篠ノ之家の猫はIS搭乗者(全話修正中)   作:たいお

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第27話 Dead Heat

 

 篠ノ之 箒は走っていた。長く続いている、アリーナ内の回廊を。

 

 アリーナの騒ぎは、壁越しからも聞こえてきている。未だに3人の代表候補生による戦いは終わっておらず、絶え間無く戦闘音が彼女の耳に響く。

 その音が、急く足を更に早める促進剤となる。廊下を踏み抜く足の力が更に強くなった。

 

「くそ……まだ着かないか」

 

 悪態を吐きながらも、その速度を緩める真似はしない箒。

 彼女が目指している場所は、アリーナ内に設置されているIS管理倉庫。そこではアリーナで使用可能な訓練機が格納されており、それぞれの機体には訓練の許可証と同時に借りる鍵を使わなければ勝手に使用出来ないロックが施されている。

 そして箒の手には、その鍵が強く握り締められている。

 

「(あいつのあの目……)」

 

 箒が胸中に思い浮かべるのは、先程アリーナで戦っていたラウラの姿。

 そして、彼女の目。

 あの目を見た箒は、かつての自分を思い起こさせたのだ。

 

 【3年前の事件】。

 重要人保護プログラム対象者として、家族とも離れて各地を転々とさせられることを余儀なくされた箒の傍にずっと居てくれたテオを引き剥がした、あの忌まわしき事件。

 

 あの日が過ぎた翌日から、箒は独りぼっちになってしまった。彼女につく警護の人間が増えたが、その警戒網が余計に彼女の孤独感を引き立たせた。まるで、自分だけ世界の別側に隔離されているかのような感覚を受けた。

 

 

 

―――なぜ、私がこのような目に遭わなければならないんだ。

 

 

 

 国から聞き飽きた内容の聴取を受けながら、胸の内で嘆いた。

 

 

 

―――なぜ、あんなに優しいテオまで奪っていくんだ。

 

 

 

 用意されているホテルの個室に帰っても『おかえり』を言ってくれる家族は誰もいなくて、必死に声を押し殺しながら泣いた。

 泣き止んだ箒が抱いた感情は、何処へ向けていいか分からない憎しみ。恨むべき対象が散りばめられていて、定まらない憎悪の心。

 その感情が行き着いた先は剣道。幼い頃から続け、初恋の幼馴染みとの繫がりとなり、行動を規制してくる国が特別に許した時間。心に救う憎しみを己の剣に込めるしか、当時の箒には道が無かったのだ。

 

 そして中学2年生の頃に出場した全国大会。

 そこの決勝戦で箒は、自分が縋りついてきた剣道まで穢してしまったことに気付いた。八つ当たりにも近い自分の技を受けた相手の選手が、涙を流す姿を目にしたことによって。

 

 自分にはもう、こんな悲しいものしか残っていない。

 箒は竹刀が手から零れ落ちる事にも気づかず、目の前が真っ暗になっていったのを感じた。

 

「(……だけど、そんな時にテオが帰ってきてくれた)」

 

 あの日ほど号泣した日は、箒の記憶の限りでは存在しない。

 暗がりに落とされた彼女の心が救われた瞬間は、今でもその胸に強く残っていた。

 帰ってきたテオは、箒に明るい道を進めるよう正してくれた。暴力という名の力を振るった彼女の手を、優しく強く導いてくれた。

 

 だからあの少女の……ラウラの目を見た瞬間、箒の胸には一つの思いが宿ったのだ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……お前は、私の――」

 

 

 

――――――――――

 

 舞台は再び、戦闘が行われているアリーナの方へと移る。

 

 先ほどまでセシリア、鈴音、ラウラの3名による戦いが繰り広げられていたが、その数が更に2つ増えていた。

 彼女達を止めるべく、ピットからIS姿で登場してきた一夏とシャルルの2名だ。

 

