◇ ◇
「海が見えたよー!」
「ウェミダー!」
内部灯が並ぶ薄暗いトンネルを抜けた矢先、クラスメイトの子が明るい声色でその様に叫んだ。視界に拡がる広大な海は晴天の中に昇る太陽の光を受けてキラキラと輝いて見え、バスの中にいる女の子たちは一層の賑わいを現し出す。
今日は皆が待ち望んでいた臨海学校の初日。
私たちは学園の方で手配したバスに乗って花月荘という海辺の旅館に向かっている。どうやらそこはIS学園の臨海学校で毎年お世話になっている所であり、今年も例に漏れずその旅館に泊まるという事らしい。今年はIS学園初の男子生徒や私のような猫が居るのだが、上手く調整してくれたと千冬嬢から事前に知らされている。
いやぁ本当に有難い。当旅館はペットの持ち込みを禁止させていただいております、なんて言われた暁には野宿を強いられるかと思うと涙が溢れてしまうだろうからね。泊まれなくても束ちゃんのラボに帰れば別に問題は無いんだけど、私だけ行事にハブられるのはやっぱり寂しい。
「いやぁ、晴れて良かったな」
「うん。これで雨が降ってたら絶対に気が滅入っちゃってたよ」
向かいの席では一夏少年とシャル・ガールが今日の日和に安堵しながら和やかに会話をしている。ガールが少年の方に気持ち半分ほど身を寄せているのは見ていて微笑ましい。ほんのり頬を赤らめちゃって、実に愛い義娘である。
なお、あの席を手に入れるために恋する乙女たちの間で密かなる戦いが前日繰り広げられていたのは、少年の知らぬところである。
「同感ですわね。海があるのに雨が降ってしまっていては折角の自由時間が台無しになっていたでしょうし」
「何故だ?雨が降っているならば室内で鍛錬をすればいい話ではないか」
「……ラウラさん、まさか自由時間の海でトレーニングをするつもりでしたの?」
「当然だ。学園に通っていては海に赴く機会などそうそう無いからな。この日の為に訓練メニューも確りと作成して来たぞ」
「ヴァガッテンノガヨ!」
この機会を活かして教官に一歩でも近づかなければな!と言葉を添えつつ得意げな笑みをセシリア姫に向けているラウラちゃん。年頃の女の子が海で遊ぼうとしていない姿勢を目の当たりにし、姫もこれには苦笑気味。
まぁ、ある程度こなさせたら強引に遊びに連れ出してしまうとしよう。頑張ってメニューを考えて来たのだろうけど、羽目を外す時間はちゃんと設けておかないとね。後でセシリア姫に話を通して協力してもらうとしよう。
「やれやれ……ラウラめ、変な方向に張り切ってしまっているな」
≪後でセシリア姫と何とかしておくから大丈夫だよ。そういう箒ちゃんも遠泳なんてしないようにね≫
「私はそこまで修行馬鹿ではないぞ。というか分かって言っているだろう」
≪おや、バレた?≫
「ねえねえ箒、次は私にも抱かせてー」
おっと、どうやら次のご指名が入ったようだ。
私の身体が箒ちゃんの膝上から離れていき、前の席に座っている相川 清香お嬢ちゃんへと手渡される。出席番号1番、ハンドボール部の活力に満ち溢れた女の子だ。
清香お嬢ちゃんは私を自身の膝上に乗せると、徐に私の背中を撫で始める。元気いっぱいな印象とは裏腹に、優しく丁寧な触り方がとても心地よい。
「ん~、艶やかな毛並が織り成す極上の手触りと暖かみ……夏場でもこの感触への衝動を抑えられない!」
「テオくん、撫でずにはいられないっ!」
「ムセテンナヨ」
私は中毒性のある何かかな?勿論、悪い気は全くしないけどね。
こんなに頬を緩ませてくれるなら、幾らでも身体を貸してあげようじゃないか。
「ん?今幾らでも身体を貸すって思ったよね?」
≪申し訳ないけど、ゲス顔で言われるのはNG≫
「あのさぁ……これから海に行くんだけど、焼いてかない?」
「いや、海に行くとか今更過ぎる台詞でしょ……」
おっといけない、皆の発言が色々マズイ事になっているので、この辺りにしておかないと。
さて。改めて言う事になるが、私たちは今回臨海学校に赴いている。
IS学園の臨海学校は言わずもがなISに関する実習が内容に組み込まれており、各種装備試験運用とデータ収集が2日目に丸々予定されている。ISの持参数とそれを使いまわしていく生徒の数もあって、午前中から夜まで行らなければ時間が足りないので、2日目は忙しく動き回る羽目となるだろう。セシリアちゃん達専用機持ちは各自国から送られてきた専用装備やパッケージをテストしていく必要があるので、これもまた然り。
