「貴様と私が組む、だと?」
月末に催される学年別トーナメントがタッグ制に変更することが生徒たちに通達された翌日の昼休み。
箒ちゃんは前日に宣言していた通り、ラウラちゃんにタッグトーナメントのパートナーになって貰うように頼みに来ている。昼休みに入った直後に教室を出て行くラウラちゃんの後を追いかけて、廊下で彼女を引き留めることに成功したため、早速提案を持ちかけているのだ。
2人は廊下の真ん中で、向かい合う形で立ち合っている。
「ああ。私とペアを組んでほしい」
ちなみに私はというと物陰からその様子を見守って。近くを通りかかる女の子達が私に気付いているけれど、察して声を掛けずにいてくれている。
私が隠れている理由は、万が一ラウラちゃんが箒ちゃんの言葉に反感を買って暴力に走った時のストッパー役となること。非公式でスタンバイさせてもらっているので、詰まる話、箒ちゃんも私が見ていることを知らない。まぁ私のことはどうでもいいとして。
「貴様、一体なんの心算だ?」
「なんのつもりとはどういう意味だ?」
「言葉通りだ。先日私は貴様を叩き潰すと宣言し、それ以前に貴様の仲間を痛めつけたやったのだ。本来ならば腕の立つ奴を見繕って私に報復を考える方が妥当だろうに、貴様は私と共闘することを提案してきている。これを疑わずしてなんとする」
箒ちゃんからペアの話を持ちかけられたラウラちゃんであったが、その表情はいつもより割増で厳しいものであった。
それもその筈である。昨日の騒動の時点で箒ちゃんとラウラちゃんは完全に敵対する関係となっていた。箒ちゃんは一夏少年達に襲い掛かっていたラウラちゃんに刃を振り下ろしていたし、ラウラちゃんも彼女のことを敵意ある目で睨みつけていた。それどころか宣言もしていた。
そんなことがあっておきながら今2人の間で交わされている話題は、共闘。
ラウラちゃんの表情に変化を齎すには十分な展開だと言えるだろうね。普段から鉄面皮なので、その変化も微々たるものだけども。
「何が目的だ?私に近づく機会を増やして毒盛りを謀るか、織斑 一夏共と連携して裏切りを起こすか……大方そんなことではないか?」
「有り得ないな。そのような下卑た真似は決してしないと、武士の誇りに誓って断言しよう」
「…………」
真摯な態度を崩さない箒ちゃんを、依然として睨み続けるラウラちゃん。箒ちゃん、君は武士じゃなくて巫女でしょ!というツッコミをしたら負けなんだろうか。
ともあれラウラちゃんは箒ちゃんを随分と敵視しているみたいだし、やはり了承を得るのは難しいか。敵として見ている子が味方になるなんて、あの子の性格云々を抜きにしても中々出来ることじゃないだろう。
と思っていたけれど、どうやら事態は私の想像していたものよりも随分と円滑に進んでくれるようであった。
「……いいだろう、貴様の提案を受けてやる」
「受けてくれるのは頼んだ側として有難いが……もっと突っ撥ねてくるものかと思っていたぞ」
「無論、ただで貴様の言うことに従う気は毛頭無い。私からも条件を付けさせてもらう」
そう言うとラウラちゃんは、ピシッと人差し指を立てる。
「1つ目。織斑 一夏は私の得物だ。他の女共はどうでもいいが、奴と私の戦いに水を差すことは許さない。あの男に手出しをしないと約束しろ」
「ああ、わかった」
「そして2つ目だ」
次にラウラちゃんは、人差し指に続いて中指を立てた。
「敗北などするな。私と共闘するというのであれば、半端な実力で挑まれていては不愉快極まりない話だ。誰が相手であろうと貴様が敗北するなど許可しない、敗北したその瞬間に問答無用で貴様をトーナメントから除外させるから、そのつもりで臨め」
「わかった」
「せいぜい露払いとして役に立て。……最後に3つ目」
「織斑 一夏とその片割れを倒した後は、残った貴様を叩き潰す。奴との勝負が終わった後、貴様と勝負をさせろ」
「なるほど、それで私の提案を呑んだのか……」
成程。つまり自分が目を付けた相手と確実に戦える道筋を立てる為に箒ちゃんの話に頷いてくれたというわけか。
一夏少年、セシリア姫、鈴ちゃん、シャル・ガール、ラウラちゃん、そして私。
