「はいどうぞ、おじ様。ミルクですわ」
セシリア姫はそう言いながら、猫用ミルクが入った容器を丁寧に私の前に置いた。ゆらゆらと揺れるミルクの表面が、ライトの光に当てられて魅力的な輝きを放っている。
私は現在、セシリア姫に誘われてティータイムに興じさせてもらっている所なのである。以前、姫が私と一緒にティータイムをしたいという事を話題に出し、折角だからという事で姫が互いの物を準備してくれたのだ。姫には英国の有名なブランドの紅茶を、私にはオルコット家の方で準備してくれたミルクがそれぞれ用意されている。
≪あぁ。ありがとうね、姫≫
「うふふ。おじ様と知己の間柄になってから、オルコット家に頼んで手配してもらった特注品のミルクですの。お家の方で専門家をお呼びして、味や栄養価についても監修していただいていますから、きっとお気に召すと思いますわ」
セシリアは自室の棚から紅茶葉の入った缶を取り出すと、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めていく。缶のお洒落なパッケージの中央にはWedgwoodと書かれている。
「~♪」
軽やかに鼻歌を披露しながら紅茶を淹れていくセシリア姫は、随分と機嫌が良さそうに見える。足取りも鼻歌と同様に軽々とした様子である。
ニコニコしている女の子というのは可愛らしく微笑ましいので何も悪くは無いのだが、彼女が片想いを抱いている男子がこの場に居ないので、私にはその光景が少々不思議に思えた。
≪随分とご機嫌だね、セシリア姫。一夏少年が居るのなら、その喜び様も納得出来るんだけど≫
「むっ……おじ様、それはちょっと聞き捨てなりませんわ。わたくしは別に一夏さんの前だけ機嫌が良い訳ではないんですのよ?今日のティータイムだって、ちゃんとテオおじ様がお相手だから楽しみにしていたんですわ」
私の言葉をよく思わなかったセシリア姫が、ジト目で此方を見ながら頬をプクリと膨らませてしまう。
どうやら私は、私が思っている以上にこの子に慕わせてもらっているらしい。そもそも、目の前にあるミルクこそがその証拠と言える筈だというのに。これはどう考えても私の方に非があるね。
≪いやぁ、ごめんごめん。姫から確り信頼されている私は幸せ者だよ。うん、改めて思い知った≫
「……ホントに反省してますの?」
≪私は一夏少年じゃないから、その場凌ぎの返答はしない主義だよ?≫
「それは確かに……何はともあれ、わたくしはおじ様の事もちゃんと好ましい殿方であると思っていますので、自信を持ってください。あ……こ、好ましいと言っても、恋慕の感情は一夏さんにだけ向けていますから、そこは深読みしないでくださいまし!」
≪ははは、勿論分かっているとも≫
不満そうに渋めていた顔が、恋する乙女らしく頬を染めてアワアワとした姿に早変わり。セシリア姫は他の子たちよりも表情がコロコロ変わるから、見ていて楽しい子である。鈴子ちゃんとシャル・ガールもこの子に負けないくらい表情にメリハリがある子たちだよね。
「はぁ……一夏さんもおじ様くらいの機微を持って下さっていたら、わたくしもやきもきした日々を送らずに済みますのに」
≪だって一夏少年だし≫
「非常に説得力のある言葉、ありがとうございます。一夏さんって昔からあんな調子なんですの?」
≪唐変朴な所は寧ろ成長してしまっているという事態かな。……あぁ、けど昔はもっと口調が乱暴だったね≫
その言葉を聞いたセシリア姫は、まぁ、と驚いた様子で声を漏らす。
「そうなんですの?……そういえば、一夏さんの昔の話を聞いたことがありませんわね。箒さんや鈴さんから伺った事もありませんでしたし」
一夏少年に恋する乙女同士の絆は、通常のクラスメイトや同級生よりも固く紡がれている。少年の傍にいる機会がお互いに多くなれば、必然的に彼女たちが出会い時間を共有する機会も比例して増える。そしてそれはお互いの事を理解し、仲を深め合うきっかけとなるのだ。恋のライバルである前に友人でもある、つまりはそういう事である。
かく言う私も、時々一夏少年の失敗談をバラしてはいるが、彼の人物像まで話した覚えは無い。その手の話題になると大体彼の失態が笑われるオチになるので、そこまで掘り下げられる事も無かったのだ。
≪そうかそうか。それじゃあ今日は一夏少年の若かりし頃の姿でも語っちゃおうかな≫
「一夏さんの子供の頃のお話……とても興味がありますわ」
良い笑顔で身を乗り出すセシリア姫を目の当たりにして、私も思わず笑みを浮かべる。相変わらずの好かれっぷりだね、少年。
