篠ノ之家の猫はIS搭乗者(全話修正中)   作:たいお

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蠢く影ーー③

 

 

◇   ◇

 

 朝の刻、学園長室にて。

 シャルロットとラウラの発言によって大騒動となっている1年1組を余所に、山田 真耶に朝のSHRを一任していた織斑 千冬は、とある資料を提出する為に、学園長室に足を運んでいた。彼女が携えて来た資料と言うのは、今回のアクシデント―――VTシステム事件におけるドイツ軍が提供してきた内部情報である。

 

「学園長、これが件との関連性を孕んだ情報を纏めた物になります」

「ふむ、少し拝見させてもらいますよ」

 

 千冬は早速学園長―――轡木 十蔵へ資料を手渡す。渡された当人は直ぐに表紙を捲り上げ、中に記載されている内容に目を通し始める。

 本来であれば、VTシステムがラウラ・ボーデヴィッヒの専用機に秘密裏に内蔵されているという事は、彼女の転校以前よりISの管理・整備を担当していたドイツ軍のIS整備部が目を付けられる。もし整備部だけでなくドイツ軍上層部、或いは考えたくない話だがドイツという国そのものが今回の事件を認可していたのであれば、現在轡木が目にしている情報は虚偽を含めている可能性が極めて高くなる。IS委員会の方でもドイツに対して今回の事件に関する情報の提示を要求しているが、それやこの場の資料が偽物であった場合、ドイツが何かしらの隠匿行為を行っているという懸念が浮かばれる。

 

 しかし案ずることなかれ。実は千冬が今回用意した資料は『とある伝手』を頼って用意させた物であり、その信用性は隠蔽の可能性が宿っているドイツによって渡される情報より遥かに高い。

 何せ千冬が情報収集を依頼した相手は、かつて彼女がドイツ軍で教鞭を振るっていた際に交誼を結び、互いを友と呼ぶほどに親しくなった者。大佐の官位を背負った女性軍人だ。

 

「それにしても、今回の被害者……ボーデヴィッヒさんの部隊に情報収集を頼むのも手ではありませんでしたか?その人たちならば隊長である彼女の為に尽力してくれると思うのですが」

「あいつらも今や世界最強の部隊と持て囃されるとは言え、私からしたら未熟も同然です。それにあいつらはラウラの直接の関係者であり、今回の事件に最も噛み付く顔ぶれだとドイツ軍の上層部も認識しているでしょう。ドイツが白か黒かハッキリするまでは迂闊に行動を起こさせるべきでは無いと判断しましたので」

「ふむ、それもそうでしょうね。……さて、一通り目は通させていただきました」

 

 そう言って轡木は、目の前の机に資料を置く。

 

「学園長も先程ご覧になった通り、ドイツは今回の事件については白。身中の虫による被害者側だと言えるでしょう」

「整備者の1人による独断行動、そしてその張本人は行方を晦ませて逃亡……ですか」

 

 ふむ、と喉を鳴らしながら情報を噛み締める轡木。

 

 手渡された資料の中には、以下のような記載があった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園へ転校した数日後、ドイツ軍のIS整備部に所属していた1人が長期休暇の申請を行っていたらしい。その人物はラウラが転校する直前、誰よりも長く整備室に残って機体の調整を承っていたらしく、時には寝泊りをしていた時もあったという。その技術者の動向を怪しく感じなかった他の技術者も職務に忠実な姿勢を取っていた彼に感心し、長期休暇の件に関して上司同僚後輩問わずとやかく言う事は無かった。

 しかし後に行われた軍部内の洗い出しによる結果、その整備者が密かにVTシステムをレーゲンに組み込んだ事が明らかとなった。軍上層部はその者を捕縛するよう速令を発したが、連絡先には繋がらず住居も既に(もぬけ)の空、近隣住民への聞き込みや各交通機関への通達を実施して捜索網を広げている最中だが、未だに有力な手掛かりは得られていない。

 

「犯人も随分と大胆な事をしますね。まるで自社の雲行きを危ぶんで悪の組織に寝返ろうとしていた、デュノア社の社長夫人のようだ」

「……学園長、まさかVTシステムを組み込んだその整備者も……」

 

 今回の犯人の雲隠れは、針山の上に張られた綱を目隠しで渡るかのような極濃の危うさがある。役職に不備がある訳でも無ければ将来性が見えない訳でも無い、そもそも今回の犯行を行った時点で、ドイツ軍だけでなくドイツ国そのものを敵に回す程の罪状が積まれてしまうのだ。陽の目を浴びたまま生活する事など不可能となってしまう程に。

 ならば、陽の届かない場所に逃げ込んだというのだろうか?だとすれば、その場所は一体どこなのか?

