「あっ、お父さん!」
一夏少年たちを置いて浜辺を歩いていると、旅館の方向から水着姿のシャル・ガールが私に向けて声を掛けてきた。笑顔を浮かべて健気にこちらへ手を振る姿は、義父として見ていてとても可愛くて微笑ましい。
それ以上に彼女の背後に佇んでいる、ミイラの様に全身にタオルを巻き付けた存在が非常に気になった。
≪やあシャル。色々と気になる点があるんだけど……まず先に、その水着似合っていて可愛いよ≫
「え、えへへ……そうかな?そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
私の言葉で恥ずかしそうに頬を緩ませながら、シャルはその場で私に確りと見せてくれるようにクルリとターンして見せた。オレンジをメインカラーとしたスタンダードなビキニモデルで、腰にはブラウンのラインが縞状に入っている短いスカートが巻かれている。ボーイッシュな雰囲気の中に女の子らしさを演出した、シャルに良く似合った格好だ。
「そ、その声は……もしやパパが其処に居るのかっ?」
≪かくいうその声は、ラウラちゃんか≫
どうやらミイラの正体はラウラちゃんだった模様。よく見たらあの子の銀髪がタオルの間から少しはみ出しているね。
「ねぇ聞いてよお父さん、ラウラってば旅館で水着に着替えて鏡を見た途端、急に海に行こうとしなくなったんだよ?」
≪おや、それは本当かい?ラウラちゃん≫
「だ、だって……改めて確認したが、私にはこのような恰好は不似合だと……」
「似合ってるって何度も言ってるのに、もう。何とか外に連れ出すのは成功したんだけど、こうやって完全に身体を隠しちゃって……」
≪なるほど、それでそんな姿に≫
経緯は分かったが、やはりこのミイラ状態のままでは駄目だろう。折角ラウラちゃんにも楽しんでもらうための海なのだから、その布の中の姿を披露してもらわないと。
私はシャルに目配せを送ると、彼女も即座に気付いて快く頷いて見せた。どうやら思いは既に一つのようだね。
「仕方ないなぁ……それじゃあラウラはここに置いて、お父さんと二人で遊びに行こっかなー」
「な、なに!?」
≪流石にそんな恰好のまま連れ回しても、仕方がないからねー≫
「だよねー」
「ま、待て!こんな状態で1人になってしまっては、流石に私も……!」
「だってタオル巻いてた方が良いんでしょ?それじゃあ行こうかお父さーん」
≪そうだねシャルー≫
「ぐ、ぐぬぬ……ああ分かった、ならば取れば良いのだろう取れば!」
私とシャルのやり取りを聞いていたラウラちゃんがついに限界に達し、タオルを取ると宣言してみせた。
「キャストオフ!」
彼女がそう叫んだ瞬間、身体を覆っていたタオルがバラバラに千切れて四方八方に飛び散った。そのタオル、旅館の備品じゃないよね?プットオンしても元に戻せないけど……。
タオルはさて置き、漸くラウラちゃんの水着姿が明らかとなる。
水色よりも薄い、恐らく白縹くらいのカラーで、上下共に可愛らしいフリルがあしらってある水着だ。布の面積が少ない所為もあってか、どこかセクシーさを演出してくるような印象を漂わせる。今迄のお堅い格好から新しいジャンルへと踏み出した、見た目通り大胆なチョイスと言えよう。だがそれが良い。
「や、やはり似合わないだろう……べ、別に笑いたければ笑うが良い……」
目の前で身体をモジモジさせながら恥じらっている可愛い生き物が何か言ったような気がするけど、それはきっと気のせいだろう。
「そんなことないよ!すっごく似合ってるし、可愛いよ!」
≪そうそう。可愛い娘がますます可愛らしくなっているよ≫
「そ、そんなに可愛いと連呼するな……!む、胸の鼓動が自重してくれん……!」
「これまでの凛々しさというか厳かさが嘘みたいな事になってるね、今のラウラ」
≪そうだねぇ。義親としては非常に微笑ましい事なんだけど≫
「う、うぅ……」
私とシャルの褒め言葉が追撃でかけられた事によって、ラウラちゃんの顔が林檎のように真っ赤に染まっていき、モジモジも更に強くなっていく。何この可愛い生き物。
「お~、テオにゃんたちだ~」
こののんびりとした口調、紛れも無くあの子だね。
≪やぁのほほんちゃん。中々個性的な水着を着ているね≫
のほほんちゃんである。そのすぐ後ろには実家がお寿司屋さんを経営している鏡 ナギお嬢ちゃんとバレー部の櫛灘 夏希お嬢ちゃんがそれぞれ水着姿で彼女についてきている。
「えへへ~そうでしょ~、可愛い水着でしょ~?」
「よく似合ってるよ、のほほんさん」
「やはりあの着ぐるみも水着の一種なのか……日本の文化は中々に複雑怪奇だ」
そう言えば、この前水着を選んでた時に同じ種類の着ぐるみみたいな水着があったっけ。ラウラちゃんは選ばなかったけど。
のほほんちゃんの後ろに控えていたナギお嬢ちゃんが、此方に声を掛けてくる。
「ところで、3人は何してるところなの?」
≪何してたと言うよりは、これから何かしようかってところだったかな≫
「じゃあ、こっちでビーチバレーでもやらない?人数が多くなってもビーチフラッグとか出来るように用意してあるから」
「海で泳ごうかと思ってけど、折角だしいい汗掻いてから泳いでいこうかな」
「フフフ……7月のサマーデビルと謳われたこの私の実力、存分に見せてあげるわ!」
「ほぅ、サマーデビル……
櫛灘お嬢ちゃんの二つ名を聞いたラウラちゃんが、好戦的な笑みを浮かべながら対抗心を燃やしている。ちなみにバレーが強い国はブラジル、イタリア、アメリカ辺りだそうな。日本は女子バレーが中々良い成績を残してるそうだよ。頑張れ日本!
