篠ノ之家の猫はIS搭乗者(全話修正中)   作:たいお

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第42話 「私たちが助ける」

 

「さて、どう攻略したもんだろうな」

 

 視線の先にいる異形を視界に捉えながら、一夏は独り言とも隣にいる2人への問いかけとも言える声量で言葉を放つ。

 

「いや一夏、前回『行くぞ!』と啖呵を切ったではないか。何をまた変に冷静になっているのだお前は」

「ほらそこ、前回とか言わない。そして冷静になれって言ったのもお前だからね?」

 

 冷静になった今になって彼は分析を行ったのだが、改めて敵の戦闘力は相当なものであることを理解し直す。非情に気に食わない話ではあるが、雪片を複写した刀と太刀筋はIS界の覇者である織斑 千冬を彷彿とされるものがある。その時点でも脅威だというのに、反応速度や体捌きは一流のIS操縦士にも引けをとらない。こと戦闘能力に関して言えば、間違いなく一夏たちを上回っているだろう。

 

 まるで全国のIS搭乗者の強豪が1つになったみたいだな、と一夏は1人思う。実際VTシステムの内容を振り返ると、彼の考えはあながち間違いではないどころか殆ど正解に近い思考である。

 

「倒すのはいいけど……先ずは先生たちを救助しないといけないよね」

「そうだな。1人ずつピット・ゲートから離脱させるのは時間が掛かりすぎるだろうから、せめてアリーナの壁際に一か所に纏めておかねば私たちの戦いに巻き込まれる可能性がある」

「なら、俺があいつの注意を引きつけるぜ」

 

 そう言って一歩踏み出す一夏。

 

 しかし箒が彼に続いて一歩を進め、彼の肩を掴んで止めた。

 

「待て、一夏。お前1人では流石に危険すぎる。冷静さを取り戻したとはいえ、それだけで1人で相手を務めるのは無理だろう」

「とは言っても、あいつの注意を引きつけなきゃならないのは確かだろ?あいつだって俺たちが先生たちの救助を『ハイどうぞ』って許してくれる訳無いだろうし」

「それなら、僕が先生たちの救助を引き受けるよ。一夏と箒は大変かもしれないけど、僕が救助を終えるまであのISの足止めをしていてくれないかな」

 

 2人のやり取りに割って入り、シャルルが自分の胸元に手を当てながらそう言い出した。

 

 シャルルは表面上では2人目の男性IS操縦士として知られているが、実際はデュノア社の非公式テストパイロットとして数年務めてきた少女であり、ISの経験値や勉学の時間は一夏たちを上回っている。救助活動のシミュレーションについても母国で手を付けており、この中では彼女こそ最も適任であると言えるだろう。

 シャルルもそれを理解しており、こうして自ら名乗り出たのだ。

 

 確かな自信を持ったシャルルの姿勢に安心感を抱いた一夏と箒は、その提案に快く頷いて諒承の意を示した。

 

「分かった。シャルル、先生たちは任せたぜ」

「了解。箒、一夏が無茶をしないようにちゃんと見張っててあげてね」

「ふっ、任された」

「……2人のやり取りがどうも納得いかないんだが」

 

 ついさっき無謀な行動を取ったばかりなので、仕方がない。

 

「まぁいっか……それじゃあいくぜ!」

 

 各々の役割が定まり、3人は行動を開始する。

 先ずは一夏と箒が黒いISへと接近し、注意を引きつける為に牽制を仕掛ける。

 一夏は雪片弐型による鋭い斬撃を、箒は彼が射線上に入らないように位置をずらしつつアサルトライフルで銃撃を。どちらの攻撃も黒いISによって防がれてしまうが、所詮は注意を向けさせるための牽制でしかないので、一夏も箒も動揺することは無い。

 

 その間にシャルルは、黒いISとの距離が縮まらないようアリーナの壁を沿うようにして回り込み、倒れている教員たちを担いで救助活動を始めていく。

 そんなシャルルの健闘が裏で生じている中、一夏たちの戦闘が本格的に激しくなっていく。

 

