◇ ◇
朝方、午前7時頃。
「学園長、更識です。件の報告に来ました」
数回のノックの後に発せられる、少女の言葉。
明るい水色という派手な髪色を持ち合わせており、所々の毛先が外側にはねているがアンバランスな印象を感じさせないように整えられている。ルビー色の瞳は一切のブレもなく然と収まっており、明朗な雰囲気の微笑を浮かべている少女の持つ自信と余裕の表れを彷彿とさせる。
首元のネクタイの色は黄色。これは今期IS学園生徒の2年生であるということを意味するカラーとなっており、織斑 一夏たち1年生は青色、3年生は赤色と区別されている。ちなみに前期は紫色、来期は緑色と言った具合に数年後のカラーリングもある程度定められているのだ。
制服は大幅な改良こそ施されていないが、大半の生徒が着用している制服の上着を着ずに学園指定のシャツと薄緑色のベストで済ませている。また、下半身は赤黒色のストッキングを穿いている。
彼女が叩いた扉のプレートには、学園長室と表記されていた。
「あぁ、更識くんですか。入ってきてくれていいですよ」
「はい。失礼します」
中から男性の声で許可が下されると、少女はドアを開けて中へ足を踏み入れていく。
彼女の名前は更識 楯無。現IS学園生徒会長にして、『IS学園最強』の肩書を背負う者である。
彼女が室内へ入ると、中で出迎えてくれていた人物が1人。
IS学園の真の学園長である轡木 十蔵であった。彼は奥の椅子にゆったりと腰を下ろしながら、両肘を机にたてている。その顔には柔和な笑みが浮かべられており、入室してきた楯無を快く受け入れている旨を感じさせる。
更識も同様に微笑みを返すと、そのまま進んでいく。
そして轡木と対面できる位置にまで近づくと、そこで足を止めた。
「1週間ぶりですね十蔵さん。私がいない間にアリーナに無人機ISの侵入とかはありませんでしたか?」
「はっはっは、幸い同じ轍を踏むような事態には至っていないので安心してください。更識くんの方こそ、5泊6日のフランス生活はいかがでしたか?」
「そうですねぇ……やはり本場のフレンチは格別でしたよ、期待以上の美味しさで凄く満足しましたし。ただ向こうのお水が硬水仕様らしいので、お風呂に気を配らないといけないのがちょっと難でしたね」
楯無の口から語られるは、フランスでの生活についての感想。
IS学園の生徒である彼女が、未だ夏休みにも入っていない今の時期にそのような話題を取り上げるのは、事情を知らない人が聞いたら訝しく思うであろう。いくら世界で話題になっているIS関係の教育施設における生徒会長とはいえ、この中途半端な時期に海外出張を思わせるその台詞は。
だがその理由も、間もなく明かされることとなる。
「それじゃあ、私が経費をギリギリまで使ってエンジョイしたフランス旅行物語と依頼の報告、どっちをお聞きになりますか?」
「そうですねぇ、土産話も話の種として聞きたいところですが先ずは報告から聞かせてもらいましょうか」
「ですよねー。はぁ、裏仕事さえなければ思い出話一択になって私も楽しくお喋り出来るのに……」
「これも対暗部用暗部組織である更識家の宿命ですので、割り切ってください」
「救いは、救いは無いんですか!?」
「経費をギリギリまで使って空き時間で楽しんだようなので、救いも何もないでしょう」
そんなおちゃらけたやり取りの後に、楯無は漸く本題に移っていった。
彼女の実家である更識家は、裏工作を行う暗部を処理するために江戸の時代から在り続ける対暗部用暗部組織。国の政治の裏側に澱む不穏な動きや不審人物などを主な処理対象として秘密裏に活動し続けた、裏の組織。幕府設立直後の徳川征夷大将軍の暗殺計画、歴代首相からの政権奪取を目論む派閥の調査と牽制、国家間で不正に行われる裏取引の実質的な妨害工作など、その活動範囲は多岐に渡る。多くのの活動は政府が処理したと表向きに報せられているが、キナ臭い政治事情の件については、更識家がほぼ確実に関与している程である。
そして此処にいる彼女は、その暗部組織の現17代目当主なのである。ちなみに『楯無』という名は初代から受け継がれ続けた襲名であり、彼女の本名は別に存在している。尤も、彼女の真の名前を知っている者はこの学園内では指で数える程度しかいないのだが。
さて、そんな彼女が先ほどフランス国の感想を述べていたのは、彼女がIS学園から依頼された任務を遂行するために仏国へ赴いていたからである。
