篠ノ之家の猫はIS搭乗者(全話修正中)   作:たいお

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第37話 怪しげな動き アリ

 

◇   ◇

 

 現在、私と一夏少年は2人きり、もとい1人と1匹っきりでアリーナの一角を歩いている。一夏少年がトイレに行きたくなったということだったので、私は道中の彼の話し相手となるべく同行することになったのだ。

 

S学園内の男子トイレは3か所しか設けられていないが、各アリーナに関してはそれぞれの更衣室に隣接させて1か所ずつ設置している。なのでわざわざ学園に戻ってトイレに向かう……ということを一夏少年はしなくても良いのだ。流石に此処から学園のトイレまで尿意に耐えながら行けというのは酷な話だろうね。

 とは言っても更衣室まで多少の距離があるのは紛れもない事実であり、今日は普段と違って授業の合間の休憩時間に急ぎ足で行くような、余裕の無さは一切ない。今回の大会は一般的なトーナメント形式で進められているため、試合の消化ごとに次の自分の出番までの間隔が短くなるが、それでも十分に時間は与えられる。

 要は、道中が寂しいから話し相手が欲しかったという一夏少年の要望を私が叶えただけの話である。ちなみに今は用を済ませて会場に帰ろうとしているところだ。

 

≪少年の次の試合は……箒ちゃんとラウラちゃんのペアだったね≫

「……ああ」

 

 やたらシリアスな会話が展開中。

 いや、ちゃんとこの前には楽しく雑談してたんだよ?どの試合が見応えあっただとか、箒ちゃんの活躍が眩しくて感激したとか色々と。ただ単に今この話題に触れてしまっただけで。

 

 少年は箒ちゃんがラウラちゃんを気に掛けるようになった理由を、未だハッキリと理解していない。少年も何度か箒ちゃんに直接訪ねようとしたのだが、醜い過去の自分を意中の相手に軽々と話したくはない……という理由で箒ちゃんも答えるのをはぐらかしているのだ。勿論、本人が躊躇っているのに私から教えるような道理は無いので、少年から尋ねられても『私からは答えられない』の一点張りで通させてもらっている。

 少年には申し訳ないけど、箒ちゃんが自分から言えるようになるまで待っててあげて欲しい。おそらく、そう遠い話ではないだろうけれど。

 

 そして少年は、箒ちゃんが気に掛けているラウラちゃんに対して複雑な思いを抱いている。転校初日から妙な威圧を掛けられたり、シャル・ガールとの練習中に襲い掛かって来られたり、仲間の鈴ちゃんたちに襲撃を掛けてきた際、それを止めるために鈴ちゃんたちの加勢をしたが圧倒されたりなど、敵対的な行動が非常に目立っている。

 仲間に手を出したことは許せない。しかし自身の幼馴染みの1人から敵意とは違った目で見られ、自身の姉を崇敬とも言える程に慕っている。それらの要素が絡み合って、彼女のことをどう見たらいいのか、少年はそこに迷っているのである。

 

 しかし、未だ抱える迷いの中でも、確かに宿らせている思いが少年の中にはある。

 

「箒のこと、ラウラのこと……まだ色々分からないことがあるけど、まずはあの2人に勝たないとな」

 

 戦う以上は、勝利するのみ。

 大和男子の如き思念を持ちながら、一夏少年はそう意気込んでみせた。

 

「もちろん、その後はテオにも勝たせてもらうからな。ちゃんと待っててくれよ?」

≪ほほう、随分と自身満々だね≫

「今回はタッグバトルだからな。俺自身はまだまだ強いと言い切れないけど、シャルルと一緒に頑張れば、テオに勝てる可能性だって少しは出て来るだろ?」

≪ふっ……なら、のほほんちゃんと一緒に重々気を払っておかないといけないね≫

 

 いつもは飄々とした感じなのに、こういう勝負事になると途端に熱血が入るんだよね、昔からこの子は。若き青春って感じで好ましきかな。まぁ、試合が来るまで期待させてもらうとしようか。

 

 ……と、私たちが談笑をしながら通路を歩いていた時だった。

 通路の先から、聞き覚えのある声が私の耳に届いてきた。この先には多目的ロビーが設けられており、エアコンやソファなどが設備されていることから休憩室としても利用されている。