話の種も決まり、姫の分の紅茶も既に準備し終えている。いつでもティータイムを行う事が出来る様、場は整えられた。
セシリア姫も淹れたての紅茶を備え、ソファに腰を下ろす。
「それでは、さっそく―――」
コンコン、と音が鳴る。音の鳴った場所は入り口のドア、外側から内側に掛けて発せられる音の籠り方。
来訪を報せるノックの音である。
その音を耳にしたセシリア姫は、少々失礼しますわ、と私に一言断りを入れてから来客を迎えるべく扉の方へと向かっていく。
「おや、貴女は……」
私も来客が気になったので、彼女の向かっていった方に視線をやり、その様子を眺めやる事にする。
セシリア姫が扉を開けた先に居た人物は、私たちの面子に対して少々意外な子であった。
「えへへ~。さっきの教室ぶりだね、セッシ~」
来客の正体は、のほほんちゃんだった。
通常営業とも言えるのんびり口調とほんわかした雰囲気が、対面するセシリア姫に向けられる。
「布仏さん?貴女がわたくしのルームに訪れるなんて珍しいですわね。どうかしましたの?」
「んっとね~、セッシーとテオにゃんが一緒にお菓子食べるって聞いて~、わたしも2人と一緒に食べたいな~って思ってぇ」
そう言えば、今日のティタームの約束は休み時間の時に行ってたっけ。けれど、ティーの約束は会話の一端程度でしか話題に出ていなかったし、周りの子たちも各々賑やかに喋っていたからその部分を正確に聞き取っていたとは思わなかった。ティータイム≒お菓子という認識であるという事は、気にしないでおこう。
それにしても、タッグトーナメントでの読めない動きといい耳聡さといい、この子は雰囲気に反して実力の高い子なんじゃないかと思い知らされる。
「わたくしは一向に構いませんが……テオさんは如何ですか?」
≪勿論、歓迎するよ≫
「やっほー、テオにゃん」
≪やぁ、のほほんちゃん≫
という訳で、急遽お茶会のメンバーにのほほんちゃんが加わる事になった。
セシリア姫、私、のほほんちゃんという並びでソファに着き、改めてティータイムが開始される。
それぞれが飲み物を一口飲んだところで、セシリア姫がカップをテーブルに置かれたソーサーの上に戻して口を開く。
「……意外でしたわ。まさか布仏さんがティーの作法をご存知だとは」
紅茶を飲む際のマナーというのは一通り存在している。一例を挙げるならば、カップのハンドルは右側に向けて、指は入れずに摘まむ様に持つ事。今回の様なローテーブル式ではソーサーは左手に持って胸元辺りまで運んでから、カップを口に運ぶ事。他にも両手でカップを持ってはいけない事や、ティーフードを一緒に嗜む際にも色々なマナーがあるから、興味がある人は各自で調べてみるといい。こういう作法は覚えていると、いざという時に役に立つものだ。
以上、そんな作法とは無縁の猫がお伝えしました。
と、話が脱線してしまったね。
確かにセシリア姫の言は一理ある。普段はポワポワしているのほほんちゃんが、キチンとした姿勢でマナーを守って紅茶を飲んでいる姿というのは中々に不思議な光景だ。俗に言う、ギャップという奴だろう。
「んふふー、お姉ちゃんがよく紅茶を淹れてくれるから、その時に色々と礼儀を叩き込まれたんだよ~。……辛かったなぁ、あの頃は」
「何故そんなに愁いていますの?」
その目は優しかった。
「だってだってぇ、お姉ちゃんってそーいうのにすっっっごく厳しいんだよー!?ちょっとでも間違ったらすぐに怒るしぃー」
「布仏さんのお姉さんとなると……3年生の整備科主席の虚先輩ですわよね?礼節に厳正だという話は聴きませんが……」
「他の人には言わないんだよ~!わたしにばっかり厳しいんだよ~!最初の頃なんて、お風呂上りの牛乳みたいに紅茶を一気飲みしたら怒鳴られたんだよー!?」
「いや、それはフォロー出来ませんわ」
バッサリと切り捨てるセシリア姫の目には、先程の様な憐みが感じられない。完全に突き放したそれである。
「けれど、虚先輩が紅茶に詳しいとは初耳ですわ。機会が巡れば、是非お話を伺いたいものですわね」
「あっ、それじゃあ今度お姉ちゃんにセッシーの事伝えてあげよっか?セッシーならお姉ちゃんとも仲良しさんになれると思うよ~」
「あら、良いんですの?……それじゃあ、先輩に宜しく伝えてくださいます?」
「おっけ~、ジョセフ・ジョースターのいる乗り物に乗ったつもりでお任せあれー」
そう言って、自信満々な様子で胸を張るのほほんちゃん。けどその乗り物、絶対沈められるよね?