昨今のデュノア社の内部事情調査。それが、楯無に課せられた任務であった。
「ではまずシャルル・デュノアに関する件から……といっても、もうこれは確定してたようなものでしたから言う必要はありませんよね?」
「ええ。やはり彼女は男装をして潜り込んできた女の子でしたか」
「はい。デュノア社の現社長の家系図や愛人関係を調査させてもらいましたけど、デュノア社長に兄弟はいないので甥を使うようなことも無理でしょうね。まぁ使ったところでISを動かせなければ本末転倒ですけれど」
「男性でISを稼働できるのは、織斑 一夏くんただ1人……テオくんもオスなので、正確には1人と1匹ですかね」
そう言って朗らかに笑ってみせる轡木。
その様子に微笑を返しながら、楯無は続きの言葉を語り出す。
「ではここで十蔵さんにご一報。シャルルくん……もといシャルロット・デュノアちゃんは確かにデュノア社長の娘で間違いありません、が」
そこまでで区切ると、楯無は再び息を吸ってから言葉を発した。その様子は、まさに次の言葉を強調させるかのような用法であった。
「現デュノア夫人とは血が繋がっていないようですね」
「ほぅ、それはそれは」
「国内の産婦人科をザッと調べさせてもらいましたが、現デュノア夫人がシャルロットちゃんを出産した記録どころか夫人の通院記録すら残っていませんでした。他にもシャルロットちゃんの血液型が社長と夫人の血液型では不可能な結果になっていたりと、裏付けはかなり簡単に出来ましたよ」
「成程、ではシャルロットさんは……」
「デュノア社長の愛人の子、ですね」
そう言って楯無は、懐から1枚の写真を取り出して轡木の前に差し出した。
その写真には、シャルロットの面影を感じさせる幼い少女と寄り添っている美麗な女性の姿が収められていた。2人とも楽しそうに微笑んでおり、とても幸せそうにしている。
「母親は病気で2年前に逝去、その後すぐにデュノア社長がシャルロットちゃんを引き取ったらしいです。IS適正の高さを買って、非公式のテストパイロットとして誰の目にも触れさせずデュノア社で勤務させていたと」
「直近に置くことで愛人関係の漏洩を阻止するためか、それとも純粋に娘を守るためか……」
「本人に直接聞かないと、その辺りはなんとも言えませんね」
ただし、どのような待遇を受けたか話に聞いた限りでは、後者の可能性は大分低いだろうということを楯無は口にしなかった。それはあくまで自身の憶測であり、報告するに値しないものと判断したためである。
引き続き楯無は、自身が調べ上げたデュノア社の近年の状況を報告していく。
デュノア社のIS開発について。
ヨーロッパで現在話題となっているイグニッション・プランにおいて、フランスはトライアルに参加する可能性が低く見積もられている。国内のIS企業は他より遅れている第3世代機の開発に勤しんでおり、デュノア社もフランス国内IS企業の一角として、削減された予算を遣り繰りしてISの開発に尽力している。
実を言うと、デュノア社は第3世代機の開発を政府から期待されていない。先程デュノア社の予算がカットされたと言っていたが、カットされた分の予算は別のIS企業の中でも有力な企業へ移されている。かつてデュノア社が後期第2世代型の【ラファール・リヴァイヴ】の開発に力を注いでいる最中、それを見越していた一部の企業が先んじて第3世代型の開発に手を出し始めていたのだ。それでも他国よりやや遅れが見られてしまうが、圧倒的データ不足のデュノア社よりは可能性があると政府に目を掛けられたのが、デュノア社の予算を一部手に入れた企業と言うわけである。
だが、そんな事情が潜んでいるとはいえ、何故かデュノア社の開発ペースが殆ど速まっていないのだ。政府からは期待の外とされ、貴重な予算を削減されてと不遇な扱いを受けているのも事実だが、それでもデュノア社には何百人という社員が勤務している。ここでトライアルの参加を得られなければ、デュノア社は最悪潰れるか、良くても規模縮小を経て他企業に吸収される。どちらにせよ、ここで挽回せねば多くの人間を路頭に迷わせることとなるのだ。
焦るべき状況。だというにも拘わらず、デュノア社は不気味なくらいにペースを保持している。
デュノア社は、デュノア社長は一体何を考えているのか?
