織斑 一夏が篠ノ之家に紹介されてから早くも1年が経過した。
篠ノ之家の食卓にて……。
「一夏くん、おかわり盛るけど良いわよね?答えは聞かないけど!」
「何の為に聞いたんですか……ってちょ、めっちゃ盛ってるじゃないですか!盛り過ぎ盛り過ぎ!」
「大丈夫大丈夫、食べ盛りの男の子だしこれ位は余裕よ!はい、クライマックス盛り!」
「2杯目なんだけど……」
一夏に手渡された茶碗には、ご飯が山の様に盛られていた。
一夏が篠ノ之家と知り合ってから、時々こうして一緒に夕食をとる機会が出て来た。実はこれにはちょっとした事情が含まれている。
急な話だが、織斑家の両親が急に居なくなってしまったのだ。
一夏の両親は共働きで、仕事の関係で海外出張に出て家を空ける機会が多かった。一夏が生まれてから数年は国内に留まっていたのだが、2年前から再び出張するようになった。だが、半年前に決まった海外出張から両親は未だに帰って来ておらず、本人達や仕事先からの連絡も無い。
長女である千冬は出張前に両親が残した貯蓄をやり繰りして家計を支える為に、高校生の身でアルバイトを始めるようになり、家に帰るのが遅くなる事が増えた。そうなるとまだ小学生の一夏1人で夕食を済ませてもらう必要があるという事態になり、幼い身で出来る事では無かった。
『迷惑を掛けて申し訳ないが、自分がどうしても弟の面倒を見れなかった時、代わりに彼の面倒を見てあげて欲しい』
そんな千冬の頼みを受け、篠ノ之家の夫妻はこれを了承。突然の事態ではあったが、円滑に話は進んでいった。
そう言った経緯があり、一夏はこうして篠ノ之家の食卓に顔を交える事があるようになったのだ。千冬の気遣いもあって週に一度あるか無いかのペースだったが、この場にいる誰もがこの面子での食事に慣れてしまっている。
ふと、食事中は静かにしている柳韻が一夏に話題を振って来た。
「そういえば一夏君、最近は剣道の腕前も上がってきているな」
「本当ですか!?」
柳韻からの褒め言葉に、一夏は席を立ちそうな勢いで座席から身を乗り出す。最初こそ剣道に対して乗り気でなかった一夏だったが、打倒・箒を目指して懸命に練習した事によって着々とその実力を高めてきている。
しかし、打倒の相手である箒はそんな一夏に冷ややかな視線を送りながら口を開く。
「調子に乗るんじゃない。確かに型こそ形になってきてはいるが、それでも心構えは相変わらずだし、そもそも私から白星を取れていないではないか。お前などまだまだだ」
「うっせ!次は絶対に勝ってみせるからな!」
「『絶対に勝つ』宣言、これで328回目だな」
「一々数えんな!」
両者の口論は勢い劣る事無く繰り広げられていく。
実際、一夏に実力はついてきている。それは確かだ。だが箒自身の腕前も上がっている為、2人の差が縮まったかと問われると非常に答え辛い所がある。何せここ最近の試合でも、胴薙ぎ一本で勝負が決まっていた。勿論、勝者は箒である。
柳韻も八重もこの光景はすっかり見慣れたもので、また始まったかと子供達2人を呆れた様子で見ている。箒の親としては彼女が友達付き合いが広くない事を知っている為、敵対的とはいえ気負い無く接する相手がいるというのは嬉しい事なのだが。
≪まぁまぁ二人とも、落ち着きなさいって≫
喧嘩する2人を窘めに入ったのは、箒の横で食事をしていたテオであった。今年で3歳、人間年齢に換算すると約30歳になる彼は既に雰囲気や発言に年長者らしき雰囲気を漂わせている。
≪口で言っても解決しない以上、2人の言い争いはちゃんと剣道で白黒ハッキリつければいいじゃないか。そっちの方が話は簡単だろう?≫
「まぁ、確かにな。よし、じゃあ明日の練習の時にもう一回勝負だ!」
「やれやれ……テオ、あまりこいつを刺激させるな。私が疲れるんだぞ」
≪良いじゃないか。どうせ門下生は未だに2人だけなんだし、黙々と素振りだけさせるのも退屈だろう?≫
「やめてくれテオ、その言葉は私に効く。やめてくれ」
傍らにいた柳韻がテオの言葉に反応して嘆く。例の擬音まみれの張り紙は相変わらず効果を発揮していない模様。
「とにかく、だ!今度こそ俺が勝ってみせるから、余裕ぶっこいてられるのも今の内だぜ!」
「言う事は一人前なのだがな……これであの千冬さんの弟なのが信じられん」
「千冬姉は関係ないだろ!それよりも、次は絶対に負けないからな、覚悟しておけよ!」
「329回目の宣言、ご苦労な事だ」
そう言い合いをしながら、食事を行っていく一夏と箒。険悪とまではいかないが片や対抗心、片や関心が薄いといった具合で平和的に仲が進展する気配は一向に見受けられない。
果たして、この2人が仲良くなれる日はいつ来るのだろうか?