 

 デュノア社の陰謀に加わり、マリーヌ・デュノア社長夫人を唆して彼女にVTシステムを強制起動させた、裏の組織が既に明かされている。その組織の名前が千冬の脳裏に過る。

 

 彼女の言いたい事を察した轡木は、ゆっくりと頷いてみせる。

 

「恐らくはその者も【亡国機業】に吹き込まれた者、もしくは直属の関係者なのでしょう。デュノア夫人がVTシステムを強制起動させる装置を持っていた事を考えると、何かしらの繋がりがあると考えるべきですね」

「今回は随分と活動的ですね、奴らは」

「しかし、尻尾切りが上手い所為で中々本体が姿を現さない……賢しい蜥蜴(とかげ)というのは厄介なものです」

 

 轡木のその言葉に、千冬も同意を示す。

 千冬も数年前にたった1人の家族を亡国機業によって誘拐された事があり、彼らに対して少なくない敵意を向けている。機業に与している者に出会った時には当時のお礼参りをしてやろうと考えているほどに。

 

「まぁ、今は彼らの今後の動向を警戒していくとしましょう。尻尾を追いかけても成果が得られないのであれば、次に姿を現す方に期待を向けた方が望みはありますからね。IS委員会の方にも私が掛け合っておきましょう、此方の資料をお借りしても?」

「構いません。私個人のために用意した物ではないので、用途はご自由に」

「ありがとうございます。……それにしても……」

 

 轡木は突然、千冬の顔を凝視する。

 

 彼が自身の顔を見ている事に気付いた千冬は、訝しげに彼に尋ねる。

 

「……私の顔に何か?」

「いいえ。何も可笑しなことはありませんし、変な物も付いていませんよ。ただ敢えて言うならば……そうですね、嬉しい事があったような綻びが表情に見え隠れしている、と言った所でしょうか」

「嬉しい事……」

 

 轡木にそう指摘され、千冬はほんの僅かに緩めていた口元を手で覆う。

 

「まぁ、無いと言えば嘘になりますが」

「ほぅ、それは内容が気になりますねぇ。気分の下がる話の口直しも兼ねてお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「仕事の話はよろしいので?」

「大方済んでいますからね。そちらの方はお構いなく」

 

 どう見ても聞く気満々の様子である眼前の御老人に対して内心溜め息を吐く千冬。この場ではぐらかした所で、耳聡いこの人物ならばそう遠くない内に知る事になるだろうと高を括ると、大人しく喋る事を決めた。

 

「私の後ろを着いて行くことで満足していた小娘が、漸くまともな目をするようになりましてね」

「小娘……ボーデヴィッヒさんの事でしょうか」

「ええ」

 

 轡木に肯定の言葉を掛けながら、千冬は自身の教え子の新たな顔つきを脳裏に思い起こす。怪我が癒えた身体で職員室に足を運んできた、1人の少女の一皮剥けた姿を。

 ラウラは職員室で事務仕事を行っていた千冬に近づいて断りを入れると、どこか吹っ切れた表情を浮かべながら彼女にこう告げたのだ。

 

 

 

 ―――私は……ラウラ・ボーデヴィッヒは只今の宣言を以て、いつか貴女を越える(・・・)べく、日々の修練に励んで参ります。

 

 

 

 ―――これまでの様に貴女の名誉を守るためではなく、私を導いて下さった人たちや、嘗ての私のように挫けてしまった者の支えとなるべく力を付けます。これが私の見出した『力の在り方』であり、願いです。この道が、私を這い上がらせて下さった貴女に対する恩返しになると信じて。

 

 

 

 ―――今までご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした、教官。そしてどうか、暫しその座にてお待ちください……私が貴女を超えてみせる、その時まで。

 

 

 

 織斑 千冬を超える。

 その言葉がどういう意味であるかというのは、千冬自身も自覚していた。ISの総術技術・知識を競い合う世界大会、モンド・グロッソにおける優勝者は『ブリュンヒルデ』という称号を栄光の証として与えられ、2回目の大会の連覇を逃している彼女だが諸事情により引き続き世間からそう称されている。現存兵器を凌駕するスペックを誇るISの操縦者に於いて頂点に立つという事は即ち、『世界最強』であるという事を意味する。千冬自身は自分を世界最強だと自負する事も周りから呼ばれる事も嫌がっているが、世界は既にその様に認識している。