学園の一年生で専用機を所持している生徒は、私が認識している限りでは6人。あくまで私の現時点での認識なので確定の人数ではないが、専用機持ちとしての実力を持つ子達がこれ程までに控えている。既にペアが決まっている一夏少年とシャル・ガールのコンビやラウラちゃんと戦闘をしていたセシリア姫と鈴ちゃんのコンビ等、専用機持ち同士のペアになれば、その戦闘力は訓練機の比ではない。そんなペアとあたる一般生徒ペアは高確率の敗北を突きつけられてしまうだろう。っていうか大会規定で制約をしなくて良いのだろうか。
そして箒ちゃんも、今は『まだ』専用機を持っていない子だ。1年間の猛勉強や頻繁に放課後の訓練を行っているので他の一般生徒よりも抜きんでて実力は高いが、ペアの実力と対戦相手によっては、敗退の線も考えなければならない。専用機と訓練機というのは、それ程差が大きいものなのだ。真耶ちゃんが以前の授業でセシリア姫達に圧勝していたが、相手がバラバラだったとはいえ非常に素晴らしいことを為しているのだ。さすが真耶ちゃん、強いぞ真耶ちゃん。
とどのつまり、箒ちゃんといつでも戦えるように自分の手元に置いておこうというのがラウラちゃんの思惑である。ラウラちゃんは箒ちゃんのことを気に入らない風でいるようだが、ペアを組むのはまだ許容範囲であってくれているらしい。
「お前の提案は分かった。全部呑ませてもらう」
「ふん、決まりだな。貴様から提案してきたのだから、ペアの申請はそちらで済ませておけ。用件はそれで仕舞いか?」
「ああ」
「ならば私はもう行く。精々足を引っ張らないように気を付けておくがいい」
そう言ってラウラちゃんはクルリと踵を返すと、スタスタと廊下を歩き去っていった。
……さて、私もそろそろお話をするとしようかな。
――――――――――
屋上。
屋外に設置されている貯水タンクの上のスペースに居たラウラちゃんに向けて、私は言葉を掛けた。
≪やぁ、こんにちは≫
「……今度は貴様か」
反応してくれたラウラちゃんだが、その表情はやはり厳しめである。やはり私も一夏少年達の仲間と認識されていることが原因なんだろう。
けどこの位の敵視ならば、野暮用で赴いたサバンナで数年前に出くわした野生の猛獣達と比べたら小さなものだ。子供の癇癪程度のものだから、寧ろ可愛いくらいだ。
私は飛び乗っていた梯子から降りるとトコトコ歩き出し、座しているラウラちゃんの隣に腰を下ろした。
≪さっき廊下で聞かせてもらっていたけれど、箒ちゃんとペアを組んでくれるんだってね≫
「盗み聞きしていたか」
≪あの子が真剣に君と向き合おうとしているからね、親心やら老婆心やらが動いてしまったのだよ。ともあれ、盗み聞きしてしまって済まなかった≫
「あの程度の内容なら聞き盗られていても価値は無い。が、ちょうど貴様から聞き出しておきたいことがある」
≪というと?≫
「篠ノ之 箒についてだ」
ほうほう、まさかラウラちゃんから質問してくるとはね。
「貴様は先程、奴が私と向き合おうとしていると言っていたな」
≪言っていたね≫
「何故だ?私の記憶では奴と出会った覚えどころか名前を識別した覚えすら無い、そんな奴から急に向き合われたところでまるで理解が出来ない。そして……奴が私を見る時の目は、なんだというのだ?」
彼女が現在最も気にしているであろうことが、吐露された。
ラウラちゃんのことを見る箒ちゃんの目が変わっているということは、昨日の喧嘩止めの際にハイパーセンサーで確認済みである。箒ちゃんのあの目が抱いていた感情は、十中八九で憐み。
ラウラちゃんもいきなり自身を憐れむような目で見られたため、あのような対応を取ったのだろう。現に今も、その感情の真意を理解出来ずにいる。
いや、理解出来なかったのはラウラちゃんだけではない。私に次いで付き合いの長い一夏少年でさえも、あの時の箒ちゃんの目は何故なのか分からないでいるに違いない。
その理由を知っているのは、本人である箒ちゃんと事情を知っている束ちゃん……そして私だ。
≪そうだねぇ……≫
私は少々喉を唸らせて考えるそぶりを行い、何を話すべきかを考慮する。
箒ちゃんがあのような目をこの子に向ける理由。間違いなく箒ちゃんは……
≪昔の自分を見ているように感じてるんだろうね≫
「昔の奴、だと?」
≪そう。ちなみに聞いておきたいんだけど、君にとって力とはどういうものなのかな?≫
「決まっている。他を捻じ伏せ、黙らせ、自らの存在を其処に示す為の手段だ。力無き者から真っ先に虐げられて排せられる、それが世の常であろう」
周りを屈服させる、自分の居場所を得る。
ああそうだ。
やはりこの子は、あの時の箒ちゃんに良く似ている。