 しかし、戦いを止めるために来た人物が来たというのに漂う戦意が収まる気配が全く無かった。

 それどころか……セシリアと鈴のコンビに一夏たちが加入することによって、4対1の構図が出来上がろうとしていたところである。

 

「アンタ、バッカじゃないの?さっきまであたしとセシリアとどっこいで戦ってたっていうのに、一夏たちも入れてやれっての?」

「何度も同じ台詞を吐かせるな、魯鈍が。私の言葉など1度で理解出来るように頭を動かす努力をしたらどうだ?」

「貴女こそ、もう少し脳を働かせてはいかがかしら?4対1で、しかもこちらは全員専用機。この状況では貴女には万に一つも勝ちが見当たりませんわよ」

「あーもう!お前等もうやめろって!っていうかなんでそんなやる気満々なんだよ!?」

「一夏……もう皆聞く耳持ってないよ」

 

 このような状態になっている数分前の出来事を示す。

 先程数分前に、戦闘中のセシリア達の元へ一夏達がやってきた。一夏達はISの通信を使って、3人にしっかり聞こえるよう声を届かせた。

 その結果、3人は攻撃の手を止めて停止。そのまま戦いが止まるかと思ったのだが、ここでラウラが一夏とシャルルの姿を一瞥して、一言。

 

『ようやく姿を見せたか。貴様等もとっとと掛かってこい、この私が4人まとめて叩き潰してやろう』

 

 セシリア・鈴の両名は、カチンと。

 一夏・シャルルの両名は、えっ?と。

 

 結果、先程のようなやり取りになっていったのだ。

 

 ここでついに、堪忍袋の緒が切れた人物が1人。

 

「人を嘗め腐るのも……大概にしろってのっ!!」

 

 繋ぎ合わせた青龍刀を手に携えながら、突進を仕掛けたのは鈴。

 4対1という嘗めプレイを迫られ、魯鈍と罵られた彼女の感情は既に溶岩のように湧き上がっていた。戦闘前で自身の実力と一夏を馬鹿にされて怒りを胸に込めつつ戦っていた彼女であったが、ついに容量を超えてしまったようである。

 

 今までにないスピードでラウラに向けて迫り行く鈴であったが、対するラウラの表情は先程よりも落ち着いていた。

 

「ふんっ」

「しまっ――!?」

 

 疾風のような速さで迫る鈴音が繰り出す斬撃を紙一重で避けてみせると、すかさずAICを発動。停止結界の中に彼女を捉えて、動きを封じてみせた。

 

「鈴っ!!」

 

 動きを止められた鈴音の身を案じ、一夏が一気に加速して接近を仕掛ける。

 

 だが、ラウラは一夏の姿を侮蔑の念を込めながら見やると、動きを止めた鈴音の首を掴んで自分の元へと引き寄せた。

 一夏との間に引き寄せることによって、鈴音の身体を盾として利用したのだ。

 

「なっ!?」

「はっ、やはり動きを止めた……なぁっ!」

「きゃあっ!?」

「ぐあっ!」

 

 仲間を斬り捨ててまで攻撃することなど、一夏には決して出来ない行為。

 そこに目を付けたラウラは、動きを止めた一夏に目掛けて思いっきり鈴を投げつけたのだ。

 衝突し、短い悲鳴を上げながら吹き飛ばされることとなった2人に向けて、ラウラは更にリボルバーカノンの砲口を向けた。体勢を崩した一夏達には、その砲撃を防ぐことは叶わないだろう。

 

「一夏っ!鈴っ!」

「くっ……!」

 

 ラウラの追撃を阻止すべく、吹き飛ばされた2人の元へシャルルが飛び行く。セシリアは砲を持つラウラにレーザーライフルの照準を定めた。

 

 しかしラウラは、一夏達に向けていたカノンを突如両者の中間地点となる地面へと定め直し、砲弾を放射。発射された弾が地面へと衝突し、激しい爆発音と土煙を生じさせた。

 