門下生が集まらない事に未だ落ち込んでいる柳韻以外の保護者枠、八重とテオはどうなるかといった様子で2人の事を見守っていた。
――――――――――
そして、2人の転機となる出来事が起こる。
とある日の放課後、一夏は1人で教室の掃除を行っていた。本来ならば掃除は数人で行う者なのだが、他の者はサボって帰ってしまったのだ。一夏は別に気にすることなく、誰かがやらないといけないのであれば自分がやるだけだと割り切り、せっせと清掃を行っている。
「(あぁ~くそ、どうやったら勝てるんだ?あいつに)」
現在その頭の中には、箒を倒す為の思いが詰まっている。未だに箒から一本も取れていない為、日に日にその思いは強くなっている。
そんな一夏を傍らに、クラスの男子3人が箒を囲ってからかっていた。
「おーい男女、今日は愛しの木刀は持ってないのかよー?」
「竹刀だ」
「市内?この街のどっかに隠したの?宝探しなの?ドゥハハ!男女が武器装備してないとかイミフー!」
「しゃべり方も変ザウルス、同じクラスになってからずっと思っていたノーネ!笑いを堪えるのに必死ドン!」
「てめーのが百万倍ヘンテコじゃねーか。っていうか掃除の邪魔だからさっさと帰るか手伝えよ」
意味の無い嫌がらせとツッコミ待ちとしか思えない台詞に我慢ならなかった一夏は、そのグループに首を突っ込んだ。
一方のいじめっ子3人は、そんな一夏がまるで箒の味方をしているように感じて面白そうな物を見る顔で彼の方に視線をやる。
「オイオイオイオイオイオイ織斑ぁ、お前、こいつの味方かよ!」
「アイアイアイアイアイアイウェヒヒ、お前こいつの事好きなんだろ!」
「オイオイうるせーし、アイアイお猿さんかよ。掃除の邪魔だから消えろって言ってんだろ」
しかしそんな一夏の言葉も、3人の耳には大して通じなかった。3人の頭の中では既に一夏と箒のカップリングが出来上がっており、否定の言葉をしても考えを改めようとしないのだ。
「っていうか、お前何で真面目に掃除なんかしてんだよ、ダッサー」
「真面目のどこがダサいというのだ?お前等の様な輩が醜いと言うのだろう」
ここまで口を堅く閉ざしていた箒が、1人の男子の言葉に反応して強く食い付いて来た。彼女も真面目な性格である為、それを馬鹿にされたのが腹立たしく思ったのだ。それに、キチンと掃除をする一夏に対して正当な評価を与えていた。
尤も、3人の男子にはその価値観は理解出来ないのだが。
「な、なんだよ急にキレやがって……あっ、そういえばお前、前に黒い猫と一緒に帰ってるの見たぞ!」
「……それが何だと言うのだ?」
「俺知ってるぜ。黒猫って不幸とか持ってくるヤツなんだろ?疫病神・・・と一緒にいるこいつも同類なんじゃ――」
その瞬間、箒はその男子の胸ぐらを強引に掴んで発言を止めさせた。その表情は鬼でも宿ったかのような怒りに満ちている。
「私の家族をもう一度馬鹿にしてみろ……その時は本気で叩き潰すぞ」
ここまでの反応をされるとは思っておらず、掴まれている男子も他の2人も困惑した様子で彼女の事を見ている。
一夏も少し驚かされたものの、自身も姉の事を大切に想っている事から彼女の気持ちを理解し、納得した。姉の事を厄病されたのならば、自分は既に相手を殴っている頃だろうとも思っていた。
「な、何だよそんなムキになって……そんな物騒な事言うお前がリボンなんか着けてるとか、マジで笑えるんだあべし!?」
胸ぐらを掴まれていた男子の頬に、鋭い拳が突き刺さる。
彼を殴ったのは箒ではない。これまで側にいた一夏であった。
「笑う?何も面白い事なんかねぇだろうが。ちゃんと似合ってただろうが、あぁ?」
パンッ、と掌で拳を鳴らしながら一夏は怒気混じりの口調で殴った男子に詰め寄った。
それからは一夏の独壇場だった。
剣道だけではなく、千冬から護身用として体術を習っていた一夏はまともな喧嘩が出来ない男子3名をそれぞれ一撃でノックアウトにし、鎮圧させた。数の不利などお構いなしに圧勝して見せたが、騒ぎを聞きつけた教師によってその後は色々と面倒な事になったのだが、この場では割愛。
そんな騒ぎから数日後、剣道場での練習を終えて井戸の水で顔を洗っている一夏に、箒が声を掛けてきた。
「まったく、お前はバカなのか」
「はぁ?バカじゃねーし」
「あんな事をしたら後でどれだけ面倒になるか分かっただろう?千冬さんも謝ったと聞いたぞ」
