◇ ◇
今日も朝が訪れる。一日の到来を報せる眩しい日の光がカーテンの隙間から差し込み、私の視界に入り込んで来る。快晴の朝というのは、いつ見ても清々しくて気持ちが良いものだ。
朝日でバッチリ眼が覚めた私は、寝床から出るべく身体を動かそうとする。……が、まるで拘束具でも付けられているかのように身動きが取り辛い事に気付いた。更に私はいつの間にかキャットハウスの外へと出ており、視線を傍らに向けてみれば私の身体を捕えている正体が其処に在った。
一糸纏わぬ姿で私の身体を抱えて眠っている、ラウラちゃんの姿が。
私の居住スペースは一夏少年と箒ちゃんのルームの角に別のカーペットを敷く事によって設けられており、その長さは箒ちゃんが横に寝ても収まらない程度だ。そこにキャットハウスを置いている事によって、流石のラウラちゃんの身長でもカーペット内に身体を収める事は出来ない仕様となっている。
故に彼女は胎児の様に身体を丸めながら私を抱える事によって、若干窮屈そうにしながらもカーペットの枠からはみ出さない様に務めている。
「すぅ……すぅ……」
≪おやおや≫
穏やかな寝顔を浮かべている愛娘の姿に、思わず頬を緩める私。
ここ最近のラウラちゃんの行動は、以前と比べて大きく変化した。
私の娘であると表明した初日から、彼女は学園の生徒や千冬嬢以外の先生たちを見下すような態度を撤廃し、その立ち位置を改めるようにし始めた。同級生に対しては同じ視線で物を語り、上級生や先生たちに対しては敬意を込めた姿勢を取る様に務めている。彼女の一変には皆が戸惑い接し方に困るケースも少なくは無かったが、
これまで目の敵にしていた一夏少年への態度も軟化している。最初こそ隙あらば倒すと言わんばかりの視線を向けていたが、今となっては他の生徒たちと遜色無い態度で接してくれている。ただし彼のIS技術に関してだけは辛口の評価を付けており、指導の仕方も他の子たちとは違ってシンプルなスパルタ具合となっている。ラウラちゃんは1年生の中では間違いなく最強クラスなので、彼にはトコトン絞られてもらうとしよう。
そして彼女の接し方が最も大きく変化したのが、シャルと箒ちゃん、そして私である。
箒ちゃんに対しては表明当時からお姉ちゃんと呼ぶと言っていただけはあり、一緒にご飯に誘っては隣に座りたがったり、授業が終わって寮に帰った後には部屋に遊びに訪れたり、お風呂に入る時は『家族ならば裸の付き合いはお決まりだ』と言って一緒に入りたがったりと、その姿はまるで姉を強く慕っている妹の様である。ちなみに私への絡みも殆ど一緒である。
シャルについては、最初の頃は同時期に私の娘になると宣言した事もあって互いの関係について色々と言い合っていたが、最終的には『双子の姉妹』という形で収束した。姉、妹ではなく互いに名前で呼び合ってはいるが、2人の繫がりは他の子たちとは違って一段強くなっていると、傍目から見た私はそう感じている。それにしても全然見た目が似ていない双子だこと……って言ったら父親と娘も全く似ていなかったね。
「……んむ」
ラウラちゃんの目が僅かに開く。
眠りから覚めた彼女は、未だにぼんやりとした様子で私の姿を見やると、目元を擦りながら声を掛けてくる。
「む、おはようパパ」
≪おはようラウラちゃん。よく眠れたかい?≫
「あぁ。パパの抱き心地は快眠を促すのに十二分の破壊力があるからな」
そう言ってラウラちゃんはシーツを除けると、腕の中に包んでいた私の身体を解放する。
というかラウラちゃん、昨日は自分の部屋で寝ていたんじゃなかったっけ。
「最初は部屋で寝ていたのだが、またパパの温もりが恋しくなってしまってな。皆が眠っている間にピッキングで部屋に入って来た」
ラウラちゃん曰く、施錠された扉を解く程度は軍の訓練で学んでいるのだとか。一般的な戸締り程度ではラウラちゃんを妨げる事は無理という事だろうね。
それにしても、やはり人の裸というのは見ていて寒そうである。
夏季に差しかかり、朝でもある程度暖かくなってきたとはいえ、油断をしているとすぐに体調を崩してしまうのが人の道理だ。
≪ラウラちゃん、やっぱり寝る時も服を着た方が良いと思うよ≫
「む……しかし、パパだって裸で寝ているではないか。父娘でお揃いというのは今の時世では珍しいだろうが、私はパパと一緒の格好で寝たい」
