Aブロック準決勝、織斑 一夏&シャルル・デュノアVS.篠ノ之 箒&ラウラ・ボーデヴィッヒによる試合は、これまでのどの試合よりも観衆を強く白熱させ、関心を抱かせていた。
理由としては先ず、出場者の顔ぶれが非常に豪華であることが1つ。
1人は世界最強のIS操縦者である織斑 千冬の弟にして、世界で最初に男性でISを動かしたことによって世界的に名前を知られることになった少年、織斑 一夏。そのペアは、一夏とはやや遅れて発表された、世界で2番目の男性IS操縦者にしてフランス代表候補生兼デュノア社の御曹司、シャルル・デュノア。
もう一方のペアについても、ISの産みの親である篠ノ之 束の妹である篠ノ之 箒と、ドイツに所属しているトップレベルのIS部隊の現隊長にしてドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
彼らの名前はIS企業の重鎮だけに留まらず、各国の政府関係者の記憶にも刻まれている程の著名ぶり。故に今回直々に訪れた来賓の面々は、この試合がどれ程見応えがあるかを試合前から各々期待していた。
来賓が出場者の『名前』で興味を抱いたのに対し、学園の生徒たちは出場者の『実力』を理由に、観戦する試合に対して純粋な思いで盛り上がっていた。
4者の実力がどれほどのものかというのは、これまでの試合で皆が把握できている。代表候補生であるシャルルたちは当然のこと、入学一週間で代表候補生をあと一歩の所まで追い詰め、クラス対抗戦のアクシデントの解決に大きく貢献した一夏や、一般の1年生の中では一際抜きんでた実力を発揮している箒。
彼女たちが現に繰り広げているハイレベルで互角な戦いは、ISを操縦することを夢見る少女たちにとって見応えのある光景となり、夢中にさせる程にその目を奪っていた。
一夏がラウラに向けて剣を振るえば、ラウラは苦する様子も無く防いでみせて。
シャルルがその隙を突いてアサルトライフルによる銃撃を行えば、箒が間に割って入って銃弾を刀で弾き飛ばす。
その隙にラウラが一夏を蹴り飛ばし、レールカノンによる追撃を放つ。
2人が砲撃を捌くことを想定した箒が先んじて動き、案の定連携して防いだ両者に向かって刀を振り下ろす。
一夏とシャルルは最初の試合から出来上がった連携なのに対し、協力する気を合致させたばかりの箒とラウラのタイミングは一歩劣って見える。しかしラウラの持ち前の戦闘能力と空間把握能力、ラウラと息を合わせる事を予め願っていた箒の思いが、ほんの少しずつではあるが改善の様子を見せている。
勿論、そんな光景を見た一夏とシャルルもただ驚くだけでは終わらせない。自分たちも負けていられないと意識を重ね、互いのパートナーを想い動きに更なるキレを生み起こす。
4人が試合の中で成長していく、切磋琢磨と評すべき姿。4人の意図とは関係無く、この試合は間違いなくそれぞれを高みに上らせる意味を持ち始めた。
アリーナの興奮は、更に上昇していく。
「…………」
盛り上がっているアリーナの熱気とは裏腹に、淡翠色の瞳による冷めた視線が何処からかあった。
視線の持ち主は20歳程度の容姿をした美少女で、IS学園の制服ではなく、スカートタイプのシンプルな黒いスーツを着用している。彼女の若々しい容貌でスーツを着ているというのは珍しく、ある程度の年齢となっている各来賓と比べると非常に目立つ。
更に拍車を掛ける要素として、髪の色は明るい桃色。学園内には童顔で緑色の髪をした教師や水色の髪の生徒会長がいるが、彼女たちに匹敵するほどの貴重な髪色だ。ウェーブの掛かったその長い髪は、現在下ろしている様子。
桃髪のスーツの女性――ロゼ。
【亡国機業】のとある実働部隊にて工作員として就いている存在だ。
ロゼは会場に向けていた視線を一旦落とすと、手持ちのスマートフォンが着信を告げていることに気付く。彼女はそれをスーツのポケットから取り出すと、耳に近づけて相手の声を迎える。
『マリーヌ・デュノアよ。こちらは準備完了したわ』
「お疲れ様です。私の方も手筈は整えてありますので、開始は貴女にお任せします」
『もう一度掛け直すのも面倒だし、この電話が繋がっている内にやるわ』
電話の主、マリーヌ・デュノアの声が届く。
『それにしても、貴女まで学園に来ていたなんて初耳だったわ。いきなり電話が来たから驚いたわよ』
「それに関しては申し訳ありませんでした。貴女の脱出の手引きをするようにと、上から指示が下りましたので。今は別の場所で待機させてもらっていますが」
