「ありがとうございましたー」
店員のお決まりの挨拶を背に受けながら、一夏は買い物袋を片手に目的の売り場を去っていった。
購入した物が入ったその袋は、箒たちに知られない様にするため今の内にバッグの中に閉まっておく。トイレに行くという建前で離れたのに手に買い物袋を提げたまま戻ってしまっては、誰かしらに言及されてしまうのがオチだからだ。
一夏個人としては、中々に良いチョイスが出来たと思っている。ジョークのセンスはイマイチな評価を周囲から下されているが、こういったサプライズに関しては打って変わって評判が良い。特に女子からは大好評で、その後に片思いの相手から友達感覚でプレゼントされた事を知って複雑な気持ちにさせている事が9割以上。その様子を見て悔し涙を流しながらハンカチを噛み締める男子も9割以上。
一夏はスマホの画面を点けて、現在の時刻を確認する。プレゼントの内容で悩む時間もあったため、箒たちと別れてから若干長めに時間が経っている。あまり離れる時間が長引けば箒だけでなく鈴たちにも怪しまれてしまうだろう。
そろそろ戻った方が良いと判断した一夏は、歩く足を速める事にした。如何に広い場所であろうとも、流石に店の中で走るのはマナーが悪いからだ。
「ちょっと、そこのあんた」
直後、女性の声が一夏の耳に入り込む。
周りを見渡してみるものの、近くには自分と声を掛けて来たであろう女性しかいない。後の人は先程の声量で呼ばれたとは思えない程度に離れた距離にそれぞれ居る。
「男のあんたに言ってんのよ。そこの服、片付けておきなさい」
どこかピリピリした雰囲気を纏った女性は、ディスプレイ用テーブルに無造作に置かれた服をピシッと指差して示した。
女尊男卑が世界に浸透してから、こういった行動に出る女性が徐々に発生するようになった。ISを扱える女性と世の男性が戦えば3日も経たずに女性側が勝利するとまで言われる始末で、その形勢を楯にして女性優遇制度を設け始めた国も存在する程である。ただし、ここまで顕著に男性を扱き使う横暴な女性はごく一部であり、全ての女性が男性を下に見ている訳では無い。現にISと近くで関わっているIS学園の生徒や教師の中で、一夏やテオに横柄な態度をする者は現状存在しない。
噂によると、将来的にISを利用して女尊男卑社会に拍車を掛けるような思想を抱いた女子は、入学前のアンケートと面接試験によって摘発されて不合格の通達が渡されるのだとか。『女性の物であるISを学ぶ学園だから、必ず自分を入学させてくれる』と勘違いしている女尊男卑思考の少女の殆どは、ありのままの思いを堂々と記述口述するため、採用の時点で弾かれているのだ。
そして、一夏の目の前にこの女性も紛う事無く女尊男卑の派閥に乗っかっている口だ。
「やなこった。それくらい自分でやれよ」
故に一夏は、久しぶりに味わう悪意に嫌悪感を覚えながら、顔を顰めてキッパリとそう言い放った。IS学園でも頼まれごとをされる事はあるが、見ず知らずの、しかも不遜な態度で言い放ってくる女性に従う気も義理も彼は持ち合わせていない。
「へぇ、そんな生意気な態度を取っていいのかしら?今の世間の風潮、知らない筈ないでしょ。男のあんたなんて私が適当にこじつけて警備員に突き出せば、あっという間に有罪なのよ」
「ならやってみろよ。そんな馬鹿らしい生き方してても、絶対この先碌な人生送れないぞ」
あくまで従わない一夏の言葉を聞いて、女性の顔が一気に不機嫌に変わっていく。
「ほんっと生意気なガキね。じゃあ良いわ、お望み通りあんたを警備員に突き出して――」
「失礼。もうその辺りで良いのではないですか?」
女性がいよいよ警備員を呼び出そうとした時、両者の横から凛とした声が入って来た。ポニーテールを靡かせながら現れた少女は、堂々とした足取りで此方の方に近づいてきている。
