「ちーちゃん……それ、本気で言ってるの?」
「ああ、私は本気だ」
ISに乗り、ミサイル全てを撃ち落とす。
千冬のその言葉を聞いた瞬間、束は真っ先に反対した。完成したばかりのISは試運転すら満足に行えておらず、理論こそは整えているものの実戦データが不十分。初搭乗のぶっつけ本番で2,000発以上のミサイルを捌いてみせるなど、正気の沙汰とは思えない言動だ。
そして何よりも、そんな事をすれば千冬自身が危険すぎる。稼働時間ゼロで挑めば何らかの事故が起こる可能性も非常に高い。
「分かってるの!?そんな無茶な真似をしたら、ちーちゃんが一番危険な目に遭うんだよっ!」
「分かっている。どうせこのままでは指を加えてミサイルの爆撃を受け入れるしかない。ならば一縷の望みに賭けた方がマシというものだ」
「全然分かってない!!そんな危ない事するくらいなら、ここに避難させればいい!君の家族も、私の家族も!」
「間に合う訳が無いだろう。それに、私達の家族だけ助かっても、一夏や箒の友達が死んでしまえばあいつらは悲しむぞ。そんな事になれば、あいつらは自分達に非が無くても一生罪の意識を背負うぞ。自分達だけ助かった、とな」
「っ……!」
束は言い返そうとするも、言葉が突っ掛って出て来なかった。
束自身は箒の友達に然したる興味は無い。だが、その箒が悲しむとあればそれを押し切って自分達だけ避難するという事を彼女は言えなかった。
その瞬間、再びパソコンから警告音が発せられる。
ついに、世界中のミサイルが日本に向けて一斉に発射されたのだ。
千冬、束、テオの3名は改めて現実を突きつけられる。もう、選択の余地は残されていないのだと。
「く……お前がどう反対しようと、私は行くぞ!ただ待つよりは、動いていた方がずっと良い!」
「…………あぁぁぁぁっもう!!ちーちゃんの超っ、超頑固者ぉ!!」
今の心情を吐き捨てるように束は叫びながら再び立ち上がり、パソコンの前に仁王立つ。
そして近くの2台目のパソコンを強引に手繰り寄せると、2台のパソコンを同時に操作し始めた。
「ちーちゃん、乗ってっ!」
「言われずともっ!」
束の言葉を待たず、千冬はISに被せられていた布を思いっきり外す。
露わになったのは、純白の装甲を持つ機体。無垢な白はお披露目の瞬間を待っていたかのように白く輝いていた。
「武装はっ!刀はあるか!?」
「護身用に近接ブレードが一本だけ!でも最終調整がまだ!」
「装着の間に済ませろ!2分以内だ!」
「束さんを嘗めないでよ……1分で済ませる!」
「ふん……なら私も1分で装着し終える!」
そこからの2人の動作は、テオも思わず言葉を忘れる程にスマートかつスピーディだった。
束はパソコン2台を前にしながら、巧みにそれらを同時操作して尋常ではないスピードで武装及び機体の最終調整を整えていく。天才のスペックをフルに稼働させた動きであった。
一方の千冬も相当だった。初めての搭乗であるにも関わらず、まるで長年扱って来たかのように流麗な動きで身体に機体を装着させていく。後から聞く話によると、全て勘で着けていったのだとか。
そして宣言通り、2人は約1分で準備を整えてみせた。
もう2人は人間を辞めてるんじゃないか、とは傍らで見ていたテオの談だ。
「ハッチオープン、チェック。機体エネルギー100%、チェック。近接ブレードデータ更新、チェック。各部スラスター状態グリーン、チェック。ハイパーセンサー感度正常、チェック……」
上部のハッチが開く間に、全ての項目を急いで確認する束。万が一の事故を防ぐ為に限られた僅かな時間を惜しみなく使っていくその姿勢に、先程まで千冬の出撃を反対していた姿は無い。
既に賽は投げられた、ならば彼女がやらなければならない事は、千冬の為に舞台を整える事だけだ。
「ちーちゃんっ!」
「ああ……行ってくる!!」
そして千冬は、上部ハッチから飛び出していった。彼女が跳び上がった衝撃により、研究所内の資料が風で紙吹雪の様に舞い上がった。
風が収まった所で、彼女が飛び去っていったハッチ口から露わになった夜空を見上げるテオと束。既に千冬の姿はそこから見えなくなっていた。