 2人はラウラの突然の行動変更に、意表を突かされて動きを硬直させた。

 

「えっ……」

「……っ!セシリア、急いで防御を――」

 

 シャルルの勘が嫌な予感を察知したが、それは一足遅かった。

 

 相互の間で立ち込めていた土煙であったが、その流れが一変。異変を起こした場所から、シャルルたちに向かって超高速で突き進むラウラの姿が現れた。瞬時加速だ。

 神速の如き身のこなしでシャルルの傍へと肉薄したラウラは、両の手から放出したプラズマ刃でシャルルの装甲を鋭く深く斬りつけた。

 

「ぐ、ああっ!?」

 

 シールドエネルギーを超えた威力の斬撃が、シャルルのISに絶対防御を発動させる。絶対防御の影響で切り傷を作るまでには至らないが、それ相応の痛みがシャルルの身を駆け巡り、痛々しい声を上げさせた。

 

 シャルルに一撃を見舞ったラウラは、その身に回し蹴りを叩き込んだ。

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを身に纏ったシャルルの身体が、地表で銃を構えていたセシリアへと吹き飛ばされていった。

 

「あぐっ!?」

「きゃあっ!?」

「セシリア!?シャルル!?……てめぇぇぇぇっ!!」

 

 シャルル達が傷つけられた姿を目にした一夏の怒りのボルテージが最高値を叩き出した。

 激昂する心は彼の身を一心不乱に突き動かし、傷つけた張本人であるラウラに目掛けて躊躇なく突撃を行う。雪片弐型の柄を握る力が、溢れんばかりに込められている。

 

 仲間の為に憤る彼の姿さえも、ラウラは鼻で笑ってみせた。

 

「ふん、馬鹿の一つ覚えのように突出するだけ……貴様のような猪が――」

 

 一夏による鋭い斬撃が、ラウラの頭頂部目がけて振るわれる。

 しかしラウラはそれを難なく避けてみせ、懐に入ってきた一夏の腹部目掛けて重い膝蹴りを叩き込んだ。

 

「教官の弟を、名乗るなぁっ!!」

「がっ……!」

 

 鈍器が使われたような重厚な衝撃が、一夏の腹部を大震させる。IS越しだというにも関わらず強烈に伝わってくるその一撃は、彼の思考が刹那の間真っ白になる程の重みであった。

 

「一夏さんに――」

「手ぇ出してんじゃないわよっ!」

 

 少女2人の怒りを灯した声が重なる。

 一夏に続いて復帰していた鈴音と、シャルルに巻き込まれつつもいち早く態勢を立て直したセシリアによるものだ。好意を向けている男性が腹に一撃を入れられているのを見て、彼女達も心静かでいられるわけがなかった。

 

 その姿を見やったラウラは隠すことなく嘲笑うと、肩部のパーツからワイヤーブレードを射出して一夏の腹部へと素早く巻きつける。そしてラウラ自身が後方に下がると同時に一夏を捉えているワイヤーを強く手繰り寄せ、大きく振り回すモーションをとり行う。

 

 一夏の身体がワイヤーの力によって、彼の意志とは関係なく動かされる。ISの装備越しでも十分に応えた打撃で朦朧としていたところを、更にこのような形で振り回され、今の彼の頭にはこの拘束を振り払う手段を算段することが出来ずにいた。

 

 そして、鈴音がいる場所へと振り払われた。

 

「うおぉっ!?」

「きゃんっ!?」

「一夏さ……きゃぁっ!?」

 

 衝突した一夏と鈴音はそのまま弧を描くようにワイヤーの力で振り回されて、対面にいたセシリアへとぶつけられてしまう。狙撃態勢に移っていたセシリアも一夏達の悲鳴に反応してスコープから目を離して注意を欠いて、彼らと激突する隙を晒してしまった。

 

 3人は纏まった状態で放られて地面へと不時着。着地の際の衝撃でバラバラに散らばっていった。全員等しくダメージを負ってしまいIS装甲には多少の傷跡が出来上がっており、シールドエネルギーの残量も大きく減少してしまっている。