 黒いISの剣閃が、一夏と箒を諸共斬り伏せんと放たれる。千冬の太刀筋を模倣したその剣技に、教員たちは一刀のもと撃沈されてしまっている。ラファール・リヴァイヴだけでなく防御力の高さがウリの打鉄ですら完封されてしまう攻撃力だ、受ければその時点で敗北は免れない。

 

 冷静さを取り戻した今だからこそ、一夏は焦らず敵の刀を捌きに臨む。相手の剣技の出処こそ世界最強の名を冠する者から来ているが、一夏は幼い頃に彼女の技と向き合い、傍らで見て、教えを受けてきた。言うなれば、敵の剣筋は一夏が知り得ているものであるのだ。

 決して真正直に受け止めるような事をせず、極力回避か受け流しで直撃を免れる。敵の攻撃は鋭いが、彼が知っている千冬の太刀筋を真似ているのであればその捌き方も見出しやすい。ここ一番に真価を発揮出来る、一夏ならではの技量とも言えよう。

 

 そんな一夏の健闘を傍らで見て、箒も負けじと心に熱を滾らせる。

 黒いISが一夏へ攻撃を行う時を見計らい、横から隙をついて斬撃を放っていく。黒いISが片側に攻撃していたら、もう片方が攻撃中の敵を横から攻めていくという戦闘方針が暗黙の了解で定まりつつあり、実際箒が黒いISの標的となった時には一夏が黒いISに攻勢を試みている。敵の攻撃が一方に集中せず分散される事によって、2人の負担も軽くなる。

 

「一夏っ!」

「おう!」

 

 箒の掛け声と一夏の快活な返事が入る。

 2人は息を揃えて同時に動き、黒いISに向けて同時に斬りかかった。

 

 黒いISは2人分の斬撃を手持ちの刀で受けて機体への直撃を避けるものの、やはりその衝撃が強かったのか足裏を地面に擦らせながら後方へと下げられる。数メートル程度の距離が、一夏たちとの間に生まれることとなる。

 

 その隙を見計らい、箒と一夏は呼吸を整える。幸いにも最中に攻められることなく、無事に完了させることに成功した。

 

「ふぅ……一撃も喰らっちゃいけないってのは緊張するな」

「そうだな。しかし、直撃を避けていようとも防御の衝撃だけでシールドエネルギーが徐々に削られてしまうのも事実だ。モロに斬られていないからといって余裕は出来ないぞ」

「分かってるって。シャルルが先生たちの避難を済ませてくれたら、気兼ねなく攻撃を始められるんだが……」

 

 シャルルの様子を一瞥して確認すると、どうやら向こうの進捗具合は良好のようで7、8割方が完了している。6人ほどいた救助対象者も残るは2人で、シャルルがその内の1人の方へ向かっている姿があった。

 それを見て一夏は満足げに笑む。

 

「……もうちょいの辛抱ってことだな」

「……来るぞ!」

 

 途端、黒いISが攻撃を再開する。

 重火器の類を持ち合わせておらず、刀1本が現状装備の敵が最初に取るべき手段は、刀の間合いに入るべくこちらに向かってくる事。スラスターからの出力で加速した敵は、間もなく一夏たちとの距離を詰める。

 間合いを捉えてから行う攻撃手段は先程までと同様、刀による斬撃。しかし問題は、その太刀筋が素人のソレとはまるで次元が異なる速さと鋭さである事だ。

 

 一夏と箒は、刃が及ばないように手持ちの刀で軽く受け流しながら双方に横跳びする。

 前述の理由から太刀筋のクセを見抜いている一夏と、剣道の全国大会2連覇を成し遂げ且つ現行で最速のIS搭乗者から師事を仰いでいる箒だからこそ、余裕とまではいかないものの敵の疾き一刀を捌くことが出来ているのだ。

 

 黒いISはすかさず追撃を仕掛ける。

 標的としたのは、白式とはISの機動面で劣っていたため僅かに遅れていた箒である。

 

「そう、易々とは!」

 

