?」
「テオ!」
恐らく私の機体速度に対して驚きを示しているラウラちゃんと、私の登場に声を若干弾ませている一夏少年。
「話に聞いているのと違って、ドイツ人は随分と沸点が低いんだね。ドイツの気候は比較的低めらしいけど、こんな沸きやすさなら実際はもっと暖かそうだね」
一夏少年の傍らにいたシャル・ボーイもラウラちゃんの先制攻撃に反応し、少年を庇うように立ち位置を整えている。既にその右手には61口径アサルトカノン【ガルム】が握られており、敵意を込めた視線をラウラちゃんに向け放っている。
「ケモノだけでなく、フランスの
「量産化の目処も立てずに独断専行で進むロシアの
「そーいうこと。それにあんたの邪魔をするのはテオとシャルルだけとは限らないわよ」
「左様、一夏さんが粗暴に振るわれているのを私達が黙っているとお思いで?」
騒ぎに駆けつけてくれた鈴ちゃんとセシリア姫が、少年を庇っている私とシャル・ボーイの近くに。彼女たちもISを戦闘形態に移し、何時でも交戦が出来る状態にしている。
「悪いが、もう1人加えさせてもらうぞ」
専用機組のメンバーから一歩遅れて、箒ちゃんが私達の陣に加わってくる。どうやら周りで訓練機を使っていた子に急遽機体を貸してもらったようである。
箒ちゃんが加わったことによって、一夏少年を守る人数は合計で4人と一匹。攻防速にそれぞれ長けた近接型が計3体と遠距離型が1体と万能型が1体という、隙のない構成となったこのメンバーに真正面から挑もうという者は中々いないだろう。
うん、流石に私も戦いたくないよ。
ラウラちゃんもどうやらそのようで、迂闊に手を出すことが出来ずに少女たちと睨み合いを続ける形となった。
さて、そろそろ切り出してしまおうかな。
≪ラウラちゃん、ここはお互いに引いておかないかな?もうすぐどこかの先生が止めに来るだろうし、これ以上暴れたら織斑先生にしわ寄せが届くだろうからね≫
「……ふん、いいだろう。ここは引き下がっておくとしよう」
千冬嬢の名前が出た途端にピクリと眉を動かしたラウラちゃんは、少しの思案を巡らせた後にそう発言した。そしてISを解除すると、踵を返してアリーナゲートの方へ去って行ってしまった。
ラウラちゃんが去ったことによって場の緊張は解かれ、皆もそれぞれISを解除していった。唯一の訓練機である箒ちゃんもISから降りて、ふぅと一息ついている。
「一夏、大丈夫だったか?」
「あ、あぁ。テオ、それに皆もありがとうな」
≪なに、気にすることは無い≫
「僕は大した事してないから、お礼を言われるほどじゃないよ」
「あたしらなんて、来ただけになっちゃったもんね」
「ふふふ、それは言わないお約束でしてよ鈴さん」
緊迫した雰囲気は既に去り、いつもどおりの和やかな雰囲気を灯しながら私達は雑談をし始めるようになった。
ラウラ・ボーデヴィッヒ……どうやらシャルル君の件だけでなく、あの子のことも視野に入れておかないといけなくなったみたいだ。
まぁ、出来る限り頑張らせてもらおうかな。無理のないようにね。
『アリーナ内でドイツの転校生が騒ぎを起こしたと聞いた!今すぐに大人しく……あるぇー?』
遅いよティーチャー。
―――続く―――