 聞こえてくる声は非常に小さいが、私は何とかその特徴を聞き出してみせる。若干年齢を重ねた女性の印象で、どこか棘があるような感覚を与えられるものであった。そしてその声は、馴染みこそないものの『警戒するべき相手』の類いだと認識していたので、私は間も無くその声の人物を特定するに至った。

 

 私はピタリと足を止める。私に釣られて、少年もふと歩みを止めて私の方に向き直ってきた。

 

「テオ、急に止まってどうかしたのか?」

≪……少年。ここから先は一言も喋らずに、足音も極力控えて進んでほしい≫

「……?」

 

 要領を得ない、と言いたげな顔で首を傾げる一夏少年。しかし私の声が冗談の類いではないという事を察し、直ぐに無言で頷いてくれた。

 私と一夏少年は、音を立てないように多目的ロビーへと進む。私に至っては念を入れて気配も殺している。流石に一夏少年に気配を消すよう頼むのは無理があるが、言われた通り音を立てずに進んでくれているので何も問題無い。

 

 そして私たちは多目的ロビーがある場所まで辿り着き、広い空間には出ずに角壁の陰に身を潜めて、ロビー内の様子を窺う。

 

 ロビーには1人の女性がこちらに背を向けながら立っており、手に持っている携帯で細々と声で会話を行っていた。

 

「……」

 

 一夏少年が『あの人は誰だ?』と目線で訴えかけてくる。

 

 私は女性の正体を知っていたため、正直に答えることにした。

 今の一夏少年が特に悪い印象を抱いているであろう人物の内の1人で、来賓受付にて私に辛辣な態度を向けてきた『あの女性』の名前を。

 

≪マリーヌ・デュノア。シャル・ガールの父親の本妻だよ≫

「っ!……あれがシャルルの……!」

 

 マリーヌ・デュノア。

 私が女性の素性がシャル・ガールの義母だと明かした途端、一夏少年の目つきが変わった。鋭く尖らせて、敵意を含めた眼である。少年は鬼気の籠った雰囲気を醸しながら、ズンズンと彼女の方へ歩みを進め出した。

 

 流石にこれを見逃すわけにはいかず、事前に予測できていた私はすかさず一夏少年の肩へと跳び乗った。彼の肩に乗った際にその表情を覗いてみたが案の定、完全に激情に駆られてしまっている。

 

≪待った。何をするつもりだい少年≫

「決まってる、あの人に言っておかなきゃならないことがあるんだ」

≪落ち着きたまえ。ここでどうこう言ったところであの子の状況が良くなるわけではないよ≫

「そうじゃないっ、俺は――」

 

 聞く耳持たずか。仕方がないけど……。

 

≪必殺……ネコぱんち≫

「おうふ」

 

 少年の眉間に一発、拳をかましてみせた。

 必殺ネコぱんち、相手は死ぬ……じゃなくて、流石に少年も眉間に拳を喰らって平然のままではいられなかったようで、よろめく形をとることとなる。

 

≪少年の怒りは私にもよく解る。血が繋がっていないとはいえ、夫の不始末を子供に八つ当たりして蔑ろにするような人間だ。私とて最初にシャル・ガールから話を聞いた時は怒りを覚えていたさ≫

「だったら――」

≪だけど、感情のまま動いたからって良い結果を産み出せるとは限らない。ここで騒ぎを起こすようなことになれば……卑怯な言い方になるかもしれないけど、君の保護者でもある千冬嬢に責任が掛かることも考えられるよ≫

「……!」

 

 千冬嬢の名前が出た途端、一夏少年の表情が渋くなる。

 やはりお世話になり続けてきている家族に迷惑を掛ける事が想定されると、躊躇いが生じてしまうのだろう。姉想いな少年なら、それは尚更だ。

 

≪シャル・ガールの件については学園の方で既に対策をしてくれているし、フランスやデュノア社へも裏でアプローチを掛けている≫

「……」

≪小難しい事は私たち大人に任せてしまいなさい。今のシャル・ガールには事情を知ってくれている同年代の子……つまり君だけが彼女の心の支えになってあげられる。だからあの子の傍にいて、守ってあげて欲しいんだ……頼めるね、少年≫

「…………」

 

 私の言葉に耳を傾け、深く沈黙を行う一夏少年。

 やがてその身は、スッと構えを解く。マリーヌ・デュノアの元へ行こうとする気配を失せながら。

 