ちなみに私は束ちゃんから新装備でも送られてこない限り装備テストする必要がないから、専用機持ち以外の子たちのサポートに回る手筈となっているよ。要するに真耶ちゃんのお手伝いというわけである。
まぁ、その為に初日は丸一日自由時間にしてあげてる所は随分と優しい配慮だと思う。余所の学校がどうなのかは分からないけど、自由時間がもっと短いところだってあるかもしれないしね。
2日目は色々大変だろうけど、せめて初日くらいは海で存分に青春して欲しい所だ。
空を再び見上げてみれば、碧天の中に眩しく輝く太陽が、今の季節が夏であることを物語っている。
≪雨が振らなくて良かったねぇ。本当に≫
「ところで、さっきからはしゃいでるあの人は誰?」
「オイヨイヨ!」
「なんか飛び降りてったんだけど!?」
―――――――――――
特に何事もなく旅館に着いた私たちは、旅館の入り口で代表者の女将さんに挨拶を済ませ、各自部屋に荷物を置いてくることになった。殆どの女の子たちは海に行くという話なので、荷物を置いたらそれぞれ水着に着替えにいくのだろう。
で、ここで疑問が浮かぶと思うのだが、学園唯一の男子である一夏少年と学年唯一のオスである私の泊まる部屋はどのようになるのか?
その答えは、千冬嬢の案内によって導かれた部屋の前で明らかとなる。扉に貼られたプレート代わりらしき紙には『教員室』と書かれてあった。
「……教員室?」
「最初はお前たち2人をまとめて個室にするつもりだったのだがな、懸念事項が発生したため急遽変更になった」
≪一夏少年目当てのお嬢ちゃん達が就寝時間を無視して遊びに来るかもしれないからね≫
「他人事の様に言っているが、お前も織斑の事を言えた立場じゃないぞ。お前目当ての女子も絶対に現れるだろうからな」
ちなみに、私は泊まる部屋を事前に聞いていたのでこの結果に対して驚くような事は無い。一応は生徒という立場だけど、ISの知識に関しては先に修めているので、余裕を利用して教員的な立場を取らせてもらう事もある。今回の2日目のサポートのようにね。
というか千冬嬢、私も懸念事項に含まれていたというのは初耳なんだけど。
「まぁ、そういうわけでお前たちは私と同室という事になった。これなら女子たちもおいそれと来ることは出来ないだろう」
「まぁ、確かに……」
≪学校行事とはいえ、旅先で説教なんてお互いに御免被りたいところだろうしね≫
加えて、今回は学園外という事もあって他所様へのご迷惑という点も発生してしまう。場合によっては学校でのお叱り以上にキツイものが待っているに違いないだろうね。
「細かい注意点については、事前に配布したしおりにお前用の注意事項欄の記載ページがあっただろうから、改めて確認しておくように。特に入浴時間は細かく指定されているから、女子生徒と脱衣所でバッタリ出くわすような事は起こすなよ」
「だ、大丈夫です」
「あと言っておくが、ここでも私とお前は教員と生徒であると――」
≪まぁまぁ千冬嬢、そこまで堅苦しくする必要はないんじゃないかな?流石に日中はIS学園の授業の一環だから仕方ないと思うけど、せめて宿泊部屋の中くらいは姉弟として振る舞ってもバチは当たらないと思うよ?≫
こういった場でも職務に対して真面目な千冬嬢に対して、私はそのように提案をしてみた。
IS学園では一夏少年は学生寮、千冬嬢は寮内の宿直室で寝泊りしていることもあってここ最近は2人一緒に過ごす機会が殆ど無いと把握している。千冬嬢も他の生徒の手前で身内として振る舞う気は無く、中々にお姉ちゃんっ子な一夏少年もその事情を察しており、それに合わせている。たまに千冬姉と呼んで注意されてるけど。
折角同じ部屋で泊まれるというのだから、先生と生徒の関係を維持していてもお互いに肩が凝るだろうし、ゆっくりする事もできないだろう。
「…………」
私の言葉を聞いた千冬嬢は、私の方を一瞥しつつ少しの間黙りこむ。
やがて彼女は、ふぅと小さく溜め息を吐きながら肩を落として口を開く。
「……まぁ、羽目を外さなければ別に構わないか」
