時間は過ぎて、現在の時刻は午後7時30分。
複数の大広間を利用して出来た大宴会場にて、生徒一同が旅館の夕食を取っている。
私は生徒たちの意見によって彼女たちと食べるか千冬嬢たち先生組と別室(隣室)で食べるかで夕食の場が決まるようになっていたが、生徒のお嬢ちゃん皆が私の同席を許してくれたので、私も一緒に大宴会場でご飯を食べている所だ。
≪なんという美味しさだ……≫
他の子たちと違って、私の食事は旅館への挨拶に応じてくれた女性――清州 景子――という女性が手作りしてくれた一品だ。
ハッキリ言おう、メチャクチャ美味しいんだよコレ。メインとして真鯛が使われているようだが、この食べ応えだとかなり良い質の魚を使ったと推測できる。白身魚は基本的にヘルシーなので、私くらいの歳の猫やブクブクと身体が太る事を防止したい場合等には重宝される代物。魚以外の食材であるおろした大根、茹でて潰した人参、細かく刻んだしめじ、油分調整の亜麻仁油。どれも良質で、食べやすく調理されているのが一口で理解できた。
箒ちゃんがいつも作ってくれるご飯が家庭の優しい味なら、こちらはお高い料亭の味と言ったところだろう。うん、そのまんまだね。
かの伝説の傭兵の言葉を借りるならば……美味すぎる!
「ふふ、お父さん美味しそうに食べてるね」
≪うまうま≫
「聞こえてないみたいだな」
「いつもは大人らしくて頼りになるのに、今は子供っぽくて可愛いかも」
お前の方が可愛いよ!と言って差し上げますわ。
まぁ私はこうして料理に舌鼓を打たせてもらっているが、周りの様子だけはちゃんと観察させてもらうとしよう。ちなみに私は一夏少年の隣に座っているシャルの更に隣の席で食事を取っている。
「ところで……セシリアは大丈夫か?正座、辛そうだけど」
「だ、大丈夫ですわ……こういうチャンスは多少貪欲にでも狙っておかねば、いつまで経っても進展は見込めませんもの……」
私、シャル、一夏少年と続いてその隣にはセシリア姫が座っている。姫は明らかに正座に慣れていない様子で、プルプルと脚が震えて辛そうにしている。テーブルや椅子を使った座食が本来のスタイルだそうなので、当然だろう。
それでも隣のテーブル席に着かず、意地で座敷での食事に拘る理由が少年の隣の席だからというのだから、涙ぐましい。
ちなみに、テーブル席の方ではラウラちゃんが食事を取っている。隣の子が日本人のようで、その子の料理解説を興味深そうに聞き入っては楽しそうに談議しながら食事を取っている姿が目に映った。あの子も今や入学当時のような孤立感は無いようで、お父さんは安心したよ。
「セ、セシリア……少しくらいは崩してもバチは当たらないと思うぞ?」
「い、いいえ……崩れた格好で食事などしては、イギリスでお世話になっているとある貴族の皆様に顔向け出来ませんわ……」
「なんという執念、けど顔がもう女の子がしちゃいけないような歪み方になってるよ……」
逆にこっちの方が心配になってきたけど。
ふむ、仕方ない。
≪じゃあ、気を紛らわせるために一夏少年に食べさせてもらうっていうのはどうかな?≫
「っ!!」
「うわ!?セシリアが急に立ち上がり出した!?」
「間違いなく足が痺れてる筈なのに、それを感じさせない佇まいッ……!」
「コイツァそんじょそこらのなまっちょろい鍛え方なんざしてねぇ!『淑女』の魂ってやつを体現させてやがるッそんな熱い心を私はこの肌で感じたッ!!」
「なんでそこの2人はちょっと奇妙な冒険しそうな喋り方になったんだ?」
「さぁ?」
コメントを入れているギャラリーの子の顔が濃くなったような錯覚を感じたけど、多分気のせいだろう。謎のポージングを決めてるセシリア姫の周りに擬音が見えるような気がするのもきっと気のせい。
「というかお父さん、アドバイスは普通にしてるけど自分から促すのは珍しいよね」
≪折角こんな美味しい料理が用意されてるのに、正座に耐えるばかりじゃ満足に味わえないだろうからね。少しだけ口を挟ませてもらったよ≫
「むぅ。セシリアばっかり……ずるいよ」
≪ははは、じゃあ次の機会にはちょっとだけシャルの手助けをしてあげようかな?≫
「っ、うん、約束だよ!」
そう言うとシャルは嬉しそうにしながら料理を再び食べ始める。ま、偶にはこういうのも良いよね。勿論、シャル以外の子たちにもちゃんとチャンスを用意してあげないと。
「で、では一夏さん……お願いしてもよろしいでしょうか?」
「おう、いいぜ。こうして誰かに食べさせるのってシャルの時以来だなー」
「……気になる話ですが、今は食べさせてもらう事に専念させていただきますわ」
一夏少年の言葉を聞いた瞬間、ムッとした表情になるセシリア姫だが、どうやらこの場では堪えた模様。