その姿を見た途端、一夏は目を少し見開きながらその少女の名前を呼ぶ。
「箒!」
「言い合いになりかけているのが遠目に見えてな。心配になったので来たぞ」
そう言って微かに一夏へ笑みを浮かべた箒は、すぐさま真剣な面持ちに切り替えて女性の方へと振り向く。
「事情は深く把握していませんが、一夏……彼は見知らぬ女性に対して失礼な事をする男ではありません。この辺りで見逃してあげてくれませんか?」
「あなた、そいつの女?ちゃんと躾けておいてくれないと周りが迷惑するからしっかりして欲しいんだけど?」
「彼は私の友人です。躾け云々についてはともかく、私の方で言い聞かせておきますので。この場はお引き取り下さい」
「ふん……まぁ、今回はあなたに免じて特別に見逃してあげる。制服からしてIS学園の生徒みたいだし、上の意向は一応尊重しておかないとね」
「…………」
女性は踵を返す直前に一夏に向けて不快の感情を込めた視線を送り、サッサと立ち去って行った。
視線を向けられた一夏は嫌な気持ちになりながらも、その感情を内に留めて箒の元へと歩み寄る。
「助かったよ、箒。庇ってくれてサンキューな」
「なに、気にするな。だが一夏、ああいう類の者は適当に言う事を聞いておけば大人しいものだから、無理に反抗する必要はないのだぞ?」
「別に無理なんてしてねえよ。俺があんな考えの奴が嫌いだから、正直に言ってやってるだけだ」
「そっちの問題ではない。お前が相手を逆撫でして危ない目に遭ってしまうかもしれないから、無茶は控えた方が良いという意味で言ったのだ」
そう言われてしまい、一夏は咄嗟の反論が出来ずに言葉を詰まらせる。と言うのも箒の言葉には心当たりが過去に何度かあり、相手を激昂させて喧嘩にまで発展してしまう機会も少なくなかったからだ。かつては剣道場以外で関わらなかった彼女との距離が縮まるきっかけが起きた時も、箒の事をからかっていた男子を殴り飛ばしていたのである。
月日が経って精神的にも成熟してきた一夏ではあるが、子供の頃の危なっかしい一夏を強く印象に残している箒にとっては先程の光景も内心冷や汗モノであった。流石に今の年齢で暴力沙汰を起こすのは、幾らなんでもマズイ。
「もう私たちの年頃では『まだ若いから』『ついやってしまった』などという言い訳は通用しない。女尊男卑の思想が沁み付いた女性の言う事に従うのは癪かもしれんが、時には己の感情を強く律する事を覚えなければ、お前自身だけでなく千冬さんや周りの者達にまで被害が及ぶ可能性もあるのだぞ?」
「っ……」
箒の言葉、特に姉の名前を出した辺りからますますバツが悪い表情を強める一夏。幼い頃から両親の代わりに育ててくれた唯一の家族に迷惑が掛かる事と言われては、言い返す事など彼には出来なかった。それほどまでに姉の事を大切に思っているのである。
その為、箒の言は一夏の心に強く響いたのである。
「そう、だな……箒の言うとおりだよ。いつまでも意地張ってガキみたいな振る舞いしてたって、結局千冬姉の負担になるだけだもんな」
「あぁ。ましてや今のご時世、男性よりも女性の発言力が強くなっている。迂闊に相手と険悪な関係になれば、先程の様に嘘偽りの被害を訴えて裁判に持ちかけられる可能性だってあるんだ。警察や司法組織も男性だけではないから、いつ女尊男卑の協力者が絡んでくるか分からないしな」
「……」
一夏は表情を晴らさないまま俯いてしまう。色々と思う所があったのだろうが、箒の話を素直に受け止めている事は反抗の無い様子から見て確かな事であった。