「……という感じなんですけど、ここで怪しーい人物の接触が社長と夫人の近辺でありました」
「怪しい人物というと……件の第3の介入者ですね。何か詳細は得られましたか?」
「すみません……密会が終わって跡を付けようとしたのですが、撒かれてしまいました」
そこで楯無は、申し訳なさそうに苦々しい表情を浮かべて頭を下げる。
「逃げられた……貴女がですか?」
「はい。途中までは何事もなく追っていたのですが、いつの間にか私の追跡を察知して都内の路地に逃げ込み、姿を晦ませてしまいました。深夜で視界も悪くて、フランスに来たばかりの私には難しい道ばかりを選んで……いえ、どれだけ言い繕っても言い訳にしかなりませんね」
「ふむ……」
視界の悪い場所における、圧倒的な土地鑑の差。
恐らくこれが楯無と不審人物の追走劇に終止符を打った要因となったのであろうと、轡木は内心で思った。どちらにせよ敵側は油断ならない人物だと、警戒を緩めることをせずに。
「その人物の特徴は分かりますか?」
「髪の色はピンク、ウェーブが掛かったロングヘア。メイド服の様な黒のゴシックドレスを着た女性でした」
「……随分と特徴的ですね」
轡木は楯無から言われた特徴を脳内で組み上げて想像してみるが、中々に個性的な人物像が完成してしまったようである。
取り敢えず、市井に出れば間違いなく注目を浴びる姿であることは間違いないだろう。
「取り敢えず後ほどその人物の人相書きを提出するつもりですけど、顔つきまではハッキリわからなかったので、全体像が主になってしまいますがご勘弁ください」
「構いませんよ。出来上がったら私に提出してください。フランスへの情報提供は頃合いを見て私が行いますので」
「宜しくお願いします。それじゃあ次の報告ですけど……」
そうして楯無は、別件の報告に移っていった。
――――――――――
場所は大きく変わって、フランスへ。
とある州内の郊外寄りに建てられた、大型ホテルの一室。
室内に備えられている高価なベッドの上に仰向けで寝転がって、手持ちのスマートフォンを弄っている1人の女性の姿がそこにはあった。
ウェーブの掛かったピンク色のロングヘアに、黒いゴシックドレス。今頃日本で更識 楯無がIS学園の学園長に報告している不審人物の特徴と、合致している。
否、そも、その不審人物がまさしくこの女性なのだ。
通常の女子高生よりも若干年上な印象を感じさせる顔立ちで、身長やスタイルも程良く整っている。美少女という言葉を与えるに十分な美貌を持っており、モデルとして立つ道もあり得る程である。
「…………」
何も喋らずスマートフォンを弄っていた女性であったが、その手に突如振動が奔った。
彼女の持っていたその端末が、電話が来ている事を報せるべくバイブレーションを始めたのである。
女性は液晶画面に浮かび上がった通話ボタンをすぐにタップし、耳元にあてがった。
その液晶に浮かんでいた連絡先は、『スコール・ミューゼル』だった。
「はい、こちらロゼです」
『はぁいロゼ。暫くフランスに滞在してるけれど、ご機嫌いかがかしら?』
「そうですね……」
女性―――ロゼはそこまで言いかけると、耳に端末をあてながらスクッと身を起こした。
そして僅かに眉間に皺を寄せながら、再度口を開いた。
「反吐が出そう、とでも言っておきましょうか」
『あらあら、相変わらずね貴女も』
「ええ。今回の任務に私を推薦させやがったクソッタレヤローの帰る場所を燃やしてしまいたいくらいにフラストレーションが溜まっています」
『……言っておくけど、私じゃないわよ』
「知っています」
じゃあさっきからミシミシ聞こえてるからやめてちょうだいよ……という通話先の独り言が聞こえた気がしたので、ロゼは仕方なく端末に込めていた力を弱める。
取り敢えず、ストレスのはけ口として犠牲になるスマートフォンの未来は回避できたようである。
「正直、私は美味しい所だけ貰っていければよかったんですけどね。こ ん な と こ ろ で下準備なんかせずに、どっかのヤローが用意されたものを利用させてもらう感じで」
『面倒事、厄介事を避けたいのはみんな一緒よ。だけどねロゼ、大人っていうのはそういうのもちゃんと逃げずに受け止めていかないといけないことだってあるのよ』
「……」
電話口の相手―――スコールの窘めるような語りかけに、ロゼは口を閉ざす。
今回ロゼが【亡国機業】より与えられた任務は1つ。
『デュノア社に発破を掛け、フランスのIS情勢に打撃を与える』こと。
デュノア社が数年前にラファール・リヴァイヴを完成させ、それが量産型ISのシェアの第3位を獲得していることは亡国機業も当然知っている。そして開発に成功したは良いものの、その後に訪れた第3世代機開発の波に大きく遅れを取ることになってしまい、他国のIS企業はおろか国内の有力企業にすら開発が追いついていない現状となっているのも知っている。