 

 もう一度立ち上がるべく一夏が起き上がろうとしたその時、後方から火薬を使用した銃声が迸る。

 一夏がすかさず振り向いた先には、ラウラの武器であるリボルバーカノンの砲撃がこちらに迫り来る光景が。

 

「やべ――」

 

 迫り来る砲弾。一夏は自分達の肉体が爆発に包みこまれる未来を冷たく想像した。

 

 しかし、その予想は良い意味で裏切られた。

 

 一夏達の前で爆発が生じる。

 既に復帰したシャルルが持つライフルガンの射撃によって、ラウラの砲撃は一夏達に届く前に無効化されたのだ。一夏が視線を向けた先では、真剣な表情でライフルを構えているシャルルの姿があった。

 

「みんな……大丈夫?」

「ありがとなシャルル。助かった」

 

 迫り来る危機が去ったことに、一先ずの安堵を浮かべる一夏。

 

 しかし事態はまだ一向に収まっていないということを、ラウラの一声が気付かせてくる。

 

「……くだらない。専用機持ち4人がかりでこのザマか?私が抱いていた期待よりも大きく下回る結果だぞ、これは」

「くそっ、一体どうなってんのよ?さっきまであたしとセシリアは五分五分で戦えてたっていうのに……」

「まだ気付かないか。よもやあの程度の実力で、私の本気を引き出したつもりだったとでも言うのか?」

「まさか、本気でなかったと仰るの……?」

 

 驚愕する4人の反応も、ラウラは当然だと言わんばかりの様子で切り捨てた。

 

「織斑 一夏に加担する雌犬の顔は大方把握している。前回はイレギュラーな存在もいたため不用意に攻撃をすることを回避したが、今回は程度の知れた奴しか出張っていないようだったからな。貴様らと戦えば織斑 一夏も介入してくるのは予測がついていたうえ、寧ろそこを纏めて叩いてしまえば要らぬ手間が省けるというものだ」

「……あたしらをダシに使ったってワケ?」

「4人がかりだというのに、そうして地べたに這い蹲っている貴様らの弱さが罪だ」

 

 一夏、鈴音、セシリア、シャルルの4人は戦慄した。ラウラの圧倒的な戦闘力に。

 数的有利をとってはいたが、誰の心にも慢心は無かった。戦いを止める為に来た一夏も、友である少女達が傷つく姿を見て戦意を露わにさせられた。同様の理由で現れたシャルルも、先に感じていた嫌な予感を信じて事に構えていた。セシリア達は元より、ラウラの高い鼻頭をへし折ってやろうと躍起になっていた。

 誰も、ラウラの力を侮るような真似はしなかった。

 

 しかし彼女の実力は、そんな一夏達の想像を遥かに上回る高さだった。4人相手でもいいと啖呵を切った戦闘途中の姿勢は、虚勢などまるで無い、彼女の実力が裏付ける自信が故の言動。

 

 間違いなく、この場において最も強いのはラウラ・ボーデヴィッヒである。

 皆の意見がそう一致する。普段勝ち気な鈴音でさえもその事実を素直に認めざるを得なかった。

 

「さて、これで私の実力は理解出来た筈だ。雌犬どもとフランス人、今一度だけ機会を与えてやる。今から私がこの男を徹底的に叩き潰す。それを阻まずただ黙って眺めておくならば、貴様らは特別に見逃してやろう」

 

 膝をつく鈴音達と銃を構えているシャルルに向けて、ラウラはそのように言い放った。

 

 それはつまり、この場で一夏を見捨てろということである。

 ラウラが憎むべき対象は本来であれば織斑 一夏という存在只一人。鈴音達にも危害を加えるのは、それは彼女たちが一夏に強く与しているのが理由である。一夏を好意的に見るクラスメイトたちには嫌悪の感情を抱いているが、特に強く彼と絡んでいる目の前の彼女たちに関してはそれ以上に毛嫌いを覚えているのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、といったところであろう。

