「うぅ……さっきの一撃が猛烈に響く」
「自業自得だ。流石に私でもあれは擁護出来ないぞ」
≪必読の参考書を電話帳と間違えて捨ててしまっては、ねぇ≫
一限目の授業が終わった後、私と箒ちゃんは自席で項垂れている一夏少年に対して冷ややかに言葉を浴びせた。
一夏少年がこのような状態になっているのも、先程の授業が原因である。
どうやら少年は入学前に読む必要があった、ISに関する参考書を古い電話帳と間違えて捨ててしまったらしく、千冬嬢からきつーい制裁を受ける羽目になったのだ。おかげで授業にはこれっぽっちもついていけず、先ほども言ったが千冬嬢からは出席簿による一撃を食らい、さらには再発行されることとなった参考書を一週間以内に全て暗記しろと申し渡されてしまったのだ。
まぁ箒ちゃんの言う通り、今回の件は一夏少年の自業自得なのだけれどね。是非も無し。
「まったく、捨ててしまったことにすら気付いていなかったとは……」
「いや、まさかあんな分厚い本が必読だなんて思わなかったし……」
≪だとしても、だよ。それに千冬嬢は言ってなかったけど、ISに関する参考書を何の処理もせずに捨ててしまったのだから、反省文の1枚や2枚は覚悟しておいた方が良いかもしれないね。今頃学園の方でも捨てられた参考書の処置を検討しているだろう、万が一に誰かの手に渡ったら面倒だからね≫
「……誠に申し訳ございませんでした」
すっかり一夏少年は反省しているらしく、更にガックリと俯いて机とキスを果たしていた。随分な落ち込みようではあるが、自分の所業と今後の事を想えば妥当な反応だと言える。
まぁともあれ、これで少年も軽はずみにIS資料を捨てるような真似はしないでくれるだろう。反省文と千冬嬢の追加説教は避けられない運命だろうけどね。ウンメイノー。
≪そう落ち込むことは無いさ、少年。分からないことがあれば私も喜んで協力させてもらうから≫
「テオ……本当にありが――」
≪もちろん、可能な限りは自力で覚えてもらうがね。いきなり甘えるようだったら遠慮なくはっ倒すよ≫
「ハハッ、この人手厳しいや」
何を言う、協力するだけでも十分に優しいじゃないか。あと私は人ではなくて猫だ。
そんな風に3人で会話をしている、そんな時であった。
「ちょっとよろしくて?」
私たちの団欒に混じってくる少女が1人。
金髪の長い髪に蒼い瞳。制服はアレンジを加えているようで、ベースがミニスカートである制服はドレスのような長さに仕立て上げられている。袖元も手が加わっているようだが、特に見栄えた特徴はやはりドレス部分か。
パッと見、お人形のような印象を受ける子である。
「んあ?」
「まぁ、何ですのそのお返事は?折角このわたくし自らが声を掛けて差し上げたというのに、声を掛けられただけで幸運だということをもっと理解してほしい所ですわね!」
金髪のお嬢さんは一夏少年の反応が気に食わなかったようで、顔を顰めながら彼に苦言を向けている。
しかし少年は、特に悪びれる様子も無いまま口を開き……。
「悪い。俺、君が誰だか知らないからさ」
「私を知らない!?セシリア・オルコットを、イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしを!?」
更に反感を買うようなことになってしまっている。金髪のお嬢さん――セシリア姫は有り得ない物を見るかのように一夏少年と対峙している。
その光景を見ていた箒は、私に顔を近づけて小さく声を掛けてきた。
「なぁテオ、あのセシリアという者は一体……」
≪ふむ。オルコットの名前は聞いたことがある、確かイギリスの名門貴族だった筈だよ。名門貴族ともなればISの搭乗優先度は一般人よりも幾分か高い筈だから、代表候補生として名乗りを上げるのも納得だね≫
