白式をその身に纏った一夏少年が、背中のカスタム・ウイングからエネルギーを放出することによって、脚を地面から離し空中へと飛び上がった。
「取り敢えず、一旦距離をとって体勢を立て直さないと……」
ISの機能によって、少年の声が私の耳へと届く。なるほど、私との立ち回り方を考える時間が欲しいのか。
だからと言って大人しくそうさせてあげるほど、今の私は心を広くしていないんだけども。紳士たる者、時には非情に徹せよ。
≪ふっ≫
私は地面を蹴って宙へと躍り出す。脚部の高速ブースターを起動させ、私の身体は爆発的なスピードで急上昇を行う。
空へと昇った少年の姿が、地上で見た時よりも圧倒的に近くなる。彼と私の距離は、あっという間に縮まろうとしているのだ。
「やっぱり速い……ならっ!」
そう言って一夏少年は、ウィングを再度展開させて一気に加速を行い、私の接近から逃れようとし始める。
しかし、それではまだまだ甘い。
さっき言った通り、私の相棒は『最速のIS』。先程攻撃を入れた時もそうだったが私達は未だ本気の力を出していないのだよ、少年。
私は脚部の方向を変更させてからブースターを使用し、進行方向を少年の方へと向け直す。そこから更に、身体後部に取り付けられている別のブースターを同時起動。後部のブースターからもエネルギーが噴射され、私のスピードは更なる上昇を為した。
私の新たなる加速に苦心の思いを浮かべているであろう少年は、そのまま弧を描きながら複雑に私の追撃を逃れようとするが、私にその手は通用しない。
私は彼の空中での軌道に合わせて、各種ブースターの噴出口の向きを調整。調整はコンマの間隔で済ませ、調整終了次第すかさずブースターを起動させ、空を駆け抜けて行く。
少年の動きを表現するのであれば、自由に空を舞う鳥のよう。
それに対して私は、どの生物の動きにも該当されない直角的な身のこなしよう。ギザギザとした軌道で空を飛ぶ、もとい跳んでいる。生き物が動いているのに生き物の動きで例えるのが出来ないというのは、何ともおかしな話だ。
「いやいやいや!それ最早ISの動きじゃないだろ!怖いわ!」
≪何を言うんだね、これも立派なISだとも。従来のISの常識に囚われてはいけないのさ≫
「俺の知ってる『ちょっと』はもっと謙虚な意味なんだけど」
≪奇遇だね、私もだよ。そらっ≫
「うおっ!?」
武器が届く範囲にまで肉薄した私は、尻尾に装着しているウィップ=ネコジャラシを一夏少年目掛けて振るう。ビュン、と空気を切り裂く音が耳に入ってくる。
少年は咄嗟のことながらも、身体を反射的に反応させて私の攻撃を刀で見事防いで見せた。武器によって防御しているため、彼のシールドエネルギーは減少してない。
それにしても、前振りがあったとはいえもう私の攻撃を防ぐようになってきたとは。ISが身体に馴染んできた証拠だろうね、彼は元々才能があると束ちゃんからも聞いているし。
「(あれ、思ったよりも攻撃が軽い?そう言えば、機体というかシールドに直接攻撃を食らった時もあんまりシールドエネルギーが減っていなかったような)」
お、一夏少年の顔つきに疑念が浮かんできているね。
私の攻撃を受けた直後にそんな顔を浮かべたという事は……この銀雲の欠点に気が付き始めたみたいだ。
では試しに、もう一撃入れてみるとしようか。そぉい!