そんなこんなで、一同は移動を開始する事にした。
「ところで、何で7月のサマーデビル?」
「7月31日は私の誕生日で、その日が待ち遠しくてコンディションが絶好調になるの。そして誕生日当日は最高にハイってやつになってはしゃぎまくるのよ!」
「え、それじゃあ8月は?」
「8月のバブル崩壊」
「えぇ……」
この後、皆は海のスポーツを存分に楽しんでいった。ちなみに私は審判やジャッジを担当した。
――――――――――
シャルたちが一頻り落ち着いてそれぞれが休憩や泳ぎに向かった所で、私は彼女たちと別れて別の人物を探す事にした。
その人物とは、箒ちゃんの事である。私が海に来てから姿を見てないので、少し姿を見ておこうと思い至ったのだ。他の子たちの話によると、海に出る前に誰かから電話があったとの事なので、必然的に来るのが遅くなったのだろうが……シャルたちとも大分遊んで来たし、もう来ていても可笑しくない時間だろう。
≪こういう時、束ちゃんの箒ちゃん探知機みたいなのがあれば直ぐに見つけられるんだろうけど……≫
ここはいっそ、束ちゃんに連絡をとって箒ちゃんの居場所を知らせてもらおうかな。十中八九、電話相手となると……。
≪おや、発見≫
どうやら、束ちゃんの手を借りる必要は無くなったようだ。
皆が遊んでいる浜辺から小さな岩礁を挟んだ少し離れの、人気のない静かな海岸の端に箒ちゃんは佇んでいた。
私が其方に近づいていくと、彼女も此方の存在に気付いたようだ。
派手な露出を好まない箒ちゃんにしては珍しく、スタンダードな白いビキニ。出る所は出て、締める所はキュッと締まっている彼女のプロポーションが良く強調されているデザインだ。その上から薄桃色のパーカーを羽織っており、その手には彼女の携帯が収められていた。
「テオか」
≪やぁ箒ちゃん。中々来ないと思って探しに回ってたよ≫
「そうか……心配を掛けてしまったな」
そう言って箒ちゃんは、傍に来た私の近くで腰を下ろし、砂の上に座る。そして私の方に向けて、スッと携帯電話を見せてきた。
「此処に来る前、姉さんから電話が来たんだ」
≪あぁ、やっぱりね≫
「ふっ……その口ぶりだと、話の内容も分かっているのだろう?」
そう尋ねてくる箒ちゃんは、どこか自信気だった。私が既に知っている事を、彼女もまた分かっているという事なのだろう。
彼女の問いへの答えは……勿論、イエスだ。
≪【紅椿】……
私がIS学園に入学する前から製作のプランが建てられており、束ちゃんが箒ちゃんの為だけに開発したIS。それが、紅椿だ。
私もさわりしか聞いていないが、展開装甲と呼ばれる従来のISには無い搭載を施しており、束ちゃん曰く『いずれ最強のISになる』との事。
本来の予定では完成は2学期の始まり辺りだと踏んでいたが、クラス代表対抗戦時の無人機襲来やタッグトーナメントマッチ時のVTシステム騒動があって、その製作が早められたのだ。
電話の内容は、その紅椿を箒ちゃんに渡したいといったものだろう。
≪箒ちゃんは、紅椿を受け取るのかい?≫
「…………」
先ほどまで束ちゃんと繋がっていた携帯の方に目を向けつつ、黙り込む箒ちゃん。
その表情は、ISを貰えるという事実に反して非常に複雑な色に満ちている。一般的な女子生徒であれば、手放しで喜ぶような話であるにも関わらずである。
「……学園で起きた2度の騒動。いずれの時も、私は自分の力で出来る事を為してきたつもりだ」
実際、箒ちゃんは最初の事件では避難活動に尽力し、2回目の事件ではラウラちゃんを直接助ける事が出来ていた。一般の生徒よりも率先して活動していたそれらは、保護者の枠を抜きにしても高評価に値する。
「私はあの人の妹だ。自惚れのように聞こえるかもしれないが、何時かは姉さんが直々に造ったISを私に渡してくるのではないかと、予測はしていたさ」
何せ、束ちゃんにとって箒ちゃんは『特別』な存在だ。私や千冬嬢、一夏少年、クロエちゃんもまた『特別』でもあるが、唯一血を分けた存在であるこの子は、またどこか違ったものを感じる。
「だが……予測もして、鍛錬も重ねて、勉学に励んで、来たる時に備えてきたつもりだったにも関わらず、私は直ぐに受け取る事が出来なかった。差し出された大きな力を実感して戸惑い、いざという時に覚悟を固められなかったのだ。姉さんにも電話越しで見抜かれてしまったよ。焦らなくても良い、答えはまた後から聞かせてもらうから……とな」