あら、嬉しい事を言っちゃってまぁ。
≪だけど、猫には体毛があるからね。お揃いにするならラウラちゃんも体毛を纏わないと正確とは言えないんじゃないかな、或いは私が毛を丸刈りにするか≫
「むぅ、流石にそれは憚りがある」
≪でしょ?ドイツも日本も気候の変化が大きいから、ちゃんと服を着て寝ないと風邪を引くよ≫
「……しかし、寝る時に着る物が無い」
無かったんだ。
というかラウラちゃん、転入してから夜はずっと裸で寝ていたのか。ホントに丈夫な体だね。
≪それじゃあ今度の休みに皆で服を買いに行こうか。ラウラちゃんの好きな物を買ってあげよう≫
「服か……あまり興味が無いのだが、パパの厚意を無碍にするのは娘として失格だな。その言葉に甘えよう」
お固い口調でそう言いながらも、その頬は緩んでいる。買ってあげる、と言った辺りからピクリと動き出していたので多少は喜んでくれていると見て良いだろう。
「ふあぁ……テオ、もう起きて……うおわぁっ!?またその格好で来たのかよっ、ラウラ!?」
ここで一夏少年が遅れて参加。
目が覚めていきなり視界に全裸のラウラちゃんが飛び込んできた少年のリアクションは仰々しく、酷く慌てた様子で顔を横に逸らし出す。
≪おっと、私の娘の裸を見たからには責任を取る覚悟があるんだよね?少年。というかこの流れもこれで3回目なんだけど≫
「どう考えても不可抗力じゃね!?前にも言ったけど寝覚めの不意打ちはノーカンだろ!」
「何れにせよ、お前が私を娶るには何よりも強さが足りない」
≪速さは足りてるかい?≫
「それも足りないな、パパなら釣りが出る程に足りているが」
「どうでもいいから、早く服を着てくれよ!?」
そんなこんなで、騒がしい朝が過ぎていく。
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「と言う訳で、懲りずに女の子の裸を何度も見た一夏を殺す会議を始めたいと思います」
「あの、鈴、会議名が殺意に満ち溢れてるんだけど」
「議長兼処刑執行人はあたし、凰 鈴音が担当します。書記兼処刑執行人はセシリア・オルコットに、タイムキーパー兼処刑執行人はシャルロット・デュノアにそれぞれ担当してもらいます」
「名前どころかラインナップも殺す気満々!?要らない役職がやけに充実してるんだけど!?」
「書記兼処刑執行人のセシリア・オルコットですわ。一夏さんの息の根を止めるように頑張ります」
「書記を頑張れよ!会議名的にはそれで間違ってないけど、大いに間違ってるから!」
「処刑執行人のシャルロット・デュノアです。さよなら一夏」
「せめてタイムキーパーは名乗って!そして台詞が無慈悲すぎる!?」
鈴子ちゃんを中心としたコントが始まり、一夏少年のツッコミスキルが冴え渡る。
休み時間という事で鈴子ちゃんも1組に遊びに来ており、他のクラスメイトの子たちも各々で親しい子たち同士で会話を楽しんでいる。一部の子は此方の会話に耳を傾けているようだけど。
「まぁ冗談はここまでにして……ラウラの私服が無いっていうのはやっぱり問題ね」
「軍服があるではないか」
「辞書で私服って言葉、引いてきなさいよ」
真面目な顔で答えるラウラちゃんに鋭くツッコミを入れる鈴子ちゃん。いつぞやは険悪な雰囲気を漂わせていた2人であったが、ラウラちゃんの誠意の籠った謝罪とさばさばした鈴子ちゃんの性格のお陰で、こうして普通に会話できる程に関係が修復されている。
「ラウラさん、レディとして身嗜みを整えるのは当然の事なのですから、もう少し関心を抱いてみてはいかがですか?」
「そうは言ってもな……パパにも言ったのだが、今まで軍人として生きてきたから如何せん興味が湧かんのだ」
「顔立ちは整っていらっしゃるのに、勿体無い……」
セシリア姫も鈴子ちゃんと同様でラウラちゃんを敵視していたが、後の謝罪を受けて態度を改めるようになった。曰く『余計な禍根を引き摺るのは淑女として相応しくありませんし、同じ学び舎に通う者同士として交誼を紡ぐ方が望ましいですわ』だそうだ。
「取り敢えず、今度の休みに物資調達に行くという事でパパと話を進めているのだが」
「……買い物を物資調達と表現する奴、初めて見たわよ」
≪なるべく皆の予定の会う日にしようかと思ってるんだけどね、皆の都合はどうかな?≫