「……分かった。俺が勝手に動いたらマズイっていうのなら、ここは大人しくする」

≪ああ。我慢させるような真似をさせて申し訳ないけど≫

「いや、俺の方こそ迷惑かけてゴメン。それと、シャルルの事は俺に任せてくれ。ちゃんと守ってみせるから」

≪ふっ、それじゃあお姫様のボディーガードは騎士殿にお任せするとしようかな≫

「おう」

 

 そう言って一夏少年は、爽やかな笑顔を浮かべる。世の女性を虜にさせる魅力を備えたスマイルパワーは伊達ではない、というか一夏少年ってやっぱりイケメンだよね。男もといオスである私もそう思う。

 

 さて、一夏少年の方はこれで解決できた。

 私は少年を引きつれて、マリーヌ・デュノアの死角に入るように柱の陰に身を潜めて彼女の様子を窺う。先程から誰かと携帯で電話をしているようだが、未だ継続中であるようだ。私たちの方を全く見ていないことから、先程のやり取りがあったにも関わらずバレていないらしい。結構騒いだと思ったんだけどね、まさに奇跡。

 

 それはさておき、私は耳に神経を集中させて彼女の会話を聞き盗ることに専念し始める。

 

「――ええ、手筈は概ね整って―――、――ドイツの代表候補生には――――」

 

 …………。

 流石に全てを聞き取るのは難しいか。銀雲のハイパーセンサーを起動させた方がいいかな。

 

「なぁテオ、流石に距離が離れすぎて全然聞き取れないんだけど。向こうも声を控えめにしてるし」

≪猫は耳も優れてるのさ。……ちょっと集中してるから、また後でね≫

「あ、あぁ……というかなんで急に盗み聞きすることになったんだ……?」

 

 一夏少年にそう告げ、私は銀雲のハイパーセンサーをONにして、その中の音声情報処理機能を起動させる。

 これを起動させることによって遠く離れた場所の音を聞き分けることが可能となり、マリーヌ・デュノアだけでなく電話相手の会話もバッチリ聞き取る事が出来るようになる。

 

 しかし……。

 

≪(これは……?)≫

 

 機能を起動させた途端、私の耳には砂嵐の様なノイズしか入ってこなかった。ザァザァといった音が聴覚情報の支配を奪い、電話相手どころかマリーヌ・デュノアの声さえも聞き取ることが出来ないようにしてきたのだ。

 

 突然のことに訝しみながらも、ISのコンディションをチェックする。機体の不調を考えてみたのだが、予想とは違って銀雲にもハイパーセンサーにもおかしな点は見当たらない。至って正常な状態だ。

 機体の不備でないとなれば、残る可能性は……。

 

≪(電話に何か細工を施した、か……ISのハイパーセンサーによる盗聴を妨害する為の何かを)≫

 

 このことは束ちゃんに報告した方が良さそうだ……と心の内に留め、私はハイパーセンサーを切る。

 ハイパーセンサーが使えない以上、最初の時と同様に自前の聴覚を以て盗聴するしかない。否、それ以上に聴覚を鋭くさせて、マリーヌ・デュノアの会話を少しでも多く聞き取れるように努める。

 

「――問題ないわ。それで、デュノア社を―――」

 

 ……。

 

「――別にいいわ、あんな低迷した―――」

 

 …………。

 

「ちゃんと用意―――――じゃあ、また後で」

 

 …………。

 

 どうやら通話の方は終了したようで、マリーヌ・デュノアはそのまま周囲を警戒しながら、足早に多目的ロビーを去っていった。

 

 マリーヌ・デュノアの足音が聞こえなくなったのを確認すると、私と一夏少年は柱の陰から姿を現す。

 

「結局全然聞こえなかった……テオは聞こえたのか?」

≪んー……まぁ、ある程度はね≫

「猫の聴覚ってすげぇ。それで、あの女の人はコソコソなんの話をしてたんだ?」

 

 なんの話を、ねぇ……。

 

≪いや、つまらない話だったみたいだよ≫

「そうなのか?」

 

 あぁ、その通り。

 

 

 

 

 

 デュノア社を捨てて悪の組織に寝返る、1人の人間。

 目の前に釣り下げられた餌に食いついた、欲望に靡く醜い姿。

 

 本当に、つまらない。

 

 

 

――続く――

 




マリーヌ「あれだけあの二人が騒いでたなら、普通私も気づけたでしょ」

テオ有能、マリーヌとドルべ無能。

一夏「バリアンの(面)白き盾さんは関係ないだろ!いい加減にしろ!」
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