 襲い掛かる袈裟斬りに自身の刀をぶつけ、その剣閃をずらすことによって被害を免れる箒。口では簡単にやられはしないと言うものの、切迫した状況に対して冷や汗が止まない事は自分で理解できている。

 

 そんな箒に容赦無く次の攻撃を行おうと動き出す黒いISであるが、突如踵を180度返しながら後方に向けて水平斬りを放った。

 

「ぐっ!」

「一夏!」

 

 黒いISの斬撃の先には、雪片弐型を縦に構えて攻撃を防ぐ一夏の姿があった。箒が黒いISに続けて狙われている事を見過ごすわけにはいかなかった彼が、黒いISの背後から攻撃を仕掛けようと目掛けて来たのだ。彼の性格上、背中から敵を斬るのは卑劣な印象があるため避ける傾向があるのだが、今の状況でそのような好き嫌いを選べるとは彼も思っていないため、行動に移した。

 真正面から敵の攻撃を防いだことにより、直撃こそ防いだものの弾かれる程の強い衝撃を受けて一夏の身体が硬直する。

 

 そんな彼に目掛けて黒いISは刀を振り上げ、そのまま脳天目掛けて振り下ろそうとする。

 

 だが、そこに一発の銃弾が舞い込んだ。

 

「それ以上はやらせないよ!」

 

 マグナムガン【ラディウス】を備えているシャルルが、一夏たちの戦線に加わってくる。彼女の後方には、大型の盾を前に置き、ISが解除された状態でアリーナの壁に背を掛けている教員たちの姿がある。彼女たちのその様な姿があるという事は、つまりシャルルの救助活動が完了したという事だ。

 

 シャルルの放ったマグナム弾は黒いISの手元に真っ直ぐ向かっていったが、すんでの所で黒いISの刀によって弾かれてしまう。迫り来る攻撃を防ぐことに一瞬意識が向く敵だが、すぐに一夏を標的にし直すのは明らか。

 

 尤も、シャルルにとってその程度の展開は想定の範囲内に過ぎない。

 シャルルは即座にマグナムガンを左手に投げ渡し、瞬時に召還したアサルトライフル【ヴェント】を右手だけで携え、連射を行う。更にその中にマグナムガンの射撃を織り交ぜて、嵐の上な銃火を黒いISに目掛けて見舞わせる。

 

「一夏、今の内に離れて!今度こそね!」

「こ、今度は大丈夫だって!」

 

 冷静さを欠いていた時はシャルルの言葉を無視してしまったことを突かれ、一夏は大人しくその場を離れて箒と合流を果たしに行く。

 

 弾丸の雨に見舞われては流石に一夏の追撃を行えず、黒いISはその場から下がって銃撃から逃れるようにする。単発の弾丸ならまだしも、自動小銃による銃撃を捌き切るのは流石に無理があると判断した故の後退なのだろう。

 

 黒いISを退けつつ、シャルルは一夏と箒の居る方へと移動を行っていく。こうして3人は無事に合流することが出来た。

 

「2人とも、無事?」

「なんとかな。シャルルの方もバッチリみたいだな」

「うん。後は先生たちを巻き込まないように僕らで上手く立ち回らないとね」

「うむ……だが、いずれにせよ長期戦に持ち込んではこちらが不利になる一方ではあるな」

 

 箒の言葉に対し、一夏とシャルルが揃って頷く。

 確かに教員たちの避難を完了させ、3人とも戦闘継続できる状態で今を迎えているのは非常に順調な展開だと言えよう。しかし、いつまでもこの調子で行く可能性は限りなく低い。

 こちらのISのシールドエネルギーは全員が半分を下回っており、強敵との油断ならない戦闘によって集中力が時間の経過で鈍っていく危険性があるからだ。

 対する向こうはシールドエネルギーの存在が不明瞭で、あるにしても途中まで試合を行っていた3人よりは間違いなく残量が勝っている。加えてラウラの精神とは関係無く機械的な行動を執っており、それが長時間の経過で集中力を切らすとはとても思えない。

 長期戦になれば、間違いなく不利なのは一夏たちの方である。

 