『別になんでもいいわ。どうせデュノア社の将来なんてもう期待出来たものじゃないし、ボタン一つ押すだけで裏世界の幹部職を得られるなんて……創作物みたいな美味しい話じゃない』
電話越しの声色が一層昂ぶっているのをロゼは感じ取った。
マリーヌは既に自身の将来にだけ興味を向けているため、外見の目立つロゼが何故このIS学園に侵入出来ているのかを、訊かれてはいないがこの場で説明することにする。
先程述べたように、ロゼは裏世界の工作員として活動している。たった1つの失敗も危険な世界に於いて半端な技術は己を滅ぼすことになるが、ロゼは間違い無くプロの域に達している。そんな彼女がIS学園に侵入した手段は、非常にメジャーなものである。
変装術。己の姿を偽り、従来とはかけ離れた存在となって対象に干渉し欺く、工作スキルの一種。ロゼは変装に関しては十二分の整えを施す傾向があり、大半の事に関して細工を行うようにしている。
目立つ桃色の髪は特注品のウィッグで隠し、ズレが生じない様に固定も行っている。特殊メイクで顔や手の張りを演出し、皺やシミなども完璧に演出してみせる。カラーコンタクトも各色常備しているなど、抜かりはない。
無論、髪や顔だけでなく身体の方にも手を加えるようにしている。素の状態はスラッとしていてモデルのようだが、身体にサラシを巻いて調節を行い、靴の厚で身長もある程度誤魔化す事が出来るようにしている。体臭等も自前で揃えている香水品や消臭品、入浴のタイミングなどを計算して変化を伴わせる。
更に声帯を変化させる術も心得ており、通常の会話も変えた声を崩すことなく行えるように訓練している。
以上の通り、今回のIS学園の侵入に於いても文字通り万全の状態で変装を行ったロゼは、『誰にも怪しまれずに』受付から堂々と入ってみせたのだ。
現在のロゼはメイクを手洗い場で洗い流し、変装に使用した道具は全てビジネスバッグに収納して普段の姿に戻っている。
『それじゃあ、そろそろ始めるとするわ』
「ええ。お願いします」
『……いくわよ』
彼女がそう告げた直後、アリーナで試合を行っていた選手たちの内の1人に異変が生じ始めた。
その者は突然金縛りにでも遭ったかのようにピタリと動きを止めてしまい、眼だけが左右に動いている状態となってしまっている。現在の彼女はISを装着しているので、眼前に表示された情報を呼んでいるのだということが窺える。その様子は完全に面食らったもので、試合中に浮かべていた平然な態度は徐々に薄れていっている。
そして、異常が起きた。
突如、そのISから見慣れない黒い流動体が湧き上がったのだ。関節部から突然湧いて出たそれは、アリーナにいる誰の知識にも当て嵌まらない存在であった。
泥のように蠢くソレは、まるで意志を持った生物の様な動きを行い、ISもろとも搭乗者を覆い尽くしてしまったのだ。
対象――ラウラ・ボーデヴィッヒが謎の黒い物体に取り込まれてしまう一連の出来事は、彼女が動きを止めてから僅か11秒の時間で完遂されてしまったのだ。
その様子を見たロゼは、ほぅ、と若干の関心を込めた息を零した。
「……これはまた、珍妙な光景ですね」
『ヴァルキリー・トレース・システム……VTシステム、だったかしらね。ドイツも中々趣味の悪いもの作るのね』
「過去のモンド・グロッソの部門受賞者、ヴァルキリーの動きを搭乗者に模倣させる機能……文字通りの内容という訳ですか」
VTシステムなるものの詳細を頭に浮かべながら、ロゼはアリーナで起きている事態を観察する。
ラウラを覆い隠していた黒い物体は、徐々にその輪郭を露わにさせていく。形状の変化が収まった頃には、ラウラのボディラインを模った粘土人形のような姿が其処にあった。全身を頭部の目の箇所から漏れ出しているラインアイ・センサーの赤い光が、更なる不気味さを演出している。
『それにしても、このボタンを1つ押しただけであんなことになるなんてね……一体どういう原理で起こったのかしら』
「本来であれば、VTシステムは予めISに設定した内容をクリアしなければ発動されません。内密に仕込んだ者によると、どうやら搭乗者の精神状態と機体ダメージが追い込まれた状態で、搭乗者に強い願望や意思が生まれると引き起こされるように設定したとか。しかし万が一の事態への備えとして、VTシステムを強制的に引き起こすリモートコントロールを用意したそうです」
『それがこのボタンという訳ね。……けどこれ位なら私が態々やらなくても、あなたやこの学園に潜んでるスパイとやらがやれば良かったんじゃないの?』