代表候補生である子たちは、学生生活に加えて専用機のデータ収集という目的がある為一般生徒たちよりも忙しい立場にある。お国の方で新しいIS装備が完成された、もしくは完成の目処が立ったとなれば早期試験を望ましきとされ、スケジュールがその分埋まる事になるのだ。
この場の代表候補生は一夏少年と箒ちゃんと私以外の4人。しかし一夏少年については専用機持ちという事で倉持技研とのやり取りも必要となっている。
私の言葉に最も早く返答をしてきたのは、シャルであった。
「それなら、今度の臨海学校の前に休みがあるから準備も兼ねてその日にしない?どうせ臨海学校で装備テストがあるだろうから、前後の日に予定が入るとは思わないし」
≪そう言えばそうだったね。3日間もあるんだから女の子は色々と準備しておきたいだろうからね≫
「え、準備って言ったって別段必要な物は無いだろ?着替えも寮で使ってる奴持って行けば良いだろうし」
「はいはい、アンタの感性には誰も期待してないわよ」
「……何だろう、この小馬鹿にされた感」
そう言って複雑な表情を浮かべる一夏少年であったが、誰もフォローする気は無い模様。取り敢えず少年は、女の子には色々あるという事だけでも理解していれば良いと思う。向けられている好意に気付くよりはよっぽど簡単な事の筈だしね。
シャルの提案に皆が賛成し、臨海学校前日の休日を利用して全員で買い物に行くことが決定した。シャルは相変わらずこういう幹事役に長けているから、流石と言えよう。
「で、では一夏さん。その際にはわたくしの……み、水着を選んでいただけないでしょうか?」
その言葉を聞いた瞬間、鈴子ちゃんとシャルの耳が一際大きくピクリと動いた。いや、彼女たちだけではない。教室内にいるクラスメイトの子たち全員がセシリア姫の放った言葉を聞き取って見せたのだ。
前者はセシリアと同じく、少年の恋する者として。後者は殆どが野次馬根性を湧き立たせて。
「おっとセシリア、いきなりの抜け駆けはちょいとナンセンスよ。というわけで一夏、あたしの水着も……その、選定しなさいよ?」
「ぼ、僕も……一夏の好みで選んでほしいかな、って」
「それじゃあ織斑君、私の水着も!」
「私も!」
「私はいっそ下着を―――」
「そいつを確保しろ!ぶっ飛んでやがる!」
一部暴走する子が発生しつつ、一夏少年を中心に騒がしくなっていく。やはり1組のクラスは特にノリの良い子たちで構成されているよね。
ちなみに、喧騒に参加していない私と娘の2人はというと……。
≪さて、箒ちゃんにラウラちゃん。今の内に席に戻るとしようか≫
「うむ。もうすぐ織斑先生が来る頃だからな」
「教官の出席簿は私も自ら進んで喰らいたくないな。巧みな処世術は心得ていかねば」
≪シャルは……今回はちょっと遅かったかな≫
この後、メチャクチャ出席簿で叩かれた。私たち以外の皆が。
――――――――――――――――
「むぅ……」
≪ほらほら、そろそろ機嫌を直してよシャル≫
本日の授業が終了し、シャルの部屋に遊びに来た私と箒ちゃん。
シャルが女の子として転入してきた後、彼女の同居人としてラウラちゃんが選ばれている。元々2人は1人1部屋で過ごしていたのだが、同性だと知るや否や先生たちの判断で部屋割りの変更が行われた。
そのため、現在この部屋に居るのは遊びに来た私たちと部屋主であるシャル、ラウラちゃんの4名。こういう場に必ず居そうな一夏少年は、今頃大浴場でまったりしているだろう。そもそも一夏少年が放課後に大浴場に行くと宣言していて、唯一連れとなれる私はシャワーで済ませるつもりでいたため、今日は彼1人で浴場に行く事になり、私と箒ちゃんは折角だからと此処に遊びに行く事になったのだ。
で、部屋主のシャルは現在進行形で不機嫌中。今日の騒ぎの時にシャルを置いて私たちだけで難を逃れた事が原因で機嫌を傾けてしまっているのだ。
「恋に盲目とはよく言ったものだが、だからといって教官の来室を見落としても良いと言うわけでは無いぞ」
「確かに、千冬さんの一撃は心の臓にまで響く程の衝撃があるからな……」
「……まだ頭のてっぺんがじわじわ痛むよ」
そう言いながら頭の上を自ら擦るシャル。騒いでいた子たちの数が数十人であったにも関わらず一瞬で1人残さず出席簿で鎮圧してみせた千冬嬢の腕前は、日々磨かれているようだ。流石である。