 だからこそ、3人の現在の思考は一致する。どうすれば目の前の敵を倒せるのかを。

 

「短期決着、だね」

「ああ、そしてその決め手となるのが……」

「俺の【零落白夜】だな」

 

 そう言いながら一夏は自分の手に握られている雪片弐型を軽く持ち上げ、それを見やる。

 零落白夜。白式のシールドエネルギーを引き替えにして絶大な攻撃力を発揮する、諸刃の剣とも呼ぶべき技。相手のエネルギー残量が不明な以上、確実に削り切るには現状でこの手段しかない。白式の現在のシールドエネルギー残量では2回使えるかどうか怪しい所ではあるが、1回も使えないよりかは遥かにマシだと言える。

 

「取り敢えず、一回は確実に撃てそうだぜ」

「良かった。それなら後はあの黒いISが問題になるね」

「だな。これまでみたいに速く動かれたら当て辛いだろうから、動きを止めるなりしないと難しそうだな」

「……いや、奴を見てみろ」

 

 3人の視線の先には、刀を上段に構える姿勢を取ってこちらに滲み寄ってくる黒いISの姿があった。先程までのように一気に距離を詰めず徐々に迫り来る姿も不気味だが、3人が集まったことによって戦術を変更する気になったのか、それとも3人の理想とする動きが偶然一致しただけなのか。その真意は誰にも分からないが、次に放つ一刀を構えるその姿は『次の一撃でお前たちを仕留める』という意気が込められているような気がすると、3人の緊張感が自然と高まる。

 

「……決闘、のつもりなのかな?」

「あれに人の意思があるとは思えないが……不思議とそんな風に思えてしまうな」

 

 いずれにせよ、黒いISが静の動きを取り出して来たのは一夏たちにとって幸いであった。今迄のように俊敏な動きをされていては、折角の貴重な一撃が外れやすくなってしまうからだ。

 

 黒いISが構えている姿を見て、一夏は不敵な笑みを浮かべる。

 

「いいぜ……その千冬姉の真似事、正面からぶっ潰してやる」

 

 そう言いながら一夏は、零落白夜を発動。

 刀の刀身が開き、その中から輝かしいエネルギー刃がブゥン、と音を立てながら発出される。光の刃は元来の刀身以上の長さまで伸びたかと思うと、そのままゆっくりと縮まり最終的には一夏が丁度良いと思えるほどの長さに縮小されていった。

 

「箒、シャルル……行って来るぜ」

 

 そう言いながら一夏は2人の方を見やる。

 2人が一夏への信頼を込めた力強い頷きで見送ってくれたことを見届けると、一夏は背中を後押しされたような感覚を抱きながら一歩前に進み出る。

 

 アリーナの中央に向かって進みゆく、一夏と黒いIS。一際強い緊張感が周囲に張り巡らされ、両者の醸す雰囲気は並々ならない重さが込められている。

 互いの距離が詰められていく中で、一夏は己の腰に刀を添えて居合の構えを模る。自身の姉から教わり、箒との稽古で会得した技を放てるように。

 

 互いの刃が届く距離に至るまで、5歩。

 4歩……3歩……2歩……1歩……。

 

 そして、0。

 

 その刹那、黒いISが先に動いた。

 構えていた刀を一夏目掛けて一気に振り下ろしてくる。これまでの斬撃よりも更に速い太刀筋は、瞬きの1つすら惜しまれる程に鋭い。頭の頂から脚の爪先まで真っ二つにしかねない斬閃が、一直線に一夏の元へと向かっていく。

 

 しかし、命を刈り取る刃が迫り来る中でも、一夏の心は宵闇の如く静まっていた。その瞳を閉じ、口を閉ざし、無駄な身の動きを抑え、静寂をその身体で体現していた。呼吸は整えられ、身体に圧し掛かる余計な重みが取り除かれる。刀の柄を持つその手は、自然な力加減でそれを握れていた。

 

 そしてついに、一夏は動き出す。

 