もっともIS学園関係者でもない一般人ではたとえ女性でもISに乗れる機会は訪れないだろうし、彼女は与えられた機会を見逃さずに勝ち取ったということになるだろうね。例え貴族だからといって乗ることが出来ても、生半可な操縦レベルでは代表候補生として名を馳せることは出来ないだろう。その辺りについては、彼女がどれだけ努力を重ねたのかが窺える。
ちなみに箒ちゃんは束ちゃんの妹という立場だけど、入学までISに乗る機会が何度かあったけどどれも切って捨てていたらしい。その代わり、知識は十分頭に叩き込んで来たそうだ。
すると、一夏が私に対して声を掛けてきた。
「なぁテオ」
≪なんだい?≫
「代表候補生って…………なんだ?」
その瞬間、箒ちゃんやセシリア姫だけでなく周囲にいたクラスメイトたちまでもがズッコケてしまった。やっぱり周りも気になっていたのね。
どれ、今回は少年の助けになってあげようではないか。
≪やれやれ。ちょうどいい、少年よ。先ほどの授業で使ったデータから検索を掛けて見なさい、代表候補生とね≫
「おう、分かった」
そう言って一夏は机のモニターに触れると、何度か画面を指で触って動かしていく。
ある程度動かしていると、一夏は私が指示した物を見つけたらしく『おっ』と軽く声を漏らした。
「見つけたぜ。これでどうするんだ?」
≪代表候補生というワードが資料の中に入っていただろう、その単語を長押しするとその言葉の詳細が閲覧できるようになるんだよ≫
「へぇ、どれどれ……」
【代表候補生】
代表候補生とは、IS所持国家各自において自国の判断によって取り上げられるIS操縦者の代表者【国家代表】の候補員として席を設けられた者のことを指す。
国家代表、代表候補生。双方ともIS操縦者に対して十分なIS知識とIS技術を要求しており、名を得るには生半可な鍛錬及び勉学では決して叶うことは出来ない。IS操縦者としておおむね満足のとれるレベルに達して、初めてそれらの名を得る機会が与えられる。
また、代表候補生に対しては基本的に【専用機】の所持が容認されている。
……といった内容が、一夏の机の画面に表示されるようになった。
「へぇ~、ISの設備ってかなり充実してるとは思ってたけど、こんなことまでできるんだな」
≪私も入学の際に千冬嬢に教わってね、教員の数も限られているし個人で自主学習できるための配慮なのだろうね。まぁそこに載っている通り、代表候補生とは国家代表の卵、いわゆる優等生というやつだよ≫
「そう、その通りですわ!優等生、つまりは数多くの者達から選ばれたわたくしはエリートと呼べる存在!そんな超エリートなベジータ様、ではなくわたくしと同じクラスになるというだけでも、奇跡と呼ぶに相応しいのですわ!その辺りをもう少し自覚していただけませんこと?」
そう言ってセシリア姫はジト目でズイッと一夏の元に顔を近づけた。あれほどの美少女が迫っているというのだが、対する一夏少年の反応はいつも通り。
「そっか、それはラッキーだ」
「……馬鹿にしていますの?」
セシリア姫の眼光が刺々しくなる。一夏少年の返答が気に食わなかったという事がよく分かる反応だ。
まぁ、一夏少年はビッグネームを背負った千冬嬢の弟とは言え、生まれ育ちの境遇にはセシリア姫のような貴族は関わってこなかっただろう。だから貴族階級の感覚はまったく理解できていないとみていいかもしれない。
さて、もう少し二人のコントを見ていたかったがそろそろ時間か。
≪横から失礼させてもらうよ、ご両人≫
「テオ?」
「あなたは……お猫さん?」
私が言葉を挟むと、飄々としていた一夏少年と彼をきつく睨みつけていたセシリア姫は揃ってこちらに顔を向けてきた。
私はそのまま言葉を続ける。言葉を向けた先は、セシリア姫だ。
≪先ずは私の知人が君の反感を買うような真似をしてしまって申し訳なかった、セシリア・オルコット嬢。ここの彼はどうにも育ちの関係で英国の文化には疎くてね、加えて慣れない環境で少々緊張しているのだ。次の対話では出来る限り君の居心地を悪くするような言葉を選ばぬよう、私の方で英国のマナーを教授させておく故、この場は君の寛容さを以て仕舞いとさせてもらえないだろうか?予鈴もそろそろ鳴るだろうしね≫