そこに目を付けた亡国機業は、一計を画策したのだ。遅れ気味とはいえフランス国のIS開発の一角を担っているデュノア社に犯罪事を行わせることによって確実に潰し、IS学園への男装入学を見過ごしたフランスに対して負荷を背負わせる策略を。
そしてその適任者として選ばれたのが、このロゼなのである。
「そうですね……失礼しました。私は責任感の無いゴミクズに成り下がるつもりは無いので、今後は意識を改めるとします」
『物わかりのいい子は好きよ。……もうオータムってば、こんなことでヤキモチ妬いてしてどうするのよ、ほらいいから……。あぁ、ごめんなさいね電話の途中に』
「いえ、そっちも相変わらずのようで」
『あら、あなたも妬いてくれるのかしら?』
「別に」
『そう、残念ね』
電話口から聞こえてくるトーンは全く残念がっていない様子であったが、同性愛に興味の無いロゼは特に追求する気も起こさなかった。
その代わり、ロゼは別のことに興味を向けていた。
「それはそうとスコール、ドイツの件はどうなっていますか?」
『上々ね。貴女が良い塩梅で素性をチラつかせながら動いてくれているお陰で、こちらも何事も無く進められそうよ』
「そうですか。それは何よりです」
それを聞いた時には既に、ロゼの眉間に寄っていた皺は無くなっていた。
分かる人には分かるかもしれないが、声も僅かに紅葉している様子が感じ取れる。かなりの微差なので、彼女の事をよく理解していないと解りそうにないほどの変化である。
なお、電話口の相手はその変化に気付けた模様である。
『あら、貴女が毛嫌いしているのはフランスだけじゃなかったかしら?』
「私が嫌いなのは女尊男卑でいい気になっている雌豚共と、そんな連中の言いなりになってるフニャ○ンヤロー共とフランスです。特にフランスは生理的に受け付けたくないくらいに嫌なので、飛び抜けて嫌です。言っていませんでしたか?」
『貴女、自分のことをあんまり話さないじゃない』
「言えと言われていませんし、言うほどの価値もありませんから」
『私も人の素性を根掘り葉掘り聞くような趣味も無いから特に言わないけど……まぁいいわ。特にそちらで困ってることは無い?』
どうやら、スコールの話したいことは大方済んだようである。結局、何を目的に電話をしてきたのかロゼには分からなかったが。
「いいえ、何事も無く。不備があればこちらから連絡を入れます」
『そう、ならいいわ。それじゃああんまり夜更かしさせるといけないからそろそろ切るわね。バァイ』
「ええ、お疲れ様です」
そこでロゼは耳元からスマートフォンを離し、画面をタップして通話を終了させた。
スコールに言われたからではないが、そろそろ眠気がやってきたのでロゼは素直に眠ることにした。スマートフォンに充電器を繋げてデスクに置き、自らはベッドの中へと身を埋める。
首元に掛けられたロケットペンダントを、強く握りしめながら。
―――続く―――
というわけで、今回登場したオリキャラ『ロゼ』について簡単なプロフィールを。
【名前】ロゼ
【姓】女
【年齢】19歳
【一人称】私
【二人称】・あなた、そちら(親しい間柄、知り合い)・テメー(嫌いな相手)
【髪の色】ピンク
【髪型】全体的にウェーブの掛かったロングヘア
【服装】黒色のゴシックドレス(丈は足元まで)
【体格】身長164cm 体重44kg
【キャラクターモデル】『八犬伝』より『浜路』
【特徴】
亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』に所属している。
変装術に長けており、裏工作を主に活動内容としている。変装のバリエーションは本人も把握しきれていないほどに豊富だとか。
表情はあまり動かず、変化に乏しい。口元の僅かな笑みや眉間の皺などが基本的な判断基準となっている(スコール談)。対人に於いては敬語を中心に会話を行うが、所々に『ヤロー』や『クソ』などの乱暴な言語が使われており、自身の嫌っている条件を満たす者や相当気に食わない事をした人間に対しては辛辣な態度を示す。
とある事情でフランスと女尊男卑の世界を毛嫌いしている。特にフランスに対する憎悪は一際大きい。
敵側にはオリジナルの敵が3人用意されていますが、その内の1人を登場させることが出来ました。今後もエムやオータムと同様に悪役として活躍してくれる事でしょう。
ちなみに私はフランス嫌いじゃありません。今話を書くうえで調べものをさせてもらいましたが、普通に観光してみたいとも思いました。フランス語喋れないけど。
とはいえフランスを毛嫌いしているキャラが登場したので、今回から念のためアンチ・ヘイトタグを追加させていただきます、念のため。