≪なるほどね……確かに嘗ての箒ちゃんもそんな風になってしまった時期があった。束ちゃんの妹として保護という名目で聴取をし続けてきた政府を疎み、そんな環境に辟易していたあの子にもやがて限界が訪れた。その時にあの子は力を求めた、自分を追い詰める世界への怒り、恨み、辛み……それを正当にぶつけられるための強い力を、無意識にね≫
「それが奴の境遇か。私に似ていると言った割には然したる共通点は見当たらないな」
≪言ったでしょ?君達が似ているのは、目。周りを誰も敵とみなしているような、一匹狼のように鋭く、それでいて寂しい目だ≫
「…………」
私を見てくるラウラちゃんの目が少々険しくなった。
だが私は構わずに言葉を続ける。
≪尤も、箒ちゃんをそうさせてしまった原因は私にもあるんだけどね。自惚れかもしれないけれど、ケジメを付ける為に彼女の道を正させてもらったのも私だけれど≫
「原因が貴様にある?誑かしでもしたというのか?」
≪いやいや、そんなことしないさ。ただ――≫
―――殺されかけただけ、さ。
殺される。日常で聞くには物騒なワードが出て来るとは思っていなかったのか、ラウラちゃんは僅かに目を見開いている。
「殺されかけた、だと?」
≪そうだよ。どこからともなく銃弾がやって来てね、心臓の一端を削るような場所に当たったものだから凄く痛むわ血も出るわで、あの時ばかりは死を覚悟したね私≫
「そんな怪我を負って、何故今も生きている?そもそも貴様が殺される理由が」
≪あぁ、それは私が狙いだったわけじゃ――≫
そこから先を話そうとした時。
昼休みの終わりを知らせる学園のチャイムが鳴り始め、学園の生徒たち全員に午後の授業の準備を促す。私たちのいる屋上にもそのチャイムの音はバッチリ聞こえてきた。
≪おっと、もうお昼休みもお終いのようだね。ラウラちゃんもご飯を食べちゃって、早く教室に戻りなさい≫
話しは変わるけど、この学園の女の子は食が細すぎておじさん心配です。束ちゃんなんてクーちゃんが最初の頃に作っていたゲル状料理や暗黒物質もなんともなく食べていたというのに……ちなみに私は市販のフードで当時は免れてたよ。私も拾ったばかりの命が惜しかった。
「待て、まだ貴様の話を聞き終えていない」
≪今から話すには時間が足りないから仕方がないね。次の授業も織斑先生が担当だから、遅刻するのは流石にマズイのではないかな?≫
「……」
ラウラちゃんはそこで口を閉ざすと、僅かに苦々しい面持ちへと表情を変えた。どうやらドイツのほうでも千冬嬢は大活躍だったみたいだね。色んな意味で。
先程の話はちょっとした裏事情なので、大々的に知られるというのは少々宜しくない。けどラウラちゃんは他のお嬢ちゃん達よりずっと口が堅そうだから、こっそり話しても良さそうだと個人的に判断させてもらっている。といっても、今回はタイムアップになってしまったけどね。おのれチャイム。
さて、私もそろそろ戻るとしよう。他の子達より控えめにしてくれるとはいえ、千冬嬢の愛の出席簿を甘んじて受ける趣味は私には無い。
≪まぁ、機会があったら続きを聞かせてあげるよ。それじゃあ私は先に行くよ、ラウラちゃん≫
「……ふん」
ラウラちゃんは鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。やれやれ、まだまだ彼女の心を開くには至らないか。まぁちょっと話した程度だから仕方ないのだけど。
そうして私は、屋上から去ることにした。
『HARTKEKS』という字の入った小包装を開け、中に入っていたビスケットを一口食すラウラちゃんを残して――。
≪――って、残していけるわけないでしょ。食事の時間を奪った私が言えた義理じゃないけどもっとちゃんとしたものを食べなさい≫
「むぐっ、きふぁま……んく。食事中に声を掛けるな。そもそも貴様には関係無いだろう」
≪もっと栄養のあるものを食べなさいって言ってるのだよ。あぁもう、なんでこの学校の子は食に細い子が多いんだろう。いや、この場合は無頓着なのか≫
「ええい、小言をグチグチとっ。目障りだからさっさと失せろっ」
≪だからもう少し、いやもっと食事にも気を気張ってだね≫
やはりこの子も、なんだかんだ言って放っておけない子のようだ。やれやれ。
―――続く―――
作中ラストで出たHARTKEKSはドイツの戦闘糧食の1種で、固焼クッキーのようなものです。これ1枚を昼食にしようとするラウラェ……。