そんな雑談を交わしながら、私たちは優雅で穏やかなティータイムを堪能していく。会話のネタの1つに若い頃の一夏少年について話してあげたら、2人とも興味深々な様子で聞き入ってくれた。彼が同級生の男子たちに苛められていた箒ちゃんを救ってあげたエピソードを語ったら、2人とも彼の正義感に感心を表してくれた。尚、女子が体操服に着替えている教室に誤って入ってしまった失態をその後に話したら、2人の少年への評価がマイナス方向に走った模様。
もののついでに私の若かりし頃を語ってみたら、どちらも私の予想以上に驚いてみせた。けっこうヤンチャしてた時期だったから、落ち着いている今とのギャップを感じてしまうのも当然か。
一通りの時間が経過した頃、話題は再び一夏少年に関する事へと戻っていく。
「ところで、一夏さんは今何をしていらっしゃるのでしょう?」
≪多分、部屋に居るんじゃないかな。今日は放課後にラウラちゃんとの訓練が入ってたから、部屋で訓練での注意点を復習してると思うよ≫
「おりむー、頑張り屋さんだね~」
≪まぁ、その後は一瞬で眠っちゃうんだけどね≫
ラウラちゃんによる訓練が始まった頃、一夏少年がその日の訓練を見直さずにさっさと寝てしまった事を知ったラウラちゃんは『己の弱所を復習しないとは何事か!そんな惰弱な姿勢で教官を守るという豪語を果たせると思っているのか!』と叱咤。長時間の末に解放された一夏少年は、以降の訓練の後では必ず当日の訓練の成果・課題を纏めて見直すようになったのだ。脳も身体もバリバリに酷使するので、あの子が訓練を担当する日の寝つきの良さはベリーグッドだ。
そんな彼の境遇を知ったセシリア姫は、一夏少年に対して同情の籠った表情を浮かべる。
「まぁ、それは大変ですわね……ならばこのセシリア・オルコットが、一夏さんの為に特別な差し入れを拵えて差し上げる事にしましょう。わたくし手作りの料理で」
穏やかな笑みを浮かべながら、セシリア姫はそう宣言した。
…………えっ。
「そうなると、一夏さんには何を食べていただきましょう。ただ単に英気を養うだけでなく、我が英国の誇る料理を振る舞う事によって、我が国の魅力をより深く知っていただくべきでしょうか」
「お~、イギリス料理~!でもわたしはやっぱり日本のご飯が好きかなー」
「……ふむ、言われてみると、この国の料理で一夏さんの舌を満足させるという事も将来性を考えると必要になりますわね。日本の料理といえば……お寿司、天ぷら、肉じゃが等でしょうか」
「わたし、肉じゃが大好きー!」
「当然な話ですが、どれもわたくしは調理した経験がありませんわね……いいえ、そこで挫けてはオルコット家の名折れ。貴族たる者、その程度の試練は優雅に乗り越えなければなりませんわ。そう、わたくしの料理センスによって!」
なんだろう、会話の雲行きが怪しくなってきている。
「布仏さん、肉じゃがの味のベースは分かりますか?」
「んっとね、砂糖と醤油だよー」
「砂糖だけにしましょう。ラウラさんのスパルタ指導で一夏さんもお疲れでしょうし、ストレートに甘みを取っていただかなくては」
「甘々だね!」
「それならば具材の方も考慮した方が良さそうですわね。確か肉じゃがのお肉は豚肉だと聞いていますが……」
「熊さんのお肉なんてどおー?インパクトもあるし、食べ応えもありそうだよー」
「インパクト……素晴らしいですわ布仏さん、確かに単なる肉じゃがでは一夏さんもきっと新鮮味を感じない筈」
「それじゃあ、ジャガイモも別のにした方がいいね~」
「キャビア、フォアグラ、トリュフの3珍味を集結させましょう。熊肉のインパクトをフォローするには十分なラインナップの筈ですわ」
「ゴージャスだね!」
「更にここにイギリスの名菓を加えましょう。甘さを増やす為のファッジ・キャンディと、バリエーション豊かな食感を産む為のMcvitie’sのビスケットと……」
「後はー、隠し味に抹茶とー、コーヒー牛乳とー、練乳とー……」
その数日後、口から泡を吹きながら医療室に運ばれる一夏少年の姿があった。
あの子たちの暴走を止めてあげられなくて、ゴメン。
―――続く―――
やめて!セシリア・オルコットの調理スキルと布仏 本音の奇天烈アイデアで一夏の胃袋にダイレクトアタックをしたら、一夏の臓器がパーになっちゃう!
お願い、死なないで一夏!あんたが今ここで倒れたら、この作品の弄られ役担当はどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、その場のギャグシーンは確保できるんだから!(編集者並感)
次回「一夏死す」。デュエル(料理)スタンバイ!