「ふっ」
少年は私の攻撃を再度刀で防ぎ切る。
その瞬間、少年の顔つきに確信が宿る。疑問を晴らしたその表情からは眉尻が吊り上り、ニヤリと不敵な笑みすら浮かび始めている。
「やっぱりそうか……テオのIS、あんなスピードが出せるんだから攻撃もその分鋭くて重いんだと思ってたけど、そうじゃないみたいだな!理由は分からないけど、そのISの攻撃力は相当低く設定されてるんだ!ゲームとかでスピードタイプのキャラがパワー低いのはおかしいっていう話は聞いたことあるしな!」
≪ほぅ≫
ゲームの話はともかく、少年の言葉は実に的を得ている。
私のこの【銀雲】は、確かにスピードは誰にも負けない自信がある。
だけどその反動として、本来ならば機体の速度に伴って高い数値を打ち出せるはずの攻撃力が犠牲となってしまっているのだ。こうなったのも開発者の束ちゃんが理由で、その理由は以下の通りだ。
『このまま機体に掛かる圧力のまま攻撃するのが理想なんだけど、それだと反動でテオたんの身体がどんどんボドボドになっちゃうからね~。テオたんの愛する家族である束ちゃんは、テオたんに傷つくようなことはしたくないのら☆って言う事で、攻撃の時に機体抑制を稼動させて攻撃の時の負担を激減させちゃうからね!……え?普段速く動くときに身体に負担が掛からないのかって?だってISの根本は宇宙空間での活動だからそれくらい雑作もないことだし、なにより束さんはテオたんの安全確保を怠るような事はしないしない♪』
とのことである。
つまりは攻撃の際にかかる反動を、機体にセーブを掛けることによって激減させて、搭乗者である私の身に負担が掛からない程度に設定してくれているのだ。
私自身、攻撃するたびに自分の身体を傷つけるのは嫌だし攻撃力に欲があるわけでもないから、束ちゃんの好意に甘えてこのようにさせてもらっている。私なんて人間みたいに力技が得意じゃないんだから、それに代わって速く動くことさえ出来ればそれでいいんだよ。
≪確かに、この銀雲の攻撃力はかなり低めだね。だけどそれを知ってどうなるというのかな?まさか、それならばいくら喰らっても大丈夫だとか言うんじゃないだろうね?≫
「どうかな。もう一回攻撃してみりゃ分かるかもしれないぜ?」
ふむ。少年が何を企んでいるのかはある程度察しがつくが……もう既にそれを行えるほどISに馴染んできていると見ていいのだろうか。なんだか先ほどから左手を握ったり開いたりしてるし。
まぁ良いか。ここは素直に攻撃を入れてみるとしよう。さぁ、どう来る?
「今だっ!」
やはり、そう来たか。
一夏少年はネコジャラシによる私の攻撃を防いだ瞬間、それを押し返すとすかさず私に向けて刀を振るって来たのだ。
パワー不足が否めない私の攻撃ならば、こうして押し返すのは彼にとっては非常に簡単な事。ならばそこから一気に反撃に移る、カウンターの要領を取ることもまた容易であろう。
迫り来る刃の上を足場にしてトンッと跳び躱した私は、そう考えつつ少年の上を飛び越し、ついでに尻尾による一撃を頭部目掛けて放った。
「ぐっ!?」
≪狙いはいいけど、それで終わるほど弱く鍛えてはいないつもりだよ≫
「ちぇ、上手くいけばいいなぁとは思ったけど……やっぱそう簡単にはいかないかっ!」
残念そうにするのも控えめに、一夏少年はすぐに攻撃行動を再開する。
そこから私と少年は、互いに攻撃と回避を交互に行っていく展開を披露していくことになる。
少年の攻撃を回避しながら、私は彼の逐一の動作を観察する。腕の振りの速さ、反応速度、細かな動作などもその対象として。
やはり彼のISは最適化が完了間近に迫っているみたいだ。本来最適化には30分程度の時間が必要となるけど、それはあくまで規定の動作を行った際に掛かる時間。急繕いである今回のようなケースだとISも戦闘を通じてデータを一気に取ることが出来て、時間を短縮することが出来ると束ちゃんが教えてくれた。
それを確信した直後。
少年が振るってきた刃をネコジャラシをぶつけることで軌道をずらしながら、私は後ろに跳んで少年と距離を取った。
「ん?」
≪どうかしたのかね?≫
「いや、初めてテオの方から距離を取ったなって思ってな」
≪まぁ、確かに『ガンガンいこうぜ』は銀雲の行動方針みたいなものだからね、攻撃力が弱々しいと必死に食らいついて攻撃しなければ割に合わないのさ。私も若かりし頃を思い出せるから、その辺りは共感できるけどね。だからといって私もずっとベッタリ引っ付くスタイルってわけじゃないのさ。だから……≫
「だから?」
≪最後の追い上げ、行ってみようか≫
各種ブースター、制限を50%解除。
ハイパーセンサー感知精度、35%上昇。
機体重力耐久率、56%上昇。
さぁ一夏少年。ここから私は君よりも一足上の次元から戦わせてもらう。
君はどこまでついてこられるかな?