 襲い来る刃の鋭速は千冬の太刀筋と非常に似ている。しかし、かつての千冬の剣を思い出した一夏にとっては、最早それを脅威と感じる事は無かった。

 『誰かの為に振るう力』。かつて自身の姉から教わった真の強さとは遠くかけ離れている眼前の刃は、どんなに鋭くても、どんなに速くても中身が空っぽでしかない。意志を宿さない形骸が、強き意志を心に抱く今の彼に想いの力で勝る事など、未来永劫に在り得ない。

 

 振り下ろされた一刀を、一夏は居合の型で放った刀で横に弾く。

 そして間を置かずに刀を両手で真上に掲げ、一気に振り下ろした。振り下ろされた刃は黒いISの脳天から股まで一直線に斬り裂いてみせた。

 

 【一閃二断の構え】。

 一太刀目で相手の得物を払い、続く第二の斬撃で斬り伏せる。 2人の剣の使い手から学び得た、必殺の剣技である。

 

 黒いISが斬られた個所から紫電を漏らしながら、ぎこちない動作でよろめきだす。

 その姿を見て一夏は確信した。勝った、と。

 

 ……だが。

 一夏の思いを裏切って、黒いISがふたたび動き出した。命の瀬戸際に瀕して我武者羅になったような動きで刀を持つ腕を振るい、一夏の雪片弐型を彼の後方に弾き飛ばしたのだ。

 

「なっ……!?」

 

 黒いISがまだ動けて、更に自身の武器が弾き飛ばされたことで驚愕の声を上げる一夏。そんな彼の眼前では、既に次の斬撃を放つべく構え出している敵の姿があった。

 白式の装備は、先程手元から離れていった雪片弐型1つのみ。それが手元から無くなった今の一夏はなんの武器も持たない丸腰状態。

 

「(……ははは、こりゃもう駄目かもな)」

 

 瞬時加速で後方に逃げようにも、今の一夏の技量では発動に若干の時間が必要となるため間に合わない。1、2回分の瞬時加速を使えるシールドエネルギーが残っていても、肝心のそれが使えないのであれば意味は無い。

 そしてその程度のエネルギー残量では、これから降りかかる一撃を耐え凌ぐのは100%不可能。それどころかエネルギー不足で十分なバリアが張れず、急所に当たれば死ぬ可能性すら生まれてくる。

 

「(悪い、箒。死ぬなって言われたばっかりなのに)」

 

 迫る刃を覚悟しながら、一夏は自分の命を案じて涙してくれた少女の顔を思い出し、詫びる。この後にまた彼女を悲しませてしまうと予感させ、一夏は心の底から申し訳なく思う。

 

 

 

 

 

 しかし、彼が諦めるのはまだ早かった。彼は死期を悟ったために、肝心な事実を見落としていた。

 一夏は、1人で戦っていたのではない。彼の傍には『彼女』がいた。

 

「一夏っ!!」

 

 一夏の眼前に、鋼色の機体を纏った少女が舞い込んで来る。彼の視界に入ってきた速度は通常のIS速度では出せないスピードで、瞬時加速でも行わなければ厳しい程であった。

 

 否。少女―――篠ノ之 箒は、まさしく瞬時加速を発動して一夏の元へ駆けつけたのだ。

 これまでの試合で箒はそれを使用していなかったのだが、実を言うと彼女はトーナメントより以前からその技術を習得済みであり、それを教えてくれた師からは『こういう技は意表を突く時が一番効果を発揮するものだから、切り札感覚で使っていった方が良いよ』と言われていたため、今まで一夏たちにも黒いISにも隠し続けてきたのだ。

 

 そんな彼女の手元には、打鉄の初期装備である近接ブレード【葵】が1振りと……。

 

「雪片弐型っ!?」

 

 白式の装備であり、先程黒いISの斬撃で一夏の手から弾き飛ばされた雪片弐型が握られていた。両の手に刀を備えた、俗に言う二刀流の型で一夏の元に現れたのだ。

 本来、他のISの武器を使用する事は基本的に不可能であり、使用できるようにするにはISの機能に備わっている【使用許諾(アンロック)】を行って搭乗者やISに使用の許可を出す必要がある。前例として、かつての練習の際に一夏はシャルルからアサルトライフルの使用許諾を受けて射撃訓練の為にそれを貸してもらっており、初めて銃器を扱っている。