と、私が言葉を締めくくった瞬間にチャイムが鳴った。次の授業の開始合図だ。
「え、えぇ……わかりましたわ。色々と思う所はありますが、この場はこの紳士的なお猫さんの対応に免じて引いて差し上げます」
≪寛大なる処置に感謝するよ、オルコット嬢≫
「……そこいらの男性より遥かに出来ていますわよ、このお猫さん」
長生きして経験を積んでいるのは伊達ではないからね。
セシリア姫はフイッと顔を背けると、踵を返して自分の席へと戻っていった。予鈴に逆らって席から離れたままでは、千冬嬢の制裁が下るから仕方がないね。
「テオ、私たちも席に着こう。では一夏、また後でな」
「あぁ。テオもさっきはありがとな」
≪なに、気にしなくてもいいさ。君は次の授業に一生懸命ついていくことを考えていなさい≫
「うっ……」
苦笑いを浮かべる一夏少年を背に、私と箒ちゃんは自分の席へと戻っていった。
ちなみに私の席は箒ちゃんの前にあって、こじんまりとした机椅子を用意されている。本来であれば生徒には先ほどの一夏少年と同様に立体モニター付きの机椅子が用意されており、わずかではあるが予備で同じものが後方に設備されている、これは万が一転入生が現れた際に数に困らない様にするための対策だ。
だが私は猫だ。物書きが出来ないから彼等のような無駄に大きな机を貰っても昼寝をする以外に利用価値が見つからないので、最新素材仕様を使っている皆とは違ってごく普通の机椅子を使用させてもらっている。
そもそもこの学園で学ぶ内容は殆ど束ちゃんの傍にいた時に学んでいるから、要らないという。私は一夏少年と箒ちゃんの指導と交流を束ちゃんから依頼されて来ているんだし、学業に関してはそれなりの余裕を持っていなければならないからね。
……それなり?
「ところでテオ」
≪なんだい?≫
「先程のセシリアへの対応は、どこで学んだのだ?」
≪束ちゃん達と一緒に見たアニメ≫
案外、アニメというのも馬鹿には出来ない。人によっては知識を吸収しやすい手法になるし、情報誤差を見極めれば娯楽を感じながら沢山の知識を得ることが出来るからね。
余談で束ちゃんは好き嫌いが激しいけど好きなアニメはとことん好きだったし、クロエお嬢ちゃんは執事やメイドが活躍するアニメが好きだったかな。それを見て自分の作法に取り入れようと頑張っている姿は可愛いの一言に尽きる。
――――――――――
その後の授業に於いて、真耶ちゃんからクラス代表を決めるという話が上がってきた。
クラス代表というのは名前の通りで、クラスに関係する雑用やらなんやらを請け負ったり、クラスから選出された者として特定のイベントに出場したり等、幅広く行動をする立場にあるのだ。
まぁ所謂責任者と言うか、面倒な役だ。
真耶ちゃんは意見を生徒たちから聞く前に、私がクラス代表になることは出来ないという旨をクラスの子たちに伝えてくれた。何せ私は猫なので、人間だからこそ出来る業務等が発生すれば私はてんで役に立たなくなってしまう、筆記とか運搬とか。
そのことを真耶ちゃんから説明されたクラスのお嬢ちゃん達は、一部残念そうな表情をしながらも納得はしてくれた。やっぱり、私を代表にする気だった子がいたのね。
まぁ、その代わりに補佐として立ち回ることになってしまったが。発案者の千冬嬢も、私のIS歴を承知しているからそういうことにしたのであろう。年寄りは若者の道標になれ、と。
そしてクラスの皆が推薦したのは、一夏少年だった。
しかし、それに対して大いに不満を漏らす子が一人だけいた。先程のセシリア姫である。
姫は一夏少年がクラス代表になることを強く反対し、そこから少年がクラス代表に相応しくない、自分がクラス代表になるべきだと力強く主張し始めた。言葉の中には日本のことを侮辱するような発言もあって危なっかしかったが、彼女の弁は一人の言葉によって打ち止められた。
千冬嬢だと思った?残念、一夏少年でした!