「ぐあっ!……えっ?」
悪いけど、驚いているヒマは無いよ。
「あぐっ!?一体何が起こって、いやそれよりも……テオはどこに消えた!?」
あたしゃここにいるよ……。
そら、もう一撃。
「っ!……まさか、さっきから俺が喰らっているコレってテオが!?」
ご名答だよ少年。
私は今、『一夏少年に見えない速度で』彼の周囲を動き回りながら、攻撃を加えているのだ。正確には、彼が私の姿を捉えようと周りを見渡している時、私は彼の死角に一瞬で移動しているのだがね。
相手に手を出す隙を与えないまま、ジワリジワリと削り続けていく。中々にいやらしい戦法だが、これがこの銀雲の本領とも言える力なのだ。
私の今の速度は、銃弾をも超える。
「ぐぅ、やばいっ……シールドがどんどん減っていくっ!」
電光石火の速度で駆け回り、一夏少年のISに次々と攻撃を加えて行く。
少年は苦悶の表情を浮かべながら、白式に表示してもらっている自身のシールド残量に意識を向けている。私の姿が捉えられなかった以上、刀による攻撃しかパターンが存在しない彼にはそれしか現状の手段が思いつかなかったという事だろう。
「くそっ!」
その中で一夏少年は、刃を振るった。
それは最早やぶれかぶれといった印象だったが、彼の振るった斬撃は移動を行っている私の機体にドンピシャでヒットする軌道を描いていた。
私は素直に感心した。少年の無意識に発揮される勘と、この土壇場に置いてそれを実行することが出来る彼の火事場力に。
流石は千冬嬢の弟。ISに乗ってわずか数十分だというのに、無意識とは言え『最速のISの動きを捉えることが出来る』とは、ね。
しかし、私は身体を捻ってそれを回避すると、彼の腕部分にネコジャラシによる一撃で衝撃を与え、彼の手から刀を離れさせた。
そして間隙を入れず、彼の真上にポジションを置くと再びネコジャラシを振るう。
≪くっ!?≫
私はすかさずネコジャラシで追撃を仕掛ける。振るわれた尻尾は再び一夏少年の胴体を守るシールドにヒットする。
素早く更にもう一撃振るう。更にもう一撃。もう一撃。
更に、更に、更に、更に、更に。
どこまで振るうか、どれだけ速く振るうか。
数えるのが面倒になるくらいに、数えるのが追いつかなくなるくらいに。
ステージ中央の空中にて、神速の勢いで尻尾の武器を振るい続ける私。
その攻撃を防ぐ手段を未だ持たず、衝撃に呷られて反撃する暇すら与えられない一夏少年。
数秒前からそのように出来上がっていた光景に、終止符を打つ。
≪さぁ、フィナーレだ≫
私は今までよりも遥かに力を込めて、ネコジャラシを振るい、一夏に向けてぶつけた。
今まで行っていた攻撃よりもずっと強い力となったその一撃は、激しく音を立てながらシールドと衝突を果たす。
そして、一夏少年を勢いよく地面に向けて叩き付けた。少年が地面に到達した瞬間、その衝撃で激しい土埃がその場に見舞われ始める。
その瞬間、観客席からは少年を心配するような声も混ざった歓声が広がっていく。
その声々を身体全体で受け止めながら、私は地面に着地した。
そして土煙が起きている方向に視線を向けて、その中の状態をISの機能で探り始める。
……ふむ。
≪よしよし、当面の目的は達成と≫
そう時間もかからない内に、土煙は晴れていく。
そこから現れた人物は、当然今まで戦っていた一夏少年の姿である。しかし、その姿は先程とは異なっていた。
装甲等にも変化が生じており、カスタム・ウイングが広がっているなど目に見えて明らかな変化が生じている部分も所々ある。そしてその手には、先程離したはずの刀が握られている。
「一体どうなってるの……!?」
「織斑君のISが、さっきと形が違ってる!」
「まさかのここにきて覚醒!?どこのハイスピードバトル学園ラブコメラノベ主人公よ!」