「スパイの方々には今後も活動を行ってもらう必要があるので、不自然な行動は避けてもらっています。私は私で別件がありましたので、今回は貴女がこちらの世界に入れるかどうか、試験的なものとして行わせていただきました」
『どういうこと?』
「私たちの世界に入れば、これ以上に過激なものも珍しいことではありません。言ってしまうと、この程度で躊躇っている様ではお話にならないという話です」
『……ふん』
篩(ふるい)にかけるロゼの姿勢が面白くなかったのだろう。電話越しに聞こえる鼻を鳴らす音は、どこか機嫌を損ねた印象であった。
しかし、対するロゼの表情は眉一つ動く気配が無い。相手の気分などまるでお構いなしという風に。
「ともあれ、これで貴女も私たちの組織の仲間入りを果たすことが出来ます。おめでとうございます」
『はいはいどうも。それならさっさとここから離れて……なっ!?』
それまで何事も無く進められていた会話であったが、突如マリーヌの驚声が走る。それ以外に聞こえてくるのは、複数人による構成と思われる足音が次第に大きくなっていく様子。
『嘘でしょ……!なんでこんなに早くバレたのよ……!?』
「おや、随分早く知られてしまいましたね。向こうにも手回しの速い方がいらっしゃったようで」
『何を呑気なこと言ってんのよ!?こういう時の為にあんたが来てるんでしょ、さっさとこっちに来て私を助けなさいよ!』
「あぁ、そうでしたね。それではマリーヌさん―――」
「―――短い間柄でしたが、さようなら」
ロゼが機械のように淡々とそう言い放った瞬間、電話の向こう側で世界が止まったかのような静寂が発生した。
10秒未満の静けさが経った後に、マリーヌが再び声を発す。但し、その声は先程までの威勢とはまるで異なり、絞り出したかのように覚束ない。
『……は?いや、ちょっと、何言ってんの……あんた』
「何言ってんの、と言われましても。言葉通りの意味ですが」
『ふ、ふざけるんじゃないわよ!ここに来て私を捨て駒にする気っ!?私をあんたたちの組織の幹部に入れるって話だったでしょうがぁ!!』
スピーカーからは、喚き散らすという言葉が当てはまる程の怒号が聞こえてくる。
耳を直接当てていたら鼓膜が破れかねないので、ロゼは鬱陶しそうに眉を顰めながらスマートフォンを耳から少し離し、その状態で会話を続ける。
「はて……何を言っているのやら。確かにこれまで私は貴女と交渉を行ってきましたが、『組織に貴方を入れる』などという旨は語ったことがありません。『組織に入る資格を得る』とは伝えたつもりですが」
『意味が分からないわよっ!どっちも同じ意味でしょうがっ!』
「とんでもない。組織が貴女を『入れたい』のか、貴方が組織に『入りたい』のか、という大きな違いがあります。確かに貴女は他者のISに潜ませたVTシステムを強制的に起動させるという犯罪を起こして組織に入る資格こそ手に入れましたが、肝心の組織がそもそも貴女を求めていないので、貴女は組織に入ることが出来ません。あぁ、大変お気の毒な話ですが」
ついでに付け加えた感が否めない最後の言葉は、その思惑通りまるで感情が込められていなかった。
ロゼがここまで語った内容は重箱の隅を突くかのように細かな指摘であったが、彼女は『嘘』はついていなかった。今日までにロゼとマリーヌの間で何度か交渉が行われてきたが、ロゼは一度たりとも『マリーヌを亡国機業に迎えたい』という旨の発言をしてこなかった。貴女の経済力が私たちの組織で大いに発揮できるでしょう、貴女ならばすぐに幹部として務められる、等々。あくまで彼女が無事に組織に入れることを前提として話を進めてきたのだ。
マリーヌはこの裏を読み取れずに、表面上の意味だけを受け取って話に乗っかってしまったのだ。自分の才能が裏の世界に認められた、自分の幹部入りデビューは確定事項なのだ、と。
そして最後の最後でマリーヌはロゼに、亡国機業に見放された。否。残酷な話ではあるが……彼女は最初から相手にされていなかったので、見放すも何も無いのである。
ちなみに、マリーヌがVTシステムを起動させる前の会話に於いて、ロゼは彼女をIS学園から脱出させるための手引きをするようにと指示を受けたと語っていたが、後にロゼは以下の様に言ってみせる。
―――あぁ、私としたことが『うっかり』していました。その時だけ『つい』別の仕事の件を考えていたため、『不覚にも』混同して発言を間違ってしまっていたようですね。つまり私の言い間違いです。
……と。
「では、私も用事があるのでこの辺りで失礼します。フランス人相手にベラベラ喋るは聞きたくもない皺枯れ声を長々と聞かされるは、これでも精神的に疲れましたので、ええ」