「まぁ、確かに千冬姉に頭下げさせるのは凄ぇ嫌だったけど……けどそれでもああいう連中は気に食わねー。お前の家族のテオの事も悪く言ってたし、お前のリボン姿も馬鹿にしやがったし」
「…………」
一夏の言葉を聞いた箒は、彼に対する認識を改めた。
確かにこれまでの彼の姿はがさつで野蛮さが目立つ、剣道の雰囲気とはまるで正反対な姿勢だった。剣道をやる理由も、箒に勝つ為だと言っていた。
しかし、一夏はあの騒動の時、ライバルと意識していた箒を助けた。それも彼女の家族が馬鹿にされた事に憤り、女の子らしい部分であるリボンが彼女に似合っていると言い切って。
誰かの為に親身に怒れる、そんな彼の一面を箒は知る事が出来たのだ。
「だから、あんな奴らの言う事なんて気にすんなよ。またリボンしろよ、すげぇ似合ってたし」
家族以外にリボンの姿を褒められた事が無い箒は、その言葉に少し胸を打たれた。ここ数日の彼女はその事を気にしてリボンを着けていなかったのだが、そんな彼女を気遣った発言は的確で、嬉しく思えたのだ。
「べ、別にお前に言われたからではないが……まぁ、そう言ってくれるなら明日からまた着けよう」
褒められた照れ臭さを隠す様に、フイッとそっぽを向きながら箒はそう答えた。
タオルで濡れた顔を拭き終えた一夏は、そんな彼女の様子を見て小さく笑った。
「おう、そうしろ」
その後2人は互いに名前で呼ぶ事を決め、2人の仲はあの喧嘩腰から一変して一気に距離が縮まった。
それがきっかけで、片割れが相手に対して淡い恋心の様なものを意識し始めたのだが、もう片方がそれに気付く事は無かった。
●おまけ●
ちなみに。
一夏と箒の仲が良くなった一方、テオはというと……。
≪……という訳で、2人が仲良くなって私も肩の荷が下りましたよ≫
「よく言うわい。お主、殆ど仲を取り持ってなかったではないか」
≪いやいや、こう見えても細々とフォローはしてましたし、こういうのは周りがどうこう言うより若い者の間で解決させた方が良いですからね。カリン様≫
町内で開催されている【動物団体・猫の部】の一部のメンバーで集まり、世間話がてら近況報告を行っていた。
ちなみに現在テオと話している白猫、カリン様ことカリンは猫の部の代表者である。本人曰く800歳は生きている、との事だが本気にしている者はいない。ちなみに杖を持っている事と2足歩行が出来ている事については誰もツッコんでいない。
「お主、800歳以上生きているワシからしたらお前さんらも若い内に入るんだけど」
≪またまたぁカリン様は。猫の3年は中々濃密なのは同類なら解る事でしょう、ねぇニャースくん≫
「なんでそこでにゃーに話を振るニャ。まぁ、にゃーも昔は人間の言葉を覚えようとしていた時期は色々あったからニャ……気持ちは分かるニャ」
2人の会話を横で聞きつつ手持ちの小判を磨いていた、ニャースと呼ばれた猫は手を止めて返答する。彼も猫なのに2足歩行だったり人間の言葉を話せたりするのだが、その辺りにツッコむ者は以下略。
≪まぁこの調子で2人が恋仲になってくれたら、私としても嬉しい限りなんだけどね≫
「ほっほっほ、若いのう」
「おう、にゃーの前で恋愛話は心にくるから即刻止めるニャ」
「そういえばニャース、お主最近また失恋したそうじゃな」
≪え、あのニャルマーって子の事?何かあったの?≫
「傷口を抉るのは止めろと言ってるニャ!」
そんな感じで、同じ猫仲間たちと他愛ない会話を楽しんでいる。
案外、篠ノ之家以外でのコミュニケーションもエンジョイしているらしい。
―――続く―――
箒と一夏の掘り下げ回。
いじめっ子3人の言葉遣いにネタが盛り込まれているのは、過去編に入ってからまるでギャグが書けてない事による衝動故です。というか過去編に入ってからシリアス続きで……もうね。
そして時折テオが発言している、【動物団体】の一端が明らかに。会員は一般的な猫だけでなく、どこかで見た事あるような猫キャラ達も……。今回登場した2匹も当然、会員です。
バロ○「2足歩行の上に人語を喋るとは、不思議な者達だ。ちなみに私はジブリ出身ではない」
ドラ○もん「まさか22世紀の道具であんな姿に!?ちなみに僕はタヌキじゃない」
ハロー○ティ「なんだかどちらも大衆に知られている存在のような気がする……ちなみに私は最近仮面ライダー555とコラボしてない」
お前等も会員だよ!
なお、この団体が本編にて重要な伏線になる!……事は無いのでご安心ください。世界線がえらいこっちゃになる(汗)