「頭が痛むのか、シャルロットよ。どれ、私が撫でてやろう」
「い、良いよそんなっ。別にそうしてもらいたくて言ったわけじゃ……」
「遠慮するな。我らは同じパパを持つ義姉妹、こういう時は素直に甘えておけば良い」
そう言うや否や、ラウラちゃんはスッとシャルの傍に寄りそうと、シャルが先程擦っていた個所を優しく撫で始める。
テキパキと展開を進めるラウラちゃんのペースに追い付けていない様子だったシャルも、素直に身を委ねて気持ちよさそうな表情を浮かべる。
「ふぁ……ラウラ、頭を撫でるの上手なんだね」
「パパの手腕を参考にしてみたからな。義妹を可愛がる術を会得するのも義姉の務めだ」
「……えっ、僕が義妹なの?」
蕩けそうになっていた顔が一変して、動揺に溢れたそれとなる。
対するラウラちゃんは、さも当然と言った様子で彼女の揺らぎを受け流し、小首を傾げる。
「違うのか?」
「ち、違う……って言い切れないかも。で、でも雰囲気なら僕の方がお姉ちゃんっぽいんじゃないかなっ?」
「上面を指摘されると私も言い返し難いが、娘になるという宣言は私の方が早かった筈だぞ」
「うぐっ。で、でも娘になるって決めたタイミングは僕の方が早いって可能性も……」
おやおや。以前は2人で双子の義姉妹だと解決したのに、今度はその中で上下を決めようとしているね。てっきりこの話はあの時点でお終いだと思っていたのだけれど。
2人はそこから、ああだこうだと口論を始めだした。私としてはどっちが姉でも妹でも問題無いと思うんだけど、まぁそこは若い子たちの好きにさせてあげるとしよう。
ふと。
箒ちゃんの方を見やると、介入する訳でも無く彼女たちの姿をジッと見つめている。
≪どうかしたのかい?箒ちゃん≫
「……いや、不思議なものだと思ってな」
≪何が?≫
「私の姉妹は今まで姉さんだけだったから、妹が居るというのは、こう、何と言うべきなのだろうな」
そこまで言うと、口元に手を添えて言葉を噤む箒ちゃん。
しかしその顔つきに嫌悪の感情は全く籠っていない。寧ろその逆であると言えよう。陰ではなく、陽の感情が乗った顔だ。
「そうだな……唐突ではあったが、こういう繫がりも良いものだな」
≪それは何よりだよ≫
そう言って私たちは微笑み合う。
そして、娘たちの話し合いも新たな局面に移ろうとしていた。
「ならばパパとお姉ちゃんの意見も聞こうではないか。今回の件に関しては、第3者から見た見解も重要な判断材料だと言えるだろう」
「それには賛成だね。ということで箒、お父さん、2人もこっちに来て!」
≪おやおや、お呼びが掛かったみたいだ≫
「ふっ。ならば付き合ってやるとするか」
娘2人のご要望に応えるべく、私と箒ちゃんは彼女たちの輪に加わっていく。何だかんだで姉妹仲良く過ごせていけそうだからお父さんも安心だ。
「……私ももう少し、姉さんに踏み込んでみても良いかもしれないな」
シャルたちに話し合い混ざる直前、そんな箒ちゃんの独り言を私は確かに耳にした。
束ちゃんが嬉しさのあまり大はしゃぎする未来が容易に思い浮かぶよ。
『ちーちゃんちーちゃんビッグボイン、じゃねーやビッグニュース!箒ちゃんが最近連絡をくれ始めたのは周知の事実だと思うんだけど、さっき箒ちゃんが電話してきて『今度一緒にご飯でも食べに行きませんか?』って初々しげにお誘いして来たんだよちーちゃん!中学の最初辺りはずっと私と話したがらなかったあの箒ちゃんが自分からそんなお誘いをしてくるなんてここ最近では好感度アップイベントを経過した記憶が無いけどそんな事はどうだっていいんだ、重要な事じゃない。束さんのハートは現在進行形でドキがムネムネでマジパナいんだよちーちゃんちゃん!あぁご飯ってことは箒ちゃんの手作りの可能性が極高であって今なら私は人間を辞めれる気がするよちーちーちゃんちゃんWRYYYYYYYYY!!』
「うるさい」
勤務明けでシャワーを浴びたら即寝ようと思っていた矢先に掛かってきた電話を、千冬は問答無用で切ったのであった。
―――続く―――
日常回。ストーリーに進展があるわけでも無く。
単にラウラが『パパ』『お姉ちゃん』と言っているシーンが書きたかっただけです、はい。別に今後のストーリーでも言い続けるので焦る必要は微塵も無いのですが。