そこまで言うと箒ちゃんは深々とため息を吐き、携帯から目を逸らして空を仰ぎ見る。
「力を求めているのに怖気づくとは……全く、滑稽な話だ」
自嘲気味に箒ちゃんは乾いた笑いを発した。
だが私は、そんな箒ちゃんを笑う気にはならなかった。
≪どこも可笑しくは無いと、私は思うけどね≫
「テオ?」
そうだ。箒ちゃんはどこも可笑しくなどない。寧ろ自分や周りの事をちゃんと見据えて物事を考える事が出来ている、とても聡い子だ。
≪現状、ISは各国が保有するコアに準じてアーマーや武装、各種プログラムを開発、研究している方針だ。そんな中で現在指名手配中の束ちゃんが造ったISが現れたとなると、どの国も無視するつもりはないだろう≫
「……情報開示要求に所属国の主張、情報収集のための人員派遣、等だな」
≪そうだね。加えて専用機の獲得というのは、IS学園の生徒にとって誰もが羨むような美味しい話だ。他の子たちを差し置いて、代表候補生でもない自分が専用機を手にする……箒ちゃんはそこも心配しているんだね?≫
「……ああ」
真面目なこの子の事だ。やはりそういう理由が紅椿の受け取りを躊躇った強い理由となってしまったのだろう。
勿論、周りの羨望や嫉妬が度を越えて箒ちゃんに直接当たりに掛かる……そんな可能性もあり得なくはない。人間社会では頻繁に問題となっている、所謂イジメという奴だ。もし箒ちゃんをいじめるような輩が居たら、例え女子生徒であっても……紳士的な対応は出来ないとだけ、この場では言っておこう。
ちなみにIS学園では、恐らくそのような事態は起きないと思うよ。私が学年問わずに行っているお悩み相談と一緒にその辺りの手回しは済ませてあるからね。もし胸の内に潜ませていた子が居たとしても……。
≪取り敢えず、周りの目については心配しなくても良いと思うよ。私が何とかしておいてるから≫
「……そうなのか?相変わらず準備が良いな、お前は」
≪それほどでもない。後はさっき言った罪悪感みたいな奴だけど……まぁ、割り切るしかないかな≫
ガクッと項垂れるリアクションで反応する箒ちゃん。
「それは、あまりにも適当過ぎないか?」
≪とは言っても、その辺りはどうしようもないからねぇ。束ちゃんも前に言っていたけど、『私がISを造る前から、人類は平等を実現できた試しが無い』ってね。同じ性別でも貧富の差に容姿の差に能力の差、中には努力を積み重ねてもどうしようもない、所謂才能の差だって幾らかある。世間に平等を訴える者の中には、自分に都合の良い平等を主張する輩すらいる始末だからね≫
「……だから、割り切るのか?」
≪私はそう思うかな。どういう答えを出すのかは、箒ちゃん次第だけどね≫
「まぁ、詰まる話はそういう事だものな。分かってはいるさ」
すると箒ちゃんは、携帯をパーカーのポケットに仕舞ったかと思うと、私の身体を持ち上げて自身の胸元に運んできた。絵的には、三角座りしている箒ちゃんの太ももと胸の間に私の身体がすっぽり入っている感じである。
≪おやおや、甘えたくなったのかな?≫
「……うん」
コクリ、と小さく頷く箒ちゃん。可愛い。
≪折角の自分で選んだ水着、一夏少年に見せなくていいの?≫
「……今回は、そんな気分ではなくなった」
≪そっか。こうしてくっついてゆっくりするのも、久しぶりな気がするね≫
「……ああ、そうだな」
≪君の気が済むまで傍にいてあげるから、安心しなさい≫
「……ありがとう、テオ」
≪どういたしまして≫
それから暫くは、お互い何も喋らずに海の景色と波の音を聞いて過ごし合った。気まずさなど欠片も感じさせない、穏やかで落ち着いた時間だった。
君がどんな答えを出そうとも、私は君の味方だよ。
君自身が導き出した答えこそが、君の本当の『意志』なのだから。
――――続く―――
後半からちょっとシリアスな雰囲気でしたが、まだ書きやすい方でした。
箒は紅椿を受け取るのか、それとも受け取らずに福音戦は参戦しないのか……という言い方をするとネタバレしてるような言い方ですが、もうじき明らかとなるでしょう。
というか最新話を今更購入したのですが、シャルロットの件、というかアルベール・デュノアどないしよ……テオをお父さん呼びさせてるんでここから美しい父娘愛復活は超厳しい。元から予定無かったからいいけど。