「っ!じゃあ……」
「ただし、夕食後の部屋の中に限るぞ。それ以外ではあくまで教員と生徒として接するように心掛けろ」
一夏少年、ここぞとばかりに嬉しそうな表情を零している。
やっぱりシスコ……姉思いの弟である。
「あぁ!」
「返事は『はい』だ馬鹿者が」
喜びのあまり早速やらかしてるんだもの。
――――――――――――――
あの後、仕事があると言って部屋に残った千冬嬢と別れて私と一夏少年は海へとやって来た。折角近場に海があるというのだから、行かないのはやはり損だろう。
既に私たち以外にも海へ来ている子たちがチラホラとおり、多くは海に入って遊んでいる。
ちなみに私の格好は先程までの制服姿ではなく、翻訳機を兼ねた首輪型待機状態の銀雲と、砂場の熱を回避するための束ちゃん特製猫用靴以外は何も着ていない。9割全裸と言ってしまうとえっちぃ感じがしなくもないが、猫だから何も問題は無い。
「さて、先ずは準備運動を……テオは海に入るのか?」
≪流石にそのまま入るのは止めておくよ。一先ず、適当なビーチパラソルの下でのんびりした後に束ちゃん特製の浮き輪で更にのんびりさせてもらうとするよ≫
「束さん、何でも作れるよな……」
≪あの子に掛かれば軍手のイボイボからミサイルまでお手の物だよ≫
「あの束さんだから、本当の事のように聞こえて怖い」
ちなみにその浮き輪は旅行中の私の荷物も持ってくれている箒ちゃんが持って来てくれる手筈になっている。
「い、ち、かー!」
おいっちに、おいっちにと丁寧に準備運動を行う一夏少年の背後に迫る、素早い1体の影。
それは少年の名を呼びながら、彼の背中に目掛けて思いっきり抱き着いてきた。
「どわっ!?って、鈴かよ」
「かよって何よ、かよって。あ、そのままじっとしてなさいよ」
「俺を踏み台にし、ぬぐっ」
一夏少年の身体をするすると手慣れた手つきでよじ登っていくタンキニ姿の鈴子ちゃん。その姿はジャングルの中を軽快に進むお猿の如く。
「ん~、中々にいい景色じゃない。一夏、もう2メートルくらい伸びなさいよ」
「ゴム人間か俺は。いいから降りろよ、このままバックブリーカーするぞ」
「体勢的に成立しないからアウトね。そしてすかさず三角締めを決めるあたしに隙は無かった」
「があああああ!」
≪それ以上いけない≫
アームロックじゃなくても成立されるのね、それ。
「り、り、鈴さん!一体何をやっていますの!?」
セシリア姫が顔を赤らめながらの登場。パレオが腰に巻かれているビキニを身に付けており、カラーはISと同じく青色。制服の時点でもスタイルの良さが分かるが、水着になってみるとその良さがよりよく強調されている。流石はモデル経験者。
「キリト&アスナごっこ。今ならもれなく一夏があたしを抱えたまま全力ダッシュしてくれるわよ」
「そ、そういうのはあの2人のような関係になってからやってくださいまし!鈴さんのその位置は破廉恥すぎますわ!」
「ちょっ、そういう事言うんじゃないわよ!何か今更恥ずかしくなってきたじゃない!」
「そーだそーだ!エロ担当はセシリアのものなんだぞー!セシリアはエロいなあ」
「その破廉恥なポジションをセシリアに譲れー!セシリアはエロいなあ」
「鈴じゃエロティックが伝わりにくい!起伏が貧しい!じゃあ鈴もエロ……いや、うん、起伏が圧倒的に足りなかったね、何かごめん」
「わ、わたくしはエロくありませんわ!」
「ていうかオイコラ3番目、あたしに全面的に喧嘩売ってるでしょ」
いつの間にやら他の女の子たちも集まって、わいわいと賑やかな雰囲気になってきた。こうして自然に人が集まっていくのが、IS学園一年生クオリティ。
「そ、それはさておき一夏さん?以前約束していた事をお願いしたいのですが……」
「ああ、確かサンオイル塗るんだったよな。早速始めるか」
「はぁっ!?」
『ダニィ!?』
鈴子ちゃんと他のお嬢ちゃん達が盛大に驚いているのを余所に、セシリア姫はビーチパラソルを立てて一夏少年はシートを敷いてと準備を進めている。
私も把握してなかったけど、話しぶりから察するにどうやら前日からそういう約束をしていたらしい。
「い、一夏!あんたいつの間にセシリアとそんな約束を……っていうか、何で普通にOK出してるのよ!」