 織斑 千冬を超えるという事はつまり、ラウラが『新たな世界最強』になるという事。それがどれ程至難な道であるかという事は、世界最強に上り詰めるまで10年近く鍛錬を続け、強豪相手に勝ちを得続けてきた千冬だからこそ理解できる。モンド・グロッソ出場者、国家代表、他の代表候補生……今のラウラよりも実力が上なIS操縦者はまだまだ沢山おり、それら全てを制さない限りは千冬に勝つという事は夢物語である。

 

 しかし、ラウラの宿す瞳はそれを確りと見据えているのを千冬は感じ取った。千冬のみを見ているのではなく、まるでその周りや先すらも見ているかのように落ち着き且つ揺らぎない眼であった。忠告するまでも無く、彼女は道を見る事が出来つつあるのだ。

 

「今まで私から教えを受けた者達は、嘗てのあいつと同様でした。私が少し教習しただけで、精進の台詞を口にしつつも現状に甘んじようとする表情をした者ばかり。心血を注いで教える気も失くしてしまう様な姿で面白みも何も無い」

「まぁ、世界最強という名はあまりにも大きな肩書きですからね。教えを受けただけで満足してしまう気も分からなくは無いですが」

「……だからでしょうかね。私に連なるのでもなく、並ぶでもなく、私よりも更に先を目指すと言い切ったあいつの姿が眩しく見えたんですよ」

 

 ラウラの宣言を受けた千冬は、心の内で高揚を抱いた。モンド・グロッソにて競い合う者達ではなく、自分を尊敬してくれている教え子からそのような言葉を掛けられた事に。もしかしたら、ずっとその言葉が来るのを待っていたのかもしれない。

 

 何れにせよラウラは、初めて自分を超える意志を本気で示してくれた教え子であったのだ。

 

「そうですか……何はともあれ、これからが楽しみですね」

「ええ、そうですね」

 

 千冬のこれからの楽しみが1つ増えた。教え子が自分を打ち負かしてみせて、最強の名を背負いながら誰かを導いていく未来を。

 その時が訪れる事を期待しながら、千冬はもう暫くこの座を守り続ける事にした。自身に挑む程に成長した教え子が頂きに来るその時まで。

 

 呼ばれる事も好きではなかった『世界最強』という肩書きを、千冬は少しだけ誇らしく思えた気がした。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 一方、此方は都内のビジネスホテルの一室。

 

 何の変哲も無い一般的な個室の中で、1人の女性がスマートフォンを片手に中型キャリーバッグの中に収められている荷物を確認している。荷物の中身はファイルやノートパソコン等の事務的な道具のみならず、多種に(わた)る化粧道具に複数の衣装、ウィッグ等の特殊な物まである。

 女性はそれらを1つ1つ手に取って有無のチェックを行いながら、電話相手との話に勤しんでいる。

 

「……以上が、今回の仕事の始終となります。子細は作成した資料に記載しておきますので、戻った際に改めてそちらからご覧ください」

『ご苦労様、ロゼ。次の仕事まで多少の猶予があるから、戻って来たらゆっくり身体を休めるようにね』

「分かっています」

 

 電話先から伝わる艶の籠った声に、女性―――ロゼは素っ気無くそう返答した。

 彼女の格好はいつものウェーブが掛かった桃髪と白黒のゴシックドレスではなく、IS学園に侵入した時とはまた異なる姿。深い茶色のミドルヘアーと、白いワイシャツにジーパンというラフな出で立ちとなっている。これがこのホテルに出入りする際に装っている姿でもある。

 

『それにしても、やっぱりお猫ちゃんが食い付いて来たみたいね。ロゼの元に辿り着くか、篠ノ之博士の妹を守るかのどちらかだとは思っていたけど』

「安直に囮の方へ向かわず、本命である私の潜伏を予測して待ち構えていた洞察眼と判断力……貴女が目を付けているだけの事はありますね」

『ええ、何せ彼は篠ノ之博士が持つ懐刀の1つでもある。本人の力量も然る事ながらバックアップも非常に強力、油断していると手玉に取られてしまうわよ』

 

 窘めるように語られるも、ロゼは元々油断しているつもりでは無い為話半分にそれを聞き流す。既に対峙しているからこそ、彼女はテオの能力を察し、ある程度の警戒を抱いているのだ。

 

『実を言うと、あの件に関しても少し不安があるのよね』

「あの件……もしや、『避難をしていた来賓の中に、亡国機業の息が掛かった者が1人いた』事ですか?」

 

 今回のタッグトーナメントで亡国機業の企みに加担していた人物は、実は3人いた。VTシステムの強制起動実行犯となって切り捨てられたマリーヌ・デュノア。マリーヌの逃亡の手引きという建前の下、万が一彼女が計画と異なる行動を起こした場合の備え役として来たロゼ。