「あーん……んむ……あら、美味しい」
「だろ?学校の食堂の料理も美味いけど、やっぱりこういう料理は本場の味ってやつがあるよな」
「日本の料理は奥の深い味わいがあってとても美味ですわね。しかし、我が国イギリスも非常に素晴らしい料理が沢山ありますのよ!スターゲイジーパイとか!」
「あのパイは……アカン」
その料理名を聞いた一夏少年は、青ざめた顔になりながら首を何度も横に振る。セシリア姫に気付かれない程度の大きさで。
ちなみにスターゲイジーパイとは、かなり有名なイギリス料理の1つで、パイの生地から魚の頭がニョキニョキと飛び出ている奇抜な見た目をした料理である。調べる時は色々と覚悟しておくように。尚、味には当たり外れがあるのでご注意。
「で、では今度はわたくしが、お礼として一夏さんにお返しをしてさしあげますわ!く、口をお開けになってください!」
「う、いざ人にされるとなると何か気恥ずかしいな……」
「あ、折角ですので目を瞑っていただけますか?どの食事を選んだか是非当てて下さいまし」
「おっ、それなら何だか面白そうだな。よしっ」
その後、すりおろし前のわさびを食べさせられた一夏少年はその場で悶絶する事となった。周りの子たちは良いものが見れたと言わんばかりに記念撮影を始めたり、シャルからわさびの事を聞いたセシリア姫があたふたしながら一夏に謝ったりと、中々に賑やかな夕食となった。
――――――――――
「いやぁ、あの時はヤバかったな」
≪あの時の少年、陸から上がったばかりの魚みたいに悶えてたものね≫
「まったく、学園外でも馬鹿をされては教師の仕事が増えるだけなんだぞ……」
現在、私と一夏少年と千冬嬢の3人は指定された部屋にてまったりしているところである。今は教師と生徒の関係ではないという事で、身体を楽にしつつ雑談に華を咲かせているのだが、ちょうど先ほどの夕食の件が話題になったのである。
≪まぁ、セシリア姫がわさびの元々の状態を知らなかったのも無理は無いよね。学食でもセシリア姫、洋食選ぶ方が多いし≫
「確かに拘る人はおろしたてのわさびの方を選びやすいから、置いてても不思議じゃないけどさ……というかセシリアはなんで数ある料理の中からアレをチョイスしたんだよ、ホント」
「ふっ、生のわさびはいい刺激になっただろう?」
「千冬姉、完全に他人事な口ぶりだし……」
もし千冬嬢に食べさせようものなら、仕掛け人は簀巻きにされて海に流されるだろうからね。
と、そんな風に話をしていると扉をノックする音が。
「あれ、誰か来たのか?千冬姉がいるのに度胸あるなぁ、態々鬼が島に乗り込むなんて……はっ!?」
「一夏、明日の授業は楽しみにしておけよ」
「ヤバい!つい口が滑って……頼むテオ、助けてくれ!俺はまだ死にたくない!」
≪頑張りたまえ。あ、入ってきて良いよー≫
「7文字の言葉を掛けられただけで切り捨てられた!?」
少年は考えてる事を口や顔に出すのを控えた方が良いと思うんだ。
それはさて置き、千冬嬢が居るにも関わらずやって来るとなると、考えられるのは只一人。
「失礼します」
やはり、ラウラちゃんであった。いつもは後ろ髪をストレートで下している彼女だが、今は着物に似合う様に後ろで束ねている。同室の子には箒ちゃんも居た筈だから、あの子にでもやってもらったのだろう。
「ラウラか。その髪型、似合ってるじゃないか」
「あ、有難う御座います!」
≪うんうん。バッチリ決まってるよ、ラウラちゃん≫
「パパも褒めてくれるのかっ。先程部屋でお姉ちゃんが束ねてくれたのだが、皆が似合ってくれると称賛してくれたのだ!」
そう言ってラウラちゃんは誇らしげに束ねられた髪を私たちに見えるように身体を捻らせた。小学校の入学時に自慢げにランドセルを見せてくる子供のような感じがして、とても微笑ましい光景だ。箒ちゃんはやらなかったけど。
「俺もその髪型、似合ってると思うぜ」
「そうか、感謝する」
「あれー?俺への反応だけ素っ気なくね?」
好意を抱かれてる訳でも無いし、実力的にもラウラちゃんの方が上だから仕方ないね。
≪ところで、ラウラちゃんは何か用事があって来たのかい?≫
「いや、特に用事があるというわけでは無いが……教官やパパと話が出来ればと思って訪問したのだが、ダメか……?」
≪私は大歓迎だよ。千冬嬢は?≫
「やれやれ……まぁ、あまり遅くならない程度なら付き合ってやろう」
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってビシッと敬礼を行うラウラちゃんを見て、私と千冬嬢は揃って微笑を零すのであった。
と、ここで名前が出てこなかった一夏少年が恐る恐る手を上げながら誰かにという訳でも無く尋ねてきた。