『許さない……絶対に許さないっ!!あんたのこと警察に全部喋って、あんたも道連れにしてやるっ!!』
「参考までに、どうやってです?」
『あんたバカっ?あんたの番号、私の携帯にバッチリ記録されてるわよ!そこから身元を調べれば―――』
「そうですか。普段から私が使っている番号だといいですね」
『……は?』
「ちなみに、もし調べる場合は銃弾の4~5発は食らう覚悟をした方が良いかもしれませんね。私の携帯の管理先、けっこうその手のヤンチャがお好きなようですし」
『…………』
電話相手のマリーヌの声が途絶える。
マリーヌの勢いが完全に衰えたことを確信したロゼは、そろそろ会話も終わりだろうと目処をつけると、最後とばかりに言葉を続けた。
「ちなみに質問ですけど、私の名前はご存じですか?」
『……自己紹介の時に喋ったでしょうが、ジェーン・アト…………!』
マリーヌは最後まで言うことが出来なかった。
理解してしまったからだ。自分が電話越しの相手の名前を……いや、そもそも彼女の真実の情報をどれ程知っているのか、どれだけ役に立たない情報を伝えられてしまったのかを。現に彼女は、ロゼの本名どころか機業で使用されているコードネームすら知ることが出来ていないのだ。
「それは本当に私の本名でしょうか?貴女が実際に会った私の姿は本当の姿だったでしょうか?この声も変声機を使ったものではないでしょうか?さっき携帯の番号から身元を調べさせてもらうと言いましたが、その先にあるのは正しい情報でしょうか?……少なくとも、現に逃げ遅れているウスノロでは永遠に私を知ることは出来ませんよ。それでは、薄汚いオンボロブタ箱の中でもお元気で。……あ、やっぱり病気を患って床に臥せてて下さい、永久に」
そう言ってロゼは、無情にも通話を終了させる。更に今まで手に持っていたスマートフォンの両端を掴むと、思いっきり力を込めて半分にへし折ってみせる。
無残にも真っ二つに折れたスマートフォンは欠片も含めてロゼの所持しているカバンの中へボロボロと落ちていく。裏ルートで手に入れた代物とはいえ、流石に機種や指紋が揃って知られてしまうような痕跡は易々と残したくない、というロゼの意思の表れである。
尚、ここまでマリーヌとの会話を数分間繰り広げていたロゼであったが、その足は終始出口に向かって歩を進めていた。スマートフォンを片手に、足を止めることなくアリーナの通路内を歩き続けていたのだ。
IS学園に潜んでいるスパイからの情報と自身の探索から集めた情報で監視カメラの場所を完璧に把握した彼女は、内部から出口前までの道の中から監視カメラに見つからないルートを潜入中に編み出し、周囲を警戒しながらその道のりを進んでいた。仮にカメラに捉えられたところで今後も変装を重ねれば支障は無いのだが、情報を隠せる隙があるのならばその行動を選ぶのが彼女のやり方なのである。
「さて……」
ロゼは自分の現在地を確認する。
現在彼女がいる場所は既に出口に近い所であり、数分もしない内にアリーナの外へと出ることが出来る。彼女の計算通り、ここまで監視カメラに自身の姿を映させた記憶は無く、残るは出口に設置されている物のみとなる。尤も、彼女はそれに関しても対策を練っているので問題としていないのだが。
何にせよ、このアリーナを出て外に出てしまえば後はIS学園側の追っ手に追いつかれないようスタコラサッサと逃げるのみ。
万が一マリーヌがヘタれてVTシステムの起動を行わなかった時に備えての予防線、更に別の理由を抱えて態々この学園に侵入してきたロゼの任務は、これにて終わ―――。
≪おやおや、お嬢さん。こんな所でどうかしたのかな?≫
脱出する気でいたロゼが、その場を去ろうとした時であった。歳の重なった男性の声を聞き、彼女は足を止めて後方を振り返った。
彼女が視線を向けた先には、この学園のデザインの制服を着ている黒い一匹の『猫』が彼女を見つめながら佇んでいたのだ。
そう。
世界で唯一ISを動かせる動物として注目を浴びている、テオが出口の前で待ち構えていたのだ。
―――続く―――
そういえば現在(2019年4月26日)も続いている修正ですが、シャルロットの義母は原作のロゼンダではなく当作オリジナルのマリーヌで継続させていただいております。
特に大きな理由も無いのですが、まぁ原作でもロゼンダとシャルロット間の関係は後回しみたいな処置になってましたし、ぶっちゃけ原作準拠にしたところで元々重要な設定でもないから大した影響は無いんじゃねと思(ry