実際問題、女尊男卑社会が確立してからというもの、男性が冤罪に掛けられてしまうという事態は高からずも上昇傾向にある。無実だと証明されないままのケースもあり、そういった背景には必ず女性権利団体が関わっていると専らの噂なのだが、真相は未だ世に明かされていない。
しかし、いや、だからこそ一夏は納得できない。今はそういう世の中なのだと理解できているのだが、
「……けど、やっぱり納得いかねえよ。男がああいう女の言いなりになるなんて」
「気持ちは、まあ分からなくも無い。同性である私もあのような思想の者は好かんからな」
「だろ?」
「だからと言って、闇雲に噛み付いた所で根本的な解決には至らない事は理解しておくのだぞ」
そこまで箒の言葉を聞いていた一夏は、その言葉に何か引っ掛かる感覚を覚え、『うん?』と疑念の声を僅かに漏らす。数秒時間を置いたところで、それが何なのかを理解できた。
「何か箒、女に口出しするのはやめろって風には言ってないよな?」
「実際、やめさせる心算はないからな。知り合いの中ではお前は特級の頑固者だからな、どうせいった所で自制出来ないだろう。……加えて唐変朴に難聴持ちときたものだ」
「いや、そこまで俺頑固者じゃないって。というか後半の言葉、何て言ってたんだ?」
「気にするな」
わざと聞き取れない声量にしていたうえ、聞き取れたところで今の一夏に理解できるとは思っていなかった箒は、淡々とした口調で一夏の言及を切り捨て、話の続きを行う。
「自分を頑固者じゃないと言うがな一夏、もし私が『女には口出しするな』と言ったとしてお前は素直にそれに従うか?いや、従わないだろう」
「滑らかな反語で俺の次の台詞潰すなよ!?」
「なら従うのか?」
「絶対無理だな」
「やっぱり頑固じゃないか」
「……いや、それとこれとは別だって」
「絶対、と断言しておきながらまだ言い張るか。諦めろ」
「むむむ」
小さな舌戦は箒に軍配が挙がって終了となる。激しくどうでもいい議題ではあったが。
そんなこんなで。
この場で立ち話をしていても仕方がないという事で、2人はテオ達の所へと戻る事になった。向こうではラウラが他のメンバーによって着せ替え人形役を強いられているのだが、いつ頃に終わるのかまではハッキリしていない。一夏が離れた時には着せ替えが始まったばかりだったので大丈夫だっただろうが、箒へのプレゼントの購入だけのつもりが見ず知らずの女性に絡まれるというハプニングで余計な時間を取られてしまったため、あまりのんびりしていては彼女たちに余計な心配を掛けてしまうだろう。
尤も、その為にテオが残っているのだが。加えて彼女たちの心配のベクトルはお察しである。年若い男女で、片方は隣の人物に好意を抱いているシチュエーションという事は、つまりはそういう事だ。
「……それにしてもさ」
歩き始めて間もなく、一夏の方から口が開く。
「箒って、千冬姉に似てきたよな」
「……それは褒めてると受け取って良いのだな?」
別に箒は千冬の事を嫌ってなどいないし、寧ろ剣術の腕前や普段の立ち振る舞いから尊敬の念を抱いている。そんな彼女に似ていると言われれば嬉しいと思える。
それなのに微妙なリアクションになってしまったのは、好意を向けている相手からの、しかも尊敬の対象の弟であるから。好きな男子が別の女性を引き合いに出して褒めた(と思われる)と考えると、箒も何とも言えない気持ちになってしまったのである。これがクラスメイトの女子から言われたのであれば、素直に喜べたのだろうが。
「何言ってんだ、当たり前だろ?」
「……色々物申してやりたい所だが、まぁいい。それで、どうして急にそう思ったんだ?」
この鈍感が、と心の中で毒吐きつつ箒は理由を促す。
「うーん……自分で言っておいて何だけどどう言えば良いもんか……雰囲気というか何と言うか、こう、鋭い?ハキハキ?そんな感じ」