 

 しかし鈴音達は、ラウラのその提案に頷くような精神と恋心は持ち合わせていなかった。

 

「ざっけんじゃないわよ!あんたなんかに一夏をやらせはしないし、その前にあたしがあんたをぶっ潰してやるっ!」

「わたくしがそのような下卑た提案に従うとでも?百歩、いえ万歩譲っても有り得はしませんわっ。一夏さんを見捨てるような真似は、わたくしの誇りに掛けて決していたしませんっ!」

「僕も2人に同感だよ。一夏は君にやられはしないし……僕がやらせはしないよ」

 

 三者、その表情を強く強張らせながらそのように言い張ってみせた。

 自身の好いた人を裏切るようなことは絶対にしない。3人が抱える共通の認識はラウラの垂らした釣り餌、保身の約束に釣られるような脆さではなかったことが証明されたのだ。

 

「みんな……」

 

 なお、当の本人は彼女達が抱く恋心など全く感じていない模様。恋云々に結び付ける雰囲気ではないから仕方がないかもしれないが、微塵も無いというのも少々考えものである気がする。

 

 そして、彼らの答えを聞いたラウラは……憎々しげに、視界に移る全ての人間を見捉えていた。

 

「ならば、貴様らもこの男の後を追わせてやろう。……先駆けとして散れっ!織斑 一夏ぁっ!!」

「くっ……!」

 

 リボルバーカノンの砲口を向けてくるラウラ。

 危機に直面し、苦々しい表情を浮かべる一夏。

 そんな彼を助けるべく、真っ先に動き出すシャルル。

 シャルルに続いてすぐさま身を起こしだす鈴とセシリア。

 

 5人が一斉に動き出す、緊張が駆ける瞬間。

 

 

 

 

 

 一筋の剣閃が、戦場に加わった。

 

「せあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 裂帛に満ちた掛け声と共に振り下ろされる、片刃の刀。それの切っ先は、ラウラに向けられている。

 

「なにっ?」

 

 ラウラは多からずも動揺を示した。

 敵の接近など、眼前に居る4人以外にはハイパーセンサーで感知していなかった。センサーに不備があるかとも思ったがそういうわけでもなく、何故か接近を許している今頃になってセンサーが別口からの攻撃を捉えはじめたのだ。

 疑問を解決したところではあったが、そんな悠長なことを考えたままでは迫り来る一撃を許すこととなる。

 ラウラは両手のプラズマ刃を交差して、迫る刃を防いでみせた。

 

 そして、皆の視線が新たに加わった人物へと集中する。

 その正体は――。

 

「箒っ!?」

 

 篠ノ之 箒。

 学園支給の訓練機である打鉄をその身に纏った少女が、ラウラに向けて近接ブレード【葵】を振り下ろしていた。その表情はいつになく真剣で、瞳は一直線にラウラを見据えている。

 

 真っ先に彼女の名を口にした一夏も、それ以外の仲間達も彼女の登場に驚愕した。そしてそれと同時に、彼女に向けての不安が一斉に胸中に宿り出したのだ。

 

「バカっ、箒!そいつメチャクチャ強いんだから逃げなさいよ!」

「箒さん!訓練機の貴方では危険すぎます!」

「箒!」

 

 皆が箒の身を案じる。ラウラがどれ程の強大さであるのかは、戦った4人は理解出来ている。4対1で彼女に敵わなかったというのに、専用機よりもスペックに劣る訓練機で戦う箒に勝てる道理は無いと踏み切られている。

 だが、その思案は正しい。今の箒では、ラウラに勝てる可能性は非常に低い。

 

「……貴様、その瞳は何だ」

「……」

 