 そして件の、それらの騒動を隠れ蓑にしてデータ収集を確実に行う為に用意された、亡国機業の3人目の手先。正確に記すのであれば、報酬で得られる金銭目的の為に今回の事件の協力を裏で取引された、とある国の重鎮の1人である。

 更に亡国機業に加担した者は、避難時にわざと置き去りにした鞄に仕込んでいたカメラを使ってVTシステムの戦闘映像を録画し、後に合流したロゼにそのデータを渡しているのだ。それが指示された仕事の内容であり、口止め料も含まれた多額の報酬金もその時に受け渡しが行われた。

 

『えぇ。支障も無く事を運べたのは喜ばしい事だけれど、幾らなんでもアプローチが弱すぎる気がするの。本来なら貴女以外の侵入者の線も考慮して、来賓の身辺や荷物のチェックを帰り際に行うと思わないかしら?』

「……確かに、その通りですね」

『泳がされている可能性も否定できないわね……私はちょっと探りを入れてみるから、貴女も何か情報を掴んだら教えて頂戴』

「分かりました」

 

 そう返事をした所で、ロゼは荷物の整理を完了し終える。不備は無く、後はその荷物を持ってホテルから出てしまえば良いだけだ。

 

『それにしても、フランスもドイツも気の毒よね。国自体は何も悪い事をしていないのに身内が遣らかした所為でとばっちりを喰らっているんだもの。フランスに至っては必死に狙ってたイグニッション・プランの席を遥か彼方に遠ざけられてしまってるし』

「私たちの陰謀がそれを招いたのも事実ですが、それ以前に人間が抱いた下らない欲望が根本的な原因の筈ではないでしょうか?デュノア夫人は機業の幹部入りという私の甘言で出世欲を湧かせては簡単に引っ掛かって無様に捕まり、ドイツも他国より優位になりたいが為に禁断とされるのが目に見えるようなシステムを開発し、今になって悪用されてしまっている」

 

 VTシステムの開発に関しては関係国が不明瞭とされているが、亡国機業の調べではドイツは関係国の1つであると裏付けが取られている。それは第2回のモンド・グロッソの開催国がドイツになった理由と繫がりがあり、更に機業は開発の主となった研究所と政府の重鎮すらも明らかにしているのだ。

 そしてその情報が天才で天災な科学者の耳に入り、VTシステムが完全撲滅される日が訪れるのは間もなく後の話になる。

 

 何はともあれ。

 人が下卑た欲を生めば、罪も合わせて連ね生み、終いの折には罰を齎す。

 ロゼが言いたい事は即ち、浅ましい欲は己の身を滅ぼすという因果応報の理への同調である。その声色には、いつもよりも僅かに力が込められていた。

 

『まぁ、そんな人たちがいるからこそ私たちも動きに目処を立てやすいんだけどね』

「その通りです。次に利用するのは……確かアメリカとイスラエルでしたね。その2国もすぐに泣きを見る事になりますね」

『布石は私たちの方で打ってあるけれど、恐らく現場でアクションが必要になると思うから、準備を欠かさないようにね。まぁ詳しい話は休暇の後にしましょう』

「解りました」

 

 ふと腕時計に目をやると、飛行機のフライト時刻が近付いていた。今からホテルをチェックアウトし、タクシーやバス等を使って空港に行けば多少の余裕を持ちながら搭乗に備える事が出来るだろう。

 

「では、そろそろ出立するので切ります」

『ええ。アジトに戻ったら一緒にワインでも飲まないかしら?この間良いのが手に入ったのよ』

「クソッタレフランス産でなければ付き合いましょう」

『スペイン産よ。それじゃあ待ってるわね』

 

 そこで電話は終了した。

 ロゼはスマートフォンをポケットに仕舞うと、荷物を携えて部屋を後にする。

 

 残されたホテルルームは、ベッドシーツの若干の乱れと道具類の使用痕跡による演出が施された、違和感の無い空間となっていた。

 ホテルのスタッフが何の疑念も抱かずに清掃を行って形跡が消える、その時まで。

 

 

―――続く―――

 




 事後処理を書いた回でした。コメディでもないからスマートに終わらせてしまおうと思っていたらいつも通りのボリュームに。
 そして何かあったら大体亡国機業のせいにされてしまうこの頃。

???「これも全部亡国機業って奴の仕業なんだ」
???「何だって?それは本当かい!?」
???「亡国機業絶対許さねぇ!」
亡国機業「はいはい私のせい私のせい」
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