「ふむ。確かに千冬さんはいつも威厳に満ちているし、真っ直ぐな精神は私も尊敬している」
「ああっ、それだよそれ!雰囲気とかもそうなんだけど、真っ直ぐな所が特に似てるんだよ、千冬姉と箒って」
「……私が真っ直ぐ、か」
一夏にそう言われる箒であったが、表情が僅かに曇り出す。
箒の表情の変化に気付いた一夏はそのような反応をするとは思っていなかったため、どうかしたのかと問おうとしたが、その前に彼女の口が先に動いた。
「かつての私は醜く歪んだ時期があったからな。そうなりたくないから、真っ直ぐでありたいが為に必至になっているだけだよ」
「別に昔の箒に変な所なんて無かっただろ。クラスでもしっかり者だって評判だったし……」
「お前と居た頃ではない。お前と引っ越した後の事だ」
箒が一夏と別れ、家族とも離れ離れになってしまった原因は、政府が提案した重要人物保護プログラムというシステム。突如行方を晦ませた篠ノ之 束を誘き出す為に家族や関係者を利用しようとする者などから身体的・精神的安全を保障するといった内容で、束の妹である箒も当然このプログラムの対象となる。
一夏と別れてからの生活を、箒は誰にも語った事は無い。
彼女と居なかった時期のことが気になっていた一夏も時折尋ねていた頃があったのだが、どう頼んでも口を閉ざすばかり。唯一知っているだろう人物はテオくらいなのだが、彼も口が堅く一夏が頼んでも『箒ちゃんに黙っていて欲しいって言われてるから、言わない』の一点張りで聞く事が出来なかった。
その疑問は今日まで残り続けていたのだが、各イベントやラウラとシャルロットの転入が続いて多忙が続いたために訊く機会を失くしていた。
今なら、答えてくれるだろうか?
そんな一抹の希望を抱いた一夏であったが、箒の顔を見るなり問う事を止めた。
彼女の表情は以前見せた表情と何ら変わりは無かったからだ。忌々しいものを見ているかのような、何かを憐れんでいるかのような、複雑な表情であった。
『醜く歪んだ時期』。
彼女が過去の事を話したがらないのは、十中八九この内容が原因なのだという事は既に一夏も理解している。以前尋ねた時も、それらしい言葉が浮かび上がっていたのを覚えている。その名称が示しているように、話してくれるには相応の勇気が彼女に在る事が必要なのだろう。
「む、皆が此方に来ているな。どうやら向こうの買い物も終わったようだ」
「え?あ、ホントだ。……何か鈴とセシリアの雰囲気が刺々しい気がするんだけど」
「自分の胸に手を当てて考えろ。……いや、今回は私にも飛び火するかもしれんな」
ちゃんと知っておきたかった。大切な幼馴染みに何があったのか、あのような表情になってしまうほどの出来事とは何なのか。知ったからと言って、彼女の辛さを消すどころか和らげる確信も持ち合わせていない。聞くだけで何も出来ないのかもしれない。
だが、それでも。
隣にいる少女の事を知りたいと、一夏は望む。
「行こう、一夏」
「……ああ」
せめて、待とう。
彼女の方から話してくれるまで。彼女が自分に心を許してくれる時まで。
想いを心に秘め、一夏は先に歩く少女の背を追いかけるのであった。
―― 続く ――
割とシリアス多めな回でした。ふぇぇ、ギャグの方が書きやすいよぉ。
途中の女性が何の仕打ちも受けずに終わってしまってもどかしいと感じた方もいらっしゃるかと思いますが、あの手で派手に騒ぐと警察やら事情聴取やらで別の面倒が生じるので今回は流す事にしました。監視カメラの件を突きつける?思いつかなか……知らない子ですね。
次回から臨海学校です。エロ担当のセシリア以外にもポロリを誰かにさせるべきか絶賛検討中です。
シャルロット「僕にやったらスイスチーズみたく穴だらけにするけどね」