「あー……俺、部屋から出た方が良いかな?」
「何を言っている?参加したいならお前も混ざれば良いではないか。遠慮する必要があるのか?」
「いや、だってなぁ」
「……そうだ一夏。お前、ラウラにマッサージしてやれ」
「えっ?」
千冬嬢による突然の提案により、一夏少年の顔が鳩が豆鉄砲を食らったような状態になる。
私も千冬嬢経由で聞いていたのだが、少年はマッサージが上手に出来るらしい。実際に行っている姿は、この学校では見た事無かったけど。
「ほう、お前は整体施術の心得があるのか」
「そんな心得ってほど大袈裟なもんじゃないけど」
「ふむ……教官孝行の精神が根付いているのは良い事だ。私もパパやお姉ちゃんやシャルロットに御礼奉公をせねばな」
「いや姉孝行だからな?別に俺は千冬姉=教官じゃないからな?」
そんなかんなで、マッサージが始まる事に。
備え付けの敷き布団が一枚広げられ、そこにラウラちゃんはうつ伏せで寝転がると、その傍らに一夏少年が寄って位置を決める。
「じゃあ、始めるぞ」
「うむ。よろしく頼む」
どこか僅かにそわそわした様子のラウラちゃん相手に、一夏少年はマッサージを開始する。
背中全体を流す様な感じで軽く押し揉んだ彼は、その次に肩の辺りを重点的に揉んでいく。確かに千冬嬢が言っていた通り、その手際は中々に慣れている印象を受ける。
「ほぅ……他人にこういった身体の預け方をするのは初めてだが、コレは中々に良い物だな」
「ラウラ、こういう事されたことが無いのか?」
「ああ。お前が初めての相手だな」
なるほど、さっきのそわそわは初めての事での緊張が理由だったんだね。
ちなみに2人の先程のやり取りがあった直後、扉の方で何やら物音……というよりは人の声が聞こえた。かなり小さな音量だったから、この子たちには聞こえなかったみたいだけど。
まぁ音以前に、扉の先に気配があるんだけどね。
「どこかして欲しい場所のリクエストはあるか?あればそこを重点的にやるけど」
「いや、お前の自由に動いてくれて構わない。その方がお前も行い易いだろう」
「分かった。じゃあそうだな……この辺はどうだ?」
「おお、そこも揉んで来るとは知らなかった……中々に奥が深い物なのだな」
ちなみにそことは、腕の事である。
ラウラちゃんの言葉を聞いた瞬間、扉の奥で『揉む……!?奥……!?深い……!?』という驚愕していると言わんばかりなトーンの声が発せられたのを聞いた。またもや2人に聞こえない程度の極小ボイスで。
だが、世界最強に名高い彼女は扉の向こうにいる彼女たちを見逃す様な真似はしていなかった。
やれやれ、と浅い溜め息をついた千冬嬢はサッと扉の前まで移動すると、そこを開いた。
「えっ!?」
「あっ!」
「へっ?」
セシリア姫、鈴子ちゃん、シャルの3人が素っ頓狂な顔で一斉に部屋に雪崩れ込んできた。食い入る様に扉に近寄っていたばかりに、突然の出来事に対応できずにバランスを崩したのだろう。
「こんな所で何をしているんだ、馬鹿者3人衆」
「え、えっとぉ……こ、こんにちは」
「あ、ありがとう」
「さ、さよなら!また逢いましょう!」
「誰がキンモクセイの名曲を歌えと言った」
逃げたところで千冬嬢の手から逃げ切れるわけもなく、3人はあっという間に確保。シャルだけは箒ちゃんを呼びに走り行かされた。
さて、シャルが箒ちゃんを連れて来るまでまだ少し時間が掛かるだろうから……。
≪少年。マッサージの方も一区切りついたみたいだし、私と温泉にでも行かないかい?≫
「おっ、温泉良いな。マッサージしたらちょっと汗が出て来たし……ラウラはもうマッサージは大丈夫か?」
「ああ、お陰で身体が幾分か楽になったような感覚を得られたぞ。感謝する、織斑 一夏」
≪というわけで千冬嬢、男2名はこの辺りで失礼させてもらうよ。良い頃合いになったら帰って来るから≫
「言われずとも、か……ふっ。やはりこういう事には気が利くなお前は」
≪それほどでもないさ。じゃあ少年、行こうか≫
そこで皆とは一旦別れ、私と少年は部屋から出て温泉へと向かい出した。
さてさて、私たちがいない間にどんなガールズトークが繰り広げられるのかな?
―――続く―――
次回はそれぞれの恋バナ開始です。現状それぞれが相手にどの程度の感情を抱いているのかの確認も含まれていますが。
そういえば最近ABをスマホアプリの方で始めてみたのですが、あの戦闘画面はおでれえたぞ(悟空並感)。もっとデフォルメ仕様にして他の部分に力注いでも良かったのよ?チラチラ。
あとガチャとかで一度カード集めたら、箒とラウラとシャルが同率一位で枚数ゲットできました。見事にこの作品の義姉妹たちが揃っちゃったよオイ。