そこから二人は何度か怒りを帯びた言葉をぶつけ合うと、一触即発の空気を漂わせながら睨み合いを行った。日本を侮辱したセシリア姫と、それに対抗してイギリスを侮辱した一夏の間には、火花が弾け飛ぶ光景すら見えそうだった。
二人の雰囲気に気圧されてあわあわと狼狽える真耶ちゃんを横に、千冬嬢はそんな二人に対して提案を行った。
「ならば二人で決闘をやれ。日にちは一週間後、場所は第3アリーナ、勝った方がこのクラスと代表となる。それで異存は無いな?」
千冬嬢の提案に対する二人の反応は、悪くは無かった。
寧ろどちらも戦うことに関しては賛成のようで、お互いにいやらしい笑みを浮かべている。
「構いませんわ。もしも手を抜くようなことをすれば貴方を小間使い、いえ奴隷にしてさしあげますわ!」
「あぁいいぜ。真剣勝負に手抜きなんてしないし、絶対に勝ってやるけどな!」
若い者同士が競い合う姿はいつ見ても青くて見守り甲斐がある。一夏少年は元から熱い性があったけど、セシリア姫もああ見えてなかなか情熱的とみた。
おっと、そう言えば千冬嬢に聞いておきたいことがあるんだった。
≪織斑先生、少しよろしいですかな≫
「なんだ、テオ」
≪一夏少年のISについてですが、恐らく専用機が支給されるのではありませんかね?あくまで小耳に挟んだ話ですが≫
「(……束か。一体どこから嗅ぎつけて来たんだか)」
ほんの僅かだけど、千冬嬢が顔を瞬間的に顰めたのが見えた。彼女の頭に浮かび上がった人物は……まぁ言わずもがなあの子だろうね。流石束ちゃん、略してさすたば。
「あぁ、そうだ。支給されるのは今日からちょうど一週間後、お前たちの決闘の日に倉持技研から送られてくることになる」
≪そこで1つ提案なのですが……2人の決闘の前に、前座として私に彼等とそれぞれ試合をさせてもらえないでしょうか≫
「ほぅ……一応理由を聞いておくとしようか」
千冬嬢は面白そうに口元を綻ばせて、私の言葉に耳を傾けようとしている。
彼女ももう私の思惑を理解しているだろうが、ここにいるみんなに説明しろということだろうね、この笑みは。
≪少年に専用機が送られるという事は、恐らく最初は
「最適化処理?初期化?一次移行?……地球の言葉か?」
「お前は黙って聞いていろ。テオ、続きを話せ」
≪了解。そこで一夏少年とセシリア姫が戦う前に、私が一夏少年の一次移行を終了させるまでの試合を行います。もしも運送遅延が発生した場合と、少年の戦術が私の試合でセシリア姫に知られることを踏まえて、姫も同様に私と試合を行い、互いに相手の戦術を知ることが出来るようにする。これでフェアとなるでしょう≫
「なるほどな。私はアリーナの使用時間を調整するだけだから構わんが、お前達はどうする?」
「わたくしはお猫さんの提案でも構いませんわ。何の準備も出来ていない者から勝利したところで、何の自慢にもなりませんもの」
「俺はよく分かんないけど……テオがそうした方が良いっていうことなら、それでいいぜ」
こうして、一夏少年VSセシリア姫の前哨戦として私が二人と試合を行うこととなった。
今の若人がどれだけ頑張れるか、不肖ながらこの老猫が見極めさせてもらうとしよう。
―――続く―――