≪……行っちゃったね≫
「うん……」
テオは束の方に視線を向ける。
上を向いている彼女の表情には幾つもの思いが複雑に混じり合っていた。呆れ、申し訳無さ、心配、喜び、怒り。それらが消えては浮かんで表情に現れて、とても正確には言い表せなかった。
そんな彼女の気持ちを可能な限り汲みつつ、テオはその身体を動かした。
≪さて束ちゃん、私のISはどこにある?≫
「テオたん……?でもあれは、まだちーちゃんの機体みたいに動けるように設計されてないんだよ?」
≪それでもいいさ。少しでも機能が使えるのなら、千冬お嬢ちゃんの手助けになる方法があるんじゃないかな?≫
「テオたん……そう、だね。まだ私達には、出来る事があるもんね……!」
テオの言葉に気付かされ、束は徐々に活気を取り戻していく。千冬を危険な場所に送った事に色々と思う事はある。だが彼の言う通り、自分達にはまだ出来る事がある。束はそれだけで動く価値を見出せたのだ。
よしっと自らに気合を入れ直した束は、テオ用に開発したISを倉庫から引っ張り出すと、プラグで機器と繋げて再度パソコンの前へ。
「宇宙空間での活動に備えて、ISにはコア・ネットワークを経由しての通信機能が搭載されてる。テオたんはミサイルの位置を衛星の画面から捕捉して、ちーちゃんに位置情報を送ってあげて」
≪了解……と言いたいんだけど、勝手がイマイチ分からないんだよね≫
「大丈夫、私がアシストを入れておくからテオたんは情報の整理と送信をしてくれればいいよ」
≪ふむ、それ位なら≫
「んで、私はそれをしながら……こっちの詰めをやる」
そう言いながら束がテオに見せびらかした資料。
そのタイトル名は『自己防衛用、大型荷電粒子砲の設計図』とあった。
「流石に剣一本で挑むのは、無謀すぎるしね」
――――――――――
その日、世界を震撼させる事件が起こった。
事件内容は、日本に向けてのミサイル襲撃。世界中の軍事基地のコンピュータが何者かのハッキングを受け、攻撃目標を日本に定めての一斉射撃が行われたのだ。ミサイルの総数は2,341発以上。まともに日本全土が砲撃に晒されれば焦土となる事は目に見えていた。
各国のプログラマーが一斉に解除を試みたものの、複雑なロックに加えて回線自体を不調にさせるという2段構えの妨害行為によって、誰もミサイルの発射を止める事が出来なかった。
ミサイル発射後、日本全域に発せられた避難勧告。20分強の間に周辺地下施設に避難し、ミサイルの被害から逃れるようにとの通達が走った。そしてその報せを受けた日本全国民がパニックに陥るのは、至極当然の事であった。
急いで避難を行う者、突然すぎて茫然としたままの者、逃げても無駄だと諦める者。混沌を極める日本だが、ミサイルは着々と迫っていた。
誰もが日本の未来が潰えたと思ったその時、奇跡の一迅が空を駆けた。
出処不明の空中カメラが捉えたのは、純白の機械鎧を身に纏った謎の人物だった。バイザーで顔は見えなかったが、身体のラインや胸の膨らみから女性である事はテレビ中継で大半の視聴者が理解できた。
その女性は手に持っている1本の近接ブレードを構えると、なんと空中のミサイルを次々と『斬り裂いて』撃墜してみせたのだ。音速レベルの飛行で空を駆け廻り、刀1本で次々と迫り来るミサイルを斬り捨てるその姿は、最早無茶苦茶と言う他無かった。
そして半数ものミサイルを撃墜して見せた後、女性は驚くべき行動をとった。
なんと何も無い所から大型荷電粒子砲を『召喚』し、遠くのミサイルに向けて射撃したのだ。閃光はミサイルを易々と貫通し、纏めて吹き飛ばしてみせた。
大質量の物質である大型銃を粒子から構成する力、近代兵器では未だ実現不可能だった光学兵器。SFの概念を知る者やその道の科学者達は、有り得ないと言ってテレビ越しでその光景に驚愕した。
圧倒的な格闘能力、G負荷をものともしない高速機動力、超遠方にある物体を手に取る様に把握する力、粒子召喚、光学兵器。現存する兵器を凌駕するその力は、見る者の度肝を抜いてみせた。
そして、ミサイル発射から約9分後。ISを纏った女性1人の活躍によって、全てのミサイルが鎮圧された。