観客席にいた子達の方でも、動揺の色を含んだざわめきが生じている。
そういえば、あの子達も初期状態から【一次移行】するところは見たことなかったんだろうね。
「フォーマット、フィッティング終了……?」
≪おめでとう、一夏少年。どうやら無事に一次移行できたみたいだね≫
「一次移行……そうか、これがそうなんだな」
一夏少年も私の講座で教えた内容を覚えてくれていたようで、納得した様子で自分の姿を見回している。
【一次移行】。
【初期化】と【最適化】の過程を終えた先にある、『IS搭乗者の専用機』となるための形態移行の事を指している。これは謂わば卵から雛へと変わる孵化のような工程であり、これを果たしてこそISは本当の姿になると言っても過言ではないだろう。
現に一夏少年の今の白式は、先程私が戦った時よりも数値的に大きくグレードアップしている。ISが搭乗者と身体を馴染ませれば、そうなるのは当然のこととも言えるのだ。
専用機を所持している者は最低限この移行が済まされており、セシリア姫も最低でも一次移行までは完了させている。少年も晴れて専用機持ちの仲間入りとなったのだ。
「なんか、今ならさっきよりもずっとイケる気がする……よぉしテオ、こっからが本当の――」
『馬鹿者。時間は限られていると始まる前に伝えただろうが。一次移行が完了したのならさっさとセシリアと交代して来い、どうせ今のシールドエネルギー残量では勝てる見込みすらないぞ』
「うっ……」
管制室にいる千冬嬢からのアナウンスが入り、先ほどまで意気込んでいた一夏少年は
がっくりと肩を落として消沈してしまった。 千冬嬢の言葉となれば、流石に一夏少年も逆らうことは出来ないらしく戦意を失せてしまう。
もともと私の試合は彼の一次移行への協力と、公平さを示すための見世物に過ぎないからね。一夏少年とセシリア姫のクラス代表を賭けた勝負のように重要性がないから、最後まで戦ったところで誰も得しないし。
私はもともと試合終了のタイミングは知っていたから、甘んじて試合の終わりを受け入れた。
『えっとぉ、それでは今回の勝負はシールドエネルギーの残量が多かった方が勝ちにしますね。というわけで、この試合はテオちゃんの勝利です』
「「「キャアァァァァァァァ!!」」」
真耶ちゃんから勝利判定が下され、観客席は拍手と歓声の嵐を呼び出した。互いの健闘を称えた彼女たちの労う心も交じりつつ、それらは私と一夏少年を包み込んでいった。
一方で、敗北を突きつけられた一夏少年は悔しそうに顔を顰めている。
試合の判定そのものに不服があるわけではないだろうが、やはり彼も男子。勝負事で負けるのにはやはり悔しさがあったんだろう。
「……テオ」
≪何かな?≫
「今度戦う時は、テオが本気を出してくれるように俺も強くなってみせる。だから、それまで待っててくれ!」
≪……ふっ、楽しみに待っていよう。少年≫
戦っている最中でも思っていたが、私は彼の才能と将来を高く評価している。私にダメージこそ与えられなかったものの、戦う節々に彼の今後の急成長が窺える様子が確認できた。尤も、私の機体はモロに攻撃を食らいでもしたら下手すると終わりかねない。
そして、そんな輝かしい可能性を秘めている若人は本気の私と戦うことを目指してくれている。こんな年寄りを目標として見てくれているのだ。
こんなことを言われては、喜ばずにはいられない。酒ッ、飲まずには(ry。
≪……私も、強くなった君と戦いたいものだ≫
「ん?何か言ったか?」
≪いや、何も。今後の特訓メニューをどれくらい過酷にしてあげようかなってさ≫
「あ、やっぱり聞かなきゃ良かった」
ふっ、私もうかうかしていたら少年に追い越されてしまうかもしれない。
私も私で、久しぶりにトレーニングを再開してみようかな?
――続く――