 

 しかし、以前の練習の時に一夏は使用許諾の存在を知る事が出来たのだが、その後、具体的にどのように行うのかまでは習っていない。そもそも一夏が雪片弐型の使用許諾を行って誰かに渡してしまえば、今の様な丸腰状態になってしまうため彼が使うには殆ど意味が無い機能なのだ。

 

 故に一夏はこの時、疑問に思った。

 『俺、箒に雪片弐型を使用許諾した覚えなんて無いぞ……?』と。

 

 そんな彼の疑念は露も知らず、箒は2振りの刀を携えて黒いISの前に躍り出る。尚、箒が一夏の剣を取りながら赴いたのは、実を言うと殆ど無意識の行動である。

 箒が現れた頃には既に、黒いISの斬撃が振られようとしているところであった。しかし箒はそれを目前にしても先程の一夏と同様に冷静な心持ちで臨めていた。

 

 彼を絶対に死なせないと心に誓ったが為に。そして、黒いISに囚われているラウラを必ず救い出す為に。

 

 黒いISの振るう刀に対し、箒は上半身を捻ってから右手の刀で払う。振るった刀は黒いISの斬撃を真っ向から受け止めるのではなく、これまで通り受け流すような形で軌道を横に逸らさせる。

 傍らで黒いISが刀を振り切っている瞬間、箒は残る左手の刀である雪片弐型で黒いISの胴を捉え、一閃。敵が斬り返しを行う前に、一夏が先に付けた縦の刀傷に続く斬り跡を黒い身体に刻みつけてみせた。

 

 篠ノ之流双刀術【番之龍風(つがいのたつかぜ)

 2振りの刀によって行われる2連撃は、まるで2頭の龍が風の如き流動な動きで空を切り進む姿の様。1頭目の龍が迫り来る脅威を振り払い、後ろに続く龍が脅威の根本に食らいつく。

 遥か昔に在った戦国の時代。剣の達人であった箒の先祖が編み出し、倉の中に収められている巻物に記された、篠ノ之流の奥義の1つである。二刀流のため剣道で使われることは一切無いが、箒は幼き頃に宿した憧れを抱き続け、完成に至るまで実家の道場で密かに練習し続けていたのだ。

 

『―――』

 

 箒の流麗な剣技を受け、ついに黒いISは動きを止める。

 瓦解していく外殻の中から、銀髪の少女―――ラウラが姿を現す。その姿に外傷こそ無いものの、意識が朦朧としているのか、目は今にも閉じてしまいそうなほどに薄らとしか開かれていない。

 

「ラウラっ!」

 

 地面に向かって力無く倒れゆくラウラを、箒は両手の刀を放り捨てて受け止めようとする。ラウラの小柄な身体が箒に抱きかかえられ、事なきを得た。

 

 黒いISが消え、ラウラの姿が現れたことによって一夏とシャルルが心配そうな表情を浮かべながら箒の傍に駆け寄る。

 

「箒、そいつは大丈夫なのか!?」

「……一先ず、命に別状は無さそうだ。しかし、あの黒いISに取り込まれながらあれだけ激しく動いたのだ……外傷は無くとも身体の内部が痛んでいるかもしれない」

「そうだね。とにかく今は医務室に連れて行こうよ。僕が先に行って準備を整えてもらうように頼んでおくから」

「済まない、よろしく頼む」

 

 任せて、と言いながら去り行くシャルルを見送る箒。

 その視線を、自身の胸の中で眠っている少女へと向き直す。誰も寄せ付けようとしない棘ついた雰囲気を今日まで出していたとは思えない穏やかな寝顔が、そこにはあった。

 

「ふふっ……お前の可愛らしい顔なんて初めて見るかもな」

 

 ほんの僅かに聞こえる寝息を耳にしながら、箒は小さく笑ってみせた。

 

 

 

―――続く―――

 





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