人々が絶望に陥る中、ヒーロー物の主人公のように颯爽と現れて脅威を退け、人々を救ったその姿は、まさに英雄と呼ぶに相応しかった。
それからの各国の対応は早かった。
国際条約を無視して現地へ偵察機を飛ばした。その女性とISを分析、捕獲、或いは撃滅する為に派遣されたそれらは、容赦なく攻撃を行った。無慈悲な攻撃に、モニター越えの者達は悲痛な声を上げる。
しかし、ISのシールドバリアーによってそれら全てが機体に届く事は無かった。攻撃、防御、速度。殆どの性能を兼ね揃えているという更なる事実が世界中に付きつけられた瞬間でもあった。
女性はそのまま急直下で海に飛び込み、激しい水飛沫を上げた後に姿を消した。実際は水面にブレードを叩き付けて海に潜ったかのような演出を行い、水しぶきの中でステルス能力を発揮して掻き消す様に姿を隠してみせたのだ。
レーダーにも反応が出ず、追跡は不可能。後に残されたのは、茫然と佇む各国偵察機の群れだけであった。
世界を震撼させた一大事件。
それを救出劇のように華麗に戦って収めてみせた女性と、彼女の身に纏う純白の鎧から、人々は今回の事件をこのように名付けた。
『白騎士事件』……と。
――――――――――
そして場所は変わり、とある研究所。
世界に一斉配信された、白騎士による大舞台。
白騎士では無く、本来あるべき舞台の準備を整えていた1人の科学者は事件の一部始終を見てワナワナと身体を震わせていた。
「……何だ、これは」
科学者は訳が分からなかった。
半月掛けて密かに行ったハッキング作業。軍事基地のミサイルを日本に向けて一斉掃射させるために隠密に隠密を重ねて徹底させた一大作戦。
自身の研究成果を世界へ向けて大々的にお披露目する為に用意してきた全てが、あの白騎士によって水泡に帰してしまったのだ。
頭の整理が済んだ途端、男の怒りは頂点に達し爆発した。
「ふぅざぁけるなぁぁっ!!」
映像が入っているパソコンを投げ捨て机上の資料を滅茶苦茶に掻き荒らす科学者。怒り狂うままに机を蹴飛ばし、辺り一面を乱雑させていく。
「何故あんなガラクタが俺様の発明より目立っているっ!いいやそれよりも、なんだあの力はっ!?この俺様を馬鹿にしやがってぇ!!」
本来、この男――繰井 幻道が描いていたシナリオは全く別の物だった。
自らが開発し、先月の発表から1ヶ月を経て更に開発を進めた【EOS】。その力を使ってミサイルを撃墜するのがこの男の目的だった。
だが、目的はミサイルを全て落とす事では無かった。寧ろ現段階のEOSの機動力、武装では日本全土に向かってくるミサイル全てを撃墜させるのは無理があるのだ。
「俺様の研究所と、最寄りの空港……そこだけを守って後は適当に撃ち落として、最大被害を抑えた発明として外の国の連中に注目され、俺様は海外に渡ってより整った環境で研究に打ち込める……その計画をオジャンにしやがって!!」
守るべき場所だけ守り、後はそれっぽく防衛する演出をした後は海外へ高飛びし、自分の研究を売り込む。そしてミサイル被害に遭った日本の救助活動の為に、EOSの開発が急進され、より豊かな研究成果を生み出せる。
それがこの男の描いていた理想のシナリオだったのだ。あわよくば日本の邪魔な研究者をミサイルで亡き者にし、自分の敵を減らすという私利私欲の思惑も交えていた。
だが、彼の予定は完全に崩れ去った。
束の開発したISの絶大な力によって。
「……許さん、絶対に許さんぞあのメスガキ……!」
繰井は記憶の片隅に残されていた、束の顔を思い浮かべる。自分の発表に全く興味を示していなかったあのすまし顔が彼の脳裏に蘇る度に、腸が煮えくり返るような感情が湧き上がる。
「今に見ていろ篠ノ之 束ぇ……!お前を必ず地上に引き摺り下ろしてやる……!今の内に精々己の成果に溺れているがいいさ、ぶわぁははははぁ!!」
嫉妬と憤怒に満ちた男の笑い声が、荒れ果てた研究室に響き渡る。
望まぬ形で世界の注目を集めた少女と、望んでいた世界への注目が形とならなかった男。ISと、EOS。
2人の科学者と彼等の造り出した物は、世界に大きな波紋を齎すのであった。
―――続く―――