 刀を防いでいる中でラウラは気付いた。眼前にいる箒がこちらを見つめてくる瞳に、違和感があるということに。

 箒も一夏の仲間であるということは、ラウラにとっては既知の事実。以前の土曜日で一夏に勝負をけしかけた際にも、この少女は他の者達より一歩遅れてやってきていた。今回と同じ打鉄をその身に纏って。

 

 だからこそラウラは、今になって箒が現れたのは一夏と同類の理由だと思っていた。この娘も『仲間を、織斑 一夏を傷つけられて怒る類いの雌犬である』と。

 そして自身に怒烈の感情を向けてくるに違いないと。笑ってやろうと思っていた。

 

 だが、違う。

 箒のその眼は、まるで……。

 

 

 

―――まるで、私を憐れんでいるようではないかっ……!

 

 

 

 強烈な不快感がラウラの胸の内へ押し寄せてくる。

 止めろ。そんな眼を向けるな。弱者風情が。何故だ。

 胸中でどれだけ願おうとも、憐憫の籠った箒の視線が止むことはなかった。

 

 そして、ラウラは耐えきれなくなった。

 この女を……消すと。

 

「目障りだ……去ね」

 

 ラウラの肩部に装っているレールカノンが、ゼロ距離で箒に向けられる。

 

 皆が悲痛な声で箒の名を叫ぶ。

 既に全員立ち上がってラウラを止めるべく駆け出すが、既にカノン砲のリボルバー部分は高速回転と機動音を轟かせており発射まであと僅かだと知らしめてきている。

 シャルルやセシリアも各自の銃器を用いて発射を止めようと画策したが、それも出来なかった。ラウラが箒の身を盾にするような位置取りに調整しているということを、遠く離れた不敵な笑みが語っていた事に気付いたために。

 

「箒ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 一夏は誰よりも早く駆けながら、死に物狂いで手を差し伸べた。

 彼は瞬時加速を間隙挟まずに行えるほどに、その技術を習熟していない。使用の際には機体の状態とある程度の心の準備をしておかないと十分に行う事が出来ないのだ。

 幼馴染みの危機を目の当たりにして、一夏にそれらが出来る筈も無かった。

 

 だから一夏は思考を捨てて、とにかく箒を助けようとその手を伸ばす。

 ただひたすらに、間に合ってくれと切に願いながら。

 

 しかし彼の思いを嘲笑うかのように、リボリバーカノンの機動は進み続けていく。

 そして、その砲口から銃火が放たれる――。

 

 

 

 

 

 ――否、放たれなかった。

 

 その原因は、たった一つ。

 真上の空より、レーザーがリボルバーカノンに向けて数発直撃したから。

 

「なにっ!?」

 

 直撃した部分は、カノン中枢のリボルバー部。先ほどまで激しい機動音を鳴らして動いていた部分だ。

 射撃準備を備えていた部位は突如の衝撃に晒されて、ISがエラーを警鐘。『緊急事態発生。射撃武装部に異常発生、直ちに射撃行動を停止します』という通告が、砲の持ち主であるラウラに伝えられる。

 

 そしてその直後、この場にいる全員の耳に届いた声が2つ。

 

『ヒャッハァーッ!ドイツ女は蜂の巣だぁ!!』

『愚暴な輩めが……その尖れた蛮脳を滅却してやろう』

 

 機械的な女性音声。しかしどちらも語られる言葉の内容は、対照的な心情を示していながら酷く暴力的な罵言であった。

 皆が確認しようと空を見やる直前に、レーザーがラウラ目掛けて再度降り注いできた。ただしその数は先程の非ではなかった。ザッと見30近くの光線が地上に向けて降り注いできている。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしながらもラウラは箒から身を離してその場を離脱する。後方へ飛んだ彼女が先程まで立っていた場所には10数発分の光線が着弾していた。なお、どれも身近に立っていた箒には当たっていない模様。

 一部のレーザーが離脱中のラウラに目掛けて降ってきたが、彼女はそれを手元のプラズマ刃で弾くことによって被害を免れていた。

 