「え、だって別に断るような事でも無かったし」
「サンオイルがあれば織斑君に塗ってもらえる……ちょっとサンオイル買ってくる」
「じゃあ私はサンオイル作ってくる!」
「早速サンオイルの製造工場を征伐しに出かける、後に続けリアーデ!」
「闇雲に出掛けるのは危険です!もっと情報を集めてからでも……!」
「臆病者はついてこなくとも良い!」
周りの子たちが一斉にサンオイルを求めて散開していった。一部、中々に物々しい雰囲気を醸し出していた子たちがいたけど、まあ大丈夫だよね。いつもの事だし。
≪それなら、鈴子ちゃんもやってもらったら良いんじゃないかな?少年も、別にそれで構わないよね≫
「ん、ああ。セシリアにだけやって鈴にやらないなんて不公平だしな、鈴にもちゃんとオイル塗るぜ?」
「そ、そう?それじゃあ……やってもらおうかしら」
「むぅ、些か不服ではありますが……ここで意固地になっては淑女の恥となりますわね」
そういった流れになり、先ずは先に約束していたセシリア姫からやる事に。
好きな異性に塗ってもらうと改めて意識したのは、動きはややぎこちなくて顔も恥じらいで赤く染まっている。パレオを外してシートにうつ伏せの状態で寝転がった彼女は、背中のブラ紐を解いて背中を無防備にさせて準備を済ませる。
「そ、それでは一夏さん……お手柔らかにお願いします」
「……」
≪少年、鼻の下が伸びてるよ≫
「……はっ!?い、いや伸ばしてないぞっ?」
「ほんとコイツ、何でこういう事安請け合いすんのよ」
本当にね。
≪おっと少年。サンオイルは塗る前に自分の手である程度温めておかないと、塗る時に冷たがらせちゃうよ≫
「え?あ、なるほど」
「おじさま、サンオイルの知識もあるんですの?」
≪紳士の嗜みだからね≫
「いや、猫はサンオイル使わないでしょうが」
まぁ適当に知識を蓄えてるだけなんだけどね。束ちゃんが厚意でISにネット検索機能付けてくれたから、暇な時はそれを構ってるんだよ。
「よし、それじゃあいくぞ……」
「んっ……あ、ん……んんっ!い、一夏さんの……大きくて、逞しさが感じられますわ」(手が)
「そ、そっか。具合はどうだ?こういうのは初めてだから、加減が分からなくて」
「凄く、気持ちいいですわ……それに、一夏さんの……は、初めてを頂けるなんて、んっ、光栄ですわ……ああんっ!」
「わ、悪いっ!痛くさせたか!?」
「い、いいえ……止めないで、続けて下さいまし……んんっ、一夏さんをこのまま直接、あ、ん、感じていたいから……んああっ!♡」
「ちょっとストップストップ!そこのエロいのマジでいい加減にしなさいよオイ」
ここで鈴子ちゃんのストップが掛かった。流石にこれ以上は色々とまずかっただろうから、英断だね。
「なっ、わ、わたくしはエロくありませんわ!はぁ、はぁ……♡」
「官能的な息切れしてんなこの破廉恥娘!止めるまで字面が完全にアウトだったっつの!R-15からR-18指定にでもする気かこのアホ共!!」
「いや、俺何も悪い事してないんだけど……」
「やかましい元凶!今からアンタらに『健全』について説教してやるから、そこに正座ぁ!」
「あの、鈴さん、わたくしこのまま起きたら胸が全部見えてしまい……いや無理矢理起き上がらせようとしないでくだ、ちょっ、やめっ、キャアァァァッ!?」
そうして一夏少年を余所にじゃれ合いを始める2人。
というか鈴子ちゃん、その状態のセシリア姫を起こしたら、それこそR-18な展開になるんじゃ……まぁ、加減はしてるみたいだからそんな事態にはならなさそうだね。
≪それじゃあ少年、私は他の子たちの様子を見て来るから後はよろしく≫
「えっ、この惨状を丸投げ?ちょ、テオー!?」
後ろから少年の悲愴感漂う叫びが聞こえるが、聞き流し聞き流し。
さて、他の子たちはどんな様子かな?先ずは姿を見つける所から始めないとね。
私はテクテクと浜辺を歩き出し、人探しを行うのであった。
―――続く―――
ネタ大目な回となりました。
いまさらですが、他の方々の様に作中のネタ解説をした方が良いだろうか……冒頭なんてヴァンの事知ってないとワケワカメ状態でしょうし。でも他作品ネタはどうしてもそうなってしまうし……むむむ。