 そしてここで漸く、皆がレーザーを射出した張本人の姿を確認すべく空を見上げる。

 そこに浮かんでいたのは、2匹の猫であった。

 

「あれは……」

「……猫、だよね?」

 

 2匹の子猫が、空を飛んでいた。

 本物の猫が飛んでいたら確実に奇天烈扱いされるだろうが、ISのハイパーセンサーを備えている彼女達は、宙に浮いているアレが動物の猫とは明らかに質感が異なっていることに気付く。

 どちらも全身が機械仕様で、猫なのはあくまで外見のフォルム。2匹とも黒色だが、首元のスカーフの色が赤と青というのがせめてもの相違点である。

 

 2匹の子猫は空から一気に降りてくると、箒の元へと侍った。

 

『箒お嬢様、お怪我はございませんでしたか』

「あ、あぁ、大丈夫だ」

『やったー!ご主人様の命令、ちゃんと守れた!』

 

 眼前より語りかける小動物を模したマシン。箒のことをお嬢様と呼び、先程の刺々しい雰囲気を一切感じさせない物腰で対面してくる。

 

 突然すぎる展開に、箒の頭は処理が追いつけずにいた。だが混乱気味のそんな中でも、箒は理解できたことがあった。

 

「やはり、さっき私を助けてくれたのは……」

『はい。ご主人様の命でお嬢様の身を守るよう仰せ仕りました故に、その使命を果たせていただきました』

「そうか……ありがとう。お前たちのお陰で無事でいられた」

『ははぁっ!』

『有難きお言葉、身に余りし光栄に御座います』

 

 そう言って2匹の子猫は空中で器用に姿勢を整え、箒に向かって頭を下げた。

 

「箒っ!」

 

 一夏達も突然の事態で呆気にとられていたが、落ち着ける時間を貰った各人は、一夏を筆頭に箒の元へと駆け寄った。あっという間に箒の周りは、仲間達によって囲まれていた。

 

「箒、無事だよなっ?怪我なんてしてないよなっ?」

「大丈夫だ一夏。この通り傷一つ無い。……だから、その、そんなに身体をジロジロ見られると私も対応に困るのだが」

「えっ……あっ。す、すまん」

 

 幼少時からの幼馴染が、切羽詰まった様子で問い詰めてきた。怪我した個所が無いか箒の身体を隈なく見回してきたのだが、そこにいやらしい気持ちは微塵も無い。これは本当。

 

 邪な気持ちが無いとはいえ、流石に身体中を見られ続けることに抵抗を感じた箒は、顔を僅かに赤らめながら胸元を腕で隠す。ISスーツは身体のラインをハッキリさせてしまう造りになっているので、露わになった肩や太もも、そして胸の形などがどうしても目立ってしまうのだ。男の子は特に。

 

「一夏……こんな時に女の子の身体を嘗め回すとか……」

「一夏さん、流石にそれはちょっと……」

「うわぁ……」

「怪我の心配をしただけだからな!?そしてシャルルの反応が一番傷つくパターンだからやめて本気で涙が出そう」

 

 そしてこの結束力である。3人の視線がまさに性犯罪者を見るものと同様であったことに全一夏が泣き、全米が笑い泣きした。助平。

 

≪やれやれ……また少年は罪作りをしていたのかい?2つの意味で≫

「いや、罪も何も誤解だから……って」

 

 言い切ろうとした一夏であったが、その言葉を途中で止めた。そしてISのハイパーセンサーで新たに感知されているIS反応の地点を知ると、そこに視線を向けた。

 他の者達も、それぞれIS反応のあるアリーナのゲート口に注目をする。

 

 その場所にいたのは、クラスで唯一の『猫』である彼であった。

 

≪済まないね、どうやら遅刻してしまったみたいだ≫

『テオ!』

 

 黒猫、テオ。

 満を持してアリーナに現れた彼の表情は、いつも通り落ち着いた様子であった。